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イイね!
2016年05月17日

あり得ないことが、(76)




「ねえ、あなた、彼と総務の子が伊豆に行った時に後をつけて行ったの。」

 
女土方が僕を斜めに見ながら言った。どうしてそんなことまで知っているんだろう。僕は伊豆のホテルでの奴等の密会については誰にも話していないのに。


「あれはね、本当に偶然なのよ。たまたま通りかかったレンタカー屋さんで車を見たら何だか急に車に乗りたくなって出かけた先で鉢合わせしたのよ。天網恢恢疎にして漏らさずってああいうことを言うのかしらね。本当に偶然なのよ。後をつけたわけじゃないわ。確かそれってロッカー室事件の直前だったわね。


もしも意図的に後をつけるほど彼に未練があったらあなたとこんなことにはなっていないわ。」


「そう言われればそうよね。でも偶然にしてもそんなことってあるものなのね。」

 
女土方は何とか納得した様子だったが、それにしても女の世界というのは恐ろしいものだ。伊豆の件など僕と馬の骨氏と総務の小娘しか知らないはずなのにどうして女土方が知っているのだろう。どうせ総務の小娘辺りが漏らしたんだろうが、そんなことを口走って何の徳があるんだ。ばかはクレヨンばかりではないのだな。今度その類を一堂に集めてばか比べでもやってみるといい。想像を絶するばかが雲霞の如く押し寄せるかもしれない。


「ねえ、どうして伊豆の話なんてあなたが知っているの。私とあの二人しか知らないはずだけど。」

 
この調子では何をどこまで知っているか分かったものではない。当事者中の当事者であるはずの僕が何も知らないのに。


「女の世界の怖さはあなたも良く知っているでしょう。いろいろと聞こえてくるのよ、別に聞く気はなくてもね。」


『はい、女の世界の恐ろしさはたった今骨身に沁みて知りました。』


僕は本当に心の底からそう言ってやりたくなった。


「ねえ、後はどんなことがあなたの耳に入っているの。知っていたら教えて。」


こうなれば聞くだけ聞いてやろうという気になって女土方に誘いをかけてみた。


「私もそんなにいろいろ知っているわけではないわ。ただ馴れ初めはあなたの方がずい分積極的にアタックしていたとか、あなたのおうちの方ではいろいろもめたようだとか、都内のあちこちであなた達を見たという話とか、週末はお互いの自宅で同居しているとか、社員旅行でも二人で抜け出してどこかに行ったとか、それから後は何だっけな。」

 
もうそれだけ知っていれば十分だ。頭が痛くなった。佐山芳恵もばかな女だ。どうしてもう少し隠忍自重して事を運ばないのか。佐山芳恵もここにいればばか比べに推薦してやるんだが。


「それじゃあ私と彼のことは皆かなり具体的に知っているのね。」


「皆じゃないと思うけどうちの女性陣はね、いろいろゴシップが好きでしょう、女って。あちこちであることないこと囁きあっているからね。一時はあなたが妊娠しているなんて話もあったわ。そしてその後何もなければ中絶したんじゃないかとかね。人の口に戸は立てられないって本当よね。」

 
聞いているうちに僕は気力も何も失せてしまって頭を抱え込んでしまった。妊娠なんて本当かもしれないじゃないか。せっかく借り物の体だと思って大事にしていたのにもう今日から思い切り酷使してやるか。


「どうしたの、どうしてそんなに落ち込んでいるの。あなたがしたことなんだからあなたが一番良く知っていることでしょう。今更そんなに落ち込むことないのに。」

 
またクレヨンが余計なことを言い出したが、僕はもうクレヨンを叱り飛ばす気力もなかった。何よりも馬の骨氏がこの体を抱きまくっていたのかと思うと全身に鳥肌が立つどころか鳥そのものになってしまいそうなくらい気色が悪かった。


「あのね、前にも話したと思うけど」


頭を抱えている僕に女土方が話しかけた。


「あの人と付き合っていた頃のあなたって可愛いって感じのする女性で、男の人から見れば何となく放っておけない雰囲気があったんじゃないのかな。あなた自身もあの人に寄りかかってそれが幸せって言う風情で生きていたように思う。今のように独りで北の政所軍団を向こうに回して啖呵を切ったりするような女性ではなかったわ。そんなことよりあなた自身が北の政所軍団の構成員だったんだからあの時は向こうもさぞかし驚いたでしょうね。

 
私から見れば女の弱さやかわいらしさを前面に出して生きているあなたのことはそういう生き方もあるのかなという感じで見ていたし、そういう生き方もそれはそれで良いのかなって言う程度にしか関心はなかったわ。

 
それがある日突然外見もそうだけどそれまでの生き方も百八十度どころか七百二十度くらい方向転換してしまってあなたの得意な言葉で言えば『自存自衛』の道を行き始めたから皆びっくりしたわよ。あんなに寄り添っていた彼をいとも簡単に放り出してしまうし、あなたが担当していた企画の査定会議の時も上司を差し置いて大胆に自分の意見を開陳するし、わが社最大派閥の北の政所軍団もおしり叩きの一撃であっさりと退けてしまうし、一体あなたに何が起こったのって感じだったわ。

 
あなたは女の世界の噂話には全く無頓着で注意を払おうともしないけど、一時期うちの会社ではあなたの話で持ち切りだったのよ。でもあなたは自分の生き方を持っていて決してそれを変えようとはしなかったわ。私もあなたの変わり方にはずい分驚いていろいろ話を聞いたりあれこれ考えてみたけど結局あなたに何が起こったのか分からないし、結果として私にとって好ましい人に変わったんだからそれでいいんじゃないかっていうのが私の結論よ。それ以上のことはもう考えないわ。」

 
女土方は僕の立場を良く理解してくれているようだし、それはそれでありがたいことなのだが、僕自身としては何とも釈然としないものがあった。以前にネットで知り合った英国の女性が自分のプロファイルに、


“God gave man a brain and a penis but not enough blood to run both at the same time.”


と書き込んでいるのを見て痛く感心してしまったことがあった。訳は敢えて書かないがこれは全くそのとおりで『けだし名言』と言わざるを得ない。理性などというものは欲望の前にはほとんど無力なのかもしれない。

 
しかし、もう一つ後段を書き加える必要がある。それは、


“And also gave woman a brain and a womb but definitely not enough blood to run both at the
same time.”


という一文である。確かに男は欲望に弱いが女も感情に流され易い。流され易いと言うよりも自ら好んで流れているように見える。

 
ちょっとまた下品な話になってしまうので詳細は避けようと思うが、あの時の女というのは、それをさせているのは男の方なのかもしれないが、それにしても良く出来るなと思うことを平気でやってのける。それはもしも僕があんなことをされてそれを受け入れたと仮定すると、きっと僕は一生その男の奴隷になってしあうかもしれないようなことなのだが、そんなことでさえも感情に身を任せてやってのけたうえに、さらに驚いたことに終わってしまえば今までのことは何処吹く風で堂々と反発してくる。

 
女に言わせればそんなこと関係ないそうだし、男も同じことをしているじゃないかと言うが、絶対に同じことじゃないと思う。男だった時は女に生まれなくて良かったと思っていたが、まさか今の僕は天罰なのか神が与えた試練なのか。 

 
馬の骨氏と佐山芳恵のことがそれだけ噂になっているとしたら、現在佐山芳恵を引き継いでいる僕がそういう連中の好奇の視線に耐えながら生きていかなくてはいけないのかと思うと気分が暗くなってくる。大体馬の骨氏の腕に抱かれて歓喜に咽んでいたなんて思われること自体僕にとっては耐え難い大屈辱なんだ。


「でも人は見かけによらないわね。佐山さんがそんな情熱的な大恋愛をしたなんて。すてきだわ、私もしたいな、そんな情熱的な恋愛を。」

 
小癪なことを言うクレヨンだ。僕はベッドに座ってはしゃいでいるクレヨンめがけて枕を投げつけてやった。枕は見事に顔の真中に命中してクレヨンは反動でベッドにひっくり返った。


「痛い。もう、野蛮人、あんたなんか好きになった男の顔が見てみたいわ。」

 
クレヨンは起き上がると半泣きの体で文句を言ったが、もう一つ残った枕をつかんで睨みつけるときゃっと声をあげて女土方の後ろに隠れた。


「こらこら、喧嘩しないのよ。」


女土方が笑いながらたしなめた。


「でもどうしてそんなに好きだった人を振っちゃったのよ。相手に別の彼女が出来たから。若い人だって言うから勝てそうもないんで振られる前に振っちゃったの。」

 
クレヨンは女土方がいるのに力を得たのか言いたい放題だった。このくそ女はむかつく女だ。懲らしめてやろうと一計を思いついた。僕はクレヨンが女ひじ方の後ろに隠れて身構えているのをちょっと伏目がちに窺っていた。そして「大丈夫よ」と女土方に促されてベッドに戻るのを待ち構えていた。

 
クレヨンがベッドに戻ると同時にクレヨンに飛び掛るとベッドに仰向けに押し倒し、両足首をつかんで広げると僕の足をあの部分に押し付けて揺さぶってやった。子供の頃電気あんまとか言って遊んだあれだった。


「きゃー、やめてぇ。ごめんなさい。」


クレヨンがわめき散らすのもかまわずに僕は思い切り揺さぶってやった。


「あんたねえ、人のことだと思って勝手なこと言いまくって。もう二度とそんなことが言えないようにしてやるわよ。」

 
僕はクレヨンが叫びまくるのもかまわずに揺さぶりつづけたが終いには女土方に頭を叩かれてしまった。


「こら、子供じゃあるまいしいい加減にしなさい。」

 
僕が手を離すとクレヨンはベッドを這いずって行って反対側に降りるとぜいぜいと肩で息をしながら「そんな野蛮人だから男に捨てられるのよ。」とまだ懲りずに憎まれ口を聴いた。このサル今度は乳首責めにでもしてやるか。


「全くあなた達は仲が良いんだか悪いんだか。」

 
女土方がため息をついた。そんなこんなで何だか僕の鬱積した気持ちもうやむやになってしまった。そしてその晩もクレヨンに邪魔をされて女土方には接触することも出来ずに翌朝を迎えた。



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Posted at 2016/05/17 18:38:51

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