
三菱500→コルト600と発展してきた三菱の普通車展開は63/6、既存コルト600の上位車種として『コルト1000』を発売しより幅広いユーザー層の獲得に名乗りを上げました。
そして従来の600のユーザー/カテゴリーを継ぐ為、63/11にもう一つのコルト→『コルト800』が1000の下位車種としてデビューしました!
----------------------------------------------------------------------------------
【コルト800(1000F/1100F/11)】
従来型三菱500/コルト600で全く歯が立たなかったオーバー軽自動車/エントリー普通車部門での再挑戦で新開発されたのが63/11に発売された『コルト800』です。
800は上級クラスにデビューした1000が完全3BOXの普遍的、常識的なセダンであったのに対し独創性に富んだクルマでした。
最大の特徴はボディ形状にあり当時ヨーロッパで流行していたファストバックスタイルを採用、まだまだ日本は車文化が始まったばかりで4ドアセダンや2ドアセダンオンリーだった時代に非常に目新しく斬新なモノだったと思います!
国産初のファストバックスタイルでデビューした「コルト800」
コルト800の概要は下記の通り。
(サイズ)全長3650全幅1460全高1390ホイールベース2200(以上mm)、車両重量750kg、定員5名
(エンジン)水冷直3 3G8型2st 800cc シングルキャブ45ps 最高速120km
(搭載/駆動)縦置きFR
(ミッション)4速コラム
(脚回り)Fr:Wウィッシュボーン/Rr:リーフリジット
先にデビューしたコルト1000より一回り小さいサイズながら広いグラスエリアとまだ珍しかったカーブドグラスの採用から室内は外見以上の広々感があったとの事、このクルマは子供の頃オヤジの知り合いが社用車で乗っていて時々乗せてもらいましたがとにかく当時は変わった形が物珍しくて乗せてもらう度に目を輝かせていました、2st独特の甲高い排気音もバイクの加速音みたいで痺れた記憶があります!
性格的にはスポーティを謳っていたようで1000と較べるとカタログ等も若々しい摸写がなされていました、確かに2st 800cc と言う部分、想像ですがスポーティなエンジンだったのかな?思います。
しかしスタイルはクーペと言う程のRr部の傾斜はなく特徴的な6ライトのサイドウィンドゥのデザインが何か重々しい印象を与える感じがします。
上ヒンジ下ロックで開閉可能なサイドウィンドゥですがどちらかと言うとライトバン的イメージでした。
ボディラインにはアクセントを付け洒落っ気も取り入れFrやテールの意匠、造形も凝ったモノではありましたが居住性を優先に考えた結果、スタイリッシュさは追及できなかったであろう三菱の良心と受け取りたいものの個人的には重々しい猫背のスタイリングに当時メーカーが売りにしたかった“スポーティ”は感じませんでしたネー。
尚、65yにはこちらの方がデザインがスッキリくる?商用バン/ピックアップも追加されています。
バンは5/2人乗り最大積載量400㎏という小型バンとしての常識的な能力はを備えながらスタイリッツィュでなかなか洒落た感じでワタシ的には2ドアモデルよりも惹かれますネ(^^;)
↓コルト800バン
インパネや内装がはコルト1000ではが高級志向でクラスの割に重厚感のあった造形に較べコルト800ではクルマの性格を示すかのような軽快な印象でした。
↓2st 3気筒800cc 3G8エンジン
↓軽快な印象のインパネ
しかしこのコルト800も残念ながら“DOWN”症状を発してしまいました、原因は2stエンジンとやはり変わったスタイリングに拒絶反応があったようです。
当時のライバルだったパブリカ、ファミリア、コンパーノベルリーナ等は全て4stエンジンを搭載、他に2stは65y~のフロンテ800位であり2stエンジンはパワーや軽量、コスト面では有利ながら静粛性、環境(排ガス)的に問題も多く実用的に優れる4stの前に2stはバイク、軽自動車のモノみたいな印象であり安っぽさを与えイメージが悪かったようです。
今見れば800cc 2stエンジン車なんて凄く魅力的ですがねー、まだモクモクも許された時代でもこと普通車ではフロンテ800も失敗してますし失格の烙印だったみたいですね2st…
そこで66/9、不評2stのコルト800の上位モデルとして上級のコルト1000のエンジン(水冷直4 KE43型OHV 1L シングルキャブ51p)を移植した『コルト1000F』を追加します。
またまたややこしい車名になってきましたが『F』が従来の1000とは異種のモデルである事を示し800のファストバックボディに1000のエンジンを載せ800でさんざん言われた弱点(2stの)を克服した新モデルでした。(これの発売により従来のコルト1000は1100へUP!!)
尚、1000Fはエクステリア/インテリアや機構は800を踏襲。
↓外観には変更ない1000FのRrビュー
1000Fは“ラリーの三菱”の第一歩になったクルマという歴史的モデルでもあります。コルト800をオーストラリアに輸出するに当たり開催されたばかりのサザンクロスラリーの出場を検討、パワーUPしたコルト1000Fにて67y年の第2回サザンクロスラリーに出場、三菱初代ラリーカーとして好成績を残しています。
海外ラリー初参戦、977ccという小排気量ながら総合4位(クラス優勝)という好成績を達成、後年の1100Fに渡り内外のラリーに参戦し実績を残しています!!
↓ギャラン/ランサーで大活躍する海外ラリーでの第1歩を築いた67y1000F㊤と68y以降の1100F㊦ラリ-カー
その後800/1000Fは67/5にグリルとインパネの一部の小改良が行われた後の同年12月、このクルマの価値を最大に発揮できるモデルが追加されます!
これは「1000F・3ドア」であり国産初のハッチバック(HB)モデルでした!
現代では珍しくも何ともないこの形状ですがセダンと2BOXしかないこの時代にまたまた斬新なモデルだったと思います。
通常は4~5人が普通に乗れるセダン、必要時は可倒式シートにより広大なラゲッジスペースを出現させ長寸物やがさばる荷物も難なく積載可能と言う多用途性はこれまでのセダンにない概念、しかし時代が早過ぎた?ようでライトバンと混同されたイメージで話題にはなりながらもセールス的にはコルト1000Fの人気を“UP!”させる起爆剤にはならなかったようです・・・
↓“第3のドア”を装備し多用途性をアピールした3ドア
↓3ドアは可倒式Rrシートによる広大なラゲッジルームが売り!
3ドア追加でもイマイチ飛躍にならなかった800/1000F、68/8にMCを行い更に新しいボディを追加します。
2BOXスタイルに抵抗のある保守層に訴求する4ドアを新設定、これによりファミリーユース、実用性をアピールします。
↓68/8に追加された4ドアモデル
MCでは従来の2/3ドア含めてFr/Rrの意匠変更とインテリアネデザインの一部変更が行われたのと同時にスポーティグレードとして1100Fスポーツ(S)を追加、同年11月には更にこれを充実させた1100Fスーパースポーツ(SS)も設定しています。
1100F S/SSは内外装を若々しいイメージに仕上げておりタコメータ、ディスクブレーキ(FR)、オーバーライダーに3本スポークステアリング等の装備が奢られます。
Sでは他グレードとの性能差別化の為に上級コルト1100のKE44型 1.1L 直4 OHV 58psが移植搭載されSSはこれをSUツインキャブで73psにパワーUP した本格スポーツでした!
SSの発売と入れ替わりに遂に800がカタログ落ち、ある意味このクルマの看板だった2stエンジンも時代の要求(環境問題)が主原因で消える事となりました。
69/5、1100Fが名称を『コルト11(イレブン)』と変更、S/SS以外にカスタムグレードを設定(1キャブ)します。
内外装はこの時は小変更程度でしたが同年11月に最後のMCが行われ前月発売されたコルトギャランの存在もあり大幅な車種整理が行われました。
まず1Lの1000Fはカタログ落ちし11のみに集約、ボディバリェーションに変更はないながら2/3ドアは特徴的だった6ライトのサイドウィンドゥを改めRrは1枚物のガラスに変更しスッキリした印象になっています、この変更で旧態以前だった上ヒンジ下ロック式のRrサイドウィンドゥの開閉機構が一般的な前ヒンジ後ロックとなりCピラーに大型のエアダクトを設けガラリと印象を変えています。
↓最終型の2/3ドアモデル
このように数々の改良やモデル追加を行いながらも最初から最後までパッとした成績は残せず低空飛行の“DOWN”のままながらコルト800から始まったこのモデルは結果的には7年の長寿を誇りました。一般受けはあまりしなかったようですが3ドアに関してはその多用途性から社有車やサービスカーに活躍する姿、結構見かけました。
まぁ、ワタクシの近所にたまたま三菱電機のサービス店やコカコーラの営業所がありそこに大量にその企業のカラーに塗られた3ドアが停まっていたのでその印象が強いんですが(汗)
尚、このコルト11も70年いっぱい迄、お仲間の上級旧型のコルト1200と新星ギャランと併売された後にコルトギャラン1300に吸収→FMCという形になりました。
(次回『コルトギャラン・ギャラン』に続く)