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2015年05月17日 イイね!

保存版・OEMモデル“ザ・ベストテン”

保存版・OEMモデル“ザ・ベストテン”
あいやー、ネタ枯れに付き休眠していたこの企画、新しいネタが浮かびましたんで久々やってみたいと思います(^_^)v

題して『OEMモデル“ザ・ベストテン” 』!!

こんな企画やると西の方に存在する某OEM撲滅党の書記長からクレーム来そうですが構わずやってみたいと思います(笑)


さて、昨今流行りのOEM、これは自動車に限らず家電やPC、スマホまで近頃は当たり前に?なってきていますよねー。
クルマの場合もメーカーにとっては不採算車種を整理しながら開発費をかけずに新モデルや代替車種を用意できる打ち出の小槌の如く大盛況、まぁ、人口が年々減少する日本で〜90年代までのようにラインナップを用意すればする程売れる時代ではないしメーカーさんがこれにハマるのも解るんですがね、ファンとしては各社の特徴がどんどん薄れバッジ付け替えだけの偽車が増えるのを苦々しくしか見れないと思います。

そんなOEMモデル、大した存在価値はないように一般には思えますがメーカーや販社の内部の事情やら昔とは違い今や軽自動車の売り上げを無視できなくなった大メーカーでの事情等、皆さんがお考えになっている以上にこれの需要は高かったりします。

昔と違い今や実質的に独り立ちできているメーカーは3社、いや、2社?他は“寄らば大樹”の如く大メーカーの傘下にいないとやっていけない時代、そんな事からOEMが持て囃される(あくまでも造り手側の目線で…)理由であります、確かに各メーカーが同じカテゴリーにそれぞれが車種を用意するのは資源の無駄遣い?でもあり合理的ではありますがね、OEMモデルというもの、クルマ好きにとっては随分ナめられた提案に思うのですが昔のようにクルマにそう五月蝿い事を求めず経済的で壊れずにきちんと足代わりになってくれればいい、とういユーザーの方が多くバッジなんてどこでもいいという市場の姿勢も多分にあり安易なOEM乱発にも繋がっていると思います、あくまで個人的見解であるのは云うまでもないですがね、一応業界人の端くれにいますしあながち間違いではないと思います…

さっ、前置きはこの位にしてOEMモデル“ザ・ベストテン”、やってみたいと思います!

OEM、何も今始まった事ではなくかなり大昔からある手法、但し現在のOEMの存在理由とは異なりやむにやまれずこの施策を取っていたと言っていいでしょう、少なくとも昔のそれにコストダウン等の理由は現在のような1番の理由ではありませんでした。

またOEMには現在は主流となる相互OEMと一方通行のOEMが存在、前者は互いにあるカテゴリーの車種を造り分けてそれをお互いがお互いに融通するモノ、後者は主に自主開発能力(資金的な部分がほぼ)が回らないカテゴリーに親、若しくは提携先が一方的に供給するモノで前者は比較的近年、後者は昔からあるやり方、今回のベストテンではそれら全てまとめたランキングとしております。

例によって国産車のみのランク、軽も含んでおります。
単にワタシの好みで順位付けになっていますのでご了承願います。

さぁ、今週の!?第10位!!

【いすゞジェミニ MJ1〜6型(1990〜2000)】

↑4代目MJ1型いすゞジェミニ(元ネタ:ホンダドマーニ)

かつては自前で乗用車生産を行っていたいすゞですが本業はトラックメーカー、それでもトラックやバスの利益は絶大でしたのでその貯蓄でマニアックで専門的で販社も他メーカー程多くなく少数しか出ないながらも細々90年代までは乗用車をラインナップしてきました、しかしバブル崩壊後の深刻な経営不振からその余力も序々に減少、かつては名車117クーペ→ピァッツァ、アスカ、ジェミニと大衆クラス、小型クラス、パーソナルクーペを独立車種で用意していましたがまず不採算のアスカを当時提携していたスバルからレガシィセダンをビッグホーンと相互OEM、これが2代目アスカですが3代目はスバル→ホンダに提携先が代わった事もあり3代目アスカはホンダよりよりアコードの供給となりました。

一方、ジェミニはそんな中いすゞ乗用の基幹車種で最後まで自前生産をしていましたがオリジナル最終(JT151型他)が提携先のGMの意向を嫌々ながら多く取り入れた結果大コケし社員ですら敬遠する不人気車となり僅か3年で廃盤、いよいよ乗用生産/開発する余力がなくなりこれもホンダより供給を受ける事となりそれがMJ1〜6型4/5代目ジェミニとなります。

このランクiINはワタシ、と言うか神奈川県人のみのものかもしれません、何せ神奈川には川崎と
藤沢に当時は二つもいすゞの工場があり本社は都内ながら実質的な本拠地でしたんでね、関連企業、下請けも多く神奈川の場合は元ネタのホンダドマーニよりも現役時代は多く(と言ってもそれほど多くはいませんでしたが…)見かけたものでした。

当然、狭山や鈴鹿ではこんなバカな事ある筈もなく全国的にもホンダディーラーの方がいすゞよりも数倍も多かったですからね、ドマーニそのものもシビックの影に隠れ決して多く出たクルマではないにせよ数はジェミニより絶対多かった筈ですが当地では前述の理由でこの型は“ジェミニ”というイメージが強い…

当時のいすゞの置かれた状況、そしてRVブーム最中でまだRVモデルを用意できなかったホンダとの思惑が一致、現在とは違う止むに止まれぬ事情も理解でき個人的にはこの相互OEMは好意的に見ていましたし最終オリジナルジェミニ、酷評でしたからいすゞには友人がいたり取引ディーラーもあり中のヒト、皆喜んでいましたっけ(笑)

尚、アスカ、ジェミニの見返り?のいすゞ側のモデルはビッグホーンとミューというホンダが持っていなかったSUVモデルでした。

続いて第9位!!

【いすゞジェミネット? AP8/9型(1988〜1993)】

(元ネタ:スバルレオーネバン)

いすゞが連続、これも神奈川県だけのイメージで9位ランクINですネ(^^ゞ

元ネタは富士重工のスバルレオーネバン、レオーネにはセダン、ワゴン、クーペにライトバンがラインナップしていましたがバンのみの供給でした。

いすゞは太古の昔からライトバンをラインナップ、ベレットエキスプレス→フローリアンバンを持ち少数の一般販売、そして社内/関連会社の社用として必要性はありましたが1983年、フローリアンが同アスカにFMCした際に多くの需要を見込めない商用モデルは廃盤、そこで当時提携していたスズキからカルタスバンをOEM供給を受けジェミニのライトバン的立ち位置にした『ジェミネット』としてラインナップしました。

しかしカルタスは当時流行った所謂“節税バン”、これは元々HBモデルのRrシートを4ナンバー規定に改良し荷崩れ防止バーを1本Rrサイドウィンドウに通せばバンモデルになる事から消費税導入前の物品税健在の頃にこれがかからない節税乗用として一時各社がリッターカークラスでは多くラインナップカルタスバンもこのタイプであるため積載能力は低く旧フローリアンバンが本格ライトバン400kgの積載だったのに対し300kg、しかも元々乗用3HBボディのため荷台スペースも狭く内部の社用は勿論、ライトバンとしては役不足であったため僅か2年でこれをもう一つの提携先であった富士重からレーオーネバン供給に切り替え『ジェミネット?』がデビューした訳です。

これは積載能力も本格バンとして問題なく当時神奈川ではよく見かけいすゞディーラーでは必ずサービスカーで配置、レオーネバンよりも遥かに見れたのはドマーニジェミニ同様ですね(笑)

そんな事からワタシ的には今でもこの型を見ると即座に『ジェミネット?』の名前が浮かび堂々9位とさせて頂きました、スバヲタさんには申し訳ないですが(^_^;)


さぁ、8位行ってみましょー!

【初代日産クリッパーバン/トラック 、日産NV100クリッパーバン/トラックU71/72型(2003〜2013)】

(元ネタ:三菱ミニキャブ)

ご存知我が三菱がミニキャブを供給したクリッパー、如何ですか?皆様の街角ではミニキャブとクリッパー、どちらが多いですか?

そりゃ勿論ミニキャブでしょ!と言い切りたいのですが残念ながらワタシの生息する関東圏ではクリッパーの方が多く見かける感じです…

さすが日産の販売力!同様にOEMであるマツダボンゴ-日産バネットにしても元ネタより偽が多いのは日産販社の数の多さと販売力以外にはないでしょう、これ(クリッパー)に関しては三菱ファンとしてはただただ日産にお礼の気持ち、何せ傾いた三菱の生産力、売り上げをクリッパーと同時にOEMされたek-オッティと共に維持でき貢献してくれた立役者ですからねー、実際は造っても造っても利益の乏しい軽自動車ですから多大な貢献ではなかったとは思いますがそれでも三菱単独でミニキャブやekを販売するよりは遥かに力ありますからね。

日産にしてもトヨタに先んずる軽自動車のラインナップにより「日産は軽もやってる!」という印象が
一般人に高まりイメージupになりましたのでこれもお互いに+になるOEMだったと思います。

三菱ファンとして悔しい、悲しいかな前社長が成した現在でも三菱自が存続する一つの成功例だったとも思いますしね、肯定したくなくともこれは肯定せざるをえない、クリッパーを見るとそんな複雑な心境になり印象も強く8位と致しました。


盛り上がってまいりました(汗)第7位!!

【初代、2代目スバルビッグホーンUBS系(1988〜1993)/ホンダホライゾンUBS(1993〜1999)、ホンダジャズ UCS系(1993〜1996)】

↑初代スバルビッグホーン(元ネタ:初代いすゞビッグホーン)

7位は10、9位で少し触れたアスカやジェミニの相互OEMのもう片方の主役です!

スバルもホンダも当時のRVブームに乗り遅れSUV車型を持っておらずトヨタのランクル、三菱のパジェロ、そしいすゞのビッグホーンにミュー、そして小さくはなりますがスズキやダイハツ等の軽メーカーですらエスクードやロッキー、ラガーでブームに乗るこれらモデルの好調なる売り上げ(挙げた全てではないですが…)を横目に見ながらセダンやバンを供給する代わりに白羽の矢を立てたのが自社ラインナップにないSUVモデルでした。

スバルは88年、OEM契約でそのまいすゞの名称の「ビッグホーン」で販売、この時代はOEMと言えどもグリルを変えたり一部をリデザインしたりしながら最後の?各社のプライドを見せていましたがスバルはそれすらもしない、今風のバッジ変更だけというヤル気のなさでセールスも殆どなされず未だかつてスバルがビックホーンを売っていた事など知らね〜!って感じのヒトも多いようです。

スバルビッグホーンは本家よりグレードや車種編成も大幅に少なくこれはレオーネ-ジエミネット?に準じていますね、それでも本家のFMCに合わせて2代目も販売しますが直後にOEM契約終了で2代目は僅か1年の存在、初代と合わせてこれほど知名度、ヤル気もないOEM車はなかなかなく果たして必要だったのか?スバルに何がいい事あったのか?と今でも疑問な部分で印象が強くこの順位としました(笑)

↓ホンダホライゾン(元ネタ:2代目いすゞビッグホーン)


富士重→ホンダに提携先が変更になった事によりホンダへもビッグホーンが供給されました、但しホンダはスバルよりヤル気を感じさせ名称も『ホランゾン』と変更、Hマークの輝くFrグリルもビッグホーンとは別あつらい!と言う手間のかけようでした(笑)

↓ホンダジャズ(元ネタ:いすゞミュー)


ホンダはアスカ用にアコード、ジェミニ用のドマーニを供給していましたのでいすゞ側はビッグホーン、ミューを差し出す恰好ですね!

こちらもHマークグリルはホライゾン程オリジナリティは感じられませんがスバルよりはヤル気を感じさせるモノでした。

これは埼玉や三重の方に聞きたいですが果たしてこの地方ではいすゞのように本家より見れたのか!?埼玉は同じ関東でチョコチョコ行く事もありましたがまず見た事ないです、スバルビッグホーンにしても群馬にはあったのか?過去群馬で1度目撃、最近長野で目撃以外はないですわwww

ビッグホーン、ミュー共に基本ディーゼルモデルが主役このためDeエンジン車のスキルのないスバル、ホンダともに販売先ディーラーでは修理できずいすゞに持ち込みというケースが多かったのは当然でサービス面での不安がユーザーには残り販売は低迷した感じです、そりゃそうでしょう、レオーネやアコード、ドマーニはいすゞで直せてもこればかりはエンジン部のトラブルは…

どんどん行きます、第6位!!

【マツダブランドのスズキ製軽自動車(型式、年代はモデルが多岐に渡るため割愛、モデルは本分に記載)】

↑3代目スクラムワゴン(元ネタ:スズキエブリィワゴン)

元々軽自動車でスタートしたマツダ(当時東洋工業)、独創的なR360クーペや初代キャロルでそこそこの評価を得ましたが先発のスバル、ほぼ同時期の三菱、後発のホンダやダイハツの攻勢に適わず75年のキャロル→シャンテにて商用(ポーター系)以外の軽市場から撤退、暫くは普通車メーカーとして生きますが好景気時代の89年、シャシ、エンジンはスズキからの借り物(アルト)ながら自前のボディを載せた2代目キャロルで返り咲きました。
しかし景気低迷を理由にそれも適わなくなり4代目キャロルからはアルトの完全バッジ違いというモノになっています。

↓現行キャロル(元ネタ:スズキアルト)


この他提携先のスズキからはワゴンR-AZワゴン→フレア、キャリィ/エブリィ-スクラム、ジムニー-AZオフロード、ラパン-スピアーノ、ハスラー-フレアクロスオーバー、スペーシア-フレアワゴンとほぼ軽の全モデル供給を受けているのはご承知の事と思います。

↓初代AZワゴン(元ネタ:スズキワゴンR)


現在ではスバル、トヨタ、日産が軽モデルは他社を全てOEMという現状で珍しくもないですがマツダはかなり昔、90年代からこれをやっているせいか一定の売り上げを維持、勿論本家の台数には適わないながらも特に軽自動車が重宝がられる地方では比較的マツダマークの上記モデルも見かけますネ!

関東圏ではスズキの販売力も強大ですが西、特に山陰山陽地方ではマツダの販売力も大きいので東に強い本家、西の地盤もマツダで成功のOEMだと思います。

マツダ軽をこの順位としたのは1メーカーの殆どをラインナップそのまま持ってくる!というこれほど壮大な?OEMも他に例はなくスズキの太っ腹とマツダの臆面のない偉大なやり方に敬意を表してみました(笑)
まっ、最近の三菱の普通車、スバルの軽もマツダの軽と変わりなくなってますから憎まれ口はこの辺で(*_*;


☆☆☆〜今週のスポットライト!!〜☆☆☆

今一歩、惜しくもベストテンに入らなかったモデルはこちら…

【3代目日産アトラス2〜3t AKR、他型(1995〜2012)、現行NT450アトラス FE他型(2013〜現行)/3代目日産ディーゼル及びUDコンドル2〜3t BKR他型(1995〜2013)】

↑3代目コンドルBKR型(元ネタ:いすゞエルフ)

90年代の半ば、折からの経営悪化により日産はまず商用車部門を大リストラ、それまで当然自前で開発してきていた小型1BOXバン及び750kg〜1t積のバネットをコストダウン=開発費削減によりマツダからOEM供給を受ける事としました。
日野、三菱、いすゞの事実上3大ディーゼルメーカーでシェアを分け台数が従来もそれほど出ていない2〜3.5tトラック部門もリストラ、こちらはいすゞと提携しエルフの供給を受ける事になりました。

1t〜1,.5tクラスのアトラスは従来通りの内製でしたが2t以上はいすゞとなりそれまで日産のトラックというのは耐久力、エンジンにしてもあまり評判の芳しいモノではなかったですがこのOEMにより皮肉にも2t車では評価の高かったエルフとなった事で一気にトラック販売も加速、日産のセールスも顧客も諸手を挙げて喜んだという成功OEMの代表的事例がエルフアトラスでした。

日産側はアトラスの代償に1BOXのキャラバンをいすゞファーゴ→コモとして、エルグランドE50をフィリー として供給、いすゞも不採算な小型部門の完全撤退ながら売れ線の多人数乗車モデルの穴埋めができた相互OEMでした。

アトラスは資本関係にある当時の日産ディーゼルにも以前から『コンドル2』のネーミングで兄弟展開をしていましたが本家アトラスのエルフ化によりコンドルもエルフOEMとなっています。

95年にアトラス/コンドルのエルフOEM化が始まり2012年一杯まで、実に20年近くによるこのラインナップでしたがいすゞのトヨタ傘下入りや日産と三菱、日産ディーゼル→UDトラックスと三菱ふそうの関係強化により2013年からはエルフ→キャンターに元ネタが変更され現在に至ります。(コンドルは廃盤)

↓日産NT450アトラス(元ネタ:三菱ふそうキャンター)


エルフとキャンター、昔から2t車市場を2分してきた言わば普通車で言えばクラウンとセドリックのようなモノ、これ以外には滅多にいないといって良いほどこの2車の占有率が高かったのはトラックに関わる方ならご承知の事と思います、OEMという方策によりアトラス/コンドルは最大のライバル2車をベースにするという数奇な運命を辿る訳でこれはいくらOEM流行りの現在でも1社で他社の激烈なライバル関係車を導入というのはないケースでしてその珍しさから圏外ながらも11位という高順位と致しました!


さぁ、ベストテンに戻ります!今週の第5位!!

【スズキキャラ PG6SS型(1993〜1995)】

(元ネタ:マツダオートザムAZ-1)

89年の2代目キャロルの登場の時にマツダと関係強化がなされたスズキ、前述の通りスズキの軽丸投げで驚かせてくれましたが対するマツダがスズキに供給したのがあの伝説の名車?であるAZ-1を『キャラ』として発売しました。

AZ-1はエンジンこそアルトワークスのF6A型を搭載しましたが開発はマツダ、軽初のガルウィング、完全2シーターのミッドシップ等バブル期ならではの冗談っぽいモデルでしたが造りは意外に真剣なモノ、コスモやRX-7でスポ−ツカー設計には精通したマツダらしい作品でおもちゃっぽい見かけとは裏腹に硬派なモデルでした。

そんなAZ-1をエンジン供給元のスズキに供給、当時スズキは同じF6Aを搭載するFRオープンであるカプチーノを持っておりクローズドミッドシップとFRオープンを揃えこの類で一番人気であったホンダビートに対向、しかしビート程の評判は取れずに終わりましたが軽自動車にもこんな時代があったんだよねーと言う意味で5位という高順位としました。

尚、AZ-1とキャラの違いはフォグランプのあり(キャラ)なし(AZ-1)程度で後はバッジチェンジのみ、当時はバブルも終わりかけの頃でAZ-1、キャラ共狭く荷物スペースも殆どない事から在任期間は非常に短く3年程度でしたが現在、その稀有な存在感と本格的スポーツ度が見直されプレミア価格になっているのはご承知の通り、当時は「黄色ナンバーでガルウィングなんて恥ずかしくてコンビにも行けない!」なんて笑い話もありましたが嘘のような存在価値に化けましたわ〜。。。


いよいよ上位に行きます、第4位!!

【日産キックスKIX H59型(2008〜2012)及び初代〜2代目同オッティH91型(2005〜2013)】

↑2代目オッティ(元ネタ:2代目三菱ekワゴン)

ミニキャブ→クリッパーで関係強化が進んだ日産と三菱の軽OEM第2弾がekワゴン→オッティ、第3弾がパジェロミニ→キックスですねー…

正直菱ヲタとしてはミニキャブやekはともかく三菱の良心でもあり三菱の傑作でもあるパジェロミニのOEM供給は信じ難く憤慨でしたね(-"-)

ジープから始まり長年オフロード4駆では第一人者でしたしパリダカなど過去の過酷なラリー体験から生まれたパジェロミニ、それは正に三菱だからできた軽SUVであり三菱のプライドであって欲しかったのですがいくら経営難とはいえこれまで日産に差し出す、その代償はADバン→ランサーカーゴ、あまりにも間尺の合わない交換劇だったと思います、日産に部があり過ぎ!!

さすがにミニキャブと違いオッティにせよキックスにせよ知名度的にも本家を上回る事はなく街で見かけるのも本家のekやパジェロミニの方が多いのが菱ファンとしては救い、しかし日産バッジもそれなりに多いですからクリッパー同様に日産の販売力には驚きます、日産はスズキからもMRワゴン→モコ等も供給受けてますしスズキ、三菱の売り上げに多大な貢献をしている事は反論しようがないですね。

↓キックス(元ネタ:2代目三菱パジェロミニ)


パジェロミニ廃盤と同時にキックスも廃盤、ekもFMCに合わせてオッティはデイズと名を変えて存続し現在に至りますがオッティは完全に三菱からの供給だったところデイズは現在ポシャリましたが日産と三菱で合弁会社まで造り共同開発した!が建前で日産側の一つの売りにもなっています、実際には三菱開発ですが販売はデイズが勝っている、軒先貸して?を地でやられた三菱のマヌケさに呆れますがゴーンさんはしたたかですね、慈善事業じゃあるまいし三菱とOEM契約し一番三菱が苦しい時代に助けたのもこれ(つまりは軽自動車のいろはを持っていくため)が目的だった?と勘ぐってしまいます、あくまで巷の噂とワタシ個人の憶測ですが…。

以上パジェロミニの件といいデイズの件といい何か釈然としないこのOEM劇、別の意味で印象的なので4位としました。


ベスト3に入ります!今週の第3位!!

【初代トヨタブリザード D10系(1980〜1984)】

(元ネタ:ダイハツタフト)

1967年の業務提携という名のトヨタの子会社入りしたダイハツはその直後から当時OEMという言葉はありませんでしがトヨタ車をダイハツブランドでも展開、今のOEM真っ盛りを見越した先見の明があった?いやいや、そうではなくそこには被吸収側(ダイハツ)の哀しい事情が見え隠れする涙なくしては語れない歴史なのですwww

親=トヨタ 子=ダイハツの位置付けでしたのでね、ほぼ同じ時期に日野自動車も傘下に収めたトヨタは基本、乗用〜小型トラックを自社、中型〜大型トラックを日野、軽自動車をダイハツと分業化によりながらもフルラインメーカーとなりました(この区分けは一部例外もあり)

軽専業とされたダイハツ、しかし提携前は普通車もトラックもラインナップしておりこれらの代替ユーザーのためにそれぞれグループ内から融通して今で言うOEMモデルをラインナップ(コンソルテやデルタ)していました。
このように親の押し付け?を販売する事が当たり前になりつつあったダイハツですがトヨタのモデルに抵触しない小型4駆の開発生産が親から許され登場したのがダイハツ『タフト』、そしてこれを今度は反対にダイハツ→トヨタに初めて供給したのがタフト→初代『ブリザード』でした。

当時はオフロード4駆=クロカンはまだまだ特殊モデル、三菱ジープ、日産パトロール、トヨタランドクルーザーという大型のモノかこれより小さいのは軽のスズキジムニーだけという時代にこれらの中間的サイズのタフト、久々の自社開発とい点もありは大いに注目されましたが販売的にはまだRVブームには届いておらず芳しいモノではなかった…

ブリザードも同様にセールスはパッとしないながらもさすがトヨタの販売力、顔付きも伝統あるランクルの意匠にしたりしてタフトにはない魅力も添付されまずは見かけなかったタフトに対してそれなりの台数は出しておりこの結果が余計にダイハツの悲壮感を際立たせるものでもありましたね〜。

タフトはFMCでラガー、ロッキーと名を変えましたがブリザードはそれの供給ながら長らくネーミングを維持し2代目もこれを通し知名度的にもこれもダイハツからしてみては軒先貸して?って感じだったでしょう。

ブリザードを思うと必ず影にダイハツの悲壮をシャルマンと共に思い出してしまう世代、そんな事からブリザード、堂々3位としました!


とうとう来ました!第2位!!

【3代目〜現行日産バネット SS,SE,SK型(1994〜)】

↑バネットバン(元ネタ:マツダボンゴバン)

これです、これこそ最強の“軒先”ケースのOEMではないかと思います(*_*;

多分、これは一部山陰地区を除いては全国的に本家よりOEM供給モデルの方が多く見かけるのではないでしょうか=『バネット』

94年、日産の商用リストラの一環でマツダよりADバンと相互OEMでボンゴ/ボンゴブローニー(ロング)のトラックとバンが供給されたのが始まりで現在まで続く施策、マツダがトヨタとの関係を強める中、どうかなぁ?と行き先を見ていますが未だしぶとくADバン→ファミリアバンと共に生き続けています、日産は2009年に久々の自主開発商用版としてミニバンタイプのNV200バネットを発売しましたが積載能力はこの旧態依然の1BOXバネットボンゴに分があり需要もある事から続行していますね!

一時は三菱デリカとしてもボンゴは供給されておりそれを合わせるとこの型の普及の仕方は相当なモノ、特にライバルのトヨタがタウンエース/ライトトエースバンを早くからミニバンタイプに変更しておりこの点でも安全性や乗り心地は劣るもスペース優先の商用バンでは1BOXが好まれた事もありボンゴ・バネット・デリカ連合軍の生息はかなりのものがあります。

中でもバネットは69年のサニー/チェリーキャブから始まる非常に歴史あるもの、これのFMCの際にバネットと名を変え78年〜94年は1度のFMCを経ながら内製でしたしこの時に知名度を植え付けたのもありボンゴになってからもその販売力を活かし本家を上回る台数を出す“オバケOEM”となった訳ですね。

商用モデル、ハッキリ言ってきちんと働けばバッシなんかはこだわらないといユーザーも多い、その寛容さは乗用車の比ではないですしね、強大で強固な日産販社に支えられ本家マツダで買うより安心感も高い!というお客さんも数多く出会ってますし。

クルマ知らなければ見かけるバッジの多さでこれがオリジナルのバネットでも通るんじゃないかな?それ位市民生活に密着したボンゴバネット、これも偉大です、ハイ、なので2位という位置にもって来ました(^_^)v


さっ、そしてオオトリ!今週のTOPを飾るのは…

【ダイハツコンソルテ EP30/40型 (1969〜1977)】

↑コンソルテベルリーナ(元ネタ:トヨタパブリカ)

ワタシの知る限りでのメジャーなOEM(当時その言葉はなし)では最古参ではないでしょうかね、ブリザードの項でも触れましたようにコンソルテはトヨタ傘下入り前に生産販売していたコンパーノベルリーナユーザーの代替車種とて提携後の69年、コンパーノのFMCという形で2代目パブリカをトヨタから供給を受けて発売、このため初期型にはコンパンーノ時代の『ベルリーナ』という名称も残されていました。

ただ、完全にパブリカと双子ながらもエンジンは旧コンパーノから引き継ぐダイハツ製1000ccFE型を搭載、パブリカのK型エンジンとは一線を画すFE型搭載は旧ダイハツファンの溜飲を下げるものだったのではないかと思います。
しかし後に追加された1200モデルはまんまパブリカの3K型を搭載、ダイハツに拘るユーザーはあえて1000ccモデルを選ぶ!と言ったケースも多かったそうです。

元々コンパーノは初代パブリカの強力なライバルでしたのでね、これも昨日の敵は今日の友の如く皮肉な運命(ダイハツ側目線)を感じられずにはおられません…

本家のMCなどにコンソルテも準じますが72年、本家パブリカにクーペモデルとなるパブリカスターレットを追加した事により73年、ダイハツも『コンソルテクーペ』としてスターレットが供給開始されます、こちらも1Lはダイハツ製、1.2Lはトヨタ製エンジンを搭載してまいました。

本家スターレットはJアローデザインの小さいながらも非常にオシャレでスタイリッシュなファストバッククーペでしたがコンソルテクーペは単なるバッジチェンジ以上に各部の意匠が変更されそれが逆にスターレットの美しさを壊す形になり後年の中古市場でもスターレットは人気ながらコンソルテは没人気、そこでワタシの若い頃なんかは安いコンソルテを買いスターレットの外装のする猛者もおりましたっけ(笑)
そのイメージからコンソルテ=スターレットを買えない貧乏人 というイメージが当時強固でしたし「オマエのダボハツのコンソルテだろ?」なんてよくバカにしていた青春時代を思い出しますw

↓コンソルテクーペ(元ネタ:トヨタパブリカスターレット/スターレットクーペ)


この事から当然?パブリカ/スターレットとコンソルテの比率は9.5対0.5位の割合だったかな?大阪池田地区に限っては例外でしょうが(笑)

尚、クーペ追加後にはスターレットに4ドアセダンが追加、コンソルテ4ドアとしこれも供給されたので最終的には2ドア(パブリカ)クーペ、4ドア(スターレット)というワイドバリエーションがコンソルテでも実現、しかしそれも本家ではスターレット、せりカで採用したフルチョイスシステム(内装、外装、エンジンが自由に組み合わせができグレード分類の概念がなかったシステム)で幾通りにも設定できたのに対しコンソルテは従来通りのグレード分けがなされておりこの辺も“差別”でもありましたねー。

↓コンソルテのベースになった2代目KP30系トヨタパブリカ


結局コンソルテは最初から最後まで本家モデルの影に隠れた感があり本家モデル、特にスターレットクーペは人気車の一つながらダイハツのためにとってそれほど重要な役割はせずに終了、74年にカローラ20系のコンポーネンツ使いながらオリジナルティに溢れた初代シャルマンがデビューするとまずコンソルテ4ドアは廃盤、そして77年に本家がパブリカとスターレットを統合したKP61型トヨタ1300スターレットデビュー、この後は細々と2ドアだけ残りますがダイハツもスターレットに抵触しない1L専用モデルとして親から開発を許された初代G10型シャレードの誕生をもって廃止、あれから40年近く経過し今では憶えてるヒトもまず少なくなった最古の?OEMモデル、コンソルテの哀しき人(車)生に久々にスポットを当てたく1位とさせて頂きました、トヨタにもダイハツにもあまり意味のなかった存在ではありましたがここからOEMの歴史は始まったと捉えて頂いても結構でしょう…


ランキングは以上となります!

恒例、圏外は下記の通りとなりました、今回の場合11位以下はOEM化され驚愕した度合いでの順位としています。

11位:日産アトラス/NT450アトラス、日産ディーゼル・UDトラックスコンドル(1995〜現行)=いすゞエルフ
12位:7代目スバルサンバーバン及びトラック S300系(2012〜バン現行、トラック〜2014)=ダイハツハイゼット
13位:三菱ミニキャブ及びタウンボックス DSA64型(2014〜現行)=スズキキャリィ、エブリィ
14位:三菱ランサーカーゴY12型(2008〜現行)=日産ADバン、ADエキスパート
15位:マツダファミリアバンY10〜12型(1994〜現行)=日産ADバン、ADエキスパート
16位:2代目三菱プラウディア/ディグニティ Y51型(2012〜現行)=日産シーマ、フーガ
17位:2代目いすゞアスカCX BC系(1990〜 - 1993)=スバルレガシィセダン
18位:ダイハツメビウス ZVW41型(2013〜現行)=トヨタプリウス
19位:6代目トヨタダイナ及び6代目トヨエースU300〜400系(1999〜2011)=日野デュトロ
20位:いすゞジェミネットAA43Z型(1986〜1988)=スズキカルタス

如何でしたか?毎回〆では書きますがクドイですがあくまでもこの企画はお遊び、『それは違うだろ?』とか『あれが入ってねーじゃん!!』的な反論もあるでしょうがこれはワタクシの基準、これを読んで皆様も独自なベストテンを楽しんで頂けたらと思います。

OEM、現在の自動車メーカーが置かれた立場を考えると必要悪?ではあると思います。

しかしこれの乱発は自らユーザーに提唱するモデルの設計を放棄する事でもありそれならばそのクルマいらんでしょ?となるのは当然の成り行き、偽物はあくまで偽物、事情は様々あろうかと思いますし仕事上の義理とか個人的にもその販社や営業個人の付き合いを優先してやむなくOEMモデルを手にしなければならない事もあるでしょう、しかしそのクルマの本質を知るにはあらゆる面で本家を買った方が解るものですしリセールバリューも殆どのケースで本家の方が下取り、買取値は高い、新車購入時は同額でも…

現在のご時勢を考慮して決して“愚作”とまでは言い切れませんし90年代までのOEMではそれぞれ理由も充分納得できました、しかし今は容易に乱発のし過ぎで三菱などはその典型的な姿ですよね?
ラインナップの半分がOEM、これではもう国内の販売だけに関して言えば自動車メーカーとしは失格、販社やそれに携わる関連会社、社員さんなどもいるので自社開発せずに会社を維持するには止むを得ない事だとは思いますがOEM車ばかり並べてもそのメーカーから顧客は離れるばかり、イチファンとしては責任ないので言えますがもう国内販売は撤退をすべきと考えます。

ただ、これは三菱以外にも言える事であるジャンルだけを全てOEMを並べるとうのも同罪、それならばそのジャンルから撤退の方が潔くユーザーも余計な選択や値引き合戦に巻き込まれる迷いもなくなろうと言うものですし。

まぁ、そう簡単にいかないのを承知で語ってますがね、しかしこのままでは日本はOEM天国でどんどん小メーカーのクルマ造りが退化していきそうで不安です、実際事実上もう3社だけの争いって感じになっていますしね、かつてのように各メーカー大小関係なく一長一短い持ちながらも独自の思想と論理でクルマを造りし我が国が自動車大国と言われるまで成長した産業、人口減少→飽和状態の負の連鎖、これを象徴するOEMモデルもまた、日本の文化なんでしょうかね〜…!?!?!?

おしまーーい(^^)/~~~
Posted at 2017/11/18 17:09:21 | コメント(0) | トラックバック(0) | ザ・ベストテン | クルマ
2014年12月24日 イイね!

保存版・クロカン&SUV“ザ・ベストテン”

保存版・クロカン&SUV“ザ・ベストテン” メリークリスマス!Mrローレンスby原 軍曹=ビートさん…(下らねー笑)

ってーんで(汗)X`mas企画?って程の大袈裟なモンではないですがネタ枯れに付き小休止していたこの企画、聖なる夜に復活、Gureプレゼンツ=題して『クロカン&SUV“ザ・ベストテン”』(^_^;)


あっ、毎度のようにこれも完全お遊び企画!正直ワタクシ、この分野は興味もそれほどなく知識も深くはない、林道やらOFFやらの走行も殆ど経験ありませんのでこれからご紹介するクルマ達の真の実力は知りません、街乗りや一部仕事でテストコースでの経験からなる記述になります。

なので『えっ、コレよりこっちの方が走るぞ!』とか『これの方が本格OFFロードこなせる!』などのご意見もあるとは思いますがあくまでワタシの主観で外観(エクステリア)の好みやドライブフィールを主にしたベストテンになってますんでそこんとこ宜しくお願いします(-。-)y-゜゜

クロカン/SUV、元々は日本ではクロカン(クロスカントリー)と言われていましたが近年にあちらの言葉でお洒落な?“SUV”なんて取って換わられておりますがね、ルーツは道なき道を進むために米・軍隊が開発しウィリスジープ、日本ではこれのパテント取得した三菱ジープにこれのライバルとして名乗りを上げたトヨタランクル、日産パトロールが1950年代初頭に発売されましてこれらがヘビイーデューティーモデル(クロカン)の元祖3羽ガラスですネ!

内外での雪山や汚泥の悪路走破を目的とし4WD機構を持つオフロードマシンでありますか80年代後半に訪れたRVブームを機にこれらモデルにも乗用車並みの快適装備や乗り心地を備えRV(レジャービーグル)にも発展、また一部車種はこの類の元々の目的とは大きくかけ離れる超高級車となり中には投機対象にされる等モデルも出現、本格的需要は海外ながら日本でも根強いファンは多く林道マニア、OFFロードマニアは愛して止まないジャンルですよね!

個人的な思いを記せばワタクシ、完全なる都会産まれの都会育ちで子育て期にアウトドアは楽しみましたし「おもしろそう!」とは思いながらも林道/OFFにはとうとう縁がなくクロカン/SUVは縁遠いクルマ、しかしナシヤマベースで暮らすのにパジェロミニ(PJM)を導入、これとてお遊び程度の雪道走行マシンの活躍しかしていませんがそれでも高いロードクリアランス、4WD及び大径タイヤによる走破性の高さに今更ながら感動ですし今までとんと興味なかったこれらのモデル、今後注目してみたいな〜…なんて思っとります(*^^)v

まっ、横浜や東京に住んでたら普段の生活にはまず必要ナシ!銀座・丸の内や伊勢佐木町・元町を登山靴履いて歩くようなモンですからね、やはり環境は趣味も興味も変えますナ(笑)

と言う訳でそろそろまいりましょー!例によって国産車のみのランク、軽も含んでおります。、
冒頭述べました通り単にワタシの好みで順位付けましたのでご了承願います。


さぁ、今週の!?第10位!!

【ダイハツタフト F50型(1974〜1984)及び初代トヨタブリザード D10系(1980〜1984)】

↑ダイハツタフト

タフト、果たしてこのクルマを知るヒトってどれ位いるのでしょうか?(汗)
84年以後はロッキーとかラガー(ロッキーベースの車格UPモデル)とか呼ばれましたからそちらの方が馴染み深いかもしれませんね!

タフトは74年というかなりの昔に登場、当時クロカンは大型クラスのランクルやジープが主流、その下はいきなり軽のジムニーという布陣でした。

需要がなかったと言えばそれまでですがこのラインナップの中、小型クラス初のクロカンをデビューさせたのが伏兵の何とダイハツ!
当時もダイハツは既にトヨタの傘下入りしてましたので軽専業メーカー的立場、小型に関しては自主開発は親の意向もありナシ、おこぼれ的にパブリカのOEMのコンソルテや20カローラベースのシャルマンをリリース、制約の中でトヨタ提携以前のコンパーノ等のユーザーに対する極地味なラインナップでしたのでね、いきなりダイハツがクロカンを出した時には衝撃的、しかもランクルと被らない小型モデルなので当時唯一の小型自主開発車でありこれは69年に廃盤となったコンパーノベルリーナ以来の事、庶民的クロカンはジムニー一色の時代に「ダイハツ、やるな〜」と思ったものです。

タフトは発売時はコンパーノ、コンソルテに搭載していたFE型1Lエンジンを搭載、ラダーフレームに4輪リジットの頑強シャーシを持つ本格4駆でバンタイプ(レンジトップ)とジープそのものである幌タイプヲラインナップ、当時360cc→500→550ccのジムニーとさほど変わらないボディサイズで1Lのパワーは走破性も良かったとの事で当時は結構話題になっていた気がします。

エンジンはその後トヨタ製1.6Lや自社2.5LDe(最終は2.8LDe)も搭載、80年からは親のトヨタにも『ブリザード』の名前で供給、哀しいかなメジャーなトヨタのこちらの方が知名度は高くタフトが後続で名称変更、トヨタは2代目(これもタフト後続のロッキーOEM)もブリザードを変わらず名乗っていたので一般/マニア共々『ブリザード』の方が浸透していると感じます、本家が紛い物よりメジャー…後年で言うマツダボンゴに対する日産バネットみたいなモンですw

ブリザードは初代がランクル40、2代目は同70的な意匠が施されておりこのイメージから往時は結構見かけましたがね、タフト〜ロッキーは滅多に出会わなかった!今、何台残ってんだろうか…

↓初代トヨタブリザード


ジムニーと大型クラスのみの“特殊”なクルマ的イメージのクロカンをジムニー並みの手頃なサイズとし小型登録で実用的ににも使える言わば後年のRVの走り?その中間サイズが逆にジムニーや上級と較べハンパ感もあったのでしょう、そう普及したとは言えませんがそれまで限られた需要にしか目を向けてなかったクロカンを初めて一般に訴求した点を鑑み、10位と致しましたぁ(^^)v

続いて第9位!!

【2代目日産パトロール 60型(1960〜1980)】


今でも海外専売SUVの名前が残るパトロール、国内では1951〜80yの2世代が販売されその後はサファリに名称を変更、これが2007年で国内販売は終了、パトロールという名前が絶版となり既に30年超えですからファン以外では忘れ去れたクルマかもしれません。

初代パトロール(4W61型)はさすがに産まれる前のクルマで知りません、見た記憶もない、なので語りようもナシ!
なので幼少〜ある程度の年齢(17歳か、若けーwww)までモデルライフだった2代目パトロールに思い入れがあります!

ハッキリ言ってクロカンのメジャー、ランクルやジープと比較して非常に地味なモデルでオーナードライバーでの目撃印象は薄くこれは地方の消防団の消防車とか機動隊や警察などの“特殊用途車”のイメージが強い!
見かけもライバルのような迫力や漢らしさは感じず何だかボントラの延長みたいな出で立ちでしたが何故か凶悪事件の報道時、画面の隅にパトライトの付いたこれを見かけると萌えた気がします(笑)

大好きだった刑事ドラマ『大都会PART?』でも地味にオープニング他に映り込んでおりこの影響が大きいのか?パトロール=名前通りの“警察”ってイメージが(^^ゞ

このパトロール、消防車でかつて転がした事ありますがハンドルの重さはもう凄いなんてもんじゃなく大型ボンネットトラック並みだと思います!

ヘタレGureとは違う屈強なファイアーマンが操るのですから問題なかったのかもしれませんが大概、少し走らせれば廻せる重ステもこれはかなりの速度を出さないと自由に廻らない、今まで数あるクルマをドライブした中でトラックを除いてコイツが1等賞の重さかも(笑)

詳細は4LのOHVガソリンエンジンを搭載、消防仕様の一部に2駆(FR)あり、大昔のランドローバーチックなデザインは大きな変更なく20年の長寿を誇りましたのでね、ワタクシの生息域が日産に縁が深い横浜だった事もあり青春期には山に住んでなくとも割りに見かけた思い出があるのでこの順位としまいた。

当時は地味で安手のトラックみたいな印象でしたが今見るとこれもシブイ!充分“漢”ですね(^_-)


さぁ、8位行ってみましょー!

【トヨタFJクルーザー GSJ15W型(2010〜現行)】


おっ、Gureにしては珍しく現行じゃん!!と聴こえてきそうですが(笑)

やはりこれは往年のFJ40ランクルを彷彿させるエクステリアが魅力で現在販売されていりSUVでは一番好きかな!? 個性的ですしね、名車を今風にリファイン、変に空力一辺倒のデザインではなく誰が見てもFJ40に見える出で立ちは新車ながらも何か安心感がありますわ。

ただこれも仕事で何度か触り乗ってもいますがとのかくデカいです、元々北米や中国向けに発売したモデルなので道路も家も狭い日本で使うには持て余すサイズ、長さはそうでもないですが幅1900mmを超えるサイズで背高ですし前方直下や側方視界、この手のモデルはどれもいいとは言えないながらもFJはTOPクラスに見難い、また、デザイン的にクォーターピラーがぶっ太いので後方視界も決してよくはなくコレに乗ると視界には常に神経遣いますネ。

しかし2tに迫る巨体ながら4L V8の1GR-FEエンジンはストレスフリーどころかその気になるとかなりのパワーでトルクモリモリの頼もしいエンジン、くどいですが視界が悪いので余計に?スピード感を得る感じがします…。

昔のクロカンのようにリジットサスではないながらプラドのラダーフレームを採用、経験はありませんし果たしてこのクルマでヘビーデューティな走りをするヒトがいるのかは?ですが走破性は高いのでしょう、しかし乗り心地も快適でややフレーム付きらしいゴツゴツ感あるもATも用意され何ら乗用車とは代わりないフィーリングが味わえ正に現代のクロカン…てかSUVという言葉がピッタリですね、その辺見越してか?トヨタらしく雰囲気だけの2WDも設定している位ですし。

間違っても買う事はできないですが新車のSUVを買える身分ならばコレ選ぶかも?ってとこで8位としましたぁ〜。


盛り上がってまいりました(汗)第7位!!

【初代いすゞMu(ミュー) UCS17 / 55・69系(1989〜1998)】


いすゞというマイナーメーカー製だけあってあまり普及はしなかったですが初代Muはその都会的なスウタイリングがかなり気に入っており今見ても「イイなぁ」と思えるので堂々7位!

質実剛健ないすゞ車ですがデザインは非常にお洒落で精悍な3分割の顔はファスター系(ボントラ)と同一ながらワタシの好み、またスポーツカーのモノであるブリスターフフェンダーもうまくRVスタイルに融合させてまとまったボクシーさはカッコ良かったと思います。

いすゞには珍しくボディバリェーションが豊富でピックアップ的な乗用登録のハードカバーに商用登録のソフトトップ、95年からはロングH/B化し4ドアとした『Muウィザード』もラインナップ、これは北米専売のロデオの日本版でしたが至近だったいすゞ藤沢工場のモータープールにこれが山のように置いてあるサマはまるで異国でした(笑)

ベースはいすゞ4駆のパイオニアで長い歴史を持つボントラのロデオ、このためいすゞらしく乗り心地やエンジン音、ドライブフィールにはトラックに近いモノがあり他社に較べると快適度は劣るかもしれませんがヘビィデューティー性は非常に信頼できるイメージがありましたねー、エンジンは当時の布陣らしくガソリン(2.6L)とDe(2.8L)を搭載、バブル期ですからガソリンもそれなりにいましたがやはり黒鉛モクモクのDeモデルが多かったかな?ビッグホーンに較べエンジンも小さく車体も軽いので軽々しい走りは外観のイメージ通りスポーティ、ただ気に喰わんのは個人的に大嫌いなクラスターS/Wを90年代終わりでも採用していた点かな、いすゞはFピアッツァから始まりジェミニも2世代に渡りこれでしたし好きでしたねー、あっ、そう言えば90年末期でステッキ式サイドブレーキ使ってたのも商用やショーファーを除くとこれが最後かも…!?!?

尚、Muはホンダとの相互OEMでドマーニ(ジェミニ)の代わりにMuをホンダに供給していますがOEM撲滅党書記長がうるさいので(爆)このOEMモデル=ホンダJAZZは含めません(^_^;)


どんどん行きます、第6位!!

【初代〜2代目三菱パジェロミニ H56、58A型(1994〜2013)/同Jr(ジュニア)H57A型1995〜1998)/同io(イオ)H66、67、76、77W型(1998〜2007)】

↑パジェロミニ

デハハ、ここぞとばかり愛車の画像使ってますがwww

ミニ、jr、io…まとめての6位は信頼のパジェロをフィートバックした設計で三菱らしいモデルである事、これを広く一般に訴求させた功績は大きいと思うからです、別に自分が乗ってるとかではなく…

ミニの場合は軽クロカンの双璧としてよくジムニーと比較されその実力はジムニーには及びません、それは十分認めますってww
ただ劣るのが反面で“乗用車”らしさはミニが勝っていると思います、ドライブフィーリングしかりエンジンの特性、乗り心地etc…
このため当ベースではやはり生活4駆的需要でミニの生息が多いですね、今年の大雪なような状況や雪国ではよりジムニーが有利ですがジムニー以下〜生活4駆以上の存在として重宝されているようです。

スタイリングも歴代ジムニーがいかにもクロカン!って感じのモノだったのに対しお洒落感や現代的な高級感も漂わせるミニは女性ユーザーも結構います。
こうした庶民性からパジェロミニは1度のFMCを経て20年近い長寿でしたがこのFMCも軽規格拡大に併せたBigマイナー的なモノ、基本デザインは94年デビュー時のスタイルを継続していますので我が愛機も初期型ながら古さは感じさせないのがいいところ(笑)

ただ、これも三菱らしくない?大衆迎合のトヨタ的な2駆をラインナップしていましたのでこれは論外、このスタイルで2駆は哀しいでしょう…
また軽の割には車重があるのでNAとターボ付き(共に4A30型4気筒5バルブDOHC、2002年以降は16バルブ化)がありますがNAも論外、ターボ付きでさえ発進はカッタルイし燃費悪いのにNAならましてでしょうし新規格の2代目はその分重いので…

あっ、これも日産版KIXなんてのがありますがMuと同じ理由で含みませんので(笑)

↓パジェロJr


ミニの普通車版がこのjr、ボディはミニを流用しながらワイドトレッドとし4A31型4バルブDOHC1.1エンジンを搭載したモノですね!

この手のかさ上げモデルには否定的意見のGureですがこの類をネタにすると皆さんのレスで狭路地居住や小さい車庫のお宅でパワーを必要とする層もいる!と言われ無理矢理納得(汗)
三菱を始めスズキ、富士重等もクロカンに関わらずこの手のモデルをラインナップしていましたのでね、確かにそれなりに需要はあったのでしょう…

三菱の場合他にミニカ(ビスタチオ)やタウンボックスワイド、トッポBJワイドなどがありましたが個人的に一番存在価値があったのでは?と思うのがJrでしょうか、何せミニが重いですから倍近くの排気量でこのサイズ、しかもトレッドは広いので安定感は増しますし維持費を除けば今、ミニのオーナーになると魅力的に映ります。

↓パジェロio


ワタシが一時期思っていた通り、普通車の維持費払って何でわざわざ軽に乗る?的な印象はやはり市場の反応も大きくJrは僅か3年で廃盤、やはりエンジンやボディの中途半端感があったのが売れ行き低迷の理由でしたのでね、そしてこれの後続がこのio!

ioはハッキリ言っていい印象はそれほどないです、悪名高きGDIエンジン(4G93DOHC=1.8L、4G94DOHC=2L)が殆どでしたしね、一部非GDIのSOHC 4G93モデルもありますが滅多に見ないですすが今仮に乗るなら是が非でもコレ探しますわ(汗)

スタイリングは非常に好みでパジェロをそのままサイズダウンし更に都会的な味付けが施されてる部分がキムタクRAV4の追従みたくてやや反感持ちますがまとまりは非常に感じます、これもSUV的イメージで親やミニ/Jrのワイルドさは感じずやや頼もしい乗用車需要が多かったようで往時は結構見かけその目撃度はJrの比ではなかったです。
親みたく大袈裟ではない、しかし軽のミニでは家族乗れない、Jrはハンパっていうユーザーにはピッタリの“ファミリー4駆”だったと思います。

ライバルのRAV4の3S-G搭載モデルと比較すると走りでは譲るも雪道の安定感はやはり三菱!こちらが上で一度友人同士でRAV4とioで白馬にスキー行きましたが走破性ではやはりioが抜群でしたのでね、RAV4も乾燥路の走りは相当良かったながらこの類のクルマですからioに惹かれます(^^)

あっ、これも2駆が存在しますがミニ同様の理由でランク入りは4駆のみ!そしてできればGDIは省きたいっすね(爆)


☆☆☆〜今週のスポットライト!!〜☆☆☆

今一歩、惜しくもベストテンに入らなかったモデルはこちら…

【初代日産サファリ 160型(1980〜1989)2代目同 Y60型(1987〜1997)】

↑2代目サファリ

9位ランクインの発展型がサファリ、パトロールからバトンを受けた80年〜2007年まで日産を代表するクロカンモデルでしたが現在は海外専売モデルとなっていますね。

サファリは本流ランクルの60〜80〜100系のライバルであり当然ランクルの向こうを張る国内最大級のヘビー級クロカン、ランクル同様の3L〜4L超えのBigトルクエンジン(ガソリン、De)を搭載するモノでバブル期だった2代目ではやはりクロカンのスタイルをした高級車って感じでしたがランクルがそれに特化してゆく中でどこか漢な部分を残すボクシーさが好感持てました。

サファリと言えばやはり?西部警察を連想するファンも多いでしょうかね、例によって特殊装置、秘密兵器?を備えた“特車サファリ”、西部警察の中期の売りではありましたがその頃ワタシもいい大人になってましたんでこれがドラマに出てきた時に西部を引退、角刈りの団長が大真面目な顔して消防車のように放水している姿は一気に萎えた思いがあったりします(笑)

↓西部警察の“特車・サファリ”(初代)


パトロール→初代サファリになった頃(80年前後)はちょうどRVブームが盛んになり始めた頃、最初はハイラックスやダットラ、ファスターなどのボントラがアメリカ文化を運んできましたがより走破性の高いランクルがこの流れから脚光を浴び日産もこれにあやかろうと改称までして挑んだのが初代サファリ、しかしランクルのような重厚な印象がなくよく言えば軽快、悪く言えば安っぽいスタイリングがイマイチ受けが悪かった印象、輸出国の事情からそのまま国内仕様にも残された三角窓や飾り気のない日産らしいペキペキスタイルはランクルと較べると古臭く華奢なイメージ、これはクロカンとしては致命的な差だったのでしょうねー、これが失敗の始まり?現在ランクルが現役、サファリは廃盤という結果になっていると思います。

個人的には初代も2代目も好きなデザインでしたが以上のようにクロカンとしての迫力不足を感じ圏外と致しました!


さぁ、ベストテンに戻ります!今週の第5位!!

【初代スズキジムニー LJ10、20、SJ10、20型(1970〜1981)】


このカテゴリーのベストテンにこれは入れない訳いかないでしょう(笑)

軽4駆のパイオニアのジムニー、歴史は長く初代は1970年!
元々は自動車メーカーから撤退したホープスターの青写真が元でまだ4駆なんて特殊の中の特殊って時代に今のスズキ社長であるオサムちゃんが周囲の反対を押し切って開発したというのは有名なお話…

44年の歴史を誇るジムニーですがこの類のクルマなので頻繁なFMCはなされず現在でも3代目ですがやはりワタシ世代ですと初代(LJ/SJ系)の印象が強いですネー!

全3代のモデル、どれも魅力溢れる軽本格クロカンですが代を追うごとに時代の要請もありお洒落に、そしてマイルドになり乗用車に近づきつつあるジムニーの中で初代のジープをそのまま小さくしたようなワイルドっぽさ、快適装備など一切ない漢の中の漢って感じがタマりませんわ(^^)

これをリアルに見ていた時代にまさか後年にATや2駆がラインアップされようとは想像だに付かずこれらが出た時は“ジムニーも堕落した!”と嘆いたモノです(聴こえたのか?現在2駆はナシ…笑)

メディア目線で言えば以前にも紹介したように『太陽にほえろ!』のド初期で若き日のショーケン扮するマカロニ刑事が颯爽と乗り回していた印象がやはり初代の郷愁を掻き立てるのかな?

↓マカロニ刑事の相棒だった初代ジムニー


そのマカロニが乗っていた初代の初期、空冷/水冷ツイン360cc時代のモノは触れた事なく語れませんが水冷3気筒550cc(76〜81年、SJ10型)は昔150km程回送経験がります。
もう乗った感じはワイルドさ丸出しで幌車でしたのでね、高速なんて走ろうモノならドラム缶の中に入りその周りを棒でガンガン叩かれている位五月蝿く信号待ちで停まれば風向きによっては隙間から2ストの香ばしい排気が進入してくるしで(笑)

今じゃとてもではないですが安全基準やら快適度0なので造れないでしょうが未だにこれがジムニー!初代こそがジムニーらしいジムニーだったと強く思い5位ランクインはこれに限定させて頂きます。


いよいよ上位に行きます、第4位!!

【3代目ランドクルーザー J40型(1960〜1984)及び4代目同 J70系(1984〜2004、2014〜現行))】

↑3代目ランクルJ40系

ランクル、トヨタが我が国初の本格クロカンとしてデビューした由緒正しいモデル、米・ウィリス社のジープをノックダウン生産(後に国産化)した三菱ジープよりも早い1951年の登場ですからクラウンを超える歴史を誇り現在では内外含めて日本を代表するSUVとして大人気、ワゴンタイプの50系→60系の辺りからは高級SUVのイメージで正直、見かけは立派なクロカンでもこんな高けークルマをOFFに持ち込めんでしょう?と醒めた目で見ていましたがBigパワーと耐久力は信頼性高く日本を代表するSUVとしての貫禄も充分ですよね!

しかし個人的好みとしてはこのバカでかい60やこれの直系の80〜200系はどうも縁遠いので好みではなく所謂ライト系(40→70)に惹かれます、これですと軽快さもあり文字通りクロカンとして充分に愉しめるでしょう(^^)

中でもやはり“ランクル”と聴いて一番に頭に描くのは40、これは生産長かったですしワタシが産まれる前から成人まで造っていたので馴染みがありますのでね、そして幼い頃のドキュメンタリーとかではよくこれが映る番組の影響もありジャングルの道なき道を進む超ヘビーデューティ!!って頼もしさがありこれがランクルの中では一番好み!なのでこれをモチーフした現行FJクルーザーも好きなんす(^_-)

40も2〜3度転がしましたが昔のクルマなので街を走るには鈍重で快適さもなく苦痛の一言でしたがトルクフルで何故かワクワクするクルマ、これでOFFっ走ってみたいと何度も思わせてくれましたネ。

↓4代目ランクル70


限定ながら10年ぶり復活で現在大きな話題になっている70ですがこれの以前のモデルはかなり仕事で乗り40や60/80にはない軽快さが非常に好きでした。

スタイリングもワタシ好みの直線的ボクシーなモノでヘビーランクルのように成金?さがなくクロカンらしさが大きな魅力、現代版はややFrがゴテゴテしており好みではなくなりましたが燃料電池やらHVやら、エコ一辺倒のトヨタが時代にある意味反するような70を復活させた事には大きな拍手を贈りたいです!

まだ現代版には乗れていませんが以前のままの味付けならば今のフニャケたクルマしか知らない世代にはかなり刺激的なモデルではないかなぁ…
乗用車ではなくトラックに近い乗り味ですし何せMTモデルがラインナップされているだけでも今の世では希少ですしね、是非若いヒトには歳喰っても乗れるミニバンやエセエゴカー、DQN専用HBなんて乗らずこういうのでクルマの本質を味わって欲しい、そんな風に思い4位と致しました!

↓今回限定復活の新型70



ベスト3に入ります!今週の第3位!!

【2代目いすゞビッグホーン UBS25、26、69、73型(1991〜2002)】


2代目ビッグホーン、これは友人が乗っていたのでスキーエキスプレスにしたりと思い出深いんです!

初代がワイルドながらあまりにも無骨、まぁ、それがいすゞらしさと言えばそうなのですが90年代になる頃にはパジェロ他ライバルがどんどん進化しクロカンの本質を究めながらも乗用車の快適性も持つSUVに変化してゆく中、あらゆる面で旧態化していた印象が強かったのですが91年にデビューした2代目は驚く程快適にかつスタイリングも無骨がなくなり非常に垢抜けていて好きでした。

友人のはV6 3Lのガソリンモデルでしたのでパワーも充分、Deに遜色ないトルクフルな特性とそれを上回る静粛性が非常に快適!
旧態化のトラック然としたゴツゴツが嘘のようになくなり同じクルマとは思えない変わり様に驚いたモノです、OFFでの実力はビッグホーン乗りの方にお任せしますが街乗りや雪山程度ならば信頼性も高く当然、菱ヲタのワタシですが「これならパジェロでなくてもいいじゃん」と思わせてくれたりww

このビッグホーンは結構人気がありよく見かけましたしいすゞが乗用車撤退後も暫く継続生産、今でも神奈川は特にかな?時々現役生息で綺麗にメンテされたモノもおり質感も高くセンスのいい出で立ちに惹かれます!


とうとう来ました!第2位!!

【2代目三菱パジェロ V14・24・34・46V/21・23〜26・43〜46・55W/24・26・44・46・47WG/23〜26C型(1991〜1999)】

↑2代目パジェロ・ロング

戦後ウィリィスジープを基にした三菱ジープにより我が国の4WD車の歴史を造った三菱が長い歴史と信頼のジープ技術をフィートバッックした初の民生対象モデルがボントラのフォルテ4WD、そしてこれをベースの新時代のクロカン=SUVとして産まれたのが初代L型パジェロ!

ジープの血筋を持つパジェロは発売以来高い評価を受けパリダカなど国際ラリーでも活躍、クロカン/RVの代名詞をランクルと分け合う程の人気を得ましたがパジェロの名前を不動のモノにしたのは何たって2代目のV10〜50型パジェロ!!

三菱の4WD技術の結晶とも言われる2代目V型はワタシも歴代4代の中でも一番好み、バブル期で三菱が乗り乗っていた時代の作品で質感も高くデザインもお洒落かつ迫力も充分、現在でもまだ数多くみかけますしパリダカで鍛えた耐久力も魅力的です。

RVブームの牽引をしただけあり数多く販売され全世界的にも有名なモデルで8年というモデルライフでバリェーションや搭載エンジンは書ききれない程のワイドバリェーションでしたねー。
ボディは最大7人乗りも選べるロング(5ドアワゴン、バン)と3ドアのショート、これに各ボディでメタルトップやらキックアップルーフやら当時流行のお遊びルーフ?を幾何額的に設定し幅広い需要に対応していました。
搭載エンジンも実に多種で他ライバルを凌ぐバリェーションでガソリン(2.4L/V6 3L、3.5L=一部GDI)、Deターボ(2.5L、2.8L)を用意していました。

世界初のイージーセレクト4WDやマルチモードABS等、三菱の高い技術を見せつけた2代目パジェロ、さすがに古くなってきましたし維持には相応のお金が掛かりそうですが菱ヲタを自認するならば揃えておきたい?一品かもしれません(^^ゞ

忘れちゃいけないのがイケイケ時代でしたのでね、ランサー以外で唯一、エボリューションモデルが
パジェロには設定されています!

リベロエボ(リベロGT)、シャリオエボ(シャリオリゾランGT)、ミラエボ(ミラージュアスティに4G63移植)、ミニカエボ(ダンガン)等、ワタシらファンが勝手に名付けた“非公認キャラ”は数多かれどメーカーが正式に“エボリューション”と銘打ったのはランサー以外では唯一のパジェロエボ(V55W)、これも希少ですからねー、その名を恥じないパリダカ参戦用ホモロゲモデルで6G74 3.5L V6DOHC MIVEC 280psとランエボ同様の派手なエクステリアはタマランです!

↓パジェロエボリューション


「また菱ヲタが!」と言われそうですが2代目パジェロの往時の人気、売り上げ、生息をリアルで知る方々にこの高順位、物言いは付かないと確信しております(^_^;)


さっ、そしてオオトリ!今週のTOPを飾るのは…

【三菱ジープ J1〜4、J10〜59、JC型他軍用含め多数 (1953〜1998)】


この分野の1位はこれを置いて他にはないでしょう、何気にワンツーフィニュッシュ達成(^_^)v

若い世代にはピンと来ない向きも多いとは思いますが現在のようにSUVは勿論の事、北日本や降雪地域、山岳地域では当たり前のようにある4輪駆動車(生活4駆含む)ですが戦後〜70年代までは4駆の代名詞はジープ。

パジェロやランクルの項でも述べてきたようにジープも元々はアメリカさんのモノ、まぁ、日本のクルマの歴史(下敷き)はアメ車であると言っても過言ではないですからね、ジープも同様な訳です。

生い立ちは軍隊用の車輌として開発、50年代の需要は主にこれでしたが60年代から民生用にも上述の地域では用いられ始めその側面では自衛隊も活用したヘビーディューティの塊のようなジープ、これこそがクロカンの究極ですしね、戦争嫌ですがこのワイルド感、漢の中の漢とおう雰囲気が大好きです!

これも2〜3度転がしましたが女子供は乗れない物凄い乗り心地、快適装備なんていうのは一昨日来きやがれ!!って感じの無骨で色気も何にもないスタイリング、鉄の塊の中に押し込まれたようなキャビンとそれはそれは現代の乗用車(トラックでさえも)に慣れた身には驚愕の機能のみのクルマですがそれこそがジープ、45年の半世紀に迫る生息はもう遠い過去になってしまいましたが未だにこれを超える走破力を超えるモノは出現してないのでは?

雪、山岳地帯、そして残念ながら紛争地域でのイメージは製廃後15年にもなろうとしているも顕在で愛好家も数多く残っている様子、若い頃は単なる軍用車輌って感じで何ら興味なかったのですが今見るとコレは激シブ!!

個人的にはナシヤマベースがある限り、最終的にはコイツに辿り着きそうですわ、最終のJ55ゴールデンブラック仕様、ホスイ。。。


ランキングは以上となります!
恒例、圏外は下記の通りとなりました。

11位:初代日産サファリ 160型(1980〜1989)2代目同 Y60型(1987〜1997)】
12位:三菱ストラーダK43T型(1991〜1997)
13位:初代 日産テラノ WD21型(1986〜1995)
14位:初代トヨタハイラックスサーフ N60系(1983〜1989)
15位:初代三菱アウトランダー CW5W/6W型(2005〜2012)
16位:マツダプロシードマービー UF系(1991〜1999)
17位:初代三菱RVR N10〜20系(1991〜 - 1997)
18位:初代スバルフォレスター SF系(1997〜2002)
19位:トヨタヴァンガード ACA33W/GSA33W型(2007〜2013年)
20位:初代トヨタRAV4 SXA10系(1994〜2000)
---------------------------------------------------------------------
21位以降トヨタクルーガー、ハリアー、日産エクストレイル、デュアリス、マツダCX-5、ホンダCR-V
ダイハツロッキー、ラガー、テリオスキッド(順位不同)となります。

如何でしたか?毎回〆では書きますがクドイですがあくまでもこの企画はお遊び、『それは違うだろ?』とか『あれが入ってねーじゃん!!』的な反論もあるでしょうがこれはワタクシの基準、これを読んで皆様も独自なベストテンを楽しんで頂けたらと思います。

クロカン→SUVと呼ぶようになって幾久しいですが“クロカン”と呼ばれていた時代は非常に特殊なクルマ扱い、時代の要請によりそのヘビーデューティさに+して街乗りでの快適性やファミリー仕様も可能にしたRV要素をふんだんに盛り込み現在では各社の重要ラインナップの一角を占めるようになりましたが反面ワイルドさは消えとてもクロカンのような走行シーンを例え実力があろうともなかなか踏み込めないモデルばかりになりつつあるのが寂しいかな!?

ランクルしかり、デュアリスしかり、アウトランダーPHEVやCX-5をもしワタシが持っていたとしても勿体無くてOFFなんか走らないだろうし…

高級路線に行ったランクルの後追いを感じ以前よりもこのジャンルは興味を失っていますがワタシのように“生活4駆”の使用しかないのなら好きなヒトは選ぶのでしょう、あくまで個人の意見ですがステータスさを競う道具になりつつあるSUV、何となく本末転倒?な感じを受けますしここでもセダンの衰退を感じたりしますね。
単に背高4駆セダンに成り下がった多くのクロカン→SUV、ジープのようにとは言いませんが本来の立ち位置に戻るワイルドなヘビーディューティってのは時代的にもう無理なのでしょうか…

こんな風に感じているとつくづくランクル70の復活は凄い事に思います!
まぁ余裕のあるトヨタだからできる道楽?かもしれんし惜しむべきはもう少しリーズナブルなら良かったんですがここはトヨタの英断に素直に拍手を贈りたいです。

おしまーーい(^^)/~~~

Posted at 2018/07/07 19:47:08 | コメント(0) | トラックバック(0) | ザ・ベストテン | クルマ
2014年10月29日 イイね!

保存版・・スポーツセダン“ザ・ベストテン (後編)

保存版・・スポーツセダン“ザ・ベストテン (後編)前編からの続き

ベスト3に入ります!今週の第3位!!

【三菱ランサーエボリューションⅠ~Ⅹ CD9A~CZ4A型(1992~現行)】

インプレッサ(WRX)が出たらやはりエボでしょう!
えっ、何?もうランサーがランクンしてるじゃねーか、コラッとかクレームが来そうですがそこは菱ヲタの特権と言うか…同じ名前ながらランサーとエボはやはり別枠にするのにそう文句ないと思います、7位に上げたランサーは所謂ノンエボってヤツでファミリーベースのランサーにターボや4駆を載せたモデルのスポーツセダン、エボは発祥からしてランサーとギャランの掛け合わせでボディは確かにランサーのカタチしてますが中身は別物、ちょうど4位でインプレッサとWRXが分かれていったのと同様であり三菱はことランサーとエボの関係はスバルに先駆けたモデル展開をしていた訳ですね!

ご承知の通り92年のデビュー以来4世代に渡り存在したエボ、今年いっぱいでSSTモデルの廃止が発表され既にRSは製廃、残るGSRのMTモデルも先行きは長くない様相で真に残念ですがかろうじて?現在残る我が三菱唯一のスポーツセダン、堂々3位としました!

第一世代(92~95)のエボⅠ~Ⅲは母体の一部であるE38?39AギャランVR-4のDNAを色濃く残したモデル、80年代後半~90年初頭にかけたWRCで大活躍したVR-4の後を受けそれより大幅に軽量化、ドライバビリティも劇的に進化したエボ、三菱ファン、ラリーファンに留まらずスポ車マニア全体から熱い視線で迎えられましたね!
Ⅰ/Ⅱは荒削りの部分も多く確かに軽い分VR-4は問題にならない戦闘能力を持っていましたが素人には扱えないレベルで漢のモデルだったと思います。
街乗りでは充分の強度ながらも競技レベルになると剛性や脚廻りに課題も多かったですが第一世代の完成型であるⅢになるとかなり煮詰められ相応の進化が感じられました。

・ランサーエボリューションⅢ CE9A型(1995)


母体のランサーのFMC以後の初のエボが96年発売のⅣ、エボ4代目にして当時国内自主規制が敷かれていた280psを2Lで初めて到達したのが大きな注目でこれに踊らされて?ワタスも人生初の新車購入しましたっけ(^。^)y-
続くⅤはワイトレとなり走破性をUP、これによりエボも3ナンバーの時代の突入、Ⅵはやはり第二世代の完成形として進化を止めませんでした。
ただ、第二世代からは三菱得意の電子デバイス全開となり個人的感想では乗せられてる感が凄く生理的には好みではありませんでしたが速さはVR-4や第一世代の比ではありませんでしたねー…

・ランサーエボリューションⅤ CP9A型(1998)


第三世代は2000年に母体のランサーがFMC、ランサーセディアになった以降の2001年にⅦがデビュー、Ⅷ→Ⅸと続きました。
エクステリアはベースのランサーがセディアとなりかなり大人しいデザインに変化したのに対しエボらしく大型エアロパーツは纏いますがⅣ~Ⅵに較べても地味な印象になった感がありました、サイズも大型化し鈍重なイメージ?になりますが先代Ⅵの卓越した運動性能はそのままに剛性を高め進化は止まずだったのは言うまでもありませんね!

Ⅶの時代にATモデル(GT-A)、Ⅷの時代に往年のギャランGTO-MRやZ16A GTO-MR以来の三菱伝統のスーパーウエポングレード名である『MR』がラインナップ、エボワゴンなども設定され歴代エボリューションの歩みで一番華やかでした。

・ランサーエボリューションⅦ CT9A型(2001年)


そして現行Ⅹが2006年に発売、VR-4から続いた名機4G63が遂に終了し新開発4B11型2LDOHC16V I/Cターボエンジンに換装されたのが大きな特徴でした。
ベースのランサーが製廃となりボディを新車種(実質はランサーのFMC晩)であるギャランフォルティスと共用、先代Ⅸまでのモンスターから路線変更、実際WRCなどからも撤退していたので行き場をラグジャリーに向けるしかなかったのは理解できますが歴代エボを知るとどうしてもⅩは好感持てません、しかしこれも現在の弱体化した三菱では過去の輝いていた頃の遺産でもありますね、あれほどスポーツセダンの宝庫だった三菱の最後のハイパフォーマンスモデルですし今や同社唯一のMT設定モデルでもありますしランクインは当然の如くです!

・ランサーエボリューションⅩ CZ4A型(2007~現行)


とうとう来ました!第2位!!

【三菱ギャラン(1969~2005)】

日本で“スポーツセダン”を名乗ったのが前述の通り410ブルが最初、その後の510でしっかり日産はそのイメージを強固にしますがそれに対抗したのが当時第三メーカーに名乗りを上げた三菱!
日産同様比較的昔からラリーに熱心だった同社、60年代のコルト600や800で国際ラリーに参戦していましたが本格的に“勝ち”に行ったのが初代コルトギャランでした。

菱ファンとしてはこの初代ギャランのイメージからギャラン=スポーツセダンの公式がインプットされていますんでワタシとしては鉄板な順位かと(^^ゞ
ギャランは全てが新開発、三菱らしいロングストロークを基本とする4Gエンジンを搭載、最高峰AⅡグランドスポーツでは1.5L OHC 4G31型ツインキャブ105psというパワフルなエンジンを800kg台のボディに載せ510のSSSと互角の走行性能を実現、三菱版スーパースポーツセダンだった訳です!
ラリーでも大活躍し大メーカー故、ファミリーへの訴求も重要なブルに較べギャランはスポーツ一辺倒の展開、もちろんセダンとしての機能は充分当時の水準を得ていたので主に若年層のクルマ好きファミリーには510を超える人気でした。

・初代コルトギャランAⅡグランドスポーツ A50型(1969~1971)


軽量ボディ、パワフルなエンジン、卓越したハンドル&シフトフィールはデフに爆弾を抱えていたと言われますが当時セダンで俊敏な走りを提供していたのはスカイラインGT-RとブルSSS、そしていすゞベレットにこのギャランAⅡ(71年以降は1.6LとなりAⅡグランドスポーツ→16LGSに変更)でしたのでね、GT-Rは高額、ベレットは古い、実質このジャンルはブルとギャランの2体制であった訳でブルと並びスポーツセダンのパイオニア的存在と言っていいでしょう、三菱故にあまり知られていませんが(汗)

このようにスポーツセダンとして認知されたギャランですが2代目(1973~1976)は2L級に以降、サイズもデカくなり初代の俊敏さは当時目線では失われ没人気でしたが2L 125psの4G52ツインキャブエンジンはGTO-GSRと同一、これをGTOより軽い900kg台のボディに載せていたのでイメージはともかく充分スポーツセダンの資格はあったと感じます。

3代目ギャラン→初代Σとなりますがこれは三菱史上一番売れたモデルなんですがね、残念ながらこれの時期は排ガス規制の暗黒時代、一応ツインキャブ付きモデルも存在しスポーツセダンの雰囲気はスタイリングも秀逸で持っていましたがドライブフィィールは残念!これは対象外とします。

・4代目(2代目)ギャランΣ2000GSRターボ A164A型(1980~1983)


4代目ギャラン(=2代目ギャランΣ)にはターボモデルがラインナップ、名機4G63の元祖となったG63B型に内製ターボが売りでランタボほどの過激さはないながら他社が2Lでは6発ターボだけの時代に軽量4発のターボで俊敏さは勝りました、キープコンセプトが失敗で没人気でしたが菱ファンとしては排ガス暗黒時代を抜け切り久々のギャラン=スポーツセダンを満喫させるモデルとして対象とします!

5代目ギャラン(=3代目ギャランΣ 1983~1999)も可変バルブを持つシリウス(サイクロン)ダッシュの3×2バルブのG63BTとうスポーツカー、スタリオンと共通エンジンを搭載するTOPグレードが存在しましたが世はマークⅡGX61/71によりハイソブーム真っ只中、Σもご他聞に漏れずこ時期はハイソ路線一直線で性能はともかくスポーツセダンとして威厳はなかったので対象外です。

・6代目ギャランVR-4 E39A型(1987~1992)


大昔にギャラン=スポーツセダンを印象付けたのが初代コルトギャランならば近年でそれを再度印象付けたのがこの代のVR-4でしょう…
当時2L最速、今や名機と呼ばれる4G63型DOHC16V I/Cターボをフルタイム4駆で武装したシャーシに載せWRC史上に歴史的1ページを加えたVR-4、ライバルのレガシィRSやセリカGTFour、ブルSSS-Rと並ぶ日本が誇るラリーモンスター!
但しこれも速いのが取り得だけでなくファミリーセダンとしても実に完成度が高く5ナンバーサイズのセダンとしては非の打ち所がない出来栄えは家族持ちの走り好きのワガママな欲求をとことん満たしてくれるモデルでした。
あんまり書くと嫌味なのでこの辺で止めますがこれのランクイン、2位という立ち位置はそう文句は出ない…筈(笑)
このE30系の後にエボが登場、このためギャランはスポーツセダン→ラグジュアリー路線に変化、7代目E50~80系(1992~1996)でもVR-4はV6ツインターボとなり存在、3ナンバーサイズになり無用な肥大化と鈍重なイメージのスタイリングで没人気ながら性能的には1級品でしたのでね、対象にしたいと思います。

・8代目ギャランVR-4 EC5A型(1996~2002)


3ナンバー化だけならともかくヘンテコな?スタイリングが要因でE30系VR-4の人気をレガシィやエボに全て持っていかれたギャランはこの最終8代目で先祖帰り、初代やE30系の特徴だった鋭い逆スラントの顔付きにシャープな直線美のスタイルを取り戻します。
先代で2LながらV6とされたエンジンは2.5Lまで拡大、6A13型DOHC24V ツインターボエンジンはMTで280psに到達、見かけもスペックも間違いないスポ-ツセダンでした!

走りの部分ではE39A以来、獰猛さや軽快感は消え失せましたがその部分はエボに任せグランドツーリング的な重厚な走りに重点を置いたECのVR-4、同じVR-4でも全くドライブフィールは異なりますがエボとの棲み分けがキッチリなされ今振り返るとスポーツセダンも選べ
た三菱の最後のいい時代だったと感慨深いです…。

さっ、そしてオオトリ!今週のTOPを飾るのは…

【日産スカイラインセダンGT/RS系(1963~2001)】

この1位は誰も文句ないでしょう!いくらエコヒイキの酷い?Gureでも“スポーツセダン”という称号はスカイラインの上に来るものはないと断言しますねー。
多少クルマが好きなら老若男女誰しも知るスカイライン、これもクドクド書くにはあまりにも有名で憚られます(汗)
まぁ、この企画の構成上簡単に記せばスカイラインにそのイメージを植えつけられたのはやはり2代目S50時代にデビューしたGT-Rの原型であるS54型スカイラインGT、4発のボディの鼻先を延長しグロリアの6気筒を押し込んでこさえた言わば急場しのぎで造られたこのスカイラインGT、盛り上がる国内レースの創世記に大活躍し常勝ポルシェを追い込んだのはあまりにも有名、勿論さすがのワタクシも生まれてはいましたが赤ん坊ですからね、リアルで見ていた訳ではないので受け売りですがまだまだ海外の波居るレースカーになんて国産車が足元に及ばないと思われていた時代に例え優勝を今1歩のところでポルシェに譲ったとしてもきりきり舞いさせた
のはさぞかし痛快だった事でしょうね~。

さてさて、このS54スカイラインGT(1964~1965)が後にGT-AとGT-Bに分かれ2Lベースモデルのシングルキャブ6発がGT-A、ウェバー3連キャブのハードモデル=つまりは従来のGTがGT-BとなりこれがGT-Rの源流ですね。

・3代目スカイラインGT-R PGC10型(1968~1971)


そして3代目GC10の時代には2000GTはシングル6発のGTとご存知S20型24VDOHCソレックスのGT-Rのラインナップとなります!

※3代目スカイラインは他にGC10型スカイラインGT(1968~1972)、同GT-X(1972)も対象とします。
※尚、申し訳ないですが紙面?の都合でスカイラインはその時代時代に於いてスポーツセダンに相応しいモデルが変化、ほぼ2000GT系(NAPS以降のシングルキャブモデル、R30以降のNAモデルは除く)はほぼ歴代R34までスポーツセダンだと思いますが何せR34まででも40年超えの歴史がありますのでご紹介しきれません、サラッと車名明記だけにさせて頂きます。

GC10型=ハコスカと呼ばれ当時~現在でも非常に人気があり今や普通のGTですらはプレミアム価格、70年にHT、71年にツインキャブ付L20搭載のGT-XをHT/セダンに順次追加、GT-RはHTボディへ移行していますのでスポーツセダンとしては前期のGT-R(セダン)及び前期セダンGTに前後期GT/GT-Xとします!

72年には4代目で『ケンとメリーのスカイライン』のコピーが有名になり今だ『ケンメリ』の愛称で親しまれるGC110型がデビュー、GT-Rも遅れてデビューするもOILショックの煽りを受け極僅かな生産で終了、この事から“絶版車”と呼ばれ廃止後~現在に於いても希少価値が付き投機対象にまでなる幻のモデルとなっていますね、尚ケンメリもGT-RはHTのみ、対象とするのは75年までの未対策の2000GT/GT-X、50~51年規制NAPSモデルは1キャブは論外、EGI付きでもそのドライブフィールはスカイラインの名を汚す出来栄えでしたので対象外とします。

78年からは5代目GC210型となりますがこれもNAPS丸出しで萎える走り、スカイラインらしい走りを味わえたのは80年追加のターボモデルからでこれはセダンにも設定、L20ET OHCターボ145psは当時としては2.8Lクラスのスペックで長らく暗い排ガス規制で苦しんだスカイラインの救世主の如く大人気!セダンGTターボモデルはこの時代の観点からしたら充分なスポーツセダンであり中でも走りに振ったハードモデルのターボGT-ESは最もそれに相応しいモデルでした!

・6代目スカイラインセダン2000RS DR30型(1981~1985)


GT-R製廃以来ファンが待望したDOHC搭載モデルが8年ぶりに復活したのが6代目R30型の2000RS!! R34までの歴代が常にストレート6を主役としてきたスカイラインでは稀な4気筒がメイン人気となった貴重なモデルでした。
全てはFJ20E型DOHC16V 150psというハードなエンジンを搭載した事による人気で伝統のL型、同ターボもラインナップされるもメインはRSが勤めていました。
DOHCを持たない事からトヨタからは「名ばかりのGT」と揶揄され続けたスカイラインの逆襲は2バルブのDOHCだったトヨタに対し強烈なパンチをお見舞い、その後トヨタも4バルブDOHCを次々にデビューさせますがスカイラインはFJ20にターボを装着、2L最高psとなる205psまでエキサイトしたRSターボCがこのシリーズ最強のモデル、勿論セダンにも設定されていますのでこれは今でも充分君臨できる“スポーツセダン”であると言えましょう、他にNAのセダンRS系、セダン2000GTターボ系も対象にします!

85年登場の7代目7thスカイラインは当初時代の要求からハイソ路線になりましたがファンのブーイングもあり86年にクーペを追加、どうにかファンを繋ぎ止めたのが有名なこぼれ話…
長い間主役を張ってきたL20型が引退、新開発RB20系エンジンが搭載されDOHC24V、ターボ付きもラインナップ、しかしクーペには限定モデルながらGT-Rを意識させるGTS-Rが存在しましたがセダンには未設定、通常のGT最高峰はツインカムターボのRB20DETを搭載しパフォーマンスは充分ながらセダン/4HTに関しては全体的にハイソの色合いが濃くスポーツセダンの印象は皆無?ですのでR31型は対象外とします。

・8代目スカイライン4ドアスポーツセダン2000GTS-tタイプM R32型(1989~1993)


89年にデビューした8代目スカイラインR32型は先代が肥大化しハイソ路線を採った事を反省、セダンもクーペも徹底的にシェイプUPをし走りのスカイラインを久しぶりに全面に押し出したモデルでした。
R32で特筆はやはりGT-Rの復活ですが残念ながらセダンには未設定、オーテック扱いのモデルでセダンボディにGT-RのRB26DETTをNA化した『オーテレックバージョン』がありましたのでこれを対象としたいところですがこれはATモデルのみと言う事で断腸の思いで外します。
R32は4ドアはその名もズバリ「4ドアスポーツセダン」とされ形状的にはサッシュレスドアを持つ4HTタイプ、しかし4HTとは呼ばれずそれにありがちなハイソの雰囲気は一切無く硬派な仕上げがスカイラインらしく好感を持てました。
対象はこの4ドアスポーツセダンの最高峰、RB20DETのDOHC24Vターボ215psを搭載したGTS-t(同タイプM)とさせて頂きます。

・9代目スカイラインGT-Rオーテックバージョン R33型(1997~1998)

 
9代目スカイラインR33型は再びボディを拡大、R31のように高級路線に走りファンを失望させますがフラッグシップのGT-Rはクーペボディながらしっかり存在、そんな中スカイライン40周年記念モデルとしたセダンGT-Rがハコスカ以来に復活、オーテック受注生産モデルながら全体的に没人気(スカイラインとしては)の中で光る存在でした。
非GT-R以外は廉価版を除き全て2.5Lとなり前車3ナンバー化、250psとなったRB25DETのパフォーマンスはRB26には及ばないながら相当なモノでしたが肥大化ボディで運動性は32に劣り雰囲気もラグジュアリーに振られ過ぎでしたのでワタクシとしてはR31と同じ理由でこれは対象外、依ってR33はGT-Rオーテックを対象にしたいと思います!

・10代目スカイラインセダン2000GT-Xターボ R34型(1998~2001)


不評のR33は98年にFMC、再びスカイラインらしい軽快なイメージを取り込んだR34型がデビュー、勿論頂点はクーペボディのGT-R!!
伝統のセダンとクーペのラインナップ、3ナンバーボデイや2.5LメインはR33を継承しますが雰囲気はハコスカやR30を彷彿させるスッキリとしたクリーンなデザインが三度走りのスカイライン!
のイメージで高感度UP、対象はR34から遂に非GT-Rながら280psに到達したRB25DET搭載の2.5GTターボ系にしたいと。

ただ当時セダン人気の低迷が顕著のなり残念ながらさすがのスカイラインも人気/販売は低迷、僅か3年でR34はGT-Rを除き廃盤、後続は海外インフニティブランドの別車種として開発されたモデルに国内ではスカイラインを命名、型式もR→V系とされていますので実質的に、特に我々世代ではスカイラインはR34で終わった印象。
後続V系スカイライン(V35~現行V37)はR34までのスカイラインとは全くコンセプトの異なる高級サルーンに特化、このためスポーツセダンとはかけ離れたモデルとなっていますのでV系以降のモデルはこの企画の趣旨からは外れています…。

ランキングは以上となります!

恒例、圏外は下記の通りとなりました。
11位:ホンダ1300 99 H1300E型(1969~1972)
12位:トヨタセリカカムリ2000GT RA55型(1980~1982)
13位:歴代トヨタカリーナセダンGT系 A10~T210系(1970~2001)
14位:初代日産バイオレット1600SSS非NAPS 710型(1973~1975)
15位:歴代トヨタコロナセダンSR/GT系 T100~T170系(1973~1992)
16位:歴代ホンダシビックセダンSi/タイプR(1983~2011)
17位:歴代いすゞジェミニZZ系 PF~JT系(1979~1993)
18位:7代目日産セドリック及び8代目グロリアセダングランツーリスモ Y31型(1988~1991)
19位:4代目トヨタマークⅡ及び2代目チェイサーセダン2000GT RX63型(1980~1982)
20位:6代目ホンダアコードユーロR CL1型(2000~2002)

如何でしたか?毎回〆では書きますがクドイですがあくまでもこの企画はお遊び、『それは違うだろ?』とか『あれが入ってねーじゃん!!』的な反論もあるでしょうがこれはワタクシの基準、これを読んで皆様も独自なベストテンを楽しんで頂けたらと思います。

見かけはオヤジセダン、中身は凄い!!的なこれらスポーツセダン、ある意味悪趣味の塊?な気もしますが地味なファミリーセダンが走らせたらスポーツカーをカモる、これほど痛快な事はなく悪趣味なワタシとしては大好物のカテゴリーです(笑)
しかしこれもセダン人気の低迷の煽りを受け現在でもかろうじて数車残ってはいるもののかつてのように大衆車クラスでも存在し気軽に安価で求められモノは皆無の状況、まっ、コンパクトクラスはほぼ2BOXになってしまいましたしね、セダンそのものがナイですし…

羊の革とかいぶし銀とかの形容詞がよく用いられますがこの類のモデルはハコ好きにとってはたまらない魅力があるんですが現状、なかなか安価でのラインアップは難しいでしょう、しかしかつてのサニーのように大袈裟なエンジン積まなくてもエボインプのようにコテコテにしなくても軽量+元気なエンジン+しっかりしたシャーシがあればそれほどビックラ価格でなくても実現可能な気がするんですがね、それでも排ガスも安全性も以前のようにはいかずMT文化は遠い昔、電池の残りや後何km走れるか?の表示を見ながら走るクルマばかりの世の中“速いハコ”をMTで軽快に操るという事ってもう悪なのでしょうかねー…
懐古趣味ばかりで申し訳ないのですがココでご紹介したおもしろセダン達、例え20年前のモノでもセダンだって標準家庭なら充分ファミリーカーとしても役立ちます、若い世代のお父さん、奥さんの言いなりでミニバンばかり乗ってないで“男○0、GTアゲイン!!”でいかがですか?って新車は高いのしかネェか;:゛;`(;゚;ж;゚; )ブフォォ!!

最後にこの超大作という名の長ったらしい駄文を最後までお付き合い頂いた方々全てにお礼を申し上げます。

おしまーーぃ(^_^)/
Posted at 2017/11/18 18:01:07 | コメント(0) | トラックバック(0) | ザ・ベストテン | クルマ
2014年10月28日 イイね!

保存版・・スポーツセダン“ザ・ベストテン (前編)

保存版・・スポーツセダン“ザ・ベストテン (前編)
今回のベストテンは『スポーツセダン』をお題としてみました(^_-)

前に『4枚“ベストテン”』やってますからねー、またセダンかよ!!とか言わないでホスイ(-_-;)
まぁ、結果は似ていますが内容は非なる部分も多いのでお暇なら見てやってくだせー!
あっ、いつにもましてかなり長ゲーです、読む方はお時間のある時に心して読んで下さいナ~(汗)

てな訳で現在ではエコ、EV、ハイブリットに圧されかつての勢いはないながらかろうじて数社からラインナップされるスポーツセダン、過去セダンが当たり前の時代かつスポーツ/スポーティカーがメーカーも何よりもラインナップ上で最も重要だった時代には数多く存在、標準型にツインキャブやインジェクション、ラジアルタイヤに4MTが全盛の時代に5MTを載せただけで”スポーツセダン”を名乗るナンちゃっても多く存在しましたが反面DOHCやターボ、またはその両方の高性能エンジンを載せ見かけはファミリーユースの箱(セダン)ながら中身はスポーツカーそのものってモノも数多く存在、今回はそんなモンスターセダン?にスポット当ててみようかな~と!
但し大袈裟なエンジン、機構は持たずともベース(素材)が良く少しのチューンで立派にスポーツセダンと呼べるモデルもありましたからこれは対象にしています、また例によって国産車のみのランク対象、また個人的哲学?拘り?で恐縮ですが“スポーツセダン”の呼び名は例え現在のように高性能であってもATが常識になりつつあってもそこはMTに拘っていきたいのでどんなモンスターでもATは除かさせて頂きます。

また、タイトルに拘りあくまでボディ形状はセダン(ピラー、ドアサッシュ付き)に限りたいと思いますがそのクルマが例え4HT形状でも“セダン”と謳っていれば対象としたいと思います。
(例:対象外=○○HT、4HTとされる車名や別名=カローラセレス、カリーナED、エメロード等 対象=インプレッサHTセダン、スカイラインR32スポーツセダン等)
同様の理由で2BOXは除外します。

今回はあるモデルでは単独ですがあるモデルでは同メーカーで同じようなコンセプトのモデルをまとめたりしています、またあるモデルでは歴代で同一コンセプトのモノはこれもまとめてランクインというカタチにしていますので宜しくお願いします。

それではそろそろ参りましょう!!

さぁ、今週の!?第10位!!

【日産サニーセダン(1970~2004)】

サニー=軽快さが身上で走りには歴代モデル(一部を除く)定評のあるものであったのはご承知の通り!
本来はマイカー元年以降の日産の稼ぎ頭の大衆車/ファミリカーの役目を担ったクルマながらサニーは初代B10型からOHVとは思えない軽快な吹け上がりをもたらすA型エンジンと軽量ボディ、水準を超えたハンドリングが織り成すドライブフィールが走り好きの心を捉え2代目B110型以降もこれが伝統的イメージでした。

伝統的にセダンとクーペを持っていましたが性格上、スポーツモデルはクーペの方が注目され人気も高く競技などの出場もこちらでしたがサニーの基本はあくまでセダン!と言うかの如くしっかりとセダンにもスポーツモデルをラインナプしていました…
途中、時代の要請からFF化がなされた時に一時この味は途絶えかけましたがそんな中ではB110が基本となるトラック(B120)がその役割を果たしたり近年、重量増になり魅力が減りつつあった時には兄弟車のADバンにかつての片鱗を伺わせたりととにかくサニー(とその派生)というクルマは走りも一目置ける車造りをしていたのは間違いなく単なるファミリーカーを超えた魅力的モデルでした。

今回はそんなサニーセダンの中で特に印象に残り“スポーツセダン”の称号が相応しいと思えるモデルをチョイスしてみました!!

まずはツインキャブを搭載しそれまでも充分に運動性能が高かったサニーをより走りの追求をしたB110のGXがサニー初のスポーツセダンだったと思います。

・2代目B110型1200GX(1970~1973)


クーペモデルはTSサニーでお馴染みのイケイケモデル、あまりにもB110クーペが有名で人気高のため滅多にセダンが取り上げられる事はなく現役当時もスポーツモデルの『GX』はほぼクーペ一色の様相でしたが後年B110人気の高まり以降はこちらも注目されました。
初代B10型には雰囲気のみスポーティに味付けしたグレードが末期に存在しましたが当時のスポーツセダンの王道であるツインキャブ搭載はなくこれをラインナップしたライバルのKE10系カローラに対抗したのが70年2代目のFMC時に追加されたGX!!
ただGXと言ってもそれほどコテコテにスポ根魂が注入された訳ではなく標準のA12型OHVエンジンをツインキャブで出力UP、タコメーターやストライプなどを装備した程度、しかしながら標準のA12型エンジンの素生がよく5ps程度の出力UPのツインキャブ化はサニーを一層ハイパフォーマンスとし水を得た魚のような走りは印象的、クーペよりは若干重かったのですが走りに何の支障もなくクーペがサーキットを荒らしまわった実力はセダンでも変わらぬ魅力がありました。

FRに軽いボディからなる素直でクイックな特性はOHV1.2Lながら実力は1.6Lとも1.8Lとも勝負できるモノ、腕に多少憶えがあればこれ程操るのが楽しく感じるセダンもなかったかもしれません…
最大のライバルであるカローラが80点主義そのまんまで全体的にダルな操縦性で誰にでも扱えるというクルマだったのに対しサニーはある部分ではカローラに劣るもことドライブフィールに関してはカローラを上回りそれにない操る楽しさを与えてくれる仕上げ、後期型では直結5速のGX-5もクーペと同時ラインナップ、一層魅力に磨きがかかっています!

同じボディで1.4LのツインキャブL14型を搭載するエクセレント1400GXも存在しましたがこちらは重いOHCエンジンがB110の魅力をスポイル、FrヘビーでパンチもA型に劣り乗り較べるとその差は歴然なので対象外とします。

尚、フィーリング的には次世代のB210 3代目(73~77y)、B310 4代目(77~81y)のセダンスポーツグレードもB110GX同様にスポーツセダンとしてランクインさせたいと思いますが下記モデルのみが相応しいかなと。。。
(B210セダン)
未対策時代の1200GX(A12型OHVツインキャブ搭載)
エクセレント1400GX及びNAPS化以降の1400GX-Tやエクセレント1600は除きます。
(B310セダン)
78年に追加された1400EGI搭載グレード(1400GX-E/SGX-E)に限る。
※これはかつてドライブ経験からなる個人的主観に基づきます。

・6代目B12型1600TWIN CAMシリーズ(1986~1990)


先代B11型からサニーはFF化、このB11でも“電撃ルプリ”で有名な?ターボモデルが存在、FF2代目のB12型でもこれと同じE15ETエンジンを搭載していましたがこれはスポーツセダンと呼ぶには完成度はイマイチ、B11はFFの悪癖が多く残りFRからの転換直後という悪条件も重なりドライバビリティは決して素直ではなく楽しさもない、B12はかなり改善されますがDOHCと較べるとどうしてもフィーリングが好みではなかった…

当時E15ETのB12はそれこそ節税高性能というイメージでどうしても走りを総合的に満たすのはDOHCのCA16DEでしたからねー、大排気のターボならばそれほど軽快という部分は気にしませんがこのクラス、特にサニーの場合はどうしてもこのイメージがついて回りターボモデルは回せば確かにDOHCと遜色なく速いのは間違いないのですが下から上までトルク特性が一定でDOHCサウンドも魅力的なTWIN CAMシリーズをワタシ的にはやはり推したいです!

画像の1600VR、これは知る人ぞ知る漢のグレード、所謂競技向けモデルで内外の装備はSTD並のショボさ!しかしCA16DE搭載の軽量モデルで高級版で広く普及したスーパーサルーン等と較べると特殊ユーザーしか手にする事はなかった幻的モデルですがナンパイメージの強いB12で個人的には一番ソソられるモデルでした(*^^)v

・7代目B13型1800GT-S(1990~1993)


B13にもB12同様のCA16DE搭載のVRが存在しましたが13ではバブル期の恩恵?一クラス上のプリメーラやブルーバード用のSR18DEを搭載するGT-Sがやはり一番の“スポーツセダン”でしょう…

1.8L 16VDOHC140psは正直サニーにはオーバークオリティ、最高峰でお値段も立派だったので普及はしませんでしたがSRエンジンは非常にパンチがありCA型が及ばないハイパフォーマンス、ブルやプリメーラでも充分以上に速くこの頃になるとFFも完成の域になりハンドリングやサスも非常に快適でGT-Sは正にサニーのモンスターでしたねー。
走りよりもフルエアロ、電子制御サスやフル装備の豪華さが全面に出されグランドツーリング的なイメージでしたが実力は相当なモノで競技ではダートラの主役になった程の走りの良さピカイチでした。
尚次期型B14や最終型B15でもハイパワーエンジン搭載モデルは存在しましたがサニーらしさが消え個人的にはプリメーラやブルのお下がり的イメージになってしまったイメージ、好みではないのでランク対象外とさせて頂きます。

続いて第9位!!

【歴代マツダロータリーセダンシリーズ(1968~1991)】

かつて同社の顔であったロータリー(RE)エンジン、日本で始めて2ローターのREを開発、市販→広く普及させたのは世界でも例が無くその開発→実用化には同社の血と汗の結晶、73年の不幸なOILショックがきっかけでコスモスポーツでREを搭載、市販時には大きな反響を呼びながら73年以降、イメージは常に「パワーはあるもガソリン大喰い」のマイナス部分がついてまわり国内では言われ無き“マツダ地獄”なる差別も行われたりREは時代の最先端のエンジンであり技術革新も絶えず行われながらも悲運なエンジンだった訳ですね…

そんなREですがマツダは逆境の中でも普及に尽力、初搭載はそのイメージから2シーターの完全スポーツカーであるコスモスポーツでしたが普及には当時日本ではファミリー層に当たり前だった極普通のセダンへの搭載がそれへの早道と考え68年にまず大衆車/ファミリー層に知名度の高いファミリアに搭載し『ファミリアREセダン』として発売、このクラスでは桁外れの高出力で世間をアッと言わせました!

・ファミリア(同プレスト)REセダンM10A型(1968~1973)


先にデビューしたコスモスポーツのRE10B型を低速型に改良した10A型を搭載、しかし低速型と言えども当時このクラス(1000~1200cc)のファミリーカーが60~75ps程度の時代でいきなり100psは非常にセンセーショナルで話題を撒きました。
当時幼児だったワタシ、物凄い夢のエンジン?を積んだREセダン、未来のクルマが現れたようにモーターショーでは眺めていました…
しかし実際後年これも乗ると明らかにシャーシがパワーに負け危険レベル、乗ったクルマが5万km程度走行した中古だった部分を差し引いてもハンドリングや脚廻りはベースのレシプロ1L/1.2Lなら許容できるものでもREでは不安だらけ!全開で発進すればまともに真っ直ぐに走らせるのが至難な程ハンドルや脚が頼りなくブレーキもプア、ファミリアRE発売後のインプレ記事でよく見かけた欠点をそのまま味わえた?感じでした。
パワーだけはクラス1でも出来は?とう疑問符が常に付き決っして褒められる事が少なかったファミリアRE、メーカーも黙ってなくそれならばシャーシをしっかり煮詰めた本格的RE対応セダンを!と意気込んで開発→発売したのが70年のカペラとなります。

・初代カペラREセダンS122/CB12S型他(1970~1978)


“風のカペラ”として大々的に売り出した初代カペラ、それまでのマツダのラインナップであるルーチェ、ファミリアの間を埋める車種でいよいよマツダがNo3メーカーに新開発したREエンジンで躍り出ようと意気込んで発売した新型モデル、マツダとしてはルーチェを格上げして1.5~1.6Lの中級クラスを担いさせたい思惑がありこのクラスは当時オーナーカーとしてはTOPに位置し比較的余裕のあるオーナー層でもあり大衆車クラスに続いて中級クラスでもREの普及を!!と勝負を賭けた訳ですねー。

ここには老舗であるコロナやブルーバードが存在、大きな期待を背負うモデルがカペラでした。
ライバルに準じてレシプロの1.6L(後に1.5Lも追加)もライナップしますがメインはRE、しかもコスモやファミリアからは容量UPした新開発12A型を搭載、ファミリアと異なり12A型REの搭載に備えシャーシも大幅に補強されたカペラ、コピー通り“風”のような疾走を見せる魅力的モデルの完成でした!

しかしカペラにしてもシャーシの弱さは主にサ-キットで露呈、しかしREの卓越した高性能はクーペはともかくこれをセダンに求める層は少なく意気込んで発売した割には低迷、そして73年のOILショックを迎えカペラREシリーズは大打撃を受けますがマツダは諦めません、威信をかけて74年には主にシャーシ補強でバランスをより上げたBigチェンジを敢行し最終的には8年間、カペラREセダン(クーペ)を存続させますが時代が悪過ぎましたしカペラ以降に発売したマツダのNEWモデル群に埋没、言わば同士討ち的な惨状となりこのBigチェンジ以降も泣かず飛ばずという有様、残念ながら発売時目論んだ本格的なREの普及とはならなかった…
8年間の苦労?が報われず次期型2代目以降はREは上級下級に任せカペラはレシプロ専用となりよほど初代の失敗が懲りたのか?2002年の最終型までカペラはREを搭載する事なく終わっています。

OILショック以前のマツダは自信作のREの普及に躍起で矢継ぎ早にRE搭載モデルを発売、その第3弾が初代サバンナです!

・初代サバンナセダンS102/124型他(1971~1978)


“危険”のレッテルを貼られたファミリアRE、その揶揄に反論するかのようにマツダの威信にかけた新作がこのサバンナ!
やはりイメージリーダーはファミリア、カペラ同様にクーペでしたが同じボディのファミリアの上級後継的にサバンナと同時発売したレシプロ専用の双子モデルであるグランドファミリアがセダンメインでしたのでこのボディを使いサバンナにもセダンを設定、性格上まずサバンナのセダンなんて当時も後年も見かける事はありませんでしたがシャシをカペラ以上に強化したサバンナセダンはこの当時、最速の“スーパースポーツセダン”であったのは間違いナイ!
エンジンこそファミリアREの10A型、クーペにはRX-3が有名なカペラ用12A型搭載のGTが72年から追加されサーキットの頂点をスカイラインGT-Rから奪いますがセダンは排ガス対策適合まで10A型のみのライナップ(74年以降はGT同様排ガス対策を施した12A型に換装)ながら大人しいGファミリアセダンに獰猛なサバンナの顔と尻を付けたサバンナセダンはどこかアンバランスな印象を個人的に受けるも羊狼的な“速いハコ”の変態度は当時でもかなり高かったと思います(笑)

残念ながらクーペとワゴンのドライブ経験はありますがセダンは皆無、クーペでの印象はリアREとは比較にならないシャシの安定、REパワーを受け止める信頼感はセダンでも同じだったと思いますしね、当然?これも普及には至りませんでしたがマツダの何としてでもREを普及させたい!という情熱が如実の伝わるモデルライナップだったと思います、しかしやはりOILショックの影響は大きく遂にセダンでREというカーライフは世間には浸透せずサバンナは2代目からは完全スポーツカーに移行しセダンとは決別しています…。

REセダン普及作戦?第4弾はカペラの発売もあり72年、ハイオーナークラスに移行した2代目LA系ルーチェになります!

・2代目ルーチェREセダンLA系(1972~1977)


日産ローレル、トヨタコロナマークⅡにより切り拓かれたこのクラス、まだクラウンセドグロがショーファー的存在だった時代、実質的にオーナーカーとしては最高級のハイオーナーカークラスは富裕層が多く燃費に五月蝿い事を言わない層でもありルーチェはFMCを契機にREモデルの拡充を敢行、先代では試作的にFF機構を用いたクーペを設定していましたがこれを量産型のREモデルに切り替えクーペの立ち位置を継承するHTと新たにREセダンもラインナップしました。

ファミリア、カペラ、サバンナと続いたREセダンシリーズで最も成功したのがこのルーチェだったように思います。
マツダの目論見通り?ガブ呑みREでもこのクラスを選ぶユーザーは燃費を気にはしてもやはり高性能を求める傾向が強かったのでしょう、実際ルーチェREはお馴染み12A型に加え135psというより高性能な13B型(74年~)も搭載、このパワーはレシプロですと2L6気筒~2Lオーバーの数値でしたしこれになれば燃費もそう大差ない、しかもこれらレシプロ大排気量モデルは排ガス規制の影響をモロに受け高性能というには?な部分もあり比較的排ガス適合でもpsダウンが体感できなかったREは当時まだマツダの少ない関東地域ではそれほど人気があったとは思えませんが見かけるルーチェのうち半分以上がREだった印象、セダンもHT同様にRE比率が高
かったですねー。
この事がOILショックや排ガス対策以降、これ以前はやみくもにREの普及を図るべくどんなモデルにもRE!!というマツダのRE政策を転換に導きハイオーナー/スポーツカーでのシーンでREが熟成されていく事になり名車RX-7やRX-8、バブル期のフラッグシップであったマツダのRE歴史的価値ある3ローターREのユーノスコスモを誕生させますがセダン系でのREは91年の最終型ルーチェで終了、3代目以降はハイソ路線となりボディも大型化したルーチェセダンにスポーツセダンの称号は不釣合いですのでLA系のみを対象とします。

不幸な出来事がなければハイパフォーマンスセダンにまた違う人(車)生があったのでは?と思うとやや残念ではありますが逆境の中でも”速いハコ”の普及に努力したマツダ、意外にもかつての“スポーツセダン”量産メーカーだった事が現在のアクセラやテンザ、そしてデミオやロドスタに繋がる気がしますネ(^^)v

さぁ、8位行ってみましょー!

【トヨタカローラセダン/スプリンターセダン(1968~2000)及びカローラアクシオ(2009~2012)】

日本の大衆車/ファミリーカー代名詞カローラ(スプリンター)にスポーツモデルが追加されたのは1968年、初代KE10時代の1100SL、標準のK型OHV68psに対しツインキャブで武装し73psまで出力UPを計ったのが最初。
カロスプの場合はサニーが走りの楽しさを満喫できるクイックなファミリーカーだったのに対しSLと言えどあくまでムード的なモノでして勿論標準グレードには勝るも“スポーツセダン”には今一つ迫力は足りない感じ、スポーティではありましたが“決してスポーツセダンと呼べないモデルだったと思うので同時期のサニーはこれにあてはめながらもカローラファンには申し訳ないながらその出来栄え、ドライバビリティから単なるツインキャブモデルはスポーツセダンの認定外かな?と感じます。

このような形で次期型20系以降もスポーティグレードを設定しますが排ガス対策時に絶滅、クーペとLBに77年からTE27系から熱心なファンの多いレビントレノ/GTは従来のソレックス2T-GからEFIへと変貌しながら復活しますがセダンにはこれの設定はなしでした。
しかし4代目カローラ(3代目スプリンター)のE70デビュー時に先代レビトレ/GTモデルがようやくセダンにも投入、これがカロスプでは初の本科k的スポーツセダンであり初めて走りの面でサニーを上回ったのがこのセダンGTだった訳です!

・4代目TE71型カローラセダン1600GT/3代目同スプリンターセダン1600GT(1979~1983)


2T-GEU型1.6LDOHC-EFIエンジンは排ガス対策の洗礼を受けかつてのTE27~47型レビントレノの迫力、獰猛さは消えながらもEFI化により本来のファミリーユースとしても充分耐えうる中身ながらクラス唯一のDOHCを搭載するセダンは他には皆無、被るキャラに上級カリーナのセダン1600GTが存在しましたがこれより軽量リーズナブル、トヨタのハコGTの末弟としての存在感は非常に高く人気/販売はスポーテイな車型のクーペ(レビントレノ)やHTのGTに劣りましたが草ラリーなどの参戦も多くテンロクスポーツセダンとして注目度は高かったです!

TE71以降はカロスプもFF化がなされ次期80系(83~)では一時セダンGTは途絶えましたが84年に新開発4A-GELU型16VDOHCを搭載、以降8代目(7代目)まで同趣向のセダンGTはラインアップされ続けます。
勿論FF化になって軽快な吹け上がりが身上の4A-Gを武器に走りは充実、後年にはシビックやミラージュ、サニーもDOHCを搭載しライバルも増えますが伝統のハコGT、ファンは多く最終AE111型セダンGTまで全てが“スポーツセダン”の称号は相応しいでしょう…。

↓6代目AE92型カローラセダン1600GT(1987~1991)


80型以降で印象に残るのはやはりバブル期デビューのAE92型ですかねー、デジパネやTEMSなどの高級装備をop設定ながら与えられ時代を物語るように上級マークⅡと見間違えるかのような豪華な室内、嫌味がなくこちらもカローラとは思えないセンスの良さは上質なイメージを得られるエクステリアなどが好印象でしたぁ~。

尚2000年以降のカローラ(E120系)はセダン系にはスポーツツンカムエンジンは載せられませんでしたのでここでは対象となりませんがこれの次期カローラアクシオ(2006~2012)には2009~2012年にかけてTRDオリジナルコンプリートのカローラアクシオGTが存在、これは正規カタログモデルではなくTRDへの受注生産モデル、エンジンはハイメカの1NZ-FEながらI/CにIHI製ターボチャージャーを装備する近年稀に見るスポーツセダンでありこれもランクインの対象とします!

・10代目NZE141型カローラアクシオGT(2009~2012)


盛り上がってまいりました(汗)第7位!!

【三菱ランサー(1973~2007)】

70~80年代の代表的大衆車と言えばご存知カローラとサニー、そして御三家に数えられたのがランサー…
ランサーはこの3車の中では最も味付けがスポーティ、三菱らしくライバルに較べガサツで飾り気はないながらもドライブフィールは先祖であり走りに定評のあった初代A50系コルトギャランから継承、パンチのあるエンジンと高いボディ剛性、秀逸なるハンドリングとミッションフィール、信頼性あるシャーシからなる完成度は3車中No1の走りに振った内容がスポ車ファンには最大の魅力、本来のファミリーカーとしての役割も勿論果たす三菱気合の大衆車がこのランサーでした。

・初代A73型ランサーGSR(1973~1975)


三菱と言えば当時は日産同様にラリーに熱心なメーカー、先代にあたるコルトギャランでも国際ラリーで好成績を残しましたが継承したランサーも歴史に残る好成績を樹立、ギャランの活躍を上回りこの事からランサーは大衆車と言うよりスポーツセダンとしての認識が高かったですね!
ランサー=ラリーの強いイメージは73年に発売された初代ランサーの最高峰、ライバルよりチト大きい1.6Lサターン4G32型OHCツインキャブ110psの1600GSRから!!
このエンジンはギャランからより軽量なランサーに移植したもの、後年のE39A型ギャランVR-4→初代DD9A型ランサーエボリューション登場の経緯をこれの20年近く前に行っていたものでした。

↓初代ランサーと言えばこの姿がたやすく思い浮かびます!


ライバルがスポーティグレード、1.2~1.4Lであるところにいきなり1600のツインキャブは反則?かもしれませんがパンチに定評ある4G32はSOHCながらDOHC同等の実力、72年にデビューしたレビントレノの2T-Gのよきライバルでした。
レビトレはトヨタらしく操縦性のやや面白みが欠ける部分もありますがこれをDOHCの威力で強引にねじ伏せるといった印象、サニーGXは特別なエンジンを持たずとも全てが軽量、軽快な部分でドライバビリティは秀逸、ランサーはこれらをも上回る走りに振ったエンジン、機構が魅力ですが野暮ったい外観やお洒落さはカローラやサニーには完敗でしたが根強いマニアは相当なモノで未だ神話は衰えず!って感じ…

そんなランサーも排ガス規制の荒波には適わず76年以降はこれの適合型となり牙をそがれ10ps程度のスペックダウンでしたがこれを上回るダルさを伴うものになってしまい78年以降はこれすら53年度規制の煽りを受けて製廃となってしまいます、暫くランサーの代名詞であった“スポーツセダン”は消え失せる暗黒期になりますね…

・2代目ランサーEXターボA175A型(1981~1987)


A73型以外のスポーツセダンランサーはこれ以外にはないでしょう!(エボを除く)
排ガス規制の暗い影を引きずった暗い4年を過ごしたランサーの久々スポーツセダンがご存知ランタボです!

79年にFMCした2代目になるランサーEXに時代の寵児であるターボチャージャー付ハイパフォーマンスエンジンを搭載、一足先に海外でデビューしたのがランサーEX2000ターボでしたが国内向けは上級にギャランΣΛに2000ターボが設定されていた関係上、1800に落とされます。
それでも135psという高出力を実現、三菱らしいドッカンターボのじゃじゃ馬でしたが伝統のシャープなハンドリングと癖の無いFR機構、どことなく垢抜けなかった先代に較べスタイリングが好評だったΣの流れを含むモダンなデザインは男臭かったランサーのイメージを変えるお洒落さ、しかしターボに関してはしっかり硬派な部分も継承した魅力的なモデル、競技ベースのGT、豪華仕様のGSR、ATによるイージードライブをも楽しめるGSLターボ(後追加)と幅広い選択肢がありました。

83年からはGSR/GTはI/Cを装備、一気に160psのパワーを得て“スーパースポーツセダン”に駆け上がり未だファンの耐えないランタボ伝説をこのモデルが築きました!
ランタボこそがエボの原型、車種展開などもエボはランタボを倣っている点が注目できます。
ランサーもこの後はFF化の並に逆らえずEX以降はミラージュと統合に近いランサーフィオーレとなりこちらでもターボ付きやDOHCターボのC5系へと続きスポーツセダンのDNAはエボまで続きます。
フィオーレはFF化によりスポーツセダンとしてる完成度は低く対象外、C5系では何故か5ドアHBボディとなりましたのでこれも除外、4代目CD型ランサーでは再びランサーとしての魅力に磨きをかけ4WD+DOHCターボモデルもラインナップ(GSR/RS)、この代でエボリューションが登場しますがこれとは別口?であくまで本流のランサーとして=つまりはノンエボとしてのスポーツセダンはエボ以降もGSRやRA(ラリーアート)として継承しています!

・4代目ランサー1800GSR CD5A型(1991~1995)


・6代目ランサー1800ラリーアート CS5A型(2004~2007)


どんどん行きます、第6位!!

【日産ブルーバードセダン(1965~1991)】

ワタクシの少し上の世代にとっては“スポーツセダン”“スーパースポーツセダン”と言えばこのブルーバードをおいて他にはないのではないでしょうか…
この種のモデルの草分け的存在がブルーバード、その名もスポ-ツセダン(SS)と銘打って2代目410型の時代、64年には後年当たり前になるツインキャブやフロアシフトを装備するスポーツグレードがデビュー、続く65年には当時のフェアレディに載せていたR型1.6L90psを移植したずばりのスーパースポーツセダン(SSS)が追加されておりスカイラインGTと並びスポーツセダンとして一世を風靡しました!

しかし410型はそのスタイリングが主に要因で不人気、SSSとして大人気を博したのは次期型510(67~72)となります。

・3代目ブルーバード1600SSS 510型(1967~1971)


510ブルもサファリ総合優勝を決めるなどラリー=走りのイメージが強いモデル、勿論ライバルのコロナと共に中級小型車としての責務を果たした上でのこのイメージは乗ってみれば分かるコロナにはないエキサイティングな印象、サニーvsカローラ同様玄人好きするクルマ造りはこの時代の日産の特徴でした!

↓510と言えばこの勇姿がやはり思い浮かぶマニアも多いと思います!


まぁ、小さな車体の一回りデカいエンジンを載せてスポーツモデル一丁上がり!的な部分は否めずこのため名車510とて冷却系に問題があったりとホメられる部分ばかりではありませんでしたがこの時代としては水準以上の脚廻り、パンチのあるL16型エンジンにスーパーソニックラインなるクリーンなデザインは510を未だファンの多い存在とし名車として数えられる要因でもありますね。
ただあまりにも510のイメージが強くブルーバードとしてはこの後迷走、ラグジュアリー路線に行ったり再び走り重視になったりとキャラが安定しない時期があり510以後の610→810にはスポーツセダンと呼べるモデルは存在しません、排ガス対策期という事もありますが…
ラグジュアリー路線に傾いたブルが再び走りに目を向けグレード名『SSS』に相応しいモデルとなったのがこれも大人気を博した6代目910型でした!

・6代目ブルーバード1800SSSターボS 910型


現代目線からしたら決してスポーツセダンの範疇のは入らないかもしれませんが排ガス規制直後、救世主のように誕生したターボチャージャーは失われたスポーツ魂を復活させブルもベースの1.8L Z18E型にこれを装着、規制前でしたら2 LDOHCや6気筒ツインキャブでないと実現できなかった135psという高出力を得ました。
クルマ的にも2代続いたラグジュアリー路線を捨てシェイプアップ、新機構もテンコ盛りでしたし何より迷走したスタイリングは再び510を思い出しクリーンで好感度の高いデザインとなり510に次ぐ大人気を博します。

先代まで6気筒に拘るクルマ造りをしてきましたが再び軽量感溢れる4気筒専門モデルになり運動性能、ハンドリング、そして本来のファミリーセダンとしてもFRの小型車としては最高のモデルだったと思います。
スポーツグレードは普通、派生のクーペやHTに人気が集まるも910はセダンが一番人気、2HTと4HTがラインナップしていましたが一番バランスの取れたセダンに人気が集中したのも910の特徴でした。

910もかつての510やB110/310サニーのように特別なエンジンを持たなくとも充分なスポーティなモデル、その中でターボモデルはそう、特別なエンジンだった訳でそのパフォーマンスは当時としては卓越していた事は間違いないです!
910以降はブルもFF化がなされそれまでのイメージとは一線を画すモノになりスポーティグレードの『SSS』は継続されるも次期U11型(1983~1987)は再びラグジュアリー路線傾向で没人気、SSSとて初期のFF化のためスポーツセダンとは言い難いレベル…
そこで再び910の軽快さと並外れたパワーを与えらたのが8代目U12型ブルでした!

・8代目U12型ブルーバード1800SSS-R U12型


CA18DET型エンジンを搭載するツインカムターボSSSとこれの競技バージョンのSSS-Rは現代目線でも立派なスポーツセダン!I/C付DOHCターボのCA18DETは175psを発生、アテーサと呼ばれるフルタイム4WDシステムを採用したのも最大の魅力、SSS-Rはアテーサは省かれますが専用チューンにて出力を185psまで高めたスーパースポーツ、この時期ブームとなったラリーウェポンの一員でライバルにはセリカGT-Four、レガシィRS、ギャランVR-4などそうそうたるメンツが揃っていたのでこれらより200cc排気量の低いCA18DETは見劣りする格好ながらも実力に大差なく久しぶりにラリー参戦したりと若々しいブルの再来でもありました。
後期型では新開発の2L DOHC I/CターボのSR20DETに換装、よりスポーツ度を高めています。


尚このU12以降の最終U14型までSSSグレードはラインアップしますがU12を頂点としてスポーツ度合いは薄れ再びラグジュアリー化、後続U13型までSR20DETは搭載されるも内容はかなりマイルドになりますので独断ですがブルのスポーツセダンはU12までを対象とさせて頂きます。

☆☆~今週のスポットライト!!~☆☆☆
今一歩、惜しくもベストテンに入らなかったモデルはこちら…

【ホンダ1300 99S H1300E型(1969~1972)】


ホンダが4輪メーカーとし名乗りを上げた創世記の作品がホンダ1300!

N360で軽自動車市場を席巻したホンダがいよいよ普通車市場に殴りこみしたクルマで車格的にはカローラやサニーより一段下、パブリカやコンパーノベルリーナ、そして後発になりますがチェリーなどといった普通車のボトムで装備もこのクラス標準的なもの。
しかし1300はホンダらしくクラスの常識を超えた大パォーマンスエンジンの搭載が最大の特徴、一体式2重空冷式のOHCエンジンは最高峰99Sでは京浜CVキャブを4連装しクラスレスな115psという2L並みの高出力を誇りました。
1キャブの77シリーズでも100psというモンスターで全長4m、幅1.34mという小さなボディに800kg台という軽量にこの出力、しかもFFときましたからね、そのドライブフィールは限りなくジャジャ馬!

ワタシはクーペ版(ホンダ1300クーペ7/9)の経験しかありませんがこれを速く走らせるのは相当な腕と腕力が必要、FFの癖は丸出しで曲がらず脚も弱くコントロールは至難の業でしたのでね、より軽いセダン版、かなり難儀したモデルだったのでは?と推測します。
まだ4輪と言うものがよく解っていなかったと言えばそれまでですが1L級のボディで2L級のパワー、3BOXのセダンとしも狭く万人が操作できる内容ではない事から没人気で商業的にも失敗でしたがこれのパフォーマンスは似たようなイメージ?だったファミリアREセダン以上に理解できないモデルながら在野精神旺盛時代のホンダを象徴するとんでもなさがいい味出してます(笑)

このクラスでは何を置いてもスペック的にはスポーツ、いやスーパースポーツセダンでした!

さぁ、ベストテンに戻ります!今週の第5位!!

【富士重工スバレガシィセダン/同B4(1989~2009)】

レガシィ、現在国内で販売されている数少ない走りを楽しめるセダンの一つ、ただ残念なのは先代後期からMTが廃止されてしまった事…
先代BM型は名ばかりのレガシィと言った感じでボディは国内需要を無視したバカでかさ、前期にはMTも設定、この時代では数少なくなった2Lのターボもライナップするなど初代の思想は継いでいる部分も見受けられましたがその出で立ちは明らかに高級セダン然で軽快さやスポーツセダンとしてのオーラは個人的には感じませんでした。
また後期型に至っては遂にMTも廃止、スバリストさんには申し訳ないですがやはり“スポーツ”を名乗るにはMTが必須と考えます、古い世代と言われようが今時MTなんてと言われようがクルマの醍醐味は自分で操ってナンボ!
アイサイトだとか余計なモン付けなくていいからB4にはMTを例え1車型だけでも残してもらいたかった、確かに現代でMTのラインナップは採算他色々難しいでしょうしそれが欲しけりゃWRXに行け!!なのでしょうが…

そんな訳で先代と現行型に関してはスポーツセダンと認める訳にはいきません、しかし89年デビュー以来、走る楽しさを独特の拘りを持って提供してくれてきたレガシィセダン→B4、代を追うごとにデカくなり徐々に高級車?の分野に近づきながらも初代がテーマにした“スポーツセダン”の雰囲気はかろうじて現行含めてしっかり踏み止まっている点は好感持てます!
そんな訳で上記の理由から現行及び先代BM型はここでは対象としませんがこれ以外、BL型までの都合4代に渡るレガシィセダン/B4は全てランクインさせて頂きたいと!

・初代スバルレガシィセダンRS/GT系 BC型(1989~1993)


未だレガシィと言われるとコレのイメージが浮かびます。
我が愛機E30ギャランの好敵手、ギャランと同じいい時代を生きた初代レガシィは富士重にとっては非常に貴重な財産であると勝手に思っています(笑)

このBCレガシィ以前はよく言えば拘りを捨てず、悪く言えば意固地?な程大衆迎合せず独りよがり的なクルマ造りをしてきた富士重、このため好き嫌いが激しく熱狂的信者=スバリストという言葉が生れる程のマニアが存在する反面、一般にはなかなか受け入れられない、それは主に機構やスタイリングに現れある意味これがスバルの良さ!とも言えましたよね!?
アクが強過ぎてスバルの主張には大いに頷く部分もありながら一般人には受け入れられない、これがレガシィ以前の現実。
ところがことレガシィに関しては大当たり!凄いのは内面ではいい意味でのスバルらしさは妥協は一切無くこれを保持しながらスタイリングや使い勝手を見つめ直して広く一般に訴求できる作品であった事、しかも永年の4駆技術+折からのラリーウェポンブーム期をうまく捉えた初代レガシィセダンはWRCでも大活躍し好印象をモーターファンに与えたのも大きなポイントでした!

スポーツグレードのGT及びRS系には伝統のボクサーエンジン、EJ20型DOHC16Vターボを搭載、ライバル同様200psを超えるハイパフォーマンスでボクサーサウンドを奏でるレガシィセダンはコレ以前の富士重のイメージを一新するお洒落さとモンスターとしての迫力が備わりスバリストだけに留まらず多くにカーマニアに注目されて当然だった秀逸なモデルだったと思います。

初代は大人気を博しブームまで造る勢いのワゴンについ目が行きがちでセダンの注目度はライバルに劣りましたが実力は当時のスポーツセダンとして見ると勿論1級品、個人的にはまだまだスタイリングの煮詰めが甘くて好きになれない部分もありましたが心に残る1台でした(^^)v

・2代目スバルレガシィセダンGT/RS系 BD型(1993~1998)


初代BCの思想はそのままにスタイリング的に角を丸めてよりスポーティに変貌した2代目BD型、これもまだまだワゴンブームの最中でしたので溢れ返る2代目BF型ワゴンに比較すると小数派でした。

まだまだこの頃はスポーツセダンとしてのライバルも多く後のB4のように独断場ではなかったですし格下により走りを突き詰めるモンスターのインプレッサWRXもデビューしていましたがレガシィセダンとしての進化は止まずツインターボ化により280psに初めて到達したのもこのモデルから(MTのみ)
垢抜けたスタイリング、5ナンバーサイズを守り運動性を犠牲にする事なくこのクラスのセダンとしても及第点の使い勝手などBDレガシィは好感の持てるモノ、個人的には同じEJエンジンでも先代BCのシングルターボのフィーリングが好みでしたがスポーツセダンとしての魅力は輝いていましたね!

・4代目スバルレガシィB4 BL型(2003~2009)


先代BE型からセダン系にサブネーム『B4』が与えられたのがきっかけって訳でもないでしょうがそれまでワゴンばかり目だっていたレガシィ、折からのセダン離れの影響からスポーツセダンが次々消え行く最中でもセダン(B4)を充実させる戦法が功を奏しBE型からはワゴンに遜色なく見かけるようになった気がします…

個人的に言えばそれまでよきライバルであったギャランもこのBEの時代にスポーツグレードのVR-4がカタログ落ち、VR-4親派としても次に同様のスポーツセダンに代替するならもうB4しかないといった状況でしたのでね、嫌でも(汗)
BEの時代には遂に3ナンバーモデルがデビュー、2.5L/3Lのスポーツモデルが充実、ギャランも下にランサーがいたのでそうですがレガシィB4もインプの存在を頼りに代々高級セダン化、ややこの点が不満?ではありましたが実力は相変わらずしっかりスポーツセダンしていましたから魅力は失せませんでした!

B4になってから個人的に一番惹かれたのが5代目BL型、ボディは安全対策上僅かなところでオーバー5ナンバーになってしまい重量も増えましたが何よりターボが初代BC以来のシングルターボになった事によるレスポンスが個人的にはこのBLが好み、確かにBD,BEの“ツインターボ”という言葉だけはは魅力的ではありましたが高回転時のターボの切り替え時のライムラグ?息継ぎ?が苦手でかつての他社でのツインターボではあまりこの点は顕著には感じられなかったのですがね、これもスバル独特の味付けなのかもしれませんが素直な伸びを見せるシングルターボの方が生理的には好み、BLはスタイリングも非常にスタイリッシュで現代的にスマートな
スポーツセダンとして大変ソソられました!

いよいよ上位に行きます、第4位!!

【富士重工スバルインプレッサWRX/WRX S4/WRX STI(1992~現行)】

レガシィと来ればインプレッサ!(WRX)もう当たり前の思考回路(^_^;)
これはもうワタシづれがクドクド語る必要もない日本が誇るスポーツセダンの代表的存在の一つ、好敵手ランサーエボリューションと共にWRCを戦いその都度進化し続けたラリーウェポン…

エボとインプ(WRX)はもうスポーツセダンと言うよりはモンスターセダンでただカタチがセダンしているだけで中身はスポーツカーそのものですしね、しかし両者共その気になれば立派にファミリーユースもこなせますからやはりそこは“セダン”としての矜持を持っている事に感心します。
92年デビューのインプレッサWRXから現在のWRX STIに至るまで全てが対象としたいですが一時(3代目デビュー時)にセダンのWRXが消えたのでこの時の5HBのWRXはあてはまりませんね(笑)

・初代インプレッサHTセダンWRX GC型(1992~2000)


インプまたはWRXと聞けばやはりこの初代GC型がインパクト強い!これが出た時はさすがにカタログ取り寄せましたね菱ヲタなワタクシですら(^^ゞ
まだこれがデビューした頃はレオーネとかff-1とかつてのスバルイメージが強烈に残っており先に出ているレガシィで大分そのイメージも薄まりつつはありましたがこのインプを見てようやく「スバルは変わったんだ!」と納得した次第、こんな事書くとおとろしいスバリストさんからクレーム来そうですがね、どこが変わった!元々こういうクルマを造れんるんだ!とか…(汗)

しかし一般大衆=スバルに特別な思い入れがないユーザーは案外賛同頂けると思いますよ(汗)
エボも同様ですがいちいち何がどうの、スペックがどうのは書きません、読んでいる皆様、特にスバヲタさんの方がよほど詳しいですからね、ヘタに間違えるとお釣りが怖ぇーし(爆)

・2代目インプレッサWRX GD(BA)型(2000~2002)


2代目からインプレッサはスポーツワゴンとセダンベーシック、そしてWRXはわざわざインプレッサWRXという車名に変更されますが内容は初代の思想を踏襲し進化を続けます。
年改を行うスバル、2代目GDの場合はモデルライフも長く呼称も猫の目のように変わりますが基本は同じでしたね。
3代目のFMC時に5HBモデルとなりファンを失望させますが中身はGC→GDに順じて進化、そしてあまりのブーイングから2010年より先に発売されていたアネシス=セダンボディを使ったセダンWRXシリーズも復活、MMC派のワタクシもこれは正直、安堵した次第です…
また3代目からは車名のインプレッサが消え『スバルWRX STI』と表せる事になりこの頃から母体のインプレッサとWRXシリーズは別車種としてラインナップされ母体のインプは2011年、4代目がデビュー、但しこれにはWRXは設定がなくスポーツ(5HB)/G4(セダン)の2車型となりWRXは3代目G系を継続、本年夏にWRX単独でFMCを行い現行VAB/VAG型WRXとなります!

現行型はAT(CVT)をWRX S4、MTをWRX STIとモデルを分けていますがレガシィの項で申し上げた通りこのコーナーの趣旨からして当然MTモデルが対象、従ってWRX STIをランクの対象としたいと思います。
実力は今更ATだろうがCVTだろうがMTだりうが差が無くドライバーの腕によってはATの方が速いケースはままありますがね、この企画はMTに拘りたくこのような結果とさせて頂きます!

・現行型WRX STI VAB型(2014~現行)


後編に続く
Posted at 2017/11/18 18:00:37 | コメント(0) | トラックバック(0) | ザ・ベストテン | クルマ
2014年10月03日 イイね!

保存版・ファストバッククーペ“ザ・ベストテン”

保存版・ファストバッククーペ“ザ・ベストテン” そろそろネタ枯れも見えてきましたが何とかネタ拾いに精出すGureでございます(^_^;)
そんな今回の“ザ・ベストテン”は「ファストバッククーペ」をお題にしてみましたぁ(^O^)

ファストバックはご承知の通り単にデザインの形状名称ですが「クーペ」は以前ウンチク垂れた2HTや4HTのように一応定義のあるモノ!

wikiによりますと…

~基本的に、自動車で「coupé」と言う場合、座席が一列で(=2人乗りで)、2ドアで、箱型の(=固定された屋根を備える) 自動車を指す。~

となっておりますねー。

実際普及したのは利便性のある臨時?エマージェンシー的?な後部座席を備える4シーターのモデルが発祥の欧州や米国、そして日本でもこれが殆どでした。
日本では1960年に『マツダR360クーペ』が初の”クーペ”を名乗るモデル、これも赤ちゃんしか乗れないような臨時?Rrシートを備えるモノで国産では本来の意味のクーペ(それを名乗っていなくとも)は数少なく60年代のマツダコスモスポーツ、70年代~の日産フェアレディZ、90年代のホンダNSXが代表的存在!
それではクーペと似たような?かつて存在した2ドアセダンとは何が違うか?と言えば上述の通りクーペのRrシートはあくまで”緊急用”、2ドアセダンはきちんとRrシートの居住も念頭に入れて設計されており車型によっては大差ないイメージながらこうした設計思想の大きな違いがある訳ですネ!

クーペモデルはこのように古くから存在、生い立ち→性格上スポーツモデルとしてラインナップ、かつての人気車型であった2HTと双璧を成すスポーツモデルの代表格でしたが2HTがユーザ-ニーズや時代背景により廃れた中、現在でも少なくはなりながらも現役で現行日産R35 GT-RやZ34日産フェアレディZに国産クーペの伝統は生きています。

ただヒトクチにクーペと言ってもまたそこはかつては大きなパイだった国産車(国内向け)ユーザーに対しメーカーは様々な車型を用意、ルーフ→テールエンドを1本のラインでまとめる「ファストバッククーペ」」(例:B10~110サニークーペ、20~40カローラ/スプリンタークーペ)、2ドアセダンのようにRrウィンドウとトランク部で角を付ける「ノッチバッククーペ」(例:初代ファミリアクーペ、ブルーバード510クーペ、R31~スカイラインクーペ、T160コロナクーペ等)、更にセンターピラーレスフルオープンの「HTクーペ」(コルトギャランGTO、A20セリカ)にテールゲートを備える「ハッチバッククーペ」(例:歴代フェアレディZ、A20~60セリカLB、ランサーセレステ、SA/FC/FDRX-7等)が存在、この中から今回は個人的な感覚で恐縮ですが最もワタシ的に“クーペ”のイメージが強い「ファストバック」を選んでみました!

ワタシが何故にクーペ=ファストバックに拘るかはランキングの中で触れてゆきますが流麗なファストバックこそクーペの本流!と今も昔も思っています、流麗なラインのファストバックにクーペは余計なところは開かなくていいんです!クーーーッ!!(^^ゞ

※今回のランキングで拘ってみたのはファストバックである事は勿論、テールゲートなし、センターピラーはしっかり存在という2点、例によって国産車のみ(逆輸入国内販売は含む)ですが軽も含んでおります、単にワタシの好みで順位付けましたのでご了承願います。
一部過去ベストテンブログで取り上げた車種と被る部分がありこれについては詳細を割愛まはそちらから一部コピペさせて頂いていますのでご了承下さい。

それではそろそろ参りましょう!!

さぁ、今週の!?第10位!!
【初代トヨタパブリカスターレットクーペ KP40/50系(1973~1978)】


奇才、Jアローの作品の一つ!
氏のデザインしたモデルはどれも美しいのですがやはり軽とか小型車とか、サイズの規制が厳しい時代にその枠の中でも見事な美しさ、カッコ良さを表現する才能はワタシづれがおこがましい言い方なのは承知ながらさすが!と思わせてくれます。

初代KP40/50スターレットもそんな1台で軽4を持たないトヨタとしてはこれ以上小さいクルマはない中でのこのデザイン、見事!と言うしかないでしょう…
デビュー当時は子供ながらも6角形をモチーフしたサイドウィンドウの造形や2HT全盛期の中で敢えてセンターピラーを強調したスタイリングには魅せられ心から「美しいクルマだなぁ~」と思ったモノでベースとなったクソファミリーのKP30パブリカとは月とスッポンの魅力溢れるモノでした。
後に利便性が高く2ドアセダンしかなかったパブリカの4ドア版のスターレットセダンも追加、クーペのデザインを継承したこちらも見事なセダンでしたがクーペの美しさには適わんかった!

スターレットはそのスタイリングも去る事ながら走り、性能もこのクラスでは抜きんだてモノでありやはり名作と今では崇められるB110サニーと並ぶ70年代のサーキッートやラリー等の競技では大活躍、OHVとは思えない1200ccの3K型(2K 1000ccもあり)はライバルの名器A12型エンジンに並ぶ鋭い吹けと軽量さが武器で後年これを味わい速さというものは大パワーがありゃいいってもんじゃない!という事をB110と共に強く教えてくれたモデルでした!
サニーと異なり現代ではもうほぼ死滅の様子ですが歴代スターレットではこの初代クーペが一番好きでしたネ~…

75年以降は排ガス規制でやや魅力は褪せましたがそれでも上級車ほどの残念感はなかったですし次期型のKP60以降、初代のムンムンしたスポーツ性(SR/ST)は控えられ走らせればやはりこれも楽しいクルマながらムードはファミリー寄りになっていましたので走りと内外のスパルタンさが両立するサマは40が上だと今でも思っています。
10位としたのはこれ、Rrのデザインが秀逸なスタイリングに対して如何にも貧相、安っぽくてイマイチ好みでないので減点、この順位となりました。

※KP40/50スターレットにはダイハツブランドのコンソルテクーペも存在しましたが当時、こちらは小型を造れないダイハツの悲壮感、改悪したかのようなリデザインにいい印象ないのでランクインはあくまでスターレットに拘りました。

続いて第9位!!
【三菱ミニカスキッパー A100系(1972~1975)】


これはミニカー“ザ・ベストテン” で5位にランクインしていますのでスミマセン、コピペでお願いします^^;

~この型、2代目ミニカですが新星三菱、つまりは重工から独立して“三菱自動車”発足とほぼ同時(実際には1年前)ニデビュー、上級の普通車、コルト→コルトギャランがそうであったように先代までの頑丈だがデザインは無いに等しく田舎臭いのが三菱車というイメージをギャランと共にガラリと塗り替えたのがコレでした!

メインのセダンは今では当たり前な軽初のHBを採用、サイズの規制からスバルやホンダが2BOX、そして先代LA系ミニカやダイハツフェロー、スズキフロンテ(LC10)は3BOXセダンを採用する中でのスペース効率、多用途な使い勝手を訴求した2代目ミニカはこれがウけ当時の人気車、ホンダNに迫る人気、販売を記録、ハイパワーブームの中“ミニGTO”と言われたファストバッククーペのスキッパーも72年からラインナップ、セダン系のGSSとスキッパーGTには当時最高psだった38psという驚異的パワーで世間をアッと言わせたモノです。

何せホンダがN360TSやホンダZ GT/GS等で36psを発生、まだFFに慣れていない一般大衆からはその特性の上に大パワーという事で“危険”とまで言われていた中、馴染みのあるFR機構でホンダにはない素直な操縦性はFRが当たり前だった普通車から乗り換えても違和感なく操れるドライブ感覚が好評でした。
それとて2stのピーキーな2G10型ツインキャブは決して扱い易いモノではなかったですがフェローMAXの40psが出現するまでは軽最速モデルとしてスポーティ・ミニカとして注目されていましたねー…
スクエアで嫌味の無いデザインはセダン、クーペ(スキッパー)、バン、どれも洒落たイメージはギャラン譲り、特にスキッパーは日本初のRrスクープウィンドウを採用してサイズの制約が厳しい軽自動車で見事なクーペスタイルを演出、GTOに夢中だったワタクシですから当然虜でした(笑)~

てな訳ですがスキッパーはこの趣向から若干外れRrウィンドゥはハッチ式です、ただゲートではなくオマケ程度の装備でこのスタイリングは数少ない軽クーペの中でもかなりの美しさを持っておりますのでゲートではない点がギリセーフ!って感じ(完全なるエコ贔屓です…汗)、またハイパワーブーム終焉でたった3年のラインナップで終わった儚さも加味、9位とさせて頂きました。

さぁ、8位行ってみましょー!
【スズキフロンテクーペ&初代セルボLC10W型&SS20型(1971~1976&1977~1982)】

↑フロンテクーペLC10W


↑初代セルボSS20型

これも9位同様ミニカー“ザ・ベストテン”で挙げたモデル、しかもそちらでは1位です!
続いてコピペでお楽しみ下さい(~_~;)

~出ました!“和製カウンタック”ことフロンテクーペ/初代セルボ!
これは素直にカッコイイ!さすが原案が鬼才、Jアローだけあります、この小さなボデイに完璧なスタイリッシュクーペを実現、ロングノーズ&ショートデッキ、地を這う車高と上級スポーツカーにも負けない美しいスタイリングは後年の軽スポーツ、カプチーノやAZ-1/CARAのように思わずギャグか!と突っ込みを入れたくなるようなオチャラケさもなく(あくまで個人的見解)純粋にただただカッケー!と惚れるスタイリングが全てでしょう…
“地を這う”は言葉通り、RrエンジンRrドライブと言ったドライブ形式もありますがこれの運転感覚はまるでゴーカート!
低い目線の運転席から眺める景色は実速以上のスピード感、スリルを味わえましたしRrエンジンによる独特なRrヘビー感からなる後ろから押されるような感覚はFrが軽い分ステアリング感覚もシャープさが増しスタイル同様に挑戦的気持ちになったモノです。

サブロク時代がフロンテクーペ、新規格改正550cc版がセルボとなりますがセルボは排ガス規制もありエンジン特性はクーペ時代のピーキーさはなくなり至って扱い易い乗り味で乗り手を選ぶクーペと較べるとかなりマイルドになりましたがそれでもクーペ時代同様にスズキの意地で載せた2st3発の味わいは健在でしたし新規格となり他社が続々と軽スポーツの分野から撤退してゆく中、最後までそのスポーツ魂を消さず“軽No1”を自負するスズキの根性に魅せられましたねー。

Rrエンジンによる積載&格納スペースの不足や幼児以外は使い物にならないRrシート等、“クルマ”としての機能はやや欠けるもこの時代の唯一の本格的軽スポーツ、これはセルボだけでなくクーペ時代は元々2シーターで設計されホンダや三菱、ダイハツのようなセダン系にちょっと手を加えるという容易な手法ではなく真面目に名前はフロンテながらそれとは一線を画し“スポーツカー”として設計された経緯があるだけに実用性が低い点もむしろこのクルマには長所だったように感じます。

後年ビートや前述の軽スポーツ、近年のコペン等魅力ある軽自動車は度々出現していますがこれらの元祖的存在のフロンテクーペ&初代セルボはまだまだ“ガマン車”“貧乏車”の認識が根強かった70年代の軽自動車の姿に一石を投じた姿は非常にカッコ良くかつスズキというメーカーの軽にかける本気度を見せつけてくれました。~

フロンテクーペでハイパワーブームの先陣を走りそれが衰退してゆく中でもTOPランラナーとしてその夢を与え続けてくれたセルボ、これらがワタクシの中では今も変わらずNo1に相応しい軽自動車かつファストバッククーペとしても揺るぎないこの順位です(*^^)v

盛り上がってまいりました(汗)第7位!!
【2代目マツダファミリア/同プレストREクーペ M10A型(1968~1973)】


マツダというメーカーは古くからクーペモデルに積極的で我が国初のクーペを名乗るR360クーペを1960年に発売、続いて小型車では65年に初代ファミリアに設定、若者を中心にこのクーペは人気がありうちの父親も若い頃に欲しかったモデルだったと生前聴かされました…

2代目ファミリアに67年FMCした時に一時クーペは廃盤になるも68年、コスモスポーツで“夢のエンジン”として世界の目を集めたロータリー(RE)エンジンを搭載して復活!
スーパースポーツで値段も一部富裕層しか手にできなかったコスモに較べて大衆車のファミリアに夢を乗せてREが登場、これには子供心に”未来のエンジンを載せたクーペが出た!”って感じで惹き付けられましたね~。
ベースのセダンも当時他にはなかったボディ一体にバンパーを持ち当たり前だった三角窓を廃す70年代に向けたまだ見ぬ新鮮なデザインでしたがこれをファストバックの美しいクーペボディを纏わせしかもクラス桁外れである100psを発揮するRE10A型エンジンはスペックだけ見てもうメロメロって感じで(笑)
後年これも何度か味わい、てかワタシのRE初体験がこれでしたがモーターのように静かでアッと言う間に信じられない速度に到達するサマは子供の頃メロメロになったそのままの印象、しかし脚廻りはいかにも頼りなくハンドリングもフラフラ、ボディ剛性も頼りなくこれを語る専門家がよく口にする「シャーシがパワーに追いついていない」をそのまま味わえます。
とにかく加速時はハンドルをよく抑えていないと暴れますし相応の腕がないと危険レベルのクルマ、まぁ、この時代はこうしたクルマ、結構ありましたのでこれがファミリアREの評価を下げるモノではないとは思えますが如何にもREに賭ける当時のマツダ(東洋工業)が大した煮詰めもせずに安直にファミリアにREを載せたかが分かる、そんな出来栄えでした。

2代目ファミリアクーペにはREクーペ以後間を空けずにレシプロ1200も追加されていますがREに較べ内外のムードはファミリー指向、T字型ダッシュやその後のREの象徴となった丸型2連テールはREのみの装備でランクインはその迫力からREのみとさせて頂きます。
70年~73年はMCでよりスポーティ&豪華になったプレストになりましたがこちらも含めたいと思
います!

どんどん行きます、第6位!!
【いすゞ117クーペ PA90系(1968~1981)】

↑中期Ⅱ型

日本で一番美しいクーペと言われれば真っ先に頭に浮かぶ方が多いのでは?と思われる117クーペ、ワタクシ的には6位とさせて頂きましたが美しさではこれの右に出るモノはないかな?と思っています。

言わずと知れたJアローの作品で国産車で氏の作品は数多いですがこれほど有名なモデルもないでしょう、13年という長きに渡り生産されていたクルマ、ワタシなんて幼少期~免許取得時まで存在していたのですからお馴染みもいいところ、しかしコレはいすゞのイメージリーダーでしたしね、高級パーソナルクーペでしたからデビュー以来いつの時代も高くて縁がないクルマ、現役時も値が張るクルマなので都会部でもそうは生息していませんでした…

117は大きく分けて3タイプ、まずは初期型の68~72年(Ⅰ型)の所謂“ハンドメイド”モデル、大量生産型に切り替えMC、73~76年(Ⅱ型)の中期、そして最終型の76~81年(Ⅲ型)になります。
初期デビュー時はこの頃の他の同クラススポーツモデルが高くてもせいぜい100~120万程度の時代にいきなり170万超のプライスが庶民のド肝を抜きおおよそ庶民には近寄りがたい存在、後にエンジンや装備を落とす廉価版も追加するもこれとてベレットの1800cc普及型エンジンを積んでいるにも関わらず約140万という破格でした。
何故にそんなに高いのかは“ハンドメイド”という事が全てでこれによる少量生産で極限られた者だけのクルマだった訳です。

↓初期Ⅰ型


そんな117を普及させようといすゞは努力、73年のFMCでは美しい外見やセンス良いインテリアなどはそのままに大量生産化に成功、これにより価格は現実的、他ライバル高級スポーツカーと勝負できる範囲に収まりこのⅡ型からは比較的街でも見かけられるモデルとなった感じですね。
初期の孤高なプレミアム感覚は弱まりましたが個人的にはこの型(画像のモデル)が一番好み、基本は変わらないながもムーディなインテリア、現代的にリファインされFrマスクやテールに魅せられたものです。
最終Ⅲ型はまずマスクを当時流行の角目4灯に改めインパネデザインも変更、Ⅱ型までは長らくエアコンではなくクーラーしか装着できなかった空調をフルエアミックスでエアコン装着にも対応し高級クーペとして相応しい改良が数々なされます。
しかしこれは全てが角4で台無し、あくまで個人的感覚ですが60年代設計車に80年代のマスクはアンバランスでⅡ型まであれほどまとまり美しさを醸し出していた117のイメージを崩しかけていたような気がしました、同じように兄弟車であるセダンのフローリアンにも同様のMCを行っいましたがこちらはもう見るに耐えない不釣合いを絵に描いたような感じでいすゞのセンスを疑う程、117はこれに較べればまだ良かったですが最終の角目は今でもなかった事にしてもらいたい!そんな気がします。

117はデビュー時は1600DOHC ソレックス×2のG161W型エンジンを搭載、コレ以後1800SOHCや国産発の電子燃料噴射装置をG161Wに組み合わせたりとバージョンUP、バリェーションUPされていますが最初から最後まで当時はトヨタといすゞにしかラインナップされなかった希少なDOHCエンジンを継続搭載したのも魅力でした。
途中、魔の排ガス規制がありましたのでソレックス版が廃止されたりDOHCでもATのみ設定だったりとその獰猛さ?が活かされない時期もありましたが見かけだけではない117の最大の魅力、この事が表していました!

117、後続のピアッツァにも言えますが外見の印象を裏切るいい意味での野蛮なドライバビリティと2代目コスモや初代XX、ソアラやレパードのはるか10数年前に高級パーソナルクーペの地位を日本で初めて築いた点は未来永劫に称えられるものではないかと思います!

6位の順位は唯一スタイルでRrビューの眺めが生理的にあまり好みじゃないんですよー、トランク上部が丸く盛り上がる部分がどこか重々しい感じで(>_<)
まぁ、こんなデザインは現代では数多いですしそれらようりはよほど117はスマートだと思いますがネ!

☆☆☆~今週のスポットライト!!~☆☆☆

今一歩、惜しくもベストテンに入らなかったモデルはこちら…
【ホンダ1300クーペ H1300C型(1969~1972)】


在野精神溢れる時代のホンダが放った本格クーペ、惜しくもベストテンならず…

しかしこれ、カーマニアの叔父が以前乗っていたので結構思い入れあるんですよね!
本田宗一郎氏入魂の一体式2重空冷(DDAC)からなるクラスレスでホンダらしいモンスターでしたしそれから奏でる独特なエンジン音、現役時はそれだけで珍しいFFと話題に事欠かなかったです。

コイツも実際乗るとFFの悪癖丸出しでシャーシも弱くて危険なレベル、1300ccながらも最高グレード9Sでは4キャブで115psという2L並のパワーを持て余しじゃじゃ馬ぶりを発揮、1度ドライブ経験はありますがお世辞にも乗って楽しいクルマではなかった…

外見では顔付きがワタシ好みの“逆スラ2分割”、強面でなかなかの迫力ですがスタイリングはFFのためショートノーズ、しかしながらクーペを意識するばかりにロングデッキになり前と後ろのバランスがイマイチって感じでした。

1300クーペで一番魅せられたのは国産初のフライトコクピットのインパネ!
我が敬愛するギャランGTOでそれは有名になりましたがGTOの1年前のあの湾曲+連メーターを採用、GTOを初めその後のスポーティカーのインパネデザインに多大な影響を与えたと感じます。

一般ウケせず内部でも強硬な反対に合いながらも宗一郎氏の信念で発売された1300クーペ、完成度や普及は?ながらも職人気質の典型作としてホンダの歴史には欠かせない存在感です!

さぁ、ベストテンに戻ります!今週の第5位!!
【2代目トヨタカローラクーペ/初代スプリンタークーペ E20系(1970~1974)及び3代目同/2代目同
(1974~1979)】

↑2代目カローラクーペ

ベストセラーカーカローラにクーペモデルが追加されたのは先代である初代KE10系の時代、その名を『カローラスプリンター』と名乗りデビュー、これはあくまでカローラの1モデルでしたが70年、カローラ2代目へのFMC時にスプリンターは他販売チャンネルの兄弟モデルとして独立、カローラとスプリンターにそれぞれ「クーペ」を名乗るボディが設定、この事により先代カローラスプリンターよりは当時広く普及していた“クーペ”のネーミングにより広く2代目カローラクーペ、初代スプリンタークーペが浸透しました。

先代もフルファストバックでファミリー一辺倒だったカローラのイメージを覆すスタイリッシュでお洒落なモデルでしたが20系は更にスポーティ度を上げたイメージ、エクステリアは流行のサンダーウェーブラインをセダンよりも派手に演出、スポーツグレードを充実しセダンと共通なのはSLのみでハードサス、ラジオさえ未装備の漢仕様のSRにご存知2T-Gをセリカから換装したモンスターのレビン/トレノ、そして外見はレビントレノながらもエンジンを2T-B(OHV ツインキャブ)に落とした普及型であるレビンJ/トレノJとトヨタらしくスポーツグレードだけでもラグジュアリー~競技参戦可能な本格スポーツまで幅広く取り揃えより庶民に選択の幅を広げたのはさすがカローラ(スプリンター)、アッパレって感じでSLやSRですとリーズナブルで現役時は主に運転を覚えてまだ数年?って感じの若いオーナーさんの手によってドライブされるカローラクーペ/スプリン
タークーペを数多く見かけました。(非スポーツ系としてDXやHiDXのクーペ設定もあり)

↓初代スプリンタークーペ


カローラとスプリンターは20系ではクーペは完全なる双子、セダンではそれぞれオリジナリティが高いボディデザインでしたがクーペはFr/Rrの意匠違いで70~74まで2回のMCがあり3タイプ(前期・中期・後期)が存在します!
既にこの時代に”ベストセラーカー”の名を欲しいままにしていたカロスプは74年にFMC、カローラが3代目30系、スプリンターが2代目40系となります。

↓2代目スプリンタークーペ


このFMCではカローラとスプリンターをボディに関わらずオリジナルティに変更、外板パーツに一部共用はあるもほぼ異なるデザインとなり双子から決別、この時にカローラの派生は2HTに変更されクーペを継承したのはスプリンターとなっています!
この40スプリンターは20時代から大柄になった事もありスタイリッシュ度はかなり上がり特に人気高い当時のスーパースポーツ=日産フェアレディZ同様な抉れたヘッドライト部のデザインがかなりの人気、先代ではカローラクーペの人気が知名度の関係からどうしても高くなりがちでしたがこの代ではカローラHTを上回るスプリンタークーペの人気、お世辞にもカッコイイとは思えなかった30カローラHTのボテっと感に比較してスプリンタークーペは振り返るスタイリッシュさで大好物、特にDOHCのトレノはレビンに設定のない高級バージョン『トレノGT』を設定、マグタイプホイール+ホイールリングと太いストライプは目を見張るカッコ良さでしたねー…

このように本流?であるカローラがスプリンターを下回る結果となるのはメーカー的にも販売店的にもあまり歓迎されるモノではない?それを如実に表すように76年のLB追加時に再び双子化がコレに関して行われたのを序章に77年にはスプリンタークーペの双子であるカローラクーペ、カローラHTの双子であるスプリンターHTをそれぞれ追加設定、セダン以外は全て同じボディ(バン除く)に統一、再び双子政策となります。
それでもあの抉れたライトの顔とは一線を画す新カローラクーペの外見の印象はスプリンターとはかなり違うイメージ、ライト部が逆スラント気味になるデザインはスプリンターよりもロングノーズでこれはこれでスタイリッシュ、大口径の迫力のマスクも相まってスマートなスプリンターとは違い迫力を醸し出していました、尚このMCでカローラが50系、スプリンターが60系に型式変更。

↓3代目カローラクーペ


尚カローラ/スプリンター共に次期70以降はHBクーペ、90系以降はノッチバッククーペになりましたので初期の2代のみがHBクーペだった事も付記しておきます…

今回5位としたのは20~40/50、60全てを対象としました、20時代のライトウェイトスポーツ感、40~60時代の高級感、どちらも甲乙付けられませんです!

いよいよ上位に行きます、第4位!!
【三菱ギャランクーペFTO1600GSR初期型A60系(1973~1974)】


デヘヘ(#^.^#)
普段から散々ギャランヲタを公言してますんで口割るのが若干嫌なんですが(爆)
実はワタクシ、ギャランの名が付くモデルでこのギャランFTOが一番好きではなかったですよー・・・
兄貴分のGTOに夢中だったってのもあるんですがデビューから製廃まで常にGTOやギャランの末弟、と言えば聞こえはいいのですが言うなれば廉価版、FTOそのものは71年にデビュー、初代コルトギャランA50の69年、GTOの70年に次ぐ最後の登場でした。

エンジンはギャラン(1300/1500→1400/1600)、GTO(1600→1700)のサターンエンジンではなく何と商用のネプチューンエンジン(デリカ用)搭載でデビューしたのも何だか・・・
当時はHip Up Copeで人気のGTOの影に隠れるような地味な存在でGTOやギャランHTが流行のフルオープン/ピラーレスを纏っていたのに対し新鮮味のないクーペボディ、そしてサイズもこれら兄貴分よりは小さく寸詰まり感ある全長がズングリでNGでしたしライトは大衆車のシンボル?だった丸目2灯(兄貴は4灯)だった部分が如何にも安物って感じがどうも貧乏臭くて初期モデルは好きじゃなかったんですねー、インパネや内装の造りも兄貴に較べると見るからにチープだしメーカーもFTOには何か手を抜いてるような感じすらしました。

但し73年に兄貴達と同時のMC、ここからFTOにも力が入れられ?エンジンを全面換装、GTOとギャランが2Lに移行した事により兄貴が載せていたサターンエンジン(1400/1600)を搭載、1600は名機と言われる4G32型でありこれを以前のギャランやGTOより軽量のFTOに積んだ事によりパフォーマンスは前期型の非ではなくなり同じエンジンを積むランサーGSR同様にGTOの2000GSRやライバルだった27レビントレノもカモれる実力、更に最高峰1600GSRにはGTO-GSR同様に迫力のオーバーフェンダー装着で前期にはない大幅な迫力UPに惹かれました!
まぁ、それでもGTOもより進化していましたので個人的にはそちらに常に目を向けていたのですが後年このFTOのGSRは乗って感動する位のパフォーマーで走りの点ではGTOも譲ると心から思えました。

ギャランやGTOの時代でも充分ポテンシャルは高かった4G32ツインキャブエンジンはランサーGSRとFTO-GSRで本領を発揮したと感じます。
あれほど情けなく感じたスタイルもバーフェンで大変身、HTのギャランやGTOにないボディの信頼感、短い全長が成す回頭性、取り回しの良さとラリーの王者A73ランサーと大差ない走りの実力は未だに印象に強く残ります。

そんな訳では4位という順位、FTOに関しては非常に限定的で73~74年のバーフェン付きGSRのみ!
前期は前述の理由、また後期でも74年以降(FTOは75年までのモデルライフ)は法規改正でバーフェンが取り払われてしまい魅力も半減していますのでこのようなランクインとさせて頂きました!

ベスト3に入ります!今週の第3位!!
【マツダサバンナクーペ S102~124型(1971~1978)/グランドファミリアクーペ前~中期型
STC/SU4系(1971~1975)】

↑サバンナクーペ前期型

出ました、歴代マツダ車の中でサバンナは一番の迫力!と今でも疑いません!(^^)!

初代RX-7とは同じサバンナの名前を名乗るも中身やコンセプトは別物、7が国際的に通用する本格的スポーツカーを目指して開発されたのに対しサバンナはレシプロエンジンのファミリーモデルのグランドファミリア(Gファミリア)のRE専用車、同時発売ながらそれはトヨタの初代カリーナ-セリカと同様にセダンベースのスペシャリティモデルだった訳です。

サバンナはマツダREモデルの第4弾、コスモスポーツで始まりファミリア→カペラとこの自信作を搭載してきましたがあまりの大パワーにコスモを除きシャーシやブレーキの煮詰めが甘くせっかくの普及を目論んだマツダもあまりいい評価をコスモ以後は得られていませんでした…

そこで今度こそ!の気合で開発されたのがサバンナです。
サバンナはファミリアやカペラで指摘されたシャーシ、ブレーキを見つめなおし脚廻りも強化、REパワーに充分対応した造りはサーキットで実証、王者スカイラインGT-Rの連勝記録を破り国内最速の称号さえ手にしました。
ガキの頃からスポ車に目がないワタクシ、それまでにない獰猛で大迫力のスタイリングと共に大いに魅せられGTOとサバンナ=”大人になったら乗りたいクルマ”のNo1/2でしたね~…

クーペモデルは既存型がHT形式でない限りセンターピラー付き、Rrのサイドウィンドゥはヒンジ式で申し訳程度に開く程度のモノでしたがサバンナ/Gファミリアのクーペはセンターピラーはあるも巻き上げ式のRrサイドウィンドウでこれも国産クーペでは初の試み、とかくヒンジ式が閉塞感を伴うのに対し巻き上げはHTに近い開放感が得られこれもこのモデルの好きな点でした!

Gファミリアは双子でボディ共用、サバンナとはFr/Rrの意匠が異なりスタイルは獰猛でも大人しくジェントルなイメージ、丸目4灯にREの象徴である○型連テールに対し角目2灯でサイコロ連テールは高級感すら持てました。
共にセダンとクーペ(他にバン、ワゴン)を設定、性格からサバンナはクーペ、Gファミリアはセダンの存在が多かったですが発売後訪れたOILショック以後はさすがのスポ車ファンも大喰いのサバンナを嫌いGファミリアのクーペもよく見かけるようになったりと。

↓Gファミリアクーペ前期型


サバンナのエゲツない走り?に較べGファミリアは1300/1500のシングルキャブという大人しくて地味なエンジンを搭載、RE用に強化されたシャーシはパワーに勝っており真に安心して乗れるモノだったと思います。
友人の中では勿論中古ですがGファミリアをサバンナ仕様にして乗る者も現れたりとそれほどOILショック以後永らく嫌われたRE、サバンナには当初ファミリアRE用の10A型を搭載、そして72年からRX-3の別名で有名なである12A型搭載のGTが加わりました、それまでのスポーツグレード(GS/GSⅡなど)同様クーペのみの設定。

12Aはカペラ用に開発された当時のRE最強エンジン、574cc×2ローターは125pという当時のライバル群の1.6LDOHCや2LSOHCツインキャブ同等のパフォーマンス、それを1.3Lクラスの軽量ボディに搭載していたのでその獰猛さは容易に想像付くと思います!
ワタシは後年、より大パワーの13Bを味わった後にこのサバンナGTの体験でしたのでそう驚く事はなかったのですが文句なく”速い”クルマである事に違いないです。

この順位とさせて頂きたいのはサバンナは全種、Gファミリアは前期~中期、お互い大きく分けて2回のMCがあり前期・中期・後期が存在しました。

↓サバンナクーペ後期型


Gファミリアの後期(75~78年)はFrマスクがまるで別物のようにイメージが変貌してしまいこのデザインが苦手なのでこのようなランクインとさせて頂きました!

とうとう来ました!第2位!!
【トヨタカローラスプリンター KE15/17型(1968~1970)】

↑初期1100SL(KE15)

第5位のE20~60系カローラ/スプリンターで述べました初代カローラスプリンター、ワタクシ的には思い入れが非常に強いクーペモデルですので高順位とさせて頂きました!

これはかつて亡父が菱党になる前に乗っていたクルマ、我が家のマイカーはダットサン210で始まりブル310→パブリカ700 UP10→カローラ1100 KE10と順調に?進みましたがオヤジが選んだ5台目のマイカーがこのカローラスプリンターでした。

当時はワタシもイタイケな未就学児童、ちょうどスポーツ/スポーティカーがブームになりだした頃、オヤジもまだ若かったんですね、クーペモデルに強く憧れるようになったとの事。
検討したのはファミリアREクーペ(7位)とサニーB10のクーペ、そしてこのKE15カローラスプリンターで既にKE10カローラを乗っていた事とスタイリングが気に入りKE15にしたと生前聴きました。
オヤジだけでなく子供心の画像同様の真っ赤なKE15が我が家に来た日は今でも鮮明に憶えており生憎雨模様でしたがそれまであった白いカローラと頭はほぼ同じながら流麗なファストバックが赤いボディに映え雨が滴るのもいい演出だったのでしょう、「来たよ!」とオヤジの声で玄関から出てソイツの姿を見たときは心底カッコ良かった!

デビュー間もないスプリンターの1100SLは3K-B型ツインキャブでそれまでのカローラDXの68psから4psアップ、加速もかなりイイ!とオヤジがニコニコしながら話してくれましたっけ~・・・
後年、自分が免許取った頃はもうクソボロ扱いでしたがDラー勤務時代に下取り入り懐かしくて2~3日乗り回していました。
その頃ではもう当然、水準以下のドライブフィール、一応我が家のモノより新しいKE17(1200)でしたが乗り味はKE10カローラ同様のモノ、軽快なOHVエンジンである3K型は古くなっていても気持ちは良かったですがゴムねじりのようなハンドリング、プアな脚廻り、60年代丸出しのシフトストロークの長いギアチェアンジなどどれをとっても古臭いですが流麗なファストバックのスタイリングはこの頃(約30年前)でもそう色褪せてはいなかった気がします。

カローラスプリンターは僅か2年の生存で70年のFMCで次期20型となりこの時、スプリンターが独立、カローラとスプリンターで“クーペ”を新設し『カローラスプリンター』というモデルは消えています。

オヤジもこれは気に入りながらも僅か1年少々で手放してしまい発売直後の三菱コルトギャランAⅡGSに代替したのですがギャランはセダンでしたので美しいクーペスタイルのカローラスプリンターの方が当時惜しくて代替を恨んだ事もありましたっけ…

↓1200SL(KE17)


カローラスプリンターはライバルのサニーを+100ccの余裕で撃沈させたが故、同じ68年の3月にサニーは流行のクーペモデルを設定し逆襲に転じたのに対し1ヶ月遅れで対サニークーペとしてラインナップ、後年乗り較べるとやはり軽快さとスポーティさはサニーに分があったと感じました。
しかしカローラスプリンター、幼少期のカッコ良さに憧れたGure少年の夢を叶えてくれた思い出は一生忘れないでしょうね、思えば今でもクーペ=フルファストバックの概念が強いのは三つ子の魂ではないですがこの幼年期のカローラスプリンターとの関わりが強く影響してるのだと思います(^^)

さっ、そしてオオトリ!今週のTOPを飾るのは…
【初代日産サニークーペ B10型(1968~1970)/同 B110型(1970~1973)】

↑初代サニークーペB10型

65~66年に東西の横綱、トヨタと日産から産まれたカローラとサニーは“大衆車”なる新しいジャンルを創設、この時代一世を風靡した事はご承知の事と思います。
ファミリー向けセダンとして驚異的な普及がなされた両車の次なるターゲットは若者、ヤングファミリーで両車とも2ドアセダンを持っていたのでこれをベースに全高を低く抑えRrをフルファストバック化し流麗なクーペスタイルとしたのがカローラスプリンターと初代サニークーペでした!

サニークーペもスプリンターに負けず劣らずのスタイリッシュさ!友人宅がコレ乗っていましたがうちのスプリンターと較べてもテールランプが非常にイケイケで印象的、しかもスプリンターは後席が何らセダンと変わりない固定式だったのに対し可倒式でトランクスルーになるのが子供の目にはやたら先進的に見えジェラシーを感じたりと(笑)
単にスタイリングだけなら我が家にあったカローラスプリンターを1位としたいところですがこのような新しいアイディアが活かされた事、そしてセダン同様にトータル的なドライバビリティを較べるとサニー1000(クーペ)にはカローラは販売量では圧勝ながら“オモシロ味”という点では勝てなかったと思いますのでサニーを1位としました!

↓2代目サニークーペ


2代目B110クーペは今更ワタシごときがクドクド語る必要もない名車、先代B10より一回り大きくなりエクステリアも格段に迫力UP!! マスタングのような彫の深いマスクに相変わらず流麗なファストバックスタイル、便利なトランクスルーもB10から継承、使い勝手も優れご存知のように70~80年代のサーキットを暴れまわった実力のB110クーペは例え普及型シングルキャブのA12型OHVでも充分なパフォーマンスを味わえましたしね、出力自体は大した事なくともこれほど軽量である事の素晴らしさを教えてくれFR車の楽しさを模範的にしかも当時はリーズナブルに味あわせてくれましたのでね、40年を経過した現在、立派にプレミアが付き取引されクルマとしての評価も色褪せる事なくカーマニアの心をいつまでも話さないB110サニー、堂々1位とさせて頂きました。
尚、B110には1400ccを搭載したサニエクセレントも存在しましたがこれは乗ってみると重いL14型エンジン、吹けもA12に較べると鈍重でしたしリ・デザインされたFr/Rrの意匠も好きではなかったので対象外と致します。

ランキングは以上となります!
恒例、圏外は下記の通りとなりました。
11位:ホンダ1300クーペ H1300C型(1969~1972)
12位:初代マツダカペラREクーペ S122A型(1970~1974)
13位:2代目日産シルビア S10型(1976~1979)
14位:初代いすゞジェミニクーペ前~中期 PF50型(1974~1979)
15位:初代スバルレオーネクーペ A20/30系(1971~1979)

如何でしたか?毎回〆では書きますがクドイですがあくまでもこの企画はお遊び、『それは違うだろ?』とか『あれが入ってねーじゃん!!』的な反論もあるでしょうがこれはワタクシの基準、これを読んで皆様も独自なベストテンを楽しんで頂けたらと思います。

ファストバッククーペ、HBクーペやノッチバッククーペ、更には2ドアHTと共存共栄でかつてはスポーツモデルの定番車型でしたが多用途性、利便性、そして後方視界の確保などの要因からHBクーペとノッチバッククーペにその道は譲り現在純粋なるファストバッククーペは国産では存在しません。
確かに使い勝手で言えばテールゲートを備え可倒式シートを備えるHBには格段に劣るも見た目のカコよさ、流麗さはカローラスプリンターの項で述べましたように今でも色褪せない美しさがあると個人的には思います、現代では出しても需要はないどころかかつてはそのスタイリングが男っぽさを表しましたが今では女性ウケは極端に悪いとかorz・・・

かつての自分達のような若い世代に是非乗って欲しいモデルではありますがそうモテないんじゃお勧めもできませんね、しかしラフォー世代以上ではこの車型で個性を演出しまくっていたのですが時代は変わりましたぁ(+_+)
時代の移り変わりからその存在は遠い過去の事となりましたし現代の日本でまずもう造られる事はないでしょう、これも国産車の青春期と言えば簡単ですが面倒な事に縛られず各社が自由に単に“カッコ良さ”だけを追求し、同時に我々クルマ好きに夢を与えてくれたモノだと思っています。
ただ、HTとは異なり現在に於いても比較的安全性、車体剛性をクリアできる車型でもあり再びこうした単にスタイルを愉しめるモデルの出現を切望するのはワタクシだけですかね~……

おしまーーい(^^)/~~~
Posted at 2017/12/04 21:42:46 | コメント(0) | トラックバック(0) | ザ・ベストテン | クルマ

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