あらすじ:熊本を出発して早3週間近く、とうとう自走とフェリーで函館に到着。函館山の夜景はいかに。
目のやり場に困る夕飯を早々に切り上げ、昼間に下見しておいた函館山に向かう。函館山の夜景は日本三大夜景の1つ?と聞いている。貧乏な若者たちにとっては入場料もいらないイルミネーション施設の様なものか。熊本でも頻繁にあちこちの夜景スポットに出向いていた。
いや、正直に言おう。夜景、つまり夜、暗くて人の少ない場所は若者たちの煩悩の巣窟である。カップルだろうが男同士であろうが、所構わずたむろするものだ。若者たちはお金がなく、時間は余り、人恋しいのだ。
しかし!今回は結果的にカップル感が出ているが、同行するチカさんとは本日午前中に出会ったばかりで、それも年上、夜景を見ながらモニョモニョできるような間柄ではないのだ。
断じてその様な邪な想いを持って函館山に登るわけではない。いくらチカさんが巨乳だからといって、断じてそんなことはないっ…と、と思う…。
若い男ならではの妄想を全開にしながら、僕は函館山に到着した。既に沢山の人がいて見た感じ、今来たばかりではない様子から、夕日という選択肢もあったのか、しまった!と思ったが、夜は始まってしまっていた。
人混みから少しだけ離れた場所で、改めて函館の夜景を見た。
うむ…やはり写真などとは全く違う、本物の迫力がある。眼前には双方海にせめられて、くびれた地形をクッキリと浮かび上がらせる函館の人々の生活の光があった。
小さくクルマのライトが動いていく。
キラキラと輝く町の光と海の漆黒のコントラストが美しい。両脇が海なのは九州では見たことがない地形パターンで個人的にかなり気に入った。
「あ〜、あの1つ1つの光に誰かがいるんだねぇ…」
ぼんやりとタバコをくゆらせながら、チカさんが言う。
街灯なんかもあるので、全部に人はいないですよ、と思ったが黙っておく。ここは雰囲気重視のシーンである。
「チカさんは、なんで北海道に来たんですか?」
と、僕は聞いた。そう、ここならこのセリフをはいてよい。夜景には酒と同じ効果があるのだ。
「ん…そうねぇ、何だか色んなものに行き詰まっちゃって…仕事とか彼氏とか…」
やっぱ彼氏いた!…いやいやそこじゃなくて、昼間の語尾に全て「!」がつくチカさんとはうって変わったオトナの女性感、全開である。
夏の日本の生ぬるい風が吹く。気ダルい感じに美しい夜景が不釣り合いだ。こういう時のタバコはいい。間が持つ。
「何で良かれと思ってやったことが、そうならないのかなぁ…学生の時だと見なかったことにしたり、スルー出来てたことが社会人になると出来なくなることが増えるのよね…まだまだ若手だしさ。」
チカさんはニコッと笑って僕に笑いかけ、大きなムネを手すりに載せ、昼間の底抜けの明るさを垣間見せた。女性経験値ドラクエLv18程度の僕では、年上の女性のこの笑顔には太刀打ちできない。せいぜい今の僕ではメイジキメラを倒せるくらいである。
笑い返して目をそらした。
ヌルい風がどんよりとやんわりと吹く日本の夜に青々とした雑草が斜面にたなびく。寄りかかる鉄製の手すりは冷たく気持ちが良かった。美しくくびれた函館の夜景と、ザワザワと観光客で騒めく展望所の隅で僕たちはあてどなく黙って夜景を見ていた。
「さて!帰ってビールでも呑もうじゃないの!」
急に元気を取り戻したようなチカさんに促され、跳ね上がる様に姿勢を正した。バイクにまたがり、キックでXLRのエンジンをかける。何だか心がざわついているからか、リアタイヤがおちつかない。いつも重い荷物を載せているからか、アクセラレータを開ける右手がいつもと同じ開度だとリアが滑ってしまうようだ。エンデューロタイヤだとグリップが舗装路に対してプァなこともあると思うが、こんな風になったことはなかった。僕の中でいつもと何かが違うのかもしれない。フェザーについていく形で帰路につく。
帰り道にコンビニでビールを4本買おうとしたが、
「えーーーっ!少ないでしょそれ!お姉さんが出してあげるから8本買いなさい!」
も、もちろん僕はビール4本くらい飲めるし、お代はお姉さん持ちなら何も文句はないのだが、チカさんは4本も飲むのだろうか。まあ余ったら僕が飲めばいいので、ありがとうございますと言って買うことにした。
野営地に戻ると、チカさんは三つ編みを解いて長い髪を解放した。僕は少し目を奪われてしまい、夏の夜風にフワリと流れる長い髪に見とれてしまった。
「なによ?フフフ…」
くっ、またも見透かされている感じが悔しい。こういうところを見過ごさないのがオトナの女性なのか。
「かんぱーい!プシュっとな!」
明るく乾杯をしつつ、グビリと缶ビールを飲む。キリンのハートランドが好きなのだが、あまり売っていないのでラガーで我慢だ。
僕はフライパンで魚肉ソーセージをハサミで切って焼いている。もちろん味付けはダイショーの塩コショウだ。魚肉ソーセージは焼いただけでも充分美味いがビールのツマミにするなら、ほんの少し塩コショウをかけるといい。
「キミ〜甲斐甲斐しいよね〜料理得意なの?」
いや〜魚肉ソーセージハサミで切ってフライパンで炒めるレベルはドラクエLv18なので大したことありません、というと
「何それ意味わかんない!」
と言ってチカさんは楽しそうに笑った。そして函館山に行く前の問題は更に増幅し、解いた三つ編みロングヘアにジャケットなしのタンクトップ巨乳ということになってしまった。いったい彼女の何処を見ればいいのだ。
「あのね……こんなこと言っても仕方ないか…うーん、でも聞いてくれる人いないしな〜」
その前フリは聞いてくれ、フッてくれと言わんばかりである。
「何ですか?言ってくださいよ」
完全に聞き役に回るしかない、何と言っても僕はLv18なのだ。
ガスランタンの灯がチカさんの顔に長いまつ毛の影をつくる。大きな黒目にランタンの灯が映り込み光っている。何も言わずに2本目のビールを開け、少し考え込んでいるように見える。
こういう時は構った方がいいのか、黙ってた方がいいのか経験値の足りない僕には分からない。しかし構うにしても構い方が分からないので結果黙って見守ることになった。
とはいえジロジロと見るわけにもいかないので、非常食の魚肉ソーセージの2本目を出し、ケースをハサミで切って5mm厚に切りながらフライパンに落としていく。火が弱くなってきた気がしたので、1度フライパンを外してガソリンコンロに追加のポンピングをした。
カシュっ、カシュっ、カシュっ、
カシュっ、カシュっ、カシュっ!
シュゴー!!
燃料タンクが加圧され、気化したガソリンは勢いよく吹き出し、コンロは勢いを取り戻した。
「ねえ、それ何やってるの?」
僕はガソリンコンロの仕組みを説明した。ガソリンの吹き出しや燃焼によるガソリンの減少と共にタンク内が減圧してしまうので、たまに加圧をしてやらないとガソリンが吹き出さなくなってしまうのだと話した。
「ふーん…わたしにもそういう『やる気スイッチ』的なものがついてると良いんだけどなぁ」
伏し目がちにボソリと話す。
「充分元気で、ヤル気マンマンに見えましたよ、昼間は。夜は別人に見えますね。」
「ふふふ、昼はちょっと無理してたからね。」
「なぜ無理をしてるのですか?秋田で何かあったんです?」
「なんかあったから、こんなところに一人で来てるんでしょ、もー。いきなり知らない男の子に声かけて2人でキャンプしてるなんて、今までの私じゃ考えられないわよ。」
真っ黒な目をこちらに向けて、微笑みながらチカさんは言った。
「そしてビールを呑みながら、ランタンの灯にてらされて、魚肉ソーセージを食べているというわけですね…」
「そうね!昨日の夜まで、今夜こんな風に過ごすなんて思ってもみなかった。ステキな夜ね、ありがとう。」
チャーミングな笑顔とど直球な感謝の言葉にキュンときた。さすがに照れる。僕としてはコレが最近の毎日の暮らしになっているが、昨日まで普通にアパートで一人暮らしだった彼女からしてみれば、ここは全く非日常の世界なのだと瞬時に理解した。
風向きなのか、チカさんの方から流れてくる風は花のような香りがした。
ドキドキする内心が表に出ないよう、何も知らないフリをして、忙しくフライパンの中の魚肉ソーセージを炒める。
「魚肉ソーセージってこんなに美味しいのね!ビックリしたわ。」
食べて喜んでくれる人が目の前にいると、作り甲斐もあるというものだ。
ガスランタンのホヤの間にタバコを寄せ、火をつけ、ビールをあおる。
「あっ、カッコいい、私もやりたい!」
チカさんも少し元気が出てきたようだ。いや、酔っているのか…。
西湘バイパス下で焚き火の燃えさしで火をつけるのがカッコよく見えたので、僕はつい最近タバコを吸い始めたのだと話すと、
「わかる〜、今のカッコ良かったもん、焚き火あるともっといいね。」
まあカメの様に焚き火は得意ではないので、張り切り過ぎるのはやめておこう。
チカさんも同じ様にランタンを使ってタバコに火をつけ、ふうわりと白い煙が夜空に広がっていく。
少し遠くで波の音がした。
ココは海だったと思い出す。
タバコをくわえたまま、チカさんをテントサイトに残して、一人で暗い波打ち際に進んでみる。ランタンに慣れた目は遠くの街の光しかない暗い波打ち際を見ることができない。波の音を頼りに近づいてみる。素足に伝わる砂が締まってきた様な感触は波打ち際が近いことを教えてくれる。
「夜の波打ち際って、真っ暗なのね…」
全く気配がしないのに後ろから声がかかったので驚いた。チカさんが後ろにいたのだ。
「きゃっ!」
いきなり抱きつかれ、やわん、とした感触が僕の腕にギュっと押し付けられ反射的に身体が硬直してしまう。ムネっ!ムネが当たってますっ!
「あはは、波打ち際に寄り過ぎたか〜」
離れるのかと思いきや、そのまま後ろにグッと腕を引かれて、暗い砂浜に座らされる。僕の手は折り曲げられ、手は握られたママで、チカさんのムネのあたりに二の腕が押し付けられる。そしてチカさんは隣に座り込んだ。
想定していなかったシチュエーションに僕の心臓は早鐘を打つ。
「ほら〜新しいの持ってきた、ここで飲も!」
チカさんは僕の分もビールを開けてくれて、渡してくれる。てゆーか、マジで近い!
「あのね…」
は、はいっ!なんでしょう!
どうやらチカさんは胸にしまっていた話をするつもりになったらしい…。それにしても生殺しレベルのシチュエーションに僕は立てなくなった。理由は聞かないで欲しい。
「仕事のことなの。先回りしたつもりで色んな人に仕事をお願いして並行して上手くコトが運んでたと思ってたのね。そしたら元々私が渡したデータが間違ってたことが分かって、せっかくみんなに協力してやってもらったものが全部ダメになっちゃったの…。上司や皆んなにスゴく迷惑をかけて、皆んなが頑張ってもう一回最初からってことになったの。でも誰も私に文句を言わないんだよ。怒ったりしてくれた方が随分気が楽だったと思うんだけど、皆んな黙々とリカバリしてくれたの。
もう自分が情けなくて給湯室で1人で泣いてた。
まだ終わってはないけど、納期に間に合う目処はついたから夏休みはとれたのね。」
うむ、それはかなり痛い話だ。皆んなが何も言わないのが逆に怖い。自分が原因であることが明確なのだが、1人ではリカバリできないことも分かっているので皆んなに頼るしかない。
って、その時の僕は冷静になど分析できない心理状況である。
「やわん」状態は継続中、かつギュっと押しつけられ暖かく包まれる左腕、さっきかいだ花のような香りが至近距離にあって、もはや全く立てなくなった。いや、理由は聞かないで欲しい。
「そんなことがあったんだけど、心の支えは夏休みに彼氏とツーリングにいく約束をしてたこと。1ヶ月前から計画を立てて準備してたのに、出発前日に『得意先からゴルフのコンペの幹事を仰せつかってしまって行けなくなった…ゴメン…。』だったの。
1人で家でふてくされていても、気分が晴れないから、思い切ってソロツーリングにしたんだけど、正直野宿なんてやったことないし、1人で野原で寝るのは怖いしどうしたら良いのかな…と思っていたら、フェリー埠頭で君と会ったわけ。」
ん?
僕を見てオトコ的にアンパイ?と思ったのか?に疑問は残ったが、一旦スルーした。
「そうか…それで異常なハイテンションだった訳ですね、なんだか変なお姉さんかと思いました。」
「ヒドイこというのね!」
チカさんは両手でやさしく僕の頬を挟み、グッと自分の方に向けた。
暗闇の中、真っ黒で大きな瞳がこちらをみていた…。
(長くなりすぎたので、ここで「地獄引き」として、後編にします(笑))