昨日は早朝5時半出発。
最初の目的地は寝覚ノ床。
先日浦嶋神社に行って浦島太郎の物語を少し掘り返したが、もう一つの浦島伝説の地寝覚ノ床にも行かなくてはなるまいと、計画をしていた。
日程や天候がどうしても合わず、あまり外出したくない連休の初日になってしまった。
まあまあ順調に中央道を走り、恵那ICで降りた。
まず恵那峡を見てみようと思ったから。
恵那大橋にナビを合わせた走ったが、どうもここはスポットではなかったようで駐車場がなく、往復渡っただけ。
切り立った岸で中を緑の水がどろりと溜まってゆっくり流れているように見えるのは、瀞峡や高千穂峡に似ていて遊覧船の一つも出てもよいような感じだ。
早々に恵那峡を後にしてナビの通りに走ったら中津川の駅前を通らされ、好きではない信号や車・人通りに少しうんざりしながらようやく国道19号に。
一路北上し寝覚ノ床を目指す。
19号は車はそこそこ多いものの走り易くて気持ちが良い。
以前行ったときはすぐ近くの販売店の駐車場のような所に停めたが、今回は少し離れた寝覚ノ床美術公園の駐車場に停める。
目的地までは林の中を少し歩かないといけない。
熊注意の案内が各所にあったが、こんなところにも出てくるのだろうか?
寝覚ノ床岸辺のほぼ真上、がけの端っこにへばりつくように線路があって、電車が走ってきたが、橋でもないのに真上辺りを電車が走るのを見るのは不思議な感覚だ。
寝覚ノ床自体は白くて四角い巨岩がいくつもゴロゴロしていて、雄大な光景だ。
写真右少し上側の木々の間に浦嶋堂がある。
アプローチの足場が悪いというか、丸くなった石々の、湧き水で濡れた上を歩いていくのだが、滑ってこけたら大けがは必至という状態で注意に注意を重ねなくてはならない。
少し股関節痛で、無理もできないので大きな岩々にまでは行かず、浦嶋堂も遠くから見るだけにして引き上げた。
サギ。
さらに北上して奈良井宿に。
奈良井宿は覚悟はしていたものの凄い人で、駐車場にもなかなか入れられず。
暫く待って(誘導に従って)ギリギリ狭いところに停め、線路を渡って大通りに出た。
ここも人が多く、年のうちでも最高の人出ではないだろうか。
食べ物やも順番待ちの行列ができていて、大変そうだった。
私はこういうところに有る糖質の多い食べ物は食べられないので、旅に出たらコンビニのチキンサラダ、豚サラダなどでおなかを満たす。
奈良井宿は長い通りで1kmほどもあり左右に商店や民家がぎっしり並んでいる。
意外に漆器屋が多かった。
木曾の木材を使った産業の一つだろう。
上問屋資料館(手塚家住宅)に入った。
江戸時代、幕府が定めた宿駅用の馬と人足を常備し旅行者の需要に応える働きをするのが問屋だった。
この上問屋(手塚家)は江戸時代から明治維新まで270年間問屋と庄屋を兼務していた奈良井の名門で、この建物自体は明治期に建てられたそうだ。
旧い資料が沢山あって興味深かったが、私個人的には本棚に美術全集とか、夏目漱石、正岡子規、森鴎外など明治期の文豪の全集が、古びて茶色くなって収められていたことが面白かった。
全部読んだのか、単なる本棚の飾りなのか。
こういう古くて実際に生活していた跡が良く分かる資料館のような所の本棚を見るのはなかなか興味深い。
以前岡山の吹屋地区(弁柄の里)の片山家住宅の本棚も全集や週刊誌月刊誌があって、当時の暮らしぶりが想像できて楽しかった。
明治天皇が昼食を摂られたという部屋があって、障子の張替以外は当時のままに保存されていた。
ものすごく名誉なことだったのだろう。
他には陶磁器もいろいろ展示されており、九谷や瀬戸・唐津・有田など各地の器などがあり、これも興味深い。
このまま帰宅しようかと思ったが、まだ時間があったので安房峠、平湯峠から高山経由で帰宅しようと走り出す。
この辺り意外にガソリンスタンドがなく、15kmほども戻って給油し、上高地・安房峠方面に。
山中の寂しいような所に別荘地帯がある。
木々の中にひっそりと、手入れされている家もあるが大半は汚れ落ち葉に埋もれアプローチは草ぼうぼうで物寂しい。
連休初日のこともあり、人の気配のある家も多かったが、私の勝手な想像では別荘など持つものではない。
年に数度行けるとしても、まず掃除、家の周囲の草や落ち葉・木々の枝の片付けがある。
たいてい茂った林の間にあるので光が当たらない。
屋根や外壁はコケだらけで内部はカビカビカビ。
そんな夢も、身もふたもないことを想像するとぞっとする。
更に、建てたり購入したときには元気でさあ休みの都度行ってゆっくり自由な時間を楽しむぞと思っていても、じきに歳を取ってしまって車の運転ができない、掃除をするのが大変だ、食事はどうする?となる。
近くに便利な店などないし。
こうなってしまって結局すぐに使わなくなり、放置されてやがて朽ちてゆくのではないか。
残されたものの負担になっても利益になるようなことは少ないと思うのだが。
山間の集落も、住んでいる人たちはどう思っているかはわからないが、私は絶対こんな山の中には住みたくないと思ってしまう。
一番には、鬱になってしまいそうだから。
周囲山だけで、太陽も朝遅くに山の上から顔を出し、午後にはすぐに山の向こうに沈んでしまう。
そう思っただけで鬱になりそうだ。
周囲山山々、緑が美しくてよいようだが、車に乗れなくなれば買い物病院その他ちょっとしたこともできない。
こういう所に住んで車に乗れなくなればどうする?
日に数本のバスが便利なことはないだろうし、タクシーもそうそう利用できないとなれば家でじっと我慢するだけになるのではないか。
それは嫌だ嫌だ、となる。
山間部を走っているとそんな暗く希望のない考えに襲われがちだが、広いところに出るとすっかり忘れて気分も戻る。
以前は山の中を走ってもそんなに嫌な気持ちはなかったが、歳のせいなのか。
取り留めもないことを考えつつ上高地の入口の奈川渡(ながわど)ダムに着く。
ここからまずダムの堤体の上の道を通りトンネル地帯を登っていく。
暗くて狭くて水が沢山垂れている古いトンネルをいくつか越えて更に新しいトンネルもいくつか越えたら安房峠の入口だ。
右折すると上高地方面だがマイカー規制で入れない。
左折すぐに安房トンネルがあるが手前を右折して峠に。
急斜面を何度も折り返しながら登っていく。
途中で上から写真を撮ったが、草木で下の折れ曲がった道路はうまく撮れなかった。
ただ車が走っているのは木々の間から見えた。
道幅は意外に広いが、2車線というほどでもない。
安房トンネルが開通していないときの夏季に来たことがあるが、大型バスが何台も連なってその間にマイカーが。
バス同士がすれ違えないのでバックすることになるが、後ろには更にバスや乗用車が列を作っている。
どちらのバスの後ろもそんな状況なので、どちらがバックするか話し合って片方のバスのガイドさんがずっと後ろの車にまで声をかけ順にバックをして、バックしてバックして、ギリギリ何とかすれ違えたという、バス運転手(ガイドも)泣かせの峠だった。
トンネルが開通してからは大層便利になったが、有料を嫌ってか、周囲の登山口になるためか意外に車が多いし途中には路駐車が多くて走りにくかった。
頂上は平たんで、ロボットのように見える高圧鉄塔が印象的だ。
高山側はなだらかな坂道で特に困ることはない。
平湯温泉から、平湯峠に。
ここのトンネルは無料なので、わざわざ峠を走る車はいない。
が、自転車旅の人には2台出会った。
この峠は頂上に乗鞍岳のほぼ頂上まで行くバスのターミナルがあり、そこから乗鞍岳までは一般車は通行止めになっている。
平湯峠の温泉側から頂上までは狭くて落ち葉が積もっていてうら寂しいが、高山側は乗鞍までのバス通路になっているので2車線の立派な道だ。
マイカー規制が始まる前にこの道で上まで登ったことがある。
確か8月前半だったが、上の駐車場の待合いのような所ではストーブが焚かれていたように思う。
後は高山方面に出て、東海北陸道、北陸道経由で帰宅。
帰着は20時半ごろで、835km走っていた。
少し疲れた。