2016年04月21日
あり得ないことが、(69)
「ねえ、昨夜はどうして何もしなかったの。ちょっと期待していたのに。」
僕はクレヨンの顔を見た。クレヨンは薄笑いを浮かべていた。
「どうして。何かして欲しかったの。」
「本当はあなたにちょっと期待してたの。何かするんじゃないかって。私ね、伊藤さんはとても優しくて好きだけど何だかあまりにも女を感じちゃって何となくその気にならないのね。でもあなただったらあまり女を感じさせないから大丈夫かなって思って。ちょっと興味あるし、女同士って。」
こいつはやっぱりサル以下だ。でも動物的な感は優れているんだろうか。僕が男だと言うことを本能的に感じ取っているのだろうか。
「そんなこと言っているとここから追い出すわよ。大人しくしているの、それとも出て行くの、どうする。私が伊藤さんと一緒にいるのは私なりの理由があるの。誰でも良い訳じゃないわ。私はね、あなたとそういうことをする気はないわ。」
本当は好みに合わないということもあるが、節操なしの男なんだからその辺はその気にさえなればどうにでもなるんだけれどそれよりも女一年生の僕にはあまり女の感覚を刺激されてサルの前でおかしくなっては都合が悪いので強気に念押しておいた。
「分かったわ。大人しくするからここにおいて。」
クレヨンは一応引き下がったが含み笑いを浮かべた表情が何となく気になった。どうもこいつ何かを企んでいるのかも知れない。僕たちはまたしばらく二人でおとなしく雑誌や本を読んでいたが、どうも昨日の寝不足がたたっているのか眠くて仕方がなくなった。それでちょっと時間は早かったが横になることした。
「私、眠いから横になるけどどうするの。まだ起きてる。」
僕は一応クレヨンに声をかけた。クレヨンはぱっと雑誌を投げ出すと「私も寝る」と言って自分のベッドから跳ね起きると枕を抱えて僕のベッドに移って来た。ところが今日は僕にしがみつかないで横に寝ているだけだった。どうも昨日あんなにしがみついて僕の安眠を妨害したことを少しは反省しているのかと思って目を閉じたがそれは思い切り甘い見通しだったことをすぐに嫌と言うほど思い知らされた。
僕は寝つきがあまり良い方ではない。大体寝る前にあれこれくだらないことを考えてしばらく時間を過ごしながら眠気が支配するのを待つことにしている。世の中には目を閉じた瞬間に眠りに落ちる奴がいるがそういう手合いの睡眠に至る回路はどのような構造になっているのか不思議で仕方ない。でもたまには寝つきの悪いのが役に立つことがあるものだ。
その時僕は眠りに落ちる寸前で自分の顔のあたりに何とない気配を感じた。その気配はもちろん悪い方の予感、もっとはっきり言えば殺気にも似た気配だった。次の瞬間、誰かが顔を押さえたと思ったら僕に覆い被さって来た。誰かと言ってもここには僕とクレヨンしかいないのだから覆い被さってくるのはクレヨンしかいない。反射的に腕を動かしてその誰かの首に巻くとそのまま捻って体を入れ替えベッド上に押さえ込んだ。
「キャ」
クレヨンの短い叫び声が部屋に響いた。
「あんた、何するのよ。変なことしたらここから追い出すって言ったでしょう。忘れたとは言わせないわよ。それともそんなにしたいのならこのまま遊んであげようか。」
僕は押さえ込んだクレヨンに言ってやった。
「ちょっと待って。ごめんなさい、許して。お願い。」
身動きの出来ないように押さえ込まれたクレヨンにはもう勝ち目はなかった。
「今度は許すわけには行かないわ。さあどうしてあげようかな。どこから始めようか。」
僕はクレヨンのネグリジェを捲り上げるとパンツのゴムを何度も引っ張っては離してやった。そのゴムが当たるたびにクレヨンのお腹がひくひく動いた。
「ごめんなさい、こういうの嫌だ。もっと優しくしてくれなきゃやだ。」
このサルは自分が弱い立場になると急にしおらしくなって哀願を始める。この行動は当然計算ずくなんだろうけどそういうところだけは長けているようだ。しばらく押さえ込んでおいてから僕はクレヨンを解放した。どうもこいつには何かをする気にはならない。
「さあ、本当に大人しく寝るのよ。今度変なことしたら本当にベッドから蹴落とすわよ。」
僕は荒い息をしながら身仕舞いを整えているクレヨンには目もくれないで自分の枕を整えるとクレヨンに背を向けてまた横になった。
「ねえ、こっち向いて。私を抱いてて。そうじゃないと眠れない。」
クレヨンが僕の肩に手をかけて甘ったれた声を出した。並みの中年男ならこれでいちころだろう。ついでに小遣の十万もくれてやってしまうかもしれない。
「うるさいわね、さあこっちに来なさいよ。」
僕はクレヨンの方を向き直ると彼女を抱き寄せてやった。結局クレヨンはまた昨日のように僕の腕の中に収まることになった。しかしこれで大人しく寝るかと思った僕が甘かった。しばらく大人しくしていたクレヨンは僕の足に自分の足を絡めると自分の下腹部を僕のそれに押し付けるように体を寄せて来た。こいつも本当に懲りない奴だ。
別にそんな物押し付けられてもどうということはないが眠いのにこんなことに付き合っているのがだんだん鬱陶しくなって来た。それでクレヨンを抱いていた腕に徐々に力を込めて行ってクレヨンを締め上げてやった。
「苦しい、そんなに力を入れたら苦しいわ。」
クレヨンがまた悲鳴をあげ始めたが僕はかまわずに腕の力を増していった。
「あなた、私と密着したいんでしょう。させてあげてるんだから文句言わないのよ。」
「苦しい、離して。」
クレヨンは悲鳴を上げ続けていたが、いきなり僕の股に手を突っ込んだ。突然のことにびっくりして力を緩めるとクレヨンは僕の腕からすり抜けてベッドを飛び出した。力任せに押さえ込もうとしたのが油断だった。
「あはは、けっこう敏感じゃない。なかなか良い感度してるわね、お姉さま。」
思わぬ逆襲に力を緩めた僕をクレヨンがはやし立てた。このがきは本当にどこまで人をおちょくったら気が済むんだ。今度こそひっ捕まえて仕置きしてやろうと思ってベッドから飛び出した。クレヨンは嬌声を上げたり笑い声を上げたりしながらベッドの周りを逃げ回った。僕も最初はむかついて追いかけていたが逃げ回るクレヨンの顔を見ているうちにこいつがこれまで見たこともないくらい明るい顔をしているのに気がついた。こいつももしかしたら体中手傷を負って流れる血を鎧で覆い隠して生きている人間の類なのかもしれない。
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Posted at
2016/04/21 22:23:31
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