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イイね!
2015年12月13日

あり得ないことが、(37)




「あら佐山さん、何時の間に着替えたの。」

しゃべりまくっていた既婚女が目ざとく着替えを済ませた僕の方を見て言った。

「あれ、先輩はその格好で宴会に出るんですか。ちょっとイマイチだなあ。」

 
若手女が僕の格好を見て首を傾げた。確かにカーゴパンツにだぶだぶのトレーナーでは男を喜ばすインパクトには大いに欠けるかもしれないが、何も他人様に見せるのではなくてお前達の格好を見て僕の方が喜ぶんだからそれでいいんだよと若手女に言ってやりたかった。

「佐山先輩って性格だけじゃなく着る物からお化粧まで本当に劇的に変わりましたよね。でもせめて胸元くらいがばっと開けて成熟した女のお色気をアピールしなきゃ。」

若手女はそう言うと本当に自分が着ていた前開きのシャツをパッと開いて胸を見せた。

『おおいいぞ、ねえちゃんもっとやれ。』

 
僕は急に下品な中年親父にでもなったつもりでこの大胆な仕種に心の中で喝采を叫んでしまった。しかしこんなことで喝采を叫んでいたら風呂に入る時はどうするんだろう。鼻血でも出してしまったらどうしよう。


「こらこら幾らなんでもそれじゃあ出し過ぎでしょう。もう少しお淑やかにしないと下品な男達が喜ぶだけよ。」

 
既婚女がたしなめたが、僕はこの女に下品な男の心の中を見透かされたようでちょっと反省した。しかしさすがは既婚女、よく男の性を理解している。

「でもいいわあ。二晩も家事から解放されるなんて。それだけでも気持ちが開放的になるわ。私もパッとやっちゃおうかしら。」

「どうしてですか。好きな人と一緒の生活でしょう。いやなんですか。私なんか憧れちゃうけどな。好きな人との生活なんて。何でもしてあげちゃう。」

若手女が首を傾げた。

「それはねえ、お付き合いしている時はそれもいいけどねえ、一緒に暮らし始めるとお互いにいろいろ我儘が出るものなのよ。それに何時までも熱愛状態が続くわけではないしねえ。毎日何もしないでゴロゴロしている旦那を見ると何でこんな人がよく見えたのかななんて思うこともあるのよ。家事だって毎日じゃねえ、仕事が終わって帰宅してから炊事や洗濯でしょう。幾ら好きで一緒になったからと言っても嫌になることもあるわよ。」

 
既婚女はそうした生活をさほど苦にしている様子もない風情で明るい愚痴を言った。一人暮らしだと自分でやるのが当たり前で自分のペースでやればいいから家事も気分転換だが、養い扶ちがあると家事も待ったなしだろうから実際の負担にも増して精神的な重圧は相当なものだろう。

 
それから僕は三人の着替えを堪能しながらお茶を飲んで一息入れてから館内探検がてらお待ちかねの入浴に行くことになった。三人は浴衣を持ったが、僕は和服を長時間着ていられないことと裾の不始末でも仕出かすと困るのでやめることにした。大体女の和服の着方なんて端から分からないのだからとんでもないことをしてしまう可能性が極めて大であった。

 
さて期待の女湯はと言うとそれはもう絶景だったが、僕自身がこれまで人前で女として入浴したことがなかったので男作法にならないように周囲に合わせながら気を使って入浴した。せっかくの絶景だったが、それで神経をすり減らしてしまって絶景と相殺ということになってしまった。悪事千里を走ると言うか天網恢恢祖にして漏らさずと言うかなかなか悪い企みは出来ないものだ。女湯も一度で懲りて明日は部屋のシャワーを使おうと心に決めた。

 
風呂から上がっても女共はしゃべりながら髪を乾かしたり顔に何かを塗りつけたりして時間がかかるので僕は先に出てロビーで待つことにした。もっとしっかりとお手入れしないと後で泣きを見るわよと皆に言われたが、それはほとんど自己満足あるいは自己欺瞞の世界だろう。

 
ロビーでみやげ物などを覗きながら待っているとあちこちにうちの会社の社員がたむろしていた。ほとんどホテルは貸しきり状態だから当然なのかも知れない。中には泡盛を散々試飲してから買い込む者もいたが、あれだけ飲めば買わなくてもいいじゃないかと思うくらい飲みまくっていた。そのうちに内の部屋の女共も合流してきたので面倒だったが皆と一緒にもう一度みやげ物をチェックしてから一旦部屋に引き上げた。

 
部屋に戻ると女共は宴会用の顔作りに精を出し始めた。僕も一応女として認知されているからには何かしらの準備をしないといけないのだろうが、面倒なのでファンデーションを薄く塗って唇に色を着けるだけで終わりにしてしまった。女土方は不満そうな表情で僕を見つめていたが、ここで積極的に手を出すわけにもいかず必然的に手をこまねいている他はなかった。ところが女というのはきれいになろうとすることには手間暇や金を惜しまないのか既婚女が僕の化粧に口を出し始めた。

「佐山さん、もっと思い切り化粧をしましょうよ。化粧は女の盛装よ。」

この女、家庭を離れて浮かれているのか余計なことを言う。これに待ってましたとばかり女土方が乗った。そして僕は寄って集ってこてこてに化粧をされてしまった。確かに化粧をすれば目鼻立ちははっきりして見栄えはする。しかし佐山芳恵には申し訳ないとは思うが、男が男を魅了してどうするんだと言う疑問が僕の根底を流れているので化粧には抗い難い抵抗があるし、基本的には幾ら化粧をしてもそんなに変わるものでもないと思う。要は基本造作が重要なことは言うまでもない。

 
それからしばらくお茶を飲んだりお菓子をつまんだりして時間を潰していると宴会の時間が近づいてきたので会場へと降りた。ずい分大きな宴会場は百二十人分の席が設えてあり役員の座る雛壇以外は抽選で席を決める仕組みになっていた。そして僕が引き当てたのはなんと馬の骨氏の彼女の総務の女の隣だった。馬の骨氏もバツが悪いのかこちらをチラチラと盗み見ていた。一人の男が手をつけた女が二人で並んでいるのも何とも心地が悪いものだろうが、僕には馬の骨氏に抱かれたという意識はないことなのでかまわなかった。

 
それよりもこの総務の女が北の政所様のメッセンジャーだったことの方が神経に触った。そして北の政所様はこれも陰の実力者らしく役員のすぐそばに席を取って周囲を睥睨していた。この女とこの後壮絶な戦闘を繰り広げることになろうとはさすがに予想さえもしなかった。

 
宴会は型どおり社長の挨拶から始まって乾杯が終わると祝宴に移った。社長だけは端から一人一人酌をして挨拶に回っていた。どうも今時の社長職も楽じゃないようだ。僕はというと乾杯が終わると料理を食べることに専念した。酒を飲んでもうまくないし、飲んだ後で脳がふやけたようになって不快なので無理に飲みたくはなかった。それでもお義理なので馬の骨氏の恋人と反対側にいた企画の中国語担当の男性に一回だけ酒を勧めておいた。

 
酒が回ってくるとだんだんと座も賑やかになって席を移動する者が多くなってきた。そんな中で律儀に巡回を継続している社長は僕の前に来ると横に腰を下ろした。


「今回はよい企画を考えてもらって会社も新しい方向に踏み出すことが出来ました。健康を損ねたと聞いていますが、元気になったと聞いて私も安心しました。いろいろ大変だったでしょうがこれからもよろしくお願いします。」

 
社長に頭を下げられて知らん顔も出来ないので僕も「私こそこれからもよろしくお願いします。」と頭を下げて杯を受けた。そうして社長の杯を受けた後はこの喧しい宴会場から逃げ出すタイミングを計っていたが、その後次から次へと役員やら部課長が来て立ち上がることが出来なくなってしまった。そうして来るのはかまわないが、酒を注ぐついでに肩を叩いたり手を握ったりして体を触っていくのは勘弁して欲しい。

 
僕の感覚は男のものだから男に触れられるのが鬱陶しいと思うだけだが、やはり女は好きでもない男に体を触れられるのは嫌なのだろう。男という生え物はとにかく女に接近するのに血道を上げるものだが、やはり時と状況、そして相手の気持ちを考えた方が良いと思う。これは自ら反省の意味をこめてつくづくそう感じた。

 
そうこうしているうちにやっと男供の『一献差し上げたい』攻勢が一段落したので僕はさっさと逃げ出すことにして女土方の方を見た。さすがに女土方だけのことはあって周囲から敬遠されているのか一人でぽつんと取り残されたように座っているので僕はすぐに彼女の隣に席を移した。

「ずい分飲まされちゃったわ。ちょっとラウンジにコーヒーを飲みに行ってくるわね。」

 
女土方にそう言うと彼女も一緒に行くと言って席を立った。この頃には宴会場はかなり秩序が乱れてきていてあちこちに人の塊が幾つか出来ていた。その中に北の政所様の一団もあったが、役員を含めて二十人近い人数が集まって一大勢力を形成していた。僕達が会場を出て行く時にその中の何人かがこちらを見て何かを言っていた様子だったが僕は特に気にもしなかった。


ホテルのラウンジにもうちの社員がそこここにたむろしていた。僕はお決まりのアイスコーヒーを頼んで一息入れた。

「最後の二、三十分はまた戻らないといけないわね。でもそれまではここにいるわ。『まあ一杯』攻勢で疲れちゃった。」

 
僕は女土方にそう宣言すると椅子に深く身を沈めた。そしてタバコを取り出すと火を点けた。社員がいるのでまずいかなとも思ったがかまうものか。女土方も手を出したのでタバコを渡すと火をつけて深く吸い込んだ。

「さて、この後あの人たちどう出てくるかしらね。」

女土方がポツリと呟いた。

「ん。そうなの。」

「きっと必ず何か仕掛けてくるわよ。こっちが困るようなことを。」

 
そう言われても相手に何をするんですかと聞きに行くわけにもいかないのだから結局待つより方法がないではないかと思い直しながらアイスコーヒーを一口飲んだ。しかしこんなところに来てまで何でそんなけんか沙汰の心配をしなくてはいけないのかと考えているとだんだん腹が立ってきた。実際の戦争もこうして相互の摩擦から段々と憎しみが強くなって戦火が燃え盛るのだろう。

 
時間を見て宴会場に戻るとまた男共が群がってきた。二次会に行こうとかカラオケしようとか喧しいことこの上ない。まだ無理は出来ないからと断って中締めになったのを潮時に一目散に部屋に引き上げた。



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Posted at 2015/12/13 23:48:54

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