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2012年12月09日 イイね!

保存版・“華麗なる一発屋!!!”…ホンダ1300/145編

保存版・“華麗なる一発屋!!!”…ホンダ1300/145編 (2012.12/9UP)

“華麗なる一発屋!!!”、今回は『H1300/H1300Cホンダ1300&CD/SD型ホンダ145』を取り上げたいと思います!

ホンダ1300と145はネーミングは違いますが車としては全く同じモノ、前者が空冷モデルで69~72y、後者が水冷に換装し72~74yに生産されていたモデルです!

67年、軽自動車N360で本格的4輪市場への参入をセンセーショナルに果たしいよいよ普通車に本格参入を目論んだのが1300シリーズ!
これまでも普通車にSシリーズ、L700、N600等を送りこんではいたもののマニアックなスポーツカー、商用バン、軽N360のスケールUP版(輸出仕様)と量販を見込めるモノではなく言わば普通車の実験販売的なモノであり本格量産/量販を目指して本田宗一郎氏の肝入りで開発されたのがホンダ1300です。

何と言っても1300では本田宗一郎氏の当時の有名な持論“水冷も結局は水を空気で冷やす空冷、ならば余計な冷却装置を伴わないは空冷で充分”と言う意見を「これからの時代は水冷でないと…?」と反対する数多い社員(研究員)を押し切り実用化した一体式二重空冷(DDAC)エンジンが大きな注目と話題になりました。
しかし蓋をあけるとこのエンジン、空冷F1マシンからフィートバックしたDDAC機構は空冷の最大の利点である“ラジエーターなど冷却機能がいらない=軽い“ という基本を外れ熱処理の為水冷のウォータージャケットのような空気の冷却通路を設け、また高出力を実現する為の様々な凝った造りが災いし水冷エンジンと何ら変わりない重さになってしまいまたこれを横置きのFF式にしたのも手伝ってパワステのない時代ですから操縦性はFrヘビーに加えFFの癖丸出しの【曲がらない危険な車】と悪評が立った程のモノでした。
また空冷故に熱ダレしやすくヒーターも満足でないといった欠点が強調されてしまいユーザーのみならずホンダ内部からも総スカンを喰ってしまい宗一郎氏の引退のきっかけになったというのは有名な話です。

尚このエンジンはH1300型OHC4気筒で1キャブで100ps/7200rpm、4キャブだと実に115ps/7500romという当時の1300ccとしては飛び抜けたスペックでで他社が50~60ps台の性能の中、実にREや2000ccクラス,DOHC並の高回転で叩き出すその数値は“バイク屋”のホンダらしいものであまりの桁外れに当時のカーマニアはド肝を抜かれN360がクラスTOP馬力で登場し軽の革命児とされた普通車版でし…いや、なる筈でした(汗)

本田宗一郎氏のこだわり作であり型破りのH1300型DDAC空冷エンジン(㊤1キャブ㊦4キャブ)



尚1300は当初セダンのみで69/5に発売し77(セブンティセブン=1キャブ)シリーズと99(ナインティナイン=4キャブ)シリーズを設定していました。(以下説明上分かり易い「セダン」と表記しますが正式名称は「ホンダ1300・77または99」が正式名称です)
外観上は至って普通の3BOXセダン、77と99はライトで差別化(77=角2、99=丸2)、顔は逆スラント&分割グリルでスポーティなモノ、脚廻りはFrストラットRrクロスビームリーフ←完全にエンジに負けていたようです…
尚ミッションは4MT。

その後70/1、ただでさえ操作性に問題が取りだたされた上N360でユーザーユニオン等(裁判沙汰)のホンダの高出力FF車の危険性の指摘とイメージ低下の歯止めにあまりにもピーキーなエンジンをトルク重視に1/4キャブともそれぞれ5psデチューンを行っています。
さすがのワタクシもこの1300は運転した事がなくわざわざデチューンするようなジャジャ馬!!一度ハンドル握ってみたかったです(^▽^;)>゛

70/2、この桁外れなエンジンに相応しいクーペモデルが追加されます!
クーペは7(セブン)と9(ナイン)シリーズとしそれぞれ“7”が付くものがシングルキャブ、”9”が4キャブというシリーズ分けはセダンと同じ、角ばってたセダンをやや流麗なセミファストバック化し顔はセダンをも上回る逆スラントと分割グリル+丸目4灯で迫力のあるモノでした。脚廻りもセダン同様ながら強化されようやく性能に追い付いた(実際にはまだ足りなかったらしいです)脚を手に入れてます!
しかしクーペは個人的に顔付は精悍でなかなか良かったと思いますがお尻が長過ぎてショートノーズ、ロングデッキという何ともアンバランスなスタイルがあまり好きではなかったですねー、これを思う度、あと5cm花が長くて尻が短ければ結構カッコいいのに残念!!と感じてます。。。

クーペ9Sとセダン99S


尚、クーペはインパネも専用設計されセダンの平凡なモノからセンターがドライバー側へ向く「フライトコックピット」を国産初採用、これが有名なワタクシの敬愛するギャランGTOの1年近く前に採用していたという憎いヤツです(;^_^A

70/2追加のクーペ9 S㊤とDX㊦に“フライトコックピット”のインパネ


↓こちらは平凡なセダンのインパネ、Nコロと大して変わらない(笑)


この後70/3、セダン/クーペ共にATモデル(1キャブ80ps)を追加、70/11にはクーペの追加で元々がファミリーユース向けのセダンに無茶があり過ぎたのを反省したかのようにセダンを大人しい丸目2灯/一体式グリルの顔に変更、テールやインパネも変更し99シリーズを廃止し95psの77のみとなり名称を『ホンダ1300』→『ホンダ77』とします。

71/6にはクーペもマイチェン、シリーズ全体的に大人しい方向に進路変更します。
まず名称を『ホンダ1300クーペ』→『ホンダ・クーペ』とし“7”と“9”を廃止、従来通りの分割グリル(若干の意匠変更アリ)を『ダイナミックシリーズ』、セダンと同じ非分割の顔付モデルを『ゴールデンシリーズ』として新設定、見直されたバリエーション設定でクーペの最上級の『GTL』のみ110psの4キャブを残し他は全て95ps仕様とされています。GTLは旧9Sの発展型ながらエクステリアやインテリアは大幅に豪華&スポーティな味付けがなされマイチェン前の赤/黄に加え派手な原色の青、黄緑を加えシリーズ全体がマイルドになる中で一人気を吐いていた感じです。。。

71/6のマイチェンで唯一の4キャブ仕様となったダイナミックシリーズのGTL


こちらはセダン顔となったゴールデンシリーズのDX


GTのRrビュー  9/7に較べセンターガーニッシュやバンパーオーバーライダーが装着され高級感も演出


このようにスタート時のあまりの高性能さから逆に『危険』『扱えない』というレッテルを貼られてしまいそのイメージ改善の為マイルド路線に振りながらも一向にイメージは悪いままで人気は上がらず操作性の改善を主眼に72/11、大幅なチェンジを行う事になります!

72/7に登場したシビックに載せられた新開発水冷エンジンであるEB1型1200ccをスケールUPしたEB5型1433ccに換装、ようやく新エンジンによりFrの軽量化がなされ操作性は改善、当時のFFとして常識レベルに落ち着いたモデルになりました~!!
ネーミングは約1450ccの排気量から『ホンダ145』に変更。

EB5はOHC4気筒水冷で1キャブで80ps、そして目玉となるのがホンダ発の機械式燃料噴射式もラインナップ、こちらは90psとされ旧4キャブに代るイメージリーダーとされ最高グレード『FI』に搭載されていまます!
尚145からシビック同様の自社開発の『ホンダマチック』にATは換装されています。
このホンダマチック、かつてのトヨタの“トヨグライド”と似ていて2速式のセミAT、これは何度もシビックで経験してますが使いにくいと言うか意味のないと言うか。。。
☆(スターレンジ=2速)とLがあり☆で各固定、☆で発進もできるながらLとは違い~もやーん~とトロトロ加速していくのが我慢できず結局手動でL→☆、停止時にLという操作になってしまい自動変速もなければMTより歯切れが悪く最悪の印象しか残っていませんネ、そのせいか80年代後半には消えホンダも目出たく通常のAT化しましたが(笑)

145となり同時にマイチェンも行われますがクーペの顔が角目2灯になったのが一番目立つ程度、他にセダンのグリルデザインの変更もなされていますがインパネ室内はほぼ旧タイプを踏襲しています。
72/7~145クーペ(FI)


72/7~145セダン(カスタム)


145となりようやく完成した感のあるこのクルマ、しかし1300で発売して3年が経過しており時既に遅しといった感は否めないモノがあり人気は145となっても上がらず販売不振は継続、そんな中72年に発売された下級シビックが爆発的な人気を得ており遂にホンダは74年をもって生廃とします…

出た時は凄いクルマが出た!とオヤジに連れられて行ったモーターショーのホンダ館で1300をかたどったデカイ建物?イベントコーナー?で見た映画(商品紹介)に心を奪われたのを今もかすかに憶えています、99とか77とかネーミングにカッコ良さを感じたのも懐かしい記憶。。。
最初だけ“パッ”と咲き以降は地味→ジリ貧→生廃となった打ち上げ花火みたいな1300/145、何故か鮮明に残る『一発屋』です!!!!
Posted at 2017/08/16 17:36:14 | コメント(0) | トラックバック(0) | 一発屋 | クルマ
2012年11月14日 イイね!

保存版“華麗なる一発屋!!!”…カリスマ編

保存版“華麗なる一発屋!!!”…カリスマ編 今回の“華麗なる一発屋!!!”は『三菱カリスマ DA2A型』を取り上げます!

カリスマ…勇ましいネーミングで名前だけは割と好きなんですがクルマそのものは地味で全く目立たなかったです、三菱ファンなら知ってはいても多分それ以外の方は存在すら知らない?ランサーと混同?なんてケースも残念ながら多いかと思います(汗)


カリスマは96/10に発売、立位置的前任車はE5~E8系エテルナになります。
カープラザ店専売モデルで77y以来ギャランの双子として同店で販売してきたエテルナの後続ながら初めてギャランと決別した独立モデルでありました。
E3系エテルナ(ギャラン)迄が5ナンバーボディであったのをE5~8系エテルナ(ギャラン)が無意味な肥大化をして3ナンバーボディになった事で不評を買い、それでも主力のギャランが一度大きくした身体を戻せないしがらみのある中、EA/EC系となり3ナンバーボディはそのままにしてE3系に回帰したデザインテイストにしたのとは別に車名(モデル)を変更した事を機にカリスマはランサー/ミラージュ~EA/ECギヤランの開いた車格を埋める意味合いもあり5ナンバーボディで設計されていました!

96/10にカープラザ専売の独立小型車としてデビューした『カリスマ』


↓インパネは普通に右ハンドルで普通なデザイン(笑)


↓前任は不評を極めた?E5~8系エテルナになります!


ご承知の方も多いと思いかもしれませんがカリスマは先代ボルボS40/V40と車台を共有し、オランダのネッドカーで同時に生産されていたモノ、ネッドカーとは興味ある方は検索して頂くとして簡単に言えば当初、オランダ政府、ボルボ、三菱自動車工業による合弁事業にて91yにスタート、99yにオランダ政府が保有していた株式をボルボと三菱に売却、01yにボルボが三菱に株式売却をした事により三菱の100%子会社となっています。
現在はコルトやアウトランダーを製造していますが91y~04yはボルボの440/460/480→S40/V40を生産、このうち95~04y迄はカリスマと同時生産をしていました。
このためカリスマはに日本(三菱)が造った欧州車でありオランダから輸入→販売していたモノでこれが結構このクルマを「異端児」なイメージに持って行ってしまい失敗に繋がってしまった、そんな気がします。
国内ではあまりの売れ行きの悪さで1代限り、96y~00yの販売でそれこそ『一発屋』で終わってますが欧州ではマイチェンも行い05yまで生存し現地ではそれなりに評価されたモデルでした!

↓イメージは似て非なるモノ、評価は全く異なるもボルボS40(V40)は兄弟です!


さて、カリスマの概要=現地では4ドアセダンとHBがラインナップされてましたが国内はセダンのみ、FF横置きの常識的セダンであり舶来品?ながらもスタイル的には冒険のない“普通”のクルマでした。
普通すぎたと言う点に加え兄弟に“高級車ボルボ”がありながらもどちらかというと大衆車?なランサーのイメージに近く上級ギャランやディアマンテのテイスト感がなかったのも失敗の一因のように思います、早く言えば“オランダ発の割に安っぽい“というところでしょうか???
それが結果、当時もエボやGSR等で派手なラインナップのあったCK/CM系ランサーに較べても地味地味の出で立ちで目新しさはなくどうかすればランサーの上級どころかランサー廉価版?みたいにワタクシのような菱ヲタでも勘違いしかねない位目立たなかったですネ~~。
4ドアのみ、グレード展開も3種、搭載エンジンも1種ではマイナーの域を脱せなかったのは当然の結果だとは思います。。。

エンジンは当初1.8L 4G93型 直4OHC16バルブ125psを搭載、この当時ギャランに初搭載され脚光を浴びていたGDI仕様ではなくさりとてミラージュやランサーのMIVECやらターボやらは当然?載せられてはおらず大人しいこれまた平凡なエンジンでした。
ミッションは4AT(INVECS-II)のみの設定、この時代ですからエアコン込みのフル装備ながら詳細の異なるグレード設定で『L』『LX』『LS』をラインナップ、脚はFrストラット/Rrマルチリンク。
カリスマも耐久試験で乗った事ありますがまぁ特筆する点もない代りにけなすべき点もない所謂”フツー”に乗る分には何ら問題なくミディアムクラスのセダンとしては居住性、走行性能、乗り心地と全てが及第点でした。

ただ前任のE5~8系エテルナ(ギャラン)がバブル期設計だったという事があるまかもしれませんが多少のコストダウン感は意識させられ造り的には現在のフォルティス等よりは上質だと思いますが前任と較べてしまうと上等とは言えなかった気が…当時の印象では「下級のランサーやミラージュと大差ない」、そんな感覚でした。
しかし決して悪いクルマではなくむしろ目立たないだけでこのクラスでこの値段(200万以下)の割には当時での上位なレベルは保っており何せ兄弟は高級ブランドのボルボですからねー、『ボルボ』と付くか『カリスマ』と付くかだけで中身はほぼ同じクルマながらこれほど一般受けの違いが出るとは!なんてブランド力を痛切に感じるクルマでした。。。

このカリスマ、発売1年後の97/10に生涯最初で最後のマイチェンを受けます。と言っても外見は殆ど変更がなく同色グリルやデュアルマフラーの採用、シート柄の変更、安全対策(ボディ強化、サイドエアバック/ABSの標準装備化)等が行われ最大の“チェンジ!!”はエンジンがようやく当時旬?のGDIに換装された事です!
現在では三菱の“黒歴史”化されたGDI、しかし当時は「GDI CLUB」なるものまで存在した三菱の大セールスポイントでしたからようやくこれでカリスマも売る気になったのか?なんて思いましたね(笑)
尚、このマイチェンで車種整理をしグレード、『L』を廃止し『LX』『LS』の2グレードに編成しますがこのカンフルは殆ど効かず販売は不振を極めます…そう言えばイメージUP作戦の一環か!? WRCでエボを一時『カリスマ・エボリューション』としてエントリーしていたりもしてましたネ~~。

↓後期型(97/10~)カリスマのRrビュー


↓インテリア(後期)、ミディアムクラスとしては水準を保っていました!


マイチェン後もあまりにも売れない為、それの後、比較的早い時期に“特別仕様”と言えば聞こえがいいですが大幅値引きして何とか台数さばこうという見え見えモデルである『LXリミデット』『LSリミデット』という叩き売り特別グレード車が追加されてます。
リミデットシリーズはよくあるパターンのベースグレードからある部分(あまり重要でない部分 例=オートエアコン→マニュアルエアコン、タイヤサイズやアルミ、シートやカーペット材質等)は装備を落としある部分(主に目に見える部分 例=オーディオの充実やキーレス、ステッカー等)は充実させ微妙な調整により価格を抑えるモノ、カリスマはこの方式で上級LSリミデットで1,598,000円(LXリミで1,498,000)を実現!! 1800GDI、ミディアムクラスでこの価格はまさにビックリ価格であり下級ランサー&ミラージュ上級より廉価! 各メーカー、モデル末期や不人気モデルにはよくこの手を使いますが三菱も過去にギャランEXEとかミラージュアスティでこの方式を採用し“安さ”だけでユーザー取り込みにある程度成功していたのでまたしてもこの手を使いましたが残念ながらカリスマには通用せずこのリミデットでも販売/知名度向上はなされなかったです…

1.8Lで160万切り!! 当時なら破格でした(LSリミデット)


このように発売後1年チョイは売る努力をしてはいましたが一向に泣かず飛ばずでorz・・・

この為三菱は早々にカリスマに見切りを付けた?ように98/8、かつてのエテルナ同様のEA/EC系ギャランの兄弟双子車である『アスパイア』を発売、販売の主力をこちらに移してゆきカリスマは早くも放置プレイになります。

↓代打?→後続となった『アスパイア』(後期型)


アスパイア・・・「大志を抱く、憧れ」の意味との事ですが何かホンダ(アスコットとインスパイアを+/÷)みたいなネーミングで菱ファンも?ってな感じでしたが少なくとも98y当時は人気のE3系ギャランに先祖帰りし久しぶりの“ギャランらしいギャラン”として好評だったEA/EC系ギャランとほぼ同一の出で立ち、異なるのはスリーダイヤのエンブレム色とヘッドライト/テールレンズのデザインのみのモノであり菱ファンに対しカリスマのような「異端児」ではなくかつてエテルナで行われた保守的で見慣れた手法の為、これはこれでやはり知名度なかったながらカリスマ程悲惨な結果ではなかったと感じます。
但しアスパイアはΣ/Λ時代からギャラン×エテルナ、当時のギャランとそのワゴン版レグナムがほぼ同一グレード(グレード名には違いあり、また一部グレードは除く)と幅広いエンジン設定に差別はありませんでしたがギャラン×アスパイアにおいては後者のエンジンが単一設定(当初4G93 GDI 1.8Lのみ、00yから4G94 GDI 2Lのみ) でありグレードも大幅に縮小されていたのはカリスマ譲り?(汗)

尚、この後カリスマは00yに輸入中止、国内では廃版となり後続を正式にアスパイアに譲りながらかつ同年から始まった例のリコール騒動のガヤガヤの中でひっそりと引退していきました。

“和製外車”だったカリスマ、日本では本国ボルボの方が数多く走ってたという誠に不名誉な部分もありますがホントにこのクルマ、悪いモノではなくただただ普通です。
しかしせっかくの“オランダ発”という特徴が全く生かされない普通さでその特色をもう少し表現できる魅力がこのクルマにあればまた人(車)生は違ったと思います。
例えば欧州仕様で存在したセンスのいいHBモデルやルノー製ディーゼルの搭載モデルなんかも色んなしがらみで実現は難しかったかも?ですがこれがあったら国内カリスマも特色がより表現されたのでは?と思います…

カリスマ、これも決して『華麗』ではありませんね、強いて付けるならば『異端児一発屋!!!』かなー と。。。
Posted at 2017/11/14 17:30:31 | コメント(1) | トラックバック(0) | 一発屋 | クルマ
2012年05月18日 イイね!

保存版“華麗なる一発屋!!!”…ルーチェロータリークーペ編

保存版“華麗なる一発屋!!!”…ルーチェロータリークーペ編
1960年代中盤~後半、高度成長に湧きかえる日本はようやく一般市民が軽自動車から6、800~1100ccの所謂“大衆車”と言われるマイカーを手に入れられるようになった時代、東京オリンピック以降の東名や名神高速の開通により“ガマン車”と言われた軽では難しかった高速連続走行、長距離ドライブがこれら大衆車の普及で現実になりました!

ようやく日常に「車」とうモノが手に入った日本が次に夢見たのは欧州や米国の外車達!!
ピーンと背筋を張ったGMやフォードの高級車や流麗なスタイルで夢のような高性能を背負うジャガーやポルシェ、アルファ等…

そこで日本の各メーカーは大衆車開発が一段落すると米国セダンに倣った高級車や欧州を手本としたスポーツカー/パーソナルカーの開発に取りかかりました。
前者は既存のクラウン、セドリック、グロリアをよりアメリカンナイズし新車種として三菱デボネア、いすゞベレルが参入、そして後者はトヨタ2000GTやスポーツ800、日産初代シルビア(CPS311)やホンダSシリーズ、マツダコスモスポーツ等が挙げられますね!!

前置きが長くなりましたがこんな最中の69/10に東洋工業(当時マツダ=以下これにて記載)から67yのコスモスポーツ、68yのファミリアロータリーに続くロータリー車第三弾として発売されたのが66yレシプロの中級セダンである初代ルーチェSVA型をベースに新開発したのが『ルーチェ・ロータリー(以下RE)クーペM13型』でした!

“華麗なる一発屋” 今回はこのクルマを取り上げたいと思います!!

ルーチェREクーペ、『クーペ』の名前ながらこれは後にメジャーになるドアサッシュ/センターピラーレスのHTボディのスタイルをまとっています。
既存セダンのデザインは基本形がベルトーネ所属の鬼才、Jアーロ、セダン同様クーペもこれを基に内製デザインながら見事にJアーロのラインを崩さず美しいHTボディを実現、当時は当たり前だった三角窓すら廃しすっきりしたサイドビューは伸びやかなデザインに一役買っていました。

ただ、デザインこそ66yデビューのセダンを踏襲していますがREクーペの中身は全く別物のクルマ、シャーシはもちろん搭載エンジンも全てREクーペの為に開発したもので2代目以降のルーチェ(LA型)にもHTは存在しましたがこちらはスタイルのみセダンとは異なるも中身は全く同一モデルでしたのでREクーペにおいては後継もおらず僅か1代で消えながらRE初期のマツダのイメージリーダーの役割をしっかり果たした正に“華麗なる”一発屋に相応しいモノと勝手に認定させて頂きました(^^;)

鬼才、Jアーロのデザインが目を見張るルーチェREクーペ


REクーペは67y、68y、69yの過去3回のモーターショーで『マツダRX87』としてショーモデルが展示されており69yのショーはワタクシもかすかに記憶があり当時は普段見慣れていたルーチェが2ドアになるとこんなにカッコいいものなんだ~ と非常に興味持って眺めていましたね~。
3回のショー出品にて市場動向を見分した上で69yの発売となります。
ショーカーのRX85とは部分的に変更がなされてはいましたがあらゆる点で衝撃的なREクーペは大きな話題と羨望の目で迎えられました。

原型となった66yデビューの初代ルーチェ(セダン)デザインは共通ながら似て非なるモデルでした!


血に滲むような苦労でREエンジンを実用化したマツダが最初に放ったREカーはその特性を最大限アピールするスポーツカーであるコスモスポーツ、誰もが目を見張る近未来的なスタイルと高性能ながら148万という当時としては超高額(参考=67y MS50クラウンスーパーDXが112万円、66y KE10カローラ1100DXが49.5万円)だった為こちらはマツダのシンボル的存在で一部の恵まれた階級の方のみしか手にできないモノ、そこでマツダはREを一般普及させる為に大衆車ファミリアにもREを搭載し70万円で発売し大喝采を浴びました。

そしてこのルーチェRE! このモデルはコスモスポーツが一つのRE頂点=スポーツカー としながらもう一つ頂点として高級パーソナルカーとして登場、二つのグレード設定がなされ標準のDXでコスモとほぼ同等の145万円、上級スーパーDXではコスモを上回る175万円という驚きの金額でしたがその高額の理由には訳があり先記のように名前とスタイリングは既存ルーチェを踏襲しながら全くの新開発車である事が一点、当時の日本には馴染みの薄い新技術や新機構をふんだんに盛り込んだと言う二点目が挙げられますね。

尚、同じjアーロのデザインでやはり注目高かった高級パーソナルのいすゞ117クーペが172万円、こちらは構造設計は冒険を避け当時としては平凡な部類ながら「ハンドメイド」と言う点でREクーペ同様の高額です、この時代にこれらを手にできた方々って凄いですよねー、今みたいな長期ローンなんてまだないですし(汗)

さて、REクーペですが心臓となるREエンジンは655cc×2ローターの13A型RE 126ps という新開発でRE最大排気量でコスモやファミリアの10A/Bとは比較にならない高性能、当時としては重量級のルーチェREクーペの1.3t近い車重(スーパーDX)をものともせず前期型コスモを上回るMAX190kmまで引っ張り『ハイウェイの貴公子』とマツダマニアには有名なキャッチコピーが光っていました!

↓ルーチェREだけに搭載された13A型REエンジン


また更に驚くのが駆動がFFだった事!
既存セダンのルーチェは当時は基本だったFR車でしたのでこの時点で既に別物ですね。wikiその他文献でも何故マツダがこのクルマにFFを採用したかは不明との事、確かに当時は生産性が悪く経験もない(マツダ初のFF車)モノですし高額になったのもこれが一因だと思いますしねー、諸説では欧州のREお手本となったNSUバンケルに倣ったとかセダンのルーチェが当時の1.5Lセダン(後期は1.8L)としては大柄で大人6人が楽に乗れる、というのをセールスポイントにしていた為、例えクーペ(HT)と言えどもルーチェの売りを踏襲したく室内スペースが有利だったFFを採用し話題を得たい、いう意見もあるようです。個人的には後者の説がもっともらしいかな? と・・・。
FF採用のいい点としてこれによりデザイン(ホイールベース等)の制約が少なくセダンとは比較にならないワイド&ローの伸びやかなデザインとなり当然、プロペラシャフトがなく広々した室内はワタクシも一度座りましたが(ドライブは残念ながらしていません・・泣)セダンをも上回る広さとHT形式がより解放感を与えていました!!

↓FF化により2ドアと言えども広い室内


↓インパネデザインは基本セダンと同一 


またFFとした事により脚廻りも高性能で高級パーソナルに相応しい4独サスとなりFrウィッシュボーン、Rrセミトレーリングアームというモノ。

バリェーションは先記のように2種、上級のスーパーDXはラジアルタイアやディスクブレーキといった当時では憧れの装備は当然、レザートップ、各オート装置(パワステ、パワーウィンドゥ他)等がフル装備、この時代でエアコンまでもが装備されていたのが目を見張ります!そりゃ高い訳ですよね~~。

このように何もかもが衝撃的だったREクーペですが実際に市販されると様々な問題があったようです。
まだまだ未熟だったパワステの操作感覚とFF化によるFrヘビーによる尋常ではないアンダーステア、強度不足のドライブシャフなど耐久/信頼性のに不安がつきまといそのあまりに高額すぎる価格も相まって販売は不信を極め似たような価格帯ながら設計が平凡だったが故に信頼性が高く少量生産ながら販売も順調だった117とは逆の運命を辿り発売から約3年の72/9、僅か976台の生産でENDとなってしまいます。
この時マツダは既にRE普及をファミリアに続いてカペラ、サバンナにて果たしておりREクーペと前後してコスモスポーツも生廃、二つの“イメージ・リーダー”はお役御免となった感じでしたねー!

この後ルーチェはセダンのみのラインナップに戻り同年11月にはフルチェンジ、2代目LA型となりこの時に再度HTが追加されるもこれはREクーペとは異なるセダンと全て(デザイン以外)を供用した大量生産モデルとなっており同じルーチェの名を持つ2ドアモデルでありながらクルマ的には何の脈略もありません…

2代目ルーチェHTは量産型となり価格も常識化、REクーペと較べ普及率は格段に上昇しました!


まぁREクーペ、このモデルはトヨタ2000GTやシルビアのようにハナから量産するつもりも大量に売る気もなかった言わばマツダの、同社の当時の持てる技術力や理想を掲げた究極なるイメージ・リーダーカーですから3年、1000台近く世に出たという事実だけでも充分存在理由があったかとは思います、その証拠に僅か3年の存在ながらその存在はしっかりと今でも生きており流麗なるデザインの美しさは現代レベルでも色褪せず国産10傑の秀逸デザインにも入るのではないでしょうか・・・

驚きの価格で幻のような存在だったルーチェREクーペ、これぞ正に“華麗”という言葉が似合う『一発屋』だと信じて疑いませんです!!
Posted at 2017/11/18 16:40:57 | コメント(0) | トラックバック(0) | 一発屋 | クルマ
2011年10月16日 イイね!

保存版“華麗なる一発屋!!!”…グランビア、グランド・ハイエース/ハイエース・レジアス、レジアス編

保存版“華麗なる一発屋!!!”…グランビア、グランド・ハイエース/ハイエース・レジアス、レジアス編
“華麗なる一発屋!!!”今回はトヨタの壮大なる一発屋兄弟ミニバンである『♯CH10系グランビア、グランド・ハイエース/♯CH40系ハイエース・レジアス、レジアス、ツーリング・ハイエース』をまとめて取り上げました!

尚お断りですが4つ子となりますのでそれぞれに特別仕様などの追加もありますが何せ数が多く全てを取り上げるのは困難なのと把握不足でありますのでおおまかな概要と思って頂けたら と。。。(汗)

まず最初に登場したのが『グランビア』になりますねー、グランビアは95/8に次期1BOXとして今やすっかり定着した「ミニバン」という言葉がまだ日本では馴染みのない時代に産まれています。
当時、将来の衝突安全基準改正が決まり既存1BOXではこれのクリアが不可という点が歴然となり各社既存型に代る新基準の次期1BOXタイプを続々開発を始める中、日産が91yに旧世代台のバネット系→セレナ/ラルゴ、三菱が94yに(旧)デリカスターワゴン→(新)デリカスペースギア、マツダが95/6に(旧)ボンゴワゴン→(新)ボンゴフレンディを発売、安全基準適合の為ボンネット/ノーズを付けたこれらの車種が出始めこれにオデッセイや等も絡みこの頃から“ミニバン”の通称で呼ばれるようになったと記憶しています。
こんな中でのトヨタミニバン第1号がグランビアでした!

トヨタ初の“ミニバン”としてデビューした前期型グランビア


グランビアは既存ハイエースに代るトヨタ最上級1BOX(ミニバン)としての役割を背負って登場、89yに登場以来高い人気と圧倒的販売量を誇る好評100系ハイエースのエクステリアを基本踏襲しながら3ナンバーボディとノーズ付きミニバンスタイルを取り入れたモノでした。
グランビアは先記のセレナ/ラルゴ、フレンディが鼻が付いたのみでエンジンはアンダーフロアという基礎的には従来型キャブオーバーの造りだったモノに対してデリカスペースギアと同様にエンジンをせっかく付けた鼻の中に収容した新世代のモノでした。
ハイエース100系は5ナンバーサイズでしたが鼻が付いた分、同じサイズでは当然室内は狭くなってしまう為3ナンバーサイズ化、これ以降ラージクラス(ハイエース、キャラバン/ホーミー)はこの後3ナンバーボディに移行、広大な室内を損なう事なくミニバン化しましたがこれらの下、つまりタウン/ライトエースノア、セレナ/ラルゴ、フレンディ等は5ナンバーボディのしがらみから旧型と較べ高い安全性と引き換えに室内は単なる多人数乗車ができる 程度のモノとなってしまったので旧1BOXユーザーからも広さを重視するユーザー層からは新たにこのラージクラスミニバンが注目される分野になってゆきました。
ただ、まだ当時は従来型1BOXが許されている時代でもあり新カテゴリーとなるグランビアは“未来”の多人数乗車のパイロット的モデルという役割が強く当時安定株であった100系ハイエースを扱うトヨペット店ではなくエントリー1BOXのライトエースしか持たないオート店扱いとされいました、このためトヨタではオート店扱い<トヨペット店扱い車の方が高級 という戦略上、車格はハイエースを抜いていながら各部意匠やデザイン、材質等は上級グレードでもハイエースに較べ良く言えばシンプル、簡素、悪く言えば劣る味付けがなされていました。

↓グランビアのインパネと室内、広大なスペースは100系ハイエース以上!


グランビアの概要ですがエンジン、脚廻り他は次の通り。

(エンジン)
・ガソリン直4気 3RZ-FE型 ハイメカツインカム2.7L 145ps/23.2kg-m
・ディーゼルターボ直4 1KZ-TE型 3L 130ps/ 29.5kgm/2000rpm

(サスペンション)
Fr:ダブルウィッシュボーン Rr:セミトレーリングアーム

(ミッション&駆動)
・4AT
・FR/4WD

グランビアの自分流のインプレはサスは柔らか過ぎて頼りなかったですね、車重(2t弱)があるこの手のクルマで乗り心地重視すればこうした結果なのでしょうが重い分ロールも酷くこの部分では後発のエルグラのハイウェイスターに完全に負けてましたねー。

エンジンですがガソリン3R-Zは明らかにアンダーパワー、ストレスない走りをしようと思えばがさつなエンジン音がこもりその割にはあまり進まない感じでトルクも不足、これを嫌いDを選んだ場合、やはりD特有の騒音は多少気にしなければなりませんが加速、巡航や気になる黒煙も新世代Dエンジンだけありガソリン以上に魅力的でした!

室内はさすがに広大で後部は“一つの部屋”ほどのスペース、横方向も100系ハイエースより広がりかなりの余裕、但し運転席(助手席も多分そうだと・・・)はウォークスルー時のスペース確保の為、ギリギリまで隅にシートが配置され慣れるまでは非常に違和感を覚えました~。
隅っこに座らされ右肩口が常に窮屈な感じで年に何回あるか分からないウォークスルーの為にこの思いを常日頃するの?と少々疑問を感じました、小柄な方やウォークスルーの機会が多いご家族ならいいのかもしれません…

このグランビア、先記のようにハイエースより意識的に下のレベルと設定した為、前期(初期)に限っては非常にシンプルな味付けでありエクステリアに派手さはなくインテリアも最上級グレードであってもハイエースの中級グレード程度の味付け、トヨタ車の割にはシンプルなイメージに少々驚きましたねー、もちろんそれなりの値段がするクルマですから質素までは言い過ぎですがクラウンやマークⅡの絢爛豪華を見慣れていると拍子抜けって感じ、個人的にはこういった部分は好感持てましたがやはり高額車ですしトヨタ派には受け入れられず発売後の評判は今一つな感じでした。
こうした点のテコ入れで96年には上級Qグレードに「エクセレントパッケージ」「ラグジュアリーパッケージ」の豪華仕様を設定、特別仕様車としてより豪華なG-Limited、同パールマイカセレクションが追加されやや豪華さが味付けされています。

↓旧来型ながらグランビア上級はお馴染100系ハイエース!


97/5、同社のエスティマと同ルシーダ/エミーナを倣ってグランビアの兄弟(外板共通)ながら5ナンバー枠とした『ハイエース・レジアス』が発売されます!(あくまで寸法という意味の5ナンバーで実際は一部3ナンバー)

名前の通りこちらはトヨペット店扱い(ビスタ併売)で既存100系ハイエースの先行モデル的位置付けがなされたハイエース・レジアスは車庫他事情により5ナンバー枠を守りたいユーザー向けのモノ、エスティマ同様に主に幅を狭めたグランビア、スタイルバランスは意外に崩れておらずまたグランビアよりスポーティで若々しい味付けがエクステリア/インテリアになされグランビアより主にヤングファミリーに高評価でした。
ハイエース・レジアスにはグランビアにはなかった4ナンバー、商用バンモデルも設定。(エンジンなど乗用と異なります=ガソリン2L 1R-Z型 D=3L 5L型)

↓97/5追加のグランビアの5ナンバー版「ハイエース・レジアス」


↓ハイエース・レジアスのインパネ&室内


ハイエース・レジアス、搭載エンジンや脚廻りはグランビア共通です。

97/5、ライバル日産が従来のE24型キャラバン/ホーミーをモデルチェンジさせ『キャラバン/ホーミーエルグランド』(E50型)を発売、グランビア同様にフルサイズミニバンとなった新星エルグランドはグランビアと較べスタイル/エクステリアが直線基調の非常に若々しくスポーティかつ押し出しの強い迫力ある顔付で大人気となり後発ながらグランビアを一気に上回る爆発的な人気、評判を得ました、慌てたトヨタはまず97/9、グランビアをマイチェン、中期型となりました(タイトル画像)、エルグランドの迫力に少しでも対抗しようとグリルをハニカム調→横線基調の力強いイメージに変更、テールランプもガーニッシュタイプも豪華なデザインになっておりエルグランドが搭載して絶賛のV6エンジン(VG33E)に対抗し新エンジンのV6 5VZ-FE型ハイメカツインカム 3.4L 180ps/30.5kgmを新搭載、ようやく大柄ボディをストレスなく走らせるに相応しいパワーを得ています。
5VZはトルクフルで充分パワフル、4発のがさつさはなくなり静粛で力強い走りを実現していますがそれなりに走るとガスがぶ飲みは覚悟しなければならなかったですね、知人がこれを乗っていましたが嘆きをよく聞かされました(汗)
尚V6搭載により4発ガソリンの3R-Zは98年にカタログ落ちしています(ハイエース・レジアスにエンジン変更はなし)

しかしこのマイチェンでもエルグランドの足元にも及ばず99/8、更にトヨタはテコ入れを行います。
以下がこの時の変更点です。

①ハイエース・レジアス→レジアスに車名変更
②グランビア/レジアスのマイチェン(意匠変更)
③Dターボ(1KZ-TE)をインタークーラー装着により130→140psにパワーUP
④新車種(兄弟)の追加設定→グランド・ハイエース/ツーリング・ハイエース

この変更(マイチェン)は対エルグラを徹底したもので①は従来のハイエース・レジアスをビスタ/トヨペット店併売から分離、トヨペットには④のツーリング・ハイエースを設定、ビスタ専売となったレジアスにハイエースの名前は冠されなくなっています。
ツーリング・ハイエースはレジアスをよりスポーティなイメージに振ったモノでこれはシリーズの新車種も含めエルグランドを意識した押し出し強い顔付と豪華なテールが与られ従来型のシンプルさがなくなった代り立派な、贅沢な顔とお尻でライバルに挑んでいます。

↓新車種でペット店の若者担当の「ツーリング・ハイエース」(レジアス双子)


また④、もう一方のグランド・ハイエースはグランビアのトヨペット店バージョン、これまでオート店扱いという部分でどこか地味だった事もありで販売力もより強いトヨペット向けに設定、100系ハイエースの上位モデルとしてグランビアに較べより豪華絢爛となりある意味トヨタの本領発揮の派手なイメージが与えられ初期のグランビアとはまるで違う印象となっていました。搭載エンジンはグランビアと同一。

↓トヨペット店 絢爛豪華担当の「グランド・ハイエース」(グランビア双子)


②、グランビアもグランド・ハイエースに絢爛豪華は任せながらも大型グリルを装着し従来型の大人しいイメージをやや派手めにチェンジしています。

↓グランビア後期も押し出し強いルックスに変更


②、レジアスはツーリング・ハイエースがデビューした事もあり従来のスポーツイメージはこれに譲りグランド・ハイエース寄りの高級感がプラスされています、搭載エンジンは旧ハイエース・レジアス~レジアスと同一。

↓レジアスのRrビュー


一気に4車種に増殖しているので各車の役割をまとめると・・・
・グランビア=嫌味のないシンプルさを維持しながらより質感をUP
・グランド・ハイエース=グランビアを基によりTOPミニバンとして豪華、高級さをアピール
・レジアス=従来の若々しさと高級感を折衷
・ツーリング・ハイエース=従来型ハイエース・レジアスのスポーティさをより強調。

尚、③はやはりエルグランドの好評ディーゼルに対抗し戦力を高めたモノながらエルグランドのQD32ETi3.2L 直4 150psというスペックにはまだ敵わずフィーリング的にワタシも乗り較べた経験ありますがQDあっぱれでした!

以上のように4車種、3つの販売店連合軍でエルグランドに勝負を挑んだグランビアファミリー、2000年代に入ってからも小変更、特別仕様、装備充実等の様々な攻撃をライバルに仕掛けましたが近年のトヨタvs日産では珍しい程の日産強し!!でエルグラに全く歯が立たず02/5にて4車は新車種のフルサイズミニバンのアルファードG/Vに譲り揃って製廃となります。

↓02/5~は打倒エルグランドに後続アルファードがバトンタッチ!!


連合軍と言えば聞こえは良いながらあまりにも車種乱立がエルグランドに対して選ぶ方が混乱し販売、人気とも最後までエルグラに差をつけられましたがLクラスミニバン第2世代となったアルファードはこちらもフルチェンで2代目E51型に進化したエルグラに対してハイブリッドや廉価2.4Lモデルでようやくこれを超える人気、販売を実現、グランビア連合時代の雪辱を果たし今や2代目アルファードと兄弟車ベルファイアでミニバンTOPシュアを誇るモノとなっているのはご承知の通りです、グランビア連合時代はさすがのトヨタも大慌てし無造作、無節操な車種展開から4車種が揃ってコケルという醜態を晒しとても愉快・・・いや、心配しましたが現況を見ると笑い話ですねー(^_^;)

グランビア、グランド・ハイエース、ハイエース・レジアス、レジアス、ツーリング・ハイエースとタイプするだけで疲れちゃいますがこれらの失敗あってこそアルファードの大成功ですよね!? 『王者の壮大な失敗ミニバン“一発屋”!!!』として記憶しておきたい、そんな連合軍です!
Posted at 2017/11/17 19:51:14 | コメント(0) | トラックバック(0) | 一発屋 | クルマ
2011年09月10日 イイね!

保存版“華麗なる一発屋!!!”…スバル1000/ff-1/1300G編

保存版“華麗なる一発屋!!!”…スバル1000/ff-1/1300G編 “華麗なる一発屋!!!”、今回はコレです→『A552/A512/A12型スバル1000、スバルff-1、スバルff-1・1100/1300G』となります!

このモデル、名前がチョロチョロ変わっていますがマイチェンor排気量UPの度にネーミングチェンジしてるもので基本同じクルマです。
現代のインプレッサ、これの前身であるレオーネのまた前身に当たりコレ(レオーネ)のフルチェン→ネーミングチェンジとも考えられますのでこの場合、一発屋には当てはまりませんが1000/ff-1/1300Gをあくまで一つの車種と捉えココで取り上げさせてもらいます!!
尚、これも長くなりますのでスバリスト以外の方はつまんないかもしれませんがご了承願います(;^_^A

まず最初に発売されたのが66/5の『スバル1000』になります。
軽自動車「スバル360」でそれまでの飛行機メーカーから転身した富士重、360の大ヒットで4輪での勝負を決意し次に挑戦したのが初の市販普通車である『スバル1000』でした!
1000や360以前に富士重はプリンス製エンジン(前半開発)と自社製エンジン(後半開発)を積んだ「スバル1500 P-1」(54y)という普通車を試作していますが採算面で問題があり数台を販売したのみで泣く泣く市販を諦めた経緯があり1000はこれ以来の普通車への挑戦でありその分持てる技術、アイデアを総動員して開発されたモノでした。
このクルマの独創性、優秀性は広く認められその後のFF開発に大きな影響を与えた他海外のアルファロメオ等もお手本にしたという話は有名ですね!

↓富士重初の量産市販普通車として登場した『スバル1000』


1000は来る高速時代に対応かつゆとりある室内を実現する為、当時の日本では珍しいFF駆動方式を採用、開発に当たってはこのFFと静粛性と徹底した振動を抑えるという見地からエンジンは水平対向式を採用する といったテーマが掲げられていました。
FFは一部軽自動車には採用があったものの普通車では技術的(主に動力伝達系)に困難な部分も多かったものの富士重の地道な研究と幾度となる実験にてようやく市販化されたものであり血と努力の結晶であったようです。
360のRR(リアエンジンリアドライブ)で定評のある富士重ですが ~乗員最優先の乗用車に於いて動力伝達装置が室内を狭くするのは言語道断~ というような哲学がありRRやFFしか考えなかったとの事、1000の場合はこれからの時代長距離、連続高速走行をする という部分を重要に考え直進性に優れるFF方式をとった訳です!
FFによりライバル他社とほぼ同様のサイズながら室内は1500クラスの広さを持ち特にフロアトンネルのないRrの足元は信じられない余裕を見せていました、重ねてプロペラシャフトが当然ない事によりホイールベースの制限を受けない事から後輪を可能な限りボディ後端までもってゆく事で外寸からは想像できない広さを実現していました。

↓当時としてはフロアトンネルがなく後席足元の広さと見かけは驚愕モノ!


余談ですがこのクルマ、最終の1300Gを運転した事あるのですが現代基準で見るとそう驚く程の後席の広さではないながら当時のスタンダードであるカローラ(KE10)やサニー(B10)に較べるとその差は歴然でしたねー。
ロングホイールベースからなる乗り心地はフワンフワンと独特な浮いているような感じ、ただ決っして不快ではなく“ゆりかご”とでも言いましょうか…
ただ長いホイールベースが故、コーナーはあまり得意でなかった気がします、後のレオーネにも共通していましたがFFの悪癖はそれほど出ていないながらやはり慣れたFRとは違和感アリアリで曲がりにくく後輪の動きを意識したドライビングが慣れるまでは必要でした。

↓1000のRrビユー、Rrから見ると長いホイールベースが一目瞭然!


脚廻りも当時は殆どなかった4輪独立サスを持っていたのも驚きでFF化により空いたRrも独立式を採用、Fr:Wウィッシュボーン Rr:トレーディングアーム式。
ステアリング形式はシャープなハンドリングを実現するラック&ピニオンをこの時代で採用、同様メカのいすゞベレットと並んでその先進性は注目すべき点だったと思います!
また冷却(水冷)を低負荷時と高負荷時で別々に分担させるデュアルラジエーターを採用、冷却ファンを廃しパワーロスを抑え軽量、静粛性が高くまたヒーター機能も強力、従来の水冷エンジンのように冷却装置がバカにならないスペース確保の必要がなく限りある1000のエンジンルームの効率化に役立っていました。

もう一点、独特な技術がこの1000では採用されておりこれは「センター・ピボット式ステアリング」という機構、FFはフロント・アクスルが駆動と操舵という2つの役割を受け持ちどうしても影響から前輪の操舵角がFRに較べ少なくなるのを抑える為のものでこれによりFrブレーキは通常のホイール内には設置されずエンジンルーム内、ミッション側に付けられるという凝りぶりでした!

↓緑の→部がFrブレーキ!!


スバル=低重心 という有名な文言は最近のモノではなくこの1000から既に意識されており新開発の水平対向式4気筒OHV 55ps 1000ccのEA52型エンジンも大きくそれに貢献していました。
様々な研究と工夫から極限までコンパクト化されこrによりスペアタイヤまでもがボンネットに収めるという技もこの時から既に披露してました~。
今でこそ所謂“ボクサーサウンド”を抑えてきていますがスバルの普通車、最近のインプ/レガにに至るまで ~♪ドコドコドコ~ という独特なエンジン音、これもこのEA52型から始まったものですネ、個人的には好きな音ではありませんが自動車ファンなら誰しもそうであるようにこの音が近づいてくると「あっ、スバルだ!!」と即座に判断できる特徴、個性的でした~。
尚、EA52型は広大な室内、FFという大前提から逆算して水対のコンパクトさという面で採用、これを生かし縦置きに搭載されています。

↓低重心に貢献した♪ドコドコ~の水対4発のEAエンジン


スタイリングはヨーロッパ調の派手さのない落ち着いたモノ、直線ベースながらFrエンド、Rrエンドは丸みを付けアクセントを加えていました。
ただこのスタイリング、見慣れないロングホイールベースがワタクシ正直子供の頃はこれ“奇形”にしか見えずタレ尻の胴長ダックスフンドに見えました(汗)
市場的にも同時期に発売されたカローラKE10とそう変わらないセミファストバックのスタイリングでありながらやはりこの奇異なロング車軸スタイルは不評だったようで好評カローラに較べその販売は数パーセントという状況、確かに子供の頃の街中でスバル1000を見かけるのカローラの1/10位?という感じだったような。。。
しかし後年のレオーネに至るまでスタイルよりも中身、技術屋精神てんこ盛りのスバル車はこの頃から“スバリスト”に愛され頑固に代替わりしてもスバルを乗り継ぐ方が多かったですね、友人の父もこうしたタイプで最近までランカスター、サブにサンバーと典型的なそれでした(笑)

インパネも独特な形状で違和感アリアリ、ダッシュボードが奥に寝てる感じが何とも奇妙でしたが広い前方視界とより室内を広々感じさせる効果は高かったと思います。

↓スバル1000インパネ


スバル1000の概要ですがボディはモノコック、当初4ドアセダン(A522)のみで発売、67/2に2ドアセダン(A512)追加、その後型式をA12型に統一後に商用バン(67yに4ドアバン、68yに2ドアバン)を追加しています。
67/11、時代の要請や流行もありスポーツグレードの2ドアに「スポーツセダン」を設定、それまでFFの広さを生かすためコラムシフトしか設定していなかった同車の初めてのフロアシフトモデルでした。スポーツセダンはラリーでも好成績を収める見かけによらないスポーティさ、後のレガシィやインプでの国際ラリー活躍の下地を造っていました!
エンジンはEA52をツインキャブ化したEA53型を搭載、出力を67psに高めています!

↓67/11追加のスポーツグレード「スポーツセダン」


↓スポーツセダンに搭載されたツインキャブEA53型エンジン


このように独創性に優れスポーツモデル、CMカー(バン)等の追加によりカローラ・サニーには遠く及ばないながらも高い評価と一定の販売台数(月/4000台)を得た1000は発売約3年となる69/3、初めてのマイチェンを受け車名を『スバルff-1』となります!

ff-1はFr/Rrの意匠変更、エクステリアは70年代に向け豪華なイメージを持たせていますが室内やインパネは1000を踏襲しています。

↓69/3~、ff-1(写真はスポーツセダン) 


ff-1は65yから始まった1Lカーブーム以降次々に発売されたライバル各車に対し前身のスバル1000が独創性では1歩も2歩もリードしながらそれらに対し販売面ではかなり苦戦、これは見かけの素朴さや質素なイメージが災いしていると分析した富士重は豪華路線に向かったモノ、造形豊かなグリルやスポーツセダンでは1000時代以上にスポーティイメージが高められ69/10には最上級で豪華版の「スーパーツーリング」が追加されています。
ff-1には1000のEA52/53エンジンを100ccボアアップしたEA61型 62psとこれをツインキャブ化したEA61S型 77psを搭載し走りも豪華になっていたようです!!

しかしff-1へチェンジ以後(以前も含む)もライバル各社が排気量UPを次々に行い(サニー1000→1200)カローラ(1100→1200)ホンダ(1300新発売)ファミリア(1300とRE発売)コルト(1000→1100→1500→ギャラン1300/1500発売)と更なる激戦になり戦力増強、僅か1年強の70/7に再度マイチェンを実施、ネーミングを『スバルff-1・1100/1300G』とします!

↓70/7~ ff-1・1300G(写真はスポーツセダン)


1100/1300Gとなりよりエクステリアを豪華な派手なイメージとしインパネも一新、より豪華な現代的デザインとなります。
エンジンは旧ff-1のEA61シングルキャブ版を残しこれをff-1・1100(廉価版)に搭載、新設定の1300Gには1.3Lまで排気量UPを施したEA62型 80psとEA62S型ツインキャブ93psを搭載しました。
先にも触れましたがワタシが経験したのはシングルキャブ版でした、シングルながらパワーは充分でpsと言うよりトルクもりもりで元気に低回転から俊敏な走りができましたが癖のある機構から早く走るのには少々コツがいる、そんな感じを憶えています。

↓インパネも通常(?)なデザインに一新!
(㊦1300Gカスタム ㊨1300Gスポーツセダン)

    
1300Gで一つ特筆したいのは現在の 4駆乗用車=スバル のイメージを決定付ける元祖となる「1300G・バン4WD」が8台程度の製作→販売(5台=東北電力、1台づつ長野県自治体、同検農協と自衛隊納入)がなされたという事です。
FFはその構造から比較的簡単に4駆を造り易い部分に富士重は着目、豪雪地帯のパトロールや作業にそれまでジープを使っていた東北電力から厳冬時の快適性を得られる乗用タイプでの4WD車の製作依頼を受けこれに応えたという事、1300Gバンにプロペラシャフトを通しRrデフを設けトランスファ切り替えのパートタイム式4駆にしたもので当初はRrデフ/アクスルは日産ブルーバード510の物を流用したとの事です!
この1300G・4WDバンは後に話題となる国産量産初の4駆乗用(実際には貨物)のレオーネ4WDバンの先行パイロットモデルであった訳ですね。

↓スバリストには涙モノの“幻”の1300G・4WDバン


71/4には早くもお決まりグリルとテールのマイチェンを実施しますが1000発売から既に5年を経過してライバルが次々とモデルチェンジしてゆく中、どうしても古さは隠せなくなり71/10、次期型になる『スバル・レオーネ』(A22型)を発売、まずはレオーネはスポーティ度が高いクーペのみで登場、この為1300Gのスポーツセダンをこの時に廃止、72/2にレオーネセダンが発売され1300Gを廃止し廉価グレードの1100のみがレオーネと併売されますが同年9月で完全に製廃となりスバル初の独創的FF普通車、スバル1000の系統はこれにて終了し実質的にレオーネにバトンタッチされます。

↓71/10には後継となる『レオーネ』がデビュー


新星レオーネは独創的な機構は従来の1000~1300Gを継ぎながらスタイルは流行のウェッジシェイブを効かせロングノーズ、ショートデッキのアメリカン的出で立ちとなりどこか野暮ったい従来型から大幅にイメージを一新、しかしこだわりの水対エンジン&FF、ロングホイールベースは踏襲し個性派依然、頑固なスバリストを納得させるモノでした。
個人的にはスバルらしくないスタイリングやトヨタを意識し過ぎたエクステリア、インテリアが鼻に付きましたがドライビングフィールは従来型の乗り味を維持、もちろんボクサーサウンドも健在でこのレオーネも人気は低迷しますが2回のフルチェンを経て71y~92y(バンは94y)迄の21年間、富士重のメイン車種として頑張りました!

現在もラインナップされ高い人気を誇る89/2発売のレガシィ、92/11のインプレッサの高評価と実力も“元祖”があったからこそのもので不人気だった(カルトな人気はあったようですが)1000~1300G、華やかな人(車)生ではありませんでしたがその独創性は素敵であり華麗だったと思います、このクルマは『華麗なる独創一発屋!!!』として忘れてはいけません・・・(笑)!
Posted at 2017/03/19 15:30:52 | コメント(1) | トラックバック(0) | 一発屋 | クルマ

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