今回は以前メッセージでご質問を受けたリーンバーンについてです。少しずつ書き上げたので遅くなってしまいまして申し訳ありません。ちょっとばかり想像力と理解力が必要になってくる内容かもしれませんが、できるだけ分かり易く説明を…。
ちょいと文が長いので、暇な時にでも読んでいただけると嬉しいです。
リーンバーンエンジンとは希薄燃焼エンジンのことです。簡単に言えば通常のエンジンよりも僅かなガソリンで動かすエンジンですね。
リーンバーンエンジンと聞くと皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。三菱のMVVやGDi?トヨタのD4?私の好きなホンダだとVTEC-Eや、先代ストリームアブソルートに積まれた直噴のi-VTECiもありましたね。
しかし、今これらの技術を継続進化させて作り続けているのはトヨタのD4のみであとは全て消え去ってしまいました。ご存知の方も多いと思いますが、そのトヨタの現行D4は直噴でありながら実は希薄燃焼ではなくなってしまいました。つまり、これだけエコが叫ばれる時代でありながらリーンバーンと呼ばれるエンジンが日本では皆無になっているのです。
なぜなのか…
希薄燃焼(リーンバーン)の話しをする前に基本的な話しを簡単に。
エンジンが燃焼爆発するエネルギー源は混合ガスですよね。もちろんそれは空気にガソリンを霧吹き状に噴霧させて混ぜたもの。その比率は質量比で空気14.7に対しガソリン1の割合。この比率が最も効率よく高い熱エネルギーを発揮します。工業系の学校であれば習う数字で「理論空燃比」と呼ばれるものですね。私も習いました。この理論空燃比で燃焼する事をストイキオメトリ燃焼といいます。
そしてこのストイキオメトリ燃焼よりもガス濃度が高いと、点火が更に容易になるとかシリンダーの異常高温を防げる(ガソリンが熱を奪うため)などのメリットがありますが、当然燃費が悪くなる。いわゆるリッチと呼ばれる燃焼領域で、CO(一酸化炭素)やHC(炭化水素)も増えてしまいます。
逆に理論空燃比よりも薄いガスだと燃料の節約にはなりますが、点火しづらく、又点火したとしてもガス成分が薄いため燃焼速度が遅くて(点火した部分から末端のガスまで燃え広がる時間が遅くて)パワーにならない。更に、完全に燃え広がらないまま未燃ガスを排出してしまう事さえあります。空気の多すぎる燃焼はこの未燃ガスが結構厄介なんですね。それに加えNOx(窒素酸化物)の排出量が多い。これは後述しますが、とにかくガソリンを少なくして(つまり空気の多い)燃焼をするとそれはそれでクリーンではなくなるのです。この薄いガスで燃焼する領域をリーン(希薄)と呼びます。
私達が乗っている一般的なストイキオ燃焼エンジン車は、もちろんほぼ全域をストイキオ燃焼で走っていますが、エンジンが暖まっていない時とか加速する時とか、要するにエンジン始動直後やここ一発の力が必要となる状況ではリッチ側で燃焼するようコントロールされています。もちろんリーンバーンエンジンも同じで、いつもいつもリーン側で走っているのではなく、必要とあらばストイキオ、場合によってはリッチで燃焼させています。
もう一つ基本的なことを。
こういった燃焼用混合気を作るにも二つの手法があります。
一つはポート噴射式。スロットルバルブを通過し吸気ポートへ流れてきた空気に燃料を噴射し、混合気の状態でシリンダー内へ吸い込まれるタイプ。最も主流な方式です。ポート内で噴射させるため、吸気ポート壁面にはかなりのガソリンが付着してしまいます。付着したガソリンは次の燃焼行程で吸い込まれていくので溜まり続けることはありませんが、そういう状況ですので実はあまり精度の高い燃調を行えないものと思われます。
もう一つは筒内噴射式(ダイレクトインジェクション)。いわゆる直噴というやつですね。シリンダー内に吸い込まれるのは空気のみで、最適なタイミングでシリンダー内にて燃料を噴射します。シリンダー内で噴射するので、冷たいガソリンが熱されたシリンダー壁面に付着します。つまり炭化してしまう確立が高くトラブルも結構多いようですが、燃調という意味では非常に精度の高いコントロールが可能です。
さて、やっと本題のリーンバーン(希薄燃焼)です。
車はいつもいつも高いパワーを必要とはしません。アイドリングや加速時は別にして、軽負荷時であるクルージング領域では出来るだけ薄いガスで走って燃料消費を抑えたい。もちろん先ほど書いたように未燃ガスを出すような状態では環境にも悪いし、必要最低限のパワーさえ稼げないでしょう。ならば薄いガスを確実に、且つ燃焼速度も理論空燃比並に上げねばなりません。どのように?…
まだ直噴が世にない時、つまりポート噴射式において一番効果的と考えられたのが、シリンダーに入った混合気に渦のような流れを作らせて燃焼を促進させる方法です。シリンダー内に閉じ込められた混合気が動かないよりは動いた方が確実に燃焼が促進されるのは容易に想像できますよね。ビンの中の水を逆さにして捨てる時、クルクル水に渦を持たせて捨てると早く捨てれるのと同じ原理です。シリンダー内の空気の渦は新体操のリボン競技を想像するといいかも(笑)。
この渦ですが、ピストンが下がりながら空気を吸い込む吸気段階だけでなく、圧縮段階においても渦の形成が確認されているので、この渦を利用して濃いガスだけをプラグ周りに集める。つまり、シリンダー内はトータルで見れば薄~い混合気ですが、実はプラグ周りにだけ14.7程度の理論空燃比のガスを、そして下の方には燃えない空気を、というガスの層を形成させるのです。これを「成層燃焼」と言い、初期のリーンバーンエンジンは皆これでした。昔からのホンダファンならピンと来た方がおられるでしょうけど、この成層燃焼の原型は副燃焼室で濃いガスだけを燃焼させていたあのCVCCです。まぁ、この話は長くなるので今回は割愛。
もう少し踏み込んだ話をさせてもらうのに、モデルとしてEGシビックやCDアコードに搭載されたVTEC-Eを例にしてみたいと思います。

このVTEC-Eはリーンバーンエンジンということで当然空燃比は理論空燃比14.7:1よりも大きな比を達成していました。記憶ですが確か最大リーン時で22:1(空気が22でガソリンが1)。もちろん燃料噴射はポート噴射式。つまり吸気ポートに流れる空気に燃料を噴射する一般的なエンジンと同じ方式ですね。でも、当然一般的なエンジンと同じ考え方でこれほどの薄い混合気をシリンダー内へ吸わせれば不燃という問題が起こります。
そこで前述した空気の渦です。

VTEC-Eのヘッド回りは今や当たり前となっている1気筒あたり4バルブの構成。このうち2本が吸気バルブなわけですが、これを低回転時には1本だけ作動させてもう1本は休止させます。そして中高回転時は2本とも開くようVTEC機構で切り替えています。いわゆる片バルブ休止型VTECというやつで、現在でもハイパワー型ではないVTEC(i-VTEC)車がこのタイプですね。
※新型オデッセイの標準K24Aは、先代の片バルブ休止型からハイリフト型(常に2バルブで吸気している)に変更されている。だから大幅にパワーアップしたんだ…。
で、この片バルブを休止させて1本だけで混合気を吸い込むところに渦の形成が大きく関係してきます。
(因みにバルブ休止といっても、実は完全に休止しているわけではありません。片側からしか混合気を吸っていないとはいえ、やはりポートが分割されていればどうしても休止側バルブ周りにも徐々にガソリンが溜まってしまいます。ですから僅か1mm程度ですが、バルブを開いてガソリンが溜まらない様ピストンに吸わせています)
例えば容積が500ccのシリンダーにおいて、ある一定の速さでピストンを下げて空気を吸わせるとします。吸気バルブが2本開いていれば各々のバルブ部には250ccの空気が通過して、最終的にはシリンダー内に500ccの空気がが溜まります。
もし片側1本のバルブを休止させてもう片方のバルブのみ開いて先ほどと同じ速さでピストンを下げるとどうなるか。当然500ccを吸い込もうとしますが片側の吸気口だけで吸うわけですから、吸気バルブ部分を通過する空気の流速は先ほどの2倍になります。
この速さがシリンダー内で渦をつくるのに適しており、この渦がなくてはポート噴射式のリーンバーンは成り立ちません。当然ながらプラグ着火する時にプラグ周りに濃いガスが必要なのですから、渦のどこか最適な部分に濃いガスを持たせなければならない。つまり、空気の流れを逆算する形で燃料噴射するタイミングを見つける必要があります。大変ですよね…

空気の渦にも2種類あります。シリンダー内で横に回転しながら渦を巻く横スワールと、シリンダー内を縦に渦巻く縦スワール。縦はタンブル流とも言われています。2バルブとも開けば縦スワールが有効的ですが片側だけの吸入だと横スワールのほうがいいと言われています。VTEC-Eは横スワール。確か三菱のMVVは縦スワール。ホンダは片バルブ休止型のVTECエンジンは1バルブ吸入時に横スワールを、2バルブ吸入時に縦スワーをと、現在のリーバーンではないi-VTECエンジンでも両方を使い分けてスワールを得ています。リーンバーンではないのになぜスワールを?と思われた方、鋭いです。EGRというものに関係していますが、これはまたいつか書いてみたいと思います。
スワール(渦)を起こすのにも色々な工夫があります。ポート噴射であろうが直噴であろうが、リーンバーンエンジンの一番の特徴と言えるのがピストンヘッドの窪み。上から下に向かって入ってくる混合気(直噴であれば空気)をスムーズに渦を乱さないように圧縮するのですから必然的にピストンヘッドは窪んでくる。形状は様々でしょうけど。窪んでいるということは燃焼室が小さくできます。だって窪んでいる所だって排気量に含まれるのですからその分燃焼室を低くできます。
その他、吸気ポートを捻ったり、通常よりオフセットさせたりと、色々細かな工夫がなされています。逆に言えば、このような工夫は高回転域では邪魔物以外何物でもないわけで、低燃費技術と高回転化技術がいかに相反するものかがわかります。
このあたりまで書けば、ざっくりではありますが希薄燃焼を理解できたのではないでしょうか。
さて、ここまで聞くと「リーンバーンエンジンは素晴らしい低燃費エンジンじゃないか!」と思ってしまいますが、冒頭で書いた通り低燃費が特徴であるはずのリーンバーンエンジンが今や国内では存在しません。なぜか。理由は下記の通りです。
1.窒素酸化物(NOx)の排出量が多い。
先ほど書きましたが、リーンバーンエンジンの排ガスは通常のストイキオ燃焼エンジンよりも窒素酸化物が多いんです。これは非常に大きなデメリットでしょう。
エンジンは混合気を爆発させていますよね。混合気は空気とガソリンを混ぜたもの。そしてご存知の様に空気の7割は窒素で2割が酸素です。
エンジンの爆発燃焼というのはガソリンが酸素によって燃やされるわけですが、同様に窒素も酸素に燃やされてしまいます。この窒素が燃やされて高温になると酸化してしまいます。これが窒素酸化物(NOx)。
リーンバーンは一般のエンジンよりもガソリン少な目で空気が多いですよね。それを燃やしているのですから当然リーンバーンエンジンの方が窒素酸化物が多いということになります。もちろん、この窒素酸化物を垂れ流しにするはずがありません。対応策としてNOx吸着触媒やEGRというものがあります。
NOx触媒は暫定的に触媒表面にNOxを吸着させ、頃合を見てリッチ燃焼時のガスをスパイク噴射して還元処理するもの。正直性能的にはイマイチで、よりクリーンエンジン化が進む時代に生き残れなかったのです。しかし、今では新型アコードで発売予定だった新世代ディーゼルに採用している超高性能な触媒が開発され、ことNOxの問題に限れば今だったら簡単にクリアできるでしょう。ご存知だとは思いますが、この新世代ディーゼルは日本の「ポスト新長期規制」、欧州の「EURO5」、そして2009年から北米カリフォルニアで施行される予定の「Tier2 BIN5」と、これらの厳しいNOx規制をもパスできる物凄い性能を持っています。
もう一つはEGR。ホンダはこれをリーンバーン以外の沢山のエンジンに使っていますが、このEGRを採用することで窒素酸化物をある程度減少できます。EGRについてはポンピングロス低減にも関係するものですが、またいつか分かりやすい話を書いてみたいと思います。
2.ドライバビリティが悪い
なんせ薄い燃料です。アクセル一定なら問題なしでも、加減速を行なえばリーン→ストイキオの切り替えが頻繁になります。その際のトルク変動が結構不快で、私が運転した事があるGDiも違和感ありまくりでした。やはり洗練された走りという面で大きくハンディを背負っていると言わざるを得ないでしょうね。
3.燃費が思ったほどよくない
私はこれがリーンバーンエンジンの消え去った最大の要因だと思っています。
車の燃料の調整は色々なセンサーの値によって変化しています。水温センサー、排ガスの温度センサー、排ガスのO2(酸素)センサー、排ガスのNOx(窒素酸化物)センサーなど。
水温が低ければ燃料は濃い目に調整されますし、O2センサーが爆発燃焼後の排ガスに酸素が多いと判断すればガソリンを増やして調整されるでしょう。問題はNOxセンサーです。
基本的にNOxが大量なリーンバーンです。寒い冬になると空気の密度が上がるので更に増えてしまいます。悪いことにNOxを吸着させる触媒自体も温度が上がらなければ効果がなく、温度が上がるまでの時間も随分とかかります。その間NOxセンサーは大量のNOxを検出し続け、それではまずいとガソリンを増やして(つまり空気の比率を減らして)リーンバーン状態を避けます。
そして日本では一定速で走行し続けるシーンが少ない。ストップ&ゴーを繰り返すシチュエーションだと、リッチやストイキオ付近をウロウロとし、リーン領域をなかなか使えない…。
中途半端なリーンバーンが消え、その後超希薄燃焼(空燃比65:1)を謳った先代ストリームアブソルートの直噴でさえ実燃費は思ったほどではなかったのですから、やはり日本ではリーンバーンは難しいのでしょうね。
4.シリンダー内の汚れが激しい
そして、もう一つこれは直噴においてのデメリットですが、直噴はシリンダー内に直接燃料を吹き付けるので、冷たいシリンダー壁に燃えきらない燃料が付着したままとなり、徐々に炭化して黒鉛を吐き始める車が見られます。GDiや初期のD4もこれらの不具合をよく聞きましたが、現在生産し続けているD4はどうなんでしょうか。クラウンなどでも採用しているところをみると、問題は解決されているのかもしれませんね。
とまぁ、長い話しになってしまいましたが、リーンバーンというものはこんな感じです。興味深い技術でありながら消え去ったのは本当にもったいないですね。現在では希薄燃焼で燃費向上を目指すことよりも、ストイキオ燃焼を主としてポンピングロス低減で燃費向上を狙うのが主流です。それがトヨタのD4であり、ホンダが昔から採用し続ける片バルブ休止VTEC+EGRです。
EGRについてはいつかまた書いてみたいと思います。長いお話、おつきあいありがとうございました(^ー^)