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2022年12月04日 イイね!

”変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…第12弾!!

”変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…第12弾!!怒涛の如く上げまくる”変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る、今回はこれぞド変態ってのを持ってきましたぜ(^^;

いやー、これはよほどのマニアじゃないと知らんのでは?にわかホンダマニアも絶対知らんと思うけどどうでしょうw

って訳で今回はこのクルマ↓がお題!


『ホンダL700/L800・P700/P800』

どうでっしゃろ、変態マニアの方大喜びか!?www

いやいや、これなんか古過ぎてさすがのワタシも触った事皆無、しかし若い時分、まだホンダSF(SF:簡単に言えば後発で4輪に参入したホンダは販売/サービス網が少なくかつ昭和40年代はバイク屋や下手すりゃ自転車店がホンダ4輪を売っていたのでメーカーが主要都市にアフターや部品供給を行うセンターを設置、これをSF=サービスファクトリー)に自分のホンダのバイク部品買いに行った時にSFの片隅に草ヒロ状態になっていたのを見かけしげしげ眺めたって事はあるけど転がした事もないし街中を現役で走る姿も記憶になし、ただ幼少時に父に連れて行ってもらったモーターショで見た記憶はかすかにあるかな、恐らくその時もらったカタログあるしで…

幻と言っても相違ないホンダL700!
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L700は1965年(昭和40年)に発売された商用バン、この時代はまだまだ乗用車は脇役で”平日は仕事に、日曜日はレジャーに!”を謳い文句としたライトバンが主役、各社殆どの乗用モデルにもライトバン等をラインナップ、まだまだ贅沢だった乗用よりバンがメインであり三菱ミニカ(三菱360)やマツダファミリア、ダイハツコンパーノは先にバンから発売される程、そんな中L700はこれらライバル&トヨタパブリカバンに対抗してホンダがスポーツカーSシリーズで4輪参入以来の第二弾、あの超メジャーなN360発売の2年も前にデビューしたホンダ気合のモデル!!

スポーツカーS360用に開発したDOHC高性能エンジンをS360が認可を得られず止む無く軽トラに積んでT360を発売した事はホンダの伝説として有名な話ですがこれと同じような事を普通車(登録車)でもやってくれておりそれがL700!!

軽トラのT360にしてもそうでしたがまだ4輪というモノへの挑戦期だったホンダ、Sシリーズのようにレーシング/スポーツという部分では2輪の発展形?で勝負になるもT360やL700のような商用車にホンダ得意の高性能エンジンを積んだモノだから実用性が低く総スカンを喰らったという何ともお気の毒な結果になってしまいます…。

S500/600のエンジンの発展形であるL700E型エンジン
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DOHC 700cc 52ps、アルミブロックというスポーツカーそのものの性能でカタログも堂々スポーツカーばりの最高速や高性能さをアピールしたL700、しかし昔も今も商用車はどれだけのモノが積めるか、荷台寸法や開口部寸法、シートアレンジが重要な要素で性能は二の次三の次でいいい訳でこの辺がまだホンダ、4輪/商用という部分が分かっていなかった感じ、まぁ、まだ4輪進出して間もない時期だから致し方ないですがね(笑)

ホンダとしてはSシリーズが好調の中、いよいよ一般ユーザー市場にも殴り込もうと大々的セールス展開を行うも当然?こんなスポーツカーもどきの商用車が売れる筈もなく大苦戦、L700以降のLN360/TN360といった軽商用が順調なのもあり1968年、デビュー3年で早くも生廃、試作車レベルの販売台数で終わったという…。

性能的にはライバル各車が700cc~800ccで30~40ps台のところ50psオーバー、MAX120㎞はこの時代としてはスポーツカーそのもの、正に変態ライトバンの極致www

L700の概要は下記の通り

全長3695㎜
全幅1485㎜
全高1400mm
エンジン 水冷4気筒700cc ツインキャブ(一体式2キャブ)DOHC
グレード L700/LA800/P700/P800(ベースグレード)LM700/LM800(DX版)
DX版はライトバンのみの設定
駆動方式 スポーツ=FR

一方この時代のもう一つの主役であるピックアップにもホンダは果敢に挑戦、大御所はダットラ、同クラスではコンパーノ、ファミリア、パブリカにピックアップが設定されこれらも高い支持を得ていたのでL700の2か月後の1965/11にP700のネーミングでL700のBピラー以降を荷台としたモデルも追加するもこれはL以上に販売不振、そこでホンダは販売力向上=性能向上とはき違えた!?翌66年にL700を含めS600→S800がデビューした事によりエンジンを更に高性能となるS800用のS800E型58psに換装、(ネーミングはP800/L800)700同様にS800の4キャブから2キャブにデチューンしたとは言え高回転が顕著な小排気量DOHCはピーキーさを極め結局はユーザーの支持を一切得る事なく68年、L700(800)と共に短命で終わる事となります。

ピックアップのP700
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敗因はあまりにピーキーなエンジン特性とL/P共に性能を誇示する割には個性のない平凡な出で立ちもあったのではないか?と思われます、それこそ商用にスタイリングは関係ないかもしれませんがこんな太古の時代でも少なくともパブリカやコンパーノ、ファミリアはスタイリングにもう少し気が利いていたしSシリーズで強烈な個性を放ったホンダにしては大人しくオーソドックス過ぎたきがしますネ、そこで…

さぞスーパートラックだった事でしょうw、心臓はレースで活躍したS800と同一エンジン、一度体感してみたかった!
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実はそんなL/Pをベースとした乗用モデルもホンダは開発、当時は珍しいドアサッシュ、センターピラーを廃した所謂2ドアHTボディでエンジンはS800のモノを4キャブ→2キャブとし65psにデチューンして搭載(S800は70ps)、これを1965年のモーターショーにN800のネーミングで参考出品、コンパーノやファミリアの例に倣いまず商用を発売しこれの評価を得てから発売という計画だったところL/Pが大スベリし結局は発売されずショーモデルで終わっています…。

ショーモデルで終わったL700ベースのN800!
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どうっすか?このL800が出ていたら売れたような気がするのはワタシだけ!? 日本初の2HTで有名な3代目RT50コロナHTとほぼ同時期に採用された2HTのボディはあの時代としてはかなりのスタイリッシュ、鼻先はL/Pと共通ながらAピラー以降はホンダらしい個性とスポーティさが宿りほぼオープンが主流だったS800のクローズボディ/実用性も高いN800、これこそがその高性能エンジンが活きるモデルと思うので発売されなかったのが非常に残念な思いがしませんか…!?

ユーザーニーズを掴めず幻的に終わったL/Pシリーズ、マーケティングの重要さを肝に銘じたホンダはこの失敗を糧にして67年に発売したN360に生かし大成功を収める、文字通り『失敗は成功の基』って事ですナ!

(^^)v

変態度指数:★★★★★
 
Posted at 2022/12/04 22:06:32 | コメント(0) | トラックバック(0) | 変態車 | クルマ
2022年11月24日 イイね!

変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…第11弾!!

変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…第11弾!!
”変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る”熱し易く冷め易い元Gureの特性!?を発揮して復活後早速の連投ってこんで(;^_^A


てな訳で今回は第11弾になりますね、11弾のお題はこのクルマ↓

『E54A/74A型ギャランスポーツ』!!

変態マニアにはそこそこ有名な?ギャランスポーツ略してギャラスポ!元ギャランマニアのワタクシとしては 保存版 “変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…第7弾!! に次ぐギャランからの選別という不名誉な思いですがwww

しかしこのギャラスポ、先見の明があったと言うか何と言うか、現代のクロスオーバーSUV=ヤリスクロスやカローラクロス、新型クラウン等々…出るのが20年早かった感じ?当時はスポーツセダンなんだかRVなんだか多用途を売りにするんだか訳分からんモデルで三菱バカのワタシですら「何じゃこりゃ!?!?」って受け取ったモノ、市場の反応も大方こんな見方であり例によって結果は”鳴かず飛ばず”って有様でした。

しかし三菱ってのはこういのタマにあるんだよなぁ、このギャラスポを始めミニカトッポ、ekアクティブやシャリオ、新しいジャンルを提唱しながら出す時期が早すぎて大した話題、普及にならず終了、その後に他メーカーが2番煎じ的に出してきた類似モデルにまんまと油揚げさらわれるというorz…(スズキワゴンR,ハスラーやホンダオデッセイ等)

まっ、ギャラスポに関しては当時似たようなコンセプトでインプレッサグラベルEXやダイハツミラRV-4、日産S-RV等も存在したけど現代に至るまで被るようなモデルは国産では薄かったかな?欧州車や近年のSUV、しかしあれから20数年してクロスオーバーブームが訪れギャラスポを思い出すとは思わんかったw

そのフレーズも”GTRV”として1994年(平成6年)に華々しく?デビューしたギャラスポ、当時は三菱自ら作り出したRVブームの中でスポーツモデルやスポーツセダンの需要が落ち始めた時期、そんな中RVブームに乗り89年に発売以降ワゴン市場の独断場を走るレガシイィツーリングワゴンを各社苦々しく思う中、トヨタはカルディナ、日産はアベニールサリュー、マツダはカペラカーゴでRV風味付けとハイパワーエンジンを組み合わせてそれの神髄であったレガシィに対抗、三菱はこの当時、レガシィに対抗できる車格のワゴンモデルの存在はなく格下のリベロを対抗させるもやはり大衆車ランサーベースのリベロではレガシィの敵にはなり得ずレガシィのライバルであるギャランにRV+ハイパワーモデルを設定する事によりレガシィに戦いを挑む訳です。

鮮烈に”GTRV”と銘打ってウインドサーフィンの場面と走りの場面で演出してCMが印象的だったギャランスポーツ
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しかし当時の7代目ギャランは国内ではセダンモデルのみ、他にエメロード(4HT)、エテルナ(姉妹車)が存在するもワゴンはなし、そこで白羽の矢を立てたのが海外専用輸出モデルだった5HB!


欧州ではメジャーな5ドアモデル、日本でも割と古くから各社設定されてきたがらこの車型は長い事日本ではNGとなる不人気車型、2000年代に入るまでどれも成功した試しはなく三菱もコルトイレブン、E30エテルナ、4代目ランサー等をリリースするもどれも撃沈、そんな5ドアにスポーツセダンで名を馳せたギャランVR-4から6A12型V6DOHC 24バルブI/Cツインターボ 240psエンジンをメインに据えエクステリアは流行りのRV要素である三菱お得意のカンガルーバーやルーフレールを纏わせながらもランエボやVR-4ばりの大型エアロを備えるという何とも不思議な出で立ち、その上駆動はフルタイム4WD(GTのみ)、確かにそのサマはCM通り”GTRV”には間違いなかったながら使い勝手はセダン以上でもステーションワゴン程の多用途性、積載力はなくレガシィどころか他社ライバルワゴンにも惨敗、互角の勝負は次期型ギャラン8代目の時に加わったステーションワゴンである『レグナム』まではできなかったという哀しい歴史がある訳ですね~…。

ルーフレールにデカ羽っていうセンスが当時では信じられん出で立ち
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ギャラスポは94/9~96/8までの2年にも満たないモデルライフ、商業的には完全なる失敗作、元になった7代目ギャランそのものが先代E30系ギャランからの大幅な路線変更で売り上げを一気に落とし不人気車のレッテルが貼られておりその不人気車に更に不人気な5ドアを追加したところで何のクスリにもならいどころか傷口に塩を塗った的になったのは想像に容易いですよね!?

ギャラスポの概要は下記の通り

全長4705㎜
全幅1730㎜
全高1460mm
車両重量1480kg
グレード スポーツ/GT(AT)/GT(5MT)
駆動方式 スポーツ=FF2駆/GT=フルタイム4WD

ベースのギャラン較べ全高がやや高くなり長さも5ドアでラゲッジを大きくとる分長い、グレードはギャランから大幅に縮小されベースモデル(2L 6A12 NA)とGTの実質2車型、ベースモデルは4ATのみ、GTはATとMTを選択可能といった内容、ツインターボを積むギャランVR-4では先代VR-4から継承する4WS付(E84A)が設定されるもギャラスポGTはこれは未設定、内装の意匠はベースのギャランを踏襲、GTはVR-4より”RV”らしく?少し若めな意匠。

ギャラスポGTの室内
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ギャラスポ、ワタシも1度だけ経験ありバブル期設計の為仕上がりは上質で質感等はバブル崩壊以降設計の次期型EA/ECギャラン・レグナムよりも上質、ハイパワーな6A12ツインターボは音も良く動力性能には何の不満もなくかつてのVR-4やエボⅠ~Ⅲまでと較べても見劣る事はなかった、ただギャラン同様無意味な3ナンバー肥大化で扱いにくくなったのとワゴンの多用途性を知っていると5ドアHBに大した魅力は感じず今なら注目でも当時はゲテモノ感が拭えずでした。

5ドアで240psのツインターボってのも選ぶのは大変質者しかおらんでしょうw
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クロスオーバーとかSUVとかの名前の下で車型が曖昧?な現代と違いセダン・HT・クーペ・ワゴンがきっちり棲み分けされていた時代、セダンでもなくファミリーユースが主な5ドアながらハイパワーメインという中途半端な立ち位置が理解されず僅か2年の短命で終わったギャランスポーツ、世が世なら大スターだったかもしれませんがこれも変態車には相違なし、いずれにせよ先見の明を例によって生かせなかった三菱の哀しい歴史の1ページである事はご理解頂けたかと(笑)

(*^^)v

変態度指数:★★★☆☆
Posted at 2022/11/24 20:00:45 | コメント(0) | トラックバック(0) | 変態車 | クルマ
2022年11月22日 イイね!

変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…第10弾!!

変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…第10弾!!
6年ぶりのこの企画=“変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る 変態好きのお方には大変長らくお待たせどころじゃないけど突然元Gureの脳内に蘇ってきたんで復活、きっかけは先日街角捕獲したベレットセダン、マトモならベレット→ジェミニ→アスカとかせいぜいフローリアンや117クーペって出てくるんだろうけど何せ筋金の変質者はベレット→ワスプ→ユニキャブとなるんでやっぱオレ、頭おかしいwww

ベレットと言えばいすゞ、若い世代では知らんで当然ながら90年代まではいすゞも立派に乗用車をリリースしていた会社、かつては三田明・舟木一夫・西郷輝彦(50歳以上限定w)に因みクルマ界の御三家と言われたモノ、トヨタ・日産・いすゞが普通に一般にも認知されていた乗用車部門、時代の流れでそのいすゞがトラック専業になり早30年近く、しかし60~70年代のいすゞはトヨタや日産にはできないような個性的、意欲的なクルマ造りをし一定数以上のファンもいたのが事実、そんないすゞがまだまだやる気満々の60年代にリリースした”変態車”はこのクルマ!

『KR80/85/86型いすゞユニキャブ』!!
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あっ、ジムニーじゃないっすヨw
いすゞが1966年、将来の自動車マーケットを見据えて開発した意欲作であるいすゞユニキャブ、翌67年に市販化され1974年までの8年間、ベレット、117クーペ、フローリアンと並んでいすゞ乗用の商品構成を務めておった訳です、トヨタや日産のように車種構成が広く取れない弱小メーカーですんでその存在意義も重要な訳で…

いすゞお膝元神奈川県で生きてきたワタクシ、他県ではまずなかったであろうユニキャブですが幼少の頃から何度か見かけた事はある、勿論転がせるようなお年頃の頃には絶滅?してるんでさすがに経験はないですが…。

まぁ、変態好きには有名なこのカタチで普通のFRと言う点がユニキュブの最大の特徴かな?ユニークなキャビンだからユニキャブ!?知らんけどw

インパネは駆動切り替えレバーがないのが不思議な程ジープ的で男臭さ満点!
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後年90年代のRVブームの頃、ジムニーやパジェロミニに2駆FRが存在した事ありますがそれは流行りに乗り雰囲気だけRVであればいい、時代的にATメインだったりとRV=オシャレ!という需要に対応したもの、しかしユニキャブの時代はこのカタチで2駆なんて有り得ない、三菱ジープ、トヨタランドクルーザー、日産パトロール、スズキジムニー、ダイハツ初代タフトなどどれもジープ型車両は切り替え4駆を装備した本格的走破性を備えておりまだまだこういった車型は一般向けではなく業務用需要としての意味合いが強い、そんな中いすゞは来る日本に必ず後に言うRVブームを予見し仕事にも使えオープンカー的遊び心を満喫できるという点でジープ型デザインを採用し世に提唱した訳ですな、マイカー元年と言われた66年、各社が1L前後のセダン型大衆車を次々にリリースする中、我が道を行く的いすゞらしいやり方と言えばその通りながら採算やマーケティング無視のいすゞの生き方、これが後のいすゞ乗用車撤退に繋がる一因ではなかったか?ワタシはそんな思いも拭えない(-_-;)

さてユニキャブの概要ですが下記の通り

全長 3,655mm
全幅 1,500mm
全高 1,710mm
車両重量 985kg
エンジン 直4 OHV G130型1.3L/G150型1.5L/G160型1.6L
駆動方式 FR
乗車定員 4名/8名


今から見れば現代の軽自動車に近いサイズ、しかしFR、オープンの割には900㎏超えと当時としてはヘビー級で走りの評価はイマイチ、当初はベレット1300からG130型を換装したながら後にベレット/フローリアンの1.5~1.6Lに換装し走行性能を高めます!

後半搭載されたG160型エンジンはベレット/フローリアンの流用
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ベースとなったのは当時いすゞがダットラやブリスカに対抗させていた小型ボントラのワスプ、このワスプは乗用ベレットのBピラー以降を荷台にしたようなデザインでベレットのイメージを引く当時のボントラとしては異例なスポーティな見かけ、ベレット同様の1963年デビュー、正確にはベレットはモノコックボディでワスプはフレーム付だったので完全な別車ながらベレットのコマーシャルカー的立ち位置、ライトバンのベレットエキスプレスとワスプという商用を揃えやはりそれらをラインナップしていたコロナやブルーバード(ダットラ)に対応した訳ながらこの分野でのいすゞは弱く72年、より現代的にリファインしたフローリアンベースのファスターに後を託しワスプは廃盤、しかしユニキャブはそれでも生き残ります!

いすゞワスプ(1963~1972)
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既存頑強シャーシを使いコストダウンしつつ斬新な?ジーブスタイル、背面タイヤや可倒式Frスクリーン(保安基準改正により73年以降は固定式)など本格ジープ的装備を持ちながらそれらに較べ遥かにリーズナブルで登録車ながら50万円を切る価格、これは当然当時の人気車であるサニーやカローラよりも安価、いすゞは当初遊び心ある商用車(トラック、ピックアップ)を提唱し4ナンバー商用登録で最大積載量400㎏(2名乗車)で設定、しかし目論見通りには売れず経年と共に乗車人数を増やしたりエンジンをパワーUPしたりキャラクターを変化させるもやはり4駆ではないのが最後まで祟り8年造り普及したのは数千台というレベル…

自衛隊の隊員輸送やドカチンをダム工事派遣にでも使えそうな8人乗りを68年に追加するも4駆でないのでそういう用途には使えずこれも鳴かず飛ばず。。。
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三菱ジープや日産パトロール同様にオープンボディで架装のし易さから一部消防にも用いられるも走破性が低い為普及せず。
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4人乗りはマルチパーパス的な雰囲気を売りとしたが支持は得られず…
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ユニキャブ、現代で言うならばクロスオーバーSUVなんでしょうが時代的にそうしたクルマにはまだまだ理解も需要もなくファミリーカーにも商用にも使えない何の目的で使えばいいんだ?的な存在意義すら疑われた時代によく8年もモデルライフが続いたモンですよね、当時の三菱もそうですがトラックという莫大な利益があるからこそ許されたこうしたお遊びにも寛容な時代だったと言えばそれまでですが…。

しかしその後ファスターロデオやビッグホーン、ミュー等本格4駆や90年代トレンドのRVブームに参入しそれなりの成功を収めたいすゞ、それらの原点としてユニキャブの先んじたRV精神は生かされたと思いますし珍車?迷車?変態車?に疑う余地はないように思うもあの時代にこうした意欲作をリリースしたいすゞの心意気に感服です(;^_^A

変態度指数:★★★★★
Posted at 2022/11/22 18:50:06 | コメント(0) | トラックバック(0) | 変態車 | クルマ
2016年08月20日 イイね!

保存版“変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…第9弾!!

保存版“変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…第9弾!! すっかり意気を吹き返したこの企画(;・∀・)
“変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る 第9弾をやってみたいと思います!

今回は超メジャー、超Bigなトヨタさんが放った超マイナー変態車のご登場!!

⇒『TJG00型キャバリエ』

キャバリエ、これは天下のトヨタの販売力をもっても売れませんでした(*_*;

在任は平成8年1月〜12年9月(1996〜2000)の4年半でしたが結果から言えば年間販売目標を2万台としていたのに対し通算累計販売台数は3万第強という燦々たる結果で当初5年の販売期間を設けていたにも関わらず前倒しの販売中止が下される、そんな超マイナーモデル…

そもそもこのクルマはトヨタも売りたくなかったクルマ、80年代後半から問題になっていた日米貿易摩擦の米本国からかわすべくGMと提携し同社の『シボレー・キャバリエ』を輸入し日本仕様(右ハンドル他)に仕立てたモノ言わば日本第一位、当時世界第2位だったトヨタがその立場上ババ引いた格好で「アメリカさん、日本でもお宅様の車をしっかり我が社は売ってますよ!」をアピールするためのモデルだった訳です。

↓キャバリエ・クーペ



本国シボレーキャバリエは82年、提携先の初代いすゞアスカと兄弟となるアメリカでは苦手なコンパクトクラスでありましたがいすゞの力もあり燃費に優れる経済車として一定の成功を収めました。

その後88年に2代目、95年に3代目がデビュー、トヨタ版はこの3代目を輸入したものとなります。

日本ではC〜Dセグに位置するモデル、従来型で言えばコロナ〜マーク?クラス…

このように96年当時、トヨタのこのクラスを思い浮かべて見て下さい、日本人の好みを知り尽くすツボを刺激するのに長けていた純トヨタ車ではないキャバリエ、前回のいすゞPAネロ同様にアメリカ人には好かれるもアクが強いくせにどこか安っぽく貧相なスタイリング、味付けのキャバリエが一線で売れるなんて当時、誰が考えても“無理でしょ”は一目瞭然!

カリーナ、コロナ、カムリ、ビスタ、マーク?兄弟etc…

並み居る身内の強豪に加えて日産、三菱、マツダ、ホンダもそびえる中、正にキャバリエの販売なんて無謀とも思える施策ながらもトヨタはさすがバブルで稼いだ余裕を見せこのような展望のないキャバリエに超メジャータレント・所ジョージ氏を起用し拡販を目論見ました。

↓カタログやCMではまんま“アメリカン”を強調して日本車にない味わいを訴求しましたが…


但しキャバリエは本国でも超低価格路線で造られていたため国産ライバルに唯一勝てるのはこのクラスとしては異例に安い価格設定、ボトムのセダン2.4で181万円、MAXのクーペ2.4Zでも205万円というのはハッキリ言ってバーゲンプライス!!

トヨタで較べるとグレードにもよりますがカリーナより安くカローラやスプリンターとほぼ同等、2400ccの余裕が1600〜2000ccクラスの価格で味わえるのが大きな訴求点、これが功を奏し?公費導入などはそこそこ見られ各都道府県警察に捜査用車輌として導入実績も比較的高かったです。

↓キャバリエセダンの捜査車両、お目にかかった人も多いのでは?


しかし面パトでいくら活用されようがトヨタに対して何ら利益はもたらさない、大体公費導入のクルマなんてもんは大量導入の代わりに入札で我々が手にするより遥かに安い金額で提供されますんで一般に売れないと商売成り立たない訳で(-_-;)

決して安かろう悪かろうではなかった、私もこのクルマ、一度だけ体験した事ありますが乗って何ら不自由はない、コンパクトなボディで2.4LのDOHCエンジンは充分以上の性能、こう言いかたは語弊ありますがアメリカ版トヨタ的な?GMのクルマなんで誰が乗っても安心して乗れる、しかし特別刺激もなければ欠点もない、生粋のトヨタ車とほぼ同じ印象。

しかし大きく違うのはその質感、クルマにステイタスを求める(求めていた時代)日本人に対しアメリカ人、特に向こうではコンパクトと定められるこのクラスにおいてはあくまでも足代わり、道具という認識ですので必要以上な加飾も派手な演出もなされない出で立ちは良く言えばシンプルですが贅に慣れた日本人にとってはただ淋しい限り、内装、エクステリアの意匠全てに於いて日本で言うC〜Dセグメントクラスに求められる仕上がりはお世辞にも満たしているとは言えなかった…

しかしある意味大メーカー、トヨタとしては貿易摩擦解消のためのボランティア?的なキャバリエ販売、アメリカのご機嫌取りには絶好だったかもしれませんがタマんないのは押し付けられた販売店、私も過去ディーラー勤務でしたしキャバリエ当時も知己がこれ売らされてましたんで当時の営業マンのテンションだだ下がりのキャバリエ販売、気持ちは痛い程理解できませすね〜。

好んで見に来るお客がいるカリーナやコロナ、黙っていても売れる、までは言いませんが顧客の好み通りのモデルが薦められる環境にいながらただ安い、排気量が大きいってだけで商談できたらこんなラクな商売はない、大体売る側にもプライドがある訳で質感ときめ細かい車種展開で“天下の、販売のトヨタ”にいながら何が哀しくて日本車に敵わないアチラの小型車を売らねばならんの?的思いがあって当然ですからね、商品に愛情と思いやりが持てなきゃ営業なんてできん!と思う販社の人間、多かったと思いますよ、特に黙っていても売れるオリジナルの商品力のあるトヨタなら尚更ですし。

そんなキャバリエ、内容をご紹介したいと思います!

・バリエーション
(セダン)
2.4/2.4G
(クーペ)
2.4S/2.4Z
※セダン/クーペ共2.4レザーPKGを98/2〜98/12のみラインナップ
・諸元
(サイズ)
セダン全長4595全幅1735全高1395
クーペ全長4600全幅1740全高1355
ホイールベースはセダン/クーペ共通で2645(以上mm)
(車重)
1300kg =セダン2.4
(エンジン)
T2型 2.4L 直列4気筒DOHC 16V 電子燃料噴射150ps
(駆動)
FF
(ミッション)
4速AT
(脚回り)
Fr:ストラット/Rr:トレーディングアーム

以上のように生粋のトヨタ車とは違い大幅に少ないバリェーションも売れなかった一つの要因でしょう。
この時代は既に廉価版と言えども各パワー装備やエアコンは当たり前の時代、純粋な国産だって70〜80年代のようなワイドバリェーションという時代はもう過去ではありましたがそれにしても少な過ぎだと思います。
多けりゃいいってもんでもありませんが本国そのままの仕様を国内訴求しても前述の通り好みが違い過ぎるのでここはトヨタらしく何とかエクストラとか何とかリミテッドとかやり日本独自の味付けに変更するのも一つの手段ではあったのではないか?と感じますね、まぁ、それやれば価格も当然本国仕様をそのままリリースするより上昇する訳だし手間も掛かる、要はそこまでして売ろうと思っていなかったと言う事でしょう、僅かに一時期日本人大好きのアメ車アイテムである本革シートを装着したレザーパッケージがリリースされたのみで後は基本グレードに4年間、手を加えられた事はありませんでした。

サイズ的には3ナンバー(全幅)で余裕がある横幅ながら長さは5ナンバーサイズ、横幅と長さがバランスのいいもので全体的印象はコンパクトながらも安定感の大きいモノであったと言えましょう、これにアチラ製の2.4L T2型のDOHCエンジン、150psでトルクは22kg以上出していますし一番ウェイトの思いクーペ2.4Zでも1310kgですからパワーウェイトレシオは8.7kg/ps、充分以上の性能でした。

↓T2型DOHCエンジン


しかしこのT2型エンジンスペック的にも当時の同レベルの国産エンジンに何ら劣る事のないDOHC16バルブでしたが良くも悪くもアメリカらしく?大雑把な出来具合、同じトヨタに比較できるとすれば当時は2Lですが3S-Gになりますかね、排気量低い分とトルクフル好みのアメリカらしくこの部分では特に低速域、3Sは敵いませんしATとの相性もさすが元祖AT王国!って感じで問題なし、ややハイギヤードで自分の思い描くえ変速ポイントと若干異なる印象はありましたがこんなモノは国内メーカーでも特に燃費を謳う車種ではどこでも存在しましたんで問題はありません。

しかし気になったのはとても150ps出てるんかい?的に高回転は苦手、ガサツでちっともDOHCらしさを感じないノイズばかりが気になる音質、それが容赦なく飛び込む室内/遮音性は3S-G搭載のコロナ、カリーナやED、エクシブ等とは比較できない煩さ、しかも高回転の伸びは定評ある3Sエンジン、この部分でキャバリエには「安かろう・悪かろう」を如実に感じましたね、この時代(96y)の3S-Gは165psを発生してますのでT2よりも高出力ですから当たり前ですがオーバー2Lの高い税金負担してまで選びたくなるエンジンでは少なくともなかった…

脚廻りは特に凝る事など有り得ないアメ車コンパクト、Frストラット/Rrトレーディンアーム(トーションバー)といったFFの定石通りの形式、但しシャシはシボレーキャバリエの先代を踏襲しておりこれは88年デビューというモノですからか結構古いもの、まぁ、飛ばしてナンボ、または高級車って訳でないので別段気になる、不自由って訳ではなかったですが。

↓キャバリエの脚廻り


キャバリエの特筆点をあえて挙げるとすればこの部分は米国産、日本がようやく衝突安全基準に神経を遣いだした頃で国産モデルにエアバックがそろそろ付き始めた、またはOPだったり標準でも運転席のみという時代にに全車、前席エアバック付きという点や衝突安全ボディが完備されていた事が挙げられますね、トヨタではGOA(ゴア)とか三菱はRISE(ライズ)とか言ってこの時期からこういった安全ボディを採用し始めましたがキャバリエはそれを1歩先んじて備え訴求したという点では日本市場ではパイオニア的な位置にいたと言えるでしょう、ABSやTRCも標準装備。

↓後に全ての国産車がこのような写真をカタログに謳いましたがキャバリエは96年当時としては珍しい部類


最後にインテリアや使い勝手にも触れましょう、インテリははさんざん概出のように質感の落ちるイメージ、しかしこの頃が逆にまだバブルの余韻を引きずる日本国内でしたので本来のこのクラスとしては過剰設計、過剰装備のキライもありましたのでね、キャバリアが特に落ちるというイメージはそんなところににも要因があります。まぁ、一度高級マンションに住んでしまうとなかなか安アパートには移れませんから(笑)

↓セダンのインパネ&室内



↓クーペのインパネ&室内


使い勝手は特に問題は感じすセダンは大人4人が普通に乗れる居住性とその分の荷物を充分積載できるトランクも備えます、トランクはバンパー直上から大きく開くタイプでこの辺は荷物も大事に考える米国らしいものでした。

一方のクーペはなかなかスタイリッシュ、コンパクトな中でも流麗ですし野暮ったいセダンやセンスない国産クーペと較べるとよほどファッショナブルな印象、ライバル?的なのはマツダのMX-6とか三菱エクリプス、ホンダアコードクーペなんかになるんかな?これらと較べスタイル的には個人的には何ら劣るとは思わないですがやはりパンチのあるパワーソースがない点ですかね、まぁ、アメリカではティ―ンエイジャー向けモデルですからそんなBigパワーを載せるマスタングやカマロ的モデルではない訳で致し方ないですが日本に持ってくれば身内にはほぼ同じクラスにセリカのGT-FOURだとかモンスターがいた時代、大人し過ぎで派手目なボディを纏おうとも目立つ存在には成りえなかった、これ全て冒頭に戻りますが「日本人好みではない」がクーペに限らずキャバリエの総評でしょう。

因みに96年デビュー以来MCは一度、それも販売中止となる2000年9月のほんの11か月前の99年11月に行われました。

↓後期型クーペ


この時、遅まきながらテコ入れで上級グレードにはアルミホイールやレザーステアリング等の見た目の質感UPも施されますが売れ行き不振は改善せれず5年計画の志半ばで日本市場から退場となった訳です。

因みにこのMCもそうですがトヨタは決して4年間放置しっ放しって訳ではなく主に値下げ手段で何とか拡販を目論み、98年にベースグレード(2.4)で30万近く、そして上記のMCで最終的には149万〜169万と言うクラス再安値(一部他車例外を除く=営業用車輌等)をも掲げますが努力は実りませんでした…。

“変態と呼ばないで!”納得のマイナーモデルを振り返る⇒TJG00型キャバリエ』……終
Posted at 2017/12/10 16:37:31 | コメント(0) | トラックバック(0) | 変態車 | クルマ
2016年08月19日 イイね!

保存版“変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…第8弾!!

保存版“変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返る…第8弾!!時間ねぇとか言いながらつき物落ちたようにこの企画、やってますが(^^;

と云う訳でw今回の“変態と呼ばないで!”納得のマイナー・モデルを振り返るの 第8弾となりますがなかなかまたマイナーな変態にお越し頂きましたヨ!

⇒『JT191F/JT191S/JT151型いすゞPAネロ』

PAネロ、知ってますかぁ?ピアッツァネロなら聴いた事あるって方も多いでしょうがPAネロは1990年〜1993年(平成2〜5)の僅か3年、いすゞが当時提携していた米・GM向け供給モデル(現地名GEOストーム)の国内販売用のモデル、ベースは3代目となるJT151/191/641型(1990〜1993年)のジェミニになります。

この3代目ジェミニ、先代が“街の遊撃手”のコピーでアクロバット走行するCMが大きな話題となりいすゞNo1の売り上げと人気を誇ったモデル、この2代目ジェミニは当然、米国でも売られ好成績を収めたところからGMの意向が次期モデルでは強められその命を受けたいすゞが90年にFMC、3代目ジェミニが誕生しました。

一方いすゞは国内輸入車ディーラーであるヤナセと関係が深くこれ以前より初代ピアッツァ(81〜91年)を供給、オリジナルと若干意匠の異なる『ピアッツア・ネロ』をヤナセ専売にてリリースしていましたが90年当時で既に発売9年、商品寿命も尽きかけておりこれの代替え車種としてジェミニ-GEOストームの兄弟として90年からヤナセ供給したのがPAネロでした!

↓90年にデビューしたヤナセ専売車である『PAネロ』


本流ジェミニは90年発売時はセダンのみ、やや遅れてクーペ、91年になってHBをリリースしておりPAネロは米国GEOストーム同様、クーペとHBモデル2種、当然これらは三つ子になりますがそれぞれがFrや細かい部分リ・デザインされておりいすゞ・GM・ヤナセでそれぞれオリジナルティを演出するものでした。

さっ、ここからが辛口批評!?

PAネロ、顔付はヤナセで扱うシボレーカマロをモチーフしたようなFrマスク、角目4灯のセミリトラはそんまんまアメリカンの顔付、クーペはこの顔と派手目なスタイリングはマッチしていたように思いますがHBは正直醜悪さしか感じない(個人的趣向)、また、クーペにしても元のジェミニからしてそうですが全長、と言うかもう少しRrのオーバー―ハングが長ければかなりイケてるスタイリングになるんでねーの?って感じます、全体的に寸詰まり感しか得られずジェミニが5ナンバーの大衆車クラスであった事からサイズの制限からなる無理矢理なデザインでしたのでね、バランス悪くクーペに重要な低く・長く・幅広く・流麗の4要素のうち長くと流麗さが欠けていたように思います。

↓Rrだけ見るとカッコ良かったんですがね、全体のバランスが何か変orz…


こういうのって弱小メーカーが出すスポーティモデルに多いんですよね、一部分だけ見るとスゲェいいのですが全体で見まわすとなんかバランスが取れていない、あくまで個人的な主観ですがこのPAやジェミニクーペの他に例えば初代スバルアルシオーネとかレオーネクーペ、三菱スタリオンも最初見た時にそれ感じましたしマツダのコスモLとか3代目コスモ、初代ホンダプレリュードなんかも…

やはりトヨタや日産に造らせるとそう失敗はない“流麗”が大事なスポーティモデルのスタイリング、No3以下ですと?なモデルも多かった(笑)

スタイリングで言えば3代目ジェミニを語らずにはいられんでしょう(*_*;
何とこれ、当時も今もいすゞ乗用車撤退のA級戦犯!と言われる程の失敗作(+_+)

↓PAネロのハッチバックモデルもジェミニから拝借?してリリース(㊤PAネロHB㊦ジェミニHB)



実際こればかりが乗用撤退を招いたという訳ではありませんが提携先のGMがいなければ独り立ちできない弱小メーカーであったいすゞ、その意向に逆らえずアメリカ人には好かれても日本人受けしないスタイリングは先代ジェミニで築いた遺産を食い潰す燦々たるモノでした…

↓いすゞNo1の人気と売り上げを達成した2代目JTジェミニ


ワタシも当時も今も昔の親友がいすゞ藤沢に勤めており色んな話を聴いてますが書けない事も多くその点は控えますが言える事は3代目ジェミニは社員でさえ買わない程の不人気車、社員はヤナセ扱いで外車としてはリーズナブルだったオペル、若いのはカマロとかを仕方なく買うもジェミニは勘弁という意見が圧倒的に多かったらしいです。

いすゞはあの117クーペ以来、基本的にボディデザインはイタリアの奇才、Jアローに依頼してきており117以降の初代ピアッツア、そして2代目ジェミニとその日本車離れした美しいデザインは好評で決して大きなメーカーではないながらこういったモダンさは他の追従を許さず頑固ないすゞファンを獲得、パイは少ないも熱心なファンに支えられてきましたがこうしたファンまでを全てではないにしろ敵に回す失策を犯したと言っても過言ではない、3代目ジェミニはかえって一般人よりも内部の数少ない乗用車開発に夢を持つエンジニアの息を消沈させやる気をなくさせた、そんな部分でも“A級戦犯”だった訳ですね。

3代目も日本車離れと言えば間違いなくそうなのですがクセが強く明らかに米人向けデザイン、丁度現在の日産セダンのようなものですかね?奇しくも当時いすゞにいた有名デザイナーが現在日産に在籍しているのも偶然ではありません。

さてこうした事情を踏まえて進めますがジェミニは90/3、PAネロは9o/5発売…

僅か2か月先発ですが国内ではジェミニに既にブーイングが沸き決して商売的には順調ではない時期にPAネロがヤナセからリリースした訳ですがベースがこのザマですから当然PAネロもまずは売れない、見かけないクルマでした。

先に結果を述べれば販売された3年間で3000台の実績、海外でのGEOストームは大成功に終わりますが国内ではジェミニ、PAネロ共にダダ滑りの状況だった訳です。

3年で3000台=1か月8台強ですからこれは厳しい数字、本家ジェミニはセダンがラインナップしていたので酷評ながらも関係先社有車等の需要もあり一定の数字(これも低かったですが)を出しますがPAネロは私の生息地、いすゞ工場が二つもあった縁深い神奈川県ながらまずは見れないクルマでした。

またヤナセ供給にしてもやり方がマズく当初先代ピアッツアの後継モデルであった筈のPAネロでしたがこれのデビュー僅か半年後の91/8に本流ピアッツアがFMCし2代目がデビュー、同時にやはりヤナセ専売のピアッツア・ネロもリリースされたのが致命的でした。

解りにくいのは2代目ピアッツアもジェミニクーペの兄弟車になった点、先代は117クーペのシャシを使い独自のボディを持つきちんと独立した車種であったピアッツアも合理化、コストダウンの観点から格下ジェミニの兄弟となっており当然ボディも共通、この時点でジェミニファミリーは4兄弟化(ジェミニ/PA/ピアッツア/GEO)となっておりヤナセ専売のPAとピアッツアも顔付が違うだけのモデルになっており正直、本流ジェミニでさえ大苦戦の中、GEOを除く国内で3モデルが売れる程いすゞのパイは無かった訳でGMやヤナセの意向もあり好きでやった事ではないにせよいすゞの無謀さ、マツダ5チャンネル政策と同様に後々に祟る結果を招くしか効能はありませんでした。

↓91/8発売のピアッツアネロもジェミニ/PAネロの兄弟車


PAネロにとって不幸?だったのは最も後発のピアッツア/同ネロが一番好評だった点、スタイルはジェミニクーペながら初代のセミリトラを継承しながら迫力の丸4灯ライトがなかなか精悍、ジェミニと違いこの事で旧ピアッツアファンにもそう嫌われる事もありませんでした、因みに私の個人的意見もこの4兄弟では一番ピアッツアが好みだったかな?兄弟全ての車型(セダン/クーペ/HB)の中でクーペが一番マトモ、顔付も男前なピアッツア、どの道買おうなんて思いませんでしたが選ぶならそれかなと(笑)

実際、ヤナセでも2代目ピアッツア・ネロの販売実績は少ないとは言え見られましたがこれによりPAネロはほぼ売れない結果を招いてしまいました。

↓ヤナセらしく国際感覚を強調しリリースしたPAネロでしたが…


ここでPAネロの内容をご紹介!

・バリエーション
(クーペ)
160S/160X/イルムシャー160R
(HB)
150J/イルムシャー160R
※限定車としてハンドリングbyロータス、160Fイルムシャーも一時ラインナップ

・諸元
(サイズ)
クーペ全長:4150全幅1695全高1315
HB:全長4150全幅1695全高1325
ホイールベースはクーペ/HB共通で2450(以上mm)
(車重)
1110kg =160S/X
(エンジン)
4XC1 1.5L 直列4気筒OHC 100ps
4XE1 1.6L 直列4気筒DOHC 140ps
4XE1-T 1.6L 直列4気筒DOHC 180ps
(駆動)
FF/4WD
(ミッション)
4速AT/5速MT(SL)
(脚回り)
Fr:ストラット/Rr:ニシボリックサスペンション

HBはファミリーユース向けの1.5LのSOHC、クーペはスポーツ性を重視する1.6LDOHCをメイン、そこに頂点として両車型にこの時代の流行であった4WDモデルをいすゞ伝統のスポーツグレード『イルムシャーR』名で設定、DOHC I/Cターボエンジンを搭載、勿論ジェミニからの拝借モデルですが1300kg程度のウェイトで4駆180psの実力はなかなかのモノ!

ワタシはPAではなくジェミニの同様モデルを体験、後で触れますが独特な機構で4WS機能も持つニシボリックサスとの組み合わせが慣れるまではとても走り辛い、速いのは間違いないのですがちょっと乗ってすぐ手なづけるというモノではなくこれを速く乗りこなすにはそれなりの時間が必要なクルマという印象でした。

いすゞってのは昔のベレット時代からサスペンションには拘りがありこれがいすゞファンのハートを捉える訳ですが他車と比較してしまうとなかなかのクセ者、第一印象は決していいものではなかったのですがベレットの場合レース、そしてジェミニの場合はラリー等で活躍、ニシボリックはラリーストからは好評を得ていました。

4X型エンジンはトヨタレーザー、日産プラズマ、三菱サイクロン、マツダマグナム同様に新世代エンジンとして「シグナス」と名付けられたもの、特にテンロクの4XE1型は先代から引き継ぐ4バルブDOHC、このヘッドは当時関係の深かったロータス社が設計したものでNAならば非常に気持ちがよくトヨタ4A-Gに勝るとも劣らない実力とフィーリングを備えていました。

↓いすゞの名機4XE1ですがマイナーメーカーの性?トヨタ4A-Gが神扱いされる中、ほぼ話題には上らず…


ターボ付きですともうモンスターマシン、ラリーシーンではギャランVR-4やブルSSS-R、レガシィRSの1クラス下に位置しパルサーGTI-RやファミリアGT-Ae等がライバル的存在でしたが国際ラリーがランサーエボリューションとインプレッサに塗り替えられていく過程で目立つ戦績はなく一部国内ラリー、草ラリーで愛好者が活躍する、というある種マニアックな存在でした。

上述のニシボリックサス、簡単に言えば特別な装置を使わない4WS、Rrサスペンションの構造自体で横からのヨーが掛かると自然に?後輪も操舵されるといういすゞ独自のものでしたがこれには色々問題も注目点もありました。

問題はFF(または4WD)にも関わらずコーナー次第ではFR車のようなオーバーステアになってしまう点、これは走り好きにしてみたらある意味面白い部分でもあるのですがファミリーユースでもうFF挙動に慣れ切っている90年代のファミリー層には混乱を招くと言う点、しかもこの4WSはカーブの特性やその後の立ち上がりにより動きが変化、同相と逆相が混在したりしていちいち運転がし辛い部分がありました。

この頃4WSは流行りで日産のハイキャス→アテーサを始めとし三菱、マツダ、ホンダが装備していましたが動き方がいすゞは独特、他車の4WSは一定時間乗れば理解できる機構でしたがいすゞは混乱するばかり!まぁ、実際にオーナーになれば毎日、そして少なくとも数年は付き合う訳ですからこういった事はなかったとは思いますがなかなか誰でも乗れるという代物ではなかった気がします…。

↓サス自体はストラット式の4独でしたがRrサスに仕掛けが…


いすゞでは“トーコントロールサス、ナチュラル4WS”なんて呼んでましたが正直、どこがナチュラルなんだか?が感想、ステアリングに連動する多くの他社の機構の方がよほどナチュラル(でないのもありましたが…)ではないかと思ったものです。

↓Rrサスの構造、見るヒトが見れば4WSになる原理が解るでしょう!


但し、少し飛ばして走ると挙動は愉しかった、これを恐怖と捉えるか愉しいと捉えるかはそのドライバーの技量や経験な訳ですがFR世代としてはFFながらケツが動くというシーンには慣れている訳でそれがFRの滑りとは異なるモノであっても応用ができるドラテクを持ち合わせればニシボリックも一部の酷評ほど悪いものではなかったと思えます(^^)v

↓図解により同相、逆相になるしくみ?がカタログで謳われこれをバイブルにして乗り込んだのも懐かしい(笑)



エンジンや機構の解説をさせて頂きましたがソフト面、インテリアや室内に目を向けましょう。
この部分も当たり前でジェミニと共通、なので経験があるジェミニ主体の話になりますがご了承下さい!

ジェミニというクルマは歴代からしてどうしてこんなに狭いの?という点が最大のウィークポイントだった気がします、初代のPF型はFRでしたのでそれも納得ですがその時代、やはりFRだっカローラ(E30系)やサニー(B210)に較べても明らかに狭い、足許は前席後席に関わらず窮屈で後席なんて子供でもないとキツい、これがメインのセダンでもそうでしたのでファミリーカーとしては失格、トランクにしてもそう、室内も横方向も狭く同様サイズでライバルとの差は何?って感じでした。

2〜3代目にしてもこの悪い伝統は継承、2代目は利点でもあったコンパクトサイズであったので致し方ないと思えますが3代目に関しては2代目からの大幅なサイズUPにも関わらずやっぱ狭いんだ、これがwww

それでも前席は初代や2代目に較べたら隔世の感がありましたが後席やトランクはこのサイズのセダンとしては明らかに他車の敵にはなり得ない使いにくさ、90年と言えば他車の同クラスもほぼFFに生まれ変わりうまく工夫してそれそれサイズ以上を思わせる空間を実現、特に日産プリメーラや三菱ミラージュセダン、マツダファミリアサルーンなどファミリーカーとしてどれも及第点でしたがジェミニはダメでしたねぇ、これも売れなかった一因だと思います。

PAネロの場合は居住性は無視できクーペがメイン、クーペなんてモンはスタイルさえ良ければ狭かろうが荷物積めなかろうが関係ないのですがスタイルもねぇー(以下上述)

PAネロもインテリアは基本ジェミニと同一、この時代いすゞが凝っていたクラスターS/Wのインパネも勿論共通。

↓インパネはジェミニと同一


このインパネがまた見切りが悪くてNG、着座位置が低いのでインパネそのものも妙に低い位置にある、これはデザイン上の問題でもあるんですがインパネ低いくせに前面のグラスラインが高くその上ボンネットが急勾配で下がりFr部がスラントですんでどこが前だか身を乗り出さないと把握できない、これはこの兄弟全てに共通していましたね。

クラスターS/W、これは個人的には使いにくくてNGでしたがハンドルを握ったまま各S/Wが操作できるという利点もありファンも多かった様子、いすゞに限らずこの時期の流行りの一種でした。

↓全席優先のPAネロ(クーペ)、後席はオマケ程度の+2と思えば問題なしw


とここまでこのマイナーなPAネロというクルマをクドクド語るヤツもそうはいないと思いますがとにかく地味を通り越し知ってるヒトどの位いる?と問いかけたい程のマイナーモデル、このコーナーに相応しいと思い取り上げてみました(^^;

PAネロ、本流のジェミニが冒頭記載した通りの大不評により当時の通常モデルライフ(4年)も全うできずに発売3年少しの93年7月をもってジェミニ/PA/ピアッツアと国内モデルは全て製廃、2代目ジェミニの遺産を喰い付くしとても新型開発の余裕どころか深刻な経営危機にも見舞われたいすゞ、この後は一部RVモデルを除く乗用車自社生産を諦めやがてトラック専業メーカーになり現在に至る訳ですね。

最終型は不評とは言え歴代の功績もあり知名度もあるジェミニに対し一般ピープルには馴染みの薄いヤナセ専売という背景から知名度も殆どないPAネロ、ジェミニは文献などで今でも語られる事はあってもPAはまず話題にすら出ない哀しきマイナー車、私が振り返らず誰が取り上げるか!!の勢いで締めさせて頂きます(^_-)-☆

“変態と呼ばないで!”納得のマイナーモデルを振り返る⇒『JT191F/JT191S/JT151型いすゞPAネロ』……終
Posted at 2017/12/10 16:25:20 | コメント(0) | トラックバック(0) | 変態車 | クルマ

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