Twitterでフォローしている元朝日新聞記者の峯村健司氏による国際情勢、軍事専門家との対談を纏めた新著。
元朝日新聞と言うと親中反米というイメージですが、峯村氏は北京、ワシントン特派員を歴任した経歴から、また大学で講義をするアカデミズムの立場から中国の問題点やアメリカ政治について発信し続けています。
保守、右翼などと言われますが著書からは国粋主義や民族主義などのイデオロギー色はなく極めて現実主義的な視点からの問題提起が多いのが特徴かと思います。
そんな氏の軍事、防衛、外交分野の論客との対談本が出ると聞き注文、数日で読み終えました。
タイトルからも分かる通り、ロシアによるウクライナ侵略とそこから見えるアメリカや中国、諸外国の思惑を描き出しています。
第一章はロシア軍事研究者の小泉悠氏とのプーチン、習近平といった権威主義体制とそれに対峙する自由主義陣営について、
第二章では国際政治学者の鈴木一人氏とのロシアに対する各国の対応、
第三章でハドソン研究所で戦略情報分析を専門とする村野将氏によるアメリカのウクライナ支援
第四章で元航空自衛隊空将の小野田治氏によるウクライナ情勢がアジア各国に与える影響の考察
第五章で国際政治史・イギリス外交史を専門とする細谷雄一氏の今後の世界情勢予測
といった分析が対談形式で綴られています。
元記者である著者が各論客から上手く話題を引き出していく手腕はさすがで、読みやすくもあります。
各々の専門とする分野は違えど、異口同音にするのは
プーチンはリアリストからナショナリストに変質した。
バイデンとバイデン政権の誤ったメッセージがプーチンの決断を後押しした。
制裁では無謀な侵略を止める事は出来ないがそれでもやるしかない。
中国は今回の教訓を分析し、虎視眈々と台湾を狙っている。
アメリカには欧州とアジアの二正面で戦うリソースが不足している。
プーチンや習近平は20世紀以前の大国が小国を従える「多極化世界」を目指している
ロシアは国威を落とし、いよいよ米中対決が顕在化していく。
日本は備えがない。
といった冷徹な国際情勢と、日本の置かれた危機的ポジションが浮かび上がります。
したがってウクライナなんて関係ない、勝手にやってろという見方は一側面ではそうとも言えますが、グローバルな視点からは極東アジア情勢に与える直接間接的な影響を真剣に考える時期に来ています。
今回の侵略に中国が関与せず距離を置いているのは中露連携が完ぺきではないという見方も出来ますが、逆に言うと中国には「中国の夢」実現を優先したいという事情も透けて見えます。
プーチンはスウェーデンに勝利しバルト海を手中にしたピョートル大帝を持ち出し、今回の侵略を正当化しています。
習近平も偉大な中華の復興を掲げており、同床異夢とも言えます。
ロシアはプーチンすら手を焼いた腐敗体質により軍の近代化がままならないままに今回の侵略を開始ししてしまいました。
結果はご覧のように徹底抗戦する相手に体たらくを晒していますが、中国は習近平体制で汚職摘発を本格化し、それは習近平の政敵へのパージとみられていましたが、結果的に中国軍の近代化が推し進められており、2025年までには極東における軍事バランスで中国が優位に立つと見られています。
もっとも、戦争と言うのは総合的な能力が問われるため、兵器がいくつある、とかの帳簿上の数字だけでは分からないのはまさに物量で勝るロシア軍がウクライナ軍に苦戦を強いられている所を見れば明らかでしょう。
従って実際に米中の軍隊が激突した時に、その装備や編成が適切だったのかの真価が問われる事になります。
台湾有事なんて起きないに越したことはなく、戦争は始めるのは簡単だが終わらせるのは難しいと言われるように、始まってしまうとコントロールできない要因が増大します。
それだけにいかに「予防」するかが大切になり、それは平時の備えと言う事になります。
左派知識層を中心に、「だから日本は戦争にならないように常に中国に平身低頭、無限贖罪しなくてはならない」と言いますが、日本がどんなに臣下の礼を尽くしたとしても中国の気分一つで侵略を受ける可能性を考えれば極めて非現実的な妄想と断じても構わないでしょう。
それは国連が常任理事国であるロシアの侵略戦争を止める手立てがない事からも他国に安全保障を委ねるべきではなく、
自衛 > 同盟 > 国連
といった防衛の優先度(効果)という図式が見えます。
この図式からも「日本が防衛を強化したら戦争になる」「日本を戦争できる国にするな」というのが冷酷な弱肉強食時代の国際情勢では虚しい絵空事である事が分かります。
むしろ周辺国が嫌がるからこそ強化すべきであり、防衛はいかに相手に侵略コストを強いるかに掛かっています。
「無防備都市宣言」や攻められたら戦わずに降伏します、というのは聞こえは良いですが、降伏し占領された都市では住民の生命財産はいっさい保証されないリスクを負う割には、侵攻を受けるハードルが格段に低くなります。
従って事前に「戦わない」などと宣言する事はやってはいけない事であり、バイデンのウクライナ侵攻前の失言やバイデン政権の姿勢がロシア侵略を招いたと言われてしまう所以です。
日本軍は中国を侵略して住民を虐殺したというその口で中国に降伏すればもはや殺される事はないというのは日本性悪説、反米思想であり、現実的に生命を助ける事にはなりません。
日本では増強目覚ましい中国軍に対する備えが全く足りてないと言わざるを得ません。
弾薬備蓄の話も最近ようやく問題視され始めましたがそれは自衛隊創設時からの問題でもありました。
まず自衛隊が備蓄を持つことは侵略の意図を疑われるという世論的背景と、また予算が限られる中で備蓄よりは戦車や戦闘機と言った正面装備の導入を優先してきた事、更に有事の際にはアメリカの増援が到着するまで持ちこたえればいいという考えがありました。
しかし中国軍のミサイル近代化により接近を阻止されアメリカ軍が加勢に駆け付けられない状況と言うのを考えれば自衛能力全体を拡充する必要があります。
日本が長距離ミサイルを持ったら周辺国が嫌がるというのなら装備すれば効果があるという証左に外なりません。
ウクライナが持ち堪えているのは欧米各国の軍事支援があるからですが、当初欧米はウクライナへの軍事支援には消極的でした。
しかしゼレンスキー大統領がロシア軍が迫る首都キーウに留まり徹底抗戦を呼びかけた事により国民が一致団結、各所でロシア軍を撃退するに至り、ようやく各国の支援が動き始めました。
それはいわば「戦う覚悟を決めた者へのご褒美」であり、国内左派勢力は有事の際に日本人が団結して戦うような事は阻止したい。
従って有事の前後には国内からも「日本が悪い」「自衛隊が酷い」「中国軍はジェントルだから受け入れよう」といった戦争反対を煽る勢力が大声を上げる事になるだろうと見られています。
ウクライナもそういったプロパガンダ戦に晒されました。
ロシアの言う「ゼレンスキーはネオナチ」「ネオナチからのロシア系住民の保護」という雑というのも程がある杜撰なプロパガンダに対し、ウクライナへの支援を呼びかけ「侵略は絶対悪」という価値観を広める事には成功しました。
しかし今後は先進国の国威が落ちるのに反比例して「グローバルサウス」と言われる先進国とは一線を画す発展途上国々の存在感が増し、中国やロシアが経済や資源を背景に影響力を強めこれらの国々を取り込んでいくと予想されています。
商業工業などの仕組みを整えた自由民主主義的な先進国に対して世界を多極化するために分断を至る所で仕掛けて来るでしょう。
人権や貧困、環境などかそのツールとして既に利用され始めています。
有事の際には日本の領空領海が侵犯され、日本の現地法人の接収や現地駐在員の身柄拘束などが起きるでしょうが、日本の正当性と被害の回復を国際社会にどれだけ発信できて賛同を得られるのかが問われる事にもなります。
中国の台湾侵攻は、数年前に某軍事専門家の方とSNSで「意思はあって能力を養っているのだからどんな手段を使ってでもやる気ですよ」と具申したところ「何かいい案があれば習近平に教えてやればいいんじゃないですか(笑」とにべもない返事をもらいましたが、中華人民共和国建国100周年や習近平体制第三期の終わる2027年頃、早ければ2024年には中国が台湾を侵略する可能性が高まるとシンクタンクなどの専門家も時期と手段を考察している段階になっています。
ペロシ訪台後の軍事演習を常態化させて軍を配備し一気呵成に攻めるリスクをウクライナで見て取った中国は、台湾の総統選に干渉して親中勢力を勝たせ、その親中勢力の求めに応じて「中国系住民の保護」などを名目に人民解放軍を進駐させるのが最もコストが低く危険視されています。
しかし恐らく選挙は中国の思うような結果にはならないでしょうから、そうなると圧倒的なミサイル戦力を背景に台湾や日本の防衛施設を破壊し、アメリカ海軍の接近をけん制しながら台湾上陸もあり得ます。
台湾には上陸できる海岸が13カ所と限られる事からも、ノルマンディー上陸作戦のような強襲上陸は行わず、港湾を無力化してそこに軍民フェリーで人員を送り込む事は可能と見られています。
中国海軍は一つのドッグで二隻同時竣工のような恐ろしい建造スピートで軍艦を建造していますが、軍備を送り込める揚陸艦はまだ10隻程度しか戦力化されていませんが、民間フェリー、特に自動車がそのまま乗り降りできるRORO船は世界大台数を保有し、有事の際にはこれらを軍が使用する取り決めになっている事から中国軍の揚陸能力を低く見積もるのは現実的ではありません。
これに対して憲法9条の縛りがある日本は論外として、アメリカが打つ手は非常に限られます。
まず頼みの空母打撃群は中国の中長射程ミサイルによって被害を被るか、戦域に接近を阻止されるようです。
こうなるとアメリカの潜水艦頼みという事になります。
幸い、未だ中国海軍の対潜哨戒能力は大きく劣る事からアメリカの優位はある一面では確保されている状況ですが、そこは中国も当然分かっているので今後、この方面の戦力の充実を図るでしょう。
台湾に対する世論工作はうまく行っていないとはいえ、ウクライナの様に一致団結してどんな犠牲をも厭わず戦えるという保証はなく、その戦意を継続させるには自由主義陣営の援助が欠かせませんが海路と空路を封鎖された台湾をどう支援するのか。
ウクライナは独立国への侵略という構図でロシアが批難されましたが、中国は一度も統治した事が無い台湾を自国領と主張し、内政問題であるとしています。
これまでのアメリカのあいまい戦略もあってこの言説には一定の説得力と抑止効果がある事から中国が「内政干渉する国には経済制裁や軍事などあらゆる手段で対抗する」と表明したら、台湾は香港と同じ運命をたどる事になるでしょう。
台湾を失った場合、日本は資源輸入のシーレーンを脅かされる事になります。
特に中国が中部太平洋までアメリカの影響を排除できた場合、深刻な事になります。
ロシアの侵攻を受けたウクライナのGDPが-45%になると発表がありましたが、日本は中国の影響を受けている間、同じように経済活動を制限される事になります。
経済界には中国の影響を過小に見積もり、貿易のためにならないデカップリングはすべきではないという経営陣が多いと聞きますが、有事の際に経済を「人質」に取られた日本は、もはや赤子の手をひねるくらい簡単な相手とみなされるでしょう。
習近平もプーチンも超大国の多極化する世界において、米中ロなど数ヶ国だけがれっきとした「国」であり、それ以外の小国は取るに足らない、大国間で奪い合う「緩衝地帯」と見なしているようですから日本の置かれている立場は極めて拙い状況であるという認識を経済界だけでなく広く日本人が共有する必要があるでしょう。
しかし安倍元首相の国葬反対問題など、世論を分断する工作はすっかり根ざしており、今後日本人が団結して抗うような事はもう出来ないでしょう。
これが「個人主義」偏重の弊害であろうと思います。
今後、この「弊害」が最大限利用される事が無いよう、またそのためにロシアの野望が打ち砕かれ厳しく断罪される事を願うばかりであります。