2016年11月28日
あり得ないことが、(119)
「突然ごめんね、でも作り物じゃないみたいね。」
ママは僕の胸から手を放すと場合によってはかなり問題になりそうなことをいきなり言った。
「ね、もう一度触ってもいい、直接。」
何だか何かを確認したい様子なので僕は「いいわよ、どうぞ。」と答えた。以前にも話をしたかもしれないが、元男の僕は胸には特に拘りがない。こんなものが見たいならシャツをめくって見せてやっても良いと思っている。男が自分の胸に対して持っている感覚なんて所詮そんなものなんだ。ただ、そんなことをすると「男日照り、佐山芳恵を狂わす」とか「ついに異常性愛に走った佐山芳恵」とか言われそうなので控えているだけなんだ。
「シャツを上げましょうか。」
「いいわよ、そのままで。ちょっとごめんね。」
ママは僕が着ているシャツの襟の隙間から手を入れて暫らく僕の胸を触りまくっていたが、やがて手を抜くと「やっぱり間違いなく本物のようね。」と言った。
「どうして、別に整形なんかしていないわよ。」
「ええ、分かったわ。ごめんなさいね、変なことして。でもね、ちょっとあなたがこの世界の女とは思えなかったのでまさかとは思ったけど確かめさせてもらったの。」
「私が性転換か何かをした男じゃないかって、そういうこと。」
「そう、あなたの考え方はぜんぜん違うのよ、この世界にいる人達とは。誰もあなたのように割り切った考え方をしている人はいないわ。日本ではこの世界の人間はまだまだ日陰者よ。だからみんな負い目を背負って悟られないようにひっそりと息をひそめて生きている。咲ちゃんだって同じよ。淡々と強く生きているように見えるかもしれないけど彼女も内心はびくびくしながらそっと周りの様子を窺って生きているのよ。誰もあなたのように胸を張って堂々と生きている人はいないわ。」
僕はたとえ姿かたちは女でも男として自然の摂理に従って女土方を愛しているだけでやましいことも社会に反することも何もしていない。堂々と胸を張って生きて何が悪いんだ。まあそれにしても堂々と張るほどの胸でもないが、それは僕のせいではない。
「あんなことしてからこんなこと言ったら本当に失礼なことになってしまうかもしれないけど許してね。でもね、あなたはねえ、どことなく男の匂いがするのよ。最初はね、咲ちゃんも良い人が見つかってよかったなって、そう思ってたんだけど、あなたってこの世界の女性とは違うのよね。いえ、今確かにあなたが女性だと言うことは良く分かったわ。でも、」
「確かに私は少し男性的な考え方をするかもしれないけど、こんな場合にそのことが何か問題になるの。男性的なところがあったらいけないの。」
「そうじゃないのよ。咲ちゃんはね、繊細で敏感な子だからきっとあなたが自分とは違うということを感じ取っているんだと思うわ。きっと彼女にとってあなたを手放すのは自分の体を刻まれるよりも辛いことだと思うけど、それでも自分とは違う人間だからこそあなたを元の世界に帰さないといけないと思っているのかも知れないわね。」
「ねえ、ママ、敏感であろうと私みたいに鈍感であろうとこんな時はまず自分に素直になるべきじゃない。相手がどうこうとかそんなことは大きなお世話だし、第一、自分が身を引いて相手を幸せにしてやろうなんてそんなの思い上がりよ。自分のことだけ考えればいいのよ。私はね、人間は自分のことよりも他人や社会のことを考えなきゃいけない時もあると思うわ。でもね、今度は違う。自分のことを考えるべきよ。そうでないときっと後悔するわ。」
「その辺の感覚がねえ、あなたとはちょっとギャップがあるのかも知れないわね。咲ちゃんもきっと苦しんでいると思うから時間をかけてよく話し合ってみたら。私に出来ることがあったら何でも協力するわ。」
「そうね、どっちにしてもきちんと話をする必要はあると思うわ。時間をかけるかどうかは別にしても。」
僕は女土方が僕に遠慮して下がっているのならその時は力づくでも女土方を自分の元に戻すつもりでいた。でもそれだけではなく何となく僕の立ち居振舞いに対する嫉妬もあるような気がするのでその辺は話を聞いてみるつもりだった。
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Posted at
2016/11/29 00:00:57
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