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2015年09月26日 イイね!

保存版・コルトギャランGTOのお話…第二夜

 保存版・コルトギャランGTOのお話…第二夜 コルトギャランGTOのお話、第二夜です(^_^)v

PVやコメ、イイねからの判断ですかご反応はソコソコ?まぁ、これがケンメリとかセリカとかならまた違うのでしょうがそれらに較べたら地味だったGTO、幅広い人気はありませんが固定された頑固なファンが今も昔も多いのかな!?と勝手に自己分析…


さて、一夜からの続き!

~イメージリーダー、フラッグシップ追加発売~

70/10、絶賛をもって迎えられたギャランGTOは2ヵ月後の1970年12月、MI/MⅡの上級となり新星三菱のイメージリーダーとなるGTOシリーズの最高峰『コルトギャランGTO MR』を発売しました!

↓満を持して70/12に発売されたMR!!


MR、“モーター&ラリー”の略…

実際にはこの頃盛んだったレースにも、そして三菱が情熱を傾けていたラリーにもMRがエントリーした形跡はありませんがこのGTO MRから三菱スポーツの歴史が始まり最高峰スポーツグレードとして後にそれを継承したZ16型GTOやランサーエボリューションにもこのグレード名は付けられた伝統的名称です!

~三菱初のDOHC~

MRの最大の売り、それは三菱市販初のDOHCエンジンでした。

この当時、市販車にはまだまだDOHCエンジンなんてものは無縁のレーシングエンジン、一般道を走るのには高回転は無用と考えられる時代ですし市販車メインはOHV、少し高性能を謳うものでもSOHC(OHC)が常識でレーシングエンジンであるDOHCは一部の“特殊マニア”のモノでした。

今でこそ商用車にも、軽自動車にも当たり前に積まれますが当時のカ-マニアには憧れの的、国内メーカーでは70年当時、トヨタ(3M 2L、8R-G 1.9L 2T-G 1.6L)、日産(S20 2L)、いすゞ(G161W 1.6L)がそれぞれトヨタ2000GT/マークⅡGSS/セリカGT、スカイラインGT-R、ベレットGTタイプR/117クーペという名だたるスポーツ/高級モデルだけの存在、そんな中GTO MRは国内5番目(ホンダは60年代に参入済みながら70年当時にはDOHCラインナップなし)にDOHCをリリースし一流スポーツモデルに名乗りを上げた訳です!

搭載されるのは4G32型サターンAⅢ DOHC4気筒2バルブ、ソレックスツインキャブ、125ps/14.5kgm、という内容、スペックは大きく異なりますが先発でOHC搭載のMIやMIIと同一エンジン形式が示すようにOHCのサターン1600エンジンのブロックをベースにヘッド部を新設計しDOHC化した物、後にも先にもこの4G32DOHCはGTO MRのみに搭載された言わば“MR専用エンジン”だった事も付け加えておきます。

↓MRに搭載の4G32DOHCエンジン


↓ベースとなった4G32型OHCエンジン(MⅡ用)


ゴールドヘッドが有名なこのエンジンですが当初は他社同様黒結晶塗装(試作段階)でしたし細かく観察するとエアクリの形状が70/71年と最終72年(後期型)では異なっていました。

尚、GTOの原型であったギャランGTX-1でもショーに展示されたモデルにDOHC搭載車がありこれも当時、かなりの話題になっていましたがこちらに搭載されたのはMRの4G32ではなく当時のレーシングカーであるコルト・フォーミュラの「コルトF2-C型」のブロックの上に新設計のDOHC16バルブヘッド+ソレックスx2を組み合わせた1500cc 120ps、MAXスピード200km というモノでしたが実用には向かずかつ既存のエンジンブロックを使いコストを抑える手法で4G32型DOHCに換装となった訳ですね。

↓コルトファーミラ用1.5L16バルブDOHCエンジン!!


排気量で100ccアップしながら4バルブ→2バルブに落とされはしましたがMRでもMAXスピード200kmを達成、まだ珍しかった5速ミッションもGTX-1同様に与えられておりM1/MⅡが4速ミッションでしたので如何にMRが当時としては高水準でスペシャリティカーの枠を超えたスポーツカーに限りなく近い思想が組み込まれ上述のライバル各車に勝るとも劣らない実力を持っていた事が分かります!

同じ排気量でやはりソレックスツインチョークのトヨタ2T-Gの115ps、いすゞG161Wの120psを上回る出力は当時1psでも高いクルマが偉い!という時代ですのでね、クラス最高、クラス最速を誇るMRの存在感は格別でした。

~何もかも専用設計のMR~


MRは70年代の三菱のイメージリーダーを担う役目もありスポーツ/ラグジュアリーな装備はMI/MⅡにない専用のモノが与えられました。

まずは上述の5速ミッション、ポルシェタイプのクロスレシオは最高速200kmに対応したハイギヤード、このため街乗りは決して扱い易いモノではありませんでしが高速の伸びではセリカGTを上回るワイルドさを示します、ワタシもかつてこれのドライブ経験はありますがセリカの2T-Gに較べると非常に神経質なエンジンでアイドルで数分置いておくだけでプラグ被りを起こしとエンストする、という逸話もありますが廻してギア選択のコツを掴めばセリカやベレG以上に高水準なドライブができました、まぁ、これはエンジン&ミッションだけではなく脚、ハンドリングの味付けも大きく寄与している事は言うまでもないですが…

脚廻りはMⅡをベースによりハード化、トルクロッドを追加し高速での納まりやワインティングでの粘りを上げています。
Rrサスは今から見れば古典的なリーフ(Frはストラット)、ステアリングもボールナットですが当時の水準としては秀逸な味付けでRrをリンク式にしていたセリカと大差ない乗り味、ハンドリングはこの時代の三菱の最も良い部分でボールナットと言えども遊びが少ない非常にシャープな切れ味、トヨタがゴムねじりのような60年代ハンドリングをそのまま持ち越していましたしいすゞのダイアゴナルからなるRrサスも特殊でハンドリングの軽快さを奪う部分がありましたのでね、この部分でセリカやベレGには歴然とした差がありました!

↓脚廻りは古典的ですがこの時代としては秀逸な乗り味を実現!


ハンドリングに負けず劣らず気持ちよかったのはFR時代のこれも三菱の利点だったシフトフィール、GTOに限らずミニカ~ギャランまで適度な力でカチッと決まるフィーリングは他社にはない気持ち良さでハンドリングと併せてドライブが楽しくなる絶妙な味は70年代~80年代の三菱FRスポーツの最大の宝だったと思います!
プッシュバック形式でどの段に入ったかを体感的にしっかり掴めるミッションフィールほど気持ちいいものはない、この点で三菱FRを超える感覚は国産では未だ味わっていないかもしれない…

エクステリアとインテリアも専用の味付けが施され外観上でのMI/MⅡとの識別はボンネット上のエアースクープ(ダミー)とそしてトランクリッド後端、つまりはチャームポイントのダックテール部まで回り込むセンターストライプ(俗に“鉢巻ストライプ”と云われていました…)、そしてホイールリング付きブラックアウトされたスチールホイールでしした!

↓“鉢巻”がMRの証!


鉢巻ストライプはギャランGTX-1で採用されていたモノを再現、MIではストライプなし、MⅡはFr~Rrまでサイドのみの設定でしたのでこの鉢巻が一層Hip Up copeを際立たせGTOのリアスタイルを精悍に見せる演出効果、抜群でした。

MRのカラーバリェーションは2色、ケニアオレンジに黒ストライプとロッキーホワイトにオレンジストライプで発売、極初期にタイトル画像にしたライトグリーン&黒ストライプモデルも存在しましたが試作的要素のモデルでした。

尚、MI/MⅡではホワイト、オレンジ、ダークブルー、シルバー(MⅡのストライプは白、黒、青)の設定でした。

インテリアでは基本MⅡを踏襲しますが違いはハイバックシートの座面がMRは専用の赤/黒ファブリックを使用しスパルタンな印象、MⅡの灰/黒基調の落ち着いた雰囲気とは一線を画していました…。

~渾身の力作MRも普及せず…~

上述の通り専用内外と何よりも宝であるDOHCエンジンと再のMR、一番ネックになったのが価格でありこれが大きな要因で残念ながら広く普及とはなりませんでした。

MⅡに較べて大幅にUP、MⅡの840,000円に305,000円も差がある1,1405000円という価格は甚大であくまでも普及したのはMⅡ、そして最大のライバルであるセリカGTの870.000円と比較しても決定的な大差がありMR、往時でもまず見れないモデルでした。

対セリカはこのためOHCのMⅡが担当する事となりMRはあくまでイメージリーダー的存在、MR対セリカGTではセリカ、MRに対し馬力が10ps低く総合した運動能力、本格スポーツ度では劣るながらも10pと10km(セリカ1600GT TA22型のMAXスピードは190km)に30万近くの差額を払う人間はそうはおらずセリカが爆発的に普及したのに対しMRの総生産台数は70 ~71年714台、72年121台の計835台(登録台数829)という数字、これが要因で当時も後年も孤高の存在となりました。
この事が普及したセリカGTや他スポーティモデルとは異なり比較的早い時期(75年頃)からプレミアムが付き始め現在は勿論、残存は事故廃車でもない限り比較的残るも元が少な過ぎのモデルが故に見かける事もまずなく名車、絶版車を欲しいままにしているのが現状…

尚、上記の通りMRは僅か2年で姿を消しますがこれは高コストによる事の他に73年から順次導入される排ガス規制に適合が難しかった点、そしてOILショックの要因も重なります。

その2年のうち72年2月のGTOシリーズMCにてMRも後期型になりますがベースのMI/MⅡがXI/
XⅡとなり内容も大幅なイメチェンが施される中、MRに関してはオーナメントとテールランプの変更程度という極僅かな変更でした、この点に関しては“コルトギャランGTOのお話…第三夜”にてGTOシリーズ全般としてまた語りたいと思います。

↓フェンダーに付く『MR』エンブレムが大型化した後期MR


以降“コルトギャランGTOのお話…第三夜(UP予定不明…汗)に続く(^.^)/~~~
Posted at 2018/03/04 13:58:02 | コメント(0) | トラックバック(0) | ギャランGTO | クルマ
2015年09月24日 イイね!

保存版・コルトギャランGTOのお話…第一夜

保存版・コルトギャランGTOのお話…第一夜
前にも似たような事やったんですがね、色々あって一度みんカラ退会したのでその時消滅、再UPもしてませんでしたので来月ワタシがこの世で一番好きなクルマ=『三菱コルトギャランGTO』が発売45周年(1970年10月21日発売)をワタシなりに記念して“コルトギャランGTOのお話”というお題でその日までに今一度、ギャランGTOとはどんなクルマだったか?を振り返ってみたいと思います…。

~Gure的ギャランGTOへの憧れ~

子供の頃、クルマ好きのオヤジのマイカーだった初代コルトギャランであった事から『ギャラン』というクルマには並々ならぬ感心が幼き頃からあった訳ですがオヤジがギャラン購入後、約1年後位だったかな?GTOがデビューしたの…
デビュー直後にオヤジと晴海のモータショーで実物を見て一気に親子して虜に(笑)
また大ファンだったアクションドラマにも颯爽と使われ夢中になり遂にデビュー3年後、我が家にもGTOを迎える日が来ました!
時代からか?年か?オヤジはその後高級志向になり4年でGTOを手放しデビューしたてのギャランΣスーパーサルーンに代替するのですがGure少年のGTOへの思い入れは消えず自身が免許取得と共にGTOを購入、2台乗り継いだという幼少期~青春期、このクルマの事は1日たりとも思わない日はなかったかも(^_^;)

今では価格も高騰してしまったし諸事情もあり恐らくもう手にする事はできませんがつい2年位前までは返り咲きも本気で考えていたGTO、郷愁、懐古趣味タップリの備忘録的なブログですがこのクルマに興味ある方は是非お付き合い頂けたらと思います!

ワタシが維持しているカタログ羅列や自身の思い出話、回想が主になりますので大してオモロクないかもです、特に若い世代では40年超のクルマなのでよく知らない方も多いでしょう、今となっては絶版車、旧車人気も高いですが新車~中古現役が多く残っていた80年代前半でもトヨタ、日産他並み居るライバルに阻まれそう人気車!って程でもなかったのでね、三菱らしく大衆迎合せずヒトクセあるクルマでしたが走り、機構、装備はこの時代の1級品だった事は間違いナイ!

そんな訳で“コルトギャランGTOのお話…第一夜”やってみたいと思います<(_ _)>

~ギャランGTOとは?~

まず、ギャランGTOとは?からスタートしますが初代コルトギャラン(1969年発売)をベースに当時提携関係にあったクライスラーの助言を取り入れながら開発したギャランのスペシャリティカー、クーペモデルとして新設計した車です。

発売は70年10/21、名前の由来はイタリア語でグラン・ツーリスモ・オモロガーレの頭文字3字を略したもので『GTO』としその意味合いは“正式に承認されたGTカー”という事でした。

”GTO”はフェラーリ、ポンティアックなど名だたるクルマが付けていた名称、その名前に恥じないよう本場アメリカで当時人気だったマッスルカーの派手な出で立ちを三菱内製で巧みに日本サイズ(5ナンバーサイズ)に収めたデザインが何よりも肝でした!


~GTO、登場前夜~

実はGTO、発売前年の69年に『ギャランGTX-1』としてショーモデルが東京モーターショーで発表されておりこれの評価が高く市販が望まれデザイン他細かな点を煮詰め市販されたという経緯があります!

↓69yのショーモデル、『ギャランGTX-1』
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GTX-1、これは三菱内製の作品ですが市販されたGTOはクライスラーのアドバイスに従い50Rカーブドグラスの採用、インパネデザインをフライトコクピット化などがなされ全体的なウェッジシェイブとGTOの最大の特徴であるダックテール、そしてコルトギャラン譲りのダンブルフォーム、ダイナウェッジラインで構成するスタイリングは基本同じながら細かな部分を再デザイン、市販に向けて生産性向上を主目的に変更がなされていました。

↓ダックテールにサイコロテールは市販そのままのイメージながら市販型はより選択されたイメージ!
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↓連メーターの意匠は同じながら湾曲度合いが市販ではより深くなり“フライトコクピット”化しました。
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~そして発売へ~

上述の通り三菱とクライスラーがタッグを組んで70.10/21にギャランGTX-1→ギャランGTO(型式A53C型)発売、直後の30日から第17回東京モーターショーにてGTOは展示され大々的なターンテーブルにこの年4月に追加されたギャランHTと共に載せられたGTOは大きな話題となり大人気を博しました!

↓発売時のカタログ
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これ、ワタシが所持している初期型のカタログは簡易版と思われ6ページしかない淋しいモノながらこの僅か6ページにGTOの魅力がぎっしりと詰まっています!

「日本のカーデザインに新しいページが開かれました。エアロダイナミックスの徹底追及から生まれたダックテール、シリ上がりのテールが印象的ないわばヒップアップ・クーペです。高性能に裏付けられたこのシルエットこそこれからのカーデザインの方向を示すものです。三菱はここの日本のカーファッションリーダーを自認しギャランGTOを自信を持って世に贈ります。」

とカタログ冒頭で凄い自信の表れ(笑)
カーファッションリーダーを自認ですからね~、確かにこの後GTOのクリソツな某車も現れましたがwww

しかしこの文章だけで如何に当時の三菱がGTOに期待を賭けていたかが分かります、何せ」この70年という年は三菱重工から自動車部門が分離、新星三菱自動車工業の発足した時でもありますしその第一弾の発売車種はGTO、力が入って当然ですね。

この解説?にもあるようにGTOの全てはダックテール!!

このデザインは米マスタングなどが採用しアメリカの若者に高い支持を得ていたデザインであり日本でこれを採用したのはGTOが初めて、CMコピーも“Hip up cope”と謳われていました。

↓ギャランGTO発売時のCM


鋭く切れ込む逆スラントのFrからダイナウェッジラインという三菱独自のエアロフォルムでRrまで結びファストバックから降りてくるRrウインドウのラインに絡ませ最後にテールを盛り上げてスパッと切るデザインはそれまでの日本車にはない斬新なスタイル、子供心にも非常に眩しく強烈な個性で見た瞬間に虜になる威力充分!鋭くウエッジが効かせながらもダンブルフォームと言われるボディのふくらみとカーブドグラスからなる斜め前、後から眺めるスタイリングも非常に美しさを感じました。

↓カタログ1~2ページもまずは“ヒップアップ”を全面に!


そんなGTO、発売時はコルトギャランでデビューしたOHCの4G31型エンジンをスケールアップし" “サターンエンジン”と名付けられた4G32型OHCエンジンのMIとMIIがラインナップされました。

ベーシックグレード『MI』はベースとなるコルトギャランの上級グレードと同等装備を持ち4G32シングルキャブ100pを搭載、価格は780,000円、一方の上位グレード『MII』はコルトギャランのスポーツ最上級であるAⅡグランドスポーツ(GS)とほぼ同じ装備が与えられラジアルタイヤ、ハードサス、センターストライプテープを装備、4G32エンジンはSUツインキャブで武装、圧縮比を9.5に高めデュアル排気化で110psを発生、Maxスピード185kmで840,000円という価格設定…。

尚、GTOの発売と相前後して生涯強力なライバルとなった『セリカ』(初代)がトヨタ自動車から登場、この好敵手の存在がGTOの発展に大きく影響したのは言うまでもありません(セリカとGTOの関係については→こちら と こちら をご参考まで)

またGTOが強烈に好きな点の一つにインテリアのカッコ良さもありました!

三菱らしくコンセプトを航空機に定めクライスラーからアドバイスされた大きく湾曲したフライトコクピットは今見れば芸術的、当時は連続するメーターパネルは常識になりつつという時期でしたがその中でも時計を含め8個ものメーターが並ぶのはGTO唯一!まぁ、多けりゃいいってモンでもないですがスポ車ファンにはこれもたまらない魅力の一つでした!

↓3~4ページは“フライトコクピット”の解説!
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このインパネ及び内装の意匠は基本、GTO終了まで継続、最後は7年という歳月を経ておりましたが各スイッチ類、空調に古さは隠し切れない印象ではありましたがカッコ良さ、迫力という点では最後まで魅力を落とさずその証拠にこの意匠は後続のギャランΛにも現代的にリファインしながら継承されておりました。

単にスポ-ツマインドをくすぐるだけでなくGTOの内装は当時としては非常に高級感も高い、オーバーヘッドコンソール、ブレーキ故障警告灯やシートベルトワーニング、ドアロック警告灯など当時としてはまだ珍しい装備も奢られメーター下部のスイッチ部には木目(調)をあしらう等さながら高級グランドツーリングの雰囲気を醸し出していました。

↓カタログ、5~6ページはインテリアとエンジン他機関の解説!
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また、ワタシが衝撃を受けたのがRrシートの形状、多分国産では初じゃないかな?これも三菱の良心であったと思いたいですがファストバックにより頭上からなだらかに下るルーフのため座面を抉りヘッドスペースを稼ぐといった工夫がなされ他クーペモデルが大概2+2的にRrシートは臨時的使用と割り切ったデザインや使い勝手だったところ決して広くはないながらもGTOのRrシートは大人2人が充分に座れ窮屈さも感じなかったのは確か、慎重174の標準体型のワタシですら特に頭上で他のクーペモデルのような“頭つっかえ”を味わった経験、皆無でした。

↓裏表紙にはこの時代特有の透視図…ギミックですがトランクのセンターオーナメント『GTO』を斜めにスライドするとキー穴が現れるという仕掛けも好きでしたw
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69年のコルトギャラン発売、新時代の軽自動車として初のHBに7年ぶりにFMCし好評を得たミニカ70、そして三菱自動車工業発足と波に乗る三菱、その真打とも言えるGTO発売に於いては注文が殺到、その後発売1か月で3339台を売上げるというコルトギャランに次ぐ高人気を獲得しますがまだまだ新型車攻勢は終わらず70/12、GTOシリーズの頂点でもありこのモデルを提唱するべくGTOは開発されたと言ってもいい最高峰『MR』が追加発売される事となります!

第一夜の最後に付録?として(笑)

~Gure的ギャランGTOへの憧れ~で語ったアクションドラマですがこれはかつて土曜夜9時のTBS黄金期のTOPを飾った『キイハンター』、この後アイフル大作戦、バーディ大作戦を挟み高視聴率となったGメン75に続く訳ですがこのシリーズ、劇用車はトヨタ提供のイメージが強いと思います。
しかし1971頃、三菱自動車が提供クレジットに入り劇用車にデボネア、コルトギャラン、そしてGTOが活躍していた時期がありましてですね、その劇中でまだカリーナのCMに出る前の若き千葉ちゃん(千葉真一さん)が主にGTOをカッコよく操っておりこれを見た影響もGTOキチガイになった一因でもあるかな?と思っています(^^ゞ

そんな訳で少しですがキイハンターにおけるGTOの活躍を!!
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以降“コルトギャランGTOのお話…第二夜(UP予定不明…汗)に続く(^.^)/~~~
Posted at 2016/11/03 23:01:13 | コメント(1) | トラックバック(0) | ギャランGTO | クルマ
2009年09月06日 イイね!

保存版・過去からの贈り物

保存版・過去からの贈り物暑さも一段落したので前から気になっていた物置徹底整理を断行!
そうしたら出るわ出るわお宝の山!!

これまで乗ってきたクルマやバイクのパーツ、自分の物持ちの良さにビックリと言うか呆れました(汗)

一番年代モノと思われるのが2?年前に乗ってたGTOのエンブレム!フェンダー左右の『GSR』は経年変化からか残念ながら破損状態で発掘されましたがトランク部のエンブレム(写真)はほぼ完璧な姿を見せてくれました!外した2?年前にタイムスリップ、過去からの贈り物に思わず感激してしまった~。。。
Posted at 2022/08/15 14:56:08 | コメント(1) | トラックバック(0) | ギャランGTO | クルマ

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「岸田と宮沢洋一、公明斎藤(広島)、石破(鳥取)、逢沢(岡山)って中国地方ってロクな議員いないな、この地区(ついでに森山の鹿児島、岩屋の大分、村上の愛媛も含め)だけ消費税10%維持、暫定税率維持で良くねぇ?ここの県民は次の選挙でもまだコイツら入れるなら非国民決定!」
何シテル?   09/03 17:55
元GureのHNで活動、新規ネタ&過去ネタをUP中、過去記事はかつてほぼ移住していた山梨や本拠でのクルマ弄り記録や過去シリーズ的に上げていた独自の企画モノを再U...

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