
福島県在住の筆者が福島第一原子力発電所の原子力災害を巡り繰り返された「風評被害」が広がる仕組みを解き明かし、またその風評被害を記録した一冊。
原発事故の話はもうウンザリ、被災者の話は聞きたくもないという向きも多いと思いますが、どのようにして風評被害が広がっていくのかは共通の構造があるように感じられます。
第一章では新型コロナウイルスや子宮頸がんワクチン、福島第一原子力発電所の原子力災害などで見られたデマが拡散されていった経緯を可視化しています。
一部の活動家やSNSによってデマが提起され、またそれに呼応するメディアが事実関係を確認しなかったり、一部のみを切り取ったり、違う解釈でミスリードを誘う事によってデマを刷り込む構図が繰り返されてきました。
これは最近よく見られるものですが、関東大震災の際にも結局は同じようにして数々のデマが生み出されたのは周知の事でしょう。
関東大震災を経験した社会学者 清水幾太郎が当時の流言を分析し
流言蜚語が生まれるためには、何かが与えられていなければならぬ。しかしすべてが与えられていてはならないのである。
としています。
以前にも紹介したオルポートのデマの流布量Rは
R=I(内容の重要性)xA(内容の曖昧さ)
がここでも登場します。
「人類を陰で支配する悪の宇宙人に対抗するためにプーチンが立ち上がって戦っている。バイデンは悪の手先で安倍元首相もCIAによって暗殺された」
とかこういった荒唐無稽と思える話も、人々が抱く政府不信や自身の生活困窮などを切り口にして、AならBだ。だからB=Cになる、といった飛躍をしてしまいます。
新型コロナウイルスワクチンも反対したい一心で「あんなものは効果が無い」「コロナは風邪」といったかと思えば「ワクチンを打つとコロナを寫される」といってみたり支離滅裂ですがその都度都合が良い統計などを見つけて来ては正当性を装おうとしたりします。
マックス・ウェーバーは「脱魔術化」を果たした現代社会では人々は「人知を超えた加護」という拠り所を失った不安から新たな拠り所を求め「再魔術化」を求める流れであると言っている部分に、昨今SNSで広がる「陰謀論」で科学や統計といった近代的な裏付けを易々と飛び越える「反知性主義」に通じるものを感じます。
第二章以降は福島第一原子力災害に係る「風評被害」の実態を克明に追跡し記述されています。
被災者や自主避難者といっても立場や意見は様々なので筆者の見解が全て「福島の被災者」を代表するものではないにせよ、報じられない地元の声を伝え記録する資料となっています。
それぞれの詳細は割愛しますが、原子力災害に対する偏見などは、その殆どが科学的に否定されたり証明されていない類のデマ、フェイクニュースであり、そこにメディアがいかに関わっているか、またデマを拡散したい人の思惑もあります。
例えば、「福島の原発事故で1600人が死んだんですよ」といって選挙活動をした某党がありました。
これは福島県から自主避難したりして避難生活中に亡くなった1600人余りの事を言っているようですが、反原発の流れで聞くと放射能で1600人も死んでるんだ、と思い込んでしまいます。
もちろん原発放射能漏れによる急性放射線障害や後遺症で亡くなったとされる方は一人も確認されていませんし、福島県民で重篤な被爆をして健康被害が出ているという報告もありません。
「放射能は怖い」という人々の不安感を煽り、騒ぎになる程に支持に結び付けたい思惑がこういった事実に寄らない選挙活動にはあるのでしょう。
子供に甲状腺がんが確認された、という新聞報道も有意な偏りではなくたまたまた甲状腺がんと診断された子供が福島の避難生活者だったという話で、チェルノブイリのような健康被害は出ていない、としています。
グルメ漫画の主人公が福島県を訪れ不意に鼻血を出すシーンがあり、なんとなく放射線障害のような印象を与えるシーンがあり話題になりました。
批判を受けた漫画の作者は「私は自分が福島を2年かけて取材をして、しっかりとすくい取った真実をありのままに書くことがどうして批判されなければならないのか分からない」と言っていますが、急性放射線障害で出血するようならそれは致死量の放射線を浴びた状態であるという事で主人公一行は近日中に死ななくてはなりません。
つまり鼻血は放射線とは関係が無く、たまたま鼻血が出たか非日常の興奮状態などの別の理由であろうと推測できるものです。
冷却水処理水を「汚染水」と言い続ける某党や新聞メディアは、要は反政府運動の一環として福島は放射能汚染されており、これは政府の責任だといういうように煽りたいのだろうという党派性の話になっています。
またSNSなどで無数に繰り返される福島県への差別的発言も、科学的な見地からではなく「穢れ」の精神論から排除の論理が働いていると分析しています。
これでは地元が人も物も放射線検査して基準値以下になっていますと情報発信しても「いや、被災地のものだから駄目だ」という平行線が続くことになります。
デマに対して正しい情報を発信しても効果が限定的であり、デマ対策には積極的なデマへの反論が有効であるとしています。
ところが行政は、HPにデータを載せるなどはしていても、デマを執拗に発信している個人や団体への対策は行っておらず、これが相手に活動の「お墨付き」を与える結果となっているようです。
福島の被災者の話と思うと興味を失うかもしれませんが、これはある日突然誰の身の上にでも降って掛かる可能性がある話です。
もし誹謗中傷される側になった時、攻撃者の手段を知り身を守る方法、対抗する方法は「ネットリテラシー」と言われる情報社社会での必要スキルではありますが、ネット世代も含めて、あくまで自分の身の上に起こるまでは具体的に「風評加害者」について考えられないものなのかもしれません。
Posted at 2022/08/29 15:30:29 | |
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