一昨日はトンガの火山噴火が原因ともいわれる津波の様な海面上昇がありました。
また最近は日本各地で頻繁に地震が起こっています。
何か不気味な現象ですね。
そんな中で昨日は1月17日、私の個人史の中でも忘れられない日でした。
1994年の1月17日はまだ一度目のLA駐在でTorrance市にあったタウンハウスに住んでいました。
その日の早朝4時半頃にLAの郊外のNorthridgeのごく浅い所を震源とする大地震が起こりました。
私の住まいも大きく揺れて驚いて目覚めましたが余震も怖くてなかなかベッドから出られず布団を被っていました。
しばらくして枕元の電話が鳴り、日本の本社の社長から大丈夫かと様子を伺ってくれました。 日本でも速報が流れた様です。
やっと起き上がってオフィスと工場の被害を見に行きました。
後で知ったのですがこの地震でLA北部のフリーウェイは各地で崩落し交通網はズタズタになっていました。
幸い住まいから工場までのフリーウェイは損傷なく無事に辿り着けました。 大きな被害もなく少し安堵しました。
LA市内、特に中心から北部は回復まで数ヶ月掛かりましたね。
この地震の直後に日本から来た調査団が崩落した高速道路を見て杜撰な設計で日本ではこんな事はあり得ないと評したのはよく覚えています。後でブーメランになりましたが。
その年の11月に最初の帰国をしています。 3台のフェアレディ SRLを40フィートの海洋コンテナに入れて引越し荷物として持ち帰りました。
そして年が明けて1995年になります。
同じ1月17日の早朝6時前でしたね。淡路島から阪神間にかけてマグニチュード7.3の兵庫県南部地震(阪神大震災)が発生しています。
この日は当然ですが交通網は全部止まり車で会社があり、義母が入院している病院がある六甲アイランドまで何とかして駆けつけたいと向かいましたが西宮市でどうにもならず引き返しました。
翌朝何とか義母を見舞い、食糧を置いて次に会社まで行きましたがもう足に踏み場もない状態でした。
業界他社の助けも借りて業務を続けられたのは幸いでした。
半年ほど正常な状態に戻すのには時間が掛かったと思います。
地震は怖いと言う思いと1月17日がしばらく個人的なトラウマになりました。
昨日の1月17日が無事に過ぎてホッとしています。
Posted at 2022/01/18 01:38:18 | |
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