雪辱という表現でいいのだろうか。
自分の弱さ、甘さを思い知らされた時が一度だけあった。
逆に言えば意地が無かったら逃げていたのかもしれない。
そんな出来事が今でも自分の中に刻まれている。
時は2005年11月6日。
この年からJGTCからSuperGTへ名称が変わった。
最終戦鈴鹿サーキット。
最終戦に縺れ込んだGT500のチャンピオン争い。
ゼッケン23・ニスモのフェアレディZか、ゼッケン38・セルモのスープラか。
スターティンググリッド。
セルモが有利だった。
前日から雨の予報。
わかっていたので女房殿と幼かったお嬢は留守をさせるつもりだった。
しかしお嬢は何度言い聞かせてもダダをこねていた。
やむなしに連れていく。
到着した鈴鹿サーキットは雨が降る寸前のような暑い雲に覆われていた。
スタート進行、場内アナウンサーのピエール北川氏も雨の予報をアナウンスをしていた。
案の定、ポツポツと。
一気に大雨がサーキットを濡らした。
お嬢と女房殿は駐車場へ行って車へ避難。
売店で飲食物を購入して待機。
そのままお昼寝となったようだ。
一方、日産応援団参加中のオイラ。
大雨に加え冷たさ、寒さが襲ってくる。
まだ認識の甘かったオイラ。
レインシューズではなかった為、やたら冷たい雨がスニーカーからしみ込んできた。
ライバルであるトヨタの応援団長さんが黒澤日産応援団長と調整。
君が代斉唱の後、コールのやり方についてだ。
レースは悪天候の為にディレイ。
周回数短縮のアナウンス。
時間だけが過ぎて行った。
スタート時刻が発表されると日産応援団がはじめて円陣を組んだ。
黒澤団長はメガホンを取る。
そこでトヨタ応援団長さんが拡声器を貸してくれた。
「ここにカイロがあります!トヨタも日産もホンダも関係ありません。女性の方、お子さんのために使ってください!」
君が代斉唱後、トヨタ応援団と日産応援団との初のコラボレーション応援が実現した。
ピエール北川氏が仕掛ける(笑)。
「各応援団、旗が十倍に重くなってない?あ~あ、あんなに振っちゃって!!!!」
・・・・・・。
「クッソ重たいぜ、ピエール!」
いよいよレーススタート。
フォーメーション開始。
案の定、ペースカーは入らない。
1周、また1周。
回転灯消灯、レーススタート。
水に強いはずの旗がこの日だけは風もあってメチャメチャ重量級の旗になっていた。
力いっぱい誰もが旗を振り続ける。
ハンパな力じゃ振れなくなってきていた。
日産勢は唖然とさせる作戦をとる。
真っ先にルーティーンのピット作業。
これがどう勝負になるか。
だれもが冷たい雨の中、ずぶぬれになりながら旗を振りつづけた。
そんな中。
「こんな思いをしてまでオレは何やってんだろう。ただ辛いだけ。やめたい。もう応援団はいいにしよう。こんな事続けて何になるんだ?」と自分の中の ¨ 魔 ¨ が顔を出す。
しかし見渡すと、黒澤団長は勿論、田上副団長、GT-Rパパさん、山下君、近藤隊長も頑張って応援している。
もちろんトヨタ応援団もホンダ応援団もだ。
それが一発奮起させるキッカケだった。
「冗談じゃない。連中に負けるか。だいたいオレの思いが一番強い筈じゃねぇか。」と自分に喝を入れた。
普段はそんな事を口にするのは勿論、思った事もなかったのに…
さあ、ファイナルラップ。
リチャード・ライアンの追い上げに固唾を飲み込み拳を突き上げる日産応援団!
ドライバーのリチャードは、決死の追い上げ。
しかし・・・・・
接近するもセルモスープラをオーバーテイクすることは出来なかった。
日産が勝てなかった事は悔しい。
しかしそれ以上に自分自身に潜んでいたモノが顔を出したことがショックだった。
今でもあの出来事がオイラ自身に刻まれている。
もうひとつの続ける理由…
自分自身に潜む ¨ 魔 ¨ というヤツをやっつけるために。
はいはい、また太りましたよ。
運動禁止時にリバウンドしました(苦笑)。
2019.2.23
日産応援団 2019シーズン 決起集会の日
¨ 欠席無念 ¨
日産応援団 Nジャン
Posted at 2019/02/23 08:22:06 | |
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