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元Gureのブログ一覧

2019年12月06日 イイね!

懐かしの装備・アイテム”ザ・ベスストテン”

懐かしの装備・アイテム”ザ・ベスストテン”思いついちゃったんで久々のベストテンやります('◇')ゞ

今回はクルマ関係Web等ではありがちな?企画かもしれませんがワタシなりの懐かしの装備をベストテン形式で振り返ってみたいと…

今では当たり前に付いている装備、これに関連して昔は付いているのが非常に稀だったのでこれをアピールするエンブレムやステッカー類、逆に現代では死に絶えた或いはほぼ需要のなくなった後付け品など60年代からのクルマを見てきた世代としては挙げれば枚挙に問わない、現代車しか知らない世代には「えぇ!!」となるような装備も数多くある筈ですよね!

そんな忘却の彼方に飛んで行ってしまったような懐かしいアイテム群、年配の方には懐かしんで頂き若者には新鮮さを感じて頂けたらと思います、結構色んな企画でやっていたりもするので「そんなの今更知ってるわ!」とお感じになられる貴兄も多いとは思いますがワタシなりの基準で選んでみましたんでお暇ならお付き合い下さいまし<(_ _)>

ベストテンの定義としては当時それなりに見かけた装備やショップなどでも大々的にセールスしていたアイテム、Dラー(メーカー)でOP設定していたモノ等から広く選んでおります!


それではまいりましょー!今週の!?第10位!!
【吊り革】


アハハ、いきなりレアアイテムかもしれませんが70年代後半~80年代にかけての少しやんちゃなクルマには付いていたケースが多かったですよねw

所謂”族車”には必須アイテム?箱乗りには欠かせないツールでしたし…
室内ルーフに標準装備されるアシストグリップに装着、後席にはこれがない事が多々ある2ドアクーペやHTでは加工して装着するのが常、中には無理やりルーフに穴開けて留める猛者もいたりしてwww

ケンメリ、ブタケツ、サバンナRX-3、ダルマセリカ、ブタメマークⅡ/チェイサーが装着率高かった気がします(個人的独断)

アイテム的には電車に付いていたものをそのまま流用(当時鉄道会社が古くなり廃車する車輛の装備を格安で販売したりしていた)したりカー用品店でクルマ用に作られたモノ等を装着、値段的にはリーズナブルで@100円~高くても1000円位だった記憶があります!


続いて第9位!

【後付けランプ類】

(後付けSTOPランプ)
ストップランプは安全上寄与する事から取り付けにも法の縛りが緩く90年代以降はハイマウントストップランプが主流となりこれが新車時装着されていないものには推奨されたりもしていました、デザインもカッコ良くお洒落にもなり安全意識よりもファッション的に装着するケースも多かったようです。

60~70年代はデザインも何か田舎臭くて装着するのは比較的年配者、てかお年寄りが多かった感じかな!? 印象に残るのは20カローラやRT40コロナB110サニーや510ブルーバードのセダンのRrトレイに装着、ブレーキ踏むと純正ストップランプと同時に点灯、点灯時は《STOP》文字が浮き上がるようになっており後続にいると非常に解りやすく安全な装備だったと言えますがとにかくダサダサだった印象w


(後付けフォグ)
これも当然アップデートされて現代でも存在しますが標準ライトがLEDやHIDになり充分に明るくなった事もあり昔と比較すると後付けでわざわざ装着する率は減っている気がします、昔も今も汎用品とメーカー純正品が存在、昔は汎用、今ではクルマのデザインとマッチする専用品の率が高い感じですネ。

昔の後付けと言えば何と言ってもマーシャルやシビエの後付けフォグランプ、フォグは法的にも点灯時の数、向きが厳しく規定されておりシールドビーム時代は標準ライトが恐ろしく暗かった事もあり特に飛ばし屋は多く装着、霧も出ていないのに暗さを補う為に点灯したりラリーかぶれがラリー用のやたら眩しいスポットランプを街中で平然と点灯させる迷惑千万の輩もいたりと…


(点滅ホタル)
これはバイクに多かった、と言うかまともなヒトは付けない、そう、これも族車必須アイテム(笑)

4輪でも族車なら装着率高かったかな、リレーを噛ませて各ライト類の配線に潜り込ませて夜間点滅、法的には勿論OUT、ハナから法令順守等考えないで緑とか紫色レンズが主流でしたよねー。

これだけで整備不良取られるので今ではほぼ絶滅?いや、時代錯誤のやんちゃな兄チャン姉チャンは今も現役?極稀に見かけますしバイクでも一部健在ですかね!?特殊な方々だと思いますがw

後付けランプ&ライト類、代表的なのは上3点かな!?現在でもこれらはアップデートさせて販売されていますが(デイライトやネオン管、イルミまで含む)60~80年代で最も普及していたのはこれらでしょう…


さぁ、8位行ってみましょー!

【最新装備のエンブレム&ステッカー】

(フルシンクロエンブレム)


(冷房車ステッカー)

これらは結構有名な?いにしえのアイテム群ですよねw

まだ技術的にシンクロ機構が開発されていなかった時代に日産が310ブルーバードで採用したフルシンクロ、これによりWクラッチでギアを同調させながらチェンジを行う煩わしさからドライバーを開放、運転操作を格段にラクにした功績は大きくブルーバードには誇らしげにフルシンクロのエンブレムが輝いていましたっけ!
当然ハナタレ時代の元Gure、亡父親にその意味を聞き父の解説に納得「さすが技術の日産!」と感激した思いがありますw

310以降も410や520ダットラなんかにも付いていたかな?510も前期で見かけた記憶もあるようでないような…

いずれにせよ70年代では各車当たり前の装備になりこれをわざわざ示すエンブレムは皆無になりました!
ただ、乗用では当たり前でもバスやトラックでは近年までフルシンクロ化がなされず1~2速だけはWクラッチorオールWクラッチなんてのも最近まで残っていましたねぇ。。。

そして《冷房車》ステッカー、冷房なんてよほどの高級車にしか装着されていなかった70年代~80年代前半、このステッカーも誇らしげに貼られておりこれを見るともう羨ましくて×2!!

60年代はOPですらエアコン或いはクーラーの設定がなかった車種が多かったながら70年代には徐々にOP設定され始め90年代にはほぼ全てのクルマ(軽やトラック等も含む)標準装備化、このステッカーも死に絶えましたねぇ。

OP設定時代はエアコン/クーラーは高額品なので取得税も大幅UP、これを回避する節税策として新車購入時はレス、登録後にDラーOPとして装着するのが当時、てか80年代までは常識?ワタシも若き日のメカニック時代にはサンデンやらデンソー、ジーゼル機器やらの後付けクーラー/エアコン、よく付けたモノです、懐かしいわwww

他には《5speed》《無鉛(有鉛・高速有鉛)》《TURBO》《ゆっくり走ろう〇〇(〇は都道府県)》なんかのよく見かけるエンブレムやステッカーがありましたネ。


そして第7位!!

【後付けヘッドレスト】


1960年代、まだヘッドレストという概念がない時代はセンチュリーやプレジデントといった国産最高級車ですら装着はなされていなかったのですが60年代~70年代の”交通戦争”の時期、事故でむち打ち被害が続出、これを防ぐ為保安基準改正によりヘッドレストの装着が義務化されたのでこれも現在ではほぼ絶版、一部旧車オーナー向けに作っているところもあるようですが一般には出回らないモノになっています。

その今では旧車と言われる年式のクルマ=ヘッドレスト法制化以前 の年式(主に60年代~70年代前半)のクルマに汎用でポンと付けられるタイプが普及していました。

そもそもどっかの下らんお国と違い日本には遡及法なんてのは今も昔もないんで法制化前のクルマに付ける必要はない(シートベルトも同様)のですがあまりにもむち打ち被害が大々的に当時取り上げられたのもあり安全意識の高い方々はこれを選ぶケースが多かったです、印象としては高額モデルだったMS40/50前期クラウン、130セドリック、ハイオーナーカーと呼ばれた初代コロナマークⅡ、ローレル、ルーチェなんかでよく見かけたかなぁ…

構造的にはワタシの知っているものですと単純で画像のように純正シートの背もたれに枕(ヘッドレスト)と一体になっているプレートを差し込みするだけ、しかし当時はベンチシートが多くセパレートなら裏側を紐やゴムで止めたり固定できるもベンチではこれも難しくただ置く?だけ、こんなんで衝撃時にホントに頭守れるのか?どっか吹っ飛んじゃうん?的疑問は今でも残りますが実際はどうだったのか気になりますナw


さぁ、第6位!!

【水中花シフトノブ】


これは今でも売ってますよね、MT率がまだまだ高いトラックなんかではやたら長い(ノブそのものが長いモノからステー延長しているもの等)水中花も存在、80年代までは乗用車もMT比率が高くイケイケの連中はお約束のように装着していましたっけ。

個人的には昔も今もソソられないアイテムなんですが一部の方々には外せないみたいで昔の目撃率は異常な程w ATだらけになった現在でもATノブ用のこれもある始末ですから過去の装備のように思われがちながら根強い人気で感心します、センスいいのか悪いのかは個人的感覚なので論評は避けますが好きな方々には室内をゴージャスに演出する為の欠かせない装備だった(過去形ですが現在も?)のだと思います!


☆☆☆~今週のスポットライト!!~☆☆☆

今一歩、惜しくもベストテンに入らなかったアイテムはこちら…

【風防】


高速パトカーでお馴染みの風防、風防という名前ながら主な効果は虫よけってのがいかにも警察らしいw

高速走行、夏場の特に夜間走行では虫がFrスクリーンにベチャっとくっ付く、ハイスピードで潰れたお気の毒な虫さん、死骸を取るにもウォッシャー&ワイパー程度じゃ不可能でPAで停めてゴシゴシやった経験のある方も多いと思います。
この虫張り付きを防ぐのが風防、いつも、どんな時もクリーンな視界で獲物を狙うって感じでしょうかorz…

現在では高速専門パトでも付いていないのもあるようですが昔は必須、S30ZやR32のGT-R、GTOやVR-4といった高速パトに付いている姿を思い浮かべます。

昔は稀に一般車でも装着しているのがいました、印象ではやはりS30Zかな?ワタシは付けた事ないので効能がホントかどうかは解りませんが以前捕まった時にお巡りさんに聞いたらその効果は絶大と自慢してましたwww

警察専門的アイテムなのでベストテン圏外としましたが70年代のアイテムとしては王道に感じます!


さぁ、ベストテンに戻ります!今週の第5位!!

【フラッシャーコントローラー、ブレーキ(点灯)コントローラー、ワイパーコントローラー等】


コレ、ワタシも昔付けてましたわ、設計が70年代のモデルには必須のワイパーコントローラー…

間欠ワイパーが普及したのは80年代中頃だったかな!?それ以前ですと特に安いクルマには付いておらず小雨時はやたらワイパーS/Wを弄る必要がありウザい、また標準装備されていても時間調整なんてのはよほどの高級車じゃないと望めなかったんでコレ、任意の時間で間欠が調整できて便利でしたよねー。

ブレーキ点灯コントローラーは教習所推しのポンピングブレーキと同様のブレーキランプ連続点滅ができる!というさも安全に寄与するような売り文句で売られていましたが実際はただ目立ちたいだけで付けるのがほぼ、ブレーキ踏むといちいちカチカチとリレーの音が煩くて個人的には嫌な装備でしたが画像はウインカー用ながらほぼ形状は同一、ダイアルでブレーキ点滅を調整でき〇カほどこの調整をHIにしたがり後ろいてもカチカチ…ウザくて仕方なかったのを思い出します(笑)

ウインカーコントローラーもこんな感じ、これもやはり〇カほどハイフラにするし高速ウインカーは端から見ていても決してカッコいいなんて思わなかったけどブレーキやワイパーより装着率高かったかも、族車やそれかぶれには愛されたアイテムだった筈です!

これら装備はまだあんのかな?ブレーキやウインカーはあるかもしれないけどワイパーはどうなんだろ?今や軽の低グレード以外は間欠ワイパー、当たり前ですからねー、時間調整は標準での装備、今も安いクルマにはないので需要ありそうですが果たして???識者の方宜しくお願いしますw

いよいよ上位に行きます、第4位!!

【8トラックカーステレオ】


最早コレを知っている世代は爺ですな、ワタシ含め(汗)
いや、ワタシ世代でも当時の新車ではもう消え失せていた、昭和40年代の中古買うと装着されており速攻で汎用カーステにチェンジ、ゴミと化しておりましたっけw

若い方は恐らく見たこともない8トラ、既成のセルテープしかなく後年のカセットテープのように自分で録音したオリジナルミュージックなんてのは夢のまた夢、セルテープはオッサンオバハンご用達の演歌や歌謡曲、ムードミュージックばかりで間違っても若い世代(当時の)聴けるようなのは皆無に近い、しかも確か全曲A面/B面併せても8曲位しか収録されておらずすぐリピートするしねぇ…
音はカセットより深みがあっていい!なんてよく言われましたがいくら深みがあっても演歌じゃねー(泣)

しかしFMラジオすら高級モデルじゃないと装備されていない時代にステレオですからね、冷房と並ぶ豪華装備品であったのは間違いなくワタシらのもう少し上の世代では憧れの装備だった筈、デジタル化が当たり前の現代、でっかいテープをガチャンとデッキに放り込むワイルドなアナグロさ、いかにも昭和的アイテムですね!これは完全に消え失せ工業遺産化していると言っても過言ではないでしょう。


ベスト3に入ります!今週の(もうええって)第3位!!

【カセットステレオ】


オーディオが続きます、てか今は『カーオーディオ』と言いますが90年代位までは『カーステレオ、略してカーステ』という言い方が一般的でしたよね。

現代ではBluetooth、I pod、SDカードやら何やら、音楽アイテムも多種多様ですが昔はひたすらカセットのみ!それでも4位の8トラからしたら物凄い進歩でオッチャンら若い頃は何よりも先に”カーステ” アルミやらマフラーの前にこれを替えた、或いは装着したモノです。

カセット式が主流になり始めたのは恐らく70年代後半、73年頃の日産車では既にお目見え、75年以降は他社も8トラ→カセットに置き換えが進み2000年代迄進化しながら20年以上も君臨したアイテム、出た当初はとにかく再生のみで音質もトーン切り替えのみ、早送りまたは巻き戻しのみっていう機械でしたがこれでもオリジナルで作ったテープが聴けるゼ!!と若者には必須、これは族だろうがやんちゃだろうが真面目クンだろうが全ての若者必須だったのは現代のスマホと同じ?意味合いかもしれんです、ハイ。

80年を境に家庭用オーディオ同様にコンポが出現、パイオニアロンサムカーボーイ、クラリオンのシティコネクション等がクルマ好きにはブーム、トーン切り替えだけだったモノがあれよあれよという間にスペアナイコライザーや全方位切り替え可能なスピーカーコントロールも出現、現在まで通してこの時期、最もカーオーディオの世界が輝いた時期ではないかと感じます。

その後コンポブームは去りコンパクトにワンボディ(AM/FM内蔵式)に主流は移ります、ワンボディでもコンポ並みかそれ以上の性能を持ち、ソフトはCD→MDと変わりながらも2000年代までこのカタチが主流だったのも今や昔ですね~



とうとう来ました!第2位!!

【後付けパワーウインドウ(以下PW)】


”ミツバのPW”と云われるほどほぼミツバ製だったんじゃね?って位80年代まではよく見かけた後付けPW、堂々の2位です!

何故に2位か?やはり憧れ品だったからですよ、80年代まではPWって高級装備品で特にスポーツ車なんて重量増から未装着が当たり前、これ欲しさに走りはダメでも高級モデルを選ぶといった見え張りも少なからず存在、ワタシもその一人ですが何か?(笑)

今やバンやトラックなどの商用や低グレード、軽ですら当然装備されるPW、最近の子供なんて手巻き式の窓の開け閉めが解らないっていうんですから爺世代は呆れるばかり、最早ダイアル式黒電話と同じ扱いの手巻きウインドゥですがあれはあれでON/OFFに関わらず窓開閉できるんで便利だったりしますよね!?

そんな訳でこれも絶滅かと思いきや少々の大型店舗のA/B等では一つ位は在庫していたりします、やはり今でも軽トラや軽ハコの低グレードは手巻きも残りもますしね、こういったオーナーの需要なのでしょう、かつてスカイラインやマークⅡですら高グレード以外は手巻きっていう時代に較べたら普及ってか生産/販売数はごく少数だろうと推測しますが手軽に手動→オート化できたこのアイテム、友達やおねーちゃんにも自慢できる冷房と並ぶ花形アイテムだったのです…。


さっ、オオトリですね!!第1位はこれでした!!

【後付け(一部標準orOP用)カークーラー】

やはり1位はこれしかないでしょう、昭和の誰でも憧れたカークーラー!堂々TOP当選に異論はないかと!?!?

現代、てか80年代からクルマ用冷房はフルエアミックスのエアコンが当たり前、当然、冷却水を使いヒーターと連動させ温度調整や曇り止めとしても使用でき80年代で既にセンサーを使うフルオートエアコンも存在、今や全自動車にこれがないモノを探すのが難しいアイテムですが80年代以前はまだエアコン技術の発展ができておらずただひたすら冷やすだけのこのクーラーが当たり前でした。

クーラー、温度調整もできない事はないながら冷却水を使わず冷媒だけをダイレクトにに流すので最弱にしてもとにかく冷える、当時のクルマは当然のようにクーラー装着を前提にしていないので設計上後付けorOPにしても吹き出し口ごと単体ユニットを装着、イメージとしては家庭用クーラー同様に室内機と室外機に分かれる感じ(正確にはそうではない)になり室内ユニットは大型のためスペース的にダッシュボード助手席側足元装着が一般的、一部Rrシートトレイ裏装着もありましたが燃料タンクの位置やトランクスペースが犠牲になったりとほぼダッシュタイプでしたねー。

このため助手席に座る人間は悲惨、風向きをルーバーで調整しようが最弱にしようが直撃でビンビン冷えまくる、真夏8月でも下手すると風邪引くレベルながら能力が足りていないのが多く(特に小排気量車)運転席や後席で丁度いい具合でも助手席は北極って感じ(笑)

オマケに安いタイプだとアイドルアップせずこのためオーバーヒートしたりそれを防止するため回転が低い時はクーラーS/Wが自動的に切れるものだから渋滞時は悲惨、これを避けようとアクセル踏み続けて冷房利かせる訳ですがあまり長時間やってるとオーバーヒートの恐怖が!!第一足が攣るしで(爆)

これも70年代設計車が残っている時代にはそこそこ売れていたモノですが近年でも設計の旧いサニトラやKP61スターレット、パブトラ、旧世代のミニクーパー等には必須アイテム、これ以外の旧車は勿論、産業機械(キャビン付きのフォークリフト、ショベルや建機)や2tクラスのWキャブ後席用に需要は残り細々ながら生産されております。

いやー、信号待ちや渋滞の度にアクセルを少し踏み込み冷えたところでオーバーヒートに怯えてアクセルを戻す、それの繰り返しをしていたメンドクサイ時代を思うとS/W一つで温度まで管理してくれる現代は隔世の感がアリますナ、オッチャン達はたかが涼を取るだけでもこんな苦労を若い頃していたんすよ、NOWでヤングな方々www


と、ランキングは以上となります!

アレが出てない、コレも入れるべき!というご意見もあろうかと思いますし後付け品、昔の方がアフターマーケットも充実していたと思うし挙げれば枚挙にといませんのでどうぞ皆さんそれぞれが懐かしの、憧れのこういった装備、アイテムを思い出して楽しんで頂けたらと思います。

それでは〇カの一つ覚えの遊び企画なベストテンネタ、また思いつく日まで(^^)/
Posted at 2019/12/06 18:27:14 | コメント(2) | トラックバック(0) | ザ・ベストテン | クルマ
2018年11月25日 イイね!

私が惚れた!ネーミング“ザ・ベストテン” トラック編

私が惚れた!ネーミング“ザ・ベストテン” トラック編ハイ、タイトル通りの下らねぇーお遊び企画、まだやります(^^;)

前回の『私が惚れた!ネーミング“ザ・ベストテン”』では乗用車及びバイクの中から選びましたがち元?現?トラック屋の元Gureとしてはこれはやらざるを得ませんナ、立場上w

トラックのネーミング、乗用では親しみやすさ、エレガント、気品、高級感、スポーティさ等を主題にして名付けされる事が多いですがトラックの場合、どうしてもその使用シーンからしてタフネスさ、頑強さ、勇ましさを連想させるネーミングが殆ど、その中でも時折乗用車チックの名前も現れたりしますがやはり迫力という部分が訴求されないと商業的にパッとしない事が多いと思います…。

かつてはアルファベットで型番、数字でt数や搭載エンジンを表し特にペットネームがないというトラックでしたし特に大型ではそういった嫌いがありましたが1980年代には小・中・大全てのカテゴリーのトラックに乗用同様にペットネームが付けられました。

トラックに興味ない方からすると1.5tの標準ボディと3.5tのワイドキャブで箱車(ウイングやドライバン等)ではとても同じクルマに見えずとも乗用車ほどきめ細かい名付けがなされず小型は何々、中型はコレ、大型はこう!と大まかなる区分け、メーカーによっては小型も中型も同じ名前、デザイン全然違うのに同じ名前っていうケースもありますね、今回はそんな“勇ましい”トラックネームをワタシが気に入ったモノをベストテン形式で語ってみたいと思います(^_^)v


それではまいりましょー!今週の!?第10位!!

【日野/トヨタブリスカ(1961~1968)】
車名の意味:Brisk+Car=快活、軽快、きびきびした+クルマという造語、荷物を積んでもキビキビ走れる小型トラックという意味合い。


初代(1961~1965)

ブリスカ、響きだけ聞くと何か怪獣みたいな名前なんですが何故か好き ってかかなり昔の小型ボントラですが幼き頃に聞いたこの『ブリスカ』って響き、あまりに印象的でこの年になっても耳に残ってるんですよねーw

このクルマはまだトヨタ傘下入り前の日野がリリースした小型トラック、当時は有名な『コンテッサ』という乗用モデルで頑張っていた日野、現在のトラック専門メーカーの姿からは想像できない業態でした。

1950年代に今話題の?ルノー公団からノックダウン生産で乗用メーカーに名乗りを上げた日野、現在のようなトラックやバスのイメージになるのはトヨタ提携後となる訳です。

そんな当時、コンテッサで一定の評価を得た日野は一人相撲状態だった日産のダットサントラックに対抗する小型ボントラを発売、コンテッサのエンジンやパーツを使い急遽仕上げたのがブリスカ、ルノー日野から継承するRR方式だったコンテッサをFR方式に改め荷台スペースを確保、コンテッサGP20型900ccエンジンで750㎏積としたのが1961年発売の初代、62年~は商用車の需要の高まりに合わせダブルキャブのピックアップやバン車型も追加しワイドレンジ化、65年にはベースのコンテッサFMCに伴い2代目がデビュー、コンテッサが1.3Lに格上げされたのに合わせ1300cc、1t積とされよりダットサンの内容に肉薄するライバルとして名乗りを上げます。

初代が50年代を思わせるいかにもクラシカルでダットサンの敵になれなかったのに対し2代目ではミケロッティデザインによる美しさで好評の2代目コンテッサのイメージを取り入れ商用とは思えないエレガントさを醸し出すボントラに一新され恐らく国産小型トラックにデザインという概念を最初に重要視したモデルではないかと個人的には思います、造形美を感じさせトラックというとどうしても強面になる顔付きばかりの中でコンテッサ譲りの柔和な、エレガントな顔付きはそれまでの商用にない美を感じた物でした!


2代目(1965~1968)

コンテッサの流れを含む美しいスタイルでメジャーになりかけたブリスカですが66年のトヨタとの業務提携により翌67年、日野は乗用含む小型モデルから撤退、トヨタの意向を受けて大型専門メーカーに衣替えとなりブリスカはトヨタモデルに移管、『トヨタ・ブリスカ』となるもイマイチダットサンに弱いブリスカを諦め68年、新開発の『トヨタハイラックス』にFMCというカタチになり廃盤になります。

50年過ぎても未だ耳から離れない『ブリスカ』、この名前に拘っている変態はそう多くないでしょうがもう見る事もない日野の小型ボントラ、ワタシ位は憶えていてやりたいですね(笑)


続いて第9位!

【トヨタダイナ/マッシーダイナ(1956~現在/1969~1979)】
車名の意味:DYNA=「ダイナミック」が由来、力強い、動的という意味で命名。
マッシー=Massive(マッシブ)からの変形でマッシブは重量感、どっしりとしたなどを意味するモノ、小型クラスのダイナに追加された4tクラスモデルであったためよりどっしりしたダイナ=マッシーダイナという意味合い。

1956年発売の1~1.5t積RK型ルートとラックが元祖、、RKにはボンネット型とキャブオーバー型が存在、これの区別のため59年からボンネットを『スタウト』、キャブオーバーを『ダイナ』と名付けてそれぞれ発展します。

ダイナミックだからダイナ、これも単刀直入?でトラックらしいいい名前に思いませんか?トヨタの老舗名はクラウンに次ぐ長きネーミングでもあり乗用メーカーイメージであるトヨタでも有名な商用車、20年前位にあの暴れん坊だったMタイソンがCMで「タイソン、トヨタ、トラック!エキサイティング・NEW、ハッ!!」とあの喰いつきそうな顔で叫んでたのが印象的(※ダイナ単独ではなくトヨタトラック全体のCMながらダイナがメイン)

先述の生い立ちもあり真の“ダイナ”としてのモデルは63年にデビューした2代目RK/JK170系からと見るのがいいでしょう、この代からシャーシ等ダイナ専用設計(先代ではスタウトと共用)になり2tクラスメインに格上げされ今も続くダイナの基礎を造ったモデル、当時クラスNo1だったいすゞエルフにガチンコ勝負を挑みハイパワーなディーゼルエンジン、頑強シャーシやクラス初、当時の高級版の証である4灯式ヘッドライトでアピール、2tクラスではいすゞ、三菱、ダイハツが激烈な戦いを繰り広げる中に参戦、64年にエルフを破り2tクラスNo1の販売量を確保、この型は幼少期、神奈川に工場があるいすゞのエルフ以上に見かけた記憶ありますねぇ…


2代目ダイナ(1963~1969)

こうして小型トラック分野でも勝負を賭けるトヨタ、ダイナも順調に知名度を安定させながら発展、69年には3代目U10系にFMC、これはやはり傘下に収めたダイハツのトラック(旧ベスタ、新デルタ)と共通化を行いコストダウン、6気筒3.6LDeを搭載する小型トラック最大級となる3tモデルも発売、中型大型を徐々に日野にシフトしてゆく中でダイナを充実させたモノでした。


3代目U10系ダイナ(1969~1977)

セミキャブのスタイリングは居住性と乗り心地に配慮、この事は本格フルキャブを採るいすゞ、三菱にない乗用車ユーザー延長の層には好評、一方でタフネスさ、メンテ部分ではフルキャブに長があり運送業などヘビーユーザーはいすゞ/三菱、小売りや一般商店にはトヨタという今にも通じる棲み分け!?ができた最初の時代に感じます。

その後ダイナは77年、84年、95年、99/2000年、2011年にFMCを行い現在8代目、途中下級だったトヨエースやハイエーストラックとの統合(双子三つ子化)や従来、トヨタ←ダイハツ→日野の構図だった日野2t系が日野の設計に切り替わり日野デュトロとの統合等があり現在に至ります!(※代目数えは一部旧型継続モデルや基本MCのBigチェンジも含めます)


5代目U60~90/Y50系(1984~1995)


現行8代目U600/700/C600/700系(2011~現在)

一方のマッシーダイナ!子供の頃読んだ漫画本か何かに確か『マッシー何とか』というマッチョの悪役?がいてこれが印象的なワリィやつ、そのイメージが残り=マッシーダイナというレアトラックがいつまでも頭の中に残っちょるんですよwww

ダイナの項でも述べた通り、かつてはバス、トラックも生産していたトヨタは日野を傘下に収めた以降徐々に中型4t、大型クラスからは撤退していきましたがその過渡期に現れたのが『マッシーダイナ』、これは従来トヨタトラックの大型(5t~)のDA/FA型と3tまでラインナップされたダイナの中間になる4tクラスにデビュー、4tは本格高速道路輸送時代に向け大量積載&普通免許で乗れる最大級モデルとしてこの時期(1969)俄かに脚光を浴びていたクラスで長き伝統ある三菱T620→FKや日野レンジャーKLが強いカテゴリーに参戦、その名前の通りドッシリとしたダイナではあるもエンジンは日野レンジャーと同一、シャシがトヨタ製でありやはり頑強さ、特にこの時代は過積載が当たり前に行われ規定以上に積載した時の性能こそが認められるという流れの中、ブレーキやフレーム、サスの強度不足(指定積載以内であれば十分な性能)もあり評価が低く79年、4t以上の車種は日野に委ねるという方針により消滅、それでも10年の寿命を誇りました。

関東圏では殆ど見かけないトラック、お膝元の愛知県近郊には関東に比較してトヨタ関連工場も多く生息していたようですがね、ワタシも高校生である79年まで販売していた割にはほぼ走ってる姿、記憶にないです…


マッシーダイナQC10型(1969~1979)

かつてはトラックでもガソリンエンジンが主流、時代の流れで燃費やトルク面でDe化に移行する中、最後までこのクラスでガソリンエンジンを持っていた(Deもラインナップ)事など、トヨタのトラック=ガソリンという意地を通したマッシーダイナ、ネーミングは迫力あって良かったんですがね、やはり餅は餅屋、時代はすでに4t車への乗用車メーカーの存在は許されなかったようです。


さぁ、8位行ってみましょー!

【旧日産ディーゼル,現UDコンドル(1975~現在※2017年をもってコンドル名は継続するもOEM車輛のみ)】
車名の意味:CONDOR:猛禽類のコンドルに由来、 現UDトラックス、前日産ディーゼルでは小・中型トラックに名付けられたが日デ前身の民生ディーゼルではバスに命名されていた。

コンドル、有名な♪コンドルは飛んで行く~ のメロディがこのトラックを見かけると流れる?って訳ではないですが勇ましく猛々しい姿のコンドル、トラックの名前には惜しいカッコ良さ!

さて、一口にコンドルと言ってもその車型は多岐に渡り現UD/かつての日デ時代の小型・中型トラック総称になります。

トラックとして最初に名付けられたのは1975年の4tクラス、それまでアルファベットで車型を表していたUD4tの初のペットネームでしたが現在ではUDトラックス、大型のクオン以外は自社生産を撤退しコンドルを名乗るのは4tモデルのみ、かつて1~2tでもコンドルを名乗っていましたが現在『カゼット』と変更され三菱ふそうキャンターのOEMとなっており残る4tもいすゞフォワードのOEMという有様。

(1t~1.5/1.75モデル)
資本関係にあった日産の小型トラック『アトラス』のOEM、95年にアトラスF23型のOEM車でデビューし2007年のFMCにてF24系アトラスOEMに変更、2013年キャンターOEMのカゼットに継承して消滅。

(2t~3.5tモデル)
やはり日産の2tクラスアトラスのOEM、デビュー時の81年では1tモデルと2tモデルでデザインも共通ながら95年にアトラスがいすゞエルフのOM化に伴い2t系コンドルもエルフOEMに変更、以降エルフのFMCと追従しオリジナル時代を含め4代を数えるも2014年にキャンターOEMのカゼットにチェンジして廃盤。

尚1~3.5tの初代モデルはオリジナルのアトラスがE23型キャラバン/ホーミーの外板パネル、ドア、インパネを共通化しコストを抑え他社に較べ大幅な廉価を売りにしておりアトラスよりは若干値付けは高いコンドルでもキャンターやエルフ、ダイナに較べかなり安くそれなりに普及しました。


3代目コンドルBPR(エルフOEM)

(4tクラスベットレス)
日野デーキャブレンジャー、ふそうファイターミニヨン、いすゞフォワードジャストンに対抗するベットレス4tモデルで名称は『コンドルS/同SS』 アトラス/コンドルワイドキャビンを4tコンドルのフレームに載せた廉価版4tモデルで88~92年が初代、92~97年が2代目。

2t系がいすゞOEMに変更後もオリジナルで生産され97年に4tクラスであるオリジナルのコンドル新追加ベットレス『コンドルZ』を後続とし廃盤。


初代コンドルS

(4t~増t大型モデル)
コンドルの本質車種で75年発売、83年、93年、2010年にFMCが行われオリジナル時代で全4代、2017年以後はフォワードOEMとなり現在に至ります。

初代はCシリーズ、2代目はレゾナ、3代目はビッグサム、4代目はクオン等日デ大型と共通キャビン、パーツを使いイメージ的にも他社に較べ共通性が高くこれによりライバルに較べリーズナブル、2代目CM系までは日デ特有のカックンブレーキが有名で海外や国内でも人気高かったターボ付き建設系(ダンプ、ミキサー、簡易クレーン付きなど)は好評ながらカーゴ系は性能面で評価は低かったです。


2代目コンドルCM

安物・壊れる・性能悪いと悪評が知れ渡ってしまったCMを根本から見直し他社に劣らない品質を得たのが3代目MK系、これになって一気に需要も増え普及、今もこの型は大幅に現役姿で見かける事ができます。


3代目コンドルMK

今やOEMに唯一名前の残るコンドル、じき消滅って気がしますが1t~増t大型まで幅広くその名前を轟かせたのも今は昔になってしまいましたぁ。。。


そして第7位!!

【三菱ジュピター(1959~1970)】
車名の意味:Jupiter=木星またはローマ神話に現れる最高神ユピテルの英語名を意味する。


ジュピターボンネット型3.5t積

ジュピター、平原綾香さんの有名な曲ではありませんよw まっ、あの唄聴く度にこの三菱ジュピターを思い出すという変質者はワタシ位のモンでしょうが(^^;)

木星とかローマ神話とか何か学術的?大昔に出て大昔に消えたトラック名ですがやはり三つ子の魂なのか幼き頃に憶えたこのトラック、何故か忘れないですよねー…
何故に忘れないか?やはり強烈な印象の顔、ドクロと言うかアライグマと言うかこの面構え、幼児には衝撃的な怖さで街行くジュピターを見ると恐怖におののく、そんな半世紀前を思い出してしまいます(笑)

旧新三菱重工(現三菱ふそう)から1959年、当時大型と2tクラス小型トラックの間隙をぬい初中型クラスでデビューしたジュピター、2.5~4tを取り揃え普通免許で運転可能な最大級のボンネットトラックとして人気を呼びました。

59年2.5/3tにて登場、60年に3t、64年に4t、65年には時代の要請もありキャブオーバー型も追加、これ以降はキャブオーバーが主力となり70年にボンネットは廃盤となりキャブオーバーはふそうブランドに移行してジュピター名は消滅、後のFKやファイターに継承されました。

実は仕事で付き合いあったトラック整備工場にこれをレストアし隠し持っているのがいますが恐らくこれ以外に実働はもういないであろういにしえのジュピター、誰が忘れても(知らんでも)ワタシは永遠にドクロトラック、忘れません!

さぁ、第6位!!

【マツダボクサー(1969~1980)】
車名の意味:BOXER=逞しく俊敏な犬のボクサーから命名。


ボクサー3.5t

これを知ってるのはよほどのトラックマニア、マツダマニアでしょう、その位レアでその希少度はマッシーダイナ以上かも…

ボクサー、以前はボクシングからきているのかと思いましたがボクシングにしろ犬にしろ猛々しく精悍なネーミング、6星さんが我がこそがオリジナルの如く“ボクサー”という言葉を得意になって吹聴している時期がありましたがどっこいクルマに使うのはマツダがオリジナルっすヨwww

しかしボクサー、これも11年も生存した割にには全く見た事ナシ、特に関東圏ではまだこの時代、“マツダ地獄”真っ只中でしたのでREに関係なくともマツダ車の普及率は低く特に商用、当時はポーターやボンゴ、タイタンにこのボクサー、滅多に見れる代物ではなく特に本格的なシビアなプロが扱う4t車でマツダの立つ瀬は関東では0に近い感じでした。

キャブオーバー4tが注目され始めた時期の参入で3.8L6気筒De110ps→115ps、後に5.5L145psの米・パーキンスとの共同開発ハイパワーDeも搭載し実力はふそうやいすゞ、トヨタに劣るものではなかったながらもやはり知名度の点で歯が立ちませんでした。

3.5t/4tでデビュー、後発に下級小型トラックでタイタンが発売以降、マツダのトラック戦略はそちらに移行、タイタンもキャンター、エルフ、ダイナがt数増強するのに合わせ3.5t積まで拡大しボクサーは4tのみでラインナップされますが1980年に売れ行き不振から廃盤になっています。

勇ましさで言ったらなかなかこれを超えるネーミングはない?ボクサー、トラックにはやや勿体ないと思う程イイ名前に思います!


☆☆☆~今週のスポットライト!!~☆☆☆

今一歩、惜しくもベストテンに入らなかったモデルはこちら…

【ダイハツデルタ750(セブンハーフ 1971~1982)】
車名の意味:DELTA=三角の意味もあるがこの場合はダイハツの「D」をギリシャ語での読むという意味合いとしセブンハーフは積載750㎏が主であった事によるもの。


デルタ750

正直デルタはどうでもいいですが注目は750と書いて“セブンハーフ”と読ませるところが憎いですナ(笑)
“ナナヒャクゴジュウ”でも“ナナハン”でもない、前者じゃまんまで脳がない、後者じゃバイクじゃあるまいし!と恐らく当時のダイハツネーミング担当者は思ったのでしょう、何かいいネーミングないか!!そうだ“セブンハーフ”!!てな感じでしょう(あくまで推測w)

クルマそのものはトヨタライトエースのOEMで乗用コンソルテ同様にFrマスクをゴテゴテにしたライトエースのオーバーデコレートモデル、トヨタ傘下入り前はダイハツは小型商用にニューラインというモデルがありこれの代替え車種として用意、3K型1200㏄エンジン始めFrグリルとハンドルマークが『T』から『D』に代わる以外は同じクルマ。

ダイハツはニューラインの上級トラックにベスタシリーズももっておりこれはダイナと兄弟化、商用シリーズを全て『デルタ』で統一していたので1tクラス(750㎏積み含む)とそれ以上の車種区別のためライトエースベースモデルをセブンハーフとした訳ですね。

セブンハーフを名乗ったのは82年まで、本家トヨタがライトエーストラックとタウンエーストラックを統合以後もデルタはトヨタOEMで存続しますが単にデルタ750㎏積みとされセンスある“セブンハーフ”は11年間のみ、好きとか嫌いではなくダイハツネーミングのセンスに唸りますナ(笑)


さぁ、ベストテンに戻ります!今週の第5位!!

【旧日産ディーゼル サングレイト(1963~1971)】
車名の意味:sun=太陽 great=偉大、卓越、優れた を組み合わせ太陽のように偉大なトラックという意味合いを込めて命名。

ねー、“太陽のような偉大に…”ですもんね、これ以上偉大なモノはないですヨね(笑)


サングレイト8t積

これですよコレ!この顔はジュピターが可愛く見える?ほど怖い、厳つくマジでいたいけな幼児は泣き出す程の怖さの面構え!
ダルマが睨んでいるような顔で当時のUD特有な2サイクルディーゼル(4stもあり)の悲鳴のような音を出して走り去るサマは正に当時問題になっていた“神風トラック”そのもの、交通戦争とか公害を取り上げる時事ニュースに出てくるトラックはサングレイトのイメージなんですよねー…

横浜では日産関連の工場も多く他地域に較べ特に多く見かけたのかもしれません、とにかく怖かったなぁ~。

サングレイトは長年ボンネット型で強さを発揮したUD初のキャブオーバー型であったTC80型トラックの後継として1963年発売、8t/11.5t積を皮切りに2stDeに加え4st5気筒、6気筒Deもラインナップ、頑強なシャーシとトラクタ、前2軸等の発展型も多く重量級輸送で好評を得、後のCシリーズや現行クオンにその信頼性を引き継ぐUD大型キャブオーバーのパイオニア的存在でした。

太陽のように偉大なトラック、もう何十年見ていないだろうか…。


いよいよ上位に行きます、第4位!!

【いすゞGIGA(1994~現在】
車名の意味:GIGA=10億の、巨大な、大きなという意味。いすゞが扱う一番大きな商品であることから命名。

ニューパワーとか810とか歴代のいすゞ大型のネーミングに較べこれも単刀直入に“デカい”というのが解るいい名前ですよね、GIGA、これ以上大型を表すのに解りやすいモノはないでしょう、素人でもトラックの名前とすぐ理解できそうで…。


初代GIGA(1994~2015 トラクタは1年遅れ)

バブル期設計になる94年発売のGIGAは下級4tクラスのフォワードとキャビンやパーツ流用化を先代の810以上に推し進めコストダウン、一方この時期は商用と言えどもキャビン内は考えられる快適性を盛り込むのが主流で高級車並みの快適装備(PWやステレオ、ファブリックシート等)が奢られた時代、豪華さを前面に出したのがGIG以前にFMCされた日野のプロフィア、これに応じて三菱ふそうもグレート→スーパーグレート、そしていすゞも810→GIGAと豪華に贅沢にFMCした訳です。

当時危機的状況にいたいすゞ、乗用から撤退しトラック専業となり日野(トヨタ)との提携等と併せGIGAも好評により危機を脱出、所謂石原法と言われた首都圏限定のPM/Nox排ガス規制も年々厳しくなる中でかつてニューパワーや810で売りだった大排気量V12/V10/V8を次々に失う代わりに最新技術の排ガス適合で業界をリードしたのも初代GIGAでした。

それまでUDが強かったトラクターやダンプでもシュアを伸ばしふそうの敵失もあり日野に次ぐ業界2位に躍り出たのもGIGAから、20t車25t車の頑強さも好評で盤石さをもを築きました。


2代目GIGA(2015~現在 トラクタは1年遅れ)

不況もあり20年FMCせずにいましたがそれが逆にいすゞ=GIGAを定着、従来1代ごとにペットネームを変えてきたいすゞ大型では初めて2代に渡りネーミングを継承させエルフに次ぐいすゞの代表的車種になったGIGA、馴染みやすくイメージし易い名付けのいい例ですネ!


ベスト3に入ります!今週の(もうええって)第3位!!

【旧日産ディーゼル レゾナ(1979~1990)】
車名の意味:RESONA= 英語で共鳴 (resonance) を意味する。ターボ吸気システムにレゾナンス吸気方式が使用されているためこの車名が付けられた。

意味を知ると大した事ないですがレゾナ、何かトラック名にしては素敵な耳障りのいい響きが好み、意味を無視すれば乗用車に名付けてもおかしくない気がします。


レゾナ平ボディ前2軸

現クオン、前ビッグサムからすると僅か11年だったレゾナ、首都圏では排ガスの関係で死滅しましたレゾナ前任Cシリーズから引き継ぐダンプ、トラクター、セルフローダー等重量級輸送、運搬車では根強い人気のあるUD、海外でも未だ2デフのレゾナであれば高額取引もなされます。

地方でもさすがに数は減りましたがダンプ等では今でも現役をまだ見かける事もあると思います、2/4tではトラックとしての評価はイマイチのUDでしたが大型は別格、この事から現在でも唯一大型だけは自社生産を続行しておりUD最後の矜持を見せてくれています。


レゾナセルフローダー2デフ車

恐怖の強面だったサングレイト、Cシリーズに代わってオシャレささえ感じる?レゾナ、顔付もジェントルでボクシーなスタイリングはスタイリッシュな大型車としてこれも記憶の隅に留めておきたい一品です!


とうとう来ました!第2位!!

【旧日産ディーゼルバイソン(1979~1981)】
車名の意味:BISON= アメリカバイソンなど、バイソン属の「野牛」の意味。

野牛ですよ野牛、スゲェインパクトあるネーミングで中身は日産OEMのヘタレ2tですが大型でも通用するような逞しく力強さを感じさせる”バイソン”たった2年強の短命で巷では存在感薄いモデルながら何故かこの名前、残ってるw


バイソンYC341型

アトラス以前の日産小型トラックであったキャブオール、元祖クリッパー(ミニキャブやキャリィのEMとは別物)のバッジチェンジのOEM車、キャブオールが日産系、クリッパーがプリンス、バイソンがUDにて販売される三つ子モデル。

そもそもUDは小型トラック部門は資本関係ある日産に譲り未進出でしたがこれに足を踏み入れるに対し自社開発せず既存モデルを流用したのがバイソンでした。

バイソン=倍損というマイナスイメージが商売人に嫌われたという逸話が残るクルマですが押しの弱いキャブオールやクリッパーに較べ当時の大型Cシリーズの強面イメージを持たせたバイソン、なかなの男前でオリジナルにない迫力は結構好みでした!

僅か2年の短命さに敬意を表し堂々2位です(^_^)v


さっ、オオトリですね!!第1位はこれでした!!

【三菱ふそう ザ・グレート/スーパーグレート(1983~1996)/(1996~現在)】
車名の意味:ザ・グレート=THE GREAT 英語で「偉大な」という意味でありスーパーグレート=SUPER GREAT スーパーは英語で「極上の、すばらしい」の意味。

菱ヲタ、ふそうヲタでなくともこのネーミング、いいと思いませんか!? ”偉大”そして”素晴らしく偉大”ですからね、大型トラックらしく豪快かつ素敵なネーミングで83年のグレートデビュー以来、今もこの名前はワタシとしてはNo1!!


ザ・グレートFVダンプ(1983~1996)

名前だけでなく乗り易さ、パワー(全種ではない)、見かけ、全てがGood!!で大型で自前で買うなら(ってさすがに運送屋でもやらかさない限り買いませんが…爆)絶対にこれを選びますネ!

グレートデビュー時はトラックデザインの概念を変える程の評判でこの年のグッドデザイン賞を受賞、従来の大型と言えばただ厳つく恐怖感すら覚えさせともすれば下品さえ与えるデザインが多かった中でエレガントさ、気品、オシャレさを表現したザ・グレート、その登場は衝撃的ですらありました!

13年間の永きモデルライフを高人気で終えたザ・グレートは96年(一部は2000年代迄継続=構内専用や軍用)のFMCで“スーパー”の文字を付加、より都会的に豪華に気品あるスタイルとなりザ・グレートの好評さを継承、残念ながら2000年代に入ってからの三菱不祥事の影響でグレート時代から続いたシュアNo1の座は降りる事となりましたがそれでも根強い人気、大型車の場合、ドライバーの好みが強く表れ乗用以上にそのメーカー愛着度は高くふそうファンはふそう、日野ファンは日野、いすゞはいすゞと浮気度合いは乗用に較べ低くあれだけの不祥事にも係わらずふそうの売り上げは想像以下、その分三菱乗用の信用低下、シュア低下は悲惨でしたがor…


スーパーグレートFPトラクタ(1996~2018)

三菱自動車から独立し三菱ふそうバス・トラックとなりダイムラーと提携、かつてのふそうとはかなり趣が変わり半外国企業となってしまったのはUDとラックス同様で淋しいですし他3社が全て大型も新キャビン(FMC)を施した中、以前基本96年のキャビンを使うスパグレ、勿論時代時代に於いてアップデートは行われていますがそんな部分にふそうの置かれた現況を感じます。


現行スーパーグレートFU(2018~)

しかしその旧設計は逆に当時のバブル設計を継続しているのもあり質感や造り込みは日野、いすゞ、UD以上に感じます(個人的主観)しスーパーグレートは永遠に!!とスパグレファンはまだまだ叫びます(^_-)-☆


ランキングは以上となりますが他にも心惹かれたネーミングは枚挙に問いません、そこで圏外として以下に記します!

12位:タイタン(マツダ1971~現在)
13位:キャンター(三菱/三菱ふそう1963~現在)
14位:プロフィア/スーパードルフィンプロフィア(日野1992~現在)
15位:レンジャー/デーキャブレンジャー(日野1964~現在)
16位:エルフ(いすゞ1959~現在)
17位:フォワード(いすゞ1970~現在)
18位:ホーマー(プリンス/日産1964~1982)
19位:ブラッド(スバル1977~1990)
20位:アトラス(日産1982~現在)

21位以降は下記となります。

21ファスターオデロ(いすゞ)、22:コニーグッピー(愛知機械)、23:ストラーダ(三菱)、24:トヨエース(トヨタ)、25:キャブオール(日産)、26:クオン(UD)、27:キャブスター(日産)、28:スタウト(トヨタ)、29:ハイエース(トヨタ)、30:スクラム(マツダ)、31ミニエース(トヨタ)、32:フォルテ(三菱)、33:ジュニア(日産)、34:ビッグサム(UD)、35:ポーター(マツダ)、36:ニューパワー(いすゞ)、37:810(いすゞ)、38:トライトン(三菱)、39:ハイラックス(トヨタ)、40:プロシード(マツダ)

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如何でしたか?毎回〆では書きますがクドイですがあくまでもこの企画はお遊び、『それは違うだろ?』とか『あれが入ってねーじゃん!!』的な反論もあるでしょうがこれはワタクシの基準、これを読んで皆様も独自なお好きな名前ベストテンを思い浮かべて愉しんで頂けたらと思います。

また独自のベストテン、今は暇こいてるんでまた新ネタ思いついたらUPしますんでお付き合い下さいませませ!

長文読破、お疲れさんでした(^o^)/
Posted at 2018/11/25 09:08:45 | コメント(1) | トラックバック(0) | ザ・ベストテン | クルマ
2018年11月17日 イイね!

私が惚れた!ネーミング“ザ・ベストテン”

私が惚れた!ネーミング“ザ・ベストテン”何と!!2年半ぶりのこの企画w 過去記事”保存版”ではないですヨー、新作っす(^_-)-☆
久々の長編ですので読む方はご覚悟をw

突然思いついちゃいましたわ、クルマやバイクのネーミングなんて星の数程ありますが今回はワタクシ元Gureがこれまで市場に存在した各社・各車のネーミング=ペットネームの中で心惹かれたモノをベストテン形式で語ってみたいと(^_^)v



例によってここに挙げるお約束ですが…

①対象はこれまで市販された国産車、国産バイク
②ネーミング定義はメイン、サブに限定しグレード名は対象外(但しグレード名が発展して車種名に昇格したモノは対象)
③あくまで個人的にネーミング痺れた、これはカッコいい名前だ!耳障りがいいよね!という主観でランク付け、その個体の中身は重要視せず。
④所謂一般的な人気不人気、クルマ自体の出来不出来は無視、あくまで単に名前が好みという感覚。
⑤輸入車は除くも日本メーカーであれば逆車、海外専売車も含める。

と致します!

クルマの名前、これって結構重要に思いませんか?そのネーミングによってクルマのイメージ、印象が決まると言っても大袈裟ではないし…

逆に名付けが失敗するとそのクルマそのものも商業的に失敗したりもある、言いにくい、耳に入りにくいといったケースが多いですよね。

反面エレガント、格調、スポーティ、可愛い、ワイルド等メーカーが狙った通りのイメージ戦略が成功すれば人気も高く売れまくり大成功を収める事も数々、人間は勿論の事、犬や猫等のペットや工業製品、食べ物や生活用品等世に名無しなんてモノはない訳ですし日本人の場合、クルマやバイクを人間やペットと同様に愛し慈しむ民族には特に名前って重要に感じます。

それでは前置きはこの辺にして(汗)題して『私が惚れた!ネーミング“ザ・ベストテン” 』!!やってみたいと思います!



さぁ、今週の!?第10位!

【プリメーラ(日産 1990〜2005)】

車名の意味:primera=女性系形容詞、英語で言うファースト(first)、スペイン語の女性系形容詞、男性形はprimero。

初代プリメーラP10型(1990~1995)

日産の中級ファミリーカーであったプリメーラ、バイオレット→オースター/スタンザを経て90年からこのネーミングの新型がデビュー、先代、先々代が泣かず飛ばずの稀代の不人気車でバイオレットの1973年~オースター/スタンザ最終の90年まで、実に17年も不調に敢えて喘ぐこのカテゴリーのモデルネームを見切り新たにプリメーラとした訳ですがクルマそのものの完成度、思想も名前だけではなく一新、見違えるようなプリメーラ、初めてその名を耳にし姿を見た時はハッとする程名前と姿が一致、当時の日本車でこのクラス、これほど耳に残りかつ実車に於いても惹かれたモノはない、見かけも名前もまんまファミリーセダンって感じの没個性なクルマばかりでしたのでワタシにとっては非常に衝撃を受けましたね~。


2代目プリメーラP11型(1995~2001)

「プリメーラ」という名前、軽快だし個性的、一度聴いたらすぐ耳に馴染み忘れない感覚、オシャレでスポーティでもありこの時期、大きな変革期を迎えていた日産、なかなか素敵な名前を付けるもんだなぁ…と感心したモノでした(^_^)


3代目プリメーラP12型(2001~2008)

ワタシ的に評価が高いのは初代P10、かつてはBigネームの上級ブルーバードの影武者下級扱いだった立場を逆転、ブルを喰う程の人気を得ましたが他車と比較しても例外なく代を追う事に肥大化し軽快さを失い没個性化したのはプリメーラファンとしては残念でした…。

続いて第9位!!

【ギャランGTO/GTO(三菱1970〜1977/1990~2001)】

車名の意味:GTO=グランツーリスモオモロガート(gran turismo omologato)=正式に認められたグランドツーリングカー、フェラーリ(伊)、ポンティアック(米)に次いで日本では三菱が命名。

ギャランGTO A53/55/57C型(1970~1977)

当時の三菱量販メインモデルであったコルトギャランをベースにハイパワーエンジン、スポーティなHTクーペボディを着せたスペシャリティカーとしてデビュー、トヨタセリカと並びこのカテゴリーの先駆でした。
そうそうたる名車に名付けられた「GTO」を名乗るにはベースがファミリーカーという部分から疑問視された向きもあるようでしたが当時は希少なDOHCモデルの存在、空力特性を追及したスタイリング、当時の水準を超えるドライバビリティ等からそのネーミングに相応しい三菱No1の名車として今では認知されていますねー。

最初の愛車にした位のGTOマニア、これは自他ともに認めるワタクシですが“正式に認知されたGTカー”なんてスゲェ!とまず最初に喰いついたのがその勇ましいネーミングであった事は50年近く前の事ながら鮮明に記憶に残っています!


GTO Z15/16A型(1990~2001)

ギャランGTOは7年の在任を終えギャランΛに後を託し「GTO」のネームは一旦退場、その後Λ→スタリオンを経て1990年のバブル期に三菱の持てる技術を惜しむ事なく盛り込んだ新開発スポーツカーで復帰、ギャランのメインネームが外れ「GTO」単独となりながらも復活時は心躍りましたね、三菱スポーツ=GTO、やっぱコレだと(笑)

クルマそのもは好景気の時代、他社ライバル群も強豪揃いで大きな評価は得られませんでしたが現況の三菱が置かれた立場を見るとこのネーム復活はかなりの難易度と思われ三菱好調時代の証人としてでも忘れられない名前です…。

さぁ、8位行ってみましょー!

【ロードペーサー (マツダ1975〜1979)】

車名の意味:Roadpacer=造語であり単純に訳せば“道路の王様”ながら当時の旧東洋工業社長の意である「このクラスのベースを造りたい」「クラスをリードしたい」という願いも込められていました。

ロードペーサーRA1S型(1975~1979)

センチュリー(世紀)、プレジデント(大統領)に対抗するマツダのショーファーとしてデビューしたロードペーサー、大型高級車として既に認知度が高くクルマもネームも威風堂々とするライバルに対し「道路の王様」と来ましたからマツダ、喧嘩売ったなぁとも思いましたが単純にカッコイイ響きで好きなんですよね、実車はGMからの借り物で純国産ではないながらも唯一パワーユニットが当時のマツダの矜持であるロータリー(RE13B)を搭載、排ガス規制の暗黒期にそれをモノともしないREパワーは確かに”王様”になり得たとも思います。

しかし米国では大衆車扱いのホールデンがベース、そしてせっかくのREも車格に釣り合わない、70~80年代に訪れたOILショックが災いし極悪燃費でイメージが悪く日本のショーファー界に受け入れられず僅か4年で退場、王様にはなり得なかった弱小メーカー高級車の哀しい性をロードペーサーを思うとどうしても感じます。


77年~の後期型

しかし「ロードペーサー」って…今でもこの響き、カッコいいなぁと素直に思います!(^^)!

盛り上がってまいりました(汗)第7位!!

【エクリプス/エクリプスクロス(三菱1989~2012/2018~現在】
車名の意味;eclipse=英語で日食、ギリシャ語で力を失うという意。
訳すと英語にせよギリシャ語にせよ?的ですが単純に“エクリプス”という響きにカッコ良さを感じます(笑)
現在ラインナップ中のエクリプス・クロスの「CROSS」はクロスオーバーからのネーミング。

初代エクリプスD21/22/27A型(1989~1995)

E30ギャランをベースにしたスポーツクーペとして開発されるも国内ではラインナップされず逆輸入のみ、海外専売モデルで米国では高い人気と支持を得て20年超、全4代の長寿車でした。

国内ではギャランVR-4やGTO/FTOが80年代後半~90年代三菱スポーツを担当、車格がこれらと被るエクリプスは主要マーケットである米国人好みに特化しますが日本でもマニアは少なからずおり特に初代は逆輸入で多く入っていましたね。

スマートなネーム同様に日本車離れした出で立ちがグッドマッチングって気がしませんか?特に女性が乗ると異常に美人に見え左ハンドルマジックもあり値段の割に高級エレガントに見えたのも懐かしい(笑)


2代目エクリプス(1994~1999)

米国で廃盤になってから6年ぶりにその名前が今度は国内販売モデルでも復活、流行りのSUVに生まれ変わりそれを表す「クロス」がサブネームに入りました。
かつてのエクリプスとは殆ど関連性のないモデルとなりましたが「クロス」付加によりワイルドさとクルマの性格が一度聞けばズバリ解るのはいいかなと…?


エクリプスクロスGK1W型

ただ、日本で売っておらず三菱マニア以外には知名度が低い「エクリプス」を何で今頃?という疑問は残りますナw

どんどん行きます、第6位!!

【プレリュード(ホンダ1978~2001)】

車名の意味:prelud=前奏曲という意。
4輪界に名乗りを上げた頃のホンダはローマ字と排気量といったバイク的ネーミングで他社とは一線を画すも70年代に入るとペットネームを付すようになりその頃、非常にセンスあるネーミングをするなぁと感心したモノでした。

初代プレリュードSN型(1978~1987)

60年代は日本はファミリーカーが急速に普及、このためファミリー訴求の可愛らしい名前やほのぼのとした名前、また、これらをも捩った造語が多い中、ホンダは他社が注目しなかった音楽分野に目を向けこのプレリュードと名付けた時には見事!と思いました。

ホンダ初のプライベートクーペ、その名に恥じない心地良い音楽を使ってイメージ戦略で訴えるCMの造りもそれまでにないセンスを感じ今は亡きプレリュード、曲を聴くようにウットリしますナw

プレリュードは全5代、特に2代目ではオシャレで背の低い流麗ボディにリトラクタブルライトのパーソナル性が受け“デートカー”としての文化を確立、初代~2代目前半はアコードの大人しいエンジンでエレガントなクーペスタイルという体がデートカーの異名を得た理由。


2代目プレリュードAB/BA1型(1982~1987)

2代目後半からはハイパワーなDOHCモデルも追加、3代目では先進技術の4WSを採用しデートカー以上の実力を備えましたが4代目~最終5代目ではクーペモデルの需要衰退により販売人気も激減、2001年に惜しくも廃盤となっています。


3代目BA4/5/7型(1987~1991)


☆☆☆〜今週のスポットライト!!〜☆☆☆

今一歩、惜しくもベストテンに入らなかった私が惚れた!?ネーミングはこちら…

【ゼファー(カワサキ1989~2009)】

車名の意味:ZEPHYR=西風、川崎重工から二輪界に新風をという意を込めて命名。

ゼファー400(1989~2009)

バイクです、バイクのネーミングは例えればCB750とかGT380とかZ750、SR400等のようにローマ字+排気量というのが一般的、4輪のようにペットネームが付くというのは特に昔は稀、近年になりペットネーム付加も珍しい事ではありませんがかつてはこれが一般的、しかし国産バイク創世記にはドリームやベンリィ、カブ等4輪ではペットネームを付さなかったホンダが積極的に名付けておりました。

そんな中、4輪程ではないにせよ二輪でも頭で数えても幾つも思い浮かびますがバイクという性格上、ローマ字+排気量がズバリ解り易く個人的には今も昔もこっち派ですがね、そんな中でも刺さるネーミングの一つがこの「ゼファー」…

当初400のみでデビュー、メーカーの想像を超える好評さで750、1100を追加、80年代後半は何もかもレプリカ一辺倒という時代に大人の乗れるバイクがないといった声が高まりそこでタイミング良く現れたゼファーはかつてのオートバイらしいスタイルと程よいパワー、重厚感溢れる出で立ちはアダルト世代を中心に支持を得て二輪としては長寿であり4バルブ化されたゼファーχに継承しながらシリーズ20年前後を誇るHITとなりました。


ゼファー750(1990~2008)

「ゼファー」はフォードが命名権を持っていたとの事、しかし前述の通りこの新開発バイクにかけるメカワサキの執念でフォードよりネーミング権を得て発売されたゼファー、製廃後10年になるも現在もファンは多く古典的なネイキッドスタイル=ゼファーというイメージを浸透させた2輪界では偉大なネーミングに思います!


ゼファー1100(1992~2008)

さぁ、ベストテンに戻ります!今週の第5位!!

【マキシマ(日産1984~1994)】

車名の意味:maxima=元々は最大、最上を表す英語(maximum)でありそれを変形させたモノ。
海外専売モデルであった1981年の910型ブルーバードの6気筒エンジン(L20)搭載モデルで「ブルーバード」の最上級モデルに車名としては初お目見えながら77年デビューのA10型スタンザの最高グレード名「マキシマGT-E」にて初めて名付けられました。


最初にグレード名で「マキシマ」を名乗った初代スタンザ(1977~1981)

日産はこのマキシマという名前、よほど気に入っているらしく国内では使用を終えているも世界各国で販売される車種では今でも現役、豪州のティアナ、サウジやUAEでのローレルやセフィーロが「マキシマ」名でした。

確かに日産がこだわるように響きも意味もなかなかいい感じ?プレミアとかグランドと高級度合いを表現するケースで車名やグレードで使われがちですがマキシマム=マキシマは日産オリジナルであり純粋にカッチョいい響きと思い好きなんですよねー。

しかし国内に於いてはスタンザの77~81、U11ブルーバードの84~88、そしてU12ブルの派生型独立のJ30型88~94年と都合14年間に渡りこのネームが存在するもどれもHIT作には恵まれずU11ブルの時代に初のFF大排気量車として若干話題になった程度、このため日本での使用は94年を持って打ち切られ以後は海外専用の名前となりました、何か惜しいですが日産も懲りた?


グレード名からサブネームに昇格!ブルーバードマキシマ(84~87、87年以後は単独のマキシマ名)

87年にベースのブルーバードがU12型にFMCしたのを機会に旧U11マキシマは継続ながらもブルーバード名を廃止「日産マキシマ」として独立、88年にJ30型マキシマとなり94年まで現役、これのFMCはセフィーロと統合されマキシマ名は国内消滅となりました。


J30型マキシマ(88~94)

日産お気に入りのネーミングながら日本では陽の目がなかった「マキシマ」、響きがいいだけに勿体ないと思うのはワタシだけでしょうか…!?

いよいよ上位に行きます、第4位!!

【マッハ(カワサキ1969~1976)】

車名の意味:Mach=超音速の速さ(速度)を表す単位。
ベストテン圏内唯一の2輪名になりますネ、担当直入でいい名前、バイクの性格をズバリ表ししかも響きもカッコもいい、何せ実車は“殺人バイク”とまで言われた2st3気筒のビックシリンダー、制動技術がエンジンパワーに追いつかないある意味未完成ながらもその危険性が内外のバイクマニアを虜にしましたからねぇ、バイク=速い=マッハ!これを超えるバイク名は後にも先にもないと思います(笑)

当初米国で発売されたマッハH1型(国内発売1969)、2サイクル3気筒500ccで60psというとんでもないスペックでより排気量の大きい大型バイクをカモる実力、2速までウィリーすると言われた大トルクと350~400㏄並み174㎏という軽い車体、その割には止まらない前後ドラムブレーキという点が先記の異名を取る由来。


マッハ500及びマッハⅢ(1969~1976)

あまりのスパルタンさからマッハは内外で大人気、カワサキ=トリプル3気筒がイメージとなりシリーズ化、同じ69年に日本初のナナハンとしてデビューしたホンダCB750fourに対抗してマッハも排気量を上げたマッハⅣ750SS(H2型)、マッハの弟分であるマッハⅡ350SS(SⅡ)/マッハ1 250SS(S1)とマッハファミリーを形成、これを機に従来の500はマッハⅢ500SSとなっています。


マッハⅣ750SS(1971~1975)


マッハ1 250SS(1972~1976)

750~250まで全て共通の2st3気筒、3本マフラーで統一したマッハシリーズは内外でも大人気を誇りその名に恥じないロケットのような加速音、どの排気量でもクラスを超える危険ですらあるワイルドさは今も語り継がれますが事故率の高さ、そして主要マーケットのアメリカでの環境問題もあり意外なほど短命、750は75年、新開発の4st4気筒DOHCのZ1(900c、国内はZ2 750cc)に切り替えられて廃盤、500もマイルド化が推し進められ76年に新たに「KH500」となるも直後に廃盤、以後350→400ccとなりKH400、そして250SSもKH250と名を変え存続、免許制度改正により中型二輪が国内では主となったため需要が拡大したのもありマッハ時代から大幅にマイルド、そして安全性も高め(一例としてps抑制やFrディスクブレーキの装備)400/250に関してはKHとなって80年まで現役を通しました、500マッハがデビューして10年、2輪としてはかなりの長寿を誇りKHになって以降、マイルドになりながらも最後まで環境問題に反抗する2stトリプルというカワサキの矜持を持ち続けたのはカワサキマニアの一つの誇りかもしれません!

いよいよベスト3に入ります!

【サバンナ/サバンナRX-7(マツダ1971~1992)】

車名の意味:savanna=アフリカ及び南米などの亜熱帯地域を差す、RX-7は社内開発呼称。
これも響きがいいですなぁ、単に地域名なんですがライオンや虎、像他の野生動物、幻想的夕陽、広大な草原の光景が思い浮かびます(行った事は勿論ないですが…笑)
マツダがバブルに浮かれ無謀5チャンネルなんてやった時にいとも簡単にこの名を棄てた日にゃは何て勿体ない!何てバカな!とマジ凹みました、20年に渡りその名に恥じないワイルドな高性能スポーツ、唯一無二なREスポーツのイメージを確立しながら「アンフィニ」名に換えた時はガックリですよ、いや、アンフニィニもいいネームではありますがサバンナを棄てる程ではないだろうと…(この辺は個人的感覚ですので賛否両論と思います)

サバンナ、この名前は初代RX-3の通称で知られるS102系(1971)から始まり2代目SA22C(1978)、3代目FC3S(1985~1992)までのモデルを差し後続のFD3S(アンフィニRX-7及びマツダRX-7)、SE3P(マツダRX-8)は継承モデルながら含まれません。


初代サバンナ(1971~1978)

全3代のモデルがあるサバンナですがその名を聴き真っ先に思い浮かぶのはやはり初代でしょう、まだOILショック前の1971年、夢のエンジンとしてマツダが社運を掛けて開発したREエンジン搭載モデルの実質的な完成&普及モデル、初搭載のコスモスポーツが超高額なイメージリーダー的存在でしたし続くファミリアREやカペラREはシャーシやブレーキに問題アリ、初のFF+REとしたルーチェREクーペは試作車的極少量生産でしたのでね、しかしこれらの失敗、問題点を克服してデビューしたサバンナはREの特性からなる走行性能を最大限に生かしレース界でも革命を起こす程、スポーツカーマニアには垂涎の的にもなりました!

しかし不幸は案外早く訪れ73年に日本をパニックに陥れたOILショックが到来、パワーの代償になる極悪燃費のREは内外で忌み嫌われ一気に支持を失う結果にorz…

不幸はまだ続き日本では暴走族問題も深刻化、その獰猛なスタイルから彼らに持て囃されたサバンナはこいう部分でもマイナス要因になり73年以降は売れ行き不振に喘ぎます。

そんな四面楚歌状態ながらマツダのREに~賭ける意地は凄く78年までの7年も継続、75年以降は排ガス規制により各社のスポーツモデルが軒並み牙を抜かれる中で“族車”と揶揄されながらも国産最速、国産スポーツの火を消さない姿勢には感動したモノであります、サバンナの名を聴くとあの暗黒時代でも一人気を吐いたRX-3、拍手贈りたい!

そんなサバンナでしたがマツダはOILショックを契機に何でもかんでもRE!!政策を転換、最大の懸案である燃費をそれ程気にしない富裕層向けの高級車やスポーツカーに的を絞り搭載、サバンナはよりピュアスポーツなRX-7へと産まれ替わり当時、国産スーパーカー、プアマンズポルシェの異名を取り唯一のそれだった日産フェアレディZと共に排ガス規制でズタズタになったスポーツカー分野の再建を果たす事になります。


2代目サバンナRX-7(1978~1985)

RX-7になると殆ど“サバンナ”と語られる事はなくなりワタクシとしては淋しい限りでしたが6PI REやREターボとSA22Cは順調に発展、85年RX-7としては初のFMCで3代目FC3Sがデビュー、それまで高級車であるルーチェ、コスモ、ロードペーサーにしか積まれなかったRE最大級の13B+ターボという過激さを背負ってデビュー、この頃日本では第二次ハイパワーブームが到来、ソアラやセリカXX、スカイラインRSターボ、スタリオンやギャラン/エテルナΣシリウスダッシュ等ハイパフォーマンスモデルに立ち向かうマツダREパワーの神髄を見せる訳です!


3代目サバンナRX-7(1985~1992)

これ以後は後続アンフィニRX-7に継承しサバンナ名は消滅する訳でS103時代は獰猛でワイルドなともすれば下品と形容されながらもRX-7となってからスマートなピュアスポーツとしてマニアの心を擽り続ける、サバンナ/RX-7や8はREあってからこそ!ですしね、その元祖の“サバンナ”RE復活の折には是非名前も復活して欲しいモンです(^^;)

とうとう来ました!第2位!!

【コンチェルト(1988~1992)】

車名の意味:concert=イタリア語で協奏曲の意。

前期型(1988~1991)

伏兵?コンチェルト登場www
このクルマ、今や知ってるヒトどれ位いる?って程のレア車、クルマそのものは失敗作、て言うか全く売れず1代限りで消滅しほぼ忘れ去られているでしょう。

しかし“コンチェルト”ってネーミング、素敵に響きませんか?プレリュードの項で述べた通りのホンダ音楽ネーミングの第三弾、プレリーュード(前奏曲)、バラード(感傷曲)に続いてコンチェルト(協奏曲)ですからねー、ホンダのこの頃の名付けセンスは唸るモノがあります、なかなか目の付け所が違いますよね!

シビックのコンポーネンツを流用しながらイギリスのローバーとの共同開発、あちらでは定番の5HBモデルがメイン(4セダンもあり)で日産スタンザや同ローレルスピリット的な“小さな高級車”、但しそれらとは違い本場英国調のセンスいい高級感はクラスレスで目を見張る気品を感じましたっけ。

しかしこのようなカテゴリーは日本人には受け入れられずかつ日本では鬼門の5HBメインという政策から鳴かず飛ばず、どちらも6ライトで上品な出で立ちながらも人気販売は低迷、91年に日本人ウケを狙い質素な外観をオーバークオリティにする改悪をされながらも最後まで受け入れられる事なく92年に廃盤、今度はセダンメインのドマーニに後進を譲り消えて行きました。


後期型(1991~92)

名前はホントにいいんですがねー、2位にする程ですから相当お気に入りです、願わくばもっとホンダらしく革新的なモデルに名付けて欲しかった、前奏曲と感傷曲は成功し今でも語り継がれるネーミング(感傷曲=バラードスポーツCR-Xが有名ですね)ながらコンチェルト、殆ど知らんでしょうねorz…

さっ、そしてオオトリ!今週のTOPを飾るのは…

【チェイサー(トヨタ1977~2001)】

車名の意味:chaser=英語で追跡者の意、それに由来しバー用語で強い酒の後に続いて飲む水、弱い酒を差す事もあり。

初代X30/40型(1977~1980)

“チェイサー”文句なくカッコいい名前!響きもCMのイメージも中身もそれにピッtリ符合、人気マークⅡの兄弟としてその人気を追跡する、はたまたライバルと照準にしたスカイラインの完成度、人気を追跡する、そんな意味合いも込められていました。

3代目マークⅡのFrやテール、インテリアを若々しいデザインとしただけではなくマークⅡにはない、足回りには高い評価を受けていた当時のスカイラインGT-ES(ジャパンGC210系)にガチンコさせるハーダーサス搭載のSGSグレードが最大の目玉!若き日の草刈正雄氏がロサンゼルスの街をこのSGSで駆け回る映像はとても印象深くかつチェイサーのイメージを強烈に植え付けました。

80年に初のFMCが施されそれ以降もマークⅡの若向きとしてラインアップ、最量販のマークⅡ、高級パーソナル版クレスタと共にマークⅡ3兄弟の一角を占めバブル期やハイソブームの中では兄弟中ブービーながらも多過ぎるのを嫌う層には支持され続け独自の立ち位置を確立、マークⅡやクレスタを選ぶ層よりクルマ好きに支持される傾向があったように感じます。


2代目X60系(1980~1984)

廃盤まで全6代を数えるチェイサー、悪く言えば常にマークⅡの影武者でもありましたが最終6代目X100系ではそれを逆転、マークⅡが限りなくクラウンに近づき対象年齢も高齢化したのとは裏腹に前後オーバーハングを切り詰めより走りに振った100系は大人気、チェイサー史上初めてマークⅡやクレスタを上回る人気を獲得、FR、縦置き6気筒という今では現存しない中身も高い支持を受け続け特に走り屋層には絶大な人気、製廃から20年近くを経た現在でもその人気は衰えず中古市場ではプレミア値も付くという程の名車になっているのはご承知の通り!


6代目X100系(1996~2001)

ワタシ的に今のところ国産車『チェイサー』を上回る痺れたネーミングはないので輝く第1位とさせて頂きます(^_^)v!


ランキングは以上となりますが他にも心惹かれたネーミングは枚挙に問いません、そこで圏外として以下に記します!

12位:インプレッサ(スバル1992~現在)
13位:インテグラ(ホンダ1985~2006)
14位:クレスタ(トヨタ1980~2001)
15位:レビン/トレノ(トヨタ1972~2000)
16位:ブリザード(トヨタ1980~1990)
17位:エルグランド(日産1997~現在)
18位:スタリオン(三菱1982~1990)
19位:ガゼール(日産1979~1986)
20位:ドリーム(ホンダ2輪1949~2016)

21位以降は下記となります。

21:グロリア(日産)、22:グランディス(三菱)、23:レガシィ(スバル)、24:ランサーエボリューション(三菱)、25:プレジデント(日産)、26:スターレット(トヨタ)、27:スプリンター(トヨタ)、28:コスモ(マツダ)、29:マグナ(三菱)、30:エスクード(スズキ)、31:コンパーノスパイダー(ダイハツ)、32:ギャラン(三菱)、33:インスパイア(ホンダ)、34:ディアマンテ(三菱)、35:スカイライン(日産)、36:ミニカダンガン(三菱)、37:エクサ(日産)、38:ランドクルーザー(トヨタ)、39:エチュード(マツダ)、40:スタンザ(日産)

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如何でしたか?毎回〆では書きますがクドイですがあくまでもこの企画はお遊び、『それは違うだろ?』とか『あれが入ってねーじゃん!!』的な反論もあるでしょうがこれはワタクシの基準、これを読んで皆様も独自なお好きな名前ベストテンを思い浮かべて愉しんで頂けたらと思います。

また独自のベストテン、今は暇こいてるんでまた新ネタ思いついたらUPしますんでお付き合い下さいませませ!

長文読破、お疲れさんでした(^o^)/
Posted at 2018/11/17 21:19:04 | コメント(0) | トラックバック(0) | ザ・ベストテン | クルマ
2016年06月19日 イイね!

保存版・ +(プラス)の余裕はまだあるの?…トヨタカローラ“ザ・ベストテン

保存版・ +(プラス)の余裕はまだあるの?…トヨタカローラ“ザ・ベストテン
今回のお題、どなた様も何らかのカタチで関わった方も多いのでは?と感じます、我が家で乗っていた、初めての愛車、親戚や知り合いが乗っていたetc…

70〜80年代が最盛期かな!?どこの家庭にもカローラが停まっているのが当たり前という時代もありましたしクルマに目覚めた子供の頃の我が家の愛車がカローラ!!って方も今の30〜50代では多いでしょう、幼き頃の郷愁、夢もあり現在では過去のカローラがやや過大評価されているキライもあるように感じますがかつての日本を代表するファミリーカー、90年代までは泣く子も黙る?日本で一番売れた事もありクルマに興味がない女子供でもその名前を知らない者はいない超メジャー車、昨年には国内販売累計1000万台を達成、1969〜2001年までの33年連続で車名別日本国内販売台数第1位を維持してきたお化け車、カローラに恐れ多くも手をつけてみたいと思います!

カローラ、最盛期にはそのあまりの売れ行きから決して褒め言葉ばかりではなく中傷も多かった、ワタシもほんの一時期ながらこれの販売に携わりその頃の新旧のカローラは熟知していますがあまりの普及で真偽を問わず膨大な情報がこのクルマに於いては溢れているんでワタシなりに見解?感想?思いを書いてみようかと思います、当然いつものように独断と偏見です、ファンも多いカローラですから反対意見も多いとは思いますがそこは大人な対応をお願いしますよ、たかがイチ個人の思いですから気楽で鼻で笑いながら読んでやって下さいナ(^^ゞ

さて、カローラというクルマ、1966年(昭和41年)にデビューと同時に大反響大人気、それまで360cc〜700ccというクルマとしては満足な性能を発揮できないモデルが庶民の足であったところ名神、東名高速の開通や高度成長期であった時代にズバリとマッチ、より高性能でより豪華な大衆車を望む庶民の意向を的確に捉えそれまで700〜800ccのパブリカで培った経験を元にして発売された初代カローラ、内容の割に安価でありかつ従来にないモダンなスタイリングが大きな人気の要因でした。

ライバルとしては僅かに先行発売された日産サニーが真っ先に挙げられますが他に従来から800〜1Lクラスにラインナップしていたマツダファミリア、ダイハツコンパーノベルリーナ、三菱コルト等が存在、カローラはこのクラスでは最も後発ながらライバル陣を的確に研究しこれらにないプラスαを付加しながら価格は抑えるというトヨタ商法で大成功、この時からこの施策は現在まで継承しこの事がトヨタを日本一、いや、世界一のメーカーに君臨させたのは有名な話ですね。

例えば初代KE10型は当時「1Lカーブーム」と言われる最中“+100ccの余裕”と謳い1100ccでデビューさせお得感を煽りスタートダッシュに成功、以後この手法でライバル達を煙に巻いたのは承知の事実、このやり方には賛否両論ありましたが確実に言えるにはカローラがこのクラス、いや、我が国の自動車市場のリーダーとして牽引してきたのは間違いなかった訳で日本車の発展に大きな貢献をしてきたという点は大いに讃賞に値するものだと思います!

さっ、そんなカローラの“ザ・ベストテン” やってみたいと思います。

尚、定義としてはいつものように“カローラ”の名前が入ればどれもランク対象、カローラFXもランクスもレビンもルミオンもセレスもスパシオも含みます、ただ、カローラ名を名乗っていてもシャシを共有せず型式も共通しないカローラⅡは対象外としますし双子兄弟であるスプリンターも70年の独立以後は対象から外しますのでご承知願います!


さぁ、今週の!?第10位!!

【初代カローラ KE10系(1966〜1970)】


偉大なる記録はココから始まった訳ですね、初代KE10型、昭和40年代の街はこれで溢れうちのクルマも友達の家も、学校の先生も猫も杓子もこれに乗る…という時代でした、確かに!

今のプリウス/アクアよりも絶対多かった、石投げればカローラに当たる、そんな時代だったですねー…

うちはワタシの産まれる前の初愛車が叔父からのお下がりだった310ブル、その後自前でパブリカUP10、そして3代目の愛車がこのKE10、物心つき初めてクルマというものに興味を持ったのがKE10ですので特別な思い入れがありますねやはり。

最大のライバルであるB10サニー1000と較べふくよかでモダン、同じクラスにいながら1クラス上を感じさせる贅沢なボディラインは非常に魅力的、後年自分で運転するようになってからサニーと較べるとエンジン、走行性能ではサニーに軍配だと思いますが見た目と1億総中流化と言われた時代の庶民の願望を叶える演出は圧倒的にKE10が上だと思います、まだまだコラムシフトや横長メーターが常識の時代にフロアシフトや丸形独立メーターを採用し見た目の若々しさもウケるポイントでした。

とにかくKE10は高度成長のシンボルであった訳ですし戦後に日本人が憧れた欧米式の生活を実現する証、その功績は大きくつい20年前まで焼野原だった日本の復興の象徴の一つだと大袈裟でなく思います、そんな偉大な存在ですので数多い車型を有するカローラの中、堂々10位に選出しました!

尚、KE10には後発でクーペモデル『カローラスプリンター』が存在しますがこれは別順位、10位ランクインは都合2度もMCを行い前〜中〜後期全てを含めかつ2/4ドアセダン、同バンにクーペ(スプリンター)を除く全てを対象とします!


続いて第9位!!

【3(2)代目カローラレビン TE37型(1974〜1975)】


限定です、カローラとしては3代目ですがレビンとしては2代目になるTE37型となります!

先代20型でトヨタの看板であったDOHCエンジン(2T-G型)を搭載しそれまでのファミリー層に加えモータースポーツファンやスポ車ファンにも支持されたカローラレビン、74年3代目のFMCでこのレビンもTE37型となりました。

E30型、非常に車種展開が多く後発も含め2/4セダン、HT、クーペ、リフトバック(LB)、バンとなりトラック以外当時考えられる車型を全てを網羅していましたがこの中でも個人的にはHTが一番苦手、先代でセンセーショナルだったレビンはクーペモデルでしたが30デビュー時はクーペ設定はなく新たなスポーツボディはHTとなりこれに継承した訳です。

市場反応も同様でしたが野暮ったく日産のようなインポブルメント気味なデザインは不評、同時にFMCしたスプリンターはクーペモデルでこちらはクリーンでスッキリしたスタイルが好評でしたのでそのボディを使うトレノ(TE47)に評価が集まりました。
30となりボディが大型化し走行フィーリングはダウン、その上法規上NGとなった先代TE27型レビンのデザイン上最大の特徴だったビス留め式オーバーフェンダーが廃止されたのも痛手、HTボディになり剛性が弱まり多くのラリーストからもピラーがあるTE47に支持が移行するなどもあり人気は大幅にダウン、排ガス規制による一時中断後にレビンは蘇りますがその時はスプリンタークーペのボディとなる新生?レビンになりましたので74年のFMC〜50年度排ガス規制施行の昭和50年いっぱい、つまりは1年少々しかラインナップされなかったTE37、レビン史上最も短命であった事が今ではその希少性で注目されておりますが当時は前述の通り評価は低かったです…

今でも名車の名を得るTE27とは対照的に地味で目立たない悲運の7TE37ですがその希少性に敬意を表し9位としました!


さぁ、8位行ってみましょー!

【7代目カローラセダン AE/EE/CE100系(1991〜1995)】


先代E90系とこのE100系が所謂“バブリーカローラ”と言われるモデル、低コストで安価を追及しながらも広く普及させる事により値段以上の質感を提供してきた歴代カローラですがその数あるモデルの中でもこの2モデルは最も贅沢で質感も高くカローラがこの出来栄えならあえて上級車種は必要ない!と思える完成度を持っていたと思います。

個人的にはスッキリした90系の方が好みで100系になるといささか成金趣味すら感じました、ちょうどトヨタがこの時期、80年代のスッキリとした直線美を売りとしたデザインから90年代はそれにボリュームを持たせ良く言えば豪華、悪く言えばズングリ気味のボッテリデザインに変革した時期にモノでしたのでワタシには生理的に合いません、ですのでこの順位です。

100系時代も車型は多く4ドアセダン、クーペ(レビン)、HB(FX)にバン/ワゴンの布陣、当時ワゴンブームでもありましたし最も売れ人気あったのはツーリングワゴン、これは1世代飛び越え2000yまでラインナップされた程で現在他の車型はもう見る事もなくなりましたが息が長いワゴン(とバン)は今でもまだ充分目撃できます!

趣味性の強いレビン、FXはカローラとしては個性が強いながらセダン同様のバブリーデザインがクルマの性格に合わずNG、セダンに於いては成金度合はありましたが保守層が選ぶ代表的クルマでしたので奇をてらわずオーソドックスなファミリーセダンという立ち位置は不変でありこれ1台あれば何でもこなせる、優秀な足としての存在感はさすがでした。

スポ車好きのGureとしましてはやはりササるのは20バルブ化された4A-Gを積むセダンGやT幻的な3S-G搭載のTRD2000は琴線に触れましたねー、レビン乗るほど若くない、4枚で速いクルマが好みのワタシ、TRDは別にしてGTは狙った事もあります、性能の割りに安いしいぶし銀的な存在でしたし。。。

前述の通りレビン、FX、ワゴン/バンを除くセダン限定順位と致します!


盛り上がってまいりました(汗)第7位!!

【2代目カローラクーペ KE/TE20系(1970〜1974)】


ここも限定順位、2代目E20系のクーペでしかも27レビンを除きます!

20系も初代KE10同様のワイドレンジ、2/4ドアセダンに先代ではカローラスプリンターと名乗ったクーペがスプリンター独立によりカローラクーペとなりました、他に2/4バンでしたね。

大成功のE10型を70年代に相応しいより豪華に、より高性能にを追及した20、エンジンは更にプラス100ccでK型1.1Lを1200まで拡大(3K型)しその上、ライバルの引き離しにかかり新発売されたセリカ・カリーナ用の新開発T型1400も搭載、これに呼応しサニーも1200になりFMC、更にエクセレントと謳う1400も設定し競争は激化、BC戦争(ブルーバードvsコロナ)に次ぐSC戦争なる言葉まで現れました!

正直、ベーシックなセダンはKE10とは比較にならない高級感を持っていましたが一転した丸み帯びたスタイルとだらしなく見えるタレた尻が大嫌いでした。
B10を発展させたボクシーさを通すB110サニーの方が数倍好みでしたが確かに高級感ではカローラが上だったのでしょう、またしてもサニーは現在名車と言われるB110ですら苦杯を舐め僅か3年でFMCされた事は往時を知らずB110を好きになった世代には信じられん事でしょう…

そういう訳で苦手、と言うか嫌いだったセダンに対しクーペは別格、丸みあるボデもファストバック化により流麗でスタイリッシュ、クーペらしい華やかさもあり好みでした!

先代のスプリンターが非常に美しく芸術的にさえ思っていたワタシとしては20クーペは大好きレベルには到達しませんしこの型はどうしても27レビンが注目され素のクーペに脚光が当たる事は滅多にありませんがバーフェンなしのオリジナルボディでも今見ると訴える美、カッコ良さも感じ全体的に苦手な20系でもクーペ限定で7位としますがセダンに於いても70年代の先端を行くファミリーカーであったのは間違いないモデルですネ。


どんどん行きます、第6位!!

【6(5)代目カローラレビン AE91/92型(1987〜1991)】


バブリーカローラ第一弾の90系のレビン限定です!!

“キューニー”として親しんだ30〜40代のファンにはこれで腕を鍛えたって御仁も多いでしょう…

27以来FRライトウェイトスポーツとして人気だったレビン初のFF転換モデル、先代で新搭載された名機4A-Gは不変ながらもワタシ世代では「FFのレビン、あり得ん!!」と思っていましたし往時はそれほど興味はなかった。

しかし当時圧倒的な人気を誇るソアラを小型化したようなスッキリクリーンなノッチバッククーペスタイルはスポーティかつとてもゴージャスなイメージ、バブル期、デートカーブームも捉えFR世代が嫌う程の不評さは皆無でこれもかなり当時は見かけたクルマですよね。

ソアラには手が届かないながらレビンなら行ける!と若年層に非常に支持されたのも特徴でFFと言えども高性能4A-Gやこの代で追加されたS/C(スーパーチャージャー、4A-GZ)を搭載するAE92=GT系はスポーツ入門層にも高い支持を受けましたし普及版ハイメカツインカム(5A-F,5A-FE,5A-FHE等AE91)モデルも性能を求めず雰囲気だけというこの時代特有の層に人気ありました。

90系はセダンもですがスタイリングは真に素晴らしくそれだけなら1〜2を争う魅力があると思います、レビンに関してもカッコ良さは歴代カローラの中でかなりの高ポイントなんです、操縦性もカローラの名が付くだけあり素直でしたしGT系なら必要以上なスポーツ度もあったと思いますがセダンなら許せてもクーペモデルとなるとどうしても世代的にFFに抵抗があるのは否めないのでこの順位としました!

☆☆☆〜今週のスポットライト!!〜☆☆☆

今一歩、惜しくもベストテンに入らなかったカローラはこちら…

【8代目カローラ及び7代目カローラレビン AE/EE/CE110系(1995〜2000)】

↑セダン

初代KE10から脈々と受け継ぐ伝統の最後となったE110系、次世代120系は『NCVカローラ』と言われ過去のカローラを否定?にかかったモデルでしたのでいい意味でも悪い意味でも我々世代で言う“カローラ”らしさを持つ最後のモデルでした。

基本はセダンもレビンも90系を継承しますがバブリーに膨らんだ前2世代と較べバブル崩壊によるコストダウン、質感低下が目立ち特に前期では不評を博し後期で慌てて見せかけだけの質感向上を図ったのは有名ですね。

デザイン的には個人的には先代100系よりスッキリしていて好みでしたがいかんせん質感が悪い、一度贅沢カローラに慣れると111系は80以前の精神に立ち還ったとも採れるんですがどうしても安っぽく貧相なイメージは拭えない、併せてセダンモデルの衰退やレビンに於いてはクーペ/スポーツモデルの低迷もあり芳しいモデルとは言えなかったですね。

とは言え天下のカローラ、相変わらずクラスNo1の実績は維持していましたがそこにはブーム化していたミニバンに充る『カローラスパシオ』やコンパクトエントリーモデルの『カローラ?』も合わせた手品もあったとかなかったとか…!? まっ、時代の推移で首位陥落を必死に守るカローラであった訳ですネ。

この代のラインナップはセダンとレビン、そして前述のスパシオに4HTのセレス(いずれもファーストネームはカローラ)、先代からキャリーオーバーするバン/ワゴンの布陣で1位を死守したのがスパシオや型遅れのワゴン/バンが大きく寄与したのも事実、言わばあれほどの強さを誇ったさすがのカローラも新世紀を前にして勢いを失う、そんなマイナスイメージが強くランク外としましたが旧来のカローラの姿を残す最後の110系、決して嫌いではなかったです!

尚11位とするのはワゴン/バン以外全てとします。

↓レビン


さぁ、ベストテンに戻ります!今週の第5位!!

【7(3)代目カローラワゴン/バンAE/EE/CE100系(1991〜2000)】


カローラとしては7代目、カローラワゴンとしては70系→90系に続く3代目となるE100系、ここで登場!!

“カロゴン・カロバン”として人気を博したE100系ワゴン/バン、セダンが衰退気味になりワゴンブームの訪れもあり1世代飛び越えてラインナップ、特に飛び越えられた?E110系の時代では実質ワゴンがカローラの販売を引っ張っていました。

ワゴンを主にデザインされたスタイリングはやはり当時人気だった米・フォードトーラスを小型化したような印象でそれまでのロングルーフにはない斬新なデザイン、バンとしてはこのデザインが災いし積載能力はライバルより劣る部分もありましたがスタイリッシュさはバンでも健在で90年代は広く普及しました。

セダン→ワゴンに主流が移った事によりバリェーションも充実、4A-Gエンジンを載せるスポーツワゴンもラインナップされ一時のレビン人気は完全にワゴンに移った印象…

今見てもこの代のワゴン/バンはお洒落でスタイリッシュに感じますし使い勝手や性能、安全性、エコ度では当然これ以降のフィルダー(ワゴン後継)、プロボックス(バン後継)には劣りますがスタイルだけでしたら断然好きなモデルですのでこの順位としました!


いよいよ上位に行きます、第4位!!

【3代目カローラセダン、クーペ、バン KE/TE30・50系(1974〜1979)】

↑セダン

♪〜カローラサンマル〜のCMソングがこびりついているご同輩も多いと思います(笑)

初代、2代目と大成功のカローラはこの30で更に飛躍、排ガス規制による生産長期(5年)だった部分もありますがカローラ史上最多生産台数を誇りますね!

ボディバリェーションも最多、2/4ドアセダンにHT、クーペ、LBにバンと全5種を取り揃えるのはカローラならではでライバルサニーもこれには太刀打ちできませんでした。

一般的にサンマルで親しまれる3代目ですが2度のMCがあり排ガス規制適合を境にしてE50系も存在、50年、51年、53年の各規制モデルがありますが51年以降の対策車は50系となります。

9位のTE37の項でも述べましたが20系で完全双子だったスプリンターとはシャシは共有する兄弟ではありますがインパネや一部外板パネルはオリジナルとしスプリンターと差別化したのが特徴、30発売時はカローラが2/4セダンとHT、バン、スプリンターは4セダン、クーペというラインナップ、メインであるセダン系はやはりカローラ中心でスプリンターは少数派、しかし派生でありながらも当時は重要なスポーツボディはカローラがHT、スプリンターがクーペとなり個性的で凝ったデザインながら過去のブラボーコロナHTの焼き直しのようなスタイルだったHTは評判が悪くスポーツモデルでは素直でクーペらしくライト廻りが抉れてフェアレディZのような面構えのスプリンタークーペに人気は集中、当時実際カローラHTよりもスプリンタークーペの方が見かけましたしクルマ小僧にも圧倒的な支持がスプリンターにはありましたっけ!

この現象に慌てたトヨタはカローラ×スプリンターのオリジナルという当初の方針をかなぐり捨て76年のLB追加をきっかけに再び双子兄弟化に走り77年にスプリンタークーペのボディを持つ着せ替えであるカローラクーペを、反対にカローラHTのボディを得たスプリンターHTをラインナップしました。

後から慌てて追加したこれら車型にあまり好感は持てませんでしたが4位に含めたいのはセダンとクーペにバンとしHTは9位で述べた理由で除外、尚クーペもオリジナルな?スプリンターの方が好みでしたが排ガス規制で途絶えたDOHCのレビンが新たに77年から新設クーペボディで復活した時の喜びは今も忘れない感激でしたのでこれも含みます。

悪夢の排ガス規制が恨めしい暗い時期のレビン(2T-GEU)復活は未対策時代の荒々しさ、ワイルドさは影を潜めどちらかと言えばGTカー要素に振られたモノでしたがこれの復帰は長く暗いトンネルにようやく明るい出口が見えスポ車ファンにとっては待ち望んだ光明が射す思いがしたモノです!

↓クーペレビン


いよいよベスト3に入ります!

【2(初代)代目カローラレビン/レビンJ TE27型(1972〜1974)】

↑レビン(前期型)

カローラ史上最も名車とされるのは残念ながら漫画の影響で実力以上の過大評価を受ける86レビンである事は認めますがレビンがレビンらく最もエキサイティングで乗り手を選ぶのがカローラとしては2代目、レビンとしては初代になるTE27である事を86他数多いレビンを知る世代としては強く言いたい!
若い世代には古すぎて「んなモン、知らねぇよ!」となるのは当たり前ですが27レビンは確かにライトウェイトFRとしては優秀な86をも上廻る実力があったのは確かです。

レース、ラリー界ではやや乗り遅れ気味なトヨタが初代セリカ以降こういったモータースポーツに本格参入しますがセリカ用に開発した1.6LのDOHCエンジン(2T-G/2T-GR型ソレックス×2、ハイオク115ps/レギュラー110ps)をセリカより一廻り小さいカローラにブチ込む、小さく軽量なボディに大パワーエンジンは昔も今もお手軽にハイパフォーマンスを造る定石でしたが日産は古くからこの手法を使いましたがトヨタが大々的にこれをやるのは27レビン(トレノ)が初めてでした。

↓2T-G型DOHCソレックス×2エンジン


元々1200〜1400で設計されたカローラ、重量も700kg強というところにベースモデルの倍近い115psという大パワーを得たレビン、当然Frヘビーでシャーシや脚も強化されてはいましたが心なしかパワーがシャーシに負けていましたしね、ハンドリングなどは旧式のボールナット式のため応答は鈍く誤れば危険な産物にもなり得るモデルでした。

27はパワー的には申し分ないのですがこれらが要因で決して扱い易いクルマではなくトータルではバランスの取れたOHVツインキャブのサニーGXやSOHCツインキャブのランサー/ギャランFTO GSR等のライバルマシンの方が一般的には扱い易く容易にパフォ−マンスが発揮できたのに対して乗り手を選ぶもの、応答の悪いステアリング性能を見越しFrにかかる重量を如何にRrに載せるかを意識して乗りこなせば勿論ライバルにはないエキサイトなシーンも味わえました!

何だかんだ言っても当時は希少なDOHC、それを大衆車カローラに載せたというインパクトは強烈でまだまだトヨタも冒険心旺盛だったなぁと…

カローラの名が付くモデルとは思えない独特な乗り味だった27は誰にでも扱えるモノではなかったのですがその癖を理解し乗りこなせると非常に愉しくその魅力はAE86も及ばないと個人的には思っています。

見た目もベースのカローラクーペにオーバーフェンダーが装着されるだけの違いですがその迫力はおよそカローラではない凄みがありソレックスの吸気音を奏でながらバーフェン姿で走り去る27は今見てもド迫力だと感じます。

尚、3位とするのは外見はレビンと同一ながら廉価で普及させる目的で一時リリースしたレビンJも含めます、Jはジュニアの意味で2T-GのDOHCではなく1600SL/SR用の2T-B型OHVツインキャブにパワーソースをダウンしたものでしたが軽い27では2T-Bでもかなりの走りをしていたのでレビンの魅力をそう削ぐものではなかったと思います、2T-Bも絶対パワーはないながらもOHVながらツインキャブにより吹けも上々、2T-Gに較べFrヘビーが解消されるのでハンドルもやや軽く回頭性も素直でレビンよりは扱い易く気軽に愉しめるのが魅力、まぁ、愉しむ程普及はせずDOHCの看板は偉大なり!!でしたがね(微笑)

↓レビンJ


とうとう来ました!第2位!!

【6代目カローラセダン AE/EE/CE90系(1987〜1991)】


カローラの真意はセダンにあり!はワタシの持論ですがその意味で歴代カローラ、セダンとして完成度はこの90型が一番だったと思います、質感、性能、価格と全てがこれ以上のカローラを求められない!90デビュー時は心底そう思いましたっけ。

好景気をバックに従来のカローラに見られた「どうせ大衆車だから安物感は致し方ない」というネガティブな部分が可能な限り廃された90系、これがあればあえてコロナやマーク?はいらんでしょ?と思わせる出来栄えはそれまでのカローラにあった固定概念を一蹴したと言ってもいい、その位90の存在感は高かった…

内装は時代を示すように低グレードと言えども貧相さはなく上級グレードになると流行のワインカラー、フカフカモケット張りまで網羅、上級車と変わらないパワー装備も充実、エクステリアはスッキリとして嫌味のないオーソドックスな3BOXが好感を持てました、先代から継承するE/A型エンジン並びにC型ディーゼルエンジンもどれも必要十分の性能と当時求められた燃費も達成、そしていぶし銀のGTも勿論4A-Gで設定され純ファミリー、社用&公用車、経済モデル、そして高性能モデルと全てを網羅する90系は年間新車販売台数30万台オーバーの新記録を樹立、この記録は2010年にプリウスに抜かれるまで国産車の最多販売記録となっている程う売れまくりでした!

これだけ普及したお化けモデルですから現在でも一定数残るのはさすがですし貿易用としても一時期のバカ値は年式的に落ちましたが程度のいい個体は立派に値段が付く、最終でもそろそろ半世紀となる大衆車に値段が出るのはカローラのみですからこの90系の偉大さを改めて感じます。

90系は他に6位で触れたクーペのレビン、70系から1世代飛び越えて新設されたバン/ワゴンが存在しますがバン系は70のFR、100系のスタイリッシュの狭間でこれといった特徴がなくスタイリングも嫌いではないのですが地味でしたので好みではなく除外します。

先代80系セダンで初のFF化を成し遂げますがカローラとしてはそれを契機にFFを活かす冒険的な革新を施したスタイリングが不評で芳しい結果ではなかった分、FF2世代目の90は大成功、ワタシ含めFRに未練が残る世代にもFFカローラを印象付けた功績は大きく堂々セダン単独2位としました!


さっ、そしてオオトリ!今週のTOPを飾るのは…

の前にお断り(^^ゞ

1位はさんざん悩みましたがどちらも落とせず反則技=同率1位とさせて頂き2モデルの選出とさせて頂きます!

まず?①として

【初代カローラスプリンター KE15/17型(1968〜1970)】


これはカローラ初のスポーツボディ、ファミリアやサニーが流麗なクーペモデルを有する中遅ればせながら初代カローラが追加した若向けバージョンでした。

これはうちのオヤジも若かりし頃、デビューと同時にその美しいスタイルに惚れこみまだ購入2年位のKE10セダンから買い替えたモノ、イメージカラーの真っ赤なスプリンターは非常にカッコよく前半分は確かにカローラながらBピラー以降は芸術的な美しさを今でも感じます。

お若い方はさぞ“カローラスプリンター”のネーミングに違和感覚える方もおられるかもしれませんが元々スプリンターはカローラのクーペモデルに与えられたネーミング、次期E20系で販売店が異なる双子モデルにスプリンターは独立したという経緯があります。
セダンSL系のK-B型ツインキャブエンジンを搭載するSLと普及グレードの2本立て、68〜72ps程度のあくまで雰気のクーペでしたが車高を抑え流麗なファストバックに身を包むそのスタイリングは秀逸、69年にK型→3K型1200cc(KE17)に換装されただけで僅か2年のラインナップでしたがワタシにとってはスポーティ車に興味を抱かせてくれたモデルで思い入れは強いです。

大人になった後年、これもハンドルを握る機会に恵まれ転がした経験ありますが乗り味はセダンとほぼ同じ、低い天井と寝たRrガラスがタイト感を表しムーディ、視界は悪いまで行かずしっかりカローラらしく誰にでも扱えるという点には安心、子供の頃に感じたスポーティ度は大した事なかったながら60年代にこれほどまでのデザインを施すトヨタの実力はやはり相当だったと思います、今見ても古さをそう感じさせない…

②行きましょ!!

【4代目カローラセダン、HT、クーペ KE/AE/TE/CE70系(1979〜1983)】


ワタシのブログを古くから観て下さっている方には容易に想像できたと思います(笑)

そう、カローラは何が何でも70に限ります!

いや、クルマとして、大衆モデルとして完璧なのは前出の通り90系だと思いますがこの時代常識だったFRという視点で見ればもはやライバルで色んな意味で敵うFRモデルはない!断言できます。

初代〜3代目までカローラで揶揄された設計者の70点、80点主義という点でした。
これは簡単に言えば飛び抜け秀逸な点などなくともどの分野でもとりあえずの及第点をクリアすればいいという思想、その通りKE10〜30は一部モデルを除き誰が乗っても安全に普通に扱えるのがカローラの醍醐味でした。

しかし評論家、専門家という類は色んな角度からカローラを試しあそこがダメ、ここが足りないと文句ばかり、トータールバランスでは優れても徹底して性能、シャシを煮詰めない部分に批判が多くその時によく70点、80点云々と語られたモノですがそれだからこそ多くに受け入られ廉価で設定できたのも事実、トヨタの身になれば酷な批評でしたが70型はその悪評!?に挑戦したモデルでした。

70型は限りなく100点を目指し実際当時水準で見れば100点は無理でも90点はクリア、角度によっては100点超えもあったのが70、しかも従来の長所である廉価、誰でも扱えるという部分も継承していましたのでね、言わばFF世代の頂点が90ならばFR世代の頂点は70、ファミリーカーとしてFFかFRどちらが正しいかと問われればFFと答えるのが常識ですし偏屈なFR信者のワタシでもさすがにそれは肯定しますよw

そんな70、これの現役時代にカローラ店に入社、モデル末期ながら黙っていても売れる70系は取り分け思い入れは深いですねー…

乗った感じも1300が新世代のラック&ピニオンになり劇的に鈍いハンドリングが改善されていましたが1500以上は従来通り、唯一90点を下回るのはこの部分でしたかねぇ、新世代のレーザーエンジンになった4K-U 1.3Lは廉価版ながら排ガス規制で青色吐息だった先代とは見違える元気さでしたしFFターセル/コルサ(AL10)用に開発された軽量エンジンの1500 3A-Uも先代T型に代わる活発さが魅力、先代から継承するレビン/GT用の2T-GEUはEFI化による牙は失われたままながらDOHCの価値と魅力はふんだんでどのモデルも魅力的でした。

一時期旧1600(T)が1500(A)に排気量ダウンした穴埋めにカリーナやコロナ用の1800 13T-U型も追加されDeモデルを除きFR時代では最大排気量のカローラも存在しましたがそれが必要にない位A型の評価が高くすぐに廃止とされています。

ボディは2/4セダン(2セダンは前期のみ)とクーペ、HTにLB、そしてバンになりますがこの代からバンボディを使うワゴンも追加されワイドレンジは健在、先代から継承しレビンは伝統のクーペモデルのDOHC搭載のみの称号、他ボディは同じ2T-GEUながらGTグレードで統一、次期型80系以後ではHBクーペと2ドアクーペ全てが“レビン”とされましたのでレビン=特別なモデル とされていたのは27〜TE71までの文化でした。

1位とするのは理解不能なブサイクさを演じたLBを除く全てで81年を境に前期・後期に分かれ個人的には高級志向の後期よりスポーティな前期好みですがここでは分け隔てはしませんです。

性能やフィーリングでは当然70系を上回るモデルは多くありますがなにより70は80年代らしいカチっとしたデザインが非常に好み、仕事の縛りもありましたが既にAE86がデビューしていながらスタイルに惚れてTE71レビンを購入した位ですから70マンセー度は理解してもらえるでしょうwww

↓レビン(TE71型)



以上がカローラ“ザ・ベストテン” となりますが如何でしたでしょうか?

ご意見、思いは各人それぞれですので文句言わずそれぞれのカローラベストテンを考えて頂けたらと思います(*^-^*)

尚、歴史も車型も多いカローラですから圏外も盛りだくさんです、これまでは12位以下は車型をシレっと記載してきましたがBigネームにそれは失礼(*_*;

依って画像と簡潔な解説や思いを述べる事とします!


〜12位〜
【10代目カローラアクシオ/カローラフィルダーZRE/NZE140系 (2006〜 2012)】

↑サブネームに『アクシオ』を冠した10代目カローラ!

近年のカローラではこのモデルが一番好み、プリウスにお株を奪われた以降のモデルになりもはや需要は社用車かお年寄りという有様でしたが個人的にはスタイリングは好きでしたしパワーユニットにも不満なし、先代120では忘れ去られた伝統のセダンGTも限定的ながら復活したのも感動でした。

↓復活のアクシオGT


ワゴン系は先代でツーリングワゴン→フィルダーを名乗り140でも継承、バンは専用ボディのプロボックスに分岐しているのでワゴン専用の背の低いスタイリッシュで当時ワゴンブーム衰退で各社これを引っ込める中、唯一無二のコンパクトワゴンとして存在感を示しました、

↓フィルダー


〜13位〜
【カローラランクス ZZE/NZE120系 (2001〜 2006)】


NCVカローラになってから復活したHB版のカローラランクス、100系まではFXの名前でラインナップされていましたが120になりレビン廃止による若向けボディとして用意されていました。

倅がひょんな事から双子兄弟のアレックスを購入、セダンやフィルダーは苦手だった120カローラでは若々しく特にRrスタイルはなかなかお洒落で近年のカローラでは好きなモデルです。

レビン代替えだけあり2ZZ-GEというスポーツツインカムのランクス/アレックスはなかなか俊敏で2T-Gや4A-Gを載せた若かりしカローラを思い起こしてくれます!


〜14位〜
【5(4)代目カローラレビン AE86型 (1983〜1987)】

↑レビン3ドアGT-APEX前期

3位のTE27の項で触れましたAE86、現在は主に漫画の影響でバカ人気、このため個体も数多く残りプレミア値、人気も高いモデルですがワタシとしてはこんな神扱いされる程のクルマではないと正直思うのでこの順位です。

確かに瞬発力があり当時のテンロクとしては目を見張る性能を誇る4A-Gは魅力的でしたがシャシはTE71を流用、スタイルは80シリーズ共通な丸みの強い嫌いな部類、カクカクしたデザインが好みのワタシとしてはNGでした、走りには文句ないですがそれでもシャシはパワーに負けるのは2T-G前提でしたから当然、トータル的バランスは決していいとは思えずこの時期にこれ買うならばノーマル前提で初代AW10のMR-2の方がクセはあるもののよほど愉しく2シーターと4シーターの差こそあれど私ならMR-2を選択する!と強く思っていましたので好印象は今もないですネ。

↓レビン2ドアGT-APEX後期


〜15位〜
【2代目カローラセダン/バン E20系 (1970〜 1975/1977)】


クーペはランクインですがセダンはここ、これ偏にクーペの項で述べた通りスタイリングが好みではないからです。
丸み帯びは許せても尻タレデザインは基本的に受け付んのです、中身はクーペ同様の評価ですがどうしてもRrスタイルが嫌い、これもさんざん売れて飽きる程見てますが何年経ってもこのデザインはNGです。

セダンは次期30がグレードアップにより価格高騰したフォローで廉価版のみ75年まで、バンも同様廉価版のみ77年までラインアップ、ワタシは嫌いでも初代KE10や3代目E30に劣らない普及でした!

〜16位〜
【3(初代)代目カローラLB KE/TE30・50系(1976〜1979)】


3代目30カローラの時代に追加されたLB、次期70型でもラインアップされLBとしては2代存在しました。
今で言うシューティングブレーク?スポーツワゴン風のLBはトヨタの場合ハッチドアを持つHBモデルの総称でセリカ、コロナでもお馴染みでした。

今見ればなかなかスポーティでシャレッ気もあり悪くないと思いますがこのようなボディを見慣れぬ当時はただ「バンだろ?」的感想しかなく論外なクルマでした。
クーペベースなので天井は低く車室空間も狭く言われる程広大な積載はNG、スタイル優先ながらそのスタイルは前述の通り“バン”イメージでしたので誰が買うのか?と不思議に思ったモノです。
これも他のカローラと較べると目撃度合は極端に低く成功とは言えないモデル、しかし現代目線ですとこのスタイルでFR、しかもレビンと同一の2T-GEUを搭載するGTも存在しましたからかなりソソられるモデルです、現存は果たしてあるのか?って感じですが。

〜17位〜
【4(5代目)代目カローラLB KE//AE/TE70系(1976〜1979)】


16位の次世代型LB、これは酷かった!!

こちらは今見てもNG、概ねお気に入りの70シリーズで唯一いらねぇと思っていました。
ノッチバックのHTをベースにロングルーフとしラゲッジを広げたのは先代のクーペベース以外は同様、スポーツワゴン的位置付けでしたのでやはりDOHCや高級グレードも存在しましたがスタイルは先代LBに比較にならない程酷い、まぁ、これに関しては個人の主観ですから何ともですが実際先代よりも売れずワタシは在籍した3年で1台も売ってませんし当時のTOPセールスでも確か3〜4台という体たらく、2代続けて芳しくないLBはこの代限り、次期80ではセダンベースの使い勝手に優れた5ドアに変貌しました。

〜18位〜
【5代目カローラセダン/FX E80系 (1983〜 1987)】

↑セダン

80カローラ、今見れば独創的でカローラとしては冒険したなぁ、という暖かい目線で見れるもコレ、現役営業マンの時代にデビューし売るのに苦労したのでそのトラウマがあり未だにいい印象ないんですよねー。
70や格下の当時AL20だったカローラ?は黙っていても売れる、展示会に突っ立ってれば売れる、そんな苦労知らずだったのですが80になった途端訪れる客からは大不評、FR→FFになった最初のモデルでしたしカローラというクルマは保守層そのものが顧客、冒険やFFの新鋭技術なんかどうでも良くとにかく安いながら払った金額以上の満足度があればいいというのが殆どでしたので中身はともかく見た目の異様(当時の感覚)さが不評でした。

買う側だけでなく売る側もそんな思いでしたのでなかなか商売に身が入らず在庫の70やAL20を代替えに奨めたりりなんてのも少なからずありましたねー。

85/86レビンは趣味性の高いモデルでほぼ指名買いで苦労はなかったですがメインのセダンがこのザマでデビュー1年位は苦労しました。
幸いライバルのB11サニーも似たような状況、サニーよりはいいか!と首位陥落は免れるもその裏には全国の販社が相当な血を流したと推測します。
そんな訳で若き日の苦労しか思い浮かばない80、正直スタイリングは全般的に今も好きになれないのでランク外としています。

途中追加のFX、これはFFになって初めてセダンGTと共に追加されたDOHC(4A-GELU)でした。
FF→FR転換過渡期の時期にFF=ファミリー FR=スポーツをカローラ、セリカ、カリーナ、コロナで展開していたトヨタがスポーツモデルでもFFに切り替えを始めその第一弾、心配されたスポ車ファン離れは思った程起きずこれを契機に次期90型以降はレビン他スポーツグレードもFF化されました。

FXは非常に俊敏で乗り手によってはFRのAE86より速く走れシビックSiやミラージュサイボーグと並ぶFF2BOXホットハッチとして若年層を主に人気を獲得、80セダンよりも一時は人気も高く5ドアモデルの標準グレードも一定数出ましたねー。

これも独特なスタイリングが苦手、そしてくどいながらもFFをまだ認めなかった若かりし頃は選択肢になりえないモデルでしたのでセダンよりはいいとは思いますが同列順位にします。

↓FX


〜19位〜
【9代目カローラセダンフィルダー ZZE/NZE/CE120系 (2000〜 2006)】

↑セダン

セダンモデルの衰退、HVの普及に伴いさすがのカローラの神通力が通じなくなりトヨタが悩んで出したNCVカローラ=NCVとはニューセンチュリーバリュー→新時代のカローラとしてリリースされましたが気合いの割りにカローラ復活とはなりませんでしたね。
需要は先代末期同様にほぼ法人需要かお年寄りの足的役割しかなく今でも見れる120を見るとカローラの悲壮を感じてしまいます。

レビンやスポーツモデルの廃止もファンとしては残念ですが若向きのランクスやワゴンのフィルダーにスポーツツインカムが残されたのが唯一の救いだったかな!?
スタイリングは個人的にはNG、NCVが示すように確かに過去のカローラの呪縛は逃れていると思いますが古い世代にはなかなかこれがカローラ?って感じで受け入れられず新世代をアピールしたのが半面、過去のカローラファンを失った気がします。

乗ればこれも悪くない、街で乗るには丁度いいサイズ、装備やパワーも必要充分で安くもないですが高くもない、こういう部分は確かにカローラですがあまりにも変革したスタイリングについて行けなかったです。

フィルダーは旧100系ツーリングワゴンの後継ですが100系程のオシャレ感や個性も感じず使い勝手は大幅向上ながらやはり無個性な出で立ちはNGでした。

↓フィルダー


〜20位〜
【7(6)代目カローラレビン AE100/101型 (1991〜1995)】


トイチ、これは歴代レビンで一番苦手、バブリー期のブクブクデザイン時代ですのでマークⅡとかクラウンとかデカいクルマはこのデザインでもそれなりの高級感は演出されていましたがスポーツ系はレビンに限らず重々しくて…
実際走れば鈍重ではないのは当然ですが見た目があまりにもレビンらしくない、シャープさ、軽快感はワタシには皆無でFR→FFに、それでもレビンらしさを残す90系からこれに変わった時は正直「レビン、終わった」と思いました。

バブリーだけあり質感は高かったですが果たしてレビンにそれを求める層がいるのか?と疑問もありましたし時代の推移も当然加味しますがこのモデルからレビン衰退が始まったような気がしますので今もいい印象はないです…



以上12〜20位をご紹介しました、ここにも入っていないモデル(現行E160系、90/100系FX、E30HT、90バン/ワゴン、マリノ、スパシオ、ルミオン…順不同)は20位以下という事でご理解願います(*_*)

現行になりより“年寄専用車”的になりあまりに評判悪いので先だってのMCで急に大口の醜悪な顔付にして若向きにアピール、キムタク氏まで起用しカローラのイメージ回復に努力、HVモデルの追加もありある程度成功の様子ですが個人的には現行型はわざとブサイクにしてんじゃね?とも思える程苦手、顔をどんなに整形しようとも老けたイメージは覆らない、50のオバハンがド派手メイクでミニスカで闊歩されてもねー(-"-)

とか書いてるとまたバッシング受けそうですが前にもブログ上げましたがプリウス、アクアという寵児が現存する以上、ホントにカローラの扱いはメーカーさんとしては悩むところでしょう。

しかしこのクラスの需要は確かにまだある訳ですし失ったかつてのカローラの一方の側面であった廉価で手軽なスポーティモデルの再登板などもおもしろいとおもいますしご年配向けに割り切るならスタイルをジジ臭くするのではなく根本に安全技術を安価に投入するなども一つの回答とも思えますしね、いずれにせよ国産車の中でクラウンに次ぐ歴史的ネーミングのカローラ、アクシオとかサブネームも付き将来に不安が隠せませんがカローラとして一番苦しい時期も乗り越えたと思いますし日本にマイカー文化を拓き牽引してきた名車、今後もどんなカタチにせよカローラには生き残って欲しいと心から思う所存です!

長文読破、お疲れ様でしたm(__)m


+(プラス)の余裕はまだあるの?…トヨタカローラ“ザ・ベストテン” …終
Posted at 2017/08/05 13:24:37 | コメント(0) | トラックバック(0) | ザ・ベストテン | クルマ
2016年04月08日 イイね!

保存版・心に残るCMキャラクター“ザ・ベストテン”

保存版・心に残るCMキャラクター“ザ・ベストテン” 今回のベストテンは思いついたので少し趣向を変えて…

クルマのCM、クルマ好きなら今も昔も思わず画面に目を奪われてしまう、私含めてそんな御仁も多いかと思います(笑)

そこで今回は例によって私の独断と偏見ですがこれまで無数に流れてきたクルマCMの中で心にこびりついているキャラクターのベストテンをやってみました!

キャラクターといっても俳優さん、女優さん他になりますので無名モデルさん、キャッチフレーズのみのモノは除外、今もその役者さんなりタレントさんを見るとそのクルマを思い出す、またはその逆…

そんな感じのベストテンです(^^ゞ

尚、この企画だけは各年代による差が激しいと思います、10代と60・70代ではその思いに大差があって当然、なのでアラフィフのワタシなりのランクとなりますのでご了承願います。

尚、ワタクシ、そんなにCM知識が深い訳でもありません、CMに使われている曲なども疎い方です、その方面がお詳しい方は山ほどいらっしゃるのでそちらに任せその部分には触れておりませんので…

それでは心に残るCMキャラクター“ザ・ベストテン” やってみたいと思います<(_ _)>

※タイトルでは敬称略としています。

さぁ、今週の!?第10位!!

【スズキアルト:小林麻美】


2代目アルトのキャラで登場したのが当時の人気モデル小林麻美さん、私的には線が細過ぎて大ファンとまではいかなかったですが綺麗な女性でしたよねー。

♪〜雨音はショパンの調べ〜も流行りました、この方も歌手活動をそれなりになさっていましたが売れたのはこの曲だけだったかな?84年の街でBGMにてよく聴きましたっけ…

wikiによると1953年産まれですから私より遥か年上の62歳、って事は当時30〜34歳ですもんねー、今でこそ30なんてまだまだ素敵に若々しい女性はたくさんおりましたがあの時代は…?

2代目アルトは84〜88年の在任でしたから一番新しくとも28年前、さすがにこの型も見かけなくなりましたが“麻美ズペシャル”とか小林麻美さんにおんぶに抱っこの展開でした。
しかしこれだけの人気モデルさんを使いながらも2代目アルト、マニアックなワークスを除くとイマイチな人気、ライバルのミラやミニカに一歩二歩下がる売れ行きでした…


しかし懐メロ他で♪雨音〜を耳にすると今でも彼女と2代目アルトの影が目に浮かぶ、そんなインパクトは健在です!


続いて第9位!!

【三菱ミニカ:浅野温子】


バブル時代のイケイケ三菱!の時期に6代目ミニカのキャラとして登場した浅野温子さん、当時流行のトレンディドラマの女王ながら『あぶない刑事』カオルちゃんに代表されるコミカルな役もこなせる女優さんとして大人気でした!

この方も私より年上、現在54歳、当時20代半ば、またしても個人的好みで言えばこの方も線が細く素敵ではありましたがやはり特別ファンって訳ではなかったです、しかしバブルそのものであるワンレンを掻き上げる仕
草をさせたら彼女を上回る女性はいない?(笑)


ミニカのCMでは『ハンパだったら乗らないよ』のコピーが有名、H20系ミニカは私も好きで当時からこのミニカは注目しており少し生意気な感じ?で画面で語る彼女の印象は未だ残っています。


この代が特別って訳ではなく先代、次世代も普及モデルは女性にターゲットを定めライバルと熾烈な戦いを行っていましたが浅野温子さんのイメージから劇的にこのミニカの女性人気が盛り上がった感もします。


先立って公開された『さらばあぶない刑事』でも変わらず素敵にコミカルな役を演じてられましたがワタシとしては浅野温子=カオルではなく=ミニカなんですよ、菱ヲタなら当然の思いですナwww


さぁ、8位行ってみましょー!

【日産レパード:加山雄三】


新ジャンルのNEWカーとして80年にデビューした初代レパードのキャラを務めたのが加山雄三氏!
76〜79年のブルーバード(810型)のキャラとして親しまれましたがそのブルをベースにパーソナルカーという新ジャンルから登場したレパードに加山氏もそのままスライドしました!


まだ氏も40半ば位で若々しく『パワーエリート』のコピーが大人の男性の魅力と相まってブルからの変更ながらもすんなりレパードのイメージに自然に入ってきたのを憶えています。


初代レパードは双子兄弟版のレパードTR-Xもラインナップ、こちらも氏がキャラでガッツポーズだったか拳を握る動作だったかで『TRYしませんか!』と呟くTR-XのCMもなかなかツボ、加山雄三氏と言えば20代の頃からの映画“若大将シリーズ”のイメージと実生活の裕福なボンボンのイメージがありましたがNTVのアクションドラマ『大追跡』にてワイルドさをも好演、それにより私的にはイメージUPされたところでの起用は非常にレパードが素敵に見える効果があったモノでしたw

現在氏も80歳近く、ビートたけしからは「荒井注」とか言われ激怒してましたがwさすがにもう若大将と言うにはキツいご年齢ですね、しかしそれでも今もギターやったりヨットやったりと人生を愉しんでおられる姿には感銘を受けます。


盛り上がってまいりました(汗)第7位!!

【トヨタターセル/コルサ:山口百恵】


若い方でも百恵ちゃんの伝説を知らん方はおらんでしょう、私ら世代ではスーパーアイドルだった山口百恵さん、三浦友和さんと結婚以降は華ある芸能界の頂点からキッパリと引退しご主人と家族のためだけに生きる正に男からすると“理想の奥さん”的な百恵さんがキャラに起用されたのが初代ターセル/コルサ!

トヨタ初のFFを採用したこのクルマ、異様に長いW/BでFFの利点である室内広さをアピールするトヨタとしてはエポックなクルマでしたがデビュー以後、そのあまりに個性的なブサイクなスタイルとまだFFが異端児扱いな時代であった事による地味なイメージが災いし売り上げ人気はサッパリでした。

そんなターセル/コルサ、あまりに売れないのでトヨタは途中からこの当時のTOPスターである百恵さんを起用し売り上げ増を狙いますが結果はさすがの百恵さんも救えなかった不人気モデルで終わってしまいました。


『百恵の赤い靴』をコピーに赤いターセル/コルサがCMメインに登場、デビュー時の♪〜ロングロングタ〜セル〜 ♪〜あぁ〜、広さのコルサぁ〜 なる何ともマヌケなCMとは格段にお洒落なアピールにはなりましたが百恵さんの威力をもってもこれは売れませんでしたねー、扱いディーラーには百恵さんが載るカタログやポスターをねだるファンは多かったらしいですが…(*_*)


どんどん行きます、第6位!!

【トヨタコロナ:ロジャームーア】


昔も今も“オヤジ車”のイメージがあるコロナですが事ある事に私もコロナ関係の記事を上げる度に記載しているのが〜7代目T140系だけはそれは当てはまらい”という点、そおの証拠にこの代のコロナは歴代コロナの中ではクルマそのものもですがCMキャラも異端児でそれまでMr(長嶋さん)や後年では加藤和彦氏や中村雅俊氏など知的ではあっても派手なイメージはないタレントさんや著名人の方々が勤められましたが7代目はクルマの出で立ち通り、アメリカの人気アクション映画『007』の主役であったロジャームーア氏が007のイメージそのままの迫力と美女軍団を従えたお洒落でセクシーなCM展開がそれまでのコロナを知る人間にはアッと驚く何とやら!とてもコロナとは思えないアピールにド肝を抜かれたものです!


代々、トヨタのミディアムの主役を長く務めたコロナ、セリカ/カリーナのデビュー後はこれらと徐々に兄弟化がなされスポーツ担当のセリカ、ヤングファミリー担当のカリーナ、年配層担当のコロナと役割分担してきましたが突然のコロナの豹変、セリカカリーナよりも派手でスタイリッシュな140系コロナはクルマそのものの異端さは勿論ですがロジャームーア氏の起用もそれに拍車を掛けていましたネ〜(*^_^*)


☆☆☆〜今週のスポットライト!!〜☆☆☆

今一歩、惜しくもベストテンに入らなかったCMキャラクターはこちら…

【スバル:原辰徳/岩崎宏美】


興味のないメーカーのクルマでしたので当時はそんなに真剣に観てませんでしたが今動画で残るこの時期のスバルCMはツッコミどころ満載で笑えるぅ〜(^^)

当時鳴り物入りで巨人入りした原辰徳氏と歌のうまさは定評ある岩崎宏美さんのコンビでスバル全車(と言ってもレオーネ、レックス、サンバーだけでしたがwww)のCMキャラを勤めていました!


お二人のイメージである野球と歌姫らしい演出を色んなバージョンでスバル車と掛け合わせたCMがありましたがGファンには怒られるかもしれませんがボンボンのいい所のお坊ちゃんのイメージが抜けず力はありながらも迫力に欠ける?原氏と歌のうまさででは当時右に出るモノはいなかったながらも山口百恵さんや桜田淳子さん、ピンクレディーなどと同時期の活躍でイマイチ地味な存在だった彼女、スバル車にはある意味ピッタリだったかも=実力あれど地味…


CM造りもトヨタや日産、三菱、マツダ、ホンダ等と較べると如何にもで何と言うか田舎臭いと言うかダサイと言うか…そんなところもスバル車にピッタリ(爆)


何でも岩崎宏美さんはこの時期、律儀にスバル車を愛用していたらしいですが原氏は平然とベンツに乗っていたとの事、この事が神髄のスバリストさんからしたら“けしからん!”らしいですが私が原氏なら同じ事するでしょう、そりゃそうでしょ(笑)

まぁ、お二人以前は雪道や川の中を激走するとにかくヘビーデューティだけをアピールする男臭く理屈っぽいCMばかりで華やかさ皆無でしたのでそれに較べたらかなり頑張っていたと思いますがネ、まぁこれ以上バカにするとまた“似非スバリスト”が煩いのでこの辺で止めておきましょー(^^ゞ


さぁ、ベストテンに戻ります!今週の第5位!!

【スプリンターリフトバック:近藤正臣/アグネス・ラム】


これですよコレ!(笑)

76年に3代目カローラ/2代目スプリンターの時代に途中ラインナップされたスポーツワゴンの草分け的存在だったリフトバック(LB)のスプリンター版のCMキャラにカップルイメージにて起用されたのが当時の二枚目俳優(今で言うイケメン俳優)の近藤正臣氏とハワイからやってきたモデル、アグネス・ラムさん!

『光の中を走るサンデッキ』のコピーで広いラゲッジとクーペをベースにしたスポーティなスタイリングを売りにしたスプリンターLB、カップルでこのクルマを愉しむシチュエーションで様々なパターンのCMがありました。


しかしご同輩なら憶えがある?正直クルマなんかどうでも良くCMに出てくるラムちゃんのダイナマイトボディにもう釘付けw

今で言えばグラビアアイドルになるのかな?とにかく当時のラムちゃんの人気は凄くあらゆる週刊誌や雑誌のグラビアを飾りあどけない可愛らしいお顔と声に反するムラム…いや、ナイスなボディに男たちは魅せられっ放し!

当時私も中坊の多感な時期の入り口でしたんでね、いやー、ラムちゃんにはかなりお世話になりましたわ(wwwwwww核爆)


えっ、近藤正臣?うちの姉なんかはそっちに夢中でしたが私の目には刺身のツマにしか見えなかったですわ、正直(*^^)v


いよいよ上位に行きます、第4位!!

【ギャランΣ:高倉健】


今は亡き鍵さん、昭和の男らしい男!そのものでしたね、この方のシブさはお亡くなりなるまで失なわれず数々の映画で名演をなされ心に残る銀幕のスターとしての存在は永遠でしょう…

そんな敬愛して止まない健さんが我が三菱ギャランΣのCMに登場したのは2代目Σ(1980年)からでした。
後続E10系Σの最初までCMキャラを演じられていましたがどのモデル、どのCMも健さんの寡黙ながら男の優しさを表すCM作りがなされ“やるな三菱!”と思いました。

鍵さんもやはりこの時期はΣを愛用していたとの事、同時期の主演映画にも三菱車が使用されたりと三菱車のイメージUPに大幅に貢献されたと思います。


残念ながら『大地のセダン』を森山周一郎氏のシブい声で謳った初代Σのような人気車にはならず百恵ちゃんのターセル/コルサ同様、大物起用が必ずしも人気車になるとは限らない事を証明してしまいましたが菱ヲタGureとしてみたら数ある菱車のCMの中ではNo1だと思っています(^^)v


いよいよベスト3に入ります!

【トヨタカローラ:ジェリー藤尾一家】


♪〜カローラサンマル〜のコピーが未だ頭にこびりついている40代半ば〜5,60代の方、多いと思います、勿論私もそれで未だにカローラ=サンマル=ジェリー藤尾一家の回路が生きていますw

ジェリー藤尾氏、若い方は知らんでしょうねー、混血の歌手→役者でしたがケンカは役者一強い?と言われた元不良、50年〜70年代の映画やアクションドラマでも活躍、歌も非常にお上手で人気バラエティー番組の「家族揃って歌合戦」(だったっけ!?)では奥さん、二人の娘さんと出演し優勝の常連でしたっけ。

このように家族でTVに出る事が多くその仲睦ましい家族の姿はファミリーカーの一番手、カローラにはピッタリ!って感じで20系の後期から家族でキャラクターを勤めました。


20→30系にカローラがFMCした際もそのままスライド、20時代より大きくなった可愛い娘さん二人と幸せそうなジェリー藤尾夫妻がお奨めした甲斐もありサンマルは大ヒット作になりましたねー!


しかしその後このご夫妻は離婚、奥さん側のねつ造とか色んな雑言があり泥沼の家族崩壊、これをキッカケにジェリー藤尾氏も芸能界から消えてしまいましたし当然カローラのキャラはサンマル限りになってしまいました…。

あれだけ仲の良さげな家族にもドロドロした裏があったんだとサンマルを思い返すと必ずジェリー家の悲劇を思い起こしてしまう、それ程カローラにはピッタリのキャラクターだったんですがね〜(*_*)


とうとう来ました!第2位!!

【トヨタクラウン:山村聰/吉永小百合】


このコンビ、かなり長くクラウンのキャラを勤めていましたのでクラウン=山村さんのイメージが強く決してワタシの中ではかの有名なクラウンCM“いつかはクラウン”(S130系)ではないんですよ…

山村氏は2代目S40〜6代目S110系、吉永小百合さんは何とあのクジラ(4代目S60/70系)〜同じく110系までと言う長期、60〜70年代に“日本の父親像”そのもののイメージだった山村さんと落ち着いた気品ある知的な女性であった吉永小百合さんのイメージはドッシリと構え余裕ある高級車にはピッタリ、このカップルは年齢差もあり父と娘なのか?歳の差カップルなのかは未だ解りませんがお二人の“大人”の雰囲気はクラウンをより高級車に見せていたと感じます。



山村さんは既に他界されておりますが70年代はホームドラマ等で優しさ溢れるお父さん役でお茶の間で親しまれましたが80年代になると政府高官、VIP等の要人の役もなされザ・ハングマンの指令役、ゴットでも有名ですね!

吉永小百合さんは言わずもがなの日本が生んだTOP女優さん、決して亀山モデルやJR西日本だけではないですからね若い方!!(笑)


シャープも大変な事になってますが吉永さん=シャープのイメージが強い方も多いでしょう、しかしクルマファンとしてはやはりクラウンの助手席が一番似合う女性だと今も思います(*^^)v


さっ、そしてオオトリ!今週のTOPを飾るのは…

【日産ブル−バード:沢田研二】


やはり私世代ではこれが一番インパクトありましたね、これのTOP1、ご同輩には恐らく文句の出ようがないでしょ!!

当時のミュージシャンでのTOPスター、沢田研二=ジュリー、GS時代のタイガースボ−カルから始まりソロになってからは『勝手にしやがれ』で日本レコード大賞を受賞、これ以降80年代はヒット曲を連発しジュリーの歌が聴こえない、ジュリーの姿をブラウン管で見ない、そんな日はない!と断言できる程の人気スターでした。

そんなジュリーが6代目にFMCした910型ブルーバードのCMキャラに登場、510という大人気を博したブル、これ以後の610〜810がパッとしなかったのもありかつての510の再来をイメージにした910にジュリーを起用、スポーティでお洒落な910ブルにスーパースター・ジュリーの相乗効果は物凄いインパクトで妖しく色気のあるジュリーが『ブルーバード、お前の時代だ』と語った通り、80年代初頭の街中は910ブルの時代そのものでした、マジに!!


910の在任期間は全てジュリーがキャラ、次世代のU11型や同マキシマも当初起用されましたし弟分のリベルタヴィラデビュー時にはご丁寧にレパードの加山雄三氏と揃って出演、〜僕たちの弟をよろしく〜なんてやってましたっけ(*^^*)


U11の時代はジュリーも弾けてしまい何だか訳解らんキャラになってやっており910時代のセンスのかけらも感じないCMになりブルそのものも910に較べると…的にジリ貧、U11のMCでジュリーもCMキャラから引退、キャラを勤めたのは6年程度で決して永くはなかったですが910のCMがやはり印象強過ぎましたからねー、心に残るキャラクターはNo1で間違いないです(^^)v


以上が心に残るCMキャラクター“ザ・ベストテン” ですが如何でしたでしょうか?

ご意見、思いは各人それぞれですので文句言わずそれぞれの心に残るCMキャラとそのクルマの勇姿を思い浮かべて頂けたらと思います(^_-)-☆

尚、惜しくも圏外となったCMキャラは下記の通りです!

12位:日産スカイライン(R30)・ポールニューマン
13位:トヨタチェイサー(X30/40)・草刈正雄
14位:トヨタカリーナ(A10〜A60)・千葉真一
15位:日産セドリック(230〜Y31)・二谷英明
16位:トヨタマークⅡ(X61)及びコロナ(T130)・長嶋茂雄
17位:トヨタクレスタ(X50〜80)・山崎務
18位:日産セフィーロ(A31)・井上陽水
19位:日産マーチ(K10)・近藤真彦
20位:トヨタチェイサー(X60)・夏木陽介
21位:マツダファミリア(BD)・北大路欣也
22位:スバルレオーネ(A20/30)・西郷輝彦
23位:トヨタカローラ(E80)及びダイハツYRV・郷ひろみ
24位:日産チェリーF-Ⅱ(E11)・佐藤允
25位:トヨタカムリ(SV10)・田中邦衛
26位:トヨタコロナ(T100)・田宮二郎
27位:スズキキャリー(DA16)・菅原文太
28位:三菱エテルナΣ(A160)・星野知子
29位:マツダカペラ(GC)・アランドロン
30位:スズキアルト(HA36)・ベッキー(笑)

と言う結果となります。

“あの唄を聴くとその時代を思い出す”、よく言われますが私の場合は“あのヒト見るとあのクルマを思い出す”って感じでクルマに興味ないカミさんや娘からは???な目で見られますが出演ドラマとか歌ではなくまずその方がキャラクターだったクルマを思い出してしまう、重症かもしれませんが今のようにネットが普及していない70〜80年代、最大の広告媒体はTVCMでしたしね、現行モデルでもそれなりに気合いのCMもありますがやはり昔のCMは今のみたく燃費自慢、安全自慢一辺倒ではなく高級感をこれでもか!高性能をこれでもか!の訴求は心打たれるものがありました、L/何?走るとかいうよりそういったワクワク感がCMから伝わる事もなくなってしまいCMを見てあるクルマに憧れる、なんて事は今の若い世代にはあるのかな?


まぁ、そんな心配しても仕方ないですがそれこそ芸能界にもかつてのような『スーパースター』も不在に思いますしね、時代は変わったのでしょうが夢をくれたかつてのCMキャラクターさん全てに感謝です(^^)/

今回はキャラクター限定ですがキャッチフレーズはコピー、音楽に郷愁を感じる方も多いと思います、それらにも名作はたくさんありましたしね、このお遊び企画で皆さんが好きだった過去のCMを思い起こしてくれたら嬉しく思います!


心に残るCMキャラクター“ザ・ベストテン” …終

この記事へのコメント
けだまおやじ
2016/04/04 21:48:26
くっ!唄じゃなくて曲だったか…
FFジェミニは。
チャララチャーラ、ラーラ、ラーラッラ、ラーラ
ラーラ、ラーラッラ ってか。
唄というなら、♪いーつまーでも、いつーまでも走れ走れ…
深夜ラジオの思い出なんだな。
これを聴くと、もう寝なきゃって(笑)
どうしてもISUZUなオイラでした。

コメントへの返答
2016/04/05 01:36:36
ジェミニのアレは未だ絶大な支持ありあすからね、
キャラクターで言えばPF初期の井上順がけだまさんの1位じゃないっすか?w
曲だけで言えば私は断然 ♪〜ランサーEX〜に尽きますね、FCのブレードランナーも良かった…

けだまおやじ
2016/04/04 22:25:25
連コメ失礼します‼
今まで内緒(笑)にしてましたけど、キャラクターで、と言うならkp61スターレットの、オベ・アンダーソンが強烈な印象として残ってますねえ。
あのコルシカ(だっけ?)の映像とともにね。
あれだと音楽が無いんだよねえ(汗)

コメントへの返答
2016/04/05 01:37:02
いえいえ…
あぁ、悪魔の梯子段ですな、バックミュージックも代わりに4K-Uの迫力ある走行音はヘタな音楽にも勝っていたと思いますよ。

slcinquecento
2016/04/04 22:59:47
こ、これは、マズイwww
語りだしたら止まらなくなるので、少々・・・(で止まるかなwww)
小林麻美さんのアルトは、イメージとはマッチしてましたね〜
でも、実車に触れると「これは、美人女優には不釣り合いすぎる」という評価に一転しましたがw
浅野温子さんは、美人ながら親しみやすさがあり、気取ったところがないキャラクターがミニカととても合っていたような気がします。ちょっと男勝りなイメージもダンガンのCMのイメージとしてこれ以上のものはな
い、とすら感じました。
ロジャー・ムーア氏のCMは、トヨタとして、いや日本の自動車CM史上、突出した感じがありますね。
氏は多忙のため、撮影はほとんどヨーロッパへ出向き、さらには、どうしても間に合わない部分は、吹き替えまで使った、と当時の記事で読んだことがあります。
ホント、クルマとしてもT140系だけは異質ですよね!個人的にも1番カッコ良かったと思えるコロナです。
ロールスロイスのファンタムを愛用していた、ムーア氏は、このコロナを見てどう感じたのでしょうかw

自分は野球にまったく興味がないのですが、メジャーな巨人の選手がマイナー(失礼)なスバルのCMに出演というミスマッチが当時から気に入らんかったですw
ジェリー藤尾一家のCMは、本当に日本を代表するファミリーカーにピッタリのイメージでしたが、その後のごたごたが影を落とします・・・
自分は後に知りましたが、ホント、喧嘩強かったんですってね〜、ジェリーさん。自分の世代ではカローラやタウンエースのほのぼの感、あるいは「遠くへ行きたい」のような、しんみり系の歌手のイメージしかなかっ
たので、とても意外に思いました。
吉永小百合さん、この方がお出になると上品な感じが際立ちますね〜
110エクレールCMの「あなたにも、きっとお似合いですよ。」の一言でオーナーになられた紳士も多かったのではないか、と想像しますw
ブルーバードと沢田研二さんの組み合わせは、とにかく強烈だったんですよね。クルマにまったく興味の無い人間でさえ、ブル=ジュリーの方程式が成り立っていた。これは、日産自身も計算以上の成果だったのではないでしょうか。
ただ、U11では、その磐石感が薄らいだのは残念でしたが・・・
個人的には、CMの造りと雰囲気、好みだけで選べば、健さんとΣのCMが最強なんですが、実際の商品の売り上げやイメージアップに貢献した点では、やはり沢田さんのブルーバードが1番なんだと思います。
結局長くなってしまった・・・スミマセン!!

コメントへの返答
2016/04/05 00:23:22
お待ちしていました、この分野はslcinquecentoさんの得意とするところで知識は足許にも及びません
『おぉ、そっちはCM博学(男の中の男)じゃのう、チ○ポの垢でもも飲まさんとのう』by山守って感じwww
そう、あのアルトは小林麻美さんが気の毒になる程の安っぽさ、女ウケ狙いでギミックだけはテンコ盛りながらアレはいかんかった…
H2ミニカそのものが生意気な感じでしたもんね、ダンガンはバカっ速で、上級グレードではパワージートで“クソ生意気な!”と思ったもので浅野温子さんにピッタリだったかも!?
140コロナは以前教えて頂いたジュリーのバッタ者まで出す気合いの入れ方、王者トヨタが本気で910の勢いに危惧したのが手に取るように解る演出ですよね(笑)
そうですか、ロジャームーア氏はファンタムですか!それじゃ140コロナなんてブリキのオモチャにし
か見えなかったかもしれませんね。
野球ではBigなMrがトヨタの売れ線である130コロナ、GX61マーク?をやっていたのに対し監督とルキーという差こそあれ原の人気でスバルは気の毒だろ!と思いましたw
私はアンチGなので一向に構わないですが巨人ファンとしては屈辱だったかもですね(爆)
ジェリー藤尾さんはその風貌から子供の頃から『サル』とからかわられるのが嫌でケンカ強くなったとか!亡父がファンだったらしく生前にジェリーさんが出てくるとそんな話をしていたのを思い出しますねー、カローラの頃とは真逆の離婚による泥沼劇で世の中、一寸先は闇というのを印象つけられた思いです。
“美しい日本の美しいクラウン”だったかな、第一次安部政権みたいなフレーズでしたがこのコピーに山村さんと吉永小百合さんがまた似合って…
サユリストさん達は世代的にもこの時代にクラウンが似合う時期、110クラウンが売れたのも小百合さんの影響も多分にあったかもしれませんね。
910とジュリーはもう最強でしょう!あれを上回るインパクトあるクルマCMは未だないと思います。
今回はキャラ限定でしたがバックミュージックで語らせたらslcinquecentoさんには到底敵わないのでやり
ませんw
キャッチフレーズならやはり「大地のセダン」「インディビデュアル4ドア」「瞬間、コスモの匂い」「アルト
47万円」「老人の夢もとい(シニアドリームw)」「未体験ゾーン」「街の遊撃手」と挙げたらキリないですが
やはり興味ないメーカー(スバルやホンダ)のCMはあまり印象に残ってないのが笑えます。

まさき亭
2016/04/05 08:37:06
おはようございます。
いつも楽しく拝見させて頂いてます♪
あはは♪
これは面白いですね♪
10位のアルトを拝見している時に…、
「Gureさんの事、多分ギャランΣ&健さんが1位じゃないかなぁ…」と思っていたら…、
4位でしたね(笑)ですが、順当です。確かに910&ジュリーには勝てません。
(キャラクターと販売面のトータルで見ると910はダントツですね!)
それはそうと、30位のベッキー…、Gureさんの「(笑)」にクスッとしてしまいました(笑)
ワタシの尊敬する「モミアゲ師匠 苅谷俊介さん」がクルマCMに出演していたら…、車種関係なしに「ワタシランキング1位」になっていたのは間違いないです(笑)

コメントへの返答
2016/04/05 20:02:19
こんばんは、いつもどうもです!
三菱CMで限定すればA160Σが1位ですがやはり910には敵いません、CMも人気も…
ベッキーは違った意味で印象残りますよね、暫く見れないとなると余計かも(笑)
刈谷氏ですか、あの方がやるとすればトラックでしょうねw 厳つい顔の旧型プロフィアとかいすゞNEWパ
ワーとか似合いそうですナw

BSわひこ
2016/04/05 08:37:44
セナ〜(=∀=* (プレリュード)
・・・いえ、ただ単にファンだっただけですが(笑

コメントへの返答
2016/04/05 20:03:51
ホンダはやはりマイケルJフォックスでしょうか、「カッコインテングラ」ナめんてんのかと思いましたねw

ななパパ(こうぞう)
2016/04/05 19:44:41
エリマキトカゲのミラージュ(人間じゃないけど。笑)が印象深いです。
あと、山城新伍のボンゴと千昌夫のアスカ。車よりキャラのインパクトが強烈でした(笑)

コメントへの返答
2016/04/05 20:05:57
山城氏はどん兵衛、千昌夫はクイントリックス岩手け〜ん
これの印象が強過ぎてボンゴもアスカもベスト30には私的には無理でした。

Posted at 2017/12/09 13:42:06 | コメント(0) | トラックバック(0) | ザ・ベストテン | クルマ

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何シテル?   10/12 15:45
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