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元Gureのブログ一覧

2026年01月29日 イイね!

”チロ”デビュー♪

”チロ”デビュー♪

亡マロの旅立ちから16日、我が家に新入り猫さんが来てくれた!


勿論マロはずっと一緒、忘れるなんてあり得ないけどマロを失った哀しさをこの子が紛らわせてくれまたまたネコ好き一家に幸せをくれるでしょー(^^♪




チロ君よろしく!!
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本日13時半に保護猫団体さんが連れてきてくれた、マロが旅立った時間も13時半、なんか縁を感じたりで…
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保護主さんの努力で人馴れはしているもやはり初めての家でド緊張、2~3日はケージで慣れてもらい本格家ネコデビューは少しお預けかな!?

再びの猫のいる生活、お世話は大変だけどこれで老夫婦は生き甲斐を見つけたって事でめでたし×2ってこんで(^^;
Posted at 2026/01/29 17:57:47 | コメント(0) | トラックバック(0) | | ペット
2026年01月27日 イイね!

日帰り温泉♨にGo!!

日帰り温泉♨にGo!!
カミさんと休みを合わせて日帰り温泉に行って来た(^^♪

愛猫の介護疲れを癒す&愛猫の旅立ちによる悲しみを洗い流したいとの思いもありホントは泊りで行きたいもなかなかそうは休みも取れず神奈川県内で完結、いや、自宅近くにいくらでもチェーン店の温泉施設はあるんだけど自然な?本当の?温泉で癒されたく神奈川の端っこ、クルマで1時間チョイの中川温泉・ぶなの湯へ遠征…



道中、完璧な雪化粧の富士山がお出迎え!
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いつ以来だろうか?臥せっていたんでエボも久々の出番!いい歳してコンビニおやつで入浴前の腹ごしらえw


道中のR246から見える未開通の新東名神奈川~静岡部分の名所になるであろう山北天空大橋も完全に繋がり後は開通を待つのみ!


14時半到着、この温泉は”武田信玄の隠し湯”と言われる名湯、神奈川県にも厚木なんかに有名な温泉(七沢)もあるけどウチはここがお気に入り、玄倉川のせせらぎを聞きながら入る露天風呂は最高な気分、土日は丹沢の登山客で混むも平日は地元のお年寄りしかいない、日帰りとは言えのんびりゆっくり温泉を愉しめて近県の方にはお勧め…
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バカ夫婦は相変わらず記念という事でwww
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玄倉川の源流に近いせせらぎ、関東は雨が少ないので水量は少ないけど水が透き通っていて眺めるだけでも癒される。
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HPより、夏場は多くの子供達のカッパ天国w
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HPより、ぶなの湯の内湯と露天風呂、湯も42℃程度なのでゆっくり浸かれる。
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15~17時まで温泉を愉しみ18時まで休憩室でゆっくりして帰宅、愛猫の介護や急逝で疲れきっていた心身がリフレッシュできた感じで明日からの活力、戴きましたわ、ランエボも久しぶりにそこそこ走りエンジンの嬉しそうな咆哮も心地良かった(^^)v
Posted at 2026/01/27 21:06:30 | コメント(0) | トラックバック(0) | その他 | 日記
2026年01月21日 イイね!

旧車とキャラクター…VOL.55

 旧車とキャラクター…VOL.55
旧車とキャラクター…


ワタシの幼少期である60年代~国産絶頂期とも言える90年代位までの有名芸能人他スターをキャラクターに迎え逞しい商魂を発揮していた各社を振り返ってみたいと思います(^_-)-☆



VOL.55としてはこのクルマ!


『JJ110/120/510型いすゞアスカ』
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今は無きいすゞ乗用車、晩年はB~CセグカテゴリーのジェミニとDセグのアスカ、そのアスカのスペシャリティであるピアッツアで展開しておりましたがトヨタコロナ、日産ブルーバード、三菱ギャラン、ホンダアコード、マツダルーチェ等並居る強豪に挑んだのがいすゞアスカ、1983年に長年いすゞ乗用Dセグを務めたフローリアンのFMC版としてデビュー、フローリアンから16年ぶりに一新されたアスカ(初期のみ”フローリアン・アスカ名義)なのでいすゞも気合を入れ大物歌手を起用して大々的に売り出します!

その大物歌手は♪星影のワルツ、♪北国の春 が大ヒットした千昌夫氏!!
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総理史上最低と言われた管直人ではないですよwww(ワタシ的には最低は前総理=石破ですがね、菅氏は二番目w)

若い人は知らんで当然、60~80年代に活躍した千昌夫氏、全盛期には数々のCMに出演、アスカの他にはナショナル(現パナソニック)のカラーテレビ、クイントリックスのCMの印象が強いご同輩も多いかと思います。

アスカもクイントリックスも当時の奥様であるジョーンシェパードさんと共演、お二人が一緒になった時にはまだまだ外国人と夫婦になるなんて一般的ではなかった時代なので芸能ニュース等では結構騒がれ下種な大人達(男)は”千昌夫、キンパツと一緒になりやがった!”みたいなまだまだ外人に偏見のあった時代だった幼少期のおぼろげな記憶があります、共演するCMではシェパードさんのたどたどしい日本語で千氏出身の岩手県を~いわてえけーん~とギャグっていたのも思い出されます…。

さてアスカ、結果的にはいすゞ自社開発最後の乗用車となってしまい千氏がキャラとなった初代のみがいすゞ製、4代目まで存在しましたがバブル崩壊といすゞ経営危機により2代目からは富士重、ホンダのレガシィ、アコードのOEMとなり存在感はほぼ皆無、アスカと言えば初代のみ!って印象ですよねぇ…

まだお若い千昌夫氏の思いっきりの造り笑いが印象的!?
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カタログにもしっかり登場!
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こんな事もやってたんですね、これで世界旅行行ったヒトいたんか!?
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千昌夫氏はこの頃からバブルにかけては不動産投資、ホテル投資が大成功し”ホテル王””唄う不動産屋””億昌夫”と言われものまねタレントのコロッケにも真似され”金持ってんどー”なんてやってましたがバブル崩壊後多額な借金に追われ非常に辛い人生を歩んだとか、そんな千昌夫氏を投影するかのようにアスカもデビュー時のみ注目を集めるもジリ貧、格下ジェミニで好評だったイルムシャーを設定したりいすゞの最大の売りであったディーゼルモデルを全面に押し出す展開も行いますが芳しい戦績は残せず7年、先代フローリアン程の長寿は叶わずにスバルOEMに後を託しました。

絶頂期の?お二人、その後離婚なされ千昌夫氏は不動産王ならぬ”借金王”に転落
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しかし御年78歳になられた千昌夫氏、現在でも変わらず唄を歌い続けておられ元気なご様子です。

スポーツモデルのアスカイルムシャー、ジェミニやピアッツアのイルムシャー程の話題にも昇らずで…
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40年前でも今だ千昌夫=北国の春ではなくいすゞアスカ!の回路が生きる変態元Gureのカビの生えた想い出にお付き合いありがとうございました(^^)v
Posted at 2026/01/21 19:27:14 | コメント(1) | トラックバック(0) | キャラクター | クルマ
2026年01月19日 イイね!

あのクルマの系譜・その45~三菱スポーツ・後編~

あのクルマの系譜・その45~三菱スポーツ・後編~
あのクルマの系譜・その45~三菱スポーツ・前編から続く…


1983年のΣFF化によりすっかりスポーツイメージが薄れてしまったギャラン(エテルナ)、Λから独立したスタリオンの評判も芳しくなく80年代後半まではトヨタや日産、マツダ、ホンダのスポーツモデルに押され気味でした…。

しかしそんな中でもDOHC4バルブを復活させたり可変バルブの3×2シリウス(サイクロン)ダッシュターボエンジンのラインナップ等余念のない三菱スポーツ、その集大成が1987年、再びギャラン単独名に戻した6代目ギャランのTOPに据えられた(VR-4)が三菱のみならず国産スポーツ最高峰の高性能を叩き出し”三菱スポーツ復活”を強く印象付けます。

DOHC16バルブ、I/C付ターボで205psというL/100ps超えを実現したこのVR-4、スタリオンGSR-VR(VR=ビクトリーレーシング)から受け継ぎ長年に渡り研究を重ねた三菱の4WD技術を詰め込むビスカスカップリングフルタイム4駆を始めとして徹底した電子デバイスてんこ盛りのスポーツセダンはWRCでも大活躍し6度の優勝などを果たす(ギャランVR-4 1987)
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この6代目(型式E30系)は1969~2005年のギャランの存在期間中、TOP3に入る売り上げを誇る、そのラリーの戦績からスポーツセダンとして大人気であり強豪コロナ、ブルーバードを超える支持を獲得、VR-4の他にもベンツのチューナーと手を組んだAMGやラリー特化のVR-4 RS等のスポーツバージョンも話題、205→220→240psと進化を続けました。

最終型VR-4では当時2L 4気筒では最速となる240psを達成(ギャランVR-4 1991)
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このE30系ギャランをベースとしたスポーツクーペのエクリプスが1989年に北米で発売、日本でTOPグレードとなるDOHC I/Cターボの(GSR-4)とDOHC NAの(GS)アメリカより輸入販売、ギャランVR-4の中身を移植したアメリカンなクーペは従来のスタリオンやコルディアの後続的立ち位置ながら左ハンドルが災いしアメリカでは4代目まで継続し安定した人気を得るも日本ではスポーツモデル人気低下により3代目で終売しています。

(初代エクリプスGSR-4 1989)
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一方軽部門ではミニカにより69年からのミニ・ハイパワーブームに参戦した三菱、その後あらゆる要因で低迷した軽自動車市場でしたが1979年、エポックな47万円という廉価で大人気となったスズキアルトにより再び軽市場が活性化、80年を過ぎると登録車同様に排ガス規制の波が落ち着き軽にも第二次ハイパワーブームが起こりますがその火付けとなったのが83年、軽初のターボを設定した3(4)代目に充るミニカアミLから派生したアルト同様の節税乗用(登録は商用)モデルの4ナンバーエコノでした。

SOHC2気筒、キャブレターながらターボ搭載により550ccで39psという久しぶりのハイパフォーマンスミニを提唱(ミニカエコノターボ 1983)
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その後ミニカは84年に4(5)代目がデビュー、ターボZEOを代表とする高性能ターボモデルを維持、89年の6代目では3気筒550→660ccでDOHC5バルブI/Cターボ64psのミニカダンガンを加えハイパフォーマンスミニの頂点を極めます。

(ミニカエコノターボZEO 1988)
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(ミニカダンガンZZ-4 1990)
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変態度?の高い三菱、ターボ真っ盛りの中でミニカのキャブオーバータイプの元は商用軽バンにもミニカターボのエンジンを移植、ミニキャブブラボー→ブラボーと3代に渡りハイパワー軽バンも存在しました。

(初代ブラボーGT 1992)
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ミニカは93年に7代目がデビュー、4気筒化されたI/Cターボのダンガンも継承しますが軽ハイパワーブームの終焉もあり98年で廃盤、その後ミニカ→ekワゴンに移り変わりますがekになって常識化した軽ターボは継承しています。

ミニカターボやダンガンの思想を受け継ぐekスポーツ~ekカスタムとなり現在はekワゴンに集約しまた軽でも数車種にターボモデルをラインナップしてきており歴代のミニカトッポ、パジェロミニ、トッポBJ、i、トッポ等にも軽ハイパワーモデルが存在。

(初代ekスポーツR 2002)
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ギャランGTO、初代Λの成功以後の2代目Λ→スタリオン/エクリプスが芳しくない三菱のイメージリーダーは1990年、スタリオンに代わり新星GTOをデビューさせます。
ギャランの名を消しながら三菱スポーツの原点に還るGTO、ベースはパーソナルセダンのディアマンテであり3L V6オンリー(NA、ツインターボ)の横置きフルタイム4WDはスーパーカー並みのスタイリングながら2tに迫る巨体、重量から同時期に一世を風靡したR32型スカイラインGT-Rと比較される事が多くまたMRで回頭性抜群ホンダNSX、REの軽量FRで鳴らしたRX-7という強豪の中で苦戦しますが存在感は三菱イメージリーダーとしては相応しかった。

(GTOツインターボ 1990)
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尚70年代同様にGTOの弟分にやはりギャラン名を廃したFTOも1994年に登場、こちらはランサーベースで純粋のFFのみでししたが初のMIVEC(可変バルブ)をホンダV-TECに先駆けてラインナップ、TOPグレードの200psはホンダのインテグラタイプRまではFF最速の称号を誇りました。

(FTO GPX 1994)
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78年に初のFFとしてデビューしたミラージュは80年代に隆盛を極めましたが90年代にランサーに事実上統合されたカタチになり2005年に廃盤、2002年にエントリーカーとして格下でラインナップしたコルトに集約されます、当初は純粋なエントリーモデルのみの存在でしたが2006年に”コルトエボリューション”とも言われたラリーアートバージョンRを追加、大人しく地味なイメージだったコルトの印象を大きく変える1.5L MIVECターボ、この頃では既に珍しい5MT(ATもあり)の設定、ランエボ同様のレカロシートやオーバーフェンダーの外観等とスポーツ訴求満点のモデルとして一定の評価を得ています。

(コルトバージョンR 2006)
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コルトギャラン→ランサー→ランサーEX→(スタリオンラリー=実戦なし)→ギャランVR-4でより一層ラリー常勝イメージを決定付けた三菱、パリダカでのパジェロの活躍もあり三菱=ラリーの印象は深まります、そんな中WRCで常勝を義務付けられた!?三菱はギャランの中身を格下でサイズが小さくより軽量なランサーに移植、ランサーエボリューションを1992年に発売、三菱スポーツの代表として今も昔も語り継がれます。
初代登場以後毎年のように進化をエボリューションⅩまで続けⅨまではあくまでラリーのホモロゲモデルでありⅩで初めてカタログモデルとなっております。

ランエボは当初伝統の豪華版(GSR)とVR-4から継承したラリー特化の(RS)にてスタート、代を追うごとに(GT/GT-A)(MR)、をラインナップし三菱スポーツの伝統を守り派生としてエボリューションワゴンも設定。

※ランサーエボリューションの歴史については こちら をどうぞ!

(ランサーGSRエボリューション 1992)
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(ランサーGSRエボリューションⅡ 1994)
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(ランサーGSRエボリューションⅢ 1995)
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(ランサーGSRエボリューショⅣ 1996)
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(ランサーGSRエボリューショⅤ 1998)
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(ランサーGSRエボリューショⅥ 1999)
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(ランサーGSRエボリューショⅥトミーマキネン 2000)
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(ランサーGSRエボリューショⅦ 2001)
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(ランサーエボリューショⅧ MR 2003)
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(ランサーエボリューションワゴンGT 2005)
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(ランサーエボリューショⅨ MR 2005)
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(ランサーエボリューショⅩ GSR 2007)
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三菱スポーツの原点とも言えるギャラン、6代目VR-4の隆盛をランエボに譲り1992年に7代目に移行、やはりVR-4は設定されますがV6エンジンの重量級グランドツーリングに変貌、スタイリングも3ナンバー化で肥満化し人気を落とします。
1996年実質ギャランの最終モデルである8代目がデビュー、VR-4は継承しV6のグランドツアラーでの立ち位置は不変ながらスタイリングは6代目E30系に先祖帰り、鋭い逆スラントノーズと2分割グリル、シャープなスタイリングがかつてのコルトギャランやギャランGTOを彷彿させ人気を盛り返しました。

この時、レガシィにより一つのカテゴリーが確立されたスポーツワゴンの領域に三菱も踏み込み8代目ギャランをベースにしたレグナムを設定、レグナムにもギャラン同様のVR-4を設定V6ツインターボ、MAX280psの最速ワゴンを自負します。

(8代目ギャランVR-4 後期1998)
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(レグナムVR-4 後期1998)
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しかしギャラン(レグナム)は折からのセダンモデルの需要減退、ワゴンブームの衰退により2005年にコルトギャランから数えて36年の歴史に幕を閉じました。

ギャラン廃盤後の2007年にランサーエボリューションⅩとボディを共用したギャランフォルティスがデビュー、ギャランの名前が復活しますが実際は7代目ランサーとして開発されたモデル、海外ではランサー名で販売されており国内のみ知名度の高いギャランがファーストネームになる、これは従来のランサーとかつてのギャランを統合したモデルとも言え当初はランエボⅩの存在もありフォルティスは大人しいモデルのみの展開ながら2008年にはランエボⅩをマイルド化させAT(ツインクラッチSST)のみのラリーアートを設定、Ⅹよりマイルドとは言え2L 4バルブDOHC I/C 240psを搭載するれっきとしたスポーツモデル、その後ラリーアートに5ドアHBのスポーツバックを追加しますが2016年、エボⅩファイナルエディションとほぼ同時に三菱スポーツの幕を閉じました。

(ギャランフォルティスラリーアート 2008)


この後現在に至るまでクーペやセダン形状での三菱スポーツは存在せずSUVや電動車に移行しますがかつての三菱スポーツで培われた技術(フルタイム4WDやMIVEC、AYC等…)は確実に受け継がれているのが三菱派には嬉しいところです(^^)v


あのクルマの系譜~三菱スポーツ…
Posted at 2026/01/18 20:26:10 | コメント(1) | トラックバック(0) | 系譜 | クルマ
2026年01月18日 イイね!

あのクルマの系譜・その45~三菱スポーツ・前編~

あのクルマの系譜・その45~三菱スポーツ・前編~
”あのクルマの系譜”シリーズ、今回は気合入ってます、悲しい出来事を忘れたいってのもありますが💦

今回は菱バカ元Gureだからこそ取り上げる!?”三菱スポーツ系譜”と銘打ってお送りしたいと…


今や三菱、電動車とSUV車メーカーになってしまい例の件以降、国内でもブービーのシェア率、一時は三菱車乗っていると後ろ指刺される?なんて時代もありましたが1990年代までは日産やホンダと争い車種によっては王者トヨタも慌てさせるメーカーでした…。


まぁ過去の栄光はさて置き現在はオフロードに特化した本格クロカンとも呼べるデリカD:5、トライトン、そして近日復活がアナウンスされたパジェロがマニアックなユーザーに支持されまた、今が旬の都会的SUVとしてデリカミニ、時代の先端を行くアウトランダーPHEVを筆頭に海外、特にASEAN諸国ではTOPのシュアを誇るなど他にはない独自の立ち位置を国内でも築き高い支持を現在受けていますネ!

そんな三菱もかつて他社としのぎを削っていた60~2010年代まで市場が追い求めたスポーツモデルをラインアップ、モータースポーツにも積極的に参画、サーキットやラリー、特にパリダカやWRCでの華々しい戦績はクルマ好きなら忘れる事はないでしょう…

そんな三菱スポーツの系譜を振り返ってみたいと思います、例によって長いんで前編・後編に分けます!

三菱スポーツはそれを代表するグレード名から解説「S=スポーツ」から始まり「SS=スポーツセダン」「GS=グランドスポーツ」「MR=モーター&ラリー」「GSR=グランドスポーツレーシング」「RS=レーシングまたはラリー&スポーツ」「VR=ビクトリーレーシング」「RA=ラリーアート」そして復活の「MR=三菱レーシング」があり他にも他社でも多用された「GT=グランドスポーツまたはグランツーリスモ」等がありました、そんな歴代を振り返ってみましょー! 

(三菱500 1960)
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1917年に国産では初の量産乗用車として登場した三菱A型以降、戦火を跨ぎ政府の国民車構想に応えてデビューしたのが1960年(昭和35年)の三菱500、まだまだスポーツモデル等の開発も提供もままならない時代、この500も見かけも中身もおよそスポーツとは縁遠い存在かに思えるもなんと三菱はこの500でマカオGPに出場、1~3位を独占するという快挙を成し遂げました!
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1963年には500を発展し来たるモータリゼーションに対応する本格的乗用車のコルトシリーズ(800、1000、1000F、1100、1200、1500、11=イレブン)が登場、この時に「S」「SS」のスポーツ装備に特化するグレードを設定し後の一つの文化を形成した三菱スポーツの原点となります。

日本GPで1~3位を独占したコルト1000(1964)
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1100発売と共に設定された三菱スポーツの原点、コルト1100S(1965)
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スーパースポーツを名乗り標準1500に対し圧縮比を8.5から10.0としSUツインキャブ装着にて高性能(当時の基準)85psとしたコルト1500SS(1968)
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コルト11(イレブン)S(1969)
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60年代後半に入り本格的モータリゼーションの幕開けと共にコルトシリーズはより高性能、快適性を向上させたギャランシリーズ(当初はコルト名を継承しコルトギャランを名乗る)を1969年に発売、1970年の三菱自工発足(それまでは三菱重工の自動車部門)に併せセダン、HT、GTO、クーペFTOを矢継ぎ早に発売、トヨタカローラ、カリーナ、コロナ、セリカ、日産サニー、ブルーバード、マツダファミリア、サバンナ、カペラ等の強豪を相手に幅広い支持を得ます。

従来の質実剛健だがスタイルは二の次三の次と言われた三菱車の概念を大きく変えたコルトギャラン、この時に(GS)を設定し頂点とする(コルトギャランAⅡ-GS1969)
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トヨタコロナにより火のついた2ドアHTブームに便乗してギャランにも1970年、センターピラーレスのHTを追加、よりスポーティ度を高め若い世代に支持を得る。(ギャランHT16L-GS 1971)
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ギャランとなってからは国際ラリーに積極参戦し高性能、好成績を世界にアピール
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HTをより先鋭的高性能化としトヨタセリカと共に”スペシャリティカー”というジャンルを切り開いたのがギャランGTO、最高グレードに(MR)を設け三菱初の市販DOHCエンジン、125psを搭載し三菱スポーツのイメージリーダーとなる(コルトギャランGTO-MR 1970)
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モータリゼーションの発展の裏で深刻化する排ガス問題、70年代前半には排ガス規制が始まりその煽りを受けた高性能GTO-MRはSOHC化、その代償に2Lまで格上げされMRと性能的には遜色ないスペックを叩き出しイメージリーダーの面目躍如して三菱初の(GSR)グレードを纏い73年改良版のGTOはオーバーフェンダー装着などより先鋭的に変貌、その後長きに渡り(GSR)は三菱スポーツの代名詞を務める(コルトギャランGTO2000GSR 1973)
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ギャランシリーズの好評を受け1971年にはGTOの弟分としてGTOより廉価設定のクーペFTOを発売、73年には兄貴分同様オーバーフェンダーを備えるライトウェイトスポーツのGSRも設定(ギャランクーペFTO1600GSR 1973)
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尚三菱は登録車以外でも古くから軽自動車にも魂を注いでおり1970年頃から訪れたハイパワー競争は各社軽にも飛び火、三菱も軽自動車の代表格ミニカに2代目(1969~)からはスポーツグレードを設定(SS=スーパースポーツ)、(GSS=グランドスーパースポーツ)、(GT=グランドツーリング)等の勇ましいグレード名はコルトやギャラン譲り。

最高グレードのSSはL/100psを誇る(ミニカ70SS 1969)
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”ミニGTO”として話題を呼んだミニカのクーペモデルスキッパー、TOPグレードには三菱車初のGTが与えられた(ミニカスキッパーGT 1971)
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1973年、それまで1.6L級だったギャランシリーズメインのセダン、HTの2L級上級移行に伴い新たに1.6l級として投入されたのが新車種のランサー、カローラサニーを完全標的にした純ファミリーカーながらギャランから継承するラリー魂は色褪せずライバルにはない腕に覚えのあるスポーティライクを好みとするユーザーに支持を集める。

ギャランの後を受け激戦の大衆車部門に名乗りを上げた新車種ランサー(ランサー1600GSR 1973)
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ギャランの後を受け国際ラリーに参戦したランサーは圧倒的強さを見せつけサザンクロスラリーでは1~4位を独占する快挙を成し遂げる。
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ギャランの格上げに伴い取り残されていたクーペFTOは1975年、3年遅れでランサーのファーストネームを持つセレステがデビュー、伝統のスポーツグレード(GSR)を継承しながら(GT)等を設定、三菱初のハッチバッククーペとして若年層に人気を得る。

当初ランサー同様に1.4~1.6Lでスタート、最終では2Lまで拡大したセレステ(ランサーセレステ2000GT 1979)
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こちらも激戦の2Lクラスに参戦したギャラン、2代目を挟み3代目ではセダンをサブネーム”Σ”、HTとGTOを統合した2ドアモデルに”Λ”として新展開、それぞれTOPグレードのスポーツバージョンに伝統の(GSR)を設定、2代目からは時代の要請からターボモデルも設定され世のターボブームに応える。

排ガス規制中期までツインキャブ=高性能を維持した初代Σ(ギャランΣ2000GSR 1976)
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”HTでもクーペでもない”を売りにしたΛ、日本初角目4灯やロールバーリアルーフ等斬新なスタイリングは大人気を呼ぶ(ギャランΛ2000GSR 1976)
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好評のΣ、Λは1980年に2代目に進化、見た目はキープコンセプトながら中身は大幅進化、エレクトロニクス化も進み日産により火のついたターボブームにも応えΣ、Λ共に頂点にターボモデルを設定、伝統の(GSR)の下にターボ廉価版とした(GT、GE、SX)をラインナップ、尚双子車として先代で販売店違いのギャランΣ/Λエテルナをこの代よりエテルナΣ/Λに改称、ギャラン系と同等のグレード展開がなされる。

(2代目ギャランΣ2000GSRターボ 1980)
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(2代目ギャランΛ2000GSRターボ 1982)
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ギャランからラリー等モータースポーツイメージを譲り受けたランサー、強化される排ガス規制で牙を失いそのイメージが薄れる中で1979年に2代目のランサーEXがデビュー、そして1981年にはターボモデルを設定し再びスポーツセダンとしての脚光を浴びます、ギャランのターボ系がグランドツーリング的存在、ランサーが純スポーツセダンとして定着。

81年、国際ラリーで華々しい復活を遂げたランサーEXは2Lターボでラリーシーンに登場し話題を集める。(ランサーEX2000ターボ 1981)
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81年に2000ターボから格下げされながらも135psターボ(GT/GSR)とし市販、その後83年にI/C付160psという破格なスペックでスポーツセダンの名を欲しいままにした通称”ランタボ”(ランサーEX1800GSR I/Cターボ 1983)
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尚ランタボには135psバージョンでイージードライブの3ATを選べる(GSL)も83年よりラインナップしています。

1981年に6年の生産を終了したランサーセレステ、空白期間を挟み82年に後続となるコルディア(クーペ)トレディア(新設セダン)として登場、FFのミラージュベースで三菱初のFFクーペ(コルディア)で1.8L級モデルの新車種ながら国内での評価は振るわずながら頂点にターボモデル、後期には副変速機付パートタイム4WDも設定するなど意欲的なモデルだった。

当初はギャラン店向けコルディアXG、カープラザ店向けコルディアXP(トレディアはカープラザ専売のため区別なし)でリリースされたがセレステの評価を大きく下回る結果(コルディア1600GSR-S 1982)
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一方国内市場は1980年を境にスペース効率から従来FR駆動が常だったところ時代はFF化に傾倒、三菱もその時流には逆らえずギャラン、ランサー等もFF化に動きだします。
まだイメージ的には走り=FRという思いが強く残るこの時期セダンのΣは83年にFF化され3代目に完全モデルチェンジしますがスポーツイメージの強いΛはそのまま残るも陳腐化からΛをベースにしたスポーツカーである(正確にはスペシャリティーカー)スタリオンがデビュー、84年にΛを生廃とし三菱スポーツのイメージリーダーをスタリオンとしグレードには(GSR=GSR-Ⅰ)を基本としたGSR-Ⅱ、同-Ⅲ、同-X、同-V、2000/2600GSR-VRを順次ラインナップ、。提携先クライスラーではコンクエストとして海外では人気を呼びますが国内ではセリカXX、フェアレディZ、サバンナRX-7等第二次ハイパワーブームの最中、これら強豪には適わずスタリオンは埋没してしまいます。

芳しくない結果の中、晩年にはブリスターフェンダー、3ナンバーボディ、国産初I/Cターボや2.6Lターボと進化したスタリオン(スタリオン2000GSR-VR 1987)
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三菱でFF化の先陣を切ったのが1978年デビューの新車種ミラージュ、当初はエントリーカーとして大人しいモデルのみのラインナップでスポーツイメージだけの(GT)がTOPグレード、しかし82年のMCで1.4Lターボを設定以降は”ボーイズレーサー””ベビーギャング”として若年層に注目を浴びます、83年に2代目にFMC、(GSR/GT)を名乗るターボモデルも設定、エリマキトカゲのCMは話題を呼びましたが初代に較べ大味なスタイリングが不評で初代の評価は下回ってしましました。

初代ミラージュの82年~のミラージュⅡで初設定されたターボ(ミラージュⅡ HB1400GTターボ 1982)
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RCサクセションの「ベイビー逃げるんだ」や「エリマキトカゲ」のCMは話題を呼ぶも販売は低迷した2代目ミラージュ(ミラージュHB 1.6GSRターボ 1983)
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2代目で大きく人気を落としたミラージュは1987年に3代目にFMC、従来通りセダンとHB(他にバン、ワゴン)でしたが大幅に進化、FRの尻すぼみに併せてランサーとシャシを共有化(つまりはランサーがFF化)、従来三菱コンパクト=ランサーだったのに対しこの代からはミラージュが勤める事となります。
3代目ではギャランGTO MR以来の三菱DOHCエンジンが15年ぶりに復活、三菱ファンは狂喜しました。

DOHC16バルブ仕様の1.6L、I/Cターボ145psを搭載したスポーティーモデルのCYBORG(サイボーグ)がボーイズレーサーとしてサーキットでも暴れまくる(ミラージュサイボーグ 1987)
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あのクルマの系譜・その45~三菱スポーツ・後編に続く…
Posted at 2026/01/18 20:26:05 | コメント(1) | トラックバック(0) | 系譜 | クルマ

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「”チロ”デビュー♪ http://cvw.jp/b/2682511/48900839/
何シテル?   01/29 17:57
元GureのHNで活動、かつて二拠点生活していた時代や現在の本拠でののクルマ弄り記、また自己満全開の独自の企画モノをUP、企画モノでは記憶に薄い部分等はwiki...

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あのクルマの系譜・その21~三菱GTO編~  
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《新企画》あのクルマの系譜・その1~三菱ギャラン編~ 
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