●軽ハイトワゴンのサラブレッド
過去の様々な感想文で書いてきたことだが、軽自動車は仁義なき戦いが繰り広げられているがゆえ、「何でもあり」の商品開発が繰り返されている。今回取り上げるワゴンRは2003年にFMCされた3代目モデルである。
ワゴンRは1994年に初代モデルが発売された軽ハイトワゴンの再発明車だ。当時のアルトやミラの様な2BOXタイプの「軽セダン」よりも背を高くし、乗員をアップライトに座らせることで限られたスペースを有効に活用し、軽の相場観よりも広々としたキャビンを実現した。
過激なターボモデルによるスポーティネス競争がひと段落し、バブル期の空気を色濃く感じさせる4気筒エンジン搭載が始まるなど、再び軽セダンの上級化が進み始めた中で今まで望めなかった広々とした室内空間やモダンなエクステリアデザインを持ったワゴンRは軽自動車業界に吹く新しい風となった。
それまでの主力車アルトを凌ぐ空前の大ヒットを記録して、後にムーヴやライフなどのフォロワーを多数生んで市場を活性化させた功績もあるが、もともと、FFベースの背高パッケージを提案したホンダライフステップバンを現代に乗用車として再提案した功績も大きい。
ステップバンはアップライトに人を座らせて荷室長を確保し、FFを活かして低く使いやすいローディングハイトを実現した。ステップバン商用車としての使い勝手を優先したモデルであったが、ワゴンRは最初から5ナンバーの乗用車として発売され、広々した空間を乗員のために割り付けた点が90年代的な部分だ。私の親は初代ワゴンRを見て「あんなのステップバンが先にやってた!」とおかんむりだった(笑)。親が話していたことを要約すると、ステップバンはお洒落な若者がカスタムを楽しんでいた、というイメージだったとのこと。親が免許を取った頃にちょうど終売したようなタイミングなので、恐らくステップバンが身近にあったのだろう。
商業的に失敗作だったステップバンだが、その進みすぎた思想の良き理解者は90年代の高塚駅の近くに居たらしい。
軽自動車のスペース効率を極限まで上げていくとフルキャブオーバー式の箱バンにたどり着くはずだが、その走りや乗降性を考えると万人が箱バンを受け入れるとは言えないのは現代の目線でも同じだろう。
ワゴンRは新時代の軽自動車として瞬く間にワイドバリエーション化を推し進めながらスズキの軽自動車のメインストリームとなり、順調にモデルチェンジを重ねていった。
前置きが長くなってしまったが、今回はワゴンRは2003年にフルモデルチェンジされた3代目ワゴンRのFXの貴重な5速MT仕様に6日間試乗出来る機会を得た。
オーナーのばりけろさんは、格安MT車を探した結果、秩父の山奥で老夫婦の足だったワゴンRを手に入れて通勤に使用して来たが、手放す日が近づいてきたため、「乗りませんか?」と声をかけて下さったのだ。
この車がデビューした2003年は私はまだ免許を取って数年の学生だった。
その頃、街ゆくワゴンRは生活の足になって白煙を吐いてたり、エアロ、クリアテール、ビレットグリルで着飾ったヤンキー仕様(この層は後にビクスクへ)の他、いち早くアルバイトでマイカーを手に入れた同級生が買っていた綺麗な2代目が沢山走っていた。ネットではワゴソ尺などと表記されていたのが懐かしい。
メッキパーツと丸目ヘッドライトのクラシック仕様で新境地を見いだした軽セダン系と比べれば比類無きユーティリティを誇るハイトワゴンは、当時広く普及したミニバンを感じさせる軽自動車として人気の中心にあった。ダイハツのムーヴは少しやんちゃなカスタム意匠で真っ向勝負を挑んできており、前年の2002年にはP/Fを一新した3代目がデビューして更に上級指向を明確にしていたが、スズキの答えはキープコンセプトであった。
「様々なユーザー、様々な使用シーンに対応した万能型ワゴン」を商品コンセプトとして全体的に先代からの信頼を失わない様に伝統の箱形スタイルを堅持し、居住性(特に後席の快適性)を演出し、機能性を高めている。
技術的にはP/Fを一新。スバルと共同開発したFrサス(L型ロアアーム)を採用してホイールベースは延長されたが、Rrサスは伝統のITL(アイソレーテッドトレーリングリンク)を継続使用するあたりにスズキの厳しい庶民感覚が窺える。
エンジンはNAとターボに大別されるが、従来から設定のある実用域のトルクと燃費のバランスを取ったMターボ、従来通りのPFI(ポート噴射)Sターボに加えてDI(筒内直噴)ターボが追加されて3種類のターボが設定されるという充実ぶりを見せる。
今回試乗したFXは自然吸気のMT車である。運転した感覚は現代の目では時として少々厳しい動力性能であるが、免許取り立ての頃、炎天下に窓を全開にして生ぬるい2Lペットボトルのミネラルウォーターを飲みながら同級生と走らせた軽自動車のようにエンジンの全域を余すところなく駆使して走らせる感覚は私にとってはノスタルジーに浸れた。
3代目ワゴンRからは商品に対するズスキの確固たる自信が伝わってくる様だった。普通車を食う存在としてのハイトワゴンの代名詞でありながら、軽自動車の庶民のゲタとしての本分を忘れていない。
家族4人をアップライトに座らせるから無理なく快適に座れて、シートスライドを活用すれば週末のまとめ買いも可能なほどラゲージも広い。軽トラに匹敵する小回り性を駆使して狭い路地でも臆せず突っ込め、すれ違いも余裕綽々。更にA/Cを使用していても市街地なら普通車と何ら変わりなく走れるのだから日常生活の相棒としての完成度は非常に高いレベルにある。
一方、背高パッケージに非力なNAエンジンを組み合わせているため、山坂道やハイウェイの安定感は余裕は明らかに苦手な事実は隠しきれず、その分だけ普通車の棲み分けは明確であった。
このように軽自動車としてのバランス感覚に秀でたワゴンRであるが、同年デビューしたダイハツタントは更に広々したキャビンにこだわる為にハイトワゴンの相場観を超える全高1700mm超とし、Aピラーの前にA'ピラーを設けることで更にルーフヘッダを乗員から遠ざけた「スーパーハイト」というジャンルを生み出した。
その後、2007年の東京モーターショーにてダイハツは左側にピラーレススライドドアを採用した2代目タントを、スズキは対抗車種として低床フロアに両側スライドドアのパレットを送り出して完全にユーティリティ重視の軽自動車の本流がスーパーハイトに移行した瞬間であった。スーパーハイトの流行後、ハイトワゴンの二大巨頭であるワゴンRもムーヴも少し元気が無い。
ワゴンRが新ジャンルを確立して、それまでのスタンダードを過去のものにした以上、いつかは更に新しいコンセプトに凌駕される日が来ることも仕方の無いことである。スーパーハイトワゴンこそが軽自動車のボリュームゾーンになって久しい2022年、その源流であるタントが世に出た同時期に当時の軽自動車界の覇者であった2003年デビューのワゴンRに試乗できたことは大変意義深い。
オーナーに(色々と)感謝申し上げたい。