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イイね!
2016年09月27日

あり得ないことが、(110)




「いや、あなたがこんな話題にこれほどの知識を持っているなんて思いもしなかった。第一、一般的に言えば女性が興味を抱くような話題じゃないからな。まるで男性と話しているようだった。」

 
言葉屋は大げさに驚いた素振りで僕を見つめた。まるで男と話しているようだって。それは当然だろう、僕は男なんだから。


「もしよければ今日オフィシャルが終わった後にどうですか、ちょっと一献差し上げたいのですが。そして話の続きも。」

 
うーん、これはデートに誘われたと言うべきなのか。見知った男性からは、例えば馬の骨氏とか、濃厚な誘いを受けたことは数多あるが、見知らぬ男性からの誘いは初めての経験だった。


「私でいいのなら。でも私、妹がいるものですから一緒でも構いませんか。」

 
勿論、妹なんかいやしない。まさかとは思うが何かがあった場合の先手としてちょっとクレヨンを使ってやろうと思った。


「え、妹さんですか。そちらが構わなければ私の方は一向に。」

 
言葉屋は特に二人ということは意に留めていないらしかった。もしも僕が男のままだったらあわよくば姉妹合わせてなんて思うかもしれないのに。最もそう思っていてもそれを態度に表すことはしないだろうが。

 
僕達は帰りがけもあまり周囲に頓着しないであれこれしゃべりながら部屋に戻って来た。途中わが社の社員様には何人か会ったようにも思うけど基本的に必要以上に人の顔や名前を覚えられない方なので定かではない。ところがやはり見ている奴はいるものだ。


『佐山芳恵、再び男に目覚める』

 
この噂はあっという間に社内を駆け巡った。スーパータレントじゃあるまいし、僕が男に付こうが女に付こうが他人に何がしの利益があるでもなし、世の中に影響があるでもなし、世の中には暇な御仁もいるものだが、これも浮世の習いかも知れない。

 
部屋に戻ると女土方から「時間に遅れる時は連絡をしなさい」と釘を刺された。特に遺恨を持ってという雰囲気でもなかったし、僕自身も悪かったと思ったので「ごめんなさい」と謝ってこの件は落着した。

 
しかし僕と女土方を巡る状況は確実に悪化の一途をたどっていた。いや、僕自身は関係を悪化させるつもりなど欠片もなかったのだが、どうも全体の状況がそちらの方へと動いているようだった。こういう時は何をしてもうまくいかないものでそうした状況がまた方向を変えて動き出すまで状況を見ながら大人しくしているのが良いというのが僕の結論だった。

 
もっともこれもうまく風向きを見ていないと亀裂が広がるばかりで取り返しのつかないことになってしまうが。

 
午後も資料の収集や整理で終わり遂に大宴会の時が来た。会場は前回と同じ築地だったので僕は言葉屋とテキストエディターのお姉さんにクレヨンを連れて早めに出かけた。女土方は旅行代理店と少し遅れて出るとのことだった。地下鉄の中でテキストエディターのお姉さんから女土方のことを聞かれた。


「ねえ、伊藤副室と何かあったの。」


「うん、いろいろあったわ。私達もうだめかもね。」


僕があからさまに言うとクレヨンが顔を曇らせた。


「難しいのよ、この手のことって。それぞれいろいろと思惑があってね。」


僕には別に思惑などなかったが、あれこれ聞かれるのが面倒なので適当に答えておいた。


「何かあったんですか。込み入ったお話のようですが。」


言葉屋が僕達に尋ねた。


「そう、とても難しい痴話げんか。」


僕が一言そう言うと後をテキストエディターのお姉さんが引き継いだ。


「そうなんです。この人ったらある日、突然大変身してしまって、熱愛真っ最中だった彼氏はあっさりと振り切ってしまうし、うちの会社で一大勢力だった森田派は、そう、今の室長だけど、お尻叩きで壊滅させてしまうし、うちの会社じゃあスーパー佐山、武闘派佐山、男勝りの芳恵なんて呼ばれているの。まさかそんなことがあるはずないけど、ある日、突然人間の中身が入れ替わってしまったように変わったわ、この人は。

 
それでね、知る人ぞ知る、ビアンで有名な伊藤副室とくっついて同棲していたんだけどこのところ二人の関係がおかしいのよ、ろくに口も聞かないし、帰りも別々で。最も帰りは事情があって佐山さんは澤本さんのところに帰ることが多いんだけど。

 
でもねえ、本当に仲良しだったのに。人前でも平気で抱き合ったりして。元々異常な関係なのにこの人たちってそんな暗い印象は全然なくて何だか普通のカップル以上に明るく自然な感じなの。何だかこっちまで引き込まれて飲んだ後に皆で雑魚寝したりおかしな経験をさせてもらったけど。けんかしたなんてどうしちゃったのかしらねえ。」

 
僕はテキストエディターの話を聞くでもなく罪の意識を感じているのか消え入りそうな様子のクレヨンの肩を抱いてやっていた。


「ねえ、まさかあなた達二人で出来ちゃったんじゃないでしょうね。それで揉めてるの。」


「そんなのじゃないわよ。第一、こんなこと電車の中で話すことじゃないわ。」

 
僕はテキストエディターのお姉さんを軽くたしなめて話題をそらした。この時言葉屋の様子をそれとなく見ていた。人の中身の入れ替わりなんてあり得ないことにこの男がどんな反応を示すかそれが見たかったのだが、別にその言葉に対して特段の反応は示さなかった。やはりこの男が元僕である可能性は極めて低いようだ。


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Posted at 2016/09/27 22:05:33

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