カリーナの歴代モデルについて書かれた記事を見つけました!!
歴代モデル、それぞれの説明については記事に譲りますが、ここでは個人的な思いを…
私がカリーナというクルマを好きにになったのは3代目…つまり「A60系」と呼ばれる最後のFRモデルでした。
飯田の親戚の家で乗ってたんですが(確か前期型の1.5SE)、当時我が家ではコルサのセダン(2代目前期1.5EX)に乗っておりました。
しかし、2代目コルサ(1982年)よりも1年も前のデビューと、カリーナの方が古いのに、カリ-ナの方がシャープなラインでカッコ良く見えました。
「リヤに回り込んでもカクカクしてカッコイイ♪」…これで好きになったんですね。
その後、クルマに詳しくなってくると、当時コルサには載せられていなかった高性能なツインカムエンジンがカリーナには載ってる事を知ると、ますます魅力的に思えてきました。
しかし、カリーナクラスのセダンにもFF化の波は押し寄せ、カリーナもついにモデルチェンジされる
事になりました(1984年)。
確かに先代モデルの流れを受け継いで、全体的なラインは先代に似てるものの、マスクは4灯式じゃないし、しかも(最初は)GT系が無いしで好きなモデルではありませんでした。
ちなみに、当分はFRモデルもGT系とSG以下の廉価モデルは併売されていたのですが、それを知ったのは後の事でしたし…
それからまた4年経ってモデルチェンジ… 今度は先にモデルチェンジされたコロナ同様、当時のトヨタ車らしい丸みを帯びたデザインにされていました。
それにFRモデル、つまりA60系は今度こそ消滅…OTL
また、スポーツエンジンはテンロクの4A-Gだけ… コロナには引き続き搭載された2リッターの3S-Gが無いのが物足りなく思えたのと同時に、
「カリーナってコロナよりも格下のモデルだったのか…」と感じさせられました。
しかし、今思えば、そういう上級スポーツ指向なのは、カリーナEDに任せたからカリーナから2リッターのスポーツモデルをやめたのかもしれません。EDデビュー以降は…(1985~1998年の間は…)
ただ、カリーナには4A-Gがあっただけマシで、免許も無いのに「もし、自分が乗るなら(4A-G搭載の)『G-Limited』か…」とお気に入りのグレードだけ決めてたんですが、カリーナに先行してモデルチェンジされるカローラ、しかも110系(1991)には何と1気筒あたり5バルブに進化した4A-Gが!!(驚!!)
…で勝手に
「次の年(1992年)にモデルチェンジされるカリーナにはきっと5バルブの4A-Gが載るに違いない!!」と思い込んでいたのも束の間…
丸っこくなりすぎたデザインに、スポーツエンジンは無く、リーンバーンエンジンを押し出したエコなモデルに…
私の中では勝手に「190系は黒歴史なカリーナ」だと決めつけています(…涙)。
あ…オーナーさんが見てたら、サーセン…(冷汗)
そしてまた4年の年月が流れ、とあるスクープ雑誌に…
「カリーナにGT復活!!」
…とあるではありませんか!!
「おおっ!!これで長いトンネルから抜け出せる様なモノだ!!(嬉!!)」
…で、実際に1996年の夏に210系カリーナがデビューし、しっかり「GT」も復活したんですね!!「バンザーイ!!」と心の中で喜んでました。
ただ、同じ年の3月にムーヴ(初代前期型Z4)を買ったばかりだったんで、しばらくはガマンしておりました。
そして翌年(1997年)の2月ごろに父がテラノ(2代目前期型)を買った事から、日産のDラーと付き合いが始まりました。
…で、同じ年の9月には、パルサーがマイナーチェンジされて4A-Gの165PSを上回る175PSを発生するSR16VEを載せた「VZ-R」が出てきたから、
「これはいいぞ!! ムーヴの次はこれに…」と考えていたのですが…
しかし、クルマが安く買える決算どきになったら、「パルサーもいいけど、カリーナより高いし、おまけにインパネのあたりの質感を高くするオプションを付けると更に高くなるな…」って事でカリーナをついに購入する事に…
ムーヴは2年しか乗ってなかったんで、下取りは結構良かったです。
納車されたのは1998年の3月20日過ぎでしたが、とにかく嬉しくて通勤でカリーナに乗って通うのが楽しみだったんですけど、ある日宿直の勤務があり、朝起きてみると道路が銀世界に…
そうです、実はノーマルタイヤで納車されており、スタッドレスがまだ納品されてなかったから、買ったばかりの新車だし、事故らない様にソロソロと家まで帰りました(冷汗)。
あと、ムーヴよりもクラッチが重くなっており、最初の内は何度かエンストしたのは内緒です(滝汗)。
しかし、5バルブらしい乾いたエンジン音、そして3000回転以上回すと俄然元気になる4A-Gも気に入ったモノでした。
このクルマはアニメキャラでいえば、見た目地味ながらもかなりの実力を秘めた彼女らみたいなモノでしょうかw
また、標準装着されていたタイヤは確かトランピオだったんですが、次に履き替える時にはポテンザRE-01にしました。これはロードノイズはうるさいものの、雨天でもロードホールディングに優れていました。
それから、ワインディングでランエボⅣやV35スカイラインクーペに道を譲られたりした事もありました(苦笑)。
その後、「おねがいティーチャー」の聖地巡礼に木崎湖に行くなど、ムーヴに乗ってた頃よりも出かける場所は増えましたね。
あと、「カリーナオーナーズクラブ」のオフ会(2008年)に参加した時にはメンバーの1人から、
「最近、ノーマルなのが少なくなったから、どれだけでもノーマル状態を維持して欲しい」と…
それで私は今だに車高調とかでカリーナをイジらない事にしてるワケです。
ただ、2001年末にカリーナは消滅、後継のアリオンにチェンジされたのにはショックを受けました。MT車も無いし、おまけにスポーツエンジンも無いから… 当時のセリカにはテンハチの2ZZ-GEが載ってたんですけどね…OTL
その時受けたショックは今も引きずってる感じですね(苦笑)。
また、痛車にしたいと考えたのは2008年頃です。丁度、雑誌「痛車ろーど」に影響を受け、「CLANNAD」や「Kanon」の様なKey作品にハマってたのがそのきっかけで、最初に参加した痛車イベントはめいほうスキー場で開催された「萌ミ2009」でしたね。
それから、みん友のシンパチさんから、とある痛車サイトでみんカラの存在を紹介され、みんカラを始める様になったんですね…
ただ、今となっては自分の中で「黒歴史」的にしたい出来事があり(痛車仲間のイザコザとかとは違う原因ですが)、自作で貼ってたステッカーを殆ど剥がしてしまいました。
でも痛車はやりたいって事でいつでも貼れるマグネットに切り替えたんですね。自作ステッカーで痛車にしてたのは結局2年程度でした…
その後、みん友も増え、有難い事に色んな人たちから声もかけてもらえる様になり、「自分=カリーナ」のイメージが定着しました。他のクルマで行くと「なんでカリーナで来なかったの?」とwww
そんなワケで来年で20年になるカリーナですが、どれだけでもコンディションを悪くしない様にしていますが、とりあえず乗れるだけ乗ってやろうかなとか考えています。今は普段の足としてエブリイもあるから…