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2022年10月06日 イイね!

バイクの乗り方 Vol.3:「ヒヤリで固まる」の巻

バイクの乗り方 Vol.3:「ヒヤリで固まる」の巻車と違って、バイクは峠を普通に走っていても、「怖い」と思うことが有るのはなぜか?。
ある程度、うまく走れている慣れた人でも、道路や、天候条件が悪化すると「怖い」は有る様子。

このような感想をお持ちのバイク乗りの方は結構多いと思います。




それは端的に言えば、「車はハンドルを切れば、その切った方向に曲がる」と言うこと。ドライバーのハンドルを切るという行為=車が進路を変える、、と言う結果に直結します。(ただし、その反応速度や、曲がる角度、場合によってはアンダーステアで狙ったところまで曲がらない、、と言うことは有るにしろ、、)

しかしながら、バイクではライダーが「曲がろう」と思ったことを、即座に正確にバイクに伝えることが出来ないという特性が有ります。
だから、ライダーが時々「怖い」と感じることの大半は、「思ったように曲がらない」と言う感情が沸くことで、それを客観的に表現すると「実はライダーが思ったようにバイクに曲がる入力を入れられない」と言うことなのですが(;^_^A、うまく乗れていないケースの大半で、そのことが自覚されていません。実は普段は意識しなくても、「〇〇〇〇した」領域に入って運転しているためでもあるし、バイクがバランスを取ってくれている範疇で乗せられているからでも有ります。


「車には無くて、バイクには有る」というケースについて、ちょっと書きたいのですが、普通に走っていて、車では「ハンドルを切る」と言う動作で、「怖い」という経験をした方はあまり多くないでしょう?。おそらく超少数派だと思います。なぜなら、物理的にハンドルを切ったドライバーの「意志、思い」と、結果の車の曲がる挙動が「つながらない、シンクロしない」という経験をしないからです。途中でエンストしてパワステが効かなくて重くなったケースを味わった人はわかると思いますが、「ドキリ」とします。それは突然「思った通りハンドルが切れない」という現実を味わうからです。

車でも前輪がパンクした時、あるいは雪や何かがリンケージや、ホイールハウスに引っ掛かったとか、ハンドルが思った通り、切れなかったときの「ドキリ」は、バイクで感じる「ドキリ」と同質のものではありませんか?。

つまり、バイクに故障や異常が無くても、ライダーが、「思った通りにハンドルが切れない」と言う思いを、バイクでは結構、簡単かつ常日頃から味わう(人が多い?)ということではないかと思うのです。



身も蓋もなく言ってしまえば、多くのライダーは、バイクと一体化と言うか、一心同体に成れていないということです。車で言うところの人馬一体は、バイクの場合では、直線でしか、実現できていないケースが大半です(言い切っちゃうけど、%で表すとそれでいいかも(ライダー人口比で10%ぐらい?(;^_^A)

実態はもう少し多面的で、精神的に、いつもより速い速度でカーブに入り、思ったより先が曲がっていて、「あ、切り足さなければ・・」と思って固まる、なぜなら、それ以上インに切る手段を知らないから(無理やりハンドルをインに切るとどうなるかは経験者は知っていますけど(;^_^A)。この場合の固まる原因は「バイクを操る手段の喪失」です。


この段階を卒業して、ほぼ、思い通りにバイクの曲げ方を知っているライダーは、思った通りに曲がらなくて「怖い」と言う思いをすることはほぼ無くて、代わりに「やった入力手段に失敗した、」と思うだけです。これは車で言うなら、ハンドル切ったら思ったよりアンダー出してしまって、戻しながらアクセル抜いてグリップ回復、、でリカバーした時の「下手打った!」の自省感であって、固まることは有りません。

上の例では、車はラインを膨らんだものの、再びハンドルで内向させる手段が回復したのでクリア。バイクでも、再びインに入れる為に、何かをしますが、その時、車と違ってやはり間接的に○○を制御してバランスを取る、という作業を加えながら、修正操作をしなければなりません。その間接的な分、反射的に体が動く必要が有ります。


バイクも車のように、ハンドルを切ることが出来て、その旋回ラインが車のように直接的な、ズレの無い旋回円に持って行ければ「怖い」という感覚は無くなるハズです。それが出来るということは「バイクと○○〇〇出来ている」と言うことに成ります。


そこで最後にヒントですが、自動車学校でも、最初に「車のハンドルの切り方」を教えますが(切り方というか、持ち方含む回し方ですが)、それではバイクの場合、どう教えるでしょうか?。

ハンドルグリップの握り方や、回し方ではありませんね。

バイクのハンドルは切るのではなく「切らせる」のですが、どうやって切らせるのか?。私は今までに、それを直接教えてくれた人に出会いませんでした。自分で「そうか!」と気が付いただけです。

ちなみに、車でのハンドルの切り方、回し方に相当するバイクの部分は、ハンドルではなく、大体ニーグリップとお尻とステップの使い方になります。だから本当は最初に必要なのはライドフォームなのですが、それは逆に「必要なことを学んで一周してくると、必然的にわかる仕掛け」なので、一旦後回しにします。


私は、最初にバイクへの入力手段を教える段階では「バイク」を使いません。バイクを使ったら、同時にやることがたくさんあって初心者はそれを感じられないからです。最新バイクの6軸センサー以上の高性能センサーを人間は持っています。人間はオフロードの、険しい凹凸を自分の足で走り抜けることができます(今やると、私はすぐ捻挫しそうですが(;^_^A)。
※(文献を見ると、耳の卵形嚢・球形嚢は耳石系(先に石が載っている短い毛が密生しています)と呼ばれ、直線方向の動き・重力・遠心力を感知し、三半規管は回転運動を感知します

だからそれを無意識下から、意識下に置く練習が先に必要なのです。その時には自分自身の普段意識しない「高性能センサー」をはっきり自覚し、その感度やフィードバックを認知させる運動から始めます。それが出来て始めて、乗車姿勢やライディングフォームの作り方が分かってきます。

それを会得してからやっと「停止したバイク」に乗って、それの伝え方、使い方を習熟します。車でもへその下あたり?の3軸Gセンサーは使いますよね。映画「ベスト・キッド」だったか、この手の修行過程の話では、上達することとは全く関係ないかのような、単純な鍛錬が有り、教わるその段階では、やってる本人にはそれがどういう意味が有るのかわからない。そこで自身の自信?が邪魔して純粋な会得が出来ない。素直な人が上達する近道でもありますね。素直に続けると、やがてある場面でその効果が分かる、、なんて感じですね(;^_^A。身体のセンサーが意識の中に現れる。

うまい人はそれぞれ自己流でそこに到達しており、その過程をいつか通ったハズだと思いますし、あえて意識せずに気が付いたら体が動いていた、、となります。けれど無意識のそれだと、その後を磨いて行くのがちょっと難しくなりますよね。


初心に戻って、バイクと友達になるには、バイクを知る前に、ライダー自身の体を知る必要が有り、目の情報と三半規管による6軸センサーを意識下に認知・実感する必要が有ります。

普段人間は、無意識化にフィードバックが掛かり、転ばずに立って、まっすく歩けるわけですが、目をつぶったとたんに、転びはしないが、メッチャ歩きは遅くなります。なぜか?。高精度な6軸センサーの情報量と分解能は、時間軸で可変調整していると思われます。人間は、まず視覚情報から、現在の体の状態を客観モデルとして合致(原点補正)していると思われます。(目を開けて状態を起こすと、慣れ親しんだ自分の身体の仮想モデルがPCの中で同期して現れたかのように、そのずれや加速度を三半規管のセンサーからフィードバックし、そのシンクロが外れないようにしているように感じます。

だから、人間は、まず水平線、まっすぐ立っているか?を目視で得た情報のマップに体のセンサーを同期させているのです。なので視覚情報の水平が分からないと、マジで三半規管だけで垂直を感じ取らねばならず、その微細な目盛りからでは、差分は測れるが、フィードバックが間に合わない。オートフォーカスの望遠レンズが、フォーカスリミッタを掛けて、0~10mはフォーカスレンジから外すことで、ロスタイムをミニマムにすることと似ています。

だから、人間の水平認知と6軸センサの座標を合致させておくために、バイクのバンク角にかかわらず、頭は立てておく必要が有ります。そうすることで視覚の水平軸と体感する内耳とをシンクロさせておかないと、自分の身体にかかる重力方向を見失うのです。
ライダーがバイクと一緒に傾く座標系と、バイクは傾いても頭は垂直な場合で遠心力を受けた場合を考えると、水平方向の定常円のGを感知する軸がズレるということが分かります。

<公道でなら、これが限度と思う理想的フォームのC・サロン>


自分の姿勢が決まってくると、頭を倒してもその水平との偏差を補正することが出来るようになるので、そのようなレーサは、頭も結構傾けていますね、GP500の時代と違って、フロントにもっと荷重を掛けたい現代のMotoGPは重りとして頭も使うので(それでも目線は水平を保っているように思います)。


人間の体は軟体なので、「ある姿勢」での重心(垂直軸)は、時々刻々変化しつつ、しかしその重心点を全体として制御していると言えます。こういう事を実感するために、準備運動、訓練の段階では、バイクは必要ありません。バイクに乗る段階は、最後になります。

走ったり、急激な動きの時は、視覚情報で捉えた地面を基準面に、頭の中の自分の状態をそこにシンクロさせて、肉体の動きをリアルタイムに指示、補正を掛けています。この時、、、、


おっと、これぐらいでやめておこう(;^_^A

続く
Posted at 2022/10/06 21:56:28 | コメント(3) | トラックバック(0) | バイク | 趣味
2022年09月30日 イイね!

バイクの乗り方 Vol.2:「知る順序が大事」の巻

バイクの乗り方 Vol.2:「知る順序が大事」の巻バイクに乗らない人には、(乗っている方も(;^_^A)退屈かもしれませんが、秘伝のタレは不特定多数には開示できませんので、「これこれこうです」という巻物は持っていますが、公開しません。






今回、GSX-Rを買った本当の目的は、若い時、、と言っても29歳の時に自著としてまとめた「ライディング」の本を書いたのですが、それのバージョンアップ改定版を仕上げたい、と思ったからです。あれから増えた知見もあるし、少し違ったこと(Aだと思った代用特性が、実はゲインが低く、その隣のBが実は核心だった、とか(;^_^Aの気づきがあるため)

私が墓穴を掘りながら(;^_^Aも10年掛けて体得してきたコツ、要領を息子には、教えましたが、これも魚を与えるのではなく、釣り方を教えたわけで、免許取ってからOJTが出来たのはわずか半年ぐらいですが、その種を自分で磨いて大体5年ぐらいで、バイクの操り方としては私の1/2の経験時間で同等に追いつきましたね。今は私が減衰し、向こうはまだ伸び代も有って、もう先が見えているコーナでは勝てませんが(;^_^A。

しかし、これを教えるのには、そのタイミングが非常に大事で、例えば子供に自転車の乗り方を教える場合、「普通に走れて、ペダルが漕げる子供」ならば、小学生以下でも、約15分~30分も有れば、乗れるように指導できます。しかし、それをやったら補助輪の取れた自転車に親は走って追いつきません。ブレーキのかけ方、公道の走り方、危険のかわし方を身に着け、自転車走行における周りの危険をイメージできなければ、その子は長生きできません。だから、ご両親がどのぐらい真剣にそれらを教え、付き合えるのか、そう言った資質や教え方の段階まで踏まえてフォローできなければ、教えられません。そういう意味では、わざと親の歩く速度プラスアルファでよちよち散歩しながら、交通リスクを教えて行く段階も、時間がかかってもそれも大事な順番ということですから、こちらから、そういう練習をしているご家族を見ても、あえて声は掛けません。



バイクも同じで、多くのライダーは既に免許を持って走っているわけで、旅先で出会って、しばしルートを随伴する機会は多いわけです。後ろからフォームとラインと速度変化を見ていると、大体「操縦技術」という技量の部分と、公道の「危険予知」の部分が分かってきます。その比率と軽重は千差万別。その中で、操縦技術の面で、固いというか、ぎこちない方も結構多い。しかし、私の20代、RRブームの時代のような、ハングオンバリバリ、のフォームで走る若い人はほとんど見かけません。SSに乗っていてもです。それは結構安心材料です。一方で同じぐらいの年齢の方で、キレ切れの走りで抜いて行かれる方もいます。その時、3つのパターンに感想が分かれます。

①板についたフォームでまさに「速いライダー」であるパターン。ただし、交通ルール上いかがなものか、というポイントとラインで、抜いて行くのは、なんだかなぁと。(人のことは言えない部分は大いにあるのですが、私の場合は「場所と速度」は最重要ポイントなので、そこで息が合わないと一緒に走るのは難しい部分です。

②突っ込み速度は出ているのですが、ブラインドコーナでそれはホントに大丈夫?と思うパターン。こちらは残念ながらリターンライダーかな?と思い込み(;^_^A?
(技量違いで、ご本人は楽勝ペースなのかもしれませんが、、、。バイクは旋回中に加減速は極力避けたい心理が働きますが、公道では躊躇無く外乱に対応する判断が必要ですが、特に小排気量で張り合っているときは、無理をしがちです)

③アベレージは高いものの、ぎこちない?。フォームが派手ですが、速度のメリハリが違うかな?、と言う感じでこれもリターンライダーだろう、と勝手な思い込み?。

②と③は醸し出す雰囲気から、こちらが勝手に思い込んでるだけかもしれませんが、大体、抜かれるケースではこの3パターンのどれかなんですよね。

一口に「リターンライダー」と言いますが、若い時に乗り始めて、十分な技量を磨いたのちに、結婚やら家族やらの事情で降りて、復活した場合と、若い時にちょっと乗って、長期間乗っておらずに高齢でのリターン。また、そもそも40~50ぐらいで始めて、一度乗って、ちょっと降りて、また始めるのリターン、、などなど様々なわけですし、それぞれのリスクもまた千差万別ですよね。それに個々人の個性、技量もファクターとして有るわけで、ひとくくりにすることはできません。


なので、そういう背景と技量の位置を見極めることは大変ですので、そう言った違いは有ると知りつつ、単純な「判別フィルター」を使います。

それは、普通に他の交通の流れに乗って走っていて、観光地とかのツーリングで
A:晴れたワインディングで・・
B:雨の峠道、下りの光っている道路・・・
C:夜の山越えで真っ暗なワインディングで・・・・
D:少し速いペースのグループで、前に付いて行ってる時に、ちょっと無理して・・・

というような、難易度は異なりますが、そう言った場面で、
「心とバイクの曲がり方が違って・・・結果【怖い】という思いをしているかどうか。
そこを自己分析してもらって、「それが有るのか、無いのか?」で必要な「秘孔のポイント」が大きく異なります。

同時に、全く別な切り口ですが、他の車両との関係で「怖い」思いをすると言う別の怖さ(;^_^A  これもまた大事な指標で、これが多い方は、バイクの位置取りや予知が足りないということは有ると思います。これもまた別な「秘孔」を知る必要が有ります。




色々な種類の「怖さ」が有りますが、それらがいろんな場面での「怖い」と言う心のブレーキで走りのバランスが釣り合っている?場合には「乗り方」を教えて「それ」が消えると、自然と速く走れるようになりますし、そして走ってしまいます、だって楽しいもんね(;^_^A。


ところがはっきり言って、バイクから見た公道の交通機関は、同じバイクも含めて危険が一杯。そうなると、「予知して動く」という、本来のバイクとライダーの入力と出力の順序をライダー側が主導出来ているときは良いのですが、とっさの場合、この順序が守れないのです、なぜなら人間の本能が邪魔するから。

だから、身体の反射を本能に逆らって行う動作については、普通とは違う「反射」を起こすように、鍛錬が必要になります。これには長い習熟期間が必要で、反復練習しかありません。なので、これが有る程度身に付く前に、「操縦技術」だけが向上すると、まずいのです。また、これは運動神経が機敏な若い時に磨いておかないと、なかなか加齢してから始める場合は時間がかかります。

そういうわけで、必要なことではあるものの、それを手ほどきするのは、タイミングが難しい。いつも一緒にツーリングできるとかでは無い限り、相手の適切な「段階」を見極めて伝達しないと、それが仇花となってしまうので、私はそれを安易に開示しません。


息子の場合も、当然本人はうまくなりたいから、不思議と親父の話をよく聞くけれども、「狙いと結果の感覚」の因果関係が分かるようになるまでを伝えて、あとは練習有るのみと任せます。それで短期間に要点を抑えて上達します。けれども交通環境の機微を読んで、リスク管理できる時間には殆ど近道が有りません。耳と頭でわかっても、実際の痛みを伴うまで行ってしまうことで、わかることも有ります。

だから目の届かない関東の大学に通う足に、SB250(KLX250)を有無を言わさず中古を買って、定期券替わりに持たせました。車検要らずでトラクションを操るには単発、軽量そして、挙動のゲインが低いモタード車としました。そして上達度合いを見て、次は650の単発に。これもトップスピードを抑えるためと、回避動作や視界性に優れるライポジのバイクに強制的に。

まぁ、うまく行ったかどうかはわかりませんが、2回飛んで、骨は折ったけど、かろうじて26歳頃を境に峠は越えたように思います(;^_^A 「有り得ないとか、見落とした!」結果の重大性がちゃんとイメージ出来て、釣り合いの取れない速度は出さなくなったことが成果です。そう言う武道で言う「心技体」の成長バランスを取りながらでないと、一つだけ、突出しても危ないのです。




私が前提として伝えたかったことは、この2回で書いた、大きくは技と心の両方に着目して、順序としては、技の先行は危ない、、と言うことでした・・・で、
終わろうと思ったのですが、少しばかりフォローとして道案内的な、あくまでヒントしか書きませんので、つまらないかもしれませんが、ちょっと先まで続けようと思います(;^_^A。
Posted at 2022/09/30 22:46:14 | コメント(4) | トラックバック(0) | バイク | 趣味
2022年09月17日 イイね!

バイクの乗り方 Vol.1:「秘孔を知る」の巻

バイクの乗り方 Vol.1:「秘孔を知る」の巻みん友さんがリターンライダーとして参戦(;^_^Aされたので、昨今のバイクブームもあり、私と同じようなバリバリ伝説リアル世代の方も、諸事情で一旦離れてしまった方がまた乗り始めるケースは案外多いことを感じたので、老婆心ながら安全にバイクライフを継続できるように、触りの部分を書こうと思います。

私は元全日本のレーサ、、なんてわけはなく、サーキットも走ったことは無ないので、我流の「公道走行理論のみ」。ただのバイク好きの昔の峠小僧の成れの果て(;^_^Aですが、バイクは中学生デビュー後、高校までは無免時代が有って(公道以外を走ってた旨補足(;^_^A)、社会人になってからは、自前バイクを訳ありの1年間だけは切らしましたが、今までずっとバイク持ちです。その間、性癖と言うか、「バイクの乗り方」に魅せられて、いつもアレコレ考えながら我流で走ってきましたが、理屈が分かってきたら、身体(反射とか、メンタル含め)をイメージ通り伝達できるよう、走ってきたので、大体自分なりの「型」が出来ています。

同世代は、バイクにとっては黄金の80~90年代を楽しませてもらった人は多いハズで、今の約10倍のバイク人口が有ったはずです。今も現役で楽しんでいる方は多い(生き残り(;^_^A)ようで、出かけるとヘルメット脱いだら白髪の方は相変わらず多いです(私のその中の一人(;^_^A)。彼らが今の年までバイク乗りを継続出来ていることが、自身のライディングスタイルがほぼ確立して結果、五体満足、と言うことができます。

そこには、バイクの操縦がうまい=速く走れる、、ではなく、公道での「バイクと言う存在」を十分に経験した上で、リスクマネージメント出来ていたから、、「アクシデントをミニマムに出来た」と言う点が重要な点だと考えています。

バイクに乗る上での最優先課題は、「無事に帰って来る」です。それ以上大事な優先項目は有りません。大袈裟ですが、それぐらい、バイクにはパッシブな保護機能が有りません。
アクティブにライダー側が全部飲み込んで走る必要があるので、その事の習熟、経験値の積み重ねが、リターンライダーの一番の課題だと考えています。

自分の場合は、ライディング技術と公道リスクの習熟が、二人三脚で幸い積み重ねて来れたので、必然的に速くなって行くのに合わせて、危険予知的な能力も上がってゆき、幸い大事には至らず、現在もおかげさまで元気です。しかし、「あの時、生死を分けた」と言う経験を結構な数していて、脳裏に「死ぬかも!」は2ケタ?、「死んだ!」が3回(;^_^A。

このうち、「死んだ!」の3回はバイクも2回は全損してます(;^_^A
いずれも交通違反の動きをした車がらみのもので、ノリックと同じような目にも合っています。

単独の自滅はたくさんありますが、そちらは死ぬようなところまでは行かない程度(;^_^A それが19歳~28歳までの経験。それ以後は、インシデントの記憶はほぼありません。ライディングスタイルが変わったことも影響していると思います。それが28歳の時に買った’88のGSX-R750でした。

前置きが長くなりましたが、ゆっくり走れば安全かと言えば、そうでもないのがバイクの世界だし、世の中と言うもの、昨今逆走やら、あおり殺人?やらなんでもありですし、ともかく事故には気をつけましょうと言うことで、、、。


今日の本題の「秘孔を知る」の秘孔とは、何か?。

まずは「車とバイクの違いを身体で会得すること」(比較論でイメージしやすいので)
によって、操縦するコツというか、「入力」方法を知ることなのですが、、、、。



バイクの挙動(操り方)をイメージできること。これが分かれば、乗らなくても有る程度どう乗るか、操るイメージが持てます。車は大半の人が乗るわけですが、曲がる動作を「入力」させて、「車の挙動に置き換えて、」 この置き換えるシミュレーションができるレベルの技量が有れば、インプットイメージと車両の挙動イメージがリンクできます。

車の運転がうまい人は「このように操ろう!」という型を知っています。知っているけど体現出来ているかどうかはまた別で、日々鍛錬、、なのは武道と同じ。最短効率で最大の力を発揮する、力の入れどころ、バランスポイントを知る、、と言う点で、ツボであり秘孔と言ったわけです。それをバイクに置き換えて出来る人は、バイクを操れている人です。うまく身体ができるかどうかは置いておいて(;^_^A、脳内動作シミュレーションができます。


FEMで構造解析する時、おかしな結果が出て来る場合、条件が再現されていないのが常です。若い子が「おかしな結果」をもってきても、それがおかしいと気が付かない。
「いやいや、ここに曲げ荷重がかかるのに、ここに応力立たないのはおかしいでしょ」という案配。その時は、簡略化したモデルや、拘束条件など、必ず現実を再現できていないことに起因します。そしてそれが見えない(イメージできていない)から、結果のおかしさに疑問が湧かない。

バイクの動きを脳内にイメージで再現させるのに、たとえば定常円旋回のライン上に突然こぶし大の石が落ちていた場合、それを避けようと、「何をどう、入力したら、バイクがどのように動いて、それを避けられるか?」がきれいにイメージできるでしょうか?。
その時、ハンドルを自動車のように、「こう!」とイン側に切ったらどうなるか?。

まぁ、そういうことです。


なので、「うまく行った=うまく操れた」の脳内フィードバックルーチンが回る筈ですが、うまく操れた、という挙動は「バイクと、自分の、どういう因果関係で起きたのか?。

が、ちゃんと解析できるということです。 そうなるためには、バイクの物理的な運動理論が大体つかめていないと、無理なんですが、そんなこと知らなくてもバイクには乗れます。
「ちゃんと曲がれています、、」と返答されるのですが、バイクは倒れるもの。それを倒さずに旋回円にうまく持って行けたのはなぜか?。


まぁ、そういう所にヒントが有るわけで、このシリーズで「そうか!」とひらめいた人が一人でも読者にいたなら幸いです。

バイクの基礎を知る、、の今回は、バイクを車のように、入力と結果の挙動について、うまく置き換えが出来るように、バイクの操り方と結果の動きが理論的にイメージ、脳内シミュレーションできるように、しましょうねと言う話でした。これが出来れば、つまり
「こうしたい=であれば、こうすればいい」と動きを作れるわけです。それがイメージできれば、後は次はようやく「技」の話に入ってゆけます。


もう一つイメージをつかんでもらうためにヒントを書くと、バイクが転倒せずに、自立して走っている時、バイクとライダーの「何かがバランスして、それを作り出しています。アクセルを固定できるなら、ライダーが飛び降りてもバイクは真っすぐ走り続けます。友人のΓは、事故で振り落とされた後、無人で200mも走って行きました。

なので、曲げるためには、ライダーがその意思を何らかの手段で伝達しなければならないのですが、明確に「どこに何をして、どうそれをフィードバックとして感じているのか」ですね。

続く


Posted at 2022/09/17 21:46:45 | コメント(0) | トラックバック(0) | バイク | 趣味
2022年02月05日 イイね!

2005年に、バック・トゥ・ザ・フューチャー!

2005年に、バック・トゥ・ザ・フューチャー!ノスタルジックな記念として、老後の盆栽を買う?。。のは少し違うな?

何か、うまく言えませんが車、バイクを趣味の面、道楽の面から見た今後の道筋に一つ答えを出した気がしています。つまり「なんか買った(;^_^A、コロナストレスの反動か、お買い物してしまった」 実の表題は「For me, it is a legacy of the future, not the past.」ですかね。


内燃機関の終焉?、本当にいつになるのかわからないけれど、第2次世界大戦のレシプロ戦闘機の時代に、ほぼ一旦は究極のメカニズムに到達したと思う。その終焉はジェットエンジンの実用化だった。

GPやF1を頂点とする内燃機関の比出力極限競争は、1990年代に決着を見たように思っている。政治的商業的思惑の方が表に強く出すぎるようになり、ゴールポストを動かす組織の非科学性に興味も薄れて行った。しかしながら、1980年代バイク小僧で育ったし、チューンド黎明期から、ターボ移行期の楽しい時代を過ごしたし・・・。

最後はメッツガーの水冷、996GT2の中古でもいじりたいな、などと夢も妄想するも、馬鹿みたいに無駄に早まったEV騒動の余波で高騰し、普通のターボでさえも高嶺の花。OH用パーツを少し調べただけで、完調を維持しながらなんて懐も時間も無理な相談(何よりもカミさんの理解が得られない)。

一方で、愛馬のNUDA900Rは狙い通りに現役ジャパニーズ峠&里山最強で楽しませてもらっているけれど、県外遠征が、なかなかにお尻が痛くてきつくなってきた。今後はもっと短距離短時間の裏山即効アドレナリン、、な感じのバイクが欲しくなっていた。以前、隼のセカンドにSDRを置いて遊んだ時期があったけど、出戻りの息子のトレーニングバイクとして活躍はしたけれど手放したし、改めて2ストの出物を物色したけど、ちょっと違う感があった。好きだけどね、2スト。

今はBMW産の900CCですが、最後のバイクとして、手元には国産の直4の傑作エンジンを置いておきたい、、という漠然とした希望が、ようやく明確になって来てその沸いてきた根源の理由がやっと掴めてきた。ところが気が付けばSSは2000年あたりから、1000ccが主戦場となり、いったんは拡大するけど、所詮パイは縮小していった時代。それゆえ貴重な2000年代の優良中古の出物が少ないのだ。それに技術的にもゲップが出るほど高性能化し、もう買い替える欲求も薄れて行ったのか、過走行車が多い!。

逆輸入車扱いだし、新車を買わなくなった時代。そのため中古市場も高騰しており、バイクも高い。私の隼の下取りも高く買ってくれたもんな(;^_^A というわけで良中古車はもう、今見つけないと2000年代後半からは排ガス、騒音で電制まみれに向かったので、前世代は貴重車となっていた現実に気が付いたw。爺はアナログ針の無いメータのバイクには興味が無い。

そんな時、偶然ネットで見つけた出物に惹かれることが有った。「乗ってみたい!」久しぶりにそんなバイクを見つけた。と言ってもそれは2005年製、17年も前のバイクだった。
なぜ惹かれたか、はずいぶんと見入って考えて、ようやく思い当たった。

そして、「棚からぼた餅」はことわざだけど、私には続きが有って、「牡丹餅欲しければ、棚の下に陣取れ」というのがある。「チャンスの女神は前髪しかない」に対しては、女神を見つけるアンテナを張れ」というわけで、上記に挙げたような感情のごった煮も、いろいろ思索していると、方向性というか、自身の潜在意識が解けてきたように思います。

今後、車での派手な出費は難しいし、まっとうな必要目的的購入は、合理的用途と効率に向けられる。ということにスッキリ納得したので、道楽は原点回帰のバイクで等身大に楽しもう、、となったのでした。そして、誇れるメイドinジャパンのバイクに目を向けるとまさにそこは宝の山で、世界に誇れる珠玉のエンジンが目白押しなのですからね。

とはいえ、車と同じく2000年後半には、電子制御の波が押し寄せ、統合制御が始まる。またレギュレーション含め、昔レーサレプリカと呼ばれたいわゆる「SS:スーパースポーツ」は200万円を超える本物のレーサまがいのモノが登場するおそらく最後?の時代に。

問題は、公道環境がその走りを全く許さない方向にあるということ。つまりその性能を全く持て余すことになった。。のでサーキットに皆行くか、と言えば行く人もいるけど極少数。つまり、公道でのスーパースポーツを「盆栽」として飾るなら200万も300万も出す市場はあるけれど、後は本当にレースを楽しむひとのベースマシンになった。

最新のホンダCBR1000RR-Rや、ヤマハのYZF-R1とか、カワサキのZXR1000Rとかね。
使えるパワーバンドが1000ccもあるのに、10000~14000rpmという世界。なので、そういった「広告が作る対価のマーケット」には興味なく、自分が知りたかった運動性能の進化の先を実感しておきたい、という「知る欲求」を満足しつつ、手も動かせて、老化防止にもよかろうということで(屁理屈着けて(;^_^A)、なんと2005年式のSSを買ってしまいましたw。

この時代までなら、技術的な合理性にすべて納得が行くし理解もできるし、リビルドするにも、お手上げってことは無いので。それでも、購入に至るまでのインパクトがあったのは、見つけた車両のカスタムの方向性が嗜好にピッタリ合ったことが大きいなと思う。
つまり、自分でやってみたかったことが、ほとんどやってあるwww。同じような考え方の人が乗っていた、、ということに「棚から牡丹餅、チャンスの前髪」 「俺は乗ってみたい!」と思ったし、バイクは「あんたを載せてみたい」と語っているような気がしたので(;^_^A 中古は出会いと縁ですからねw。

偶然の重なりもあったし、ご縁があったとしか思えないので幸運だったと思います。
最大の壁はやはりカミさんの理解でしたが、こればっかりは無理だと悟っていたので、ある種強引な(;^_^A・・・。

車両は雪が解けて、自走で持って来れるようになってからなので、無事に手元に来ましたら、またネタにしようと思います。
Posted at 2022/02/05 21:36:30 | コメント(3) | トラックバック(0) | バイク | 趣味
2020年08月22日 イイね!

スウィッシュの所見(慣らし前半)

スウィッシュの所見(慣らし前半)スウィッシュの所見(慣らし前半)

さて、最も近所徘徊用の足となるスクータが更新されました。
慣れてしまう前の初見を忘備録として書いときます。

まず、昨日と今日で約100km走破しました。
5000回転縛りで、たまに5500回転と言う上限設定を課しての走りはつらい(;^_^A

一応、普通の車をリードできる程度の初期加速と50~55km/hの速度的には微妙に後続車が「追い越したい!!」と思う速度で、中央は走れず路肩側に寄せて、後続を見ながら走る。

そんな状況で、いつも走る色んな状況が読めていて、比較のできる道を淡々と消火します。
で、その条件下での感想。

1、期待していた直進安定性が足りない。
 60km以上まで行くと、恐らく気にならない予感はするけど、40~50km/hレベルだと、路面の外乱もあるけど、それより自立安定自体が弱く、逆に言えばちょっとしたお尻の荷重移動でステア制御出来て、街中ちょいちょいが知りは軽快。だがやや過敏?。
 
2、ポジションが少々疲れる。
 何が、どう違うのか、なかなかわからなかったが、ハンドルが握り1個分低い。私の体格もあるけれど、前車のシンプリーと比べると対地シート高がかなり低いため、両足かかとが付く(以前はつま先だった)。その状態でハンドル位置がこぶし1個低い感じで、ジムカーナ的に前荷重使う分にはちょうどいいけど、直線をぼーっと50km/hぐらいで走るには 背中が丸まり、肩甲骨に張りが出て、何度も停車時に肩こり体操をした。
リミティッドはシートヒータのせいで1cm座面が高いらしいので、その分もやや前傾に影響しているだろう。

一方で、見定めていた前方の足置きは有効で、思った通り、前後ステップ配置で乗れて、ブレーキGと加速の前後を足で支えれるので、この手の軽いハンドルのセルフステアを十分生かせる。ただ、後ろ側はかかとが入るへこみが有れば、良かったのに、がに股にしずらく、モノを置いた際は足置き場が無くなる。

 
3、ブレーキは良い
 ブレーキは制動力もレバー力もよい。指一本でほぼ全域カバーできる制動力で、圧力制御できるカッチリ剛性あって、さすが10インチにダブルピストンおごって、インナーチューブφ33にしただけある。
 
4、乗りごごちは、少々残念。
 一つには、シンプリーより座面クッションが薄い、そして固い。加えてリアサスも固い。
 ゴツゴツ感が有る。この辺はさっきリアばねが3段階の中央だったので、最弱に落としたので若干、前傾緩和も含めて改善を期待。あと、慣らしが進めばもう少し滑らかにならんかな。ただ、全体の車体剛性のがたつき、よれは無く、十分高級感ある。
 
帰って来た当たりで、CVTの初期の食いつきがよくなり、出足直後の旋回がしっかりしてきて、馴染んできた感が増した。

特段、欠点と言うほどまでのマイナスは見当たらない。(これは、短距離徘徊用として選んでいるので、そもそもトレードオフ的な部分は承知済みであるため)

シート下の底面、めっちゃ熱くなる。上下寸法を稼ぎたいため、エンジンに相当近いのだろうあるいは、隙間に空気層の流れが無い、断熱材を一枚内側に敷きたくなった。入れてあった金属棒が火傷しそうな熱さ、取説もホカホカである。

とりあえず、慣らしの初見はこんなとこ。
Posted at 2020/08/22 23:11:51 | コメント(1) | トラックバック(0) | バイク | 日記

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