「ヘリコプターSH60J」
副操縦士は何とか機体を安定させながら海戦域から少しずつ脱出した。しかし、エンジンにも被弾したらしく、飛び続けることは厳しくなった。
「不時着水する!全員脱出準備!」
分家たちは救命胴衣を着けしがみついた。機体がかなりふらついた直後、激しい音とともに着水、スライドドアが開いたとたんに分家も綾瀬も海中に放り出され、その上にヘリが倒れてきたのだった。
水中に放り出された分家の目の前で回転翼がとび跳ねた。
何が何だかわからぬうちに、かつて多くの沈没寸前の軍艦から放り出された乗組員たちの恐怖と生への戦いを分家は一瞬思った。
「なんとか浮かび上がらなくては!」
分家がそう思った時、目の前に意識を失い水中に漂う綾瀬の姿を見た。
分家は必死だったが、この一瞬彼は「海猿の仙崎」を思い浮かべた。
「俺は海猿だ!」分家はそう自分に言いきかすと、綾瀬の所まで泳いで行き、綾瀬をしっかりとつかむと、海面に向かった。
分家が綾瀬をつかんで浮かぶと、ちょうどそこに救命ボートがあり、後部座席にいた搭乗員が既にボートに乗っており、綾瀬と分家をゴムボートに引っ張り上げた。
「助かった!」分家は自分自身の超人的行動に驚きながらも安どして、綾瀬を見つめた。
「大変だ!人工呼吸しなくちゃ!」
分家は綾瀬の胸を押してマウストゥマウスをしようとした。
「大丈夫だ。人工呼吸は必要ない。息もしてるし脈拍も正常だ。気を失ってるだけだ。それよりこっちを手伝ってくれ!」
搭乗員のその言葉に分家は綾瀬と唇を合わすことも、胸を押さえることもできず、搭乗員とともに副操縦士と重傷の機長を引き上げるのを手伝った。
分家が引き上げられて一時的に放心状態になっている間に、この搭乗員が綾瀬のバイタルを計測していたのだった。
5名は全員救命ボートに乗り移ることが出来た。機体は既に没し、彼らは救援隊の到着を待つしかなかった。
護衛艦「あきづき」
「艦長!「くらま」の60Jの不時着水地点が判りました!しかし、当艦隊からは丸一日かかる距離です。重傷者もいるようです。」
艦長の原は海の彼方を眺めた。
「我々が行くより、飛行艇の方が早いな。「くらま」の牛若艦長はどうする気だ?」
「今「くらま」から連絡がありました。岩国の第71航空隊に救援を求めたそうです。」
「やはりそうか。我々も全速力だな。あの水平線の向こうで何かが起こった。警戒態勢を怠るなよ。」
原は双眼鏡を覗いた。はるか水平線の彼方に黒煙がかすかに見えた。
第71航空隊岩国基地
「緊急出動だ!SH60Jが落ちた。搭乗員と重要人物が同乗していたらしい。救命ボートで漂流中だが、負傷者がいる。近くの護衛艦より我々の方が早い。行くぞ!」
隊員たちは機長となる平井隊長の号令の元、すぐに身支度を整え、日本が誇るUS-2救難飛行艇へと乗り込んだ。その隊員たちの中に絹三曹の姿もあった。絹にとっては初の実践フライトである。
ディプシーグリーンとシルバーのUS-2飛行艇は勇ましく岩国基地を飛び立った。一刻も争う救難活動だけに、指令を受け飛び立つまでを彼らは短時間でやってのけた。
絹三曹もその訓練に何とかついていけるようになっていた。
「目的地は沖ノ鳥島北方およそ100キロ、遠いぞ!」
US-2にとっては十分往復できる距離だった。
絹は眼下に目をやった。早くも四国を通り過ぎ、太平洋に出たところだった。
絹は時計を見た。まさしく時間との闘いだった。日没までに救難者を見つけて救助できるかどうか、ぎりぎりの時間だったからだ。
護衛艦「みょうこう」
「艦長、司令部の新垣三尉とマル吉丸の船長マル吉殿を連れてまいりました。」
馬車先任伍長が二人をブリッジに連れて来たのだった。
「御苦労。また司令部からべっぴんさんのご登場か。一体司令部は何を考えとるんだ?」
山波は若い新垣三尉を見つめた。
「司令部からの命令は外洋に出てからお伝えします。」
新垣はそっけなく返事した。
山波は、今は相手にしてはダメだと思い、新垣三尉から視線をそらし、その後ろでぼーっと突っ立ているマル吉船長を見つめた。マル吉はなんでこんなところに連れて来られたのかわからないまま、首からぶら下げたタオルを握りしめていた。
「君は一体、なんだ?」
山波がマル吉に聞こうとした時、出港準備完了の伝達があった。
「よし、行こう!」
山波は二人から離れ、ブリッジの外に出た。
陽が既に西に大きく傾いていた。
(つづく)
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Posted at 2012/08/25 22:09:42 | |
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