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イイね!
2016年09月05日

翼の向こうに(14)





山下大尉は穏やかな表情を崩すこともなく高藤飛曹長の話に耳を傾けながら私に酒を勧めた。


「おれなんか、ただがむしゃらに突っ込んで行くだけで技量も何もあったもんじゃないよ。高藤飛曹長の華麗な空戦には足元にも及ばないよ。ただ、がむしゃらに突っ込んでいくと相手は一瞬たじろいですきを見せるんだ。その一瞬を捕えているだけだよ。もしも相手がすきを見せなければ、その時はこっちが撃墜される番かもしれないな。

 
ところで武田中尉、俺達は物心ついた時から海軍という非常に狭い偏った世界の中で生きて来た。だから俺達は海軍の常識しか知らない。君達のように一般の大学の自由な雰囲気の中で学問に励んできた者から見ると、この戦争は正しいのか、間違っているのか。貴様はどう思う。」


『嫌なことを聞いてくるな。』

 
それがその質問を受けた時の私の正直な感想だった。へたなことを言うとそれこそ袋叩きに遭うかも知れないと考えた私は言葉を選んで話し始めた。


「難しい問題ですが、一方が正しく他方が間違っているというような単純な構造は現代のような複雑な国際関係では有り得ないと思います。

 
日本と同様に米国も自己の正当性を主張しています。いや、日本よりもずっと強く、しかも上手に戦争の正当性を主張しています。ただこれまでの歴史が示しているように、この戦争の勝者が自己の正当性を認められることになるでしょう。」


「勝てば官軍って、そういうことか。ところでこの戦、勝てると思うか。」


「非常に難しい情勢だとは思いますが、・・・」

 
この戦で日本が勝利を得ることはすでに不可能と思っていた私は言葉を濁して逃れようとした。


「俺は駄目だと思う。」

 
山下大尉はよく通る声ではっきりとそう言った。


「この戦、もう日本に勝ち目はない。そうは思わないか。武田中尉。」

 
山下大尉は話を私の方に戻した。そして私が黙っていると自分でこの話を続けた。


「武田中尉の今の立場で日本が負けるとは言いにくいだろうが、俺はこの戦、始めから日本に勝ちはなかったと思っている。これから先、日本が戦を続けられるのは良くて一年、そんなものだろう。いいか、皆も聞いてくれ。これから俺達は海軍随一の、そしておそらく最後になるだろう制空戦闘機隊を編成して敵の正面に立ちはだかることになる。しかし我々全員が一人残らず戦死するまで奮戦しようとこの日本に勝利をもたらすことはできないだろう。帝国は、そして我々の海軍は敗北の汚名を被ることになる。

 
それではなぜ我々は命を捨てて戦うのか。それを皆で考えて欲しい。我々は間もなくこの横須賀から四国又は九州地区に移動する。そこでしばらく練成した後に敵の機動部隊艦載機、又はB二九やそれを護衛してくる陸上戦闘機と激戦を繰り広げることになる。

 
俺はこの横須賀に生きて帰ることはないと思う。それが自分の任務だから。しかしそれだけでは割り切れないものがある。貴様達もそうだろう。これが任務だからと只それだけで納得して死ねるか。だから考えよう。俺達が命を捨てて戦う理由を。」

 
最初に応じたのは高藤飛曹長だった。


「隊長、わしらには難しい理屈は分かりませんが、これまでも負けたなんて思っちゃいませんでしたし、これからもアメ公に負けるなんて思いません。日本や海軍が負けたってわしは負けません。他の者だって同じだと思っとります。しかし隊長がそう言うのなら考えてみてもいいですが、幾ら考えてみても何も頭に浮かんで来んですよ。敵がかかってくるからやっつけるだけで、かかって来なければわざわざこっちから出向いてやっつけてやろうとは思わんです。」

 
高藤飛曹長がそう言うと皆がどっと笑った。


「それに隊長はまたここに元気で帰ってくるに決まっています。わしが隊長を殺させはしませんから安心して指揮を取ってください。」

 
高藤飛曹長の言葉に他の者も応じた。


「自分達がついていますから隊長を殺させるようなへまはしません。」

 
その場にいた下士官全員が口々に同じことを言った。


「貴様達の気持ちは本当に有り難い。けれど貴様達が守るものは違うんじゃないのか。守らなければならないものは他にあるんじゃないのか。それを考えてもらいたいんだ。」

 
山下大尉は諭すように言った。


「いい話をしているな。俺も混ぜてくれないか。」

 
引戸の開く音がして聞き覚えのある声が聞こえた。入口の方を振り返ると佐山少佐が両手に一升瓶を下げて立っていた。


「飛行長。」


「なに、賑やかな声が聞こえたから、つい引き寄せられて。邪魔ならば差し入れだけにしておこうか。」

 
その場にいた者全員がストーブの前の一等席を空けて飛行長を招き入れた。


「飛行長、隊長が造ったつまみです。いけますよ。一つやって見てください。」

 
佐山少佐は小鯵のから揚げを摘んで口にいれると湯呑みに注がれた酒を口に含んだ。


「これはなかなかの珍味だ。飛行隊長、料理の腕も上物だな。その調子でこれからも頼んだぞ。」

 
佐山少佐は山下大尉の料理の腕を褒めながら小鯵のから揚げを二つ三つと頬張り続けた。その様子が何とはなしに今ここで燃え上がっていた話題を逸らそうとしているようにも思えた。しかし若い隊員達はそんなことはお構いなしだった。


「飛行長、隊長は『もう日本はいかん。』と言いますが、飛行長はどのようにお考えですか。」

 
一人の下士官が声を張り上げた。そしてその後に高藤飛曹長の鋭い声が続いた。


「馬鹿者、そんなことを飛行長に聞く奴があるか。わしら、戦えと言われたら戦えばいいんじゃ。」

 
戦技、戦歴とも部隊随一の実力者高藤飛曹長の一喝で下士官連中は静まり返ってしまった。


「高藤飛曹長、いいじゃないか。誰も命を捨てて戦う覚悟は出来ているんだ。納得のいく理由を皆で探そうじゃないか。俺は皆に一つ提案がある。ここでは階級は抜きにしようじゃないか。もちろん戦闘や統制については別だ。だがそれを離れたら階級は無しにしよう。自由に皆で意見を言い合おう。そして誰もが納得した上で戦をやろうじゃないか。誰もが納得した上でと言っても難しいかもしれないが出来るだけそうしよう。そして皆で知恵と力を出し合って勝てる戦をやろうじゃないか。」

 
高藤飛曹長を制した山下大尉の言葉に場がざわついた。無理もない。階級がすべてと教え込まれてきた下士官にとって階級を抜きにしようと言う山下大尉の提案は前代未聞のことに違いなかった。


「隊長、わしらは急にそう言われても困ります。これまで命令と階級に従って戦をしてきたのに、いきなりそれを抜きでやれと言われても。」

 
山下大尉は佐山少佐の方に目をやって微笑んだ。佐山少佐は山下大尉に頷いた。


「作戦行動の時はもちろん決められた指揮命令系統に従うさ。ここに集った時は階級抜きで誰もが言いたいことを言えるようにしようとそういうことだ。」


「それなら今までも随分と言いたいことは言わせてもらっていた気がしますが、これ以上もっと言いたいことを言ってもいいんじゃろうか。」

 
高藤飛曹長の言葉にまた場が沸き返った。


「ところで、」佐山少佐が口を開いた。「さっきの質問だが、言いたいことは言っていいことになったのだから俺も答えよう。日本がこの戦いに勝利を得ることは非常に難しい。この場合『難しい』は不可能と同じ意味と理解してもらっていい。後はどうしてこの戦争を終わらせるかということだけだ。

 
しかし、それは我々に出来ることではない。その間、敵は待っていてはくれない。連日その圧倒的な生産力に物を言わせて怒濤のようにこの日本に押し寄せて来るだろう。それを押し止め、敵に日本の国土を蹂躙されないように守っていくのがこの部隊の使命だ。これは生易しいことではないかもしれない。使命を立派に果たしても栄光も賞賛もない。あるのは敗北という屈辱だけかもしれない。それでも我々は命を捨てて黙々とこの戦に身を投じていかなければならない。その極めて困難な実りのない仕事を君達に引受けてもらいたい。」

 
佐山少佐の引きつった悲壮な声が士官室に響いた。今までの明るかった雰囲気が一転して悲壮な重苦しい雰囲気が辺りを包んだ。声を発する者は誰もいなかった。そこに高藤飛曹長がおどけた声を張り上げた。


「つまりアメちゃんをバシバシ落とせばいいってことですな。それなら任せてください。自分の意思で戦をしろとか難しいことを言われると困ってしまいますが、アメちゃんを落とせというのなら、それはもうわしらの十八番ですからなあ。なあ、みんな。」


「飛行長、任してください。帝国海軍の心意気をアメ公に見せてやりますよ。」


「たとえ日本が戦争に負けても俺達は決して負けやしませんから。」


「俺達がいる限り、敵の好き勝手にはさせやしませんから。」

 
高藤飛曹長の言葉に下士官全員が同調した。そしてそれは士官連中にも広がっていった。それから後は飲めや歌えの乱戦状態になって宴会は深夜まで続いた。


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Posted at 2016/09/05 02:04:43

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