2016年10月03日
あり得ないことが、(111)
「何だか奥が深そうな話だなあ。そうだ、佐山さんにはさっき話したんですが、一次会が終わったらここにいる四人でどこかに繰り出しませんか。これからお世話になるご挨拶代わりに私にご馳走させてください。」
「え、いいんですか。」
テキストエディターのお姉さんは二次会に乗り気なようだったが、クレヨンは尻込みしていた。
「伊藤さんが来ないと私行けないわ。」
「そうね、彼女に聞いてみるわ。」
相変わらず体を摺り寄せてくるクレヨンの肩を抱きながら僕はクレヨンにそう囁いた。
宴会は午後六時半から始まった。型通りに社長が挨拶をして乾杯を北の政所様が主催してそれからは歓談ということになった。社長と北の政所様は新来の諸氏に挨拶をして回っていたが、僕と言葉屋は戦国武将の話などで盛り上がっていた。僕は戦国時代や明治維新あるいは昭和初期の動乱期に出現した人間の生き方をたどるのが好きだ。
昭和の初期を除いてこういう時期には傑出した人物が集中して世の中に登場してくる感があるが、この手の人物は平時には逼塞して目立たないだけで何時の世にも何処かにいるのだろう。近年ほとんど傑物が見られないが、その理由は世の中があまりに複雑になり過ぎて一人二人の英傑では世の中をどうにもしようがないからかも知れない。
そうした歴史上の英傑の中でもやはり群を抜いているのは織田信長だろうし、後にも先にもこれ以上の英傑はいないと思っている。とにかく目的のためには神も仏も滅ぼし、あるいは道具に使うという冷徹なまでの合理主義は日本人離れしている。こんな合理主義は永遠に日本人には理解されないかも知れない。ところでかなりの書物に信長が神になろうとしたと書かれているが、それはどうだろう。
神を利用して自分が望む統治体制を作り上げようとしていたかもしれないが、自分自身が神として君臨しようは考えていなかったように思う。信長が本能寺で明智光秀の謀反に遭った時、信長は「是非に及ばず」と言ったというが、親兄弟の血で購っても自分が覇を得ようとするのが戦国時代の掟だった。その時百人足らずの御側衆しか伴わない信長が弱肉強食の掟に照らしてみれば弱者だったことは間違いがない。
明智光秀にしても偶然廻って来た千載一遇の機会を得て、ただその掟に従ったまでのことで、それを良いの悪いのと言ってみても詮無いことだという思いは神でも何でもない人間らしい諦念感に溢れている。だから信長は神を利用することは十分に考えただろうが、自分自身が神になるつもりなど全くなかったのだろうと思うのだ。
こんな話を僕と言葉屋は延々と続けていた。言葉屋は信長よりも秀吉のような機智に富んだ人物が好きだという。僕は信長という人物は政略、戦略の天才、秀吉は戦術の天才だと思う。徳川家康は極めて優秀な秀才行政官だろう。だから彼は天才である信長や秀吉には弓を引かなかった。天才には勝てないことを知っていたからこそ時間の経過に運命を賭けて見事にその賭けに勝ったのだろう。
「いやあ、佐山さんは嗜好も考え方も本当に女性とは思えないな。それじゃあ男が取り付いたなんて言われるはずだ。そういう人も最近は多くなったけど、でも僕は好きだな、そういうしっかりした自分の生き方を持った強い女性というのは。」
しっかりした生き方って今は男よりもしっかりし過ぎている女の方がずっと多いだろうなどど文句を言っては見るものの言葉屋との話は話で面白く際限がなかった。
途中、ちょっと女土方が中座したのを追いかけて外で捕まえて二次会のことを聞いてみたが、「用事があるので時間が自由にならない。」とあっさりと跳ねつけられてしまった。
「私は何も変わっていないわ。どうしてそんなにつまらないことに拘るの。」
立ち去ろうとする女土方に少しばかり腹が立って一言言ってやった。すると女土方は僕の方を振り向いた。
「私のことは放っておいて。あなたに私の気持ちなんか分からないわ。」
「分かるか分からないかあなたが自分の気持ちを言わないと私には何とも言い様がないじゃないの。話なさいよ、あなたの言い分を。」
女土方は僕には答えずに背を向けようとしたので僕はまた腕を掴んでやった。
「離しなさい、あなた話すことなんかないわ。また叩かれたいの。」
どうも女土方の内面は大分に込み入っているようだった。女土方と格闘戦になっても十分に勝てる自信はあったが、今度ばかりは格闘戦に勝利したところで何の解決にもならないのでたとえ先制攻撃を受けても反撃は控えることにした。
ところがそんな僕の深い思いやりにもかかわらず女土方は僕に対する先制攻撃権の行使に何の躊躇いもないようで僕はまた頬を叩かれてしまった。さすがに腹が立ったが、武力行使はしないことに決めていたので女土方の腕を思い切り引き寄せて抱きしめて精一杯のキスをしてやった。
女土方は呆気に取られたのか暫らくは僕の腕の中で大人しくしていたが、突然目覚めたように僕を突き飛ばして体を離した。女土方は僕を睨みつけたが、その両目から幾筋も涙が頬を伝って床に落ちていった。
こういう時はきっと僕の方が相手の心情を察してきめ細やかな対応をしてやらないといけないのだろうけど何と言われても説明を受けないと分からないことがあるじゃないか。だからはっきり言えばいいんだよ、私はこうだと。
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Posted at
2016/10/03 20:23:34
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