
最近は、ジムニー「ネタ」。(笑)
マイジムニーの運転席側は、レカロSR3が装着しています。
どんな車種でもそうですが、レカロシートを装着すると、シートベルトがレカロシートのショルダー付近を擦っている状態になります。。
レカロにシートカバーを付ける前には、この擦れる部分に当て布をしていました。
折角、シートカバーを新調しましたが、このままの状態ではいずれシートベルトで擦れてショルダー部分が傷んでいくのが見えています。
この辺りもネット検索すると。。。。
シートベルトの擦れ、シートベルトの弛みでドアに挟む等ヒットします。
で、解決策として使われているのが、ホンダ技研工業の部品。(笑)
シートベルトサポートガイドレールと呼ばれている物。
これをシートベルトのBピラー部の所に共締めして、少し前方へシートベルトを移動させて、シートとの干渉や、シートベルトがシートの後方へ戻って取り出しにくくなるのを防ぐようなパーツです。
ネットにも書かれているのですが、スズキ車にホンダ車の「部品」。
少し加工なり、スペーサーなるワッシャーなどが無いとうまく装着できません。
マイジムニーは、手持ちの物でうまく装着出来ました。
これで、レカロシートのショルダー部分の擦れも無くなり、降車後のシートベルトがシートより後ろへ移動して、乗車時にBピラーとシートの間に挟まることも無くなりました。
若干、巻き取り時に抵抗が増える感じになりますが問題ないレベルと思います。
また少しマイジムニー良くなったかな?(笑)
マイサンクも調子を維持できるように色々観察はしてますよ。
2021年はジムニーメンテナンス年かな。(笑)
さて、ちょっと余談ですが。。。。
ホンダ技研さんパーツは色々考えられてよく出来ている部品が結構あります。
ちょっと、古い話ですが、1988~89年辺りの事。
鈴鹿8時間耐久レース時、ワークスマシンも練習走行、予選走行などで転倒も含め「トラブル」が発生します。
そうなると、修理、加工が必要になってきます。
鈴鹿を拠点にしている所にワークスマシンが持ち込まれ、修理の為の機材の借用や、修理依頼が極まれに入ってきます。
ワークスチームのメカニックに加工できる技術があれば、道具機材と場所ををお貸しして、「勝手に」修理をしてもらいますが、手に負えない「状態」が発生する場合こちらが修理部品を製作したり、修理することもありました。(過去形)
そんな中、当時Sメーカーさんがトラブルでマシンを持ち込んできた時の事。
鈴鹿8時間耐久レースは、ご存知の通り、ヘッドライト、テールライトの装着が必要になります。
トラブルで入ってきたSメーカーのマシンのヘッドライトがとてもうまく装着されていて、感心したことがあります。
こういう時、ワークスマシンをまじまじと観察出来ることがあるんですね。(笑)
Sメーカーさんのメカニックに、「ヘッドライトが凄くコンパクトに装着されていますねと。」
Sメーカーさんのメカニック曰く、「某Hメーカーのライトが都合よかったので使っています。」(大笑)
Hメーカーさん、Yメーカーさんではあり得ない内容。(笑)
Kメーカーさんは判りません。(笑)
しかし、敷居が高くないSメーカーさんのこんな所、好きでしたね。
ちなみに、当時はYOSHIMURAとは別でちゃんとSメーカーさんもワークス参戦していたお話です。
私が当時メカニックをしていた所でも、ENG.はHメーカーですけど、周辺パーツはYメーカーの物を流用したり、ワークスではないですから使える物はなんでも使用していた感じですね。
同じような事をメーカーさんがしているとは思いませんでしたが。(笑)
予算とか、スポンサーとか色々な感じで制約もあるのでしょうね。
今は全くわかりませんけどね。
この当時は未だオリジナルの車体が製作出来たんだよなぁ。
この後、TT-F1からSBとカテゴリーが変更されて市販車でのクラスに変わっていきます。
この車体の製作は、まっさくんの「師匠」が手掛けたものです。
ちょっと最後に,まっさくん「吠えてます。」(笑)
このマシンは、プライベーターチームにも販売されて当時の8時間耐久レースでは一つのメーカー扱い的な感じで車種別出場台数の割合が一番多かったと記憶しています。
で、そのうちの1台が、当時バブルの影響もありスイスのチームが購入することになります。
それと同時に、サテライトチームのメカニックに日本人が欲しいという要望があり、90年に、まっさくんはスイスへと旅立っていくのでありました。(笑)
またこの辺りは、おいおい書いてみようかなと。
まっさくん入社当時、鈴鹿にて宮城光選手のマシンのウォームアップ押し掛け風景。
マシンに跨ってるのが、私の「師匠」です。