2014年11月23日
自動車の空力特性について考える
サーキットを走っていると、時々リアバンパーを切開したり穴を穿っている車輌を見かけることがあります。
心の中で「はい!廃人コース決定!!ドーン!」と思ったりするのですが、本気度は分かりますが、はたしてどのくらい効果があるものか聞いてみたいところです。
リアバンパーの空気抜き加工は車体後部の袋状になったところに溜まる空気を逃がして流れを良くする事で空気抵抗の低減、あるいは車体下部を流れる空気を抜くことで車体が地面に吸いつけられる(少なくとも持ち上がる力を減ずる)効果を狙ったものなのですが、空気というのは動的に変化する流体という性質を持っているのが非常に厄介で、下手な加工をするとクルマのバランスにネガに作用しかねません。
そういった加工はもちろん空力特性をどうにかしよう、つまりハンドリングや最高速を改善したいという願望の現われなのですが、クルマというのはある程度まではパワーで速くなりますが、速くなるにつれ馬鹿力だけではどうにもならない空気の壁にぶつかる事になります。
伝説的レーシングカーデザイナーのキャロル・シェルビーも250km/hくらいまではパワーでもっていけるが、それより速く走ろうとしたら空気を味方につけなきゃならなかった(かなり意訳)と晩年に回想していました。
事実、ACコブラは原型のままハイパワーエンジン427を積んだだけの空力をあまり気にしないスタイルでしたがル・マン24時間耐久レースを征するという命題を背負ったデイトナは、それまでとは一線を画す流麗なクーペボディを懸架していました。
現代の量産車でも、特に低燃費のためにこの空気抵抗というのが注目されており、各社が日夜研究でしのぎを削っている分野でもあります。
市販車でCd値が0.3を切ったら優秀といわれていた時代に初代プリウスは0.3、ホンダの初代インサイトでは0.25で、現行プリウスも0.25ですからいかに空力特性に気を遣ってデザインされているかが分かります。
Cd値とは空気抵抗係数(Coefficient Drug)で、自動車や航空機などの比較的高速で移動する物体を設計する時に用いられます。
もう一つのファクターとしてCL値というのがあり、揚力係数(Coefficient Lift)、つまり流体の中を移動する物体が持ち上がろうとする力で、飛行機が飛ぶ事が可能になる成分です。
これらは速度の二乗に比例します。つまり速ければ速いほど影響が大きくなる訳です。
Cd値に関しては馬車にエンジンを付けた様な初期の自動車では0.8前後でしょうけど、速度も20km/hと全く問題ありませんでしたが、性能が向上し100km/hを超えるような車では0.65と多少改善され、モータリゼーションが開花した頃には徐々に0.45とかまでこの係数が減っていきます。
しかし最高速度を争うレコードブレーカーなどは戦前から流線型の形状を獲得して0.2代に乗せています。
なぜ流線型が良いのかというと空気の流れになって考えてみれば理解しやすいですが、流体というのは物体の表面に沿って流れたがる傾向があります。
なだらかならそれだけスムースに流れ、でこぼこしたり複雑な形状の部分ではぶつかったりすんなり流れられないので剥離したりして乱気流が生じます。
この乱気流などが抵抗力、すなわちCd値を増加させる訳ですが、それならボディを流線型にして空気が剥離しにくいように長く伸ばせばいいじゃないか、という事になるのですが、モノには限界というか実用性というものもあります。
そんな中で提唱されたのが「コーダ・トロンカ理論」です。
コーダ(尾)をトロンカ(カット)しても車体より後ろで発生する流体の剥離によるCd値の影響は少ないというもので、コーダトロンカ、カムテイルという後端をスパっとカットした流線型ボディ形状の事を指すことが多いです。
アルファロメオのTZシリーズやジュリア・スーパーなどが有名ですが、日本車でもニッサン フェアレディZ30やホンダ CR-Xなどスポーティー志向のクルマに取り入れられました。
こんな風に空気抵抗が減少していった訳ですが、地上を走る乗り物としてはCL値の方も無視できなくなっていきます。
150km/hなど速度が増すにつれ車体が持ち上げられる力の作用が強まり、危険になっていくのです。
そこまで速くなくても高速道路を走行中にハンドルが軽くなったように感じたり突風を受けて車体が一瞬フワっと不安定になったりといった事で実感できるものです。
一般の乗用車の形状というのを横から眺めてみると真ん中部分の乗員が乗るスペースが一番盛り上がっている事が分かりますが、おおざっぱに言ってしまうと全体としては飛行機の翼のような特性になります。
それでもあまり問題にならないのは車重が重いことと日常の速度域が低いためで、前述の高速道路の突風のような状況ではそれが無視できないくらいの影響を与える事になります。(形状による影響は空力全体の7割未満と言われています)
ではどうすればいいのかというと、一番良いのは飛行機の翼を裏返しにしてしまう事で、これなら速度が増せば増すほど車体が地面に押さえつけけられるようになって一見好都合でした。
それに着目したのがウィングカーと呼ばれたレーシングカーでしたが、高速コーナーや起伏のある丘の上り下りなどで車体が浮き上がって飛ばされる重大な事故が相次ぐようになり、危険性が認識されました。
これはまさに翼と同じ現象で車体の上と下を流れる空気の速度差から生じる圧力差がピッチ量の変化や挙動を乱して流れが変化した瞬間にバランスが逆転してしまい、操作不能になってしまうという致命的な問題でした。
これを解決しようとしたのが車高を限界まで低くする事と車体下部のフラットボトム化でした。
紙を二枚を近づけてその間に息を吹き込むと二枚が吸いつけられる現象がありますが、これを用いて車体下部を流れる空気が車体を地面に引きつけるように作用します。
さらにリアディフューザーによって効率良く車体後部から車体底面の空気を抜くように導いたりして効果を高めています。
実際にはエンジンの放熱やブレーキの冷却も考えなくてはいけないため、フラットボトムといってもフロントスポイラーから導入した空気をアンダーパネルによってサイドルーバーから逃がしたりと全くのフラットではない場合が多いですがハイパフォーマンスカーはもちろん、最近のクルマでは多少なりともこういった要素も盛り込まれて設計されているはずです。
では、空力特性の塊である現代F1などはさぞかしCd値が良いだろうと思われがちですがCd値でいえば0.45くらいです。
これは前面投影面積が少ない事ともう一つのCL値をマイナスに増大させる、すなわち「ダウンフォース」を強めてエンジンパワーを無駄なく路面に伝えて速くコーナーを抜け平均速度を上げるほうが結果としてタイムが良くなるという思想に基づいており、お茶之水博士の鼻のようなノーズが持ち上がったりするのもすべてはこのためです。
実際には前面に発生する空気の圧力とかレイノルズ数とかカルマン渦とか考えなくてはいけないファクターがいくらでもありますが、昔は人間が自然界の動物などにインスピレーションを受けてそれっぽい形にしていたものが風洞実験でより効率よいものに見直され、さらに最近ではコンピュータ解析で人が思いつきもしなかったような形状や効果に発展していく訳です。
で、前述の愛車に穴を開けてしまうところまで行ってしまったサーキット、ドーン!!な人達はそういった原理的な事は分かっていると思いますが、恐らく風洞実験などはやっていないでしょうしフラットボトム化などもどこらへんまでやっているのか、さらに車高を下げ、車体下部の流速を速めようとすると今度はサスペンションを固めて姿勢変化を殺さなくては意味が無いばかりかかえって不安定になり危険性が増す可能性がありますが闇雲に足回りを固めてしまうと今度はサスペンションがするべき仕事が全てタイヤへの負担という形になり、結果的にグリップの限界が悪くなる場合があります。
トライ&エラーでそれらのバランスを取って行くにしても速度域が高まれば高まるほどリスクも高くなっていきます。下手な加工ではおっかなくて乗れないシロモノになります。
ここらへんが莫大な予算と人員で膨大な時間を掛けて開発できるメーカーやレースチームとプライベイターとの決定的な差で、ドライバーの腕や度胸でドーン!というマンガみたいな事は起こらず、研ぎ澄まされるほどドライバーというのはいかにミスしないかというだけの要素になっていきます。
ですから、きちんと空力特性を計算されて設計されたカスタムパーツもありますが、格好だけのパーツというのも同じような危険性をはらんでいると肝に銘じておくべきではないかと思うのです。
ウチのダックテール?あれは当時のレース部門が装着していた由緒正しきレプリカ雰囲気パーツですよ(笑
それ以前に空力パーツが効いて来る速度まで出てませんから(爆
にも関わらず効果があると聞いてはガーニーフラップやボルテックスジェネレーターのことばかり考えています。
後生だからオラにもっとパワーを分けてくれ!!
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Posted at
2014/11/23 19:24:10
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