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2014年07月16日 イイね!

保存版・リトラ“ザ・ベストテン”

保存版・リトラ“ザ・ベストテン”
飽きもせずまだやります、THE独りよがりの好評(?)ベストテンシリーズ(^^;

今回は一時期ブームになりながらも輸出先の安全基準抵触が契機となりアッと言う間に姿を消したリトラクタブルヘッドライトモデルのベスト・テンをやってみたいなーと思います!

リトラ…ワタクシの世代は所謂スーパーカー世代ですのでね、子供の頃フェラーリやランボのこの姿を見てスポーツカーに憧れを持ったご同輩の多いのではないでしょうか?
何せ当時の日本(60~70年代)はモータリゼーションが一気に加速する時代ではありますが外車、特に欧州のスポーツカーなんて夢のまた夢って時代、高性能スポーツカーの象徴でもあるリトラなんていう装備、日本では67年発売のトヨタ2000GTしかなくこれにしても当時としては高嶺の花、実際庶民のカーライフにこれが浸透するのは2000GTの10年以上後になるマツダサバンナRX-7まで待たなければなりませんでした…。

wikiによりますとリトラの歴史は…

~非常に古い採用例では、アメリカの独立系メーカーであったコードが1935年から1937年の経営破綻まで少量生産した前輪駆動の高級車コード810・812がある。棺桶と言われたこのユニークなモデルのデザインはゴードン・ビューリグの手になる、空力よりもスタイリングの見地から導入された手法で、独立フェンダー頂部にヘッドライトを収納できた。
当時コードに追随した事例はほとんどなく、クライスラー系中級車のデソート1942年モデルが第2の事例となった。これもやはりスタイリングの新鮮味を狙ったものであったが、アメリカ車の1942年モデルは戦時体制で民生供給が中止されたことからデソートも生産中止、1946年の生産再開時には通常外付けライトにリデザインされてしまっている。~

の通り意外にも?アメ車が発端のようですね、今では国により常時点灯の規制がある、ライト点灯時の空気抵抗増大、コスト高、Fr部の重量増大等さまざまな要因から廃れたリトラですが日本では前述の初代RX-7を皮切りにブーム化、以後約20年渡り日本では”スーパースポーツ”で主に装備されましたがブームの火付け、マツダRX-7の2002年生産終了をもって日本からは姿を消してしまいました…

さて、前置き長いのもご愛嬌!早速ベストテンまいりましょー(^▽^

※このベストテンは単にワタクシの独断でスタイリングを主に集計しています、実際の人気や販売、評価は考慮せず単にワタシの好みで順位付けましたのでご了承願います。


さぁ、今週の!?第10位!!

【トヨタカローラⅡ(2代目)/ターセル/コルサ(3代目) リトラシリーズEL30系(1986~1990)】


これですよ(笑)
この時期のトヨタはイケイケでしたよねー、スポーツカーではなく2BOXの今で言うコンパクトカーにまでリトラ!大袈裟過ぎもいいところですが何気にワタクシ、コレ好きでしたので堂々ランクインです!

ご承知のようにカロⅡ/ターセル/コルサはカローラとスターレットの間に位置する大衆車、ランクで言えば下から2番目の悪く言えば安物グルマながらコストのかかるリトラモデルをラインナップ、バブルですよねー…
リトラは主にスポーツ系に装備、当時”HOTハッチ”ブームというのもあり特に若いFF世代には2BOXのハイパワーモデルが人気で各社これを取り揃えていましたがリトラをやったのはこれと日産パルサーのスポーツバージョンであるEXA位でしたね。

EL30ではSR、そしてターボモデル(GP=グランプリターボ)にこれを設定、元々直線基調でベースモデルもクリーンでシャープなEL30には非常に似合っていた顔でした。
リトラなんて流麗なクーペ、若しくはそれに準じる比較的大きく長いスタイリングでないと…と思っていましたからこれが最初出た時はビックリ!しかし意外にスポーツカーに較べて背の高い小さい2BOXモデルでも似合っていてしかもリーズナブル!子供騙しのオモチャ的装備ながらその出来栄えは個人的にはAE86~92間での兄貴分スプリンタートレノよりもお気に入りでしたね~

↓顔だけ見たらまるでスーパーカーの如くシャープ!


まっ、このようなクルマに“必要なし”と言われたらそれまでですがそんな身も蓋もない事言わずにまだまだ夢のあった90年代=バブル時代のこれも一つの象徴!
それにしてもトヨタもいい意味で若かったですよね~(^-^)


続いて第9位!!

【ホンダアコード(3代目)/ビガー(2代目)CA1~6型(1985~1989)】


これも「リトラ=スポーツカーのモノ!」という常識を破ったクルマ!

EL30同様にまさかのリトラ装備の4ドアセダン、ホンダは2代目プレリュードからリトラに参入?していますがこれが空前の大ヒットしましたからね、その勢いを言わばこれのセダン版であるアコード、そして姉妹車であるビガーにも採用、当時のホンダはF1参戦などで非常に若者に注目を浴びておりプレリュードを初めCR-Xやシビック、シティ等、若い感覚を前面に押し出す展開でNo3の足元を脅かしていましたしこの戦略はホンダにとっては大成功!ともすれば軽いイメージもありましたし”エンジン一流、ボディ3流”とまだ揶揄もされてはいましたが老舗にはない各車への展開が今日No2となるホンダの基礎を造ったと思います。

そんな時代でしたので本来何らリトラの必要ないセダンでもこれを装備、これにより先代までのどこか地味な印象のあったアコード/ビガーは途端に若々しい印象となり加えてPGM-FIのDOHC16バルブエンジンの搭載もあり稀に見る俊足セダンとして人気を博しました!

セダンの他に3HBの『エアロデッキ』も設定、こちらはワンダーシビックの3HBを大型化した独特なスタイリングが好き嫌いが別れそうお目にかかる事もなかったですが本来、スポーツ度という点ではこちらのイメージに分がある筈、それよりもセダンの方を見かけたのはバランスの取れたオーソドックスなセダンボディながらもリトラ装備!というホンダらしい若々しさが歓迎されたのかもしれませんね…。

↓初期は見かけだけ?のリトラでしたが後追加のDOHCモデル、ホンダスポーツの象徴『Si』も追加!


アコードはアメリカや北米、欧州でも大人気を博しましたが欧州の規制に合わせた固定ライトモデル『アコードCA』も日本市場に87年に追加、こちらは顔が変わった途端、個人的には平凡な、鈍重なセダンというイメージになってしまいましたからね、やはり3代目アコードはリトラに限ります!


さぁ、8位行ってみましょー!

【日産180SX S13型(1989~1998)】


世のスポーツモデルがほぼFR→FFに転換してゆく中、最後までFRレイアウトを守り当時は古臭いと言われながらもかつての王道であったエンジン縦置き、後輪駆動のこの180SXと姉妹車S13型シルビアこれが最大の個性で長きに渡って若い走り好きの世代の格好の教習車!?になっいました。

先代S12型シルビアの時代は姉妹車はガゼール、共に流行のリトラを纏うスポーツ入門車でしたが当時はなんとなくゴツく鈍重なイメージ、そしてホンダプレリュードの神がかり的人気の下で撃沈しましたがFMCで従来のクーペ=シルビアは固定ライト、そして従来のHBクーペが180SXとなった訳ですね!

クーペ→シルビアは固定ライトとなりジェントルで気品高いイメージに、そして後発でしたが180はリトラでイケイケの派手な出で立ち、当然180の人気が高くなると思われましたがシルビアはそれまでのデートカーの王道、プレリュードを迎え撃つ人気を博したのも今は昔…
ただ、シルビアは180より先に次期型3ナンバーのS14にFMCされこれのボディ肥大化を嫌った走り屋層には型遅れとなる180に注目、結果11年も造られる人気車となっています。

このような経緯から特に後半は峠族や一部暴走族にも好まれコテコテに弄られた固体ばかりになり決して好印象ではないのですが程よいパワーに素直な操縦性、そしてりーズナブルながら見かけはリトラのスーパースポーツ!180も今や非常に記憶に残るクルマになりました。


盛り上がってまいりました(汗)第7位!!

【三菱スタリオンA187A型(1982~1990)】


サバンナRX-7、コスモ、セリカXX、Z31フェアレディZ(セミリトラ)プレリュードとリトラを纏うスーパースポーツ(風?)モデルが続々デビューした70年代後半~80年代初頭、これに乗り遅れまいと三菱の回答がこのクルマでした。

80年に第2世代に移行したA160系ギャラン/エテルナΣ/Λのシャーシ、機構を使ったスタリオンですが三菱初のリトラモデル!
他社のクルマに較べるとせっかくリトラにしながらもそのイメージは三菱らしくただただ“ゴツい”という印象で今でこそその個性的デザインが見直されて旧車人気は非常に高いですが新車時~現役時代は評価の低いものでした。

ある意味三菱の真面目さが災いした思いっきりに欠けたデザインが不評の元でしたが今こんなに評価されるとはねー、リアルでスタリオン現役時を知るオールド菱ヲタとしては嬉しい限りです(笑)
当時は”ゴツい”“鈍重”と陰口を叩かれましたが今は“重厚”“迫力”と一部マニアからは持て囃されるスタリオン、意外に若いファンが多いらしく彼らにはこのスタイルが新鮮なのでしょうねー。

ラリー参戦用に固定ライト、ショ-トノーズのスタリンも存在しますがやはりリトラ顔の方がスタイル的には数倍カッコいい!
あくまで個人的意見ですがライトを開けてもスタリオンは迫力ありますしね、他は閉めてればカッコ良くても開けると皆カエルみたいな印象なので開けてもサマになるリトラ車、希少に思います!


どんどん行きます、第6位!!

【ホンダプレリュード2代目AB/BA1型及び3代目BA4、5、7型(1982~1991)】

↑2代目

日本初のリトラがトヨ2、そして久々にスポ車の象徴として採用したのがRX-7、そして81年のスーパースポーツセリカXX…
この3車はあくまで「特殊なクルマ」としての認識しかなく一般ユーザーには無縁と思われていました。
そんな中、別に大した背景も抜きん出る性能を持たずとも(このためリーズナブル!)リトラを採用して2代目にFMCしたプレリュードは大ヒット!新たに“デートカー”の愛称、カテゴリーを造るほど売れたこのクルマ、これにより爆発的にリトラ文化が広がった事は間違いないでしょう。
後追加でこの出で立ちに相応しいDOHCモデルも設定されましたがデビュー時はあくまで雰囲気勝負!RX-7やXXのように特別スポーツ度は売りにされませんでしたがホンダの上り調子の時代、ホントにこれはよく見かけました。
男臭い?スーパースポーツ→女性やカップルにも似合う素敵なクーペとしてのイメージ戦略もうまかったぁ…

こうした大成功もあり3代目も2代目のキープコンセプト、90年代に向かい3代目はよりシャープなスタイルとなりこちらは当初から高性能エンジンもラインナップ、当時の新技術の花形であった4WSも装備、2代目にない走りのイメージをも+、先代程の爆発的人気は得ませんでしたが個人的にはこちらのシャープさを感じるデザインがより好きでしたねー。


↑3代目

リトラを世に広めた功績、そしてスーパースポーツにも負けないカッコ良さを実現した2/3代目両
車を6位と致します!


☆☆☆~今週のスポットライト!!~☆☆☆

今一歩、惜しくもベストテンに入らなかったモデルはこちら…

【初代ユーノスロードスターNC6/NC8型(1989~1998)】


ライトウェイトオープンの傑作、ご存知ロードスターが圏外とは何事だ!とお怒りのお方もおられると思いますがあくまで個人の趣向ですのでまぁ、堪えてつかーさいw
いやね、このクルマの楽しさは今更語るべくもなく熟知しています、初期はNC6は1600でアンダーパワーでしたがNC8は1800となり爆発的パワーって訳ではないながらも充分パワフル、軽いボディにFR駆動、楽しくない訳がなく大人の玩具として1台あると楽しいだろうなーとデビュー以来ずっと思っています!

ただやはり丸っこいスタイルがイマイチ好きになれないんですよねー。。。
スタイリング的にはシャープさを身につけた2/3代目が好み、但しこれはリトラではないので止む無くこの順位です。

初代には当時のマツダバブルの象徴?である“ユーノス”がネーミングに入ります、この頃のマツダはブクブクグネグネとしたバブリーチックなデザインになりファミリアもカペラ(→クロノス)もルーチェ(→センテイア)もそのテイストで苦手、ロドスタもこれら程のボテっと感はありませんでしたが軽快である筈のライトウェイトにしては若干重々しい感じがしましたのでね、ロドスタファンの方、スミマセンです(´∀`;A


さぁ、ベストテンに戻ります!今週の第5位!!

【初代トヨタスープラA70型(1988~1994)】


ご承知の通りスープラは元々は国内で『セリカXX』として発売されていたセリカの高級版の輸出名でしてセリカが85年にFFに転換した時に独立、3代目XX=スープラと国内モデルもネーミング変更が行われました。

初代XX(A40/50)がM型6発をセリカの鼻を伸ばして78年にデビュー、しかしこれはスカイラインGTのようにスポーツ性を高めるものではなく高級ツアラー的性格、これはこれで支持を得ましたが81年のソアラデビューでXXの性格はこちらに譲り2代目A60系はフェアレディZやRX-7に対向するスーパースポーツに転進、高級バージョンのソアラと性格を分け高い評価と人気を得ました。

スープラはそんな60XXの性格を継承し更にスーパースポーツぶりを高めZ同様にレースにも積極的に参加、グループAホモロゲ取得のための特別限定の『3.0GTターボA』や新開発ツインターボ280psの1JZ-GTE搭載の『GTツインターボR』等次々にスポーツカー好きのハートをくすぐるHOTバージョンを設定、個人的にはスタイルでは旧60XXが好きながらこれら熱いエンジンライナップにはスープラからは目が離せなかった!

他にもトヨタの代表的高性能エンジン(1G-GTE、1G-GEU、1G-EU、1G-FE)が載せられ例え廉価版でも満足できる性能を与えられた70スープラ、デビュー時は“トヨタ3000GT”と誇らしげにCMしていたこの時代はまだまだトヨタも走りに対する姿勢は貪欲でした。

真っ黒な3.0GTやモスグリーンの2.5GTツインターボRは今見ても惚れ惚れするカッコ良さ!
スポーツカーはこうでなくっちゃ!という見本をRX-7やZと同様感じさせてくれますよネ~…
いよいよ上位に行きます、第4位!!


【初代/2代目マツダサバンナRX-7/3代目アンフニ・マツダRX-7 SA22C、FC3S、FD3S型(1978~2002)】

↑初代RX-7

リトラを実質的に世に広めそしてトリを務めたRX-7、ここで登場です!

初代の出た78年、このセンセーショナルさは今でも鮮明に憶えています。
76~77年にかけて空前のスーパーカーブームが日本を覆い当時の子供(つまりはワタクシ…)らはこれの追っかけに夢中、日本がOILショックや排ガス規制でつまらんクルマばかり、スポ-ツカーなんて悪だ!という風潮をあざ笑うかの如くファラーリ、ランボルギーニ、マセラッテイ、デトマソにポルシェなど海外のスポーツカーに熱い視線が向けられていました!
その目線の先には当時日本には皆無のリトラクタブルヘッドライト!! これらのイベントでは単にライトを上げ下げするだけでスーパーカー少年からは歓声が上がり皆その目はキラキラ…
そんなブームの残像がまだ残る78年にSA22Cがデビュー、70年に製廃されたそれこそ日本のスーパーカー、トヨタ2000GT以来のリトラクタブルライトを8年ぶりに装備、この出で立ちだけで人気は沸騰しOILショック以来パッとしないマツダの救世主的役割もしました。

その出で立ちに相応するお得意のREエンジン、国内初のFrミッドシップ方式などスーパーカーに目を輝かせたモノ達を納得させるインパクトは絶大なモノがありましたねー…
そんなSAは7年の長寿、途中からはRE+ターボエンジンの搭載などテコ入れを行いますがこの頃は排ガス規制パニックから立ち直った日本、第二次ハイパワーブームを向かえデビュー時には日本のスーパーカーと言われたさすがのSAも後発ハイパワーライバルの中では色あせてゆき85年、第ニ世代のFC3S型にFMCします。


↑2代目RX-7

FCはエンジンを上級コスモやルーチェに積んでいた13BREに換装、シャーシも新設計され再び1級品の性能を与えられてデビュー、スタイル的にもプレスドアを採用したりオープン仕様のガブリオレを設定、また、より運動性能向上をさせる2シーターの∞(アンフィニ)モデルもデビュー、第二次ハパワーブームの先端に躍り出る本格的スポーツでした。
FCは85~91年の6年のモデルライフでしたがこの6年には当然ライバルもより進化、これに合わせるかのように91年には第三世代のFD3S型がデビューします。


↑3代目RX-7

FDでは当時のマツダ5チャンネル政策に合わせ71年デビュー以来名乗ってきた『サバンナ』の名を消し『アンフニRX-7』と改称、これは当時、マツダの代表的スポーツの名前を消すという行為に非常に抵抗ありましたがクルマそのものはより戦力UPしたマツダらしい玄人好みの秀作で好感が持てました、尚、冒頭申し上げた通り日本で最後までリトラで売っていたのもこのFDでしたのでRX-7=リトラとは切っても切れない関係ですよね!

個人的に言えばスタイルだけならFCが好物、しかしリトラを浸透させた功績はSAが一番でしたし「これでなくなるのかぁ」とシミジミとリトラのカッコ良さを印象付けてくれたFDもイイ!従って3代全てをこのランクとしました!


ベスト3に入ります!今週の第3位!!

【三菱GTO前期型Z15A/Z16A型(1990~1993)】


重い、曲がらない、止まらない、こけ脅し的装備(スイッチで排気音を変えられる「アクティブエグゾーストシステム」や可変リアスポイラー及びフロントスカート「アクティブエアロシステム」やブレーキダクト風装飾)から決して良くは言われないGTOですがワタシはスタイルだけなら国産指折りと思っています!

このスタイリングは今見ても秀逸、と言うかスーパーカーに負けていないと今でも思えるカッコ良さがこの順位に表われてます(笑)
性能、と言うより操縦性は決して褒められるクルマではなかったですがこのスタイリングはデカくて低くて押し出しも強く三菱らしいド迫力、加えて言えばスタリオン(先代にあたります)時代にはなかった流麗さも身につけ注目度はなかなかのものではないでしょうか…

今の三菱では絶対に出せないGTO、93年のMCで固定ライトになってしまい魅力は半減、やはりGTOは前期のリトラが一番好きでしたね~!!


とうとう来ました!第2位!!

【トヨタ2000GT MF10系(1967~1970)】


これは外せませんね!日本初のリトラ、幼少期にスポーツカーに興味を持つ原点になったクルマ…

今更ワタクシづれがクドコウド書く必要はないクルマ好きなら誰でも知っているトヨ2、さすがにリアルで売っていた頃でもそう街中を走るクルマではなく今も昔も幻的な存在、実際に自分で広い意味で触れる筈もないですが60年代、まだカローラやサニーがようやく産声を上げモータリゼーションがこれから動き出すヨチヨチ歩きの日本でこれだけのクルマをリリースしたトヨタの青春時代はとても輝いていたと思います。

絶対的生産台数の少なさからワタシの免許取った時=30年以上前でも既にプレミア価格でその頃でも500万、800万はザラ、現代では2000万とも3000万とも言われ下手すりゃ家より高い!!
それだけの価値は充分認めるのですがトヨタ単独開発ではない(ヤマハの手がかなりの度合いで入る)点、そして今も昔も投機目的、金持ちの高貴な趣味という印象が強い2000GTにやや反感もあり2位とさせて頂きました…


さっ、そしてオオトリ!今週のTOPを飾るのは…

今回も同率1位、2台をTOPに持ってきました、ワタシ的にはこの2台、甲乙付け難いんでご勘弁
を!!

①【ホンダNSX7前期NA-1型(1990~1996)】


このベストテンシリーズの最初の方でやった”カッコいいクルマ”ベストテンと同じ結果です(笑)
理由も同じなので飛んで頂くのも恐縮ですのでコピペで失礼します(^^)

~もうこれは文句なくカッコイイでしょ!出で立ちはフェラーリやランボにも負けない完全なるスーパーカーですしね、2シーターのMR、ALLアルミボディ、NA280ps、そして800万(デビュー時)という価格!どれもド肝を抜かれましたし性能的にはともかくこのスタイリングとパッケージングを上回る国産スポーツは未だ現れていないと思います!~

NSXもGTO同様に途中もMCで固定ライトとなってしまいましたがやはりこれもリトラでこそ!と思っています、海外需要が大きなポイントなのでGTOもNSXも致し方ないMCでしたが固定になった姿は両車共文字通り“取って付けた”感が強く個人的には最初から固定ライトのデザインでスラントノーズならまだしもリトラ→固定への変更は逆にブサイクさすら感じますので前期型限定の1位です!

②【トヨタセリカXX A60型(1981~1986)】


これもシリーズ冒頭の“1度やってみたい企画(憧れのクルマベストテン)で1位のクルマ、こうして憧れ、カッコイイと同様の結果になる事が如何にワタクシがリトラに特別な思いを持っているのがお分かりでしょう(笑)

そう、愛車遍歴見てもらえばお分かりの通りリトラ全盛時代は幼子3人抱えるパパさんでしたのでね、リトラのスポ-ツカーなんて買える立場でも金もありませんでしたからきっと永遠の憧れなのでしょう…

60XXはスープラの項で述べた通り先代40XXから大幅にコンセプトチェンジ、今見れば大した事ないかもしれませんが当時は2.8LDOHC 170ps(5M-GEU)や2.0L 24バルブDOHC160ps(1GGEU)、2.0Lターボ145ps/ICターボ160ps(M-TEU)ってのは充分スーパースポーツ!クルマ好き少年が免許取ったばかりの夢も希望もあり一番幸せな時に出た60XXは永遠の憧れですねー。

今回の同率1位、NSXはどう転んでも、中古でも買えない憧れ、XXは手にする寸前で諦めたという経緯がありワタシのクルマ道楽の中でも特別な存在、エッ?意外!?
アハハ、自己紹介で書いてる通り菱ヲタには違いないですがね、他社だってイイのはイイ!かっこイイものはカッコいいですって(^^)v

ランキングは以上となります!

恒例、圏外は下記の通り、尚、個人的にZ31型フェアレディZも大変好みですがセミリトラのため今回は大変悩みましたが対象外としました、前期バラード及びバラードスポーツCR-XやA60型セリカ前期、いすゞピアッツァも同じ理由で対象外。

※輸入車(逆輸入は除く)は除きますし国内モノでも市販車に限っています。

11位:初代ユーノスロードスターNC6/NC8型(1989~1998)
12位:3代目トヨタセリカクーペ/LB後期型 A60系(1983~1985)
13位:初代三菱エクリプスD20系(1989~1995)
14位:4代目日産シルビア/2代目ガゼールS12型(1983~1988)
15位:ホンダクイントインテグラAV/DA1/2型(1985~1989)
16位:日産EXA N13型(1986~1990)
17位:マツダファミリアアスティナ/ユーノス100 BG型(1989~1994)
18位:初代トヨタMR-2 AW10系(1984~1989)
19位:7代目トヨタスプリンタートレノAE90系(1987~1991)
20位:スバルアルシオーネAX4/AX7/AX9型(1985~1991)

如何でしたか?毎回〆では書きますがクドイですがあくまでもこの企画はお遊び、『それは違うだろ?』とか『あれが入ってねーじゃん!!』的な反論もあるでしょうがこれはワタクシの基準、これを読んで皆様も独自なベストテンを楽しんで頂けたらと思います。

やはりクルマの重要要素であるスタイル、特にスポーツカーでは…
今となっては無用のリトラですが燃費対策の極限数字を叩き出すだけのスタイルでは当然の結果ながらどこも似たり寄ったり!
バカバカしくとも夢や憧れを抱かせてくれた以上リトラモデルの勇姿、日本車の青春期だったと思います、2度と出ない?のでしょうがこのまま埋もれさすにはあまりにもカッコ良すぎやしませんかネ~…!?
Posted at 2016/11/14 02:26:33 | コメント(0) | トラックバック(0) | ザ・ベストテン | クルマ
2014年06月18日 イイね!

保存版・小型ボントラ“ザ・ベストテン”

保存版・小型ボントラ“ザ・ベストテン” THE独りよがりの好評(?)ベストテンシリーズ!!

今回はあまり興味のある方はいないのを承知で堂々UP!(笑)
”ライトバンザ・ベストテン” “トラックザ・ベストテン”に次ぐ商用車シリーズである”小型ボントラザ・ベストテン”となります( ^-^)ノ

小型ボントラ、先日の珍車418のダットラの項でも書きましたがかつては国産商用の重要カテゴリー、特にまだまだ乗用よりも商用の需要、注目が高かった60年代~70年代にかけては各メーカーが競ってラインナップする程の重要カテゴリーであったのですがキャブオーバー型の台頭や軽トラックのサイズ拡大など逆風が吹き荒れ需要は縮小、相変わらず路面の悪い後進国では主に4駆にて現地生産、輸出とも好調ながら日本市場から撤退して10余年が経過、街角で見かける割合もかなり減ってきた昨今ですがかつては当たり前のようにクリーニング配送、灯油配送、各個人商店の看板背負ったボントラが大活躍!

50~2000年初頭に及ぶ50年以上に渡る庶民の生活の一躍を担ったこれらモデルにスポットを当ててみたいと思います!

尚、今回は小型(積載量500kg~1.5tクラス)に限定、中型(ジュピター等)や大型(TXD等)を除きますし小型でもあくまで”庶民生活を支える”にこだわりノーマルキャビン(シングルピック)を対象のランクとしWキャブやキングキャブはRV要素が強く”お遊び感覚”的見地のためランク対象とはしていません(シングルの4WDは含む)しいつものように国産メーカーのみとしています。
また、便せん上『ボントラ=ボンネットトラック』と記しますがボディがキャビンと荷台が一体である『ピックアップ』も含んでいます、本来”トラック”と言えるのは荷台が別体でフレーム付きを言いますが総じて”ボントラ”としていますのでご了承下さい。


さぁ、今週の!?第10位!!

【トヨタマスターライン/クラウンピックアップRS40/50系(1962~1971)】

↑62~67yマスターラインピックアップ(RS40)

若い年代ではまさか!と思われる方も多いと思いますが代表的高級車のクラウンにもかつてはピックアップが存在していました!

初代RS型~2代目S40型の時代はクラウンとは名乗らず『マスターライン』とされピックの他バンに関してもこの名称、即ち商用モデルはネーミングを分けていました。
ピックアップは初代~3代目までラインナップ、ちょうどまだまだ商用モデルの方が重要視されていた時代に符合しますネ!

個人的にはさすがの初代マスターのピックなんて博物館以外では見たことありません、時代的に幼少期に目撃している筈ですが記憶にはまったくないので語る事もできずまた、初代=観音開きは歴史的価値は充分認めていますが純粋にスタイリングはあまり好きでないので除外、よって10位にランクインは2代目S40型と3代目S50型を対象にします(^^;


↑67~71yクラウンピックアップ(RS50)

初代クラウンはともかく2代目からは”高級車”を詠うモデルである事はご承知の通りですがライバルのプリンスは自他共に認める高級車メーカーでしたので間違ってもグロリアにコマーシャルカーは設定しませし日産セドリックもバンはラインナップするもトラックモデルは実績あるダットサントラックに任せて未設定、なので唯一の”ハイクラスピックアップ”だった訳です。

現在ではその希少性からかなりの高額、しかもカスタム族には羨望の的でもありますが現役~後年は”似つかわしくない” ”不相応”といった印象。
40も50も以前触れた事ありますが商用なので当然贅沢装備の類はなく内外装ともタクシーモデルのように質素、しかし雰囲気は間違いなくクラウンでありトラックにしては豪華なイメージ!
40/50で代表的なクラウンの顔、M型6気筒は搭載されずR型1.9Lの4気筒搭載というのもいかにもトラックでしたが豪華な頭に荷台付きっていう意外性がソソります。
商用と言えども手を抜かずRS50ではスタイリングの特徴であったサンダーウェーブラインまでピックにも表現!お洒落で乗用テイストな商用車でしたしほぼセダンとシルエットは変わらず2ドアであることと荷台がある事だけが違うWピックも存在していたのが驚きです…。

71年のクジラ(S60/70型)へのFMC時にハイラックスなどのデビューや道路事情の進歩もありクラウンピックの役目を終え今ではよほどのマニアでないとその存在を知る、憶えている者も少ないと思います、現行でピンクラ(ピンクのクラウン)話題を集めましたがこんなものよりよほど“クラウンのトラック”の方が衝撃的でないですか?皆さん…

こんなクラウンピックに堂々ランクインの名誉を与えたいと思います!

続いて第9位!!

【初代及び2代目ファミリアトラック(1964~1978)】

↑初代ファミアリアトラック(ピックアップ64~67y)

今や日産ADバンのOEMのみ名前の残るマツダの代表的ファミリーカー、ファミリアですがこれもデビューの初代~2代目には時代を反映するトラック(ピックアップ)モデルが存在していました。

ワタシの育った関東ではこのクラス、牛乳屋さんとか米屋さんが愛用していた印象が強いのですがやはりサニトラ、パブトラが主流でファミリアは滅多になかったです。
それでも稀に変わった?商店さんとか近所のナショナル(懐かしい~。。。)電気屋が使っていたのを憶えてます、しかも初代と2代目で。

ファミリアは元々バンで初代がデビュー、トラックは翌年追加、セダン同様のフラットデッキスタイルのボディはバン/セダンのセンスを壊しておらずワタシも海外珍車で取り上げましたが800ccの小さなボントラ、多分今の軽トラの方があらゆる面で大きく使い勝手も上でしょうが幼少期の記憶しかないので久々に見てみたいものです。


↑2代目ファミリアトラック(67~78y)

2代目はベースのファミリアセダン系と同時にFMC、こちらも近代的スタイルが評判だった2代目ファミリアの美しさ、先進的デザインを踏襲、これは後年下取りで乗った事ありますが1Lに格上げされたエンジンはトルク重視の元気のあるもの、たまたま乗ったモデルが脚が抜けていたと思いますがハンドリングがどんだけ遊ぶ?って感じで運転のしにくさだけが記憶にありますが2代目に関してはサニトラやパブトラに遜色ない…は大袈裟にしてもそこそこ見かけました。

2代目に関してはベースの生産が長期だったのもあるかと思います、ベースが70年から”プレスト”のサブネームが付けられ大幅改良、車幅拡大などのBigチェンジを受ける中、サブネームも与えられず僅かなフェイスリフトだけで11年間生産されておりライバルほどの長寿ではありませんでしたが(サニトラ、パブトラは共に20年前後の生産)”第3のボントラ”として記憶に残っているので9位と致しました!

さぁ、8位行ってみましょー!

【2代目日野→トヨタブリスカH100型(1965~1968)】


『ブリスカ』!!凄い名前ですよねー(笑)
何を隠そうこのインパクトある名前の小型ボントラを幼少期、亡父から教えられいつまでも頭に残っている印象的なネーミングのクルマなので堂々8位とさせて頂きました!

ブリスカは初代が1961(S36)のデビュー、まだトヨタ傘下に属す前の日野自動車がダットラに対抗して出した小型ボントラ、さすがに初代はワタシも写真でしか知りません、当時の乗用コンテッサ900を彷彿させる面構えですがコンテッサはRR、ブリスカはこれの900ccエンジンを流用しながらのFRトラックでした。

そして2代目は65年、やはり2代目となったコンテッサ1300のイメージを反映した洒落たスタイリングとなり非常にブサイクだった初代ブリスカからは見違えるデザインに。
2代目はリネン屋さんだったかな?当時住んでいた横浜の街で青いカラーのパネルバンをよく見かけ子供でしたので「あっ、コンテッサトラックだ!」と叫んでいたようです(笑)

66年に日野がトヨタと合併、ここから『日野ブリスカ→トヨタブリスカ』となりますが68年には廃盤、その後FMCという形でトヨタハイラックスがデビュー、こちらの知名度が非常に高くなり現在”ブリスカ”を知る人間はもうそう多くはないと思います、文献などによると単なるメーカー名変更にも様々な涙(被吸収側の日野の目線)があったようで今では忘れされれた旧日野のボントラ、久しぶりのスポットライトを当ててみました (^▽^)

盛り上がってまいりました(汗)第7位!!

【2代目40型/3代目140型日産ジュニア(1962~1983)】

↑2代目ジュニア40型

ジュニア、これは日産が放った小型ボントラとしては重量級大型?の1.5tクラスのモノ、初代は1956年という大昔ですのでワタシも写真以外では馴染みがないので語れませんので対象はやはり幼少~青年期に存在した2代目(62~70y)と3代目最終(70~83y)のモデルを7位としています。
2代目ジュニアもデビューは大昔ですが8年造ってましたので幼年期にはよく見たモデル、イメージ的には上の画像のような旧式レッカー!って感じがあります。
日産の旧ワークスカラーである青と赤、白に塗り分けられたレッカーから“○○整備工場”とドアに書かれた姿を思い浮かべますし実際トミカか何かのミニカーでもこの車型があった筈。

当時の日産はプリンスを合併した事により最大のボントララインナップを形成、日産製の伝統のダットラにこのジュニアにサニトラ、旧プリンスのマイラーなどがありましたが最大級がジュニア、子供の目にはボンネット型としては異様にデカいタイヤ、厳つい表情に怖さを覚えましたがいかにも”トラック”的な頼もしさがありましたねー、3回位MCして顔を変えてますがどれも怖い!!画像は最終モデルでこれでも一番柔和になったものでした。
セドリッククラスのトラックと言えばいいでしょうか?初代は事実初代H30型セドの1.9Lエンジンを搭載していました。


↑3代目シュニアH140型

70年にFMC、83年までの13年の長寿だった3代目H140はワタシの若い頃はまだ普通に街中で見れました。

縦グロHA30型グロリアを彷彿させる丸目縦4灯ライトはとても洒落た顔になり先代までの厳つさは消え馴染み易さを感じたかな?積載力はアップ、2t積みまで対応していたと思います。
このジュニアは名作『北の国から』で黒板五郎の愛車として活躍したので印象にある方も多いと思います、ダットラやハイラックス程の普及ではありませんでしたが若い頃住んでいた風呂なしアパートの近くの銭湯がこれ使っていてよく廃材を積んで出入りしていたのを思い出しますし電電公社(今のNTT)の工事車輌のイメージもあったりします。

旧型商用として今やイベントでも大注目のようですがホント、普通にいたんですがね、元々がさほど多くは普及していない分83年まで売っていた割には早々と90年代では見かけないモデルでした~…。

どんどん行きます、第6位!!

【いすゞワスプKR10型(1963~1972)】


ワスプ、これも知らない方が多いでしょうねー…

いすゞの60年代の人気車種、ベレットのトラックモデル。
しかし外見こそベレットの頭を付けるトラックでしたが独立した梯子シャーシを持つ本格的“トラック”モデル、ダットラを標的に当時業界3位だったいすゞが放った小型ボントラでしたがワタシの生息地、神奈川県にはいすゞ工場が藤沢・川崎と当時2つもあり比較的いすゞ車は多かったながらワスプなんて滅多に見ませんでした。

ただ親類のクルマ好きの叔父がベレGに乗っていた事もあり稀に走ってくるワスプを見るともう狂喜乱舞の変な子供だった事は間違いないですね(o゚v゚)
見慣れたカッコイイ2ドアクーペのベレGの後ろ半部がトラックになってる!! と言うのがとても珍妙に見えてテンション上がった記憶があります。

実際のワスプの目撃なんて両手に余るモノでしたが我が神奈川県産の小型ボントラに敬意を評し、また幼少期に盛り上げてくれたワスプ、妙に印象にありこの順位としました!

名前も何かおもろかったんでしょうね、これの上のクラス、ジュニアやトヨタスタウトに対抗したエルフならぬ「エルフィン」というボントラも存在しましたがこれはワスプ以上に見た記憶がありません、いすゞらしくディーゼルをメイン化した点が当時まだDeに理解が浅かった日本での敗因に繋がったようです。


☆☆☆~今週のスポットライト!!~☆☆☆
今一歩、惜しくもベストテンに入らなかったモデルはこちら…

【2代目トヨタスタウトRK101型(1977~1981)】


スタウトは戦後から続くトヨタライトラックであったAB/SG/RK型の流れを含む1.5t~2t級のボントラ、日産ジュニアやプリンスマイラーのライバルでした。

これの2代目が一番記憶に残りやはりジュニア同様にレッカーや消防の印象ですかねー…
トヨエースやダイナなどのキャブオーバーが主流になる中、3代目を最終とし86年まで生存、但し3代目は3代目ハイラックスとボディ共用していましたし特に印象にはなくまた、2代目以前のモデルは古過ぎてやはり印象にはないので2代目のみの限定!

2代目は初代D30型セドリックのように逆反りした=Frラップアラウンドゥのスタイルが最大の特徴、このウィンドウに合わせて三角窓(後期型のみ)も逆三角の個性的出で立ちはかなりの印象を残してくれています。
50年代のアメ車の雰囲気?エアインテーク調のターンシグナルなど今見れば非常にユニークな顔立ち。
これも3度ほどのMCを受け初期は丸目2灯、中期から4灯になり後期ではそれまで強面グリルだったデザインをスマートに変更、67y~がこのモデルで2代目最終の81年までありましたから一番多く見かけたモノでした(画像のモデル)
ジュニアより多く見かけましたが個人的にはジュニアの強面さにより強い印象がありますしここまでご紹介してきたモデルよりは珍度は欠けるイメージなので圏外11位としました~。


さぁ、ベストテンに戻ります!今週の第5位!!
【初代いすゞファスター(ロデオ含む 1972~1980)及び3代目ファスター(ロデオ含む 1988~
1994)】

↑初代ファスター


↑初代ファスターロデオ

ファスターはセダンのベレットとは裏腹に殆ど普及しなかったワスプの後継として72年にデビュー、ベレットがダメなら後発のフローリアンで!って感じでフローリアンの頭を付けた小型ボントラでした。
デビューからの人気や普及は大してワスプと変わらず元であるフローリアンが没人気でしたから致し方ないのかと…
しかしこれは海外にてシボレーのトラックとして売っていた関係上、藤沢工場の周辺ではRrゲートに“シボレー”の文字の入る左ハンドルが臨番で走る姿も数多く見かけそれは国内モデルにはないカッコ良さ!ダットラやハイラックスもそうですが小型ボントラってやはりアメリカ仕様が一番キまる感じに個人的にはします。

70年代後半に起きたピックアップブームを捕らえいすゞはファスターに4WDモデルを追加、これをファスターロデオとしますがブサイクな?フローリアントラックの車高が上がり画像のようなopのハードトップを纏う姿はとてもカッコ良くそれまでバカにしていたファスターの見違えるその様は非常に衝撃的でしたねー。

ベースのフローリアンがこの頃既に個人タクシー/教習車専用になり78年からは不相応な角目4灯にしたり迷走を始めた中で丸目2灯の大人しい出で立ちは米仕様ジボレーフェイス、三角窓もフローリアンは70年代も後半になるにも関わらず相変わらずでしたがファスターはこれを廃してでスッキリし乗用フローリアンのセンスないMCには嫌悪感すら当時抱きましたがファスターにはこれを持たずに済みました(笑)


↑3代目ファスター

ファスターは80~88年が2代目モデルでしたがこれはツルンとした素っ気ないモデルで個人的には好きではないデザイン、これといって何の特徴もなくやはりこれも輸出モデルはソソられますが国内向けは無関心、市場的にも同様だったようで例え神奈川でも滅多に見ず殆ど印象にはないのでこれを飛ばし3代目ファスター(ロデオ)を5位に入れます!

3代目からは2駆をファスター、4駆をロデオとネーミングを分けましたが実質同じクルマ、時代の流れから3代目はDeエンジンのみの設定になりいすゞ自慢のミューやビッグホーンにも搭載された2.8L直噴4JB1型を搭載、これは何度かトラックを扱うようになって乗りましたが非常に力強く4駆でもパワー不足は皆無、2駆でしたら”速い”レベルでした。
3代目の時期は全体的にボントラ需要が減退していく中で国内では既にダットラとハイラックスのほぼ2強の様相を示しこのモデルも商業的には国内に於いては成功ではなかったですがベレット(ワスプ)、フローアン、オリジナルときてこのモデルはRVのミューの頭を付けておりミュー、なかなかのお洒落なデザインでしたのでかなりカッコいいトラックだと個人的には感じます。

いすゞのデザインは非常に先進的ですしね、ミュー=3代目ファスターも今でも古さを感じさせずお洒落、この顔に後ろが古典的な高床3方開きとかになると非常にミスマッチなスタイリングでしたが神奈川のプロパン屋では比較的目にする事ができました、さすがにもういませんが…

いよいよ上位に行きます、第4位!!

【初代/2代目トヨタハイラックスN10/20/30・40系(1968~1983)】

↑初代N10系(1968~1972)

前述の日野→トヨタブリスカのFMC版が初代ハイラックス、強敵ダットラにスタウトではやや大柄でしたのでマイナーからメジャーのモデルになったブリスカを一新したものですがエンジンはトヨタのR型搭載、製作は日野自でした。

このハイラックスはブリスカと較べ非常にスマートで高速時代に対応したパワーアップもなされスタウトのイメージを現代風の表現したヘッドライト上のスモールの意匠である顔つきが特徴。
この型は特に郵便車のイメージが強く実物も子供の読む「働くクルマ」的図鑑?もほぼこのハイラックス、郵便車が描かれていた気がします。
ブリスカ時代からすると飛躍的に販売も伸びさすがトヨタブランドになると違う!と子供心に強く印象に残っています…。


↑2代目N20系(1972~1978)

ボントラとしては5年という短い寿命でしたがこの2代目では全てが乗用車感覚を売りにした2L18R型搭載モデルの『ハイウエイ』が印象的、フォグランプを標準装備しストライプが入り当時一番お洒落なボントラに感じました。
コロナやマークⅡでお馴染みの18R型搭載が萌えポイント、当時のダットラに2Lガソリンモデルは未設定でしたのでね、乗った事はありませんが軽量ボディの2Lボントラ、さぞ楽しかったろうと推測します!


↑3代目N30・40系

ハイラックスと聞くとこの型を思い浮かべるご同輩も多いと思います!

何はともあれ3代目はボントラ初の4WDモデルのラインナップ(79y)が最大の特徴で当時としては異様に背高の4WDはド迫力、スタイルそのものは初代~2代目のように特徴もさほどない平凡なモノで2駆の純仕事仕様などは殆ど目立たない地味さ、しかし4WDに関しては前述の理由からその存在感は相当なモノで4駆ピックアップブームにも乗り街ではかなり見かけました。
ビックフットなどの改造はこれの次期型でデビューしたハイラックスサーフの印象が強いながらこの3代目シングルキャブでもオフロード競技などで見られその走破性に驚かせてくれナンパなサーフよりいかにも”漢”って感じのこれの4WDは非常に印象的でした。

以上3モデルのハイラックスを4位とします。

ベスト3に入ります!今週の第3位!!

【三菱フォルテ(1976~1986)】

↑前期型フォルテ(海外仕様L200)

出ました、菱ヲタGureとしてはここにフォルテを持ってきました!(笑)
これも三菱ファンでないと知らないかも?フォルティス(現行ギャランフォルティス)が出た時に真っ先にかつてのボントラを思い浮かべた方は相当な菱ヲタですゾo(^▽^)o

フォルテは三菱が放った本格的ボントラの第一号で過去にコルトのピックアップや中型トラックで有名だったジュピターの小型版ジュピタージュニアなど極短期間の生産されたボントラはありましたが伝統のダットラやブリスカ、マツダのプロシード等に対抗できる本格モデルは長い事ラインナップされずフォルテのデビュー時は結構個人的に注目しました。
何たってベースをFR時代の初代ギャランΣにしているのでパワートレーンもこれの流用、スタイリングもセダンらしかぬスポーティなデザインから当時大人気だったΣのイメージが強く別名“Σトラック”と呼んでいたほどでした。
ただ、やはり後発だけありダットラやハイラックスのシュアを喰う事はできずマイナーボントラの印象は最後まで消えませんでしたがパジェロの元祖とも言える4WDモデルを80年に追加、ハイラックス4WDに対抗して背高の精悍なスタイルは菱ファンというのを差し引いても三菱らしいゴツさがたまらなかったです!


↑後期4WD

83年以降は角目のグリルにMC、イメージはΣからランサーセレステを彷彿させやや迫力は減りましたがマニアはこの4駆にA30デボネアのボディを載せたりとおもろい弄りをしているのを見かけます。
尚、この4駆のパワートレインは初代パジェロやデリカスターワゴン4WDに生かされ後のRVブームを牽引する三菱の原動力となった点も見逃せない、マイナーながら意外と重要なモデルだったんすヨ!

純粋なボントラとしてのモデルはフォルテだけ、後続のストラーダや近年のトライトンはRV/クロカン要素が強いWキャブのモデルですので三菱にとってもマニアにとっても希少なフォルテ、ワタシならではの3位獲得です!

とうとう来ました!第2位!!

今回のランキングはこの2位で悩みました、どちらもワタクシの幼年期~青年期に一番、当たり前
に見かけていたモデルですのでここは甲乙付け難く同率2位としました!
【2代目サニートラックB120型(1971~1994)及び2代目パブリカトラックP30系(1969~1988)】

↑2代目B120サニートラック


↑2代目KP30型パブリカピックアップ

この2車については以前 ココ にて詳しく解説していますのでご興味ある方はこちらを…

サニトラとパブトラ、この2台は商用車としては何だかんだ言っても庶民に一番密着してきたモデルだと思います。
灯油ローリーに商店の小口配送など軽トラが旧規格の時代には普通車ならではの積載力と共にベースが大衆車という事もあり乗用車感覚で気軽に乗れ親しみ易いモデル、その甲斐あり共に永い事市場に存在、高い知名度からかつてはファミリアやコルトのトラックも存在しながらこれらを撃沈させサニトラで23年、パブトラが19年という年月を基本をそのまま、またベースの乗用が何度となくFMCをするのを尻目に安定した売り上げを示したのは大したモノ!
飽きっぽい日本人の前でこれらの長期存在はある意味偉業に思いませんか…!?

製廃の早かったパブトラはさすがにもう見るのも稀になりましたがサニトラはまだまだ多いですよね、名車B110がベースなだけに走り屋さんからも未だに人気のサニトラ、かなり輸出されてしまっていますが製廃から既に20年経ちながらもコレだけ見れるのは如何に多く売れたかの証でボトムボントラのベストセラーと言っていいでしょう…

この2モデルに共通するのがそれぞれ走りが極端に楽しかった事でトラックからなる軽量ボディにFR、そして素生のいい名機と言われた共にOHVである事が信じられないA型エンジン(サニー)とK型エンジン(パブリカ)、乗用は同じエンジンでもより規制値が厳しく本来のパワーをかなりスポイルしていましたが商用故に規制が緩く乗用よりも排ガス規制後も元気な走りを見せてくれたのが若い世代の走り屋層にも注目された点でした。

このキャビンですからドラポジは窮屈、タイト以外何者でもないですがその事が逆に”ソレ”らしく感じさせたのも事実、本来の純粋なトラックとしての現役を退いた後に走りで見直され取引もされた事から比較的生き残っているのでしょう、現在の軽トラには適いませんがそれにはない沢山の魅力のある商用車だったと自信を持って2位としました~。

さっ、そしてオオトリ!今週のTOPを飾るのは…

【7代目日産ダットサントラック620型(1972~1979)】


ワタシのブログ~珍車シリーズ~でも結構取り上げたダットラ、ボントラで日本で一番普及、ベストセラーボントラでしてこれにはさすがのトヨタも適わなかった位知名度、人気は安定しておりサニトラ/パブトラの上級車として軽トラにその座を追われるまで一人で頑張ってきたモデルです。

歴史は古く初代は戦前の1935年との事!さすがにここまでくればクラシックカーの範疇、この伝統がダットラの安定した立ち位置を築いていたのは言うまでもありません!
1935年から国内廃盤となる2002年まで実に67年、全10代を数えるダットラで選んだのがこの620型です(^.^)v
個人的にこの620程カッコいいボントラはなかった!!と言い切れるモデル、商用トラックにこれほどデザインに力を入れる例も滅多になくく同じ思いの方も多いのでしょう、カスタムベースなどでも未だ1、2を争う人気だと思います。

ダットラは3代目からブルーバード前身のダットサン110型セダン、これの発展型310型ブルーバード以降これのパーツ流用が多く言うなればブルーバードトラック、対象とした7代目620は当時の610型ブルーバードUのテイストでしたが丸味帯びたデザインのブルUに対し直線基調をプラス、ドア部には流行のサンダーウェーブラインがさりげなく入りとてもスタイリッシュ、テールもありきたりのトラックテールではなく乗用車のようにデザインが施されるコンビネージョンランプが620のRrビューをとても商用車とは思えない雰囲気を醸し出していました!

↓この洒落たテールがカスタマイズ派の心を惹き付ける?


620は海外でも非常に売れたモデル、体の大きい米人のためにキングキャブというシート後ろに小物置きスペースを設けリクライニングも可能とした”ビッグキャビン”も設定、積載能力(寸法)は劣るも居住スペースはそれまでのボントラには見られない余裕をもたらしオペラウィンドゥをあしらった外見も非常にカッコ良かったですねー。
他にボディ車型はそれこそ乗用テイストの2ドアWキャタブが存在していました。

とにかくこの620は70年代~90年代、いや、未だ山梨や他の排ガス規制に掛からない地方ではではまだ見れるほどの人気ボントラですし前述の通りこれほど心に残っている商用車もないので1位とさせて頂きました!


ランキングは以上です、ここからはいつものように圏外11位~20位をご紹介!

11位:2代目RK101型トヨタスタウト(1977~1981)
12位:初代~3代目マツダプロシード(1965~2000)
13位:初代トヨタコロナラインピックアップ(1960~1964)
14位:6代目520型ダットサントラック(1965~1972)
15位:トヨタコロナマークⅡピックアップ(1968~1972)
16位:三菱ジュピタージュニア(1963~1964)
17位:2代目プリンス/日産プリンスマイラー(1965~1970)
18位:初代B20型サニートラック(1967~1971)
19位:9代目D21型ダットサントラック(1985~1997)
20位:初代UP10/20系パブリカピックアップ(1964~1969)

如何でしたか?毎回〆では書きますがあくまでもこの企画はお遊び、『それは違うだろ?』とか『あれが入ってねーじゃん!!』的な反論もあるでしょうがこれはワタクシの基準、これを読んで皆様も独自なベストテンを楽しんで頂けたらと思います。

大衆車や高級車と違い意外に車種はバラけたように思います、如何に昔はボントラに各社が期待をかけ世に送り出したモデルが多かったかがここからも読み取れますね!
今や軽トラに完全に淘汰された小型ボンネットトラック、幼少期にまず最初に触れた”働くくクルマ”でしたしね、ボンネットトラックというデザインの相違が出しにくい車型であるにも関わらず各社個性を最大限に表現、現代の軽トラやキャブオーバーなんてどれも金太郎飴ですがこの古き良き時代、商用トラックと言えど真剣に自社のカラーを訴えたこの時代の各メーカーに敬意を表して終わりにしたいと思います。

いつものように…長文読破に感謝します(^.^)/
Posted at 2016/10/26 17:34:55 | コメント(0) | トラックバック(0) | ザ・ベストテン | クルマ
2014年06月06日 イイね!

保存版・大衆車“ザ・ベストテン”

保存版・大衆車“ザ・ベストテン”
性懲りもなくまだやるワンパターン企画“ザ・ベストテン”!!
今回は『大衆車』をお題にしてみました~(*^^)v

“大衆車”、もう現代では死語ですよねー、いつ頃までこれ言っていたかな?と振り返ると90年代の後半、それまでのファミリーセダンがワンボックスやミニバンに取って代った時期…?
いやいやその頃でも使っていない、断定はできませんが多分90年代の半ば位までかな!?と感じます。

言い始めはマイカー元年と言われた初代B10サニーやKE10カローラがデビューした65~66年、軽自動車から一般庶民に広がった“マイカー”という文化はこの2台の出現により“1億総マイカー族”と云われる程爆発的に普及、浸透した事により広く一般大衆が求めた(求められた)クルマという事から【大衆車】と呼ばれるようになった訳ですネ!

別のいい方ならばお馴染“ファミリーカー”なのでしょうしこれは今でも聴く言葉、個人的Gure的分類で恐縮ですが『大衆車』と『ファミリーカー』って似て非なるモノ、もちろん広いククリで言えばファミリーカーの中に大衆車は含まれますが大衆車と言えるのは原則正統なる3BOXの2/4ドアセダン、悪くても2BOXでもHBでないもの、排気量は1L~せいぜいこれをスケールUPした1.6L位の普通のエンジンを搭載したモデルだと思っています^_^;
このためツインキャブやらDOHCやらインジェクションのスポーツグレードなんてとんでもない、あくまで普及型エンジンを載せ現役時代はそこらじゅうに生息、下手すりゃ向こう三軒両隣が色違いの同じクルマなんて事も決して少なくなかった70年代が主流になりますかね?

80年代以降はこれに被る“ファミリーカー”である2BOXのハッチバックモデルも台頭、大衆車と呼ばれた車群からもこれの派生は産まれましたがココでは前述の定義に従ったベストテンでやってみたいと思います!


さぁ、今週の!?第10位!!

【マツダグランドファミリアSTC型他(1971~1978)】


グランドファミリア(Gファミリア)、40代以上の方しか分からないでしょうね(汗)
このクルマは71年、コスモ→ファミリア→ルーチェ→カペラに続きマツダRE政策第5弾目のモデルでそのパフォーマンスを最大限にアピールするサバンナのレシプロ版としてラインナップされました!

ボディはスポーティなクーペと保守的な4ドアセダン、他にバンと当時の車型のオーソドックスなバリェーションを揃えています(いずれもサバンナとボディ共用、但しサバンナはバン→ワゴンとしてラインナップ)
当時大衆車カテゴリーには歴史を持つファミリアが存在しておりましたので正直デビュー時のGファミリアはパッとしない存在、排ガス規制やOILショック前夜でまだまだ日本が1psでも上、10㎞でもMAXスピードが高い方がイイ車と信じられていた時代に出で立ちだけはサバンナの派手派手さを持ちながらファミリアプレストのレシプロ1.3L 87psと言う何の変哲もない、速くも何ともないエンジンを搭載したGファミリアは上級になるためファミリアよりは車輛価格は高いしサバンナのような劇的アピールもなくどっち付かずの半端なイメージが新型車であるにも関わらず注目、話題は同時発売のサバンナに集中、極端に言えば殆ど見向きもされないモデルでした…。

そんな不幸な?Gファミリアですが73年のOILショックで燃費が著しく悪いREは大打撃を受けサバンナもレースでの大活躍を他所に売れ行き、人気は激減、そして下級の大衆市場ではネームバリューのあった従来型ファミリア(2代目)が67年発売から既に6年を経過し商品力が衰えた事などがGファミリアには幸いしこの頃からクーペはサバンナの影武者的に、そしてセダンはファミリアセダンに代るマツダの代表的大衆車として見直されこの頃から街行く同車の姿を多く見かけるようになりRE普及を前提に車種展開を行っていたマツダのある意味?救世主の如く売れ行きが伸び始めファミリアのターゲットであるカロ-ラやサニーよりも元々ひと回り余裕のあるボディを持っていたのも幸いし上級指向のフユーザーには一定の注目と評価を得ていました。

何せOILショック以前は軽とこのGファミリア以外ではREを大々的にアピールしてきたマツダ車の中で唯一“レシプロ”専用として売っていましたからね、ガソリン喰い、スポ-ティが昨日までとは180度変わってこれが“罪悪”と言われるマスゴミのネガティブキャンペーンの中、この影響をモロに被り苦しむマツダの一筋の希望だった訳です。

この事から以後充実化が図られより余裕のある1.5Lモデルの追加(後に1.6Lへ格上げ)や大規模なMCなどで商品力を高め77年までの永い寿命を生き10年ぶりにFMCした3代目ファミリアデビューまでマツダの大衆車部門を守り切ったGファミリア、数奇な運命、人(車)生を歩んだモデルとして世間とは逆に忘れられない1台なので堂々10位とさせて頂きました(*^^)v


続いて第9位!!

【三菱初代ランサーA70/140系(1973~1979)】


三菱が本格的に大衆車市場に参戦したのがこの初代ランサー、それまではコルトシリーズで1L前後の排気量モデルも存在しましたが60年初頭の設計で新鋭カローラ/サニーには全く歯が立たず細々とコルト、そして69年発売のコルトギャラン(A50系)の低グレードでこれらと張り合いますがギャランはライバルよりは一段車格は上、値段的にも不利であり73年のこれのFMCで一気に2Lクラスへの格上げに伴い空きの出来た下のクラスにランサーを投入、この頃にはライバルも1Lで始まりながら年々にグレードUPで1200/1400が主流化、ランサーもここにターゲットを据えて本格参戦しました。
しかし菱ヲタをこれほど自認するGureですが初代ランサーはラリーで一世を風靡した1600GSRは別格としてとても好きになれないモデル、70年代になりそれ以前のデザインは無いに等しかった三菱がギャラン、同GTOやFTO、ミニカ70等でデザイン的に大変革を見せ大歓迎していた最中、ランサーは60年代チックのカエルのように飛び出た目玉、何のしゃれっ気もないスタイリングは朴訥で田舎臭くまた60年代の三菱に戻ってしまったかのようでガックリが第一印象でした。

しかしギャラン譲りのパワフルなサターンエンジンやネプチューンエンジン、軽量ボディ、ハンドリングには定評あった三菱らしくシャープなドライブフィール、大衆車として合格であるリーズナブルさと大人4人がしっかり座れる室内と充分なトランクルームはあまりスタイリングに五月蠅い事を言わないこの類のユーザーには概ね好評でカローラ、サニーに次ぐ大衆車第3位の売り上を記録、ラリーばかりが注目された走りのランサーですがそのイメージ戦略は成功し少し腕に覚えのある?玄人ユーザーが選ぶ大衆車としての地位を安定させていました!

排ガス規制の混乱もありこのランサーも6年間ラインナップされましたが最後まで“玄人好み”の味は失わず一定の販売量を確保したのは立派!個人的には数ある三菱車の中でもあまり萌えないモデルですが高度成長期に“三菱車”の拡販に貢献したのは事実なので敬意を表して9位
に挙げました!!


さぁ、8位行ってみましょー!

【ダイハツコンパーノベルリーナF30/40系(1963~1970)】


このモデルは正確に言えば“大衆車”という言葉が産まれる以前、63年に発売した老舗?のファミリーカーでした。
この頃のダイハツはトヨタグループ参入前の独自なる立派なメーカー、50年代は庶民の足として持て囃された軽自動車でしたが60年代になると各高速道路の開通もありましたし何より平均の4人家族で乗るには寸法的に辛い…という不満がチラホラ聴こえ始めた頃、時の通産省から提唱された“国民車構想”を具体化する研究を各社行い一つの着地点として従来の軽よりワンサイズ余裕を持たせ排気量は700~800ccという回答を各社具体化、それがトヨタパブリカ(UP10700cc)、マツダファミリア(初代 800cc)、そしてこのダイハツコンパーノベルリーナ(800cc)でした!

まだまだ貨客兼用車=バンを平日は仕事、週末はレジャーと使い分ける文化がある時代(要は乗用専用なんて“贅沢は敵”の考えが残っていた時代)でしたからパブリカは除きファミリアもコンパーノもこのバン型からスタート、両者ともにこれの売上が順調である事を見極めてセダン版を出してゆきました。

そんなコンパーノベルリーナ(コンパーノだけですとバン/トラックのネーミング、ベルリーナがセダンを表します)パブリカが当初、あまりにも質素過ぎて失敗気味の中でP・ファリナによるモダーンなスタイル、欧州車のように洒落た内装が人気を呼びファミリアとともにマイカーブームの前夜に広く“普通車”というカテゴリーを庶民に提唱した功績は大きくこれらの成功が後のサニー、カローラを産んだと言っても語弊はないでしょう。

マイカー元年の前後にはこれに呼応するべく排気量を1Lにまで拡大、激戦にも敢えて飛び込み2大メーカーの狭間で一定の評価を得たのも立派!創意工夫に溢れ大企業下請け前のダイハツの底力を感じさせるモデルであり現在ではマイナーメーカーではありますがコンパーノベルリーナ、8位は相応しい立位置だと自負します!(^^)!


盛り上がってまいりました(汗)第7位!!

【6代目日産サニーB12型(1985~1990)】


“トラッド・サニー”で有名なこの型、第2世代(FF)サニーの中では在任時期が丁度バブルに向かう好景気の最中でしたので売れまくり街角を走りまわっていました。

65年に“大衆車”の火付け役になった初代B10型サニーから常にライバルのカローラと切磋琢磨、代を追うごとに大型化し豪華にもなり81年の5代目B11からは新世代の大衆車としてライバルに先んじてFF化を断行、残念ながらB11の時代はまだ早過ぎたキライもありまだFRだったライバルの後塵を仰ぐ結果となりましたがFFが浸透した85年のFMCでデビューしたB12は古臭くも日本人には安心して手の出せるオーソドックスなスタイル、幅広い車種展開、マーチ以上ブルーバード(オースター/スタンザ)以下の保守的立位置を忠実に守りながら先進性もアピール、この時期カローラも強かったながら先代B11で水をあけられたシュアを取り戻す実力を発揮し国
内のみならず海外では『セントラ』の名前で全世界に広く普及、個人的にも嫌味がなくクリーンなスタイリングがツボでした!

そんなB12ですからもちろん大衆車に要求される機能は完璧、クーペやワゴン(カリフォルニア)や高性能ツインカムエンジンやDe等も充実していましたがメインである1.3/1.5Lエンジンは万人に何のストレスを感じさせる事なく扱え役割を充分以上に果たしたモデルだと思います。

歴代サニーの中でもTOPクラスの評価を得ているB12、強力ライバルが多く7位としましたがそれ以上の順位でもこれはおかしくないです(*^^)v


どんどん行きます、第6位!!

【2代目マツダファミリアFA3型他(1967~1977)】


コンパーノベルリーナと共に大衆車ブーム第一ラウンドである800ccクラス普及の王者となったファミリアは67年、先代で1LまでスケールUPしましたがこの時のFMCでサイズ拡大と後発サニーカローラに先んじて1.2Lをラインナップ(従来型1Lもアリ)、イタリアンな洒落たスタイルはRrホイルハウスをハーフにしたりボディ一体式バンパーなどデザインにはお遊びながら目新しさも取り入れ幼少だったワタクシ、失礼ながら単なる田舎のイチメーカーとしか認識しかなかったマツダ(当時東洋工業)の作品と知ってかなりの衝撃を受けたのを憶えています。

この後コスモスポーツやルーチェREでその認識は完全に打ち消されましたが初代ファミリア時代はいい悪いは別にして50年代の古臭いフラットデッキスタイルを用いどことなく垢抜けなかった印象があり2代目デビューでは他に類を見ない新しさに目を見張ったモノです。

この型のファミリアはどうしてもハイパォーマンス、身の丈に合わない“ファミリアRE”につい目が行ってしまいますがレシプロの素のファミリアも前述の近代的スタイル、当時の強力ライバルにはない余裕の排気量でこの時代の大衆車に求められるモノ以上の魅力があったと思います!

ただこのファミリアは永く作り過ぎましたね~(+o+)
マツダとういメーカー事情から70年のカペラ、71年にサバンナ/Gファミリアと立て続けに新型車をラインナップした関係上、ファミリアにまで手が廻らなくなり余裕が出たか?と思えた73年にはマツダにとっては地獄のOILショックが到来、70年にサブネームに『プレスト』を付けて大規模MC、73年にはボディ拡大等の手は入れますが既にデビューから73年でも6年を経過、この間にカローラサニーは2度のFMCを断行、三菱からはランサーという新ライバルがデビュー、スバルも1000/ff-1/1300GをレオーネシリーズにFMCして臨戦態勢を整える中、ファミリアは忘れ去られた存在になってゆきます…。

まっ、10位の項で申し上げたようにこれの代役はGファミリアが立派に勤めましたのでファミリアを酷評する気は毛頭ございません、しかし不幸な出来事がなく順調なるFMCでボディ拡大などの小細工ではなく新型ファミリアが出ていたら当時のパニック前のマツダならきっと魅力的なモデルになったろうな~ と妄想します!


☆☆☆~今週のスポットライト!!~☆☆☆
今一歩、惜しくもベストテンに入らなかったモデルはこちら…

【富士重工スバルレオーネ(初代1971~1979)】


前々回のマイナー&変態車“ザ・ベストテン”で堂々8位にランクインした初代レオーネ、今回は惜しくも圏外ですがベスト11は大健闘!!

そちらでも書きましたが決して万人受けではなかったスバル1000/ff-1/1300Gの精神を継続しながら流行も取り入れ何とか特殊?なスバリスト以外にも拡販しようと頑張った富士重、結果これも成功とは言えないモデルになってしまいましたが大メーカーに負けない車型展開や幅広い搭載エンジン、そしてFF先駆のスバルらしくこだわった造りからなる大衆車レベルを超える室内空間と走破性、パイオニアである4駆セダンのラインナップは雪国大衆車の地位を欲しいままにしていましたしね、レガシィ、インプ前の富士重1のメジャーなレオーネ、先代に比較できない知名度を残し実力的には大衆車を超えた大衆車であったと思います!


さぁ、ベストテンに戻ります!今週の第5位!!

【初代トヨタパブリカ800UP20系(1966~1969)】


クラウン、コロナで着々と乗用車市場で存在感を示していた昭和30年代前半のトヨタ、“国民車構想”提唱をチャンスに捉えこれの具体化に着手、その回答がこの初代パブリカであり従来の庶民の足であった軽自動車に代る普及を目指しました。

内容の割には軽とほぼ変わらない廉価さで一気の普及を目論みますが世は高度成長期、せっかく軽を卒業し普通車に乗る層には少しでも立派に見え贅沢さも感じたい、それが当時の庶民の夢だった事から発売直後のパブリカは低価格実現のため無駄な装飾や贅沢装備の一切ないシンプルさが受け入れられず商業的にはパッとしませんでした。

うちにも初期UP10があり幼児ながら憶えているのは水平対向の空冷2気筒エンジンは冬場はクランク棒でないとかからずやっとかかっても白煙モクモクで♪パパパパ~ンとやたら五月蠅くそこらにある軽となんら代りに無い代物って感じでした…。

そんな中、後発のコンパーノベルリーナやファミリアが軽にはない華やかな雰囲気を得てデビュー、人気を得て行くのに慌てたトヨタ、パブリカにまず内外装の充実化を施した“DX”を追加、その後の66年には大幅改良しエンジンを100ccパワーUPしライバルに遜色ない800ccとし基本ボディはそのままながらFrとRrの意匠を大幅に高級感を与えたUP20系にBigマイナーを行いました。
このMCは大成功、見栄も走りも良くなったパブリカは前年発売された元祖大衆車であるサニーをUP20直後に新発売したカローラで挟み打ちする作戦を取りこれが当り1000ccのサニーに“+100ccの余裕”でカローラを訴求、それでも価格的に難を示すユーザーには排気量が小さいのみで装備面では何らカローラサニーに劣らないパブリカを提案、UP10時代には考えられない急激な販売増を実現しました!

大衆車とういう言葉の無い時期に試行錯誤したUP10と大衆車ブームにMCされたUP20、どちらも基本同じクルマなのですがより庶民に訴求力を高めたUP20が5位に相応しいと思います、軽の代替だけでなくあくまで庶民に夢も与える、そんな“大衆車”に合致するのはやはりUP20だと思いますのでこれ限定の順位とします!


いよいよ上位に行きます、第4位!!

【6代目トヨタカローラE90型(1987~1991)】


第2世代No1のサニーがB12ならカローラのそれは間違いなくこの6代目90系だと思います。

90カローラ、従来型カローラの有名な所謂80点主義を返上、クラス最高を目指し開発されただけありその品質、仕上がりはデビュー時、「これがカローラか!」と思わせる程の出来映えで多くのヒトが持っていた“カローラ”に対する概念を変えたモデルでした。
B12とほぼ同時期でやはりバブルに向かう好景気の時代でもあった事もあり上級マークⅡやグレードによってはクラウンをも彷彿させれる豪華さには初代KE10から知るカローラユーザーには驚きのモノ!車型、搭載エンジンやグレードなど全ての面で他社をリード、売れに売れまくり品質の良さを実証するかのように現在でも流通の場には少なくない数が出てきます。

開発資金が潤沢の中で最高のクオリティを与えられた90系、数あるカローラの中でもこれは販売・実力ともNo1だったと感じます。
この頃になると“大衆車”という言葉も風前の灯、ここまで立派になった90カローラには似つかわしくない言葉でもありましたがそれとしての役割は十二分に果たしたのは言うまでもありません!


ベスト3に入ります!今週の第3位!!
【4代目トヨタカローラE70系(1979~1983)】


カローラが続きます^_^;
E90が第2世代の最高のカローラだとしたらFRの第一世代のカローラの中ではコレがNo1だと信じて疑いませんネ!

エンジンの一部や思想には初代KE10から継承する部分も多々ありましたが確実に進化、進歩、もはやこのクラスでFRを採る事が限界であった時代にその古典的レイアウトの中、大衆車として最高の内容を与えられていたと感じます。

ワタクシ、これ売ってましたからね、先代の当時旧態以前としたE30~50系と較べサイズこそ僅かに拡大していますが同じFRレイアウトとしては比較にならないRrの居住性やトランクの積載力には30との圧倒的設計年度の開きを痛感した反面、同じFRでここまで進化するか!と驚愕、スタイルも個人的に好みの直線基調でスッキリと嫌味のない味が好きでしたしね、次期E80型にFMCした時はFF化された80に当然広さの面では敵わないながらも敢えて変える程の恩恵も感じず勿論激戦区ですのでFF化は必須ではありましたがこのクラスのFRセダンの極限をも実現した70、名作だと思います。
90より順位が上なのはワタクシの独断、てか単にワタシがFR世代である事が大きく影響していますネ(^^ゞ


とうとう来ました!第2位!!
【2代目サニーB110型(1970~1973)】


B110サニー、個人的には全てのサニーの中でこれがNo1だと思っています。

B110は軽量、癖がなく素直な特性のドライブ特性、オーソドックスなFR機構、名機と言わしめたOHVとは思えないパフォーマンスを持ちつつ低燃費のA12型エンジンなど数えきれない魅力がつまったクルマ、素性がいい事から競技でも大活躍したので現在ではかつての代表的大衆車としてよりスポーティなクルマ、弄り甲斐のあるクルマ!として持て囃されついついそのスポーツ感性にばかり目が行きがちですが大衆車としてもなかなか秀逸でデビュー時“隣のクルマが小さく見えまぁす”とKE10カローラを揶揄したように当時としてはクラス最高の居住空間を提供、2/4ドアセダンに若者向きクーペ、コマーシャルカーとしてバンとトラック、そして高級指向のエクセレント1400(L14型搭載)もラインナップ、我儘なユーザーのライフスタイル、好みに可能な限り応える努力は激戦区での辛さと日産の頑張りを感じ取れたモノです。

どの車型でもどのエンジンでも万人に難なく扱え何らストレスを与えない出来映えは当然ですがライバルのカローラに較べそれだけではなくドライブする楽しさ、悦びを与えておりカローラよりも退屈さを感じさせずかつ経済性も上回り販売では追い付けずともクルマとして、大衆車としては同時期の20カローラを上回っていたと思っています。

販売力で負けより戦闘力Upの為、僅か3年で次期型にバトンタッチされてしまいそのせいかGXなどのスポ-ツグレードを除き比較的早く市場から消えてしまった感もありますが今となっては勿体無い話ですよね~…(+o+)


さっ、そしてオオトリ!今週のTOPを飾るのは!!

【初代トヨタカローラKE10型(1966~1970)】


大衆車の代名詞であるカローラ、それを名乗ったのはB10サニーが先かこのカローラが先かは論争の分かれるところですが一番その言葉を言われパッと思い浮かぶのはKE10に相違ないでしょう…

軽量ボディと元気な1Lエンジン、シンプルさで一般庶民にアピールしたB10サニーに対しその戦略をじっくり研究、後発のためサニーに欠けていた“豪華イメージ”そしてそれを具体的な形とした1.1Lエンジンの搭載、シンプルなノッチバックセダンのサニーに対しグラマラスなセミファストバックの流麗なスタイルでデビューしたKE10はサニーを圧勝、当時子供ながらに見ていたワタシら世代は小さく、何となく貧相に見えたサニーよりカローラに注目した御同輩、多いと思います。

後年この2車を乗り較べれば100ccの余裕どころか絶対数値は100cc低いサニーの方が走りは上で軽量さと元気なA型エンジンの実力を思い知りましたが当時、見た目で判断する日本人、特に大きく贅沢に憧れた高度成長期でしたのでトヨタの作戦勝ちはアッパレ!だったと思います。

これはパブリカ700での失敗を活かしたトヨタの戦略でカローラ以後410ブルに対するコロナのHT作戦、ローレルに対するマークⅡ、年月が開きますがレパードに対するソアラ等にも展開、60~90年代、いや、現在に於いても独特なトヨタ商法は全てはこのKE10から!!という気がします。

1位という順位、クルマ、大衆車としてサニーが劣っていた訳ではありませんがあの時代、誰でもクルマが持てる、豪華で高性能なクルマが買えるという庶民の夢を実現したという面ではやはりB10はKE10には劣るかな~って感じのレベルですので日産ファンの方、どうぞご勘弁を!
マイカー元年=大衆車の生誕=カローラというイメージ、もちろんそれが“サニー”と思う方もいれば“スバル1000”と思う方もいます(笑)
しかし圧倒的販売台数の優位さが当時のKE10の神的存在は資料として残っていますしね、1位をこれとするのは異存はないかと?考えます<(_ _)>


ランキングは以上です、ここからはいつものように圏外11位~20位をご紹介!
11位:初代スバルレオーネ(1971~1979)
12位:初代B10サニー(1965~1970)
13位:初代ホンダシビック(1972~1979)
14位:2代目E20型カローラ(1970~1975)
15位:スバル1000(1966~1968)
16位:3代目E30/50型カローラ(1974~1979)
17位:初代KP40系スターレットセダン/ダイハツコンソルテセダン(1972~1978)
18位:4代目B310型サニー(1977~1981)
19位:ホンダ1300 77(1968~1972)
20位:初代E10型チェリー(1970~1974)

如何でしたか?毎回〆では書きますがあくまでもこの企画はお遊び、『それは違うだろ?』とか『あれが入ってねーじゃん!!』的な反論もあるでしょうがこれはワタクシの基準、これを読んで皆様も独自なベストテンを楽しんで頂けたらと思います。

今回は当然の成り行き?ですが代名詞になる程にイメージの強いカローラまたはサニー一色って感じになってしまいました^^;

冒頭申し上げたように90年代半ば以降はその“大衆車”という言葉も聴かれなくなりましたのでこの時期からのカローラ、またはサニーを見てもその言葉は浮かばないのですがやはり60~80年代の両車にはこの代名詞がこびりついていますね~。

11位以下はスバルやホンダも入ってきます、KE10カローラと一見似通っていても全然違うスバル1000(~レオーネ)は違った意味での存在感は強かったですしOILショック到来と共に終焉したハイパワーブーム時代では考えられなかった間逆のタイプの初代シビックもこのお題からやや外れる2BOXながら(初期はHBではなかったのでギリOK!?)当時絶大な普及を見せ固定概念があった“大衆車”像の新しい姿を提案されたように感じました。

と言う訳でまたベストテンは思いついたらやります、今度は何だろう?って思いつかなかったらやりませ~~ん(笑)

長文読破、心よりお疲れ様です(^.^)/
Posted at 2016/10/25 17:56:15 | コメント(0) | トラックバック(0) | ザ・ベストテン | クルマ
2014年05月03日 イイね!

保存版・ミニカー(軽自動車)“ザ・ベストテン”

保存版・ミニカー(軽自動車)“ザ・ベストテン” お前、やめるって言ったろ!』
『しつけーし。。。(怒)』
って方はスルー願います(笑)
いやいやぁ、前回の変態車&マイナーで止めたつもりだったんですがね、ヒョイと思いついてしまったのでご勘弁を^_^

そんな訳で復活の!?ザ・ベストテンですが今回はミニカー=“軽自動車”のベストテンなんぞやってみます…。

日本固有の文化である軽自動車、戦争でメタクソになった日本の乗りモノの復興はまずはチャリ、これがバイクになりトラックになり乗用車へと戦後の混乱が緩むと同時にステップアップした日本のモータリゼージョンの中、まず庶民の足となり時には夢となり生活に密着しクルマというものを身近に感じさせ後の自動車大国と言われるようになった原動力は軽自動車であったと言っても過言ではありません!

時には心ない者から『ガマン車』『貧乏車』と蔑まれた軽自動車、高速や山道では邪魔者扱いされ何かと肩身の狭い部分もあり言われなき差別をされながらも庶民の手軽な足として頑張ってきた軽自動車にタマには脚光を浴びさせましょー!(^^)!
維持費が安く燃費も喰わず特に地方では必需品の軽、永きに渡る不景気でも一定以上の売りげを示すこの人気カテゴリーをガメツイ政府は酒、タバコ同様にどうやら狙いを付けたらしく今後は軽自動車にも暗雲垂れこめてますが外圧や国のイジメに負けず頑張って生き抜いて欲しいモノですね!
そんな軽自動車の応援の意味も込めて早速まいりましょう!!

さぁ、今週の!?第10位!!
【富士重工スバル360(1958~1970)】


これをベストテンに入れない訳にはいかんでしょう、スバリストさんに殺されたくないしで^_^;
ってのは冗談!前述の通り戦後の日本の庶民の足を実質的にコイツがほぼ勤めた功績は偉大、雨後のタケノコのように現れた当時の多くの軽自動車でしたが足としてはほどほどどれも務まったにせよ“車”としての機能、快適性を本格的に追及したのはこのスバル360が最初でした。

このクルマは間違いなく日本の名車ですし有名過ぎますので著書やネットでもかなり記事もありますからワタシごときがクドクド書きません、まだまだ貧しく海外の大型車のケツばかりを羨んでいた国内メーカーの中で得意とする航空機技術を自動車にフィートバックし独自の発想と工夫で世に出した富士重の独創性は見事でしたし当時の通産省が提唱した“国民車構想”にはやや外れるも実質的にはその役割を受け持ち58~70年の12年という長寿を誇り今でも愛好家が多いですよね。
現在でも稀にその“てんとう虫”と言われた可愛らしい姿を見かける事もありますしがワタシの幼少の頃はそこらじゅうにコイツが走りまわっており白煙吐いて♪ポポオーンポンポンという姿が何か情けなく感じたモノですが今思えば排ガスがどうの、騒音がどうのなんてやかましい事も言われずイイ時代でした。
もしかしたらスバル360が走りまわっていた時代が一番日本が幸せな時代だったかも…

画像は異端児?だった最終型ヤングSSを使用、ハイパワー競争時代、後発の新鋭ミニの中でさすがの50~60年代前半の王者、てんとう虫も時代の流れに乗らざるを得なかった70年を目前としてある意味一番相応しくない?スポーツモデルのヤングSS、スバル=大人しいのイメージだった幼少時代のこれの発売は結構衝撃でしたので一般のマニアさんがド初期型とか屋根開きとか言う中でワタシ的にはこれが一番印象深いですネ~

続いて第9位!!
【2代目ダイハツムーヴエアロダウンカスタムL900S(1998~2001)】


いきなり新しくなりました(笑)
この9位を見て意外に思われる方もおられるかもしれません、『何故にこんなミーハーなクルマが?Gureらしくない』と…
いえいえ、こう見えて(殆どの方が見てないと思いますが…爆)意外にミーハーなクルマも好きなんですよ、変態変態自分で言ってますからイメージないかもしれませんが(汗)
もちろんクルマによりますがね、ミーハー車にも色々あり真面目に煮詰めた結果が人気車になりミーハー化したものとただ時代に乗っかり大衆、若者(ヤンキー系)迎合し造る時点でミーハー目指したモノ…
当然後者はワタクシとしては好感持てませんし乗ってみても後者はポリシー感じさせませんからね~。

ムーヴは最初の頃は後者のイメージ、この分野では先駆であるワゴンR(これとてホンダステップバンのアイディアパクリだと思いますが)の2番煎じだろ?と印象悪かったのですが長男がひょうんな事からこれ(L600S)に乗る事になり意外に真面目に造られており感心した部分が多くそこからこの類のクルマも結構扱い時に研究したりしました。
当然あらゆるライバルと比較しましたが劣る点は少なくエンジンも歴史あるEFエンジンがメインでこれがなかなかのドライバビリティ、強いて言えばOIL漏れやミッションに弱い部分もありますが背高の割にはしっかり煮詰めた脚廻りで安定性も良くNAであってもそこそこ走る実力は大したモノと大いに感心しますしさすがトヨタグループだけあり室内の質感も貧しさを感じさせません!

9位に上げたL900Sは個人的にスタイルが一番ムーヴの中では好み。
旧規格のL600と比較するとNAだと登坂、A/C使用時には他のライバルに抜きん出ているとは言えないながらも大きくなった利点としてスクエアなデザインも加担し軽とは思えない広さと積載力を実現、相変わらずしなやかな脚廻りは非常に良くできていましたしターボ付でしたら必要充分以上に走りますしね、ホントは長男にはこれ買ってやりたかったのですが予算の関係上旧型としましたのである意味買えなかった思いがこの順位になっている感じですね^_^;
ワゴンRのようにやんちゃな兄チャン、姉チャンが少ないってのも印象がいいかも(笑)

さぁ、8位行ってみましょー!
【4(5)代目三菱ミニカH10系(1984~1989)】


※4(5)代目としたのはこれの先代であるミニカ・アミを1代として数えるとH10は5代目です。
個人的にはアミは3代目ミニカA103/104系のスケールアップ/進化版=ビッグマイナーとして捉えてますのでこの場合は4代目、各文献や専門家の中でも意見は分かれるのででこうした表記にしています。

出ました!菱ヲタらしいモデル(笑)
このミニカ、79年に停滞していた軽自動車市場を一気に活気つけたあの“アルト47万円”が一人勝ちの様相を示していた80年代前半、73年デビューの旧いミニカF4のビッグマイナーで立ち向かう三菱はアルト以降にこれを模倣したミラ・クオーレ、ファミリーレックス同様『ミニカエコノ』なるモデルで応戦しますがスタイル他機構の古さからドンジリ、全く歯が立たずようやく84年に11年ぶりのFMCでデビュー5年になりその神通力も弱まったアルトを全ての面で打ち負かす実力で登場!菱ヲタの溜飲を下げさせてくれたクルマ。
とにかくボンネット型が主流のこの時代にトールボーイのスタイルは驚くべき広さを提供、ようやくFR→FF化したのも大成功でしたしキャンバストップやターボ等も次々にラインナップ、まだ2気筒550cc時代でしたがバルカンエンジンは軽唯一のバランシシャフトでやかましさも感じさせず上級E10系Σの流れを含むお洒落なスタイリングも好感持ちました。
何せ先代が見飽きたF4ベースの古臭いモデルでしたのででね、一気に時代の先端を行くスマートな軽で街中でもかなりアルト他がこれに切り替わり嬉しく感じたモノです。

ただ、スポーツモデルの充実はスズキとダイハツがエキサイトしやや置いてきぼりを喰わされリベンジは次期H20系に持ちこされましがスタイル、空間、そして猫足と言っていいほどのしなやかで粘りもある脚廻りは軽だからと言って手を抜かないいい時代の三菱車を物語っていました!

盛り上がってまいりました(汗)第7位!!
【初代スズキアルトSS30V/SS40V(1979~1984)】


ハイ、8位で触れた『アルト47万円』です(^^)v

御同輩なら恐らく同じ思いがあると思います、それ程コイツのデビューはワタシら世代にとってはエポックメーキング的でした。
初めての軽の規格改正から5年、360→550cc(暫定500ccを挟む)になった事から大きくなった事をいいことに?普通車に並べ!追い越せ!と各メーカーが必死になり安さが命だったかつてのサブロク(360cc)の精神を置き忘れ確かに室内装備、装飾は上級小型1Lクラスにも負けない造りにはなっていましたがその代償として価格も小型車に負けない位まで上昇、しかし装備はそれでも所詮は550cc、走らせれば小型車の敵にはなり得ずかと言って購入価格が高過ぎて維持費のメリットを考えても走れる?小型車を買うユーザーが圧倒的となりアルト前夜は軽自動車界にとっては冬の時代だった訳です。
そんな折、スズキは軽自動車の本来のあり方を再度見つめ直しまた税制(消費税導入前の4ナンバーバンでは物品税がかからず非常に安価に購入できた)の盲点をつき実際の使用は乗用車ながら登録を4ナンバー貨物とした事で“47万円”という低価格を実現、初めて見た時はラジオはもちろん室内カーペットすら廃されワイパーウォッシャーもエア式、全てに於いて合理的にパッケージングされたアルトは衝撃でした。

普通このような廉価版を見ると貧しさが滲み出てきていて哀しくなるもんですがアルトに関しては『スズキ、よくやった!」と膝叩きました(嘘…笑)
そう、豪華にデカくなりトロイ軽4を見慣れていた世代にとってアルトは『そうだよな、軽自動車はこれでいいんだよねー』と心から思わせてくれたクルマでした。
乗ってみても1人2人で乗る分には不自由はなし、5ナンバーで同じボディ(但し4ドアガラスハッチ)のフロンテも用意されていましたがフロンテに限らず元々軽4に大人4人が乗るって現実がそうはないライフスタイルが圧倒的でしたしね、かえって割り切ったバンというボディはセカンドカー、買物車として主婦には使い易かったのもアルトの勝因でやはり女を味方に付ければ強いですな(笑)
またスズキが頑なに守った2st3気筒エンジンのみのラインナップも成功(初期のみ)、2stのパワーと何もない装飾のお陰でアルトはストレスなく走りましたしその身軽さ、軽快感は“ガマン車”どころかあえて乗りたいクルマでもありましたね~。

デビュー後から街角の軽は全てこれに塗り替えられたか?くらいの勢いでアルトは増殖、増えれば贅沢にもなり最初はモノグレードだったところにバリェーションが増え、ATや何故か?デジタルメーター車等も追加、4WDや時代の要請から4stモデルの設定等どんどんアルトらしさは弱まりましたがアルト、特に2stの何もない初期型は軽でも贅沢ボケしていた庶民の目を覚まさせてくれた名作だと今でも信じて疑いません!

どんどん行きます、第6位!!
【L38型ダイハツフェローMAX HT(1971~1976)】


懐かしいですね、フェローMAX!!
近年これをモチーフしたフェローの付かない“MAX”なんてのもラインナップされましたので若い方でも馴染みのあるネーミングだとは思いますが元祖は“フェロー”というダイハツ初の軽乗用なんです!
その元祖であるフェロー、スバルやホンダ、三菱が着々と軽自動車メーカーとしての足場を固める中、最も後発の軽4でしてFR機構、小型セダン並の3BOX、豪華な印象を全面に押し出しましたが先発の知名度高いライバルの前では常に地味で商業的にはパッとしないモデルでした。
そんなフェローのFMC版がコレ、フェローMAX!やがてこれがMAXクオーレ→クオーレ/ミラ・クオーレ→ミラとなってゆく出世魚でして伝統あるダイハツ軽なのです。

70年にデビューしたフェローMAXはちょうど世はOILショック前、排ガス規制前の浮かれた“ハイパワー競争”時代でしたのでスタイリングは地味なフェローとは異なりウェッジの効いたイケイケ仕様、ロングノーズで流行のサンダーウェーブライン、全高も低く抑え普通車市場で人気のこの形態を厳しい軽規格の中で実現していました。
当初はセダン(と言っても2BOX)のみでしたが71年にライバル他車のスーパーミニ群=軽スペシャリティ(スズキフロンテクーペ、ホンダZ、ミニカスキッパー)に対抗する“HT”を設定、これには子供心にブったまげ後年乗ってみて更にたまげました(爆)
あのサブロクの小さなボディでサッシュレス、フルオープンウィンドウを実現したのは当時フェローMAXのみ!ホンダや三菱、スズキは全てサイドウィンドウは固定式のクーペスタイルでしたしたから(ホンダZのみ72年からHT化)そのスタイリッシュさには驚きました。
普通車市場でも花形だったHTボディをサブロク軽でやり遂げたダイハツ、前作がジリ貧でしたし親に制約を受けない軽自動車の分野ではやりたい放題のイメージすらありましたね(笑)
その精神は後年まで続き98年の2代目オプティ(L800系)でも当時流行りの4HTまでラインアップした時はもう『ダイハツ、そこまでやるか!』と大笑でした~。
まっ、オプティはともかくあの時代に果敢に2HTをラインアップしたダイハツには拍手、“解放感”が売りのHTですがこれのHTはとにかく天井が頭つかえる程の窮屈さで例えフループンにしても解放感など全く味わえませんでした(笑)

また、重ねてSSなど上級スポーツモデルには当時の軽最高psのL/100psを超える40psという驚きの出力を与えた事も必見でした!
ホンダ36ps、スズキ37ps、三菱38psとエスカレートするパワー競争の中、大台を超えたダイハツのフェローリベンジ魂を強く感じさせましたしね、例えドライバーに絶えずギアチェンジを要求、低速トルクはスカスカで発進ですらかなりの高回転でミートしないとすぐエンスト、とても実用に耐えるエンジンではなかった(誤解なきように…これはホンダの4stは別として2stだったスズキ、三菱も同様)としても軽で40ps!!はスポ車好きクソガキには充分訴えるモノがありました(笑)
尚、HTに限定したのは前述の理由からでセダンモデルは大きな特徴もなく個人的にあまり好きなデザインではなかったのもあります(但しセダンでも40psは存在していました!)

☆☆☆~今週のスポットライト!!~☆☆☆

今一歩、惜しくもベストテンに入らなかったモデルはこちら…
【初代スズキジムニーLJ10/20/SJ30型(1970~1981)】


軽オフロードの先駆であるジムニー!
後年我が三菱もパジェロミニで対抗しますがこれには敵わなかった!!

ジムニー、降雪地帯では絶対的な強さを持つのは誰しも認めるところですしいくらクロカン.オフ車に興味ないワタクシもこれはベスト11ながら入れない訳いかんでしょう^_^;

かつての4駆と言えばジープ(米ウィリス)が当たり前、これのパテントを買った三菱が永年普通車市場の4駆としてこれで君臨、日本で“ジープ”と言えば三菱の事でしたがこのパテントに抵触しない軽自動車の分野でこれを実現したスズキは軽クロカンの先駆として広く認められていますよね!

固定ファン、熱狂的マニアや愛好家も多くあまりこの類のモデルには興味ないワタシですら現在降雪地帯で暮らす事が多くジムニーを仕事で触るといいな~と感じます。
まずはやはり維持費が安く気軽に乗れる点がこのクルマの最大の魅力、とかく普通車のクロカンはデカくて扱いにくく駐車スペースすら確保に苦労しますしね、なにより街乗りでは大袈裟過ぎる…
その点ジムニーはサイズは当然軽(一部普通登録もあり)ですから女性でも扱い易いながら走破性は上級クロカンに負けない実力がありますし一度ハマッたら抜けれない魅力があると感じます。

個人的にどの代のジムニーも嫌いではないですがやはり幼少期に観た『太陽にほえろ!』で新人刑事、マカロニ(萩原健一氏)が出勤初日に颯爽と乗って現れた初代ジムニーが一番好み、この頃はFrスクリーンも寝かせれましたし(現在は法規で不可)本当のフルオープン!出で立ちもジープをそのまま小さくしたような迫力はとても軽とは思えない堂々さがあったと思います。
未だにジムニー=マカロニの印象がパッと浮かぶ世代、それほど若き日のショーケンとジムニーはカッコ良かった!!

さぁ、ベストテンに戻ります!今週の第5位!!
【3代目三菱ミニカ70~73、スキッパー、5及び55バンA100/A100V系(1969~1981)】

↑ミニカ70(A100)



↑ミニカスキッパー(A101C)


↑ミニカ55バン(J-A106V)

この型、2代目ミニカですが新星三菱、つまりは重工から独立して“三菱自動車”発足とほぼ同じ(実際には1年前)ニデビュー、上級の普通車、コルト→コルトギャランがそうであったように先代までの頑丈だがデザインは無いに等しく田舎臭いのが三菱車というイメージをギャランと共にガラリと塗り替えたのがコレでした!

このミニカはイヤーモデルを採用(バンとスキッパーを除く)、初期69~70年モデルを『ミニカ70』、中期70~71年モデルを『ミニカ71』、71~73年後期最終モデルを『ミニカ73』と称していました。

メインのセダンは今では当たり前な軽初のHBを採用、サイズの規制からスバルやホンダが2BOX、そして先代LA系ミニカやダイハツフェロー、スズキフロンテ(LC10)は3BOXセダンを採用する中でのスペース効率、多用途な使い勝手を訴求した2代目ミニカはこれがウけ当時の人気車、ホンダNに迫る人気、販売を記録、ハイパワーブームの中“ミニGTO”と言われたファストバッククーペのスキッパーも72年からラインナップ、セダン系のGSSとスキッパーGTには当時最高psだった38psという驚異的パワーで世間をアッと言わせたモノです。
何せホンダがN360TSやホンダZ GT/GS等で36psを発生、まだFFに慣れていない一般大衆からはその特性の上に大パワーという事で“危険”とまで言われていた中、馴染みのあるFR機構でホンダにはない素直な操縦性はFRが当たり前だった普通車から乗り換えても違和感なく操れるドライブ感覚が好評でした。
それとて2stのピーキーな2G10型ツインキャブは決して扱い易いモノではなかったですがフェローMAXの40psが出現するまでは軽最速モデルとしてスポーティ・ミニカとして注目されていましたねー…

スクエアで嫌味の無いデザインはセダン、クーペ(スキッパー)、バン、どれも洒落たイメージはギャラン譲り、特にスキッパーは日本初のRrスクープウィンドウを採用してサイズの制約が厳しい軽自動車で見事なクーペスタイルを演出、GTOに夢中だったワタクシですから当然虜でした(笑)

このミニカは74年に3代目ミニカF4にFMCしますがバンのみは遠々と造られ81年まで生存、従ってワタクシがクルマ乗り始めの頃は何と新車で買えたんです!(ミニカ55バン)
後に中古に携わるようになってもまだ80年代後半まではこのバンはゴロゴロしておりサブロクのままのボディ(バンパーは新規格に合わせて大型化)、バンモデルのため排ガス規制が緩くサブロクサイズに550ccエンジン(500ccのミニカ5バンもあり)にその頃軽ででは絶滅した後輪駆動というのが大変おもしろくワタシもタダ同然で下取ったこれを一時的に遊びクルマで持っていた事もあるので想い出深いです。
バン故に軽いボディ、FR、そして分不相応な?大排気量(笑)によるトルクフルはサブロク時代より実用域では速く非常に楽しいクルマでしたねー、周りからは「ボロバン」と笑われましたがソイツに一度乗せると“欲しい”と言わせる程オモロイ車でした!

いよいよ上位に行きます、第4位!!
【富士重工スバルヴィヴィオKK/KW/KY型(1992~1998)】


スバル360以降のR-2、レックスがライバルの台頭と軽自動車メーカーとしての意地にかけるスズキとダイハツの狭間で富士重は根強いスバリスト以外には苦戦を強いられいましたしやはりスバリストではない一般人のGure、スバルの軽は普通車レオーネ同様に革新的なのは理解できてもどうも敷居が高く独特なアクの強いデザインも苦手でしたがヴィヴィオは良かった!

レガシイ~インプレッサでデザイン的に“新星スバル”となったこの頃、ヴィヴィオもそれに漏れずとっつき易いデザインで登場、しかし中身はスバルらしく革新魂も溢れ更にラリーイメージで人気のインプレッサを彷彿させるスポーツモデルは軽とは思えない完成度とカッコ良さ、壊れるイメージがこのクルマでこびりついたCVT搭載車が多いですがMTのRX-Rなどはさすが競技でも鳴らしたモデルだけありそのドライバビリティは“マシン”そのもの!
速い軽スポーツは他にいくらでもありましたがヴィヴィオはトータルバランスが優れバブル期設計の恩恵でシャーシもしっかり真面目に煮詰められておりこの手のモデルにありがちな“危険”イメージが皆無で振り回せました!
一方のファミリーモデルも嫌味の無い素直なデザインはとてもお洒落で以前の富士重にはなかった~女の子が乗っても似合う軽自動車~って感じが好きでしたねー。

ヴィヴィオは軽ボンネット型の衰退で残念ながら1代限りのモデルでしたが真に不躾ながらスバルというメーカーに興味を持てなかったワタシをてんとう虫360を含む永いスバルの軽で始めて振り向かせたモデルでありこれをきっかけに大嫌いだったサンバーを見直したりとワタシの中ではレガシィよりもインプよりも富士重というメーカーの底力を見せつけた、そんなモデルでした!

ベスト3に入ります!今週の第3位!!
【6(5)代目三菱ミニカH20系(1989~1993)】


スンマヘン、現コレクション車輛でんがな(何故か関西弁…笑)
いやー、このH20系は歴代ミニカの中では一番惚れてます!

愛して止まないE30系ギャラン同一アイデンティであるうねるデザインは現役時代はギャランもそうでしたが決して好きではなかったのですが時が経つにつれその独特な輝きを示す出で立ちに魅せられてから早?年、都合2台を乗り継ぐ程好きなモデルです。
意味のない!?バブルに任せた高性能5バルブエンジン(3G81/3G83)なんてカットモデルを見るとまるで腕時計さながらの精密さ、これを見るとH10時代にスズキとダイハツに置いてゆかれたスポーツモデルのリベンジ魂、三菱の意地をも感じますしたかが軽にコストはかかるが恩恵はあまり感じない5バルブDOHCを造るというバカバカしくも夢を与えてくれた旧き良き三菱に万歳!って感じです(笑)

ファミリーモデルでもH10系から継承するトールボーイによる広大な車室空間はボンネット型としてはこれを上回るモデルはなく三本さんも泣いて喜ぶ拳3個位はラクに入る頭上の余裕は旧規格なのでさすがに横幅は足りないですが当時は“これで軽?”と感激したものでした。
そして更には後~現代の軽ワゴンブームの先駆となるトッポのデビューもこの代から。
後年独立しトッポとなりますがこの代及び次期H30系は『ミニカトッポ』と呼ばれ個人的には何だかオモチャみたいで好きではなかったですが使い勝手は良く花屋さんや弁当屋さん等の小規模商店の洒落た配送車としても活躍、高さだけは厳しい制約がないのでそれこそトッポは三本さんが泡吹く拳10個位は余裕でした(爆)
しかしやはりH20系では『ダンガン』に触れない訳にはいかんでしょう…
ミラXX、アルトワークスの対抗馬で前述の5バルブエンジンにI/Cターボを装着しバカっ速の鬼っ子モデル、ダンガンではやや脚廻りが頼りなく車高もあるのでロール大が気に入らずまた三菱らしく重量もあるので発進加速はワークスには譲りましたが一方その重さが高速走行では抜群の安定性を示しメカニカルノイズも高めながらDOHCらしい心地よいサウンドはこれに乗る時、音楽も何もいらない!と思える程イイ音がしますヨ。
三菱の一番イイ時代のH20系ミニカ、“ハンパだったら”ここまで好きにはならなかったですね(笑)

とうとう来ました!第2位!!
【ホンダN360 N360E型(1967~1972)】


50~60年代、『国民車』とまで言われたスバル360を一気に駆墜したスバリストには憎っきベビーギャングがこのクルマ、ホンダN360!!

現在シュア2位誇るホンダですが4輪車メーカーとしては最も後発でして本格的に量産モデルとして4輪車界にデビューしたのがこのN360(通称Nコロ)でした。
ワタシも過去ブログでこのクルマには数回触れその度に書いてきましたが亡親父も、そしてワタシも若い頃遊びクルマとして短期間ですが保有していたので思い出深いクルマ、つい最近これをモチーフした『N-ONE』なるモデルを出しミニバンメーカーに成り下がっていたホンダの久しぶりにヤル気を感じさせてくれたのは非常に嬉しくかつこのNコロにもこれを機会に脚光浴びたのも感激でした。

とにかくNコロは工夫の塊でして50年近く前、まだ技術も未成熟だった時代に本田宗一郎氏のアイディアと理想を実現、いちいちはその斬新さ、先見性は書ききれませんがライバル他車を一気に撃沈する魅力は間違いなくあったクルマです!
「ミニ(クーパー)のぱくり」とか「未成熟なFFなので危険」と裁判沙汰にまでなったNコロですが60年代の野暮ったい、それこそ“ガマン車”ばかりだった時代に颯爽と現れた衝撃は三つ子の魂百ではないですが今でも鮮明に憶えています、それほどNの出現は日本の自動車の歴史上欠く事のできない“名車”だとこのクルマを少しでも乗った事がある方なら誰しも思うのではないかな?まだまだ在野精神溢れ骨のある時代のホンダ車、数あるモデルの中でこれを上回るホンダ名車はないでしょう…

さっ、そしてオオトリ!今週のTOPを飾るのは!!
【スズキフロンテクーペ&初代セルボLC10W型&SS20型(1971~1976&1977~1982)】

↑フロンテクーペLC10W


↑初代セルボSS20型

出ました!“和製カウンタック”ことフロンテクーペ/初代セルボ!
これは素直にカッコイイ!さすが原案が鬼才、Jアローだけあります、この小さなボデイに完璧なスタイリッシュクーペを実現、ロングノーズ&ショートデッキ、地を這う車高と上級スポーツカーにも負けない美しいスタイリングは後年の軽スポーツ、カプチーノやAZ-1/CARAのように思わずギャグか!と突っ込みを入れたくなるようなオチャラケさもなく(あくまで個人的見解)純粋にただただカッケー!と惚れるスタイリングが全てでしょう…
“地を這う”は言葉通り、RrエンジンRrドライブと言ったドライブ形式もありますがこれの運転感覚はまるでゴーカート!
低い目線の運転席から眺める景色は実速以上のスピード感、スリルを味わえましたしRrエンジンによる独特なRrヘビー感からなる後ろから押されるような感覚はFrが軽い分ステアリング感覚もシャープさが増しスタイル同様に挑戦的気持ちになったモノです。

サブロク時代がフロンテクーペ、新規格改正550cc版がセルボとなりますがセルボは排ガス規制もありエンジン特性はクーペ時代のピーキーさはなくなり至って扱い易い乗り味で乗り手を選ぶクーペと較べるとかなりマイルドになりましたがそれでもクーペ時代同様にスズキの意地で載せた2st3発の味わいは健在でしたし新規格となり他社が続々と軽スポーツの分野から撤退してゆく中、最後までそのスポーツ魂を消さず“軽No1”を自負するスズキの根性に魅せられましたねー。
Rrエンジンによる積載&格納スペースの不足や幼児以外は使い物にならないRrシート等、“クルマ”としての機能はやや欠けるもこの時代の唯一の本格的軽スポーツ、これはセルボだけでなくクーペ時代は元々2シーターで設計されホンダや三菱、ダイハツのようなセダン系にちょっと手を加えるという容易な手法ではなく真面目に名前はフロンテながらそれとは一線を画し“スポーツカー”として設計された経緯があるだけに実用性が低い点もむしろこのクルマには長所だったように感じます。

後年ビートや前述の軽スポーツ、近年のコペン等魅力ある軽自動車は度々出現していますがこれらの元祖的存在のフロンテクーペ&初代セルボはまだまだ“ガマン車”“貧乏車”の認識が根強かった70年代の軽自動車の姿に一石を投じた姿は非常にカッコ良くかつスズキというメーカーの軽にかける本気度を見せつけてくれました。

フロンテクーペでハイパワーブームの先陣を走りそれが衰退してゆく中でもTOPランラナーとしてその夢を与え続けてくれたセルボ、これらがワタクシの中では今も変わらずNp1に相応しい軽自動車です(*^^)v

ランキングは以上です、ここからはいつものように圏外11位~20位をご紹介!

11位:初代スズキジムニー(1970~1981)
12位:ホンダビート(1991~1996)
13ダ:ホンダライフステップバン(1972~1974)
14位:初代/2代目三菱ekワゴン(2001~2013)
15位:オートザム(マツダ)AZ-1/スズキCARA(1992~1995)
16位:初代ホンダZ(1970~1974)
17位:バモスホンダ(1970~1973)
18位:初代スズキワゴンR(1993~1998)
19位:ダイハツリーザスパイダー(1991~1993)
20位:マツダポーターキャブ(1969~1989)

如何でしたか?毎回〆では書きますがあくまでもこの企画はお遊び、『それは違うだろ?』とか『あれが入ってねーじゃん!!』的な反論もあるでしょうがこれはワタクシの基準、これを読んで皆様も独自なベストテンを楽しんで頂けたらと思います。
今回は乗用、商用を分けずに決めました、軽の場合はアルトの項で記しましたようにそれで分けるのが難しい部分もあり一時期は4ナンバーがメインの時代もありましたからね。
しかし分けないと軽トラや軽箱も入るので悩みましたが、まぁ、ポーターキャブがワタクシの中では実質No1軽トラとなり30、40位以降には続々とこれらが入ってくるでしょう(笑)
しかし20位以降はビートを除き70年代のホンダが目立ちます。
Nコロの大成功で乗りに乗っていた時期、名作も多いが迷作も目立ったホンダ勢、オモロイ時代でした。
そしてスズキと競るダイハツ、伝統あるスバルがこうして見ると少ない、、スバルは本編で記載した通りどうしてもアクの強さで好きになれずダイハツはスズキに較べると野暮ったい印象なんですよねー…
特別に今回は30位台もチラッと簡単に書きますが三菱ブラボー、同パジェロミニ、スバルサンバー、ホンダTN360~アクティ、スズキマイティボーイ、マツダ2代目キャロル、スズキフロンテハッチ、マツダR360クーペ、マツダ初代キャロル、ダイハツ2代目ミラとなります…。

と言う訳でまたベストテンは思いついたらやるかもしれません、不定期企画という事で宜しくお願いします(^.^)/

長文読破、心よりお疲れ様です!
Posted at 2017/12/09 13:19:05 | コメント(0) | トラックバック(0) | ザ・ベストテン | クルマ
2014年04月25日 イイね!

保存版・2HT“ザ・ベストテン”

保存版・2HT“ザ・ベストテン”
以前から暖めて?いた2HTベストテン、やってみたいと思います(^^ゞ

ところでHT(ハードトップ)の定義ってご存知ですよね?
「そんな事お前如きにエラそうに語られたくないわい!」とお怒りの貴兄、まぁまぁ、ここは抑えて×2!!
うちの息子らもそうなんですが結構若い世代って話してみると意外に知らなかったりするのでおさらいの意味も含んで…

HT、元々はオープンカーモデルの用語でこれのルーフが幌か鉄板かにより使い分けられていた名称、幌=軟らかい=ソウトトップ、鉄=固い=ハードトップとなる訳ですねー…
日本でHTというと一部オープンカー(ホンダSやフェアレディSP/SR、近年ではロードスター)が“本来の意味”で使っていますが我が国初は1965年にトヨタがコロナ(RT40/50系)で採用、2ドアと言えばこの時代は2ドアセダンが当たり前の時にセンターピラーを取り去り左右ドアもサッシュレスとし後席のサイドウィンドウも前席同様に巻き上げ式にし前後窓全開時にはまるでオープンカーがハードトップを付けた姿!という理由からコロナがHTを名乗っています。

↓日本で初めて“ハードトップ”を名乗った65年発売のコロナHT


スポーティな外観にまだクーラーやエアコンの普及前でしたので後席までがフルオープンできるコロナ式?HTは大流行、次々と各社、各車がこの車型を取り入れ60~80年代中頃までは殆どの人気車にはこれがラインナップされていました。

ピーク時は軽自動車からフルサイズ(当時として)の高級車までこれをラインナップ、ワタシの幼少期~青年期ではクーペと並ぶ人気車型でしたしね、ピラーがないのでボディ剛性は悪く80年代後半になるとエアコンの普及でフルオープンする機会のなくなった事、乗降性の問題で後発の4ドアHTに人気が推移した点、そしてやはりボディサイド側面衝突時の危険度など様々な要因が絡み廃れてしまったモノです…。

確かに安全上問題あるのは認めますし古くなってドアやウィンドウ部のウェザーストリップの劣化が起こると風切り音の増加、雨漏りの問題がセダンやクーペに較べて高い確率で起こりましたしね、ワタシも若き日のDラー営業時代に随分このタイプを下取りましたが前述の不具合が発生してる固体、多かったです。

まぁ、現代の技術で仮に2HTを造ったら耐久性も安全性も当時のモノとは格段に立派なモノとなるでしょうがこの時代、まだまだボディ剛性なんてのは二の次三の次って感じでしたからねー、見栄えが良ければそれでいい、何とも大らかな時代でしたよねー…

そんな事言いながらワタクシ実はこの2HTの大ファン、色んなメンドい事は抜きにスタイルだけ純粋に見たら2HTに勝るカッコ良さはナイ!と断言できる程大好きなんです!!

いけねー、また前置き長げーし^^;

では2HT“ザ・ベストテン”、やってみたいと思います!

※このベストテンは単にワタクシの独断でスタイリングを主として集計しました。
また車名を○○・ハードトップと名乗っておらずとも車体の形態が上記コロナHTで解説した定義?に当てはまるモデルを含んでいます、当然ですが4HTや4ドアピラードHTは含みません。
例によって輸入車は含ません、単にワタシの好みで順位付けましたのでご了承願います。
一部過去ベストテンブログで取り上げた車種と被る部分がありこれについては詳細を割愛またはそちらから一部コピペさせて頂いていますのでご了承下さい。

さぁ、今週の!?第10位!!

【初代トヨタチェイサーHT2000SGS、SGツーリング後期型 MX41型(1978~1980)】


侍チェイサー、草刈チェイサーですね(笑)

77年に3代目マークⅡのヤングバージョンとして双子デビューした初代チェイサー、ベースのマークⅡが当時でもレトロ調のデザインで落ち着きのハイオーナーカーとしての立場を鮮明とし先代までにあったスポーティ度はほぼ払拭されました。
そこでそのスポーティ=若向き版としてこのチェイサーがラインナップした訳ですね!

チェイサーにもマークⅡ同様にセダン/HTが設定されますがスタイリング的にセダンはマークⅡが高級車然とし如何にもって感じがウケましたがHTに関しては個人的にはマークⅡはその落ち着きと2HTというイメージがどうも合わなくて圧倒的に若向き意匠であったチェイサーが好きでしたねー…
77年にデビューしながらもその1年後には76年デビューのため定期?MCのマークⅡに合わせてこちらもMCされ後期型となりますがこの時から後続モデル(X70/X90)でも採用された格子状グリルがチェイサーのシンボルとして初登場、この顔の2HTはかなり惹かれました!

友人がこれ(SGツーリング)のワインレッドを購入、ややシャコタンにしてRrを八の字切らせワークエキィップを履かせ見せに来た時は思わずウットリ!美しいワインにチョイ悪なカスタマイズをされたMX41のHTのカッチョ良さは今も瞼に残っています。

順位、10位としたのは限定グレードでのお気に入りである事、これもモロ排ガス規制の被害車で見るのはいいですが乗ると萎えるダルさ、限定したグレードはハーダーサスを備えたシリーズNo1のスポーティグレードのSGSと豪華装備の最高峰、SGツーリング、これはトロい40チェイサーでもM-EU型125psを搭載、これでもキツいのですがその出で立ちで許せるかな!?って感じ、コレ以下のM-Uや21R-U、13T-U搭載モデルはとてもじゃないですが非力でその名前が泣く位のレベルでしたので番外とさせてもらいました(+_+)

続いて第9位!!

【4代目日産ブルーバードU HT2000GT/GT-X 610型(1973 ~1976)】


前回の 4枚“ザ・ベストテン”ではセダンが8位になりましたがHTは9位という結果、やはり箱好きのGure、サメブルはこの迫力ある顔にセダンという意外性?がツボでした…。

しかしHTでも全然OK(節操ないヤツ…笑)、当時巷では610ブルUってスタイリングが主な要因で不人気、何せ前任が名車と呼ばれる510ですからこれと比較し肥大化したボディ、独特なサイドウィンドウデザインのJラインが不評でしたがワタクシは結構このデザイン好きでした。
視界はこれのおかげで穴蔵でしたがケンメリHTや710バイオレットHTよりはマシ、後年免許取ってこれ乗るまではスタイル優先のワタシには無問題でした(笑)

元々ショ-トノーズでデビューしたブルU、サメが73年にラインアップされその迫力に虜になった次第です。
しかしかつて必ず人気車にはラインナップされたHTですからね、さすがのサメブルもこの順位でした~(-。-)y-

さぁ、8位行ってみましょー

【初代三菱ギャランΛA120/130系(1976 ~1980)】


これも過去ベストテン(1度やってみたい企画!!) にてセダンのΣと共に11位にランクしていますが今回はHTがお題ですからね、単独で堂々8位です!

そちらでも書きましたがΛは全てがそのスタイリング、国産初の角目4灯、1本バーテアリング、ロールバーリアルーフ、アップアラウンドRrウィンドゥetcと話題に事欠かないΛ、個人的には敬愛するギャランGTOを引っ込めて出した(つまり後釜)でしたので若干イラっときた部分もありましたがこのクルマの成功、Σと併せてですが三菱を当時No3メーカーにする程の人気と売り上げを達成した事は大いに評価したないなと。。。

アメリカンで思い切ったド派手な出で立ちは素直にカッコ良かったですがねー、いかんせんΣΛとも排ガス規制直後のモデルだけあり1600と2000がラインナップされますが全て旧ギャラン、同GTOからの流用エンジン(4G32→G32B/4G52→G52B、Σのみ1850の4G51もあり)だったのですがこれらより車重が極端に増えドライバビリティは決して褒められたモノではなかったですしね、GSRはそれでもツインキャブ(但し51年規制モデルのみ、78年には廃盤)搭載でしたので2Lとしては及第点でしたがライバルがほぼ6発の中で4気筒モデルのみっていうのも苦しく魅力を若干スポイルしていた気がします。

そんな理由で今回は8位という結果!!

盛り上がってまいりました(汗)第7位!!

【6代目日産スカイラインHT RS/GT系 R30型(1981~1985)】


はい、こちらもこれも過去ベストテン “1度やってみたい企画!!”で同じく7位に入れたモデル、理由はそちらから一部コピペにて(汗)

~出ましたR30!! あっ、若い方々は西部警察でファンになった方も多いと思いますがワタシ的には西部警察の前番組、大都会シリーズが好みなので西部~の影響は皆無、純粋に個人的に好きな4気筒が主役となる珍しいスカイラインである事、無敵の出で立ち、スカイラインに乗っているという満足感からファンでした。~

やはりハコスカ以来長い事L20が主役を張ってきたスカイラインでFJ20 16VDOHCがメインとなった稀に見る珍しい代、HTはハコ、ケンメリ、ジャパンのイメージを忠実に継承しながら新時代=80年代としてのスカイラインらしさをプラスし“スカイライン”としてのオーラ、盤石でしたねー!
個人的には後期鉄仮面よりも画像の3本グリルまたはハニカム調のGT系が好み、まぁ、鉄仮面も今見れば見慣れたせいもあり悪くないですが当時は個性的過ぎて苦手でした。

R30HTは4代に渡ったスカイラインの最後の2HTとしての特別な感慨もありここにランクインとさせて頂きました!

どんどん行きます、第6位!!

【初代トヨタカリーナHT A10系(1972~1975)】


“足のいいヤツ”の初代ですネ~!
これは当時絶大な人気を誇っていた初代ダルマセリカよりも個人的には萌えました!!

セリカも確かに良かったのですがねー、カリーナに較べグラマラスで丸っこいスタイルが女性的な部分が若干好みには合わずキッチリとボクシーで男性的だったカリーナHTのデザインの方が好みでした。

初代カリーナは70年にセリカと同時デビュー、当初は“セリカのセダン版”との位置付けから2/4セダンのみのラインナップでしたので当時のブラボーコロナや20カローラのデザインのいいとこ取りしたようなセダンにはあまり興味なかったのですがこれを基本としたHTのデザイン、セダンのサンダーウェーブラインと独特な窪んだテールランプが非常にキまっていて惚れました。

セリカ程派手ではないがセダンやコロナHTのような地味さもない、この微妙な立ち位置がGood!!
それでもしっかりと2T-Gや18R-GなどのDOHC高性能モデルも設定されており(これはセダンにもありましたが…)走りでは当時1級品でしたからね、後年友人がHTのSRを買いましたし下取りなどで数種乗ったカリーナ、CMで誇示するほどの足の良さはさほど感じずハンドリングも70年代の乗り味ですのでこれを上回るスポーツモデルは数多くあったと思いますが何故かカリーナHTには独特な存在感を持ってました。

その一つはまたドラマの話で恐縮ですがワタシ世代は幼少~青春期には欠かさず観ていた刑事ドラマの金字塔『太陽にほえろ!』の影響があるかもしれません(笑)
初期の太陽~、ジーパンからテキサス刑事の頃にこのカリーナHTが活躍、よく殿下が乗っていた印象があり殿下、好きでしたのでねー、彼の操るカーキ色のHT1600GTが非常にカッコ良かったです。
後年殿下殉職時に乗っていたTT130コロナが“殿下コロナ”と太陽ファンからか?命名されたようですがさしずめこのカリーナHTを見ると“殿下カリーナ”とワタシは思ってしまします^^;

↓この色のHTは正に殿下イメージ(画像は1600STなので劇中使用の1600GTとは若干異なります)


尚、初代カリーナは75年に排ガス規制適合と同時にBigMCが行われ所謂“BIGカリーナ”となっておりトレッドや全長が拡大、インパネも新デザインになり型式をA30系とし出で立ちそのものはより現代的、豪華なイメージとなりますがご想像の通り何せTTCは何とか生き残ったDOHC(2L 18R-GU)も含めてとても未対策時代の機敏なカリーナの走りは皆無、これも乗ると腹が立つ程の悲惨さがありましたので6位は75年までの未対策モデルに限定します、特にこの範疇であればグレードには拘りません、未対策モデルはベースの1.4Lはややダルいながら1.6LのT型ならばシングルキャブOHVでも必要充分な走りをしていましたし…。


☆☆☆~今週のスポットライト!!~☆☆☆

今一歩、惜しくもベストテンに入らなかったモデルはこちら…

【初代トヨタコロナマークⅡ HT1900GSSRT72型(1969~1972)】


初代マークⅡ、11位としてますがこれもグレード限定です(^^ゞ

そのグレードとは最高峰の1900GSS!!
“グランド・スーパー・スポーツ”ですよ!70年のセリカ発売以降はトヨタのDOHCモデルは『GT』で統一されましたがGSSはそれ以前の設定でしたのでこのエキサイティング!?な名称が付けらていた訳ですねー…

“GT”普及後も75年迄、2代目マークⅡでもGSS(2L 18R-G 145ps搭載)を名乗りますが排ガス規制と路線変更でマークⅡはこの時DOHCを廃止、80年のRX63で再び18R-G(EU)を載せた時にはGTとなりますのでGSS、トヨタでは希少なグレード名で後にも先にもこの初代~2代目マークⅡのみが名乗りました!

個人的には初代と2代目のマークⅡHTってスタイルはあまり好きではなかったんです、どちらかと言えば初代の方がいいですが…
初代はネーミングにコロナを名乗るように当初はコロナの次期型として開発、このため人気のあった3代目コロナT40/50イメージをキープしたスタイリング、しかしそれよりはサイズ拡大され大きく伸びやかな初代マークⅡでしたが何かコロナと代わり映えしない出で立ちが子供心にあまり興味が持てませんでした、元の40/50コロナがジジ臭く好きではなかったので。
しかし68年にデビューしたマークⅡに丁度1年後となる69年にこの1900GSSを追加、スポ車好きの亡父とDラーに見に行くと何か野暮ったかったマークⅡHTに専用スチールホイール、ストライプに当時は希少な5MT、サイドに付けられたGSSのオーナメントがこれの追加以前の最高峰1900SLにはない非常に獰猛さを醸し出し更にトヨタ2000GT、1600GTに次ぐDOHC搭載というのも父に教えられ当時トヨ2の150psに次ぐ140ps(1.9L 10R型4気筒DOHCソレックス×2…後にエンジン型式を8R-Gに改称)というスペックに憧れと驚愕を憶えたモノです。
トヨ2に次ぐMAX200kmというのもスポ車好き幼児を興奮させるのに充分であの幼き頃目を輝かせて見たGSSの勇姿、鮮明に憶えています…。

まだこの頃はトヨ2も現役、1600GT同様に量販モデルに高性能DOHCを載せトヨ2はトヨタイメージリーダーの高額スポーツカーであり極一部の富裕層しか手にできなかったのですがこれをリーズナブルに供給、この時代にDOHCを庶民に近づけたマークⅡGSSの功績を称え圏外ながらも高順位としました!

このモデルは前述の通り性能が全ての順位ですので11位という結果でした~!

さぁ、ベストテンに戻ります!今週の第5位!!

【3代目トヨタクラウンHT2000SL MS51型前期(1968~1969)】


これも過去ブログカッコいいクルマベストテン”で8位にランクさせたモデル、恐縮ですがこれも一部コピペにてm(__)m

~これは憧れましたねー、「大人になったら乗りたい!」と…
何せワタシも子供時代なんてクラウン、セドリックなんてタクシーかパトカー、後は黒塗りのおエライさんが乗る車!ってイメージしかなかったところにいきなりスポーティかつ美しい2ドアHTボディで現れフルサイズの堂々とした出で立ちは眩しかった!ソアラの原型と今でも信じてます。~

とにかくお堅い?公務員の中に突然遊び人が混じったって感じのクラウンHTの追加は驚きました、さすがHTの火付け役のトヨタ、こんな高級車までやるんだー…と。

69年にMCされ後期になると顔のカタチが若干変わります、個人的には逆スラの前期、1年しかないという希少性も萌えポイント!依って5位は前期HTのみとさせて頂きます!

いよいよ上位に行きます、第4位!!

【3代目日産スカイラインHTGC10型(1970~1972)】


デヘヘ、これも“カッコいい”に被ってますので5位同様一部コピペ<(_ _)>

~王道の登場ですね!コレが好きなんですからワタシは変態ではないと(爆)
やっぱこの迫力は大概のクルマでは敵わないですね、泣く子も黙るハコスカ、コイツはファンもマニアも多いですしそれぞれ好きなモデルがあるでしょいがワタシはミーハーと言われようが何だろうがNo1はHTのGT-Rに尽きますネ! ~

この迫力!特にGT-Rはやはり凄い!! 素の2000GTやGT-Xでもオーラは勿論ありますがGT-Rの存在感はやはり現役時も今も歴代どのスカイラインを並べても適わない!と個人的には思っています。
ハコスカはセダンも良かったですがねー、ミーハーGureとしてはやはりHTがツボ、免許取った頃はGT-Xですら20~30万、あの時買っておけば良かったと今でも後悔中ww

ベスト3に入ります!今週の第3位!!

【7代目トヨタコロナHT T140型(1982~1985)】


スンマセーン、これも4、5位同様です(もうええーって…)“カッコいいベストテン”同様の3位ですね!

~コロナが入るとは自分でも意外ですがそれ位このFR最後の140HTには惚れてました、ランタボ、XXと共に所有しなくて後悔している1台です。
やはり名前とクルマのギャップがイイ!同じカテゴリー→兄弟なるセリカ/カリーナに較べ常に地味でジジ臭かったコロナが何を思ったかこの140だけは突然これらよりもエキサイティングになってしまいその衝撃はハンパなかったです! ~

永きに渡るコロナの最高傑作だとワタシが信じる140HT、これはホントに目が飛び出る程の衝撃でしたヨ~!
前任のT130やそれ以前がとにかくオヤジ臭かったコロナ、突然007ロジャームーアをCM起用してこのド派手さでしたからねー、トヨタのカッコいいデザインのベスト3以内にも入ると個人的には思っていますので特にグレードには拘りませんがやはりこのスタイルですからね、18R-GEUの2000GT、3T-GTEUの1800GT/GT-R、4A-GEの1600GT/GT-Rがいいっす!

とうとう来ました!第2位!!

【初代三菱コルトギャランHT A50系(1970~1973)】

↑前期型(70~71)

来ましたよー、菱ヲタ本領発揮!(^^)!
菱ファンならばこれを上位にするのは当然ですよねー(爆)何せ三菱初の2HTモデルですし69年に発売された元になるコルトギャラン(セダン)ですら非常にカッコ良く好きでしたのでね、うちのオヤジはこのセダンのAⅡGSを発売と同時に購入しましたが翌年このHTやGTOが追加され地団駄踏んで悔しがっていましたから(笑)
70年発売のギャランHT、間髪入れずにGTOも発売されたので正直、GTOに話題が集中しあまり注目度はなかった感じ。
しかしGTOのベースになったHTですから米マッスルカーのようにマッチョで迫力!はGTOが上ながら美しく気品溢れる大人しめのデザイン、こちらも好きでした。

教習車を除いて人生初めて合法で(?…謎)初めてクルマ転がしたのも先輩のコレでしたし個人的にはGTOに次いで三菱車の中では思い入れがあります。
実はコレ、GTOより軽量でしたので同じエンジンなら僅かに加速はギャランHTの方が良かったんですヨ!

70年、後追加のHT、角目前期は1年少々のラインナップ、71年には丸目4灯でGTO調のグリルに手直しされ後期型からはギャランL(14L/16L/17L)となりますが個人の思いとしては気品は前期、スポーツ度が高いのは後期だと思いますのでどちらも好み、73年のFMCで三菱稀代の不人気だった2代目ニューギャラン(NG)となった時はマジに心の底から泣き叫びたい心境でした(>_<)

まっ、今NGを見てみるとそう悪くはないのですがね、当時は子供心をスゲェ傷付けてくれたもんでしたわwww


↑後期型(71~73)

さっ、そしてオオトリ!今週のTOPを飾るのは…

【三菱コルトギャランGTO A53/55/57C型(1970~1977)】

↑前期型
ハイ、予想通りの結果でしょ?(^O^)/
「そんだけ好きならハヨさっさと買えや!ゴルァァァ」って感じの方も多いでしょうがかつての愛車、時と共にもう手が出せない高額車輌となってしまいました(泣)

あっ、これも“カッコいい”で当然!?1位に輝いたクルマ、こうして振り返るとこの手抜きコピペが象徴するようにワタシの好み=2HT!!っていうのがお分かり頂けたでしょ?(笑)

~これは思い返せば幼き頃父に連れられた行った69yのモーターショーで一目惚れ、その後TBS土曜の9時(関東地区)でやっていた『キイハンター』で千葉ちゃん(千葉真一氏)がカッコよく劇用車として乗りまわしていた姿に再度惚れとうとう免許取ってからは2台乗ったという、まぁ、ワタシにとっては見て惚れ乗って惚れの初恋の?初体験の?クルマでした!
これよりカッコいいと思うクルマはいくらでもあるんですがね、今の愛車を売っ払らってでも現在欲しいと思うのはコレのみ!! 初めての女性を忘れられないかの如くコイツだけは忘れられんです…~

て訳でGTOは大きく分けると3期、メッキ2分割&サイコロテールの前期、格子状グリル&バナナテールの中期、トンガリ2分割グリル&バナナの後期…勿論細かな仕様変更はこれ以外にも行われていますがザックリ分けるとこんな感じ。
ワタシが愛車にしたのは中期と後期でしたが前期も勿論好き!免許取得の81年頃ですと前期はMR以外は桁で売られていましっけ、中期の未対策オバフェンGSRや後期は当時としてはまだ最終ですと4年落ちでしたのでそれなりにしてましたがね、少なくとも今のプレミアよりはMR以外は安かったです、あの頃に戻りたい。。。


↑後期型
菱ヲタとしては1位は当然の結果ですナ!失礼しましたぁ^_^;

ランキングは以上となります!

恒例、圏外は下記の通りとなりました。
11位:初代トヨタコロナマークⅡ HT1900GSSRT72型(1969~1972)
12位:初代トヨタセリカ A20系(1970~1977)
13位:2代目日産ローレルHT C130型(1972~1977)
14位:5代目日産スカイラインHT2000GT GC210型(1977~1981)
15位:2代目マツダルーチェHT RE LA系前期(1972~1975)
16位:3代目日産シルビア/初代ガゼール S110型(1979~1983)
17位:4代目トヨタカローラHT1600GT TE71型(1979~1983)
18位:トヨタ1600GT-5 RT55型(1967~1969)
19位:2代目トヨタカリーナHT 前期A40系(1977~1979)
20位:4代目日産ブルーバードUHT1600/1800SSS 610型(1971~1976)
21位:4代目日産スカイラインHT 2000GT GC110型(1972~1977)
22位:3代目トヨタマークⅡHT X30/40系(1976~1980)
23位:3代目トヨタカローラレビン TE37型(1974~1975)
24位:2代目日産シルビア S10型(1975~1979)
25位:ダイハツフェローMAX HT L38型(1971~1976)
26位:2代目三菱ギャランΛ2000GSRターボ/GTターボ A164A型(1980~1983)
27位:初代マツダルーチェREクーペ M13型(1969~1972)
28位:ホンダZ SA型(1972~1974)
29位:3代目トヨタスプリンターHT1600GT TE71型(1979~1983)
30位:2代目三菱ギャランHTA110系(1973~1976)

如何でしたか?毎回〆では書きますがクドイですがあくまでもこの企画はお遊び、『それは違うだろ?』とか『あれが入ってねーじゃん!!』的な反論もあるでしょうがこれはワタクシの基準、これを読んで皆様も独自なベストテンを楽しんで頂けたらと思います。

2ドアHT、かつてはスポーツ&パーソナルの王道車型で冒頭述べました通り人気のあるモデルには必ずと言っていいほどラインナップされ各社、各車、その性格から使い勝手や室内の広さなど利便性は無視したスタイル優先!が当たり前で非常に解り易くかつとにかくカッコいいモデルでした。

時代の移り変わりからその存在は遠い過去の事となりましたし現代の日本でまずもう造られる事はないでしょう、これも国産車の青春期と言えば簡単ですが面倒な事に縛られず各社が自由に単に“カッコ良さ”だけを追求し、同時に我々クルマ好きに夢を与えてくれたモノも他にないと思っています。

この頃から既にHTの向こうを張る2ドアクーペは現在に於いても比較的安全性、車体剛性をクリアできるのでその存在は許されますがHTは絶望的、そう考えると尚更郷愁の思いが深まるのはワタクシだけですかね~……
Posted at 2017/08/27 18:04:38 | コメント(0) | トラックバック(0) | ザ・ベストテン | クルマ

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「躍動デザインのスタイリッシュさはなかなかのもの。 http://cvw.jp/b/2682511/48711817/
何シテル?   10/14 19:07
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