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イイね!
2015年09月14日

あり得ないことが、(29)




女土方に腕を撫でてもらいながら鎮痛剤の効果もあって転寝をしているとドアが開く音がして男女の話声が聞こえた。どうやら外科の旦那が戻って来たようだった。目に入った点滴バッグはもうほとんど空になりかけていたのであれから一時間ほども過ぎているんだろう。痛みは大分和らいで楽になっていたが、薬が効いているだけで良くなっている訳ではないことは分かっていた。

「佐山さん、どうですか。」

急に男の声が聞こえて旦那医者が入って来た。

「点滴を替えますから。」

 
旦那医者は手馴れた様子で点滴を替え終わると今度は僕の横に腰を下ろした。女土方は旦那医者と入れ替わりに診察室を出て行った。

「ちょっと失礼します。」

 
旦那医者は僕の検査衣の裾をめくり上げた。むき出しの下半身が医者とはいえ男の前に初めて晒されることになったが、僕には却って女医よりも抵抗がなかった。旦那医者は手早く僕の右の下腹部を指で圧迫しながら痛みの範囲を確かめた。

「話は妻から聞きましたけど佐山さんの生殖系には全く異常がないということだし、血液や痛みの範囲から虫垂炎に間違いないと思います。ただ発症の時期や痛みのある場所の範囲、発熱などから腹膜炎や場合によっては腸の癒着があるかもしれないので今回はどうしても手術が必要ですが、手術は少し手が掛かると思います。

 
それでこれはご自身で決めていただきたいのですが、ここで手術をすることも出来ます。開腹外科手術ですから絶対に安全とは保証は出来ませんが、私に任せていただけるのであれば全力を尽くします。入院の設備もありますが、ここでは入院をされる方には症状が安定するまで付き添いが必要ですのでそれをお願いしています。またあなたがもっと大きな病院で手術を望まれるのならそちらの手配もします。どうされますか。」

 
僕は旦那医者を見て、くどくど言わない簡潔な的を得た話振りに好意を感じたし、それに信用もできそうに思えた。今更他の病院に行ってもまた最初からいろいろ聞かれてあちこち体をいじられるのが嫌だったのですぐにここで切ってもらうことに決めたのだが、付き添いが必要と言われても女土方以外には心当たりがないので旦那医者に女土方を呼んでくれるように頼んだ。

 
そして女土方に確認しようとすると女土方は僕がものを言わないうちから「あなたの好きなようにすればいいわ。私の出来ることはどんなことでもしてあげるから。」と言ってくれた。それでこの個人医院で腹を切ってもらうことに決まった。

 
その晩は点滴が終わると鎮痛剤や抗生剤を山のようにもらって一旦帰宅し、翌日十時に用意を整えて入院することになった。帰り際に翌日は絶食してくること、痛みがあれば鎮痛剤には消炎効果もあるから躊躇わないで鎮痛剤を使うこと、様態が変わったらすぐに連絡することなどと注意を受けた後で「何か聞きたいことはありますか。」と旦那医者から言われた。僕は「何もありません。あなたに私の体を預けますからお願いします。」とだけ答えると何故だか皆が笑った。

 
医院を出ると女土方に寄り添われて一旦女土方の家に帰った。そこから車を借りて自宅に荷物を取りに戻ろうとすると女土方は頑強に僕を遮った。そんな体で危ないので近所のスーパーで買えばいいと言うのだった。下着や寝間着の類ならいいのかもしれないが、場合によっては二週間近くも身柄を拘束されるのではそうもいかなかった。結局、女土方も同行することで決着して女土方のスマートを乗り出した。特に運転には問題はなかったが、例の検査のおかげでシートに預けた下半身が落ち着かなかった。

 
自宅に戻ると衣類と一緒にパソコンや本などをバッグに詰めて家を出た。さらに途中で見かけた書店に立ち寄って本を買い求めたが、僕が買い込んだ本を見て女土方はつくづくと言った。

「あなたって本当に変な本ばかり買うのねえ。」

 
確かにそうかも知れない。僕が買った本は大方自然科学や政治、外交関係の新書や戦記を含めた歴史物、それから車や船、飛行機といった機械物とおよそ女性には縁遠いようなものばかりだった。

「これからの女は政治や経済、外交とかメカにも強くないとだめよ。」

僕は自分でも訳の分からないことを言って女土方を煙に巻くと書店を後にした。女土方のところに戻ると取り敢えず風呂に入って髪と体を入念に洗った。腹を切られれば当分風呂は使えないと思ったからだった。もっとも医者は翌日からはシャワーを使えるようになるとは言っていたが。

 
風呂から上がると物が食えないのでコーヒーを飲んだ。女土方は水かお茶にしてコーヒーはやめるように言ったが、医者も水分はかまわないと言っていたし、水分を取らないと血栓を起こしてしまうなどと理屈をつけてコーヒーを飲んでいると罰が当たったのか急に腹の具合がおかしくなってきた。トイレに飛び込んでしゃがんで考えたら下剤を処方すると言われたのを思い出した。

 
女は概して便秘気味の者が多いから強い薬を処方されたのか落ち着くまでに何度かトイレを往復しなくてはいけなかった。こんなことをしていると女土方に迷惑をかけるので自宅に帰ろうかと思ってちょっとそのことをほのめかすと一言の元に却下されてしまった。腹が落ち着くとまたコーヒーを飲み始めたが、それを見ていた女土方は打つ手がないと言う顔をして僕を見つめていた。

「本当にあなたって聞かない人ねえ。酷い目に遭っても知らないわよ。」

 女土方は半分脅すように言ったが、コーヒー飲んだくらいでひどい目に遭うようなら相当重症かも知れない。

「明日死んでしまったらもうコーヒーも飲めないでしょう。」

 
僕はほんの冗談のつもりだったが、冗談でもそんなことを言うものではないと女土方にこっぴどく叱られてしまった。そして早く休めと寝室に押し上げられてしまった。そして子供を寝かしつけるように僕をベッドに寝かせた女土方にちょっと悪戯をしてやろうと思いついた。

「ねえ」

僕は女土方を呼んだ。

「なあに。どうかしたの。」

 
呼ばれて戻るとベッドに腰をかけて僕の上にかがみ込んだ女土方の首を下から抱えて自分の方に引き寄せた。僕の体重に加えて重力が相手では抗しようもなく女土方はあっけなく崩れ落ちて僕に重なった。しかしさすがに百戦錬磨の女土方、少しも慌てずにちょっと間を置いてから体を起こすと僕の顔を撫でた。

「それだけふざける元気があれば大丈夫ね。これを飲んでちょっと待ってなさいね、すぐに戻るから。」

 
女土方は僕に薬を口に含ませてから階下に降りて行ったが、それが眠剤だったらしく僕はあっという間に夢の世界に入ってしまった。



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Posted at 2015/09/14 22:10:07

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