2016年09月25日
あり得ないことが、(109)
しかしそうなると関係修復改善はかなり厄介なことになるかもしれない。取り敢えず未だに泣き止まずに泣きじゃくっているクレヨンにもういい加減にしろとちょっと強い口調で泣き止むように言って黙らせた。
「これからどうなるの。」
クレヨンがしゃくりあげながら聞いた。
「何が、」
「伊藤さんとあなたが、」
「そんなの分からないわ。縁があれば戻るでしょうし、そうでなければこれでお終いかもね。」
「ねえ、それでいいの。こんな形で終わってもいいの。」
「良いも悪いもないでしょう。どうやってもだめなものはだめなことがあるんだから。」
人事を尽くして天命を待つと言うわけじゃないが、僕は人と人との関係なんてそんなものだと思っている。やるべきことを尽くして相手にそれが伝わらないのであればそんな関係は何時か崩壊れてしまうだろう。
でも女土方には僕の方に配慮が足らなかった部分があるように思うので折を見てそれだけは女土方に伝えたいとは思っていた。ただし、関係修復が成功しないと女土方のところには戻れないだろうから実質的に住居不定になってしまうのが一番困るところだった。
「暫らくはここにいさせてもらうから。いいわね。」
まず現実的に当面の住処を確保しないといけないのでクレヨンにこの家の一部を暫らくの間僕が住居として占有することを認めさせた。主な生活道具は女土方のところにあるんだが、ここにも着替えは置いてあるし、車や家具を始めとしてその他の生活用具は満ち溢れているので特に問題はなかった。
金融翁なら僕に家賃をよこせとも言わないだろう。こうして当面の実質的な問題をクリアしながら今後の対策を考えたがこれと言った名案は浮かばなかったので、ぐずるクレヨンを抱いてやりながら一緒に寝てしまった。
翌日やや気まずい思いと同時にひょっとしたら女土方もリカバリーしているんじゃないかという淡い期待を交錯させながら出勤したが、女土方は何時ものとおり出勤はしていたもののほとんど笑顔を見せず言葉もかけては来なかった。
午前中何度か言葉をかけてみたが、仕事の話には応じるもののそれ以外は一切黙殺する頑なさに僕の方もやや腹立ち加減になって来て必要以外は声をかけるのを止めてしまった。
午後に北の政所様から週末新体制の発足と顔合わせをかねて社長主催の宴会をするというお達しがあった。この状態で宴会も気が進まないがこれも日本の組織社会の定番と諦めた。しかし、前回とは異なり、出席するのは社長と人事担当の役員だけで後はこの部屋の人間だということなのでやや気が楽になったが、それでも氷のように冷たい女土方の表情を見るとやはりまた気が重くなった。
この件で関係する人物に連絡を取れと言うことだったが、僕が連絡を取るのは言葉屋だけなのでそれはメールで済ました。するとすぐに返事があり「出席する」と書かれた主文に「あなたとご一緒出来るのが楽しみです」と添え書きがあった。
僕のこの追い詰められた苦しい状況も知らずに何がご一緒出来るのが楽しみだ。能天気はクレヨンだけでたくさんだ。それでも口では追い詰められたと言ってはいるもののさすがに元を質せば四十代後半の男性、人生なんてこんなものよというニヒルな開き直りもあり、それほど追い詰められたと言う実感があったわけでもない。
ただ、こうした僕の開き直り的な強さと言うかいい加減さというか、その辺りが極めて繊細な女土方の心理に多大な影響を与えたことはどうも間違いはないようだった。この点については事の成り行きがどうなろうと女土方には謝ろうと思っていた。
気が晴れない割には慌しい日々の時間はあっという間に過ぎ去って宴会の日になった。この日は朝から言葉屋さんが出勤していて語学プログラムの打ち合わせを行った。ただ言葉屋さんの方も余り時間が経っていないので特段目新しいものがあるわけでもなく打合せはあっという間に終わってしまい、その後は語学雑談のようになってしまったが、この男は言葉だけでなく文化や風俗から政治、経済、外交、軍事、科学技術、そしてモータースポーツや車にまで結構な知識があり、つい話が弾んでしまった。そしてそのままお昼に誘われ食事をしながら政治外交からモータースポーツまで様々な話に花を咲かせた。
そう言えば佐山芳恵になってからこんな類の話はとんとご無沙汰で衣類や化粧やエステや男に他人様の噂話ばかり。この手の話は面白くないだけじゃなくて意味が分からない部分が極めて多い。そのため相互の意思の疎通に支障を来たす場合がある。それに引き換え政治や外交、歴史と言った話だと受けも答えも極めてスムーズで意味も良く分かるから意味が通じずに変人扱いされることもない。そんな話題が興味深くまた懐かしくもありつい話が弾んで昼休みの時間を超過してしまった。
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Posted at
2016/09/25 21:34:06
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