空母カールヴィンソン
綾瀬と分家は提督室に通された。綾瀬は毅然とした態度で提督に挨拶をしたが、分家は緊張からか、全く落ち着きがなく、きょろきょろしているだけだった。
綾瀬はカバンから資料を取りだし、ネルソン提督に英語で熱弁をふるった。これまでの経緯やフィラデルフィア計画、そしてデコスキーに至るまで、「みょうこう」が撮影した大和らしき艦影の写真も見せた。しかし、ネルソン提督の目はだんだんとうつろになり、最後は「わかった。その話をSF映画にでもしてもらったらよい」と言って、二人を追い払うように提督室から出させた。
「護衛艦くらまから迎えのヘリが到着しております。どうぞ、お帰りを。」
提督の副官に言われ、綾瀬は渋々歩き始めた。
「あ、あ、あの三尉殿、提督はなんと?・・」
分家が怒っている綾瀬に聞いた。
「ったくなによあの提督!私たち極秘情報を得たということでいきなり提督に呼ばれたのに、事実をありのままに報告したら一蹴されたわ!全く信用してくれなかった!」
「そ、そ、そうなんですか~・・・ でも私はなんで呼ばれたんでしょう?」
綾瀬は立ち止り、申し訳なさそうに突っ立っている分家を見つめた。
「さぁ・・・」
それだけ言うと、綾瀬は護衛艦「くらま」から派遣されてきたヘリSH60Jに向かって歩いて行った。パイロット2名は既に飛び立つ準備をしており、添乗の乗員が二人を出迎えた。二人が乗り込むと同時に、まるで邪魔だから早くそこをのけというような催促を受けて、ヘリはカールヴィンソンから飛び立った。
その時だった。カールヴィンソンを中心として護衛する6隻の駆逐艦の周囲に突然霧が立ち込め始めたのだった。
護衛艦「あきづき」
原艦長は晴れ渡る洋上をじっと眺めていた。どこまでも広がる水平線、見えるのはそれだけだった。
「アメリカ艦隊に要人を迎えに行ったという「くらま」のヘリが帰ってくるまでにはまだ少し時間があるな。練習艦「しらゆき」(艦番号3517)がぼちぼち見えてもいい頃だな。」
練習艦「しらゆき」は同じく練習艦「あさぎり」(艦番号3516)とともに、南鳥島近海で、実習兵の訓練を行っていたが、事態の急変を受け、急きょ帰国することとなった。非常事態に備え「あさぎり」は練習艦から再度護衛艦に格上げするため、「しらゆき」より一足先に帰途に着き、「あきづき」とは3時間前にすれ違っていた。
「先任伍長、隊員たちの様子はどうだ?」
原は、先任伍長としてこの新造艦に乗り込んだ田中に聞いた。
「全乗組員、すこぶる元気であります。船体のトラブルも特にないようであります。」
「それはよかった。初期不良はつきものだからな。」
「艦長、レーダーに反応、「しらゆき」です。間もなく水平線の向こうに見えてくるかと。」
「了解した。」
原は新造艦のブリッジに立ちながら、艦長として活躍した亡き父を思った。しかし、弟のことはこの時脳裏には浮かばなかった。
護衛艦「くらま」
第71航空隊岩国基地
「こら、絹三曹!もっとしっかりせんかい!」
絹は第71航空隊の訓練に明け暮れていた。
「いいか、乗っていた艦を失ったからといって、臨時の航空隊所属だからと言って、容赦はせんぞ!」
そんな激しい訓練があった夕方、絹は上官の平井に飛行艇の前まで呼び出された。
「このUS-2救難飛行艇に臨時であっても乗るということはな、とても誇りあることなんだ。隣の米軍さんのオス遊びのようないつ墜ちるかわからん機体と違ってな、こいつは日本が誇る世界にも類を見ない素晴らしい救難飛行艇なんだ。これまでどれだけ多くの遭難者を救ってきたことか。一時的な配属であっても、全力で頑張ってくれ、頼むぞ!」
「はい!」
平井は絹の腰をぽんと叩いた。腰を訓練で痛めていたが、絹はぐっとこらえた。
絹三曹は舞鶴に帰港後、配属が決まらずにいたが、一時航空隊にいた実績を買われ、急病人が出て欠員があった第71航空隊の救難飛行艇の搭乗員として配属されたのだった。
絹は夕陽に赤く染まる機体をぽんぽんと叩いて「よろしく頼むぞ!」と声をかけた。
この時、運命の出会いが待ち構えてることなど、絹は想像もしなかった。
「救難飛行艇US-2」
舞鶴港 護衛艦「みょうこう」
「よ、馬車先任伍長、曹士たちの準備は整ったか?」
山波艦長は信任の厚い馬車先任伍長に声をかけた。
山波にとって馬車の乗艦は何よりも心強く感じた。彼の乗組員に対するコーチング術は長けており、山波が全幅の信頼を置く先任伍長であった。
「はい、乗組員全員士気があがっています。修理も終わり、まもなく出港できます。ところで司令部から2名追加乗艦の連絡が入りました。」
「また司令部か、今度は誰が来るんだ?」
「司令部付の新垣三尉とマル吉丸の船長だそうです。」
「なんだぁ?」
山波は首をかしげた。
舞鶴イージス艦「みょうこう」
ヘリコプターSH60J
綾瀬と分家を乗せた護衛艦「くらま」の搭載ヘリSH60Jは、空母カールヴィンソンから飛び上がり、北方へ進路を取った。
「なんだ、さっきまで快晴だったのに、前方に急に厚い雲が現れたぞ。」
パイロットが不思議そうに前方を眺めていた。
眼下には空母と護衛の駆逐艦がまだ見えていた。
分家は何となく雲の下の海面を見た。
「うん?」
黒い物体が海面に現れた。
「あ、あれは・・・」
分家は搭乗員から双眼鏡をもらい、その物体を見た。
「あ・・」
綾瀬がどうしたのかと分家に尋ねた。
「ビ、ビスマルク!?」
分家がつぶやいた。
哨戒ヘリSH60J
(つづく)
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Posted at 2012/07/28 00:14:19 | |
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