
「針山の天王桜」という桜を見てきた。
時は少し遡って四月下旬。
今年は自分も相棒もなかなかスケジュールが合わず、桜の開花も異様に早いという事もあって、桜旅はちょっと厳しいかと思われた。
関東の染井吉野は3月の卒業式にはもう開花を迎え、入学式まで持つかどうかという塩梅で、例年より10日~二週間ほど早かったのだ。
長男の「創」はこの春地元の小学校から中学校に進学し、卒業式も入学式も滞りなく迎えることができました。
「陣痛が来たので産まれそう」の連絡を受けて秋田まで全力疾走し、4時間弱で現着したのにも関わらず間に合わなかったのももう13年も前のことなのですね。
早いものだ。
しかしまぁ、桜の旅はもっと前から続けていてもう17年目になるんだけど、その17年の歴史の中でみても、今年の桜は異例の早さであった訳だ。
スケジュール的には行けても4月4週目以降・・・桜を見に行こうと思うには致命的に遅い。。。桜前線はとっくに北海道にまで到達し、本州で見頃のエリアは秋田より北へ移っていました。
ヴィッツで日帰りで行けるエリアではないなぁ・・。
基本日帰りスタイルで続けている桜旅。
一度山形まで一泊遠征したことはあるが、あとは一日で行って帰ってである。
日帰りで行かれるのは片道せいぜい3時間くらいまでで、北は二本松、西側は長野県の白馬や阿智村が限界と言える。
実はこの範囲の有名どころはほぼ行き尽くした感があり、そろそろ一泊遠征メインで考えないと新規開拓が難しい状況ではあった。
そろそろ子供も大きくなってきた事だし、仕事の都合さえつくなら、泊りでもっと足を延ばしたいところである。
・・・だが、一か所だけ思い当たる桜があった。
それが「針山の天王桜」であった。
群馬県片品村の山間部にある孤高の一本桜。
オオヤマザクラの古木で、樹齢は300年超とされている。
昔に一本桜を特集した雑誌で見てからずっと意識していた桜ですが、花期が(例年だとGWごろ)非常に遅いという事と、周辺のそのほかの桜と見頃が合わない事とがあって、完璧に単発狙いになることから見送り続けてきてしまった。
今年の前線の速さから計算すると、恐らくちょうどいい時期ではないだろうか。
片品村は尾瀬ヶ原湿原の玄関口であり、群馬県でも最深部と言えるエリアになる。
昨年訪れた白馬同様春の訪れは遅く、特に山間部に咲くオオヤマザクラはゴールデンウィーク頃が平年の見ごろとなる。
平年より10日以上も早い今年の開花状況からするとドンピシャではないか。
ライブカメラによる開花確認も出来るが、会社を休んで行くことになるので撮影日は決めておかなければならない。
開花予想は4月の4週目。
恐らく週前半なのは判っていましたので、天気の長期予報を鑑み22日に設定していましたが、予想より更に数日早まり、19日には完全満開となりました。
満開後数日しか持たない足の速い桜だと聞いていたので、やや心配していましたが、当日もまだまだ見頃は続いているようで安心して出発。
まだ暗い早朝3時半にヴィッツで迎えに来てもらい、圏央道経由で関越に入り沼田ICまで。
コウヘイののんびり運転でも2時間半で現地入り。

まだ息が白くなりそうなほど寒い片品の朝。
茶色い看板のセブンでホットコーヒーを買って作戦を練ります。
作戦と言ったって基本「天王桜」一本なので、午前中の撮影が終わったら、日没後のライトアップまで時間をどう潰すか位のハナシで・・・
他に見どころがなければ、どっかでぼんやり過ごして時間が来るのを待つだけな訳です。
兎にも角にも天王桜へ。
寄り道しなければ、沼田インターから30分もかからない距離の山の中です。
川場村というスキー場が多い隣村から山道に入り、深いヘアピンカーブが続く険しい峠道を登っていくと瀬峰トンネルという山頂の隧道に到達。
これを抜けて向こう側へ降りると、片品村となる。
瀬峰トンネル・・なんかどこかで聞いたことがある名前だなと思ったけど、数年前にレーサーに誘われてスノドラで来たことがあるんだな。
こんなに道の悪い酷道だったのか(雪だと判らないからね)。
こんな僻地にまで来なければ、もはや走れる所がなくなってきたスノドラ。
今期も行かれず仕舞いだったからなぁ。

まだ6時台だったこともあり、僕らのクルマの他には2台だけ。
結構広い駐車場ですが、平日でも昼にはいっぱいになり駐車待ちができるそう。

ほんの少し歩いて民家の路地を入っていくと、案内が出ていてすぐに判ります。

土壁の古い蔵や倉庫の脇を抜けて裏手へ回ると、
それはすぐ正面にありました。

「針山の天王桜」
県指定の天然記念物で、幹回り6メートル、枝張り17メートルというオオヤマザクラの巨木で、残っている資料から遡っても300年以上前にはすでに大木だったというオオヤマザクラ界の横綱である。

息をのむような圧巻の樹勢。
初見で言葉を発せなかった。
こんな桜を長年見過ごしていたのか・・・
葉と花が同時に展開するのはヤマザクラの特徴。
オオヤマザクラは普通のヤマザクラとは別種で、より高地・寒冷地に自生しヤマザクラより大型になる。花弁も紅色が強くなり、ベニヤマザクラやエゾヤマザクラの別名がある。

まだ見物客も少なく風もないのでチャンスタイムなのだが、どこからでも狙える形のいい樹の為、どう撮っていいかわからずうろうろしていますw

相棒のコウヘイも立ち尽くしている。

直近の田圃に水張りがされている。
恐らく桜の開花に合わせた粋な計らいであろう。

まだ薄く氷が張るような水面の下にはカエルの幼生たちが。

カメラの調整をするコウヘイ。
今回はフルサイズではなく、軽量で取り回しのいいAPS-Cのソニーを持ち込んできている。
最近は、本業のビデオ撮影の仕事もスチール撮影もこれだけで済んでしまうんだって。

空が青くて桜が映えますね。
この日も、午後から雲が増えて完全に曇天になる予報だったので、日中の撮影は朝が勝負なのは判っていましたが、条件が完璧です。
満開だったという日曜日では、人が多すぎてこんなにのんびり撮れなかったでしょうし、この日の前日は半日雨、翌日はもう天気が下り坂という予報が外れていないので、結局この日しかない!みたいな撮影日でした。

それに、散り際が近くなると花弁の中心付近が赤く染まりだし、より濃いピンク色に変化していくのがオオヤマザクラの特徴で、数日後ろにずれたことで自分が雑誌の写真で見たイメージの色により近い状態だったのも良かったのかも知れない。

これだけどこから狙っても形のいい桜は珍しいですね。
斜めに注ぐ朝陽が迫力のある陰影を作り出し、勢いのある英がより強調されている。
同様の理由で西日に照らされた桜も見ごたえがあるが、この日の天気ではサンセットシーンはあまり期待できなさそうなので、明るいうちの撮影は朝が勝負です。

隆々とした幹も迫力があり、魅力がある。

根元には小さな石の祠があり「天王神」というものが祀ってある。
天王神とは仏教でいう天部を守る神々の事で、一般的には「牛頭天王(ごずてんのう)」という祇園精舎の守護神のことを指すようです。
疫病や厄災を鎮める祈願をこめて天王神を祀ることが多かったみたいですね。
そんな風に神と称されるほどの、神々しさと恭しさを持った巨樹であったという事でしょう。
異論の余地はありません。

気が付けば3時間近く撮影し、陽も高くなり人足も多くなってきたので、午前の撮影は撤収。
良い時間が過ごせました。
やはり写真撮影の旅は平日がいい。
単純に人が少なくて写真が撮りやすいという事と、道路が混まないので行きも帰りもスイスイ行ける。
あとは、狙った桜のベストな花期が一日単位で決まってくるので、土日に絞ってしまうと最高の瞬間を逃す・・などの理由がある。
まぁ、コウヘイが撮影の仕事柄土日休みが難しいという事もあるが、それがなくても平日に計画することが好ましい趣味ですね。
仕事は休まなければならないが、有給休暇などどうせ使い切らないのでいい機会である。
あまり病気もしないし、子供の学校行事くらいでしか休むことがないので、たまには趣味や遊びを本気でやることに充てようと思うのだ。

川場村・片品村は、武尊山(ほたかやま)という山岳エリアの麓にあり、大昔(ブログを見返したら約20年前でした・・)に武尊牧場という冬場はスキー場の施設でキャンプをしたのを覚えている。
恐らく看板にあるオグナほたかスキー場の事だと思われる。
夏場はキャンプ場として開放していて、リフトで野営エリアまで登って行った事を覚えています。
確か、施設内だけで使われている古いレガシィだかレオーネバンだかが、ドロドロ不等長サウンドを響かせて山頂まで荷物を運んでくれたことを思い出しました。
懐かしいなぁ。

天王桜一本狙いとは言ったものの、ひとつ尾根向こうには一本だけ、グーグルマップに表示されるような桜はあって、クルマでは5分くらいのところにある樹齢100年のオオヤマザクラです。
「オキノ桜」と呼ばれています。

その昔、この地で宿をやっていたオキノさんという方が手植えしたという逸話がある、傍らの赤いお堂がかわいらしい印象的な桜です。

100年前に・・・みたいな言い伝えのものって、10年前は「90年前」って言ってたのかな?って思っちゃいます。
この年になると10年ってあっという間ですので・・・。

やはりすぐ傍には石の祠がある。
こういう所へも賽銭というのはされていて、長年回収されている雰囲気がないような変色もある。
地権者にあたる人が思いついたときに集めているのだろうか。
多くても年収300円位な気もするが。。。
赤いお堂に賽銭箱がないので、ここにお供えするのかな。
マイナーなのか、ほかに人は訪れることはなく、沢のせせらぎと鶯の鳴き声だけが響き渡っていました。
天然自然のASMRをしばし満喫。
あとはいよいよする事がなく、片品村や川場村のHPなどを見て見どころを探すものの、どうもピンとくるものがない。
尾瀬と吹割の滝と天王桜を除くと、殆ど目ぼしい所がないというのが実情で、あとは冬場のスキーと温泉だけで持ってるようなエリアのようである。
ヲレは近くにあった温泉施設でも利用して、飯食って昼寝でもしていればいいのではないかと思ったのだが・・・いつもそうなのだが、どうもコウヘイは温泉に入りたがらない。
そこまでゆっくりしてしまうと、もう動きたくなくなってしまうからだと言うんだけど、日没まで4時間も5時間もあるんだから、別にいいだろうと思うんだけど・・・入りたくない理由でもあるんだろうか、謎である。

なので、結局周辺の史跡めぐりのようになってしまうのだが、岩に掘られた33体の観音様がある岩観音という所に立ち寄ってみる。

大谷石の岩盤層に掘られた観音様たち。
南北朝時代の戦没者を弔うために掘られた磨崖仏というものです。
南北朝と言ったら戦国時代より前ですので、700年近く昔の話。
それが、このように残っているというのは凄いことです。
歴史的な遺構としては、内容的には随分しっかりしてると思うんだけど、特に町を挙げて取り上げてる感じもない。
無造作に看板で表示してあるだけ、とういうのがどうにももったいないような気がしました。
もっと見せ方を考えてきちんとプロモーションしたりすれば、もっと人寄せになったりお金になりそうなのにな・・とか無粋なことを考えてしまう。
余計なお世話か。

あとはうろうろしても、取り立てた被写体はなく、まだ昼なのにどうしようかなという感じ。
これだけ大自然のお膝元であれば、のんびり過ごす環境には事欠かないのでは?などというざっくりとした期待はあっさり裏切られる。
とにかく何もないのである。
白馬村のようにどこにいても風光明媚、という訳でもないので、
とりあえず日当たりのいい河川敷でも探して、昼食と昼寝にでもするかという事になった。

以前なら、バーナーやコッヘルキットを持ち込んでコーヒーやらラーメンやら作ろうか、なんてやりたがったけど、もう面倒くさいのでコンビニ飯ですね。
弁当もコーヒーも下手な地のものより美味しいです。

昔はコンビニ弁当なんて以ての外!
美味しくないし防腐剤だらけでとても食べられない・・と宣っていたオーガニック至上主義だったコウヘイですが、今となってはコンビニのものが一番安心できる・・に変わってしまっているw

「昔はそんな男じゃなかったのにな。」
ヲレがそう言うと、コウヘイは笑った。
「お袋がそういう教育だったからなぁ・・。」
「そういう余裕は多少なりとも裕福だから出来るんだよ。うちは貧乏だったからな、人並みなフリをするのが精いっぱいw」
「でも、子供のころはいいなりじゃないけど、あまり自分でこうすべきってのは考えてなかったかな、親に言われて勉強ばかりしてたかも。」
「勉強はできたもんな、ヲレは落ちこぼれ。」
「近所で一番の進学塾に行ってた。」
「ヲレは全く勉強しなかったからなぁ・・高校受験も気持ちがいいくらい何もしなかったけど、都立高の普通科にギリギリ引っかかったって感じ。コウヘイは上から二番目の高校に行ったよな。」
「俺は漠然とだけど芸大に行きたくて受けたんだけど、大した準備もしてなかったから当然落ちちゃって・・浪人してまでって思うほどやりたいことが決まってなかったし、何かその表現の世界と関係があるかなと思って劇団に入ったんだ。」
今でも劇団で美術の仕事を手伝っているコウヘイ。
不規則なスケジュールを求められ、結局金にもならない仕事だが、未だに切れずに手伝っている。
生活は、空いた時間でできる仕事で生計を立てるような組み立てになるので、個人事業主で結婚式などのイベントの撮影の仕事をしている。
そんな不安定な仕事のせいでいつまでも独り身なのかなと思い、劇団なんかやめてそろそろ身を固めたらどうだ?と余計なおせっかいを言ったこともある。
二枚目だし、人間的にもなんの問題もない。
ただストイック過ぎるゆえの今かな、とは思うが・・
ヲレの言うことも全く的外れという事でもないらしく、それも考えているし、どうなるかちょっと解らないというような事を言っていた。
そんな話をしていたのも2、3年前の事なので今はどうなんだろう・・
動くんだろうか。
あまりその事には触れないように、自分の事だけ話すことにした。
「ヲレは期せずして走り屋みたいなってしまったが、コウヘイの演劇ほどの具体的な目的意識があった訳ではなかったよ、上手くなりたい速くなりたいっていう気持ちはあったけど、それを将来につなげようというのもないし、ただ、真面目にやらないと死ぬなっていう世界だったから、ガチではやってた。」
「雑な性格だから、よく判らずにハンドル握ってるだけではいずれ死ぬなって予感はあったから、死なないためにドライビングを学んでいただけで、めちゃくちゃクルマが好きとかモータースポーツが好きって訳じゃなかったんだよな・・。」
「貧乏で金が無かったからな、クルマにお金が掛かったら負けっていうか、終わり・・ていう考えは最初のころからあって、何をやったってお金が掛かるからね、クルマは。だから、空いた時間と少ない予算でどれだけ遊べるかっていうただの趣味でいいやって。」
「自分はこうなりたいとか・・具体的な”夢”みたいな話はとんでもなかったかな・・・ひとり親で経済的にも苦しかったので、ただの普通がうらやましかったんだ・・だから普通に仕事を頑張って、普通に結婚して、普通の生活を維持できれば大金星。それ以上の事はなかったよ・・それは今も変わらない。」
コウヘイにもうちょっと配慮した言い方をすれば良かったかな・・と思いつつも、これは本音であるから仕方がない。
余計なお節介かもしれないが、コウヘイに変な枷が掛かっているなら、それを取り払ってやれないかなとは思う。
コウヘイも、そういう普通の幸せを望まないタイプの人間ではない筈だから。
「こんな風にお互いの思ってることをハッキリ吐露できるのは、こういう旅の時くらいだと思う。」
ヲレの昔話に対しての返しは特にせず、コウヘイはそれだけ言った。
「一緒に飲んでるときは対してアタマが回ってないからなぁ。」
「自分の中だけだと絶対にたどり着かないような答えをお互いが持ってるから、長い付き合いなんだろうな。」
河川敷にある小さな公園に椅子とサイドテーブルだけ出して、さらさら流れる川面を見てるだけでしたが、自分で思ってるよりも饒舌になった。
もう来年には五十路のオッサン二人ですが、昔の事だけはよく覚えてるもんだなと思った。

気が付くと、昼寝で時間を潰すつもりが数時間話し込んでいた。
明るいから気付かなかったが、すでに17時前になっており、そろそろ現地でスタンバイしていてもいい時間である。

天王桜までの小径のぼんぼりには明かりが灯り始める。

18時を回ったあたりでライトアップが始まりました。
田んぼの脇には多くのカメラマンが集まり始め、ここならいいだろう、という思い思いの場所にローアングルの三脚をセットし始める。
恐らく、18時30分頃からの30分間ほどが撮影のエンペラータイムで、
一瞬のトワイライトブルーを狙ってそれぞれがシャッターを切り始める。

数分おきに変わっていく宙。
いま田んぼの脇に集まっているカメラマンたも等間隔でフレームに収めていく。

正面から二つの水銀灯が照らしているだけなのだが、桜全体を鮮やかに浮かび上がらせている。
まるで舞台演劇でも始まったようであった。

待ち望んだトワイライトブルーも30分ほどかけて宵闇に沈み、背景はやがて漆黒に変わった。

幹のうねりと燃えるような英。
すさまじい迫力である。

見上げれば上弦の月。

日没後まだそれほど経っていませんが、
気が付くと沢山いたアマチュアカメラマンも我々と、あとから来た一人二人のカメラ女子みたいなのだけになっていました。
殆どのカメラマンがトワイライトのリフレクション狙いだったのか。

夢と現の境目が曖昧になってゆくような不思議な時間。
むしろ、我々の内面の輪郭がはっきりしていくような感覚がある。

神として祀られ崇められた「天王桜」
それは、悠久の時を経て私たちを見下ろし、訴えかけてくる。
「いま、内にあるものを包み隠さず提出しろ」と、
神仏の尊重や崇拝というものは、本来ただの一方的なお願いを押し付けるものではなく、契約である。
僕らもこの年になれば、願っていることをただお願いだけすれば叶えてくれるような神様が存在しないことは身に染みて知っている。
過度なお願いをすれば、それに見合った何かを持っていかれてしまうような気がして控えめになってしまうのである。
神も悪魔も契約と引き換えに求めてくるものは「信仰」や「魂」である。
特にお願い事は御座いません。現に与えられし幸福で充分で御座います。
願わくば、これからも自分の実力や努力に見合った結果を正当に獲得し、
せめて、理不尽な不幸に見舞われない人生でありますようお見守りくださいませ。
両の手を合わせ、恭しさと打算を過分に含んだ願いを込めて一礼し、
神の桜の前から失礼した。
神は存在しないという人がいる。
だが、神とは人々を助けてくれる保護者ではない。
我々の願いであり、思いであり、覚悟の事であると思う。
多くのそれらが集まり、それぞれの形となって偶像化したものをそう呼んでいるのだ。
此度の桜も、
多くの人々の思いや願いが顕現したまさに「神」そのものであった。