8月になって暑さに参っていましたが、ようやく今月初の遠出です。
目的は高知県。1泊2日の予定です。
早朝出発で神戸淡路鳴門自動車道~国道11・55号でひたすら室戸岬を目指します。
かなり下道が長いドライブです。
途中で徳島県の日和佐町、現在は合併して美波町にある
日和佐城へ立ち寄りました。日和佐城は、この地の豪族だった日和佐肥前守が阿波の南部進入を目指す土佐の長宗我部元親を防ぐためにこの地に城を築いたと伝えられています。
天正3(1575)年秋、長宗我部元親は阿波の海部郡へ侵攻しました。天正5(1577)年には、阿波攻略の長宗我部勢の主将である香宗我部親泰の前に日和佐越前守も軍門に降りました。
天正13(1585)年、羽柴秀吉の四国征伐により、阿波は蜂須賀家政に与えられましたが、その際に日和佐城は廃城になったといわれています。
城跡には、昭和53(1978)年に日和佐勤労者野外活動施設として完成した、模擬天守が建っています。早朝だったので建物の中には当然ながら入れません。
室戸岬に着くと最初に目に付いたのが、
御厨人窟(みくろど)、神明窟(しんめいくつ)です。青年期の弘法大師(空海)が悟りを開いたとされる2つの洞窟です。
写真上の神明窟は難行をかさねて求耳持法を成就したといわれる神明窟です。写真下が御厨人窟で修行中の住居としていたといわれています。御厨人窟から聞こえる波の音は「日本の音風景100選」に選定されています。
二つの洞窟は国道55号沿いに隣接していて、向かって左が御厨人窟、右が神明窟です。
乱礁遊歩道は、室戸岬の太平洋の荒波を見ながら散歩できる遊歩道です。
エボシ岩、ビシャゴ岩など波に浸食された奇岩怪石が多数見ることができます。
室戸岬の最先端近くには
中岡慎太郎の像があります。
中岡慎太郎は土佐国安芸郡北川郷柏木村(現在の北川村)出身の幕末の志士です。
土佐勤王党に加盟した後、脱藩し坂本龍馬と共に薩長連合の成立に力を注ぎました。また、討幕運動の浪士隊である陸援隊を組織したことでも知られています。慶応3(1867)年、坂本龍馬と共に京都近江屋で暗殺されました。
室戸岬の中岡慎太郎像は昭和10(1935)年、安芸郡と室戸岬町の青年たちによって建てられました。桂浜に立つ坂本龍馬の像と向かい合っていると言われています。
最御崎寺(ほつみさきじ)は、四国霊場第二十四番札所です。室戸岬の高台に建つ古刹で、西の金剛頂寺に対して東寺とも呼ばれています。
大同2(807)年に唐から帰国した弘法大師が、嵯峨天皇の勅願により伽藍を建立しました。以来、歴代天皇の祈願所として栄えました。本尊は大師自ら刻んだ虚空蔵菩薩で秘仏です。
山門脇には岩見重太郎(薄田隼人)の墓がありました。
寺には室戸スカイライン(高知県道203号室戸公園線)で登ることができます。
最御崎寺の南側にある
室戸岬灯台は、明治32(1899)年4月1日に完成しました。
その後、昭和9(1934)年の室戸台風と戦災、昭和21(1946)年の南海地震で灯台のレンズが破損し、修理を行いました。
鉄造りの灯塔はほとんど被害がなく、建設当時の姿を残しています。光源は最初は石油を使用していましたが、大正6(1917)年12月に電化されました。レンズは日本最大の直径2.6mで、光が届く距離は26.5海里(49km)にも及びます。
室戸岬の
津呂山展望台は、室戸スカイライン(高知県道203号室戸公園線)沿いの展望台です。
室戸~阿南にかけての東側、安芸市側の西側の海岸線がよく見える眺望スポットです。
次は、中岡慎太郎のふるさと、北川村に向かいます。
Posted at 2007/08/19 22:57:50 | |
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