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2016年02月25日 イイね!

保存版・ゆっくり走ってたらいなくなっちゃったw…日産ローレル“ザ・ベストテン”

保存版・ゆっくり走ってたらいなくなっちゃったw…日産ローレル“ザ・ベストテン”
好評(?)車種別ベストテンシリーズ、今回のお題は『日産ローレル』となります(^^)v


ローレル、1968年に我が国初の“ハイオーナーカー”としてデビュー、当時はまだまだ車種編成上、メインのセダンの他にライトバンやトラック、ピックアップ等のコマーシャルカーのラインナップが必需の時代に日産はこれらを持たないセダン専用としてローレルをリリース、コマーシャルモデルをシリーズにラインナップしない事でよりオーナー向けセダンとしての地位を高め当時、オーナーカーとしては最上級だったブルーバードよりサイズを拡大、ブルが1.6Lを最大としていたところに1.8Lエンジンを搭載し全てに於いてブルに較べ余裕と豪華さを与えた上質なセダンが初代C30ローレルでした。

当時はまだセドリックやグロリアはハイタク他法人需要がメイン、一般オーナーにはブルーバードが浸透しておりこれはライバルのコロナ、クラウンの関係も同様、そんな中で新ジャンルのハイオーナーカー、ローレルは営業用を構想に入れていないためスタイリングや各部味付けに制約がなく当時としては非常に先進的なスタイリングや出で立ちが魅力で当時の富裕層には非常に注目を集め発売時の評判も上々、マイカー元年以降ハイクラスのモデルに新風を誘い込むのに大成功を遂げたNEWモデルでした!

ただ、ローレルにも御多分に漏れずに容赦なくトヨタが刺客を送り次期コロナとして開発されたコロナマークⅡを急遽、ローレルに合わせ車格をUPして発売、ローレルが持たない当時の流行の先端である2HTボディを持っていた事等、全体的にそれまでにないジャンルの先駆者らしく孤高感がありかつどことなく地味だったローレルに対し若々しさとスポーティなイメージのマークⅡ、内容的にはコロナの焼き直しでローレルが旧プリンスの陣営による真面目なクルマ造りに対し圧勝、当時よく言われた“技術の日産、販売のトヨタ”をブルvsコロナに続いて実証してしまった感じでした。

この初代から因縁の対マークⅡとの闘いはその後も熾烈に続きこの事がこのジャンルも人気カテゴリーに成長、三菱、マツダ、ホンダも参入して激戦となりバブル期には同じメーカーから同じカテゴリリーに幾何学のモデルを輩出、バブリーマツダ5チャンネル等がいい例ですネ

この頃には“ハイオーナーカー”という言葉はもう使われずその代名詞は“ハイソカー”、この時代にはクラウンもセドリックもオーナー需要が大幅に高まりこれをベースとしたより上級なマジェスタ、シーマ等もデビュー、ローレルやマークⅡはハイソカー入門編の立ち位置となりますが好景気の中、高級車にこれまで手の届かなかった庶民の夢を叶える役割を果たしました…。

このハイソカーも時代の流れには逆らえずセダンブームの衰退と共にモデルは激減、老舗?の日産はローレルの後継であるティアナ、マークⅡはマークXとして現存しますがその勢いはローレル、マークⅡ全盛期に較べ目を覆う惨状、しかしハイクラスセダン=ステータスを感じる少数な保守層は存在し根強い支持があるのも事実、ハイソカーも既に過去の言葉、今ではプレミアムセダンと形容されておりますがこれの元祖である日産ローレル“ザ・ベストテン” やってみたいと思います。

尚、定義としてはいつものように“ローレル”の名前が入ればどれもランク対象、サニーベースのローレルスピリットもファミリーとは認めたくないですが名前がローレルですから立派にランク対象です(笑)
半面、シャシ共有しながらも別名とされているモデル(セフィーロ、ステージア等)は対象外とさせて頂きますのでご承知願います!


さぁ、今週の!?第10位!!

【5代目ローレル後期型 C32型(1986〜1988、営業用セダンは〜1993)】


5代目C32後期、10位です。

あくまで個人的印象ですが5代目は前期型の方が好み、後期はバブルの流れとライバルのマークⅡに対し劣勢だったため無意味にギンギラギンの成金趣味が際立ち好感が持てませんでした。

Y30セドグロ同様、日産らしいと言えばそれまでなのですが古い時代の日本人が好む高級車像そのものの性格、車格以上のオーバークオリティでこけおどしの外観とこれでもか!と言える程の金蘭豪華な内装(上級モデル)はセンス以前の嫌らしさしか感じず仮にそこまで見栄張りたいなら私なら素直にもう少し金出してセドグロを買いますってw

前期はそこまでギンギラではなくセドグロより下級をきちんとアピール、必要以上の派手派手さは感じず逆に先代後期のC31型後期よりは落ち着いたイメージは好感持てましたのでね、依ってこの順位は前期後期と分け悪趣味な?後期限定と致します!


続いて第9位!!

【3代目ローレル C230型(1977〜1980)】

↑前期4HT

3代目ローレルですね、まだ旧型式表示時代のモノでC230(MC後はC231)型となります。

1978年を境に前期後期に分かれますが9位対象は両モデルとします、前期後期は御多分に漏れない?前期はスッキリオーソドックス、後期はマークⅡに離されゴテゴテ…

まぁ、単なるこれも好みの選択ですが230に関しては後期でもそれほど成金趣味は感じないのでw

230は好評だった先代C130を基本キープコンセプトでしたが70年代然としていた130のモッサリ感をリフレッシュ、直線基調のスッキリしたデザインになりC130のぜい肉を取り去ったイメージは兄弟であるケンメリ→ジャパン、サメブル→ブルG6シリーズと同様。

ベースのセダンに加え伝統の2HT、そしてローレル初の日産の十八番であるセンターピラーレス4HTが設定されセドグロの象徴だった4HTのラインナップはローレルのステイタスを高めました。

セダンはオーソドックスで四隅をピ−ンと張るセダンらしいデザイン、2/4HTはファストバック気味のスポーティさを表すモノ、個人的には地味ながらもセダンが一番好みでしたが巷では4HTが圧倒的な人気でした。
4HTは本来のターゲット層以外にもフルオープン4枚のスタイリッシュさがウけ若年層にも人気、中古の4HTはやんちゃ層にも大層人気で伝説のC130ブタケツ世代も順調に230に支持に継承された感がありましたね(笑)

230はセドグロで好評だったボディ同色ホイールキャップを採用、330系セドグロで人気色だったマルーン、カッパーブラウンもローレルにラインナップ、個人的にはこの同色キャップは大嫌いでしたしファストバック調のスタイリング、濃色系は230をより重々しく見せホワイト系の塗装が好きでしたが一時、これの中古モデルは高騰していた時期もありましたネ〜…

2HTは既に旬を過ぎておりかつ先代のスタイリッシュさは皆無で不人気、ジャガーXJS風味のダクトで隠すRrサイドウィンドウ等新しさも訴求していましたがとにかく4HTに隠れ地味でした。。。

↓後期4HT


あっ、排ガス規制NAPSの過渡期のモデルなので走行性能は230、最悪で1.8L、2L4気筒、同6発、同6発EGI、2.8Lをラインナップしていましたがまともに走れるのは2.8だけ、しかも当時既にこのクラスですとATが受注の半数を占める中、マークⅡが4ATを採用する中依然3ATですからね、排ガス=TTCのトヨタも走りませんでしたがハイオーナーカーとしてATが3速か4速かはかなりのポイントでありこの時代でマークⅡとローレルの評価が徹底的に差が出ましたっけ…


さぁ、8位行ってみましょー!

【4代目ローレル C31型(1980〜1984)】

↑4HT後期

8位は4代目C31型、この代では130/230と続いたアメリカンナイズのイメージを一新、設計をあのスカイラインの父である桜井慎一郎氏に任せ欧州車風出で立ちに変貌、CD値を謳い『アウトバーンの旋風』のコピーが象徴するようにそれまでのローレルのイメージをガラリと変えるモデルでした。

ボディは従来通りのセダンと4HT、2HTはこの代で消滅しています。
セダン、HTとも6ライトの上品さをアピール、やり過ぎだったイケイケ豪華路線のローレルの見直しがなされ230まで如何にマークⅡ、そして自社のセドグロに負けない豪華絢爛さを醸し出す路線から内面とシンプルさを提唱するモデルになっいましたね〜。

ただ、この作戦は上手く行かずこれは一気にシンプル路線としたため‟安っぽい”と悪評が目立ち従来のローレル支持層には受け入れられませんでしたし私も最初C31を触った時はコストダウン感が非常に目立ち同時期のR30スカイラインと兄弟色がより鮮明でありスカイラインはシンプル→スポーティの証と捉えられててもローレルは巷の悪評通りただただ安っぽさしか感じませんでした…

セドグロから始まったL20ETのターボモデルも設定、スカイラインと共通となるシャシ、脚で従来より格段に走りも実力も高いC31でしたが見た目の質素さで損をしていた感じがします。

↓セダン前期


このため日産は82年のMCで後期型とした際、旧230のように派手派手成金趣味を復活、おフランスのファッションブランドをそのままグレードにした『ジバンシーバージョン』等も設定し徹底した豪華さをアピール、前期の質素過ぎたイメージ一新を図りこれにより販売台数を挙げたのも事実、個人的にあまりの成金趣味は受け付けないのですが前期のローレルとしては?な出で立ちよりは後期型が好みでした。

当時先輩が後期メダリストターボに乗ってよくいたので借りましたが中身はR30と大差なく脚廻りではマークⅡ系よりしなやかでしたし粘りと乗り味をバランス良く実現、L20ETのドッカンは乗りにくかったですがターボが効く3500rpm以降のローレルならぬ爆発的な走りは愉しいモノでした!

見た目はイマイチのC31ですが走りの意外さでこの順位としましたぁ。


盛り上がってまいりました(汗)第7位!!

【初代ローレルセダン C30型(1968〜1972)】


冒頭で記述した初代ローレル、ここで登場!

ブルーバード510で有名になった直線美を誇る“スーパーソニックライン”は実はこのC30ローレルがオリジナル、日産と合併前の旧プリンスがグロリアとスカイラインの中間車種として開発途上だったモデルを日産が引き継ぎ発売したのがC30になる訳です。

まっ、引き継いだと言えば聞こえはいいですがその秀逸なるスタイリングアイディンティを日産はブルにパクり見事に名車と言わしめた一因がこの“スーパーソニックライン”にもある訳なんですね。
しかし元々オリジナルがローレルだけありその収まりはC30の方がしっくり来ます、全長がある分、ローレルの方が本来の伸びやかさが顕著に感じます(個人的見解)

地味ながらエレガントなイメージの外観とは異なり旧プリンスのG18型エンジンはガサツながらパワフルそのもの!
ブルのL16/18型と較べてもトルクフルで大人しい外観でスポーツグレードの設定がないローレルでしたが510の下敷きとなったシャシや当時としては高度なRrセミトレの脚廻りは60年代のクルマとしてはかなり先進的で後年下取り等で転がしても日産(プリンス)のこの時代の技術力には脱帽でした!

往時の販売、人気は新しモノ好きな日本人にはHTやDOHCを持つマークⅡに撃沈でしたがクルマとての優秀さは前時代で下級であるRT40コロナの焼き直しに過ぎないマークⅡは問題にならなかったと強く思います。

尚、初代C30には70年には日産としては初となる2HTが追加されていますがこれは別順位とします!


どんどん行きます、第6位!!

【5代目ローレル前期型 C32型(1984〜1986)】


10位に後期をランクインしましたが前期は6位です!

これも個人的好みが大きい順位、当時のGX71マークⅡの神がかり的人気にどうあがいても敵わないローレル、そこで日産はマークⅡを超える絢爛豪華さで勝負しようと後期は成金趣味のド派手なイメージに内外を変貌させました。

ここもでお読みになられてお気づきの方もおられるでしょうがローレルの歴史は常にマークⅡを意識しオリジナルがこれに敵わないとなるとMCでマークⅡを上回るオーバークオリティな豪華さで再度勝負、結局はマークⅡを上回る事は生涯ありませんでしたが比較的シンプルなオリジナルを弄ってゴテゴテに という悪循環がお約束でしたw

C32に関しては個人的には圧倒的に前期派、適度に風格を持ちC31前期のような安っぽさもない、後期がセドグロとどこか違うのか?というミニセドリックではないローレルらしさに好感持っていました。

V6エンジン初採用のC32は直6時代とは異質のフィーリングでメーカーのアピール通りV6の方が直6より高級 とは思えませんでしたが同じ日産のRB(直6)とVG(V6)を較べるとRBの吹け上がり、トルクフルなVG、お互いに魅力はありこれはドライバーの好み以外何者でもなかったと感じます。

尚、C32が伝統のセダン/HT(4ドア)最後の布陣、32の時代でも既にセダンは法人需要的存在でメインは4HTでしたがC31から引き継ぐ6ライトのデザイン(セダン/HT共)はセンス良く車型で分けない順位としました、今では当たり前の電格ミラー初採用もこのローレル、新車見に行き意味なくこれを弄って感動したのも懐かしいw


☆☆☆〜今週のスポットライト!!〜☆☆☆

今一歩、惜しくもベストテンに入らなかったローレルはこちら…

【7代目ローレル C34型(1993〜1997)】


C34ファンの方には大変申し訳ないですが個人的に歴代ローレルで一番嫌いなのがこの代です…

これは先代のC33があまりに良かった事による反動もありますしローレルに限らずこの時期の日産はほぼこんな感じ、セドグロ(Y31→Y32)、スカイライン(R32→R33)、ブルーバード(U12→U13)、サニー(B13→B14)シルビア(S13→S14)が新型で軒並み失敗コイたのと同時期がこのC34でした。

あながちワタシの感覚が狂っていた訳ではない、先代がマークⅡの呪縛を離れ新たなローレル像を築いて新たなファンを獲得したのに対しC34では再びマークⅡの2番煎じを演ずるようになり人気販売もダダ下がり、車そのものは個人的にスタイリングは???でしたが悪いモノというイメージはないんですがね、何だかC32以前の先祖返りしたようなコンセプトは納得行きませんでした。

このC34もエンジンがRB系でFR、走り屋に絶大な支持を得たC33の代替えとして一時は中古人気が高まった時期もありましたがコイツだけはどう走り屋風にカスタマイズされても生理的にNG、ちょうど100系チェイサーの置き換えの110系ヴェロッサに嫌悪感持つのと同じでした(^^ゞ

いやー、これはどんなに見慣れても好きになれんです、先代から継承し4HTオンリーですがそれの命?でもあろうスタイリッシュさを感じない、セダンならまだしも異様に立ったAピラーに居住性は良かったながらも高い車高、これなら4HTである意味はないですしね、しかも何でこんな安っぽく品の欠片も感じさせないデザインにしたんだか…特にRrは最悪に嫌い、これは前期後期に限らずNGですのでランク外としました。


さぁ、ベストテンに戻ります!今週の第5位!!

【2代目ローレルセダン C130型(1972〜1977)】

↑前期

2代目130のセダン限定5位です!

130ローレルは現役時代はさほどパッとした人気はなく日産特有の型落ちになってから急激に人気上昇したもの、しかしそれは70〜80年代に勢力を伸ばした暴走族やこれらの“かぶれ”による人気でした。
HTの特徴あるスタイリングと後輪がセミトレでシャコタンにするとハの字を切る点(一部グレード)、Z、スカイライン等の改造パーツが使えるL型エンジンの搭載がその一因でしたがセダンはHTに較べると大人しい点とRrの脚がリジットでハの字を切らない事から地味な存在、兄弟のスカイライン(ケンメリ=ヨンメリ)がセダンでもかなりの人気があったのに対し近年まで忘れ去られたような存在でした。

立ち位置は初代C30同様ハイオーナーカーですがC30がブル、スカイラインに近いサイズだったのをC130ではセドグロに近いサイズまで拡大、搭載エンジンもこの代からL20型6気筒がメイン(シングル/ツインキャブ、他にC30からキャリーオーバーするG18/G20)となり高級度を上げています。
ただ、この点がセダンでは中途半端感が高まったのも事実で一般オーナーはブルーバードU(610)かスカイラインショートノーズ(C110ケンメリ)、スポーティ好みはブルUGTやケンメリGT系、ハイクラスはセドグロ230のセダンを選ぶ感じでローレルセダンは売れ行き不振まではいかないながらも芳しいものではなかった…

そんなC130セダン、中古世代になっても暫く不人気でしたがここ数年、注目されるようになり旧車としての価値が高まった感があり値段も上昇、数年前では金額つかなったのですがHTに較べレア度がそうさせているのでしょう、後期の顔付きから“ガメラ”という愛称も付けられていますね(笑)

個人的にはHTに較べると地味ながらHT同様に70年代らしいサンダーウェーブラインを採用、シルエットはヨンメリに通じるウェッジシェイブの前衛的なモノで現役時から好きな部類、特に逆スラントのマスクとこのサイズのセダンならではの広さは当時”高級車”を感じさせるに充分でこのタイトルの元になったCM”♪ゆっくり走ろう、おぉ、ローレル”と言うフレーズをテレビで見て何て余裕ある大人のクルマなんだろうと幼少期にはそのシブさに憧れたりしたもんですw

130は73年のMCを境に前期後期と分かれますがランクは前期後期通してとなります。

↓後期型


73年からはローレル初の3ナンバーとなる2600モデルを追加、75年からは悪名高きNAPSの排ガス規制を受けますのでこれ以降は2600→2800となった3ナンバー以外の動力性能は悲惨だった点はこの時代のクルマですので例外ではありませんでした。


いよいよ上位に行きます、第4位!!

【8代目ローレル C35型(1997〜2002)】


これもどちらかと言うと製廃後の方が人気高かったかな?現役時代は4HT(セダン)ブームの衰退により極端に売り上げ落ちましたのでね、バブル期〜90年後半まで一線だった4HT人気もミニバンに取って変わられライバル勢も全てセダン化、または廃盤→ネーミング変更が行われたりしましたからローレルもこの代を最後とし次期型は完全なセダンとなる新車種『ティアナ』となりました。

68年〜2002年、37年の幕を閉じるに相応しい最後のC35もなかなか魅力的なモデル、C34で異様に立てたAピラーもHTらしく寝てスタイリングもダイナミックの中にもエレガントさを醸し出すC33までのローレルイメージを再び取り戻した感がありました。

RB20DE型、RB25DE型、RB25DET型にDeのRD28型はどれもパワフル、今は亡き直6フィールの真骨頂RBエンジンは決して軽くはないC35をストレスなく走らせていましたっけ、脚もいささか柔らかめながらも秀逸、シャシもしっかりしておりこの頃はもう死語になっていたハイオーナーカーらしい造りの良さを感じます、ただ、内装等はC33/34のバブル期モデルに較べコストダウン感は拭えなかったですが個性的な彫の深い?インパネ等好みでしたね〜…

C35の好きな点は歴代がC33を除き常にミニセドグロって感じが貧乏臭くて嫌な部分だったのですがC35はローレルとしてのオリジナリティが高くこの点はやはり当時“ミニクラウン、ミニカムリ”だったX110系マーク?よりは好感持てる出で立ちでした。

ローレルというモデルは歴代、中古になり走り屋層に好まれますよね、素直なFRの操縦性と直6エンジンが本来のターゲットではない彼らを熱くする訳ですが振り回すには少々デカいながら今やこのクラスも数少なくなりましたからねー、これに愉しさを求める気持ちは非常に理解できますし私ももう15年若ければこれで楽しんでみたいかな?ナンチャッテwww


いよいよベスト3に入ります!

【6代目ローレル C33型(1989〜1993)】


近年のローレルはこれが一番好きでした、依って3位!!

C33、コイツは人気ありましたよねー、現在でもまだ見れるモデル、ただこれもローレルの宿命か?走り屋さん達にも大人気でボコボコになっていたりベタベタ鬼キャン等の個体が多くオリジナルは殆ど残っていない感じがします、個人的にはオリジナルのオシャレで気品ある出で立ちが好きなので軽いカスタマイズでC33が映えるような弄り方ですと目を奪われますがありがちの下品でペッタンコにギンギラアルミ、萎えます(+_+)

C33はグレード名もオシャレでクラブLとかクラブSとかそれまでにない命名がなされていたのも注目しましたしこれも知人が持っておりスタイル優先で居住性は犠牲になるも元ネタ?になったカリーナEDやこれに端を発するスタイリッシュ4Hを名乗る各社モデル中では最も好きなデザイン、このスタイリッシュさなら狭さも許せるって感じでした(笑)

C33になりVG系エンジンが廃止され全てRB系6発に統一、雰囲気も先代C32のアメリカ式ギラギラ高級路線から大きく変貌、この変革はC32では足許にも及ばなかったマーク?人気に肉薄しました!

インパネの質感も非常にイイ感じ、欧州風のシックで大人なイメージがGood、スタイリングでは特にRrからの眺めはウットリする位素晴らしかったと思います!



とうとう来ました!第2位!!

【初代ローレルHT C30型(1970〜1972)】


セダンは既出ですがHTは特に心惹かれたので別枠で2位としました!

日産初のセンターピラーレス2HT、これはトヨタが国産初で流行らせたモノなので日産は結構抵抗しクーペで押し通していましたが当時若者には圧倒的に人気のある車型でしたしファミリーでもまだ2ドアセダンが重宝された時代ですのでね、若いファミリー層にも人気で70年を境に各社が続々とラインナップ、ローレルもその1台ですがセドグロやスカイライン、ブルーバードに先駆けた導入がなされました。

これは後発マークⅡがHTボディで着実に販売を伸ばしていたのに対抗するものでハイオーナーセダンとしてデビューしたローレルには従来、ハイクラスな味付けはあれど当時の空気であったスポーティモデルの存在がなくマーク?の後塵を拝していたためのテコ入れでした。

子供心に後発だけありローレルHTはマークⅡHTよりもかなりスポーティで目を奪われました、マークⅡがくどいですが見慣れたRT50コロナHTのあくまで焼き直しだったどことなく田舎臭いスタイルだったのに対しローレルHTは都会的でスポーティ、セダンのスーパーソニックラインを踏襲し直線美がカッコ良かった〜!

セダンやブル510同様にリアのウインカーがシーケンシャルでしたので右左折してゆくHTの後ろ姿には惹き込まれたものです。


HT追加と同時に2Lエンジンも搭載されセダンのG18をスケールUPしたG20型のシングル/ツインがラインナップ(廉価版にG18も搭載、セダンは翌71年にG20を遅れて搭載)されていました。

G20は旧プリンスのエンジンですからフィーリングはパワフル一言!当時のスカイラインGT(GC10)
セドグロ(130/HA30)もL20と較べこれらは6気筒ですのでスムーズさは敵わないながら4発特有のガサツさはあるもパンチ力と鋭い吹け上がりはこちらが上、プリンス製エンジンを知る最後の世代?としてこれは魅力高ったですよー。。。

HTの最高峰はこのG20をツインキャブで武装し120psを誇り装備も豪華な『GX』、この頃から日産のスポーティバージョンの一部はこのGXを名乗りイメージ統一が図られました。

70年追加で72年には次期型にFMCしますので僅か2年の存在、高額なのもありブルーバードクーペやライバルのマークⅡHT程見かけるモデルではなく現存もセダンばかりでまずここ30年は見ていないですが幼少期に憧れた1台なんです(^^)v


さっ、そしてオオトリ!今週のTOPを飾るのは…

【2代目ローレルHT C130型(1972〜1977)】


この1位は我々世代では当然でしょ、ご同輩!!(^_-)-☆

通称“ブタケツ”随分と失礼な愛称だと思いますが誰が呼んだか?コレの全盛期であった80年代初頭ですらそう呼ばれていた気がするので息の長い愛称ですね(笑)

その愛称の由来は言うまでもないRrスタイル、アメ車のデザインテイストでボディ外板ではなくRrバンパーにテールランプを埋め込む斬新なデザインが大人気、この手法は70年のHA30グロリアが国産初ですがローレルHTではこれを更に大胆に表現、セダンがオーソドックスなデザインだったのに対し強い個性を放っていました。

スタイリングもアメリカンナイズ、セダンの項でも述べましたが流行のサンダーウェーブラインをあしらい非常に派手なイメージ、このスタイルに中古になって値がこなれた時期=70年代後半〜80年代初頭に爆発的人気を呼びHTの最高峰であるL20ツインキャブを搭載する『SGX』はケンメリと並ぶ支持を得ていました…

初代では4気筒にこだわったローレルですが130からはL型6気筒をメイン化、先代のG18/20/同ツインキャブもキャリーオーバーしていましたがサイズ拡大からG型ではやや荷が重かったながらワタシ的にはやはりG20ツインのGXがお気に入りでしたねー、G型の魅力はL型を上回ると今も信じます!

セダン同様に2600→2800も後年ラインナップ、75年以降は排ガス対策で情けない走りでしたのでブームの頃では未対策のSGX、ホント高かったです…。


以上がローレル“ザ・ベストテン” ですが如何でしたでしょうか?

ご意見、思いは各人それぞれですので文句言わずそれぞれのローレルベストテンを考えて頂けたらと思います(*^-^*)

尚、ローレルは全8代ですが車型を分けたので歴代がスポットライト含め11位内で収まっておりますがサニーベースでローレルの名前を名乗る『ローレルスピリット』というモデルもありました。

これはローレルのテイストを大衆車に詰め込んだ弟分ですが詰め込んだのは外見とサニーにない豪華さだけ、クルマとしての関連性は皆無ですので個人的にはローレルとは認めていませんが名前が入るのでランクさせるとしたら下記のとおりです。

12位:2代目ローレルスピリット (1986〜1990)
13位:初代ローレルスピリット (1982〜1986)


34年の歴史を誇るローレル、マークⅡと同様に日産のハイクラス入門車としての知名度を簡単に捨てた日産、後続ティアナが決して成功とはいえない現状、これがローレルを名乗っていたらどうかな?と考える事があります。

まっ、たかがネーミングですしこれだけミニバンが幅効かせているよでしたらローレルだろうがティアナであろうが現在の日産では同じ結果かな!?

しかしそれでも浸透していたローレルの名前は未だに残して欲しかったと思うのですがね、逆に現在のスカイラインの変貌ぶりにも納得いきませんがV系以降のスカイラインがローレル名だったら納得できたかもしれないと思うのはワタシだけでしょうか…!?!?

何故かローレルというクルマ、後ろ姿に惹かれるモデルが多かった気がします、全体的スタイリングも年配層向けのモデルでしたので兄弟のスカイラインと較べるとオーソドックスながらスカイラインのように過去の名作に捉わられずに冒険もそこそこでき名作も出現していますしね、イケイケのスカイラインに対する落ち着きのローレル、マークⅡとチェイサー/クレスタにも相通じる部分がありますが幾通りのミドルセダンが選べたイイ時代でした…。

ってまた最後は懐古趣味になっちゃいましたが(;^_^A



ゆっくり走ってたらいなくなっちゃったw…日産ローレル”ザ・ベストテン”終
Posted at 2017/08/05 18:26:31 | コメント(0) | トラックバック(0) | ザ・ベストテン | クルマ
2016年01月16日 イイね!

保存版・スポーツカーへ乗って欲しい?…日産フェアレディ“ザ・ベストテン”

保存版・スポーツカーへ乗って欲しい?…日産フェアレディ“ザ・ベストテン” 車種別ベストテンシリーズ、今回は第8弾!!

8弾は今も昔も我が国の代表的スポーツカーとして認知されている日産フェアレディを取り上げてみたいと思います(^^)v

幼き頃よりクルマ好きだった皆さん?最初に“スポーツカー”を意識したのはこのフェアレディという方も多いのでは?
かく言うワタシもその口、若い皆さんとは違い幼き頃にそれを意識させらたのは『Z』と名乗る前のオープンカー、当時は性能とかややこしい事は知る由もなく屋根がなけりゃスポーツカーと思い込んでいましたのでね、幼き頃には他にパブリカコンバーチブルやコンパーノスパイダー、ヨタ8含め全てスポーツカーでした(笑)

当時は内外含めまだ安全とか煩くない時代ですから比較的オープンカーのラインナップも多く街中ではイキなオッサンからカッつけの兄ちゃんまで結構見かけたものですが70年代以降、“交通戦争”が問題視される中、オープンカー達は横転時の危険性が尋常じゃない!という理由からどんどんクローズドボディ化、フェアレディも代々続いたオープンから初代S30Zでクローズになりデビューした時は軽く失望したもんです、まぁ、S30Zも充分カッコ良かったのでこの残念感はすぐ払拭されたのは間違いないですが…

現在のZに“スポーツカー”の称号が相応しいか相応しくないか?これは個々の見解にお任せしますが元祖のダットサンスポーツから延々スポーツカーとして生きるフェアレディシリーズ、例えグランドツーリングになろうとも高級プレミアムになろうとも内外も認める和製スポーツカーが過去の名声であろうともこの類のモデルが現在細々?でもラインナップされている事は素晴らしい、トヨタもマツダも三菱もホンダも現在撤退している“スポーツカー”分野の唯一の存在、一時は廃番になりましたし色々悪意の目で語られるMrビーンことゴーン氏の最大の功績はZの復活=Zの火を消さなかった事でしょうか…?

確かにワタシも以前の日産車を知る世代の人間としてゴーン氏になってからの日産は終わった感を持つ一人ですがGT-RにせよZにせよかなりコンセプトや内容は変わってしまったながらもスポ車受難の時代に万人受けしないスポーツモデルを造り続けるのは立派だと思いますしね、NSXやRX-7の復活も噂されますが一番苦しい時代にこれらやスープラ、GTO等を引っ込めた各ライバル社にスポーツカー好きとしては日産の悪口は憚らないとならん!と感じます、実際は言いたい放題ですが(;^_^A

現行(近年)のZ、何と言えばいいかな?個人的にはスポーツカーとしたいですがまたメンドクサイ事言うスポーツカーマニアからの攻撃もダルいんで「プレミアムスポーツ」とでも表現しましょうか、そんな日産フェアレディ(Z)“ザ・ベストテン” 、早速やりましょうw

尚、定義としてはいつものように“フェアレディ”の名前が入ればどれもランク対象、Zが入ろうがなかろうが全て対象、反面、元祖になる1952年発売のダットサンスポーツ(DC-3)と2代目ダットサンスポーツ(S211型)はフェアレディの名前が入らないので対象外とします。

ただ、2代目ダットサンスポーツのモデル途中のMCで初めてフェアレディを拝命(SP212/213)、型としてはS211と同型ですがここからを対象にしています!


さぁ、今週の!?第10位!!

【6代目フェアレディZ Z34型(2008〜現行)】


Z34、旧車贔屓としては全くソソられない現行型ですが燃費、エコ一辺倒の現代車の中ではやはり存在感はありますねー。

「Zも変わったなぁ…」が素直な感想ですが運動性能重視とV6エンジンにより伝統のロングノーズは控え気味になりながらもZらしい?スタイルは健在、中身はともかく誰が見てもスポーツカーのシルエットを通しているのはR35GT-Rと並び日産の気概を感じさせるモノ、あまりに庶民からかけ離れた値段を除いてですが(*_*;

まぁ、いくらか“走り”の方向に戻りつつの現在ながら今のご時世でV6 3.7Lで336psだの355psだのというモデルをラインナップし続けるだけ大したモノ!と思います。

初代S30Zの時代は非常にポピュラーなスポーツカーとして内外で若者にも支持されたZ、今のZときたら例外なく高年齢層の富裕層にしか手が出ないものになってしまいZに限らずですがこうした各スポーツ車の値段上昇がこのカテゴリーから元気を奪いやがて消滅という憂き目に合っていると思うのでね、Zにはもう少し原点回帰しせめて若者でも“かなり頑張れば買える”というS130やZ31時代位の存在になって欲しい、なんて思います。

そんな意味合いもあり現行車ベストテンならかなり上位ランクにしたいZ34ですがやはり歴代の中ではこれと言ったインパクトもなくこの順位と致しました!

車型は先代Z33から引き続くコンバーチブルも用意されておりクーペ、コンバーチブル両モデルを対象とします。



続いて第9位!!

【5代目フェアレディZ Z33型(2002〜2008)】


10位のZ34と同じ理由で殆ど興味のないモデルですが先代のZ32が廃番となり一時日産のラインナップから『フェアレディZ』の名前が消えた後、2年ぶりに復活したZ33はそれなりのインパクトがありました、かつての歴代Zのイメージが強い世代ですので個性が消え個人的には好みではないスタイリングでしたがZである事は間違いない伝統は感じられました。

V6 VQ35型エンジンは初期こそ自主規制280osでしたが2005年のMCではこれを超え294ps、その後もゴーン氏が宣言したように進化を続け300psをもオーバー、ライフスタイルやマーケットの変化により各社次々にスポーツモデルが撤廃される中でGT-Rと並び以前の勢いはないながら細々と?ラインナップし続けた事に拍手を送りたい、そんなモデルでした。

スカイラインのシャシやパワートレインを使い比較的安価であると謳われますが既にスカイラインそのものがプレミアムカー的な地位に変わっており決して庶民的な値段ではなかったと思いますが海外に名だたるスポーツカーと肩を並べる仕上がり、性能としては安いかな?コストパフォーマンスに優れる、という点はZの精神は健在だったと思います。

GT-Rを始めランエボ、インプレッサ等ハイパワーモデルであってもセダンやクーペが当たり前になる中、伝統のロングノーズのショートデッキ、流麗なファストバックを纏い昔ながらの“スポーツカー”のイメージを維持し続けた唯一の存在であったZ33、苦難の時期に孤軍奮闘した姿に9位ランクを授けたいと思います!

尚、Z33にも途中追加(2003y〜)のオープンモデル『ロードスター』もラインナップされており極少数の生存ながらこれも含めた順位と致します。


さぁ、8位行ってみましょー!

【3代目フェアレディZ Z31型前期(1983〜1986)】


何だかんだと今も“神”扱いのS30を引きずっていたのがZ31型、中身は70年代のS30と較べ当然刷新されてはいますがスタイリングの基本は同じ、S30世代としては安心して?触れられるZの最後だったと思います。

Z31は83〜89yのモデルライフですが86yを境に前期後期に別れ後期型は次期Z32に引き継ぐかのような大幅なデザインの変更がなされ日産デザインインターナショナル(NDI)のモノを採用、Z31の基本はそのままながらFrマスクやテールはまるで違うイメージに変貌、個人的好みでは後期が好みなので前期をこの順位に持ってきました。

Z31はデビュー時は当時日産が普及に必死だったV6エンジン(VG20ET/VG30ET)のラインナップ、この事がややZ人気を落とした印象がありました。

長年L型直6がスカイラインGTと並んでZの象徴であり一気に直6→V6への変換にファンがついてこれなかった印象かな?乗ればトルクフルで特にL型はターボにせよオーバーウェイト感が付きまとうS130に比較すると低速からのパワーもかなり増大しており乗り易さは比較できない向上が見られましたがやはりイメージが“Zは直6”というのが強かったですしね、また、ファンが多くチューナーの存在も神が多かったL型廃止の反動もあったと思います。

85年からそんな声に応えL型に変わる新開発のRB20DETエンジンをR31スカイラインから移植搭載、DOHC24V、I/Cの世界初セラミックターボの搭載は大きく話題になりましたが前期のこれは発売時期の関係で現在では希少モデルになっていますね!

ボディは2シーターと4人乗り2by2という布陣はS30から継承、個人的にはやはりZらしいエキサイティングさを醸し出す2シーターのデザインが好みですが8位ランクには2by2も含めます。


盛り上がってまいりました(汗)第7位!!

【4代目フェアレディZ Z32型(1989〜2000)】


歴代フェアレディで一番長く造られたのがZ32型、11年のモデルライフで最後はスポーツカーというモデルの地位没落によりやや放置気味で消えてゆきましたが89yのデビューでは大きく注目され人気の高かったモデルでした。

国内初の280ps、Z初のオーバー5ナンバーボディ、デザインは長らく続いたロングノーズ、ショートデッキを改め低く長くのワイド&ローのデザインに改められ一目見て“新時代のZ”を訴えるモノでした。
S30→S130→Z31のイメージは良い意味で払拭、3ナンバーの迫力と流れるような曲線美を主張するスタイリングは非常にスタイリッシュで惹かれましたねー、“スポーツカーへ乗ろうと思う”のコピーも印象的!

大幅刷新ながら市場の反応も良くバブル時代を反映して高額化にも関わらずデビュー時〜2、3年は売れまくり街中でもかなり見かけたものです。

乗るとまずその低く幅広さに驚き車輛感覚をつかむのに若干時間を要しますしデカ過ぎてとても振り回せるような代物ではなくよりグランドツーリングカーの色を深めS30時代の軽快さは皆無、遂に直6が消え3L V6のNA/ターボのみとなりMTでグイグイ走るというよりATでシズシズ走るのが似合う感じ?まぁ、同時期にR32スカイラインにGT-Rが復活しており同じ280psでも走りの部分はこちらに譲りZは性格をここで完全に変えた訳でしたがスタイルだけですとしっかりスポーツカー、今見ても古さは感じずつくづくこの時期の日産はZに限らず素晴らしいデザインと感じます!

これまでスタイリングイメージに大差のあった2シーターと2by2のデザイン差が小さくなったのも特徴、W/Bの差程度で基本デザインは同一になり先代まではどこか間延びしたような印象だった2by2も非常にスタイリッシュになったと思いましたねー、Z32もそれほど古い訳ではないですが中古はほぼ輸出されつくした感じで最近はめっきり見れなくなってしまったのが残念、現在が底値ですが今後数も少なくなった分程度のイイものは価格も上昇するでしょうしキュウマルブームが来れば間違いなくスターの一員でしょう…

92年にはSR311以来のフルオープンの『コンバーチブル』も追加、これも7位に含めます!


どんどん行きます、第6位!!

【3代目フェアレディZ S130型 除くターボ(1978〜1983)】

↑2シーターTバールーフ

世界中で大人気を博した初代フェアレディZ S30型の後を受け9年ぶりに新型となった2代目S130型、これもデビューの印象は記憶に鮮明です。

78年、慣れ親しんだZがFMCするとうので大きく期待、当時は排ガス規制やOILショックの影響がまだ大きく残りスポーツモデルには暗雲垂れこんだままの時代でしたのでZも一時は存続を危ぶまれた頃でしたがそんな不安をぶち壊すようにFMCを敢行!ちょうど同時期にマツダもサバンナをRX-7にチェンジしてデビューさせ国産スポーツは死んだかに思えたこの時期にZとRX-7により復活の狼煙を上げた感じでした!

ただ、スタイリングは大きくS30のイメージを残すものでしたがS130は主要マーケットのアメリカの意向を汲んで全体的に肥大化、先代末期に追加した4人乗りの2by2がメインとなり大きくなった分後席もS30に比較すると立派になり利便性は上がるも2シーターでさえ間延びしたW/BのおかげでS30の小気味いい取りまわしは消え失せてしまいZの魅力は半減、加えて排ガス対策でパワーを失ったL20エンジンはEGI付きながらS130のウエイトでは力不足が著しくこれを補う意味でS30の240Z以来の3ナンバーとなる280Z(L28Eエンジン)も追加されますが何せ旧税制の3ナンバーの税金がクソ高い時代、大きいトルクでZらしい走りを満喫するのは280Zでしたら及第点ながらも維持費の面で普及はなされずメインの5ナンバーですとスポ車ファンはほぼ、RX-7に流れてしまいました。

RX-7はさすがREパワー、5ナンバーながら280Zと同等の走りを実現、成り立ちもZがグランドツーリングに変貌したのに対しスポーツカーの精神を訴求、正直Zとの比較ではこちらに分がありましたね、全てに於いて…

それでも”フェアレディZ”のBigネームは健在、走りでは譲ってもS130在任期間のトータルではRX-7を圧勝したのはさすがでした!

需要は少なかったながら2シーターを維持し続けたのは日産の良心、唯一の2シーターの存在が性格をマイルドにしながら当時としてはこれだけでスポーツカーイメージ満点、S30から継承するスタイリングも2シーターは素直にカッコ良かった!!

シリーズ途中からはSR311以来のオープンエアツーリングが愉しめるTバールーフも追加、アメリカ仕様のマンハッタンカラーも追加され徐々にZの魅力を高め末期(82y)にはそのスタイリングが災いしターボブーム、ターボ火付け役だった日産でも最後になってしまったターボモデルをようやく追加(別順位)しS130Zのシリーズが完成、Zのターボデビューは拍手喝采でしたねー。

伝統のL型直6も排ガス規制の魔の手は逃れられず2Lではこれしか載せるエンジンがなかったS130はターボとL28Eを除き印象良くないのででこの順位ですがリアル世代としてはこの時期のZ、光り輝く存在感は確かでやや間延びスタイルが好みでないながらも2by2含んだ順位とします!

↓280Z-T 2by2



☆☆☆〜今週のスポットライト!!〜☆☆☆

今一歩、惜しくもベストテンに入らなかったフェアレディはこちら…

【初代フェアレディSP/ SPL212・213型(1960〜1962)及び2代目フェアレディSP/SPL310・311型(1962〜1967)※型式でLが付くものは輸出仕様】

↑初代フェアレディSP212

スポットライトとしたのはまだZの名前が冠される前の古代のフェアレディとなります。

元々は戦後間もない1952年にデビューしたダットサンスポーツDC-3型が元祖で時代的に商用トラックのフレームにオープンボディを載せたダットサンスポーツ、さすがにワタシも生まれるかなり以前のモデルですので幼少の頃でさえも見かけた記憶はなく語るのは憚ります。

時代的に多くのこれが街を彩ったとは思えません、52〜54年の間に僅か50台の生産ですし稀有な存在でしたがまだ2輪や3輪トラックが主要な時代、これを手にしたオーナーはどういう方だったのかを思わず妄想してしまいます…

このダットサンスポーツが57年2代目となり再デビュー、やはりダットサントラックのラダーフレームにFRPのオープン4座ボディを載せ57年のショーモデル的にデビュー、20台の生産を行い59年からネーミングを『フェアレデー』(フェアレディではない)に改め型式はSP(L)212、ボディも量産に合わせスチール製としておりここからフェアレディ(Z)の歴史がスタートした訳ですね!

フェアレデーとなってからはブルーバード310の1.2Lに換装、60年からはハイカラな2トンカラーのモデルになっていますがあくまで雰囲気だけのスポーツカーであり中身はほぼブルーバードでした。

SP212以降はかすかに街で見た記憶も残りますし旧い日本映画などでは目にできます(日活アクションや若大将シリーズ等)のでDC-3に較べたらまだ親近感はあり、何せ当時では国産唯一のオープンカー、中身はダットサン210(ブルーバードの前身)ながらまだまだ遊びクルマの文化がない日本でオープンカーのリリースは光っていたでしょうね。

62年には『フェアレディ』の表記に改めた2代目に移行、現在でも旧車人気の絶えない有名なSR311型の基本となるSP310型がデビュー、デザインはオープンを継承しますが一新されより現代的なスタイリングになります。

↓2代目SP311型フェアレディ


相変わらずダットサントラックのシャシ流用ながら大幅に強化、エンジンもセドリックのG型1.5L 71psを搭載しよりパワーアップ、63年にはツインキャブ化し90psまで出力を高め盛り上がってきた日本GPでも活躍、これを契機にそれまで雰囲気だけだったスポーツ性を高め65年にはブルーバードSSSの1.6L R型に換装、型式をSP311/SPL311型としよりモータースポーツでは好成績を収めスポーツカーとして内外でも認知されました。

そしてモータースポーツでの活躍が知名度を大幅に高め”スポーツカー”として持て囃されたフェアレディは67年に追加された完成形となる名車、SR311型フェアレディ2000(別順位)に繋がる訳ですねー。

OLDファンでしたら間違いなくベストテン圏内に入るとは思いますがワタクシ、最終SR以外はドライブ経験もなく触れた事のないSP時代のフェアレデー(フェアレディ)はやはり馴染みの薄さで圏外とさせて頂いております。


さぁ、ベストテンに戻ります!今週の第5位!!

【2代目フェアレディ SR311型(1967〜1970)】


スポットライトで取り上げた2代目フェアレディの発展最終モデルがこのSR311、60年代の代表的スポーツカーで他に取り上げられるトヨタS800、ホンダSシリーズ等と較べてもその実力は抜きん出ておりこれ以降続くフェアレディのイメージを作ったモデル、ワタシの子供時代では国産最速車としてその存在は憧れの的でしたし後年、先輩が一時乗っており時々乗らさせてもらいましたがその速さ、軽快さは舌を巻くモノで印象深いモデルです。

何せ長さは4mに満たず幅は今の軽並、重量も900kgそこそこに145psのパワー、これのみに搭載されたU型エンジン、2LOHCソレックスツインはオーバースペック?ともいえる獰猛さで不用意にアクセル踏むとホイルスピンは当たり前でしたし油断すればすぐにケツを振るじゃじゃ馬でパワーがあり過ぎてアンダーは相当なものでしたが手なずければ非常におもろく魅力的!

元々1500cc70psのシャシですから無理はありましたが60年代の日産らしいモンスター、国産初のオーバー200km、当然モータースポーツでは引っ張りダコでレースラリーで活躍、ポルシェとも互角に渡り合うなどの実力は語り草ににもなっています。

67年デビューしてすぐに米国安全基準に合わせてダッシュやスクリーンを安全面からベースのSP311と同時に改良、これ以前のモデルは『ロースクリーン』としてかなりの希少度のためSRの中でも神扱いされています。

68年からは幌に変わるハードトップモデルも追加、あっ、若い方に追記ですがハードトップと言ってもセンターピラーレスではなく鉄製屋根という本来の意味でのハードトップですので…

69年S30Zがデビューしても1年併売しますがクローズドボディで安全面や剛性の意味でモータースポーツでも有利なZがメイン化、SRは僅か3年で廃番となりましたがZ以前のエキサイティングなスポーツカーとしてリアル世代には大きなインパクトを残したSR、既に40年以上も経過しながら残存もほどほどあり60年代の名車としての輝きは永遠でしょうねー…


いよいよ上位に行きます、第4位!!

【3代目フェアレディZターボ S130型(1982〜1983)】


NA版のS130は6位としましたがターボは別枠の4位、これは当時のZの置かれた状況から如何にターボモデルが希少かを鑑み別枠とさせてもらいました。

L20ET型直6SOHC ギャレット製シングルターボ145psというスペックは現代目線からしたら大した事ないレベル、しかし当時は79年の430セドグロで国産初のターボがデビューし猫も杓子もターボモデルを追加していく中、Zはそのスタイリングから当時暴走族問題や省燃費絶対主義のお役所風潮からターボの追加には非常に慎重で日産はセドグロ、ブル、スカイライン、ローレル、シルビアやガゼール、サニー等の主要車種の一通りのターボ化を行い市民権と理解を浸透させ最後にZに持ってきた苦肉のターボラインナップ、ファンとしては最もターボが欲しかったZ、歯ぎしりする思いで待ち続けようやくラインナップされた時にはもう拍手喝采でした。

エンジン自体は既にお馴染みのL20ET、このエンジンは3000rpmで豹変する所謂“ドッカンターボ”でタイムラグが極端で決して扱い易い特性ではなく回転が上がるまでがジレったい、そんなもどかしさがありフィーリング的には後発の同じ直6ターボのトヨタM-TEUや日産でも格下のZ18ET、三菱のG63B-Tの方がより自然な感覚に近く好きでしたがとにもかくにもL型が代名詞のZのターボにそんな事は関係なく排ガス対策のジレンマがいつまでも引きずられていたS130のイメージを大幅に向上したのは間違いなかったです!

ターボモデル追加時には認可されたばかりの国産初の60扁平タイヤを標準装備したのもZらしいインパクト、83年にはFMCでZ31型に切り替わってしまったのでL型ターボのZは僅か1年の儚いモデルライフでしたが如何に当時のターボに対する国(時の運輸省)の考えを象徴するのがS130ターボに見て取れます。

80年代前半が第二次ハイパワーブームの幕開けの時代でDOHCは4バルブ化、ターボもインタークラー化に移行していく中でZターボ以外でもいくらでも魅力あるハイパワー車はおりましたがZファンにはL型ターボのZこそが長く待ち望んだ久々のハイパワーZでしたしね、これに思い入れを強くする御同輩も多いのではと思い4位という高順位を付けさせてもらいました!


いよいよベスト3に入ります!

【初代フェアレディZ S30型(1969〜1978)】

↑240Z-G

70年代の代表的国産スポーツと言えば初代S30型Z、その名声は以降6代に渡るフェアレディZの歴史の中、未だこれを超えるZには出会っていないと言っても過言ではないでしょう…

このモデルも例によって75年以降は排ガス対策の憂き目に遭っておりその対象モデルは“スポ−ツカー”とは語れないレベルながらも個性溢れるスタイリング、雰囲気は立派にそのイメージを持続、デビューして9年に渡る存在ながら主輸出先であるアメリカでの人気は衰える事を知らず「変えてくれるな!」の要望があった程のモデル、内外に関わらず今でも愛好家の多いのが初代S30Zですのでねベスト3は当然の結果!

先代のSRからは一転したクローズドボディ化、オープンが最大の特徴だったフェアレディでしたが時代の安全要求を受け入れた側面もあり新たに『Z』のサブネームを与え以後フェアレディよりもZが浸透、アメリアでは『ジーカー(Zカー)』と親しまれたました。

2シーターの典型的スポーツカールック、トヨタ2000GTと並ぶ英国ジャガーEタイプをお手本にしたロングノーズショートデッキのデザインは目を見張るカッコ良さで抉られたマスクに収まるヘッドライトとハーフマスクはZ独特の個性を訴えていました。

発売時、基本モデルで80万円台(日本)という価格も直6のスポーツとしては破格で爆発的にヒット、80年代中頃までは非常に多くのS30Zが見れ息の長い人気車でしたねー…

69年デビュー時はセドリックに搭載済みの日産L20型直6と旧プリンスの伝説的S20型4バルブDOHC直6を搭載、後者は『Z432』として今や名高い名車ですね(別順位)

S30Zはスポーツカーには珍しいワイドバリェーションも人気の秘訣、ベースのZに豪華版Z-L、僅か2年のZ432にそれに代わる240Zシリーズ(71年〜)、米国の要求からリリースした4人乗り2by2(74年〜)、Z-Lを上回るフル装備のZ-T(76年〜)とロングライフによるモデル陳腐化を避ける努力も怠りませんでした。

71〜74年に存在した240Zは元々輸出用のL24型エンジン搭載のハイパワーモデル、生産性の悪いZ432からの代替えでDOHC4バルブソレックスからSOHCのSUツインキャブへグレード的にはダウンで出力もS20の160ps→150psと後退しましたが最高峰の240Z-GではGノーズと呼ばれたFRP製のロングノーズマスクとオーバーフェンダーがウけ国内では432を上回る人気を獲得、2000のZでもこれを模倣した改造が流行りましたし今やオリジナルの240Z-Gなら432やハコスカケンメリRと並ぶ○千万レベルに化けているのはご承知の事と思います。

↓2by2


日本にスポーツカーを根付かせた功績はこのS30Zの手柄、これがなければ後年のスポーツ車群もなかったかもしれない位その足跡は偉大、この順位は当然ですネ(^^)v


とうとう来ました!第2位!!

【3代目フェアレディZ Z31型後期(1986〜1989)】


名車S30を抑えて2位としたのはZ31の後期、何気にこれ、ワタクシ個人的にはかなりツボにはまるモデルでした…

8位にした前期Z31で詳細は記載したので簡単にしますが前期では当時の日産お得意のペキペキデザインがイマイチ好みではなかったのですが後期でNDIによってリデザインされたマスク、テール、ボディ(3000Z)はまるで別のクルマになったかのようにZ31を際立たせていたと思います。

マスクは角にセンス良く丸みを与えテールはS30から引きずるデザインを見直しボディいっぱいに渡る大型レンズ(ガーニッシュ含む)を採用し高級感も得、300Zではドア類以外の外板パネルを新たにワイドボディに対応する新デザインとし迫力をUP、200Zの外板は前期そのままながらMCに300Zのワイドボディ化が合わさり全体的にイメージは大きく変わりそれは正にS30Zの呪縛から逃れた新生Zと受け止められるモノだったと思います。

本当の意味で呪縛を逃れたのは次期Z32ですが31後期にその下地が見え、いい意味で変わりゆくZをワクワク期待しながら眺めていました!

注目は圧倒的にZ32だったと思いますがZ31の大幅維新モデルの後期型、これほどやる気を感じたZもないので2位という高順位にしました。


さっ、そしてオオトリ!今週のTOPを飾るのは…

【初代フェアレディZ432/432R PS30型(1969〜1971)】


これはもう別枠でしょう、1位に相応しいZの最強モデル!?であるZ432!!

〜4バルブ・3キャブ・2カム〜からきた432というネーミングセンスも素晴らしいですし外観が後発の240Z-Gのように如何にもって訳でもなく素のZと何ら変わりない外観にさり気なく入る“432”のエンブレムを見ると大興奮!!240Z-Gと同様の理由でスカイラインGT-Rと同一のS20エンジンながら天の邪鬼GureとしてはGT-Rを超える琴線に触れるモデルでした。

S20はハコスカのRで経験ありますがZ432では経験なし、今となっては大したスペックではないですがより走りに特化したZでのS20、味わってみたかったですねー、S20はそれなりの気難しいエンジンでしたが意外に素直さもありソレックスの被りさえ気をつければ4バルブらしいレーシング特性とスムーズさが魅力、野太いく迫力の排気音を聞いたのはもうかなり昔ですが未だに耳に残ります…。

尚、432にはFRPボンネット、ヒーターレス、アクリルスクリーン、エアファンネル装備という競技ベースの『432R』もごく少数存在、かつて1度だけ触れた事ありますがこれのオーラも凄かったなぁ…

生産性の悪さからGT-Rに先んじて71年には廃番、240Z-Gにそのスパルタンさを受け継ぎますが性能、存在感は240Zは及ばずかつ存在期間の短さもあり世に出た432は極少数台、なかなかお目にかかれるモデルではなくそれは今も昔も同様、しかし性能云々の前にフェアレディの歴史上最もエキサイティングで心躍るモデルに間違いない、そんなZ432を堂々1位としました(^O^)/


以上がフェアレディ“ザ・ベストテン” ですが如何でしたでしょうか?

ご意見、思いは各人それぞれですので文句言わずそれぞれのフェアレディ・ベストテンを考えて頂けたらと思います(*^-^*)

尚、フェアレディはZ時代で6代、Z以前に2代の全8代、一部でグレードや車型で分けましたが11種で収まりましたので圏外は11位のスポットライト以外はございませんので…

1952年の元祖にあたるダットサンスポーツは勿論、フェアレディになってからも既に半世紀以上の歴史を誇りZの名を冠してからもそおろそろ50年、内外でこれほど認知された日本のスポーツカーは他になく現行に至るまで矜持を持ち続けZの伝統を守る姿に冒頭でも記述しましたが色々と言われる日産、やらかしてくれる日産ながらGT-Rと並びZのラインナップがある限りこのメーカーの良心を信じたい、そんな風に思います。

ここ数年のスポーツモデル冬の時代を通り超し少し春めいたきた?現在、Zの進化もまた期待できそうですしスポ車好きとしては旧車マニアながら目が離せませんナ(笑)


スポーツカーへ乗って欲しい?…日産フェアレディ“ザ・ベストテン”…終
Posted at 2018/07/07 18:06:53 | コメント(0) | トラックバック(0) | ザ・ベストテン | クルマ
2016年01月03日 イイね!

保存版・滅びてしまった美しき正統…トヨタマークⅡ“ザ・ベストテン”

保存版・滅びてしまった美しき正統…トヨタマークⅡ“ザ・ベストテン”
車種別ベストテン、一部では大変ご好評頂いております(^^ゞ

マークⅡ、30代以上なら型は違えどクルマ好きなら免許取得前後から憧れ一度は手にしたいと思った御仁も多いのではないでしょうか…

マークⅡは元々はコロナの発展先行モデルでデビューしましたがそのコロナと決別し独自路線を歩み始めると同時に人気が高まり始めバブル期のハイソカーブームの火付け役にもなりましたしね、実際それほど高額ではないながらイメージは常に上質な高級車っいう感じがウけバブルを挟みそれまでの庶民のレギュラーだったカローラよりも販売台数が上回るなど庶民性も発揮、2000年代までトヨタを力強くけん引してきたのは皆様御承知ですよね。

リーズナブルと言っても今で言う貧困層?でも200万するマークⅡグランデを買い競っていたバブル期、今振り返ると異常でししたが国産車の歴史に強い印象を残したのは間違いないです。

デビューした60年代はコロナのスポーティモデルの性格、トヨタが火元の2ドアHTとセダンを揃えお得意のワイドバリェーションでコロナと併せ中身では1歩も2歩も上回っていた日産ブルーバード510と新鋭ローレルを撃沈、その後70年代には照準を“ハイオーナーカー”を名乗るローレルに完全に合わせクラウンに迫る高級路線で訴求、80年代に2HTを発展させてスタイリッシュな4HTをリリースして人気を不動のモノとしながらファミリーユース、業務用までカバーする伝統のセダンと共に広い層に愛されたモデルになりました。

そんなマークⅡも最後はミニバンブームの煽りは避けられず人気/販売は減少、2004年には現行のマークXに後を託して(ワゴンのマークⅡブリット除く)製廃になり早10余年ですがバブル時代の若者だった我々世代では忘れられないクルマのNo1かもしれません、当時のあまりの人気で現在でも旧車人気は高く残念ながら美しき正統(70系マークⅡのキャッチフレーズ)どころか汚らしく?品のかけらもない族車の出で立ちにされたモノばかりになりみんカラでもそれを得意満面で自慢する71と同年代のイタイかぶれが多いように感じ素の美しさに魅せられてきた年代としては溜息しか出ませんがね、まっ、個人の嗜好にとやかくは言えませんから憎まれ口はこの辺にしてトヨタマークⅡザ・ベストテン” 、早速やりましょうw

尚、定義としてはいつものように“マークⅡ”の名前が入ればどれもランク対象、4代目までのコロナマークⅡも5代目以降のトヨタマークⅡも分け隔てしません、マークⅡブリットもカムリベースのマークⅡクオリスも同様です。

反面一族兄弟のチェイサークレスタは勿論含みませんし60系までコロナを名乗っていましたが当然この時代のコロナも対象にしていませんので宜しくどうぞ。

尚、一部に過去自ブログからの転載、コピペもございますのでご了承願います。


さぁ、今週の!?第10位!!

【9代目マークⅡGX/JZX110系(2000〜2004)】


最後のマークⅡ、最終で12年落ちになったばかりですし重課税にもなっていないんでまだ見れそうですね!

スタイルとか細かい事語る前に個人的にはこの110でマークⅡの華麗さ、伝説は終わったと出た瞬間で思いましたね、何故ならば…セダンボディに統一された点。

マークⅡというクルマ、1980年に4HTが追加されて以来メインはこれ、冒頭にも書きましたが2HTの発展なのできっちりのセダンに較べると中は狭い、トランクも狭い、でもカッコはいい!非効率ながらカッコ優先、それが良かったと思うんですよね、ワタシもオーナーの時(チェイサーですが)は使い勝手なんかは二の次でただカッコに魅せられていた、殆どマークⅡ(4HT)を選ぶヒトってそんな感じだったのでは?と思います、どう言えばいいのか?無駄な部分に金を払う、それがマークⅡ(4HT)の美学?みたいな空気があったと思うんですがいくらブームが去った、安全基準に合わないと言えども110がセダンになって出てきた時にその美学は終わった、当然後続のマークXにも言えますがクルマとしての完成度、剛性、使い勝手は確かに〜100系よりは優れますがワタシにはセダンになったマークⅡ、裏にはクラウンとシャシ共有しコストダウンを図るという側面もありましたが魅力は薄れてしまった、、セダンだったら他にいいのいくらでもあるし…

やはりそんな点からどうしても110系には好感持てない、いや、乗れば非常にしっかりした好感持てるモデルなのですが何と言うか夢がなくなったというか遊び人が急に公務員になったような面白さが、ワクワク感が消えてしまった、そんなところからこの順位としました。

しかし最後の縦置き6発、伝統のツインターボのラインナップや廉価高級車?の1Gエンジン搭載モデル等のマークⅡの伝統はしっかり継承、そこが最後のあがき?いやいや最後の矜持を見せてくれたようにも思います(^^ゞ


続いて第9位!!

【6代目マークⅡセダン SX/GX/JZX/MX/LX/YX80系(1988〜1995)】


どうやら先が見えてきましたが今でもコンフォートでシャシは現役である最後のマークⅡセダン80系、60→70と続いた6ライトを捨て30/40以来久々に4ライトに戻り当初は戸惑いましたねー、何か安っぽくなったなぁと。

この時期のトヨタトレンド通りのスタイルは格下の170コロナにも似ており高級感では先代70系よりも退歩した印象ですが程よく角を削ぎ上品に丸み帯びさせたデザインはHTと共通して新たな高級車像を提案したと思いますしね、セダンはオーソドックスでこれと言った特徴、個性はないながらも飽きのこない落ち着いたデザインは好感もてました。

乗り味は70に較べ進歩、FRセダンなので広いとは言えないもののレッグ、フットスペース、頭上の余裕も増し実用セダンとしては及第点でしたし6発以上のモデルならG型、M型に関わらず静粛性は高級車を名乗るに相応しいものがありましたねー。


さぁ、8位行ってみましょー!

【5代目マークⅡセダン、バン/ワゴン YX/SX/GX/MX/LX70系(セダン1984〜1988)(バン1984〜1997)】

↑セダン

4HTと混在期のマークⅡのセダン/バン・ワゴン系では一番こちらの保守的機能的モデルにも力が入れられたモデルだと思います…。

セダンがメインの4HTと同様の4年の存在、バン・ワゴンに関しては何と13年のロングライフモデルとなっておりその裏側には好景気に支えられ開発されたシャーシが秀逸だった点でしょうか?

セダンはタクシーや教習車などの営業用でも広く使われワゴンは90年代のワゴンブームに古いボディながらもリファインを行い“マーバン”の愛称でも親しまれましたしね、機能的ワゴン派は勿論Y30ワゴン同様にアメリカかぶれにも愛されたモデルでした。

↓ワゴン


セダンの場合、メインの4HTに対しグレードが制限されるもTC24(1G-GEU)搭載の高性能グレードも用意、気品ある6ライトは先代60系からの継承ながら4HTの売りであるフラッシュサーフェス化されたスタイルは美しく正統派セダン、高級セダンの風格も充分でした!

高級セダンと書きましたが4HTでは恥ずかしい1800とかもセダンならそう卑屈にならず乗れますし廉価盤1800でも1Sエンジンは非常に軽快でオーバーウェイトをそれほど感じず普通に走るには充分、2Lや2L-TDeエンジンも特有のガラガラ音も車格的に防音には気が遣われていて快適なDeセダンでしたし…。

この類のクルマでは4HTマンセーのGureですが70セダンは数多く存在したマーク?セダンで30/40系に次いで好みのモデルですので並いる魅力的4HTが存在する中でセダンでこの順位は高いと思いますヨー(笑)


盛り上がってまいりました(汗)第7位!!

【3代目コロナマークⅡ2HT TX/RX/MX30・40系(1976〜1980)】


マークⅡを国産屈しの人気車にノシ上げたのがこの3代目X30/40系、7位ランクはその中のHTモデル限定です!

まだこの時代は2HTモデルでしたのでどうしてもセダンに較べるとスポーティさを訴求しがちな車型ですがこの代で双子兄弟のチェイサーをラインナップ、マークⅡのローレルターゲットに対しチェイサーはvsスカイラインでしたので当然チェイサーの方が若向きでスポーティな味付け、チェイサーにはマークⅡにないハーダーサスのSGSなるスカイラインのGT-ESにぶつけるグレードも存在しましたし個人的には高級意匠の2HTであるマークⅡよりもチェイサー2HTの方に惹かれました。(逆にセダンではチェイサーよりもマークⅡ支持)

30/40マークⅡは新車時でもクラシカルさをイメージ、これが功を奏したセダンは英国紳士的な魅力がありましたが2HTはどうも高級味付けにミスマッチな気がして…

いや、マークⅡにも若向きのGSLというグレードもありましたがやはりこの類のモデル、最高級グランデに目が行く訳でして4発の排ガス規制でどうしようもない21R-U型エンジンのGSLなんて眼中なかったw

尚よく聞かれますし誤解しておられるケースも多いのでついでに書きますが30と40の違いは30が51年規制、40が53年規制モデルとなります、78年のMCによる前期後期ではありません、後期型の30も存在しますのでね…。


どんどん行きます、第6位!!

【8代目マーク?ⅡHT GX/JZX100系(1996〜2000)】


80年から築いた4HT偏重路線?の最後が100系、6位です!

100系は77年追加以来共に切磋琢磨してきたチェイサーに初めてメインのマークⅡが人気で負けた記念すべき!?モデルでしたよね、今も100系チェイサーのプレミアム価格に対しマークⅡはそれほどでもない…
これはメーカー施策もありミニバンの台頭に対する策もありチェイサーは歴代以上にスポーティに特化、この事によりマークⅡを年配層向けに振りますが結果的に40/50代にも若々しいチェイサーに人気が移ったというモノでした。

この代からセダンを廃止、と言うかセダンはやはり兄弟車のクレスタが受け持ち68年以来存在してきたマークⅡセダンと言うモデルは消滅、変わって97年から折からのワゴンブームに呼応する『マークⅡクオリス』を設定、ただこれは当時のカムリのマスク付け替えモデルでししたしカムリベースですので当然FF、名前こそマークⅡ、顔だけはマークⅡでしたが自分的には別車種にしたいですし6位ランクは対象外です。

110の項で記載したように80年から続いた伊達4ドア?の4HT文化を象徴するマーク?4HTの最後のモデル、個人的にはこの代までのマークⅡに安心感を憶えますねー。

100系はバブル崩壊後のモデルだったのでシャシは先代90系のキャリーオーバー、内装にもコストダウン感は拭えず70/80を熟知する世代には残念なモデルでしたが少なくとも“美しき正統”はここまでは維持されていたように思います!


☆☆☆〜今週のスポットライト!!〜☆☆☆

今一歩、惜しくもベストテンに入らなかったマークⅡはこちら…

【初代コロナマークⅡ1900GSS RT72型(1969〜1972)及び2代目コロナマークⅡ2000GSS RX22型(1972〜1975)】

↑初代1900GSS

11位はグレード限定で2世代のマークⅡが入ります(汗)

初代、2代目の初期はまだマークⅡをスポーティ路線で売っていた時代、初代は“高級コロナ”の側面もありましたがこれはセダンが受け持ちHTはコロナHTを廃番にしてまで肝を入れたモノ、続く2代目はスタイリングからしてアメリカンのイケイケデザイン、セダンもHTもファストバックスタイルを採用し格下の後発セリカ並の派手さがありました。

初代はまだしも2代目はモデル途中から急にクラウン路線に変更、M型6気筒をデビュー時から搭載していましたがこれ推しに変わりシリーズ展開が高級路線なのかスポーツ路線なのかが曖昧でしたし6気筒(Lシリーズ)にしても派手派手な外見にクラウン並の豪華な室内は当時非常に違和感あり好きになれませんでした。
市場の反応も同じだった様子、2代目マークⅡはその後の名声が信じられない地味なジリ貧モデルでしたねー。

初代はHTではそれなりにスタイリッシュではありましたが見慣れたコロナRT50系HTの焼き直しって感じで新鮮さはなくこれもライバルローレルHT(C30HT、70年追加)の方が好みでした。

そんな訳で初代、2代目は個人的には刺さらないモデルなのですがそんな2世代にも心躍るモデルは存在=GSSです!

初代は9R→8R-Gに改称した1900ccDOHCソレックス140os、2代目は18R-G2000ccDOHCソレックス145psを搭載、何せまだDOHCが神時代の頃、GSSの存在は決定的に日産勢に差をつけていました。

またGSS以降トヨタはDOHCモデルをGTに統一しますので唯一の非GT名でのDOHC(90年代以降は除く)搭載というのも何故か惹かれる存在感がありました。

↓2代目2000GSS


初代は他グレードにはないRrフェンダー前のダミースリットや2代目ではブッ太い専用ストライプがまた格別、高性能車感ハンパなかったので幼年期のGure、他のマークⅡはダメでもこれには目を奪われていましたのでね、GSSに限り圏外最高順位としました!


さぁ、ベストテンに戻ります!今週の第5位!!

【6代目マークⅡ4HT SX/GX/JZX/MX/LX/YX80型(1988〜1992)】


バブル期にバカ売れした80系4HT、個人的には70の方が好きでしたがこれも好景気時代のモデルだけあり質感、豪華さに対するコスパは非常に優れ当時の最高級に位置したセルシオやシーマより200万以上安く(2000グランデ)手に入る“廉価盤高級車”としての威力は絶大!

ペキペキスタイルでスポーティだった70に較べ落ち着き気品を得た感は80に軍配上がるかな?
Rrサスを70のセミトレからWウィッシュボーンに変更した事も大きく乗り心地は70には比較できない重厚感を得ていました。
勿論性能云々言えば上級車には敵いませんが当時はこの手のクルマに求める庶民の意向は性能は二の次、ただ豪華な内装にフカフカシートと柔らかな乗り心地があればいい訳でしたのでその部分では上級車に近いモノをこれで充分味わえましたしそんな庶民の心を掴む造りは70時代からの継承でさすがトヨタさん!と膝を叩くものでしたw

売れ線が圧倒的にシングルカム125psの1Gエンジンのグランデ(90年税制改正以後は1JZ系をメイン化)が、これ以外により廉価な1800とかチョイ高性能のTC24、そして280psバージョンのツインターボややや分不相応な3Lモデルも揃え幅広いチョイスを可能とし老若男女、全てに訴求するモデルでした。

90年のMCで前期後期が存在、個人的には前後意匠が後期が好みですが5位はそれで分けてはおりませんので前期派の方御安心を(笑)


いよいよ上位に行きます、第4位!!

【7代目マークⅡ4HT SX/GX/JZX/LX90型(1992〜1996)】


まだバブルの余韻を感じさせる質感、初の3ナンバー専用ボディ、セダンとの決別と色んな意味印象深いのが90系…

3ナンバー専用になりながらも相変わらず狭い室内はマークⅡらしかったですし長らく歩調を合わせてきたセダン(バン・ワゴン)モデルはこの代では旧80系をそのままラインナップしマークⅡのメインは初めて堂々と?4HTである事を宣言、その潔さが良かった(笑)
この時期のトヨタトレンドである丸み帯びたスタイリングは大型化されたボディで見切りも視界も悪く運転は決してし易いモデルではなかった、そしてくどいながらこんだけ図体デカのに何でこんな狭い?なんでこんな荷物積めん?責任者出てこい!!って感じでしたがカッコは良かったですからね、全て許せたりと(^^)

やはりメインはグランデでしたがこの代から長らく使ってきたGTグレードを変更、NA版をツアラーS、ツインターボをツアラーVとまたカッコいい名前にし非グランデでもしっかり訴求しファンを増やしたと思います。

GSS→60系でGT復活以後70/80と継承したGTグレードの廃止は保守的なワタクシとしては問い正したい思いもしながらもあまりにも『ツアラー』の名前のカッコ良さにシビれたりと。
これがカローラみたくGT→BZ-Gだったらお客様相談センターに電話したかも(爆)

90系は不便さを感じながらも愛車(チェイサー)にした位カッコは好きでした、なので4位という高順位にしてますがこれで使い勝手がもう少しマシならベスト3でしたでしょうね。。。


いよいよベスト3に入ります!

【3代目マコロナマークⅡセダン/バン・ワゴン RX/TX/LX/MX30・40系(1976〜1980)】


7位のHTを尻目にセダンは堂々3位入り!!これも元愛車ですから(^^ゞ

3代目の頃はまだセダンもHTもシリーズ展開で五分五分だった印象、次世代の60から4HTメイン化が始まりどこかセダンは手抜き的な印象がそれ以降あるのですが3代目はそれがなくセダンでもしっかり真面目にデザインされたのが手に取るように分る、そんな古き良き時代のマークⅡです。

後年“ブタ目”と言われるマスクはジャガーをモチーフさせる品格を感じますし大人しくも高級間溢れる正統派のセダンスタイルも主張し過ぎず好み、4灯式ライトが高級車の証と思われていた時代に堂々丸目2灯でこの風格、トヨタのデザイン力はやはり随一を感じました。

当時でもクラシカルで悪く言えば先代の10系より古臭く感じましたがそれがなかなか英国の由緒ある高級セダンのように飽きの来ないデザインですしね、このデザイン、今の世の中でも遜色なく高級車の出で立ちで通ると思います。

この後マークⅡの代名詞にもなる『グランデ』のグレード名もこの代でデビュー、それまでGLとかLとかLGと表していたグレードをいきなり“グランデ”ときましたからね、セドグロの“ブロアム”に次ぐインパクト絶大でした。
またこのグランデの内装はビニールレザーに慣れ親しんだ身ではもう圧倒される豪華さで装備はフル装備、古さは当然ながら現代車に付いている贅沢装備は40年前で既にほぼ揃っていました…

HTではどこかアンバランスな印象を拭えなかったこのスタイリングテイストはセダンのためにあるように未だ思います!

ただ排ガス規制過渡期のモデルでしたので動力性能はNG、M型6気筒EFIの売れ線2000グランデでもアップアップ、まともに走るには当時バカ高い税金だった2600モデルしかなかったのが痛いですがそれでもこの年代唯一の4ATを搭載していた点が後年のトヨタと日産のシュアの差に表れたと感じます、燃費どうのこうのよりATの静粛性、ローレル、いや、各上のセドグロですらマークⅡには敵わなかった…

この世代にもし1Gが載っていたら30/40系、ワタシの中では2位ですナ!

尚、バン・ワゴンもこのクラシカルデザインと非常に調和が取れておりましたので3位に含めます。


とうとう来ました!第2位!!

【5代目マークⅡ4HT SX/GX/MX70系(1984〜1988)】


旧車マニアや80年代ヤンキーかぶれにはこれが多分1位でしょう、歴代マークⅡで1番人気の5代目70型もワタシにかかれば2位ですってwww

バブル、4HTブームの象徴的70マークⅡ、上級の120系クラウンで話題になったクリスタルピラーを採用し先代60系以上にミニクラウン化し当時庶民の憧れ、“いつかはクラウン”に近いクルマが100万以上廉価で持てるラインナップがウケてこれもバカ売れしました。

80年代後半の街角にはウヨウヨしましたし今ではタチの悪い40〜50代バブル女も当時はピチピチの20代!最低このマークⅡじゃなきゃ乗って頂けない、そんな時代でしたねー。

“ただグラ”が有名になった70、幅広い車種に載せる事で廉価に供給できる1Gシングルカムエンジンを載せ装備はクラウン並、そして当時持て囃されたワインカラーのフカフカド派手なキャバクラシート&内装は実際の値段以上のステータス感をオーナーに与える“ただグラ”はそれまでカローラやコロナで頑張ってきたお父さんの救いの神的存在になり狭く性能も大した事ないながらも低くスタイリッシュで高級感&若々しさも表現できる4HTグランデ、これの勢いたるや凄かった!現代のプリウスアクアなんて足元にも及びませんでしたよね、御同輩!!

ただグラばかり書きましたが例によってワイドバリェーションは完璧、1800と1G-GEのTC24、M型ターボに1Gツインターボと幅広い需要に対応しますが意外なのが先代と次世代に用意した3ナンバーモデルが70では存在しない点、30/40時代は最高のステータス、80時代は新税制の普及版かつステータスモデルとしてラインナップされましたが狭間の70にはそれがなし、まぁ、変に3ナンバーなんか必要ない位売れまくりでしたしGTツインターボが3ナンバーのパワーは持っており影響は皆無、この辺がうまくクラウンと棲み分けできていたと思います!


さっ、そしてオオトリ!今週のTOPを飾るのは…

【4代目コロナマークⅡ4HT後期型 SX/GX/MX60系(1982〜1984)】


Gure的にはこれも過去欲しくて欲しくて買えなかった1台、永遠の憧れの1台ですので1位としましたがここは1位だからこそ拘ります!!

60系のデビューは80年ですがランクインは82年にMCした後期のHTのみ、つまりは通称“イーグル”と言われるモデルです!

エーッというブーイング聞こえそうw
そう、遥かに後続70や80の方が巷では人気ありましたしね、しかしワタシ的にベスト・オブ・マーク?はこれ以外には見当たりませんし余裕の1位、ブッチ切りの1位です。

60系は80年、まず三つ子兄弟になるクレスタが先行デビュー、当時40系も人気モデルのマークⅡ先行車と言う事でクレスタのデビュー、かなりの注目でした。

クラシカルな40系に較べいかにも新しく前年の79年にFMCした110系クラウンの小型版のような出で立ちに新鮮さはなかったですが40マークⅡのレトロなデザインに見慣れた目にはクレスタの新しさはまぶしかった!!

ブタ目の丸目2灯からいきなり新鋭の角目4灯のスマートなマスク、スクエアな80年代らしいクリーンなデザイン、クリスタルカットされた個性的テールランプは思わず目を惹かれましたしまたCMの山崎努氏がピッタリで当時高校生だったワタクシ、大人の男はこういうクルマだ!と勝手に思い込んだりと…まぁ、実際当時の山崎さんの年齢に今なってもエボとか乗って喜んでる変態ですが(*_*;

まぁ、予談はどうでもいいですがそんな素晴らしきイメージだったクレスタに遅れて出てきた60系マークⅡは…残念ながらクレスタを下回るイメージ、メーカーも新車種のクレスタに力点を置きマークⅡ(チェイサー)はサボッたか?って思える程のクレスタとの差はガックリ、そんなイメージがあり前期モデルは好きになれんのですよ未だに。。。

クレスタはピラード4HTのみの設定に対しマークⅡはセダンと4HT(ピラード)の2種で4HTはドアパネルを共有しながらもオリジナルなデザイン、マークⅡはスラントノーズ化されサイドダクトをRrサイドウインドウ後部にアクセント的に際立たせクレスタよりはスポーティな印象でしたがクレスタのシンプルさをこれが阻害しゴテゴテした感じが好みでなかったですねー、心奪われたあのクリスタルカットのテールもマークⅡは不採用、クレスタ程の訴求力はなかった…

セダンに関しては先代とは大幅に異なる6ライトのアメリカン調になり新しさは感じるも逆に個性は失われた印象でどことなく野暮ったく好みではなかったです。

そんな60系マークⅡ、82年のMCはBigマイナーに迫る大幅改良が施されFrとRrを大幅にリデザイン、どこかツルンとした感じの前期に較べ大型化したFrグリルとフォグ埋め込みライトがスラントノーズを際立たせ一部ブラックテール化されたRrスタイルはスポーティかつ高級感を醸し出し横を見なければ全く印象を異にする改良はズバリ刺さりましたねー、ワタシ好みのデザインテイストw

同時にMCされたクレスタは逆に前期より個性を失い魅力半減、現金なモノでちょっとの手直しでコロっとマークⅡ派になりました(笑)


クレスタの直線美に対しどこかウネウネ感が嫌だったサイドビューも迫力あるFrとRrのデザインのおかげで見違えるような流麗さをを感じましたし憧れました、実際これ買うつもりで貯金しながら思わぬ事態(結婚)が勃発し新婚旅行代に消えましたがorz…

60マークⅡにはこうした若くして地団駄踏んだ思いがあり今も乗れなかったのを後悔しているモデル、当時は後期で追加されたTC24のMTを狙っていたんだよなぁ〜。

尚、セダンも後期は大幅にイメージチェンジされますが元々のスタイルが好きな部類ではなかったのでランクには含めません、1位は誰が何と言おうが後期のHT厳守です!!

以上がマークⅡ“ザ・ベストテン” ですが如何でしたでしょうか?

ご意見、思いは各人それぞれですので文句言わずそれぞれのマークⅡ・ベストテンを考えて頂けたらと思います(*^-^*)

尚、マークⅡは全9代ですが車型を分けたりしている関係上圏外もありますのでそれを記載しますと

12位:4目マークⅡ4HT前期/セダン/バン・ワゴン前後期X60系(1980〜1982/1980〜1984)
13位:初代コロナマークⅡセダン/HT/バン・ワゴン・ピックアップPT/RT60・70系 GSS除く(1968〜1972)
14位:マークⅡクオリス SVX20/MCV20系(1997〜2002)
15位:2代目コロナマークⅡセダン/HT/バン・ワゴン RX10/20系 GSS除く(1972〜1976)
16位:マークⅡブリット X110系(2002〜2007)

と言う結果となります。

昭和43年〜平成16年という36年の歴史を誇るマークⅡ、国内有数のBigネームでしたしトヨタがいとも簡単にこのネームを捨てた時には唖然でした。
後続の2代に渡るマークX、時代の推移による変化はありながらもマークⅡの精神は未だ継承している部分、あると思うんです。
なので余計ネーミングチェンジが惜しい、慣れ親しんだマークⅡの名前だったら特にこの価格帯を買える層はワタシ含めて保守的な考えが多いですからね、売れ行きや人気ももう少し高いのではないかな?なんて妄想してしまいます。

他社に較べトヨタ車の場合、名前変わっても昔のモデルのDNAを感じられるモデルも多くその点ではミニバンメーカーに成り下がったりフルラインOEMなったり本業欧州モデルの相の子ばかりでお茶濁すよりはよほどいい、伝統を重んじる部分もなくはないですが2000年代初頭に相次ぐ歴史あるネーミングを葬りそれがセダン離れの一因になったと感じる部分もあります。

マークⅡ-マークX、確かに脈打つ伝統は感じるも昔みたいに訴えかけてくるものがなくなってしまったと思いませんか?セダン系の衰退という要因を除いても…
それはやはりXと名乗った時からマークⅡにあった庶民性を置き忘れているからと感じます、プレミアムカーに発展するのもいいでしょう、しかしトヨタには数多きモデルがウヨウヨしてましたし末期でもそれなりの人気と販売力、そしてBigネームの訴求力は絶大だった『マークⅡ』を消してまでXが成功しているとは思えずただただ寂しさを感じてしまいます。

まぁ、これだけミニバンが幅利かしトヨタでもこればかり熱心、マークⅡだマークXだなんて言ってる時代ではないのは充分承知なんですがね、HVエコや多人数乗車の利便性と引き換えに失ってしまったモノも大きいと今もマークⅡの生き残り、数少ないビカビカの新型マークXを見るとそんな思いが胸よぎるGureでございました。

死んでしまった美しき正統…トヨタマークⅡ“ベストテン” …終
Posted at 2017/08/05 18:11:00 | コメント(0) | トラックバック(0) | ザ・ベストテン | クルマ
2015年12月28日 イイね!

保存版・ハンパになったら売れなくなっちゃった!?…三菱ミニカ“ザ・ベストテン”

保存版・ハンパになったら売れなくなっちゃった!?…三菱ミニカ“ザ・ベストテン”
好評車種別ベストテンシリーズ!

年内最後となる今回はこの企画初の軽自動車を取り上げます(*^^)v

2011年に約半世紀=48年8カ月の生涯を終えたかつての三菱の代表作『ミニカ』にスポット当ててみたいと…



ミニカ、もうすっかり忘れ去れてしまった感がありますねー、三菱内でもメインはekに移りそのekも現行型は何だか半分日産に持っていかれた様相になりパジェロミニもトッポも消えた今、三菱のもう一つの売りだった軽自動車ですら崖っぷちって感じですがかつて三菱創世記には軽自動車も重要戦略車でしたしね、スバル、スズキと並び60年代から庶民の足、国民車の役割もこなした三菱軽の元祖=ミニカをたまには思い出してもらうかなぁと。。。

ミニカも前回ご紹介したファミリア、そしてコンパーのようにデビュー時はますバンモデルから!
61年に『三菱360バン』として登場、まだまだ仕事とレジャーを両方こなせるライトバン需要が高い時代ですからこうしたケースは決して珍しくなかった訳ですね。

新三菱重工(現三菱自動車工業)から発売された『三菱360バン』(LT20/21型)、この時代、まだまだ“乗用車=贅沢品”という風潮があり高度成長に欠かせなかった商業車を各社重点に置いている時期、しかしながら時の通産省による国民車構想や政府の所得倍増論、そして来る高速道路の開通、新幹線の開通、東京五輪開催決定などイケイケ調子の日本で確実に乗用車需要が見込まれ始めたこの頃、まずは市場に抵抗のない商業モデルを投入しその評判を見て乗用モデルを発売する、という施策が各社取られ普通車ではダイハツコンパーノやマツダファミリアもこの手法、ミニカもこの一例となる軽ライトバンモデルである『三菱360バン』でまず発売となった訳です。

三菱360バンは戦後間もない1946年から製造を行ってきた貨物型オート三輪(三菱みずしま)と59y発売以降軽オート三輪ブームに乗り元祖のダイハツミゼットやマツダK360と共に庶民の生活を支えた人気三輪の三菱レオの経験や技術、実績を踏まえ“もはや戦後ではない”が合言葉だったこの時代、より快適で安全な運搬・運送が求められ始めかつて一世を風靡した軽・普通3輪は4輪の時代に移り替わり始めておりその風潮に呼応し開発された軽4輪ボンネットバンでした、これがミニカの創世記、その後乗用モデルを追加し高度成長に合わせこちらがメインとなり2011年までの約50年、三菱の看板車種の一つとして長く親しまれたミニカの“ザ・ベストテン”、やってみたいと思います!


尚、定義としては“ミニカ”の名前が入ればどれもランク対象、ミニカトッポもミニカスキッパーも含めます。

但し明らかなミニカ一族であるビスタチオやミニカの付かないトッポ、同BJは対象外、初代ekもミニカのシャシですし現行ekもミニカファミリーに違いないですがこれも含めるとキリがないので対象外にします!

尚、一部に過去自ブログからの転載、コピペもございますのでご了承願います。


さぁ、今週の!?第10位!!

【初代ミニカLA20型(1962〜1969)】


冒頭で述べた三菱360バンをベースに乗用車化したのが初代ミニカ、発売は53年前の昭和37年、7年の長寿を誇りワタシの幼少時代にはスバル360の次によく街角で見れたモデルでした。

Bピラー前は三菱360そのままですが荷台となっていたボディ後半をセダンに手直し、まだまだ後年〜現在と違い“小さいクルマ=2BOX”という概念のない時代ですので360ccの旧々々規格画時代、サイズ的に大人4人が普通に乗れるスペースをトランク付き3BOXではかなり困難だったと思いますがミニカはセダン化のためルーフを短くながら後席乗員のヘッドスペース確保のため着座姿勢の頭の位置ギリギリまでルーフを確保、またセダンとし必要なトランクルームも確保するため通常の3BOXデザインではこれを両立できず苦肉の策でRrガラスをほぼ垂直に切り通常のセダンデザインでは珍しいカタチを採用この事でRrガラスを斜めにしない という工夫から後部にスペースが生まれトランクを確保しています。

↓クリフカットが斬新な?特徴的なLAミニカ


どうしてもサイズ制約がある軽自動車で後席スペースを少しでも確保しようと思うとこのような普通車にはない変則的なデザインとなりこれはほぼ同時期に発売されたライバルの一つ、初代マツダキャロルでも見られました(キャロルの場合はRrウィンドゥは垂直ではなく逆ゾリ!!)
ミニカではRrサイドウィンドゥは通常の2ドアセダン同様に後方を斜めにデザインし垂直気味に切り立てたウィンドゥの両サイドに若干のフィン形状にアレンジ、これによりサイドから眺める視覚上デザインと実際のRrウィンドゥの角度からなる違和感を抑えた名付けて“クリフカット”と呼ぶ見栄えと後席乗員スペースの確保を両立させたスタイルが最大のアピールポイントでした!

自動車=3BOXというのが当たり前の時代、独特なスバル360に対しミニカは普通車で見慣れた通常なセダン型でしたので違和感なくとっつき易いのがスバルに抵抗ある層には人気がありました。

駆動はごく当たり前(当時)のFR、RRのスバルやスズキ(フロンテ)後年デビューしたホンダN360のFFと違い普通車から違和感なく乗り替えられるのも保守層には支持されました。

個人的にはライバルと較べ地味でアピール度は少ない印象、スタイル的には小さなサイズで効率を最大限に考えデザイナーの苦労が手に取るように分るモデル、現代目線ですと何も3BOXにこだわる事なかろうにとも思いますがこの時代でスバルの革新とは逆な保守的な訴求もアリだったと思います!

モデルライフが長いので4回のMCが施されますがそうイメージに違いはなく全てのモデルが対象ですがバンとトラックも存在しながらこちらには『ミニカ』が入らず『三菱360』でしたので10位対象からは外します。


続いて第9位!!

【初代ミニカトッポH20系(1990〜1993)及び2代目同H30系(1993〜1998)】

↑初代前期20系ミニカトッポ

ミニカで言えば6(5)代目と7(6)代目で存在した『ミニカトッポ』、8代目以降に独立し車名変更で『トッポBJ』、一時廃番になり2008年から『トッポ』で再デビューし2013年までカタログモデルでした。

9位としたのは言うまでもなく『ミニカ』の名前が入るトッポとしては初代、2代目とします。

トッポは先に業務用で発売していた『ミニカウォークスルーバン』をヒントにしたファミリーユース向けに開発された当時としては“変わり種”的ワゴンで今から見れば現在の軽乗用の主流であるハイト系のベースを造ったモデルと言えるでしょう…

ベースのミニカのノーズと勿論シャーシはそのままに運転席〜後部ラゲッジルームを新設計したものでこれでもか!と思えるほど天井を上げたモノ、ベースのミニカが車高1465〜1515mmだったのに対し1695〜1745mmと実に200mm以上の背高モデル、元々のミニカがトールボイーイスタイルでしたのでさほど違和感はないものの出た当初は「何じゃこりゃ!?チョロQの実車版!?」ってな感じでした。

リアゲート(Rrドア)が通常の上ヒンジ式ではなく右ヒンジで左から開閉させたり高い天井を活かし運転席/助手席頭上に大容量の物入れを設置したり左サイドドアをRrへの乗降性を考慮して大型化、右は開閉角度を抑えるため短くするなど数々の工夫がなされており三菱の良心が垣間見れました〜!

『トッポ』の由来は文献によればイタリア語でネズミ、そして日本語の背高ノッポをもじって名付けられたとの事、ネズミよりは“背高ノッポ”が出で立ちからしっくりくる、そんな感じですネ。

とにかくトッポは軽とは思えない広大な室内空間がビックリで現代のハイト系のように当初からハイトとして専用設計されていないが故に殆ど空気を運んでるような感じながらベースが従来型のため重心が低く見た目から不安定な走行を想像しましたが驚くほどしっかり地に足が付いてる感じで後年のワゴンRやムーブに較べても横風に影響される度合いも少なくノーマルのミニカとほぼ遜色ない走りが得られました。

↓後期型ミニカトッポH20系


ユニークなスタイルはきっとウケ狙いもあったのでしょう、見事に新しモノが好きな層のハートを掴み一時はベースのミニカを上回る人気を得て結構見かけたモノです。

競合車種が発売時はなく元祖ハイト系として販売も好調、後にアルトハッスルなどライバルは現れますが93yのワゴンR発売までは唯我独尊の状態でした、ただでさえ高い天井はハイルーフのため子供なら楽に室内で立てるというのもウケたのでしょう、若いお母さんが小さい子供を乗せて走る姿、今でもたまに見かけます…。

ミニカH20系のモデルライフ途中の90年に初代トッポがデビュー、93yのミニカがH20→H30にFMCすると同時にトッポも新モデルに切り替わりますがノーズとインパネをベースのH30系に手直ししたのみでAピラー以降はほぼキャリーオーバーしており後ろから見た限り20か30かは判別が難しい程でした。

↓2代目ミニカトッポH30系


初代=H20系はベースのミニカ自体がバブル期のモデルという事もあり軽自動車のクオリティを超える出来栄えでしたのでトッポもそれに準じしかも軽乗用(4ナンバーもあり)としては従来にない広大な室内が斬新、三菱のヒント商品ながらその後ワゴンRやムーヴがトッポを元により使い勝手を広げ大ヒット、本家?である三菱はその後続である現行ekスペースはこれらに及ばない販売/人気ですからねー、初代/2代目トッポ以降の三菱の低迷もありましたがつくづくヒントだけ出しジリ貧という三菱のドン臭さを感じたりと…

個人的にはスタイルは好みではないながら車高の割に安定性はワゴンRやムーヴを超える安心感があり三菱らしいオーバークオリティな造りが好感持て9位ランクとしました。


さぁ、8位行ってみましょー!


【4(3)代目ミニカアミA105A型(1977〜1981)】


さて、このアミがまだ代目を数えるのにワタシの感覚と公開のモノとは異なります。

A103系以降のミニカは遡ると1973年の『ミニカF4』が最初、F4で全面改良されましたのでこれがミニカとしては3代目になります。
A103以降は排ガス対策、軽規格改正もあり非常にモデルライフが長く最終的には84年にH10系がデビューするまでの11年、基本シャーシとスタイルは変えていませんのでワタシとしてはA103以降全てを3代目としたいですが77年のBigマイナーで『ミニカ・アミ』を拝命、メーカーや書物ではここでこれを“4代目”とするケースがほぼですねー。

ここでややこしい?ので型式整理しますと

(FMC前)A100/A101→通称:ミニカ70〜73、スキッパー
(FMC後)A103→通称:ミニカF4
(新規格500cc)A104→通称:ミニカ5/ミニカ5バン
(新規格550cc)A105/106→通称:ミニカアミ55/ミニカ55バン
同     A107→通称:ミニカアミL/ミニカエコノ 

となっておりますのでこれを踏まえてお読み下さい。

アミは新規格(550cc)となり車幅を拡大、エンジンも550ccになりFMCには近いとは思いますがドア他流用部品が多くスタイル/イメージもほぼ同一、型式も従来の基本A100系には変更なく単なる新規格への移行モデルでありこれをFMCの新モデルとするには異議アリ!ですね、それしたらライバルのダイハツ、スズキ、スバルも同様ながらFMCは謳っておらず絶対オレの主張が正しい!!って感じ(笑)

とは言いながらも〜77年までのF4やミニカ5(ファイブ)に較べ大幅にリファインされ特に内装などの質感は上昇、軽には相応しくない?豪華さも身に着けています。
乗り味はほぼ変わらないながらバルカン2G型550ccエンジンになりそれまでトルク不足を感じた360/500ccと較べると格段に乗り易くなったのも事実、F4/5がどことなく田舎臭かった印象がありましたがアミになり都会的にシャレっ気も得ており個人的にはこれならセカンドカーで乗ってもいいかと思えましたw

8位とするのは77〜81年モデル、81〜84年の後期型は『ミニカ・アミL』となり再びイメージを大幅変更を訴求したモデルになり一応車名変更も行うBigマイナー、このため別ランクとしています、また、この代でもバンモデルが存在しますがこの時期ではまだ2代目をキャリーオーバーしていますので対象外とします。

盛り上がってまいりました(汗)第7位!!

【4(3)代目ミニカアミL A106A・A107A/V型(1981〜1984)】

↑ミニカアミL

8位で取り上げたアミの発展型がこのアミL、これもアミ同様4(3)代目と表現します。

70年代後半、様々な要因で停滞していた軽自動車市場をV字回復させたのはご存じ初代たアルト47万円でした、アルトは発売以来爆発的ヒットとなり正に唯我独尊の一人勝ち状態、そこで各社これを指を加えて眺める訳にはいかず三菱もアルト対抗を目的とした大幅なチェンジ=ビックチェンジと銘打ったMCをミニカに施しました。
従来のミニカアミを大幅に見つめなおしアルトを倣った商業バン登録となる『ミニカエコノ(A107V)』及び5ナンバー乗用の『ミニカアミL(A107A)』をとした訳ですね。

アミL/エコノ両モデルは旧アミ55のMCではありますがBピラー後部は新デザインとされた大幅変更モデル、エコノはアルトに対抗するためそれまでのF4から続いたガラスハッチではなく本格的テールゲートを備えるライトバンとされています。
これにより12年間、ミニカの商用として活躍した2代目ミニカベースのバンは製廃、エコノに代替わりとなっています。

↓エコノ


アミLは低コストをエコノに任せ旧アミの豪華路線を踏襲、Rrハガラスハッチのままながら新デザインの角型テールランプを採用、Frフェイスもエコノを含め異形角型2灯ライトとしイメージを大幅に変えています。
フェンダー、ボンネット、ドアはデザインベースはF4時代からの流用ながらBピラー以降は直線的なラインが採用されRrサイドウィンドゥも角ばった大型のものになっています。
このRrスタイル変更によりこの部分が拡大されホイールベースを延長し全長はアミ55の3175mmを規格ギリギリまでサイズ拡大をし高さも30mm上げられ居住性を改善しています。

搭載エンジンはアミLにG23B、エコノは2G23と呼びが違う同じエンジンをアミ/55バンから継承しますが低速重視のチューンに変更されています。(スペックに変更なし)
また、この時にミニカでは初となるイージードライブが可能となる2速セミAT仕様がアミL/エコノ両モデルに設定、この時期から目立ち始めた女性ユーザーに訴求を始めました。

しかしアミLで最も好きだったのは三菱フルラインターボ政策のボトムを受け持つターボモデルのラインナップです!

↓アミLターボ


世はまさにターボブーム真っ只中のこの時代ですからミニカのターボ化は注目されF4時代から地味な印象が拭えなかったミニカのイメージを変え今まで見向きもしなかった当時の若い世代(つまりはワタクシらの世代)や走り重視の層にも注目を集めました!

ターボは550ccG23B型にターボチャージャーを装着、性能はグロス39ps/5.5kgmというもちろん軽としては当時では破格の性能でありこのアミL/エコノ・ターボがきっかけになり後年、アルトワークスやミラTR-XX、ミニカダンガンといった第二次軽ハイパワーブームに突き進んでゆく事になります。
これら後発の64psを誇るハイパワーミニに較べると30ps代のpsとまだ電子燃料噴射装置が採用されず加圧式キャブレター式ターボというのも振り返れば奥ゆかしく実際乗ってもやたらタービンの音だけ響き大した速さは感じませんでしたが当時は軽、ミニカといえども後ろに付かれるとターボモデルの特徴であるボンネット上のパワーバルジをよくミラーで確認したモノです、バルジがあると侮れない怖さ?がありました(笑)

11年に渡るA100系の〆となったアミL/エコノ、3年ラインナップされていた割には当時も後年も残念ながらそうは見かけない不人気でしたが軽初のターボのデビューという点に敬意を表し?7位とします!


どんどん行きます、第6位!!

【5(4)代目ミニカH11A/V・H12V・H14A/V・H15A/V型(1984〜1989)】

↑エコノ

この代から三菱の型式改変に伴いこれまでの A〜型から新たにミニカに割り振られた『H』を頭文字にしこにて表す新型式ミニカ/エコノの初モデルのため10系と表されています。

11年に渡りA100系を引っ張ったミニカ、久々の新型ですのでH10系はシャーシから新たに開発、80年代に相応しい明るくクリーンでシャープなスタイリングと長い事守り通したFRをついにFFに変更、さすがに設計の古さからアミL時代ではライバルと闘うに無理も感じましたが全体が見直された新機構を得て再び熾烈な軽自動車市場の闘いに挑んだのがH10系ミニカ/エコノでした!

H10系では車名を乗用タイプはサブネーム(F4やアミ等)を廃し単なる『ミニカ』に戻しますが商用タイプには先代でデビューした『エコノ』を継続しています。

H10系は前年83/8にFMCした三菱の看板車種であるE10系ギャラン・エテルナΣのスタイリングアイディンティを採用、直線で鋭くとまとめられたスクエアなラインはΣのそれのミニチュアバージョン的佇まい、スッキリと軽快感溢れるスタイリングになり一時は1万台まで販売を落としたミニカの台数をデビューの84年には5万台オーバーまで戻すのに成功し今更ながらFF機構の採用や徹底的にタイヤを四隅に追いやり角ばらせたトールボーイ的スタイルが当時の軽自動車の室内の広さでは水準以上で高い評価を得ました!!
また、三菱らしく北国対応用のパートタイム式4WDモデルも85年に追加、その走破性は高く評価されました。

エンジンは当初はバルカン2気筒を継承しますが87年からは3気筒の3G81サイクロンエンジンに換装、静粛性を上げラインナップも充実、ターボやATも先代からは格段に進歩、キャンバストップモデルも揃え地味だったミニカを若い層にも注目させるに充分でした。

↓ターボXR


↓ターボ・オープントップ


H10系はかなり人気もあり往時は見かけたもの、現在でも稀に生き残りに遭遇しますがスペースとデザインをうまくまとめたスタイリングには三菱の底力を今でも感じます、6位のランクですが非常に好きなモデルでした!


☆☆☆〜今週のスポットライト!!〜☆☆☆

今一歩、惜しくもベストテンに入らなかったミニカはこちら…

【7(6)代目ミニカH31A・H32A/V・H36A・H37A/V型(1993〜1998年)】


これは苦手でしたねー…

この頃の三菱はやたら丸み帯びたグニャグニャデザインに凝っていた頃、ギャランもエテルナもついでにエメロードとどれもNG、個人的好みですがごつくて重厚感あるデザインは非常にうまい三菱ですが下手にエレガントさ、美しさにこだわるとダメ、ミニカに限らずこの時期の三菱車は従来型より人気を落としたのは事実です。

先に取り上げた通り先代でデビューしたトッポも存在、こちらは先代をほぼキャリーオーバーしていたので嫌悪感持たずに済みましたがセダン系(4バンバーもあり)は生理的に受け付けませんでしたのでランク外にしています。

ただ、乗ってみるとこれもなかなかいい印象、猫足的な脚やこの代から追加された4気筒4A30エンジンの静粛性、より質感を上げたインテリアなどはバブルの恩恵を感じ見た目の印象を修正せざるをえません!

先代で話題を呼んだダンガンなるハードモデルも4気筒になって継続、これのみまだ見れましたが後期型に至っては昆虫?仮面ライダーV3のような顔が完全OUTでしたねー…

↓後期ダンガン



さぁ、ベストテンに戻ります!今週の第5位!!

【2代目ミニカ70〜73 A100A/101A、A100V/101V型(1969〜1973)】

↑ミニカ70

2代目ミニカ、これも兄貴分がコルト→ギャランに急変革して大成功したのと同様に初代とはガラッと趣を変え成功したモデル、初代が三菱らしく質実剛健ながらデザインはどことなく野暮ったく田舎臭いという当時の三菱の定説を覆し同じモデルか?と思えるほどハイカラにお洒落にそして先進的に生まれ変わった2代目ミニカ、軽なんて興味なかったワタクシですが幼心にこの変わりように驚いた記憶があります…。

この時代は68年にデビューしたホンダN360が飛ぶように売れていた時代、このためミニカもこれを徹底的にターゲットとしました。
N同様に完全2BOX化しますが軽では初めてのHB方式を採用、テールゲートを設け可倒式シートと会わせて使い勝手ではNを上回ります。
直線基調のペキっとしたボクシーなスタイリングとなり変に3BOXを意識し最終型では分不相応にゴテゴテしたどことなく野暮ったかった初代を反省しスッキリとしたフォルムに産まれ変わりました、そのフォルムに角型2灯式ヘッドライトに横一線のブラックアウトされた精悍な顔付と角型の可愛らしいテールランプが愛嬌を示し組み合わされています。

↓軽初のHBを採用


2代目でも伝統のFR駆動を継続しますがFRながら新設計モノコックの2BOXボディは劇的に後席は広くなり〜普通車と何ら遜色ない〜と言われたホンダNコロ以上のユーティリティを誇っていました!

これはワタシもかなり昔、A100とNコロを較べた事を思い返すと所詮“ドングリの背較べ”で足元はFFのNの勝ち、ヘッドスペースはA100の勝ちといった印象が残っています。もっとも後席に押し込まれて長時間ドライブという経験はないのであくまでもちょっと座った感じですのでアテにはなりませんが(汗)

長距離でも疲れにくいウレタンフォーム製のシートを採用したインテリアと外見同様に直線的スクエアな見切りのいいスクエアなデザインのインパネも軽自動車らしかぬ高級感とスポーティなイメージで好印象、それまでにないスポーティ、高性能で人気だったNを意識、時代も第一次スポーツカーブームの頃ですから普及グレードに至ってもミニカはスポーティな味付けで先代末期の空冷と水冷を用意しますが普及版空冷ME24D型で26ps、水冷2G10型は31psの高出力を誇り両機ともMAX100kmオーバーを実現、Nに肩を並べる性能を誇りました。

やや遅れて2G10にツインキャブ仕様を追加、こちらはL/100psとなる36psを誇る高性能エンジンでTOPグレードのGSSはラジアル、タコメーター、丸目4灯ライトのスポーティグリル(うち2灯はフォグ)を装備するこの種のモデルの教科書通り、実際これも後年味わいましたが2st特有の勇ましい音を奏でて低速はスカスカ、絶えずギアチェンジをドライバーに要求し速く走らせるにはそれなりの腕がないと難しい玄人好みの味付けが三菱らしい、駆動も先代から引き継ぎFRでしたしハンドリングが軽の割にクイック、W/Bが短いのもあり感覚としては尻の下でキュッと曲がる、そんな楽しさがありました!

↓GSS


尚、この代はイヤーモデルを採用しミニカ70,72,73と呼びその都度MCを実施、5位対象はセダンモデルと同時に三菱360バン→ミニカバンとして新発売されたA100ベースのバンを含めますが71年に追加されたクーペモデル『ミニカスキッパー』は別順位とします。


いよいよ上位に行きます、第4位!!

【8(7)代目ミニカH42A/47A、H42V/47V型(1998〜2011)】

↑5ドアバン

最終型、ここで登場…

様々な理由からFMCができず結果ミニカ史上最長の寿命だったH40系、98年にぐにょぐにょデザインが不評だった先代H30に対し以前の三菱のように直線美をあしらうスッキリとした出で立ちでデビュー、評価も良く当時既に流行の兆しだったハイト系に対し保守層には根強く愛されました。

基本はFFのHBボディで3ドアと5ドアを設定、4ナンバー登録のバンと5ナンバー乗用がラインナップされるのはH10系から継承しています。

モデルライフが長いのでMCなど割愛しますが大幅改定は2006年、他にタウンビーやスケールアップモデルのビスタチオの追加などがありました。

しかしこのミニカもリコール事件、後発ekワゴンへの主流層の流出も顕著となり幅広いラインナップがコストを圧迫、このため2007年には乗用モデルを廃止し4ナンバーモデルのみとし主に企業の社用車など営業用向け性格となりますがこの当時“日本で一番安い新車”として既にデビュー10年になろうとする時代でも一定の需要があったのはさすが!由緒あるBigネームと感心した次第です。

↓〜2007までの5ドアセダン


個人的にこのミニカも好きな部類、軽くてシャーシがしっかりしておりパワーは決して目を見張るモノがない代わりに安心してドライブできる、脚回りも秀逸!

ハイト系に較べると車室空間はたかが知れてますがそれでも普通に乗るには充分のスペースは確保していますしセダンであれば大人4人も自然に乗れる、しかし時代が既にハイト系に流れ三菱でもこのミニカのシャシを流用し新たな戦略軽としてekワゴンを主力に据えましたのでね、2011年まで三菱の、いや、国産車のボトムを受け持ちましたが最後は惜しまれながらも消えてゆきました・・・。

ミニカも三菱の体力低下により長寿命が災い、他社アルトやミラなど従来型もリファインし商品訴求力を維持すればそれなりの需要はあった筈ですがミニカの場合最後数年は放置状態でしたしBigネームながらも最後は悲運な終わり方でした。

ekがあれだけ売れたのでミニカの引退は致し方なかったと思いますがメーカー努力が最後は感じられず“安物下駄車”のイメージで幕引きされたのは残念無念でしたねー。。。


いよいよベスト3に入ります!

【ミニカ5バン及びミニカ55バンA104V/A105V型(1976〜1981)】


これです(*^^)v

ダンガンもターボZEOもいいですが隠れスポーツのミニカ5/55バン!これは歴代ミニカの中で転がして一番楽しいモデルでしたので堂々ベスト3にしました!

尚このミニカバン、先代は三菱360、後続はミニカエコノとなるので代目表記はできません、ミニカバンなる正式な名称は1代飛び越えてH11Vになりますが性格もターゲットもまるで異なりますので別枠扱いにしています。

同時期のセダンが過渡期のミニカ5を除き新規格ボディにサイズUP、反面エンジンは排ガス規制のMCAとなりドライバビリティが低下する中、こちらは商用のため排ガス規制が緩くオマケにボディはバンパーだけ拡大したのみのサブロク時代の軽量でしたしね、360ccよりトルクフルになった2G22/2G23型500〜550ccエンジンはこの軽量ボディを面白いように振り回せましたししかもFR=ダイレクトミッションは下手なリッタークラスのスポ−ティモデルよりも乗って楽しい、そんなクルマ!

本来はまだこの時代はアルトと登場前のため所謂節税バンではなく乗用モデルとはボディを異にする本格的商用バンでありサブロクボディのサイズでは後発節税バンにも劣る積載能力でしたが意図しない?走りの愉しさはダントツでしたねー。

中は狭いです、オフセットされたペダルと左足に接触するのを常に気にするシフトなど慣れるまでは乗りにくさMAXでしたがサブロク軽を知っている世代としては当時は当たり前の感覚、この時代の軽と現在の軽、同じ“軽”と言えども別物です。

コイツを一時遊びクルマで持っていた時代、FRの挙動をこれで学びクルマの愉しさを教えてくれたGure思い出の1台です(^^)


とうとう来ました!第2位!!

【6(5)代目ミニカH21A/V・H22A/V・H26A/V・H27A/V型(1989〜1993)】

↑中期5ドアセダン

h20系、ご存じ?現愛車ですので高順位!!

これは好きですねー、一番三菱のイイ時代のモデル、うねるラインで大人気だったE30ギャランを小さくしたような迫力がありかつ質感高いデザイン、当時の軽としては飛躍的な室内の広さ、そしてバブル時代を象徴する贅沢装備が目を見張ります。

しかし三菱も金ありましたよねこの頃、当時売れっ子女優だった浅野温子さんをキャラに起用、「ハンパだったら乗らないよ」のCMは一世を風靡しました!



最後はハイト系に押され“ハンパ”になってしまったミニカ、今振り返ると皮肉w

しかしこのミニカで注目はやはり『ダンガン』のラインナップでしょう、3気筒5バルブという三菱の意地で造ったような精密時計的エンジンにI/Cターボを備え軽ターボを最初に出しながらアルトワークスやミラXXに軽スポーツの主流を持って行かれた三菱の逆襲的ダンガン、重いので発進はライバルに譲るも加速と一度スピードが乗ってからの速さは尋常じゃなくかつライバルと較べるとシャシやボディの剛性も高くドライブ感覚はギャランVR-4のミニチュア版そのもの!
小さなボディであの感覚は怖さも感じるレベルでしたがワークスやXXよりは安心して飛ばせる、そんなパフフォーマンスは劇薬でした。

↓中期ダンガン


この代は当初は550ccでデビュー、途中規格改正がありこれに合わせボディ拡大と排気量が660ccにUP、4年のモデルライフでしたがこのため550ccが前期、660時代に1度MCが行われ全3期のモデルが存在、2位ランクは全モデルとします。

ラインナップは先代同様バン/セダン、基本FFに先代ではパートタイム式だった4駆をフルタイムにしてラインナップ、エンジンチューンも時代を表しかなりのバリェーションがありました。

↓後期ダンガン


三菱もバブルでこれだけの秀作を4年でFMCしたのが惜しい、特に後続が…なので余計もっと造っていて欲しかったと思います(*_*)


さっ、そしてオオトリ!今週のTOPを飾るのは…

【ミニカスキッパーA101C型(1971〜1974)】

↑GT

“ミニGTO”としてOLDファンには親しまれるスキッパー、堂々1位!!

これはカッコ良かったです、軽No1のカッコ良さはスズキのフロンテクーペだと思いますがそれに次ぐ秀作だと信じます、あくまで個人的思いですが。

何と言っても制約が厳しすぎるサブロクサイズでこれほどの見事なクーペボディを実現したのが当時のデザイナーの意気を感じさせます!

流麗なファストバックはクーペそのもので長さが足りない部分をGTO的にややダックテール気味にスパッと後端をカット、当然Rrが分厚くなるデザインの破たんをスクープウィンドウで締める、この処理は見事ですね。

後年CR-Xやプリウスで広く普及したスクープウィンドウも国産初採用はこのスキッパー、CR-Xの採用はこれの10年後でしたので先見の明ありでした。

↓GT


スキッパーには水冷のみのラインナップ、2G10のシングルを普及版に設定、ミニカGSSの38psツインキャブは最高峰GTとして設定、GSS同様低速トルクスカスカで乗りにくい特性でしかも背が低いクーペですので前席ですら難儀するような代物でしたがこれは軽スペシャリティの宿命、フロンテクーペよりは後席も含めまだ実用性は高かったですが後発ホンダZやファローMAXのHTには劣りましたねー…

しかしこの時代、この類に実用性を求める向きはなくスタイル優先で何ら問題なくスキッパーはその中でもセダンから受け継ぎRrガラスハッチを採用、後年のセリカLB、B210サニークーペ、ランサーセレステなどで火が付いたHBクーペ人気の元祖的存在であったのも忘れてはなりませぬw

↓スポーツ心をくすぐるGTの装備


スキッパーは71〜74年のモデルライフ、73年には時代の要請から本流ミニカが4stエンジンに移行、これに倣いますがOILショックによるスポーツモデルの急速な人気低下もあり車種編成を大幅整理し74年セダン版がF4にFMC後も細々販売されましたが売れ行き不振によりこの年7月に製廃となってしまいます…

フロンテクーペ、ホンダZに屈しそれほど人気が高かった訳ではないスキッパーですがミニカ唯一のスペシャリティモデル、実用には色んな面で不向きなモデルでしたがミニカの青春期を象徴するモデルに1位の栄誉を授けます!!


以上がミニカ“ザ・ベストテン” ですが如何でしたでしょうか?

ご意見、思いは各人それぞれですので文句言わずそれぞれのミニカ・ベストテンを考えて頂けたらと思います(*^-^*)

尚、ミニカは全8(9)代ですが車型を分けたりしている関係上圏外もありますのでそれを記載しますと

12位:3代目ミニカF4 A103型(1972〜1976)
13位:3代目ミニカ5 A104A型(1976〜1977)
14位:6(5)代目ミニカウォークスルーバン H21V/H22V(1989〜1993)
15位:5(4)代目ミニカウォークスルーバン H11V(1987〜1989)

と言う結果となります。

ギャラン(除フォルティス)、ランサーに続くかつての看板車種だったミニカの廃止は菱マニアとしては嘆き悲しむものでした。
しかし時代は確実に移っておりミニカ廃止時には後続となるekワゴンが好調でありこれも大変良くできたクルマでしたのでね、50年に渡る老舗ブランドが消える寂しさはありながらも新時代に向けてのカタログ落ちと納得していました。

しかし決してその後も順風満帆に行かない三菱の軽自動車、普通車の悲惨さに較べるとまだいいですがギャランを失いミニカも失いランサーも失い現状PHEVに資源を集中さえていますしどうかこれにて成功を収め廃番になっていったモデルが“犬死に”にならない事を願うばかり!

ハイト系主流とは言われながらも現在、アルトやミラのような従来型もエコカーとして仕立て直せば充分マーケットはある筈、ミニカも得意の電動車技術で蘇らないかな?とついつい妄想してしまいます、三菱を発展させた立役者でもあるミニカ、三菱ファンとしては永遠に忘れてはいけないモデルです…。


ハンパになったら売れなくなっちゃった!?…三菱ミニカ“ザ・ベストテン” …終
Posted at 2018/07/15 19:27:54 | コメント(1) | トラックバック(0) | ザ・ベストテン | クルマ
2015年12月16日 イイね!

保存版・夢大陸は消えてしまった…マツダファミリア“ザ・ベストテン”

保存版・夢大陸は消えてしまった…マツダファミリア“ザ・ベストテン”
一部では大好評の名車ザ・ベストテンシリーズ!今回は『マツダファミリア』をお題とします(^_-)-☆

マツダファミリア、52年前の1963年〜12年前の2003年までの40年間、マツダを代表する大衆ファミリーカーとして比較的マツダの勢力が弱い関東から東でもその名を轟かせました。

ワタシが居住する関東では今はそんな事なくとも70年代は”マツダ地獄””OILショック”で忌み嫌われたメーカーでしたし80年代までその後遺症が続き当時は第5第6メーカー、実際成人しクルマに関わる仕事始めても一番触るのが少なくなかったのがマツダ車、特に高額のルーチェやコスモなどはトヨタや日産の強い部分で西に較べと触るのも見かけるのも少なかったのは間違いないですねー。

ですのでワタシ脳内には80年代までスバルと並び?マイナーメーカーのイメージしかないのですがことファミリアに関してはその中でも比較的多く触れる機会もありました。

マツダ=1984年までは『東洋工業』でしたが例えば『トヨタカローラ』や『日産サニー』のように”東洋ファミリア”とは言わず何故か昔から”マツダファミリア”と言っていましたね、東洋工業の2代目社長さんの苗字ではありますが1931年に3輪トラックをマツダ号と命名しているのでそこからの流れだと推測しますがあまりにマツダブランドが普及したための社名変更でした、本文では東洋工業の時期のモデルに於いてもマツダと表記しますのでご了承下さい。

ファミリアデビューの63年はまだ、例のマイカー元年には3年も早い戦後の高度成長や国民車構想により小型乗用車への注目が集まっていた頃であり国民車構想に影響を受け発売された三菱500(1960)トヨタパブリカ(1961)に続き発売されました。

当時のマツダの最大のライバル社はダイハツ、これはまだまだ商用車がメインだった50〜60年代、この2社が3輪トラックにて激しくシュアを争った事が根本にあります。

時代の流れで3輪→4輪と移り変わる中、マツダもダイハツも4輪小型トラックやライトバンの開発を進めますがまずライトバンとしてファミリアを発売、これが63年の10月でありダイハツも同様に新開発のコンパーノをライトバンで63/11にて追従、両者それぞれの新鋭ライトバンの売れ行きと評判に自信を持ちセダンを設定、ファミリアもコンパーノも800cc、先発のパブリカもこの頃に700→ 800ccに排気量を上げちょっとした”800ccブーム”を作り3輪トラックの火花はライトバン、そしてファミリーセダンに移行した訳ですね。

このように60年代前半には先発の三菱500→コルト、パブリカと共に市場を賑わせたファミリアとコンパーノがその数年後の1L大衆車ブーム=マイカー元年を招き入れる事となった訳です。

と、いつものように長い前置きを終えファミリアの誕生経緯を理解して頂いたところでマツダファミリア“ザ・ベストテン” やってみたいと思います。

尚、定義としては“ファミリア”の名前が入ればどれもランク対象、ファミリアプレストもグランドファミリアも含めます。

但し明らかなファミリア一族であるエチュードやレーザー、ユーノス100などは名前が入らないもで対象外、半面、上で触れたグランドファミリアは別車種ではありますが名前を名乗る以上ランク対象としますし94年からもう20年も日産からADバンのOEMを受けるファミリアバンも対象とします!


さぁ、今週の!?第10位!!

【グランドファミリア後期型STC/SN系(1975〜1978)】

↑クーペ

いきなり亜流?ファミリアから行きます(-_-;)

グランドファミリア(Gファミリア)は71年に新開発されたかの有名なサバンナの双子兄弟版でFr/Rrがリ・デザインされたモデル、サバンナがRE専用モデルだったのに対しREに抵抗ある層向けにリリースされた言わばレシプロ専用モデルでした。

当時ファミリアは2代目を『ファミリアプレスト』としてラインアップしていましたがこれと上級カペラの間に投入されたのがGファミリア、プレストが1L〜1/3L、カペラが1.5/1.6/REという布陣の中、TC型1300、UB型1500というプレストとカペラからエンジンを移植していました。

当初主役のサバンナがレースでの活躍やREの大パワーで主に若者に注目される中、Gファミリアはレシプロらしい大人しい顔つきと全体的印象が地味でサバンナの日陰者扱いでしたが73年のOIL
ショック以降は立場が逆転、相変わらず地味ではありますがサバンナが在庫の山になる中で当時は絶大なる権力を持つファミリー層を中心に確実に捌けるモデルになりマツダも本流であるファミリア(プレスト)がOILショク打撃の中、ほぼ放置状態、その分をGファミリアの充実に費やし結果的に7年の長寿を誇ります。

大人気!とまでは行かないながらこの時期、Gファミリアは比較的確実に在庫が捌けるクルマでありマツダ販社としては苦しい時期で次期ファミリアがデビューするまで、特に後半ではライバルがどんどんFMCするのに対しGファミリアで攻めるしかなく苦労もある中、地味で目立たないながら一時期はマツダの屋台骨を支える縁の下の力持ちだった様相もあります…。

10位としたのは75〜78年の最終モデル、Gファミリアは2回のMCを受けますが1回目はそうイメージ変更はありませんでしたが2度目の対象モデルは前期、中期と大きく趣を変えたモデルでした。

前中期がサバンナの獰猛な?イメージの片鱗を見せていた印象がありますが後期はそれを消し去り大人しいファミリーカーに徹したデザインに変更、角目2灯の精悍さある顔つきは大人しい柔和な丸目2灯に改められ内装の色遣いなども優しいブラウンなどを採用、サバンナとは大きくイメージを変えたい!というマツダの意思を感じ取れたMCとなりました。

エンジンは中期でデビューした1600NA型と1300TC型の二本立てでRrなどは中期型を踏襲ているのでサイドやRrからの印象や当然乗り味は同一ながら豹変した顔付におは「別のクルマ?」を感じさえるモノがありました。

この後期10位はあくまで個人的趣味、内外共前中期の方が好みで取って付けたような顔の後期はどうしても馴染めずナマズの顔のようでマヌケな表情は今も好きにはなれませんがREでスポーツ=ガス喰いのイメージが張り付いてしまった当時のマツダが必死にその打消しを図ったのが手に取るように解りますねー。

Gファミリアにはセダン、バン、クーペが存在し全てサバンナと共通するボディ(サバンナはワゴン)、10位対象は全てですが何故かワタシの生息地域では後期のバンはかなり見かけた気がします、セダンやクーペ以上に普及しており78年まであったのでワタシがクルマ乗り始めた頃にはバンはバリバリ現役でした!

↓セダン


続いて第9位!!

【8代目ファミリアセダンBJ型(1998〜2004)】


本流ファミリア(バンを除くという意味)の最終型がこの8代目(※解釈の仕方によりこのモデルを9代目とする場合もあります、詳細は後述)ですね。
2004年までありましたから現在でもまだ見られるモデル、エコカー減税や後続アクセラが好評でしたのでかなり目撃度は減りましたが今見ても特に驚くモデルではないですよね(笑)

BJにはセダンとSワゴンと呼ばれる5ドアが存在、何でもSワゴンの”S”はスタイリッシュ、スポーツを表すらしいですが個人的には単なる苦手な5ドアにしか見えずちっともスポーツは感じない、スタイリッシュならよほど下級のデミオに感じましたのでこれは対象外とします。

セダンは特に特徴もないオーシドックスなデザインですがそこがスッキリしていて好感を持ちます、端正なセダンらしい3BOXは派手さはないながらフォーマル感もありまた乗った印象もマツダらしく程良い脚廻りの味付けと必要にして充分なパワー、誰が乗っても安心安全にドライブできる万人性と全てに於いてこのクラスのセダンに求められる部分はクリアしており取り立てて褒めるところもなければけなす部分もない、そんな印象。

コストダウンから上級カペラとパーツを共有、このため部分によってはクラスレス感もありますね、この時代のモデルですからFFに4駆、エンジンバリェーションも広く1.3L〜2L、同Deを設定、ファミリアには分不相応?の2L DOHCのスポルトや100台限定のスピードファミリアなどは以前からスポーツモデルの充実を欠かさないマツダらしいモデルとしてマツダマニアには羨望されたモデルでした。

9位対象は上記のようにセダンのみ、Sワゴンは上述の理由で苦手な部類、バンは当時既にADバンOEMとなっていますので含みません。


さぁ、8位行ってみましょー!


【2代目ファミリア&ファミリアプレストSPB/STA/FA3他型式多岐に渡り省略(1967〜1978)】

↑前期セダン

このファミリアが少々複雑…

67年、初のFMCで2代目としてデビューしたSPB他ファミリアですが70年のMCで名称を『ファミリア・プレスト』に変更、73年には型式を見直し公式にはFMCとするFA3型となりますが引き続きプレストを名乗っています。
FA3は従来型の車幅をを拡大、インパネ等も維新されFr/Rrのデザインが大幅刷新されておりメーカーではFMCと謳いますがワタクシとしてはこれは単なるBigマイナーとしか受け取れずFA3を3代目とするには異論アリです。

マツダは他にも初代カペラで同じ事やりますがインパネと前後の大幅刷新だけでFMCを名乗るなら他社、他モデルでも山のようにあるのであくまでワタシはFA3も2代目ファミリアとして扱いますしマツダもFA3時代のバン、トラックに関しては車幅拡大がないので従来型としています、車幅拡大→基本シャシを僅かでも変更しているのでFMCか否かは皆様の見識にお任せしますが。。。

2代目にはコスモスポーツに続く当時のマツダの売り→将来のメイン展開を目論むREモデルもラインアップしますが8位対象はあくまで本流のレシプロモデルのみとしコマーシャルカーであるバン、トラックも含みます。

2代目、初代ファミリアと比較しまず車格アップが施されます、これは後発のカローラサニーに対抗するべくの処置で初代が800ccメイン(1000ccも後追加)としたのに対し800/1000/1200のラインアップとし800を廉価、1000〜1200をメインに据えライバルと真っ向勝負!

ボディも一回り拡大、イタリアン調の小洒落たデザインになり中でも国産初のボディ一体型のバンパーは斬新でワタシも子供心に見慣れぬその形状には停めてあるファミリアをしげしげと眺めた経験があります。
また、クラス初の三角窓レスも新鮮でまだカローラやサニーにそれが存在する中、ライバルの1歩先を行く新しさを訴求していました。

ボディはテッパンの2/4セダンにクーペ(68〜追加)、そしてバントラックという先代同様の幅広い布陣、先代途中で追加され話題を呼んだクーペはよりスタイリッシュなファストバックの本格クーペとして高い人気を誇りこのボディを使う『ファミリアロータリークーペ』は色んな意味でエポックでしたし高い注目を浴びました。

正直、REは当時としては革新的なクルマでしたので高順位としています、レシプロ版はGファミリアとサバンナ程ではないにせよメーカー戦略もREに比重を置いていた時期なのでREの影に隠れるキライはありましたがそれでも名前の通りファミリー向けにはレシプロが本流、関東でもマツダの名前を広めたのはこの代のファミリアの功績が大きかったように思います。

しかし73年のFA3以降はメインをGファミリアに置いたため全くやる気のない放置プレイ状態、76年に一度Frグリルを変更し排ガス規制の絡みから1300ccのAPエンジン(排ガス対策エンジン)の1本に絞った程度の変更でこれを除くと5年間そのまま、全体意匠もFA3以降非常に安っぽくて気合いを感じさせませんし何より67〜73年時点で5年を経過、競争の激しいこのクラスでの延命は致命的でプレストのFA3なんてまず現役で街で見かける事なんて滅多にありませんでしたねー、東では。

↓73〜FA3型ファミリア4ドアセダン


まず5年に渡り印象付いた角目のイメージに無理やり丸目2灯としたのがイメージに合わずテールもヘンテコな意匠、あれほどREクーペではカッコ良かったのにこの改悪?によりクーペといえどもブサイクさしか感じずOILショック騒動でファミリアに費やす余裕がないのは理解できるもあまりのやる気のないラインナップに当時でも既にプレストは過去のモノ扱いでした。
それはデザインも60年代、シャシやハンドリングも同様、とてもライバルに立ち向かう素質は既に消え失せこの時代でも単なる安車、初心者の入門編的なとらえ方に成り下がってしまっています、まぁ、Gファミリアの存在があったからそれで良く営業車や信金の集金車以上のイメージはFA3にはないですねw

67〜77年(バン、トラックは78年迄)の10年という長きモデルライフに反比例し上述のようなメーカー施策もありFA3以降は忘れ去られている存在ですがOILショック、FMCしたくともできなかった悲運のFA3にも敬意を払いこれも含めこの順位としました!


盛り上がってまいりました(汗)第7位!!

【5代目ファミリアBF型(1984〜1989/1994)】

↑3HB

FA3を2代目にしていますのでBFはワタシ的には5代目になります!(公式では6代目)

バカ売れしたBD型の後続ですのでさぞFMCが大変だったのが容易に想像付くBF型、この為随所にBDの亡霊が見え隠れしますが中身は90年代に向かい各段に進歩、個人的にはスタイリングは斬新だったBDに軍配を上げますが真面目さではダントツでBFだと思います。

ペキペキながら軽量感、スポーティでお洒落感溢れるBDに較べるとBFは高級志向から大きく丸味あるデザインになった点が不評、この事で地味になってしまった印象は拭えませんがDOHCエンジンの搭載や国産初のフルタイム4WDのリリース、Deの設定などエポック要素はかなりのものがありました。

ボディは先代を踏襲するセダンと3/5HB、そしてファミリア唯一のオープンであるコンバーチブルも存在、また、85年まで3代目FA4型をキャリーオーバーするバンのラインナップ、85年以降はこのバンもBF型にFMCしワゴンも登場、7位ランク対象はFA4型時代のバン以外全てとします。

↓85〜BF型ワゴン


高級路線に走っただけありBFファミリア、これをベースとしたより高級なスペシャリテイである『エチュード』も87年に追加されますが素のファミリアでも上位グレードではまず内装の質感に大衆車離れを感じます、それも無駄にゴテゴテとするのではなくマツダらしくセンスのいい上質感を与えてくれワタシはBFで一番好きなのがインテリアのセンスでした。

先代まではどこかオモチャっぽい印象だったシートやインパネもセンスよく向上、バブルに向かう時期でしたのでコストも掛けたのでしょう、しかしトヨタ日産のようなこれ見よがしではなくさり気無い上質感に好感持てました。


どんどん行きます、第6位!!

【6代目ファミリアBG型HB GT-X/GT-A/GT-R(1989〜1994)】


ここは車型限定となります。

6(7)代目BG型はセダン、HB、アスティナと呼ばれる5HB、それに前半はBF型ギャリーオーバーのバン/ワゴンのラインナップとなりますが6位にわざわざ限定したのはタイトルモデルのグレード…

多分、ワタシという人間の好みを理解して下さる方は納得頂けるとは思いますがBGはセダンを除いて正直好みではありません、HBは個性は感じさせますがやたら尻の重そうなデザインが苦手ですしアスティナに至っては背の低い5ドアでしかもリトラ?昔も今も何を訴求したかったか理解不能のモデルでこれもNG、ここで選んだのは当時のハイパワー4駆ブームの先陣を切る先代からの継承を成すWRCホモロゲモデルであるGT-X、これをベースにする競技モデルとしてGT-A、GT-Aeとしました。

WRCにはそれ程興味はないながらもハイパフォーマンスには目のないGure、見かけはイマイチ好みでないながらもやはりこのグレードには惹かれましたねー。

1.8Lで180pg(GT-X)、旋廻性を優先してセンターデフロックからビスカスLSDを導入、リアデフにも純正でビスカスLSDを装備し前後輪の駆動力配分は理想的な前43、後57、I/C付180psのパワーはWRCでも高成績を収めました。
その後GT-Xの弱点を改良し92年によりパワーアップしたGT-R(210ps)をリリース、ファミリア以後に雨後の筍のように現れたライバル車にアップデートを欠かしませんでした。

この代にてファミリアのWRC参戦は終了、以後ハイパワーバージョンは最終のBJまでお預けになりましたしBJ時代では既にセダン離れも加速し始めあまり目立たない存在でしたのでね、パワーという面では一番華があったのがBG型GT系と感じ6位としました!


☆☆☆〜今週のスポットライト!!〜☆☆☆

今一歩、惜しくもベストテンに入らなかったファミリアはこちら…

【3(4)代目ファミリアFA4型(1977〜1980年)】


『ミディコスモ』『X508』と呼ばれた3代目ファミリアは先代が10年のモデルライフを貫き久々に新型として77年にデビュー、映画「幸せの黄色いハンカチ」でも劇用車として使われメーカーも久々の新型として気合いを入れたかなりの売り込みがなされたモデルでした。

それまでのオーソドックスな3BOXからなるボディをこの頃、小型クラスでは流行になり始めた2BOX
に変身、2BOXでは元祖のホンダシビックが王者的存在でしたがファミリアのFMC前後にトヨタがスターレットをやはり2BOX化したり日産もパルサー、三菱はミラージュを発売、アッという間に激戦区となった訳でこの中でファミリアは気合いも空回りで至って目立たずに地味な存在、ライバルは卓越した運動性能でファミリア同様のFRながら高い支持を受けたスターレット、サイズ的にスペースユーティリティに有利なFF方式のシビックにミラージュ、パルサーの中でFA4ファミリアはデビュー時から埋もれた印象、スタイリングもボテッとした印象でどこか田舎臭くてとても新型には見えない、また旧型からキャリーオーバーする1300エンジンにも特段注目点もなく10年ぶりの新型にしては全く注目されず不人気で僅か3年で次期型に切り替わったというオチ…

これは乗るとそこそこ軽快で取り回しもFRの素直さで安心して乗れるモノでしたがあの時期、ライバルに対し何ら訴求する点がない、それが致命傷だったと思いますね。

2/4ドアのHBをラインナップ、バン、トラックは67年発売の2代目を78年までキャリーオーバーしトラックは廃盤、バンはFA4ベースのモノが78年に追加、これは85年のBF型デビューまで一世代飛び越えてラインナップされていました。

スポットライト(11位)としてはHBモデルのみを対象、ファミリアの中でも1、2を争う不人気モデルなのでこの位置とします。


さぁ、ベストテンに戻ります!今週の第5位!!

【初代ファミリアSSA型他型式多岐に渡り省略(1963〜1967/1968)】


冒頭で少し語った初代ファミリア、ここに登場!

当時としては確実な需要を見込める商用バンを63年に先行発売、その評価の高い事に自信を持ったマツダが64年にバンのボディで5ナンバーワゴン、そしてセダンを追加設定しています。

バンのデザインをベースバン同様のフラットデッキスタイルを3BOX化したデザインは60年代では新しさを訴求する斬新さ、大人4人がしっかり乗れる端正なスタイルは好評でかつクラス初の4ドアセダン(他に2ドアセダンも設定あり)もファミリー層には高い支持を得ました。

エンジンは800ccでスタート、後に1000cccも追加され1Lカーマイカー元年に参戦しています。

車型は元祖のバンに2/4セダンとトラックを設定、バン/が63〜68年、セダンが64〜67年、トラックが63〜67年となります。

65年には初の1000ccを搭載したクーペを追加、2ドアセダンをベースにフラットデッキの腰下は従来型セダンと同一ながらルーフを低くRrスクリーンを寝かせたスタイリングは非常にスタイリッシュ、第一次スポーツブーム(第一次ハイパワーブームとも言います)の時流に乗りヤング層にはファミリアという大衆車クーペは値段的にも手頃で大人気を呼びこの種のモデルではマツダ初の人気車でした!

↓クーペ


5位ランクINは初代全てを対象にします。


いよいよ上位に行きます、第4位!!

【6代目ファミリアセダンBG型(1989〜1994)】


BG型2度目のランクイン!

4位はセダン限定です、6位のGT系でも述べましたがBGではこのセダンが一番の好みで数あるファミリアの中でも好感持てるモデルです。
ベンツ190を彷彿させるスタイリングがルーチェレガートでよく揶揄された”広島ベンツ”と変わりない?ですが全体のプロポーション、センスある内装のデザイン、バランスのいい脚廻りにFfの悪癖を感じさせない素直なハンドリングも好みでした。

13〜1.7Deと幅広いエンジンバリェーションの中、メインとなる1.5LB5型EGIエンジンは必要充分なパワーと燃費を誇りとても扱い易くバランスのいいシャシに相まって素直ないいクルマ、最高峰にラインナップするGT-Xは1.8LDOHCターボの羊狼でしたし限定車∞(アンフィニ)はGT-XをNA化したFFスポーツのいぶし銀のシブさを見せどれも魅力溢れるモデルでしたので4位としました!


いよいよベスト3に入ります!

【グランドファミリア前中期STC/SU/SN系(1971〜1975)】


↑セダン

Gファミリア2度目の登場ですね、10位に後期をランクしましたが前中期は堂々3位とします!

詳細は10位で記載しましたので割愛、このランクは単なる個人的趣味ですね、FrやRrのデザイン、全体の味付けにサバンナ程の獰猛さこそないながらも後期のあまりにも大人しすぎるのに対し若々しさも持つ前中期のデザインはなかなか良かった…

前期と中期の違いはFrは同じく角目2灯、グリル形状は異なりますが大きなイメージ違いはなくサバンナよりは弱められるも立体的バンパーが戦闘的、テールは前期ではサバンナがREの象徴だった○テールだったのに対し角型サイコロの3連でこれもなかなか高級感とスポーツ感を兼ね備えGood、中期は後期とほぼ共通な大型コンビネーションに改められています。



71〜73が前期、73〜75が中期、セダン/クーペ/バンの布陣でしたが特に前期時代は10位で記載したようにサバンナの日影者イメージ、OILショック以降の73年からは徐々に日向に出てきて後期でサバンナ、ファミリアを抜いて当時のマツダの重要戦略車の躍り出た!って感じです(笑)

↓クーペ



とうとう来ました!第2位!!

【4(5)代目ファミリア3ドアHB BD型(1980〜1985)】


ファミリアを語る上で絶対外せないのがこのBD型、赤いファミリアXGでしょうw

社会現象を巻き起こしたこのBD-XG、グレード限定まではしませんが車型は3HBのみで2位とします。

80年の発売と同時に爆発的人気を得たBD型、80年代の街角にはこれが溢れかえり主に若者層に赤いXGが人気、湘南の海にはこれがサーフボード載せてウヨウヨしていましたっけ、赤いXGにボード載せが一種のステータス?何故か清里や軽井沢の山ん中にもこれが現れて”丘サーファー”なる言葉も懐かしいですわ(^^♪

BD型は大人気もあり5年のモデルライフ、ボディは他に5HBとサルーンと言われるセダンがラインナップ、サルーンはHBにやや遅れて追加、プレスト以来の3BOXでしがた個人的にはバランスが悪く感じるスタイルがイマイチ、また、5HBのイメージがあまりに強すぎ5HBもランク外とします、これも6ライトのなかなか洒落たデザインでしたが3HBのお洒落さの足元にも及ばず買うなら使い勝手の悪さに目を瞑っても絶対3HBと思っていました。

チャライ兄ちゃんが数多く乗っていたいたのでクルマも軟弱なチャラさをどうしてもイメージしますが乗ってみると意外に硬派なクルマでしたしゴルフ?を徹底研究して開発されただけあり真面目な設計思想が感じられます、FFの癖はまだ顕著でしたが程よいパワーのある1.3/1.5エンジンとの相性も良く後にマツダのアイディンティになるラウンド型Rrシートや機能的なインパネのデザインも好感が持てました。人気のXGはサンルーフを装備する気分的なスポーツイメージのモデルでしたが83年のMC以後はEGIモデル、ターボモデルもラインナップし走りも訴求できるモデルになってゆきます。

若者対象のXGはやは安っぽいオモチャ的な印象もありましたが普及版のXTやXEにはそれもなく落ち着いた印象。

尚、この代から最終までフォードブランドの双子兄弟車である『レーザー』もデビューしますがこれはファミリア名がないので対象外、またバンも旧型をキャリーオーバーしている関係上含みません。

BD型は栄えある第一回COTY受賞車である事も有名ですね、発売僅か2年で100万台を売り上さすがのトヨタも大慌てして模倣したカローラ?を出すなどファミリアファンにはこれこそ1位!と言われるでしょうが天邪鬼Gureとしては2位に留めております(^^;)


さっ、そしてオオトリ!今週のTOPを飾るのは…

【ファミリアロータリー及びファミリアプレストロータリーM10A型(1968〜1973)】

↑ファミリアREセダン

ワタシ的にはファミリアNo1はやはりコレ!!

長いファミリアの歴史の中で唯一REが存在したのはOILショック前のこの5年、OILショックによりフルラインREの夢を絶たれたマツダはそれ以降、高級車とスポーツカーにしかREは設定しませんでしたので大衆車のREは後年の感覚で見れば”変わり種”かもしれませんが幼き頃、夢のREを引っ下げてデビューしたコスモスポーツはあくまで夢ながら第2弾のファミリアは夢を現実にしてくれるクルマとしてより身近にREを印象付けてくれました(^^)

何せこのクラス、60〜70psが常識だった時代にいきなりREパワーで100psを引っ下げデビューしたファミリアRE、コスモの10A型REエンジンをデチューンしている10B型エンジンですがたかが800kg台のファミリアでは鮮烈、スペックマニア小僧のワタシにはホンダ1300と並びもの凄いインパクト!

成長して免許取得時にはまだコイツも生き残りがおりファミリアRE、味わいましたがシャシ、ブレーキ、ハンドリングと全てがパワーに負ける典型的な危険を感じる類でしたが前を向いて前に向かって音もなく加速するこのクルマ、一種の不気味さをも感じさせる程速く鮮烈、しかも脚が弱いから緊張するし(笑)

ファミリアREは5位としたレシプロ版があくまで本流でしたが当時のRE推し戦略がすさまじくレシプロにはない味付けに魅了されましたねー、おむすびエンブレムを誇示する2分割のグリルに後年REモデルの象徴になった丸型テール、そして思わず惹き付かれるT型のダッシュボードはとてもムーディで虜になりましたっけ。

↓REのT型ダッシュボード


ファミリアREは当初の68年クーペのみに1モデル設定しますが69年にはセダンREをを追加、廉価版(T型ダッシュをレシプロの平面型と共有)するREクーペEタイプと逆にREでも平面ダッシュだったセダンにT型ダッシュを装備したREセダンSSを追加しReのバリェーションを拡大します。

70年にはMCが行われサブネームに『プレスト』が付いた事によりREも『ファミリアプレストロータリー』に改名、Frフェイスやテールをレシプロ同様に高級意匠にチェンジします。

↓プレストREクーペ


しかし当時ですら脚、、ブレーキの弱さが指摘されていたファミリアREは70年のカペラRE、71年のサバンナなど後発のよりシャシ強化のなされたモデルの発売によりお役御免となり同時にOILショックの悲劇もあり大衆車には相応しくないとの判断から73年に廃盤、後にも先にもファミリアのRE搭載はこのモデルのみ、ある意味無茶苦茶なモデルで何でもかんでもREを載せさえすれば丸く収まるというマツダの若さが象徴されるモデルですがデビュー時の鮮烈さ、そして手軽に高性能車に乗れるという夢を与えてくれた功績に1位を授けます(^^)v


以上がファミリアザ・ベストテン“” ですが如何でしたでしょうか?

ご意見、思いは各人それぞれですので文句言わずそれぞれのファミリア・ベストテンを考えて頂けたらと思います(*^-^*)

尚、ファミリアは全8(9)代ですが車型を分けたり同じモデルでも前後期で分けたりしていますので圏外もありますのでそれを記載しますと

12位:4(5)代目BD型5HB/サルーン(1980〜1985)
13位:6(7)代目BG型HB GT系以外(1989〜1994)
14位:8(9)代目BJ型Sワゴン(1998〜2004)
15位:7(8)代目BH型セダン/HB(1994〜1999)
16位:OEM2代目Y11型バン(1999〜2008)
17位:OEM初代Y10型バン(1994〜1999)
18位:6(7)代目BG型アステイナ(1989〜1994)
19位:OEM3代目Y12型バン(2008〜現行)
20位:7(8)代目BH型NEO(1994〜1996)

と言う結果となります。

ファミリア、かつてのマツダの代表作であったにも関わらず前回のランサー同様に今やその名はOEM商用バンでし聞けない寂しい事となってしまいましたが幼少期にREで鮮烈な印象を与えてくれ若き日にはBD型でウンザリする程の目撃を強いられ(笑)BF〜BGのハイパワーモデルではファミリアの意外性を見せてもらい数々の思い出が過ります。

2003年からは後続となるアクセラに後を託してファミリアはOEM以外絶版になりますがボディも排気量も全て拡大されかつてのファミリアの立ち位置からは値段的にもかけ離れたアクセラにかつてのファミリアの影はあまり感じず徐々にファミリアも忘れ去って行く感がありますがこれもかつてはカローラサニーと激烈な闘いを行った戦士、RX-7でもコスモでもなくマツダを支えた立役者!

ファミリアの名が消えてから早12年ですがこれも未来永劫に忘れてはならないクルマの一つだと思います(^^)/


夢大陸は消えてしまった…マツダファミリア“ザ・ベストテン” …終
Posted at 2017/08/05 13:59:38 | コメント(2) | トラックバック(0) | ザ・ベストテン | クルマ

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