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イイね!
2016年12月11日

翼の向こうに(39)




夕方になるとそれぞれ出かけていた搭乗員が徐々に戻って来て部屋は賑やかになった。高瀬も機体の受領から戻って来て私の寝台に腰を下ろした。


「工場から新しい機体を貰ってきたが、どうもいかんな。質が落ちている。ただ数を作ればいいと言うもんじゃない。型式は一緒でも初期の機体に比べれば今のは全く別物だ。発動機も馬力はカタログデータの三分の二も出ているかどうか。そんなものに粗悪な油を飲ませたら飛んでいるのがやっとで戦争なんかできるものじゃない。

 
もっとも竹槍や明治維新ころのような単発の小銃で戦争をしろといわれている陸軍の連中よりはましなのかな。武田、今の乗り物は大事にしろよ。まだ今の乗り物ならアメリカの戦闘機とも何とか渡り合える。」


高瀬は飛行帽と手袋を寝台の上に投げつけた。


「どうだ、一丁飲みにいくか。」


高瀬はやっと笑顔を見せた。それでも投げやりな笑顔には違いなかった。


「明日は輸送機を護衛して大村に飛ぶ。身の回りの整理もあるので遅くならんのなら付き合おう。」


高瀬は「おや」という顔で私を見た。


「貴様が輸送機を護衛して飛ぶのか。列機は誰だ。」


「島田一飛曹が付く。二番機だ。」


高瀬は納得したように頷いた。


「俺では頼りにはならんか。」


高瀬はまずいことを言ってしまったとでも言うように苦しい笑顔をして見せた。


「そういう訳でもないのだが大型低速機を護衛するのはこの間のような空戦とは違うからなあ。敵機を撃墜するよりも鈍重な輸送機を護ることの方がずっと難しい。今は本土の空ももう戦場だから何時会敵するかわからんし。」

 
私は何も答えなかった。明日の任務に自信がないのは言われるまでもなかった。実戦もたったの一回、輸送機の護衛などどうしていいのかも分からなかった。


「俺たちは俄か雇いの臨時士官だ。そうだな、武田。しかしそれでも海軍士官としてこの国を支えているという誇りは持っている。そうだな。そのわずかばかりの誇りを捨てられるか、武田。」


「どういうことだ。」


「一番機を島田一飛曹に任せるんだよ。あいつなら敵と遭遇しても輸送機を護衛して適切な処置をとることが出来る。なあ、武田、俺は以前から考えていた。何も士官が指揮を執る必要はないと。いや、平時ならそれでも構わん。指揮を取るのも勉強だ。しかし、こんな非常時にはそうはいかん。少しでも能力や経験がある者が指揮を取るべきだ。ここまで来て形式に拘ってそれで負けてしまったら元も子もない。お前に能力がないと言っているわけではない。


しかし実戦の経験なら間違いなく島田が上だ。今、士官の誰かが泥をかぶってくれればそれが定着するかもしれない。定着しなくてもいい。そういう方法もあるということを、そして当たり前のことをしていてはどうにもならないところまで来ているということを我々士官が身をもって知らしめるにはいい機会だから、あえて頼む。お前に泥をかぶってもらいたい。」

 
私はちょっと困ってしまった。高瀬の言うことは尤もだった。島田一飛曹が指揮を取った方が確かに効果的かもしれない。しかし自分の士官としての立場はどうなるのだろう。ただでさえ俄か雇いだのスペアだのと言われている我々予備士官が、経験がないからと言って指揮を下士官に任せたら臆病風に吹かれたの、責任感がないのと言いたい放題言われるのではないか。それは単に自分ひとりの問題ではなく予備士官全体の問題になってしまう。そのことを指摘すると高瀬は「そういうこともあるかもしれないが、言う奴は何をしても言うさ。」と軽く一蹴した。


「とにかく今は当たり前のことをしていたのではもうどうにもならないんだ。何をやっても負けは負けだ。だけどな、それでも戦わなくてはならないのなら局地的にでも勝てる可能性のあることは何でもやってみることも我々士官の義務じゃないのか。無理は言わんよ。貴様が考えて決めればいい。」

 
高瀬は立ち上がって自分の寝台に戻ると飛行服を脱いで作業服に着替え始めた。そして着替えが終わると『さあ、行こう。』と手を振った。町場の料亭で高瀬は酒を飲んでは芸者を相手に陽気にはしゃいだ。しかし私は明日の任務とさっき高瀬の言ったことが気にかかって酒に酔う雰囲気にはなれなかった。そして途中通信や補給などの部隊にいる数人の予備士官が加わったのを潮時に適当に理由をつけて席を立った。その時芸者と戯れていた高瀬が真剣な表情で私の方を見た。


『どうか俺の言ったことを分かってくれ。』


そう言っているような表情だった。部屋に帰って身の回りの整理をしてから寝台に横になったが、明日の任務のこと、高瀬が言ったこと、そして小桜のことが交互に頭に浮かんでは消え、なかなか寝付けなかった。特に昼間は忙しさに追われて思い出す余裕もなかったが夜になるとあの戦争の匂いのしない小さな空間と小桜のことが思い出されて苦しくなった。

 
何度も寝返りを打ってからとうとう起き上がって宿舎の外に出てタバコに火を点けた。春とはいっても夜風はまだ冷たかった。二本目に火を点けた時、後ろに人の気配を感じて振り返った。高瀬がタバコをくわえて立っていた。


「眠れないのか。」


高瀬は煙をゆっくりと吐き出した。


「あれこれ考えるから眠れないんだよ。」


高瀬は煙草をくわえると深く吸い込んだ。


「どうしたら任務を完遂して部下と一緒に生きて帰ることが出来るか、そのことだけを考えるんだ。」


私は黙って頷いた。


「さて戻って寝るとするかい。」


高瀬は煙草を投げ捨てると宿舎に戻って行った。私は水を飲んでから宿舎に戻った。翌朝従兵が起こしに来た時には私は身支度を整えて待機室のいすに腰掛けていた。


「願います。」

 
従兵の言葉に立ち上がると指揮所前に向かった。そして待機所にいた今日の搭乗員の中に島田一飛曹を見つけるとそちらに歩いて行った。下士官搭乗員は私を見ると全員が立ち上がって敬礼をした。私は敬礼を返しながら島田一飛曹に向かい合った。


「今日は上がったら貴様が一番に就け。俺は四番で後ろから全体を見る。」


島田一飛曹は私の言葉に唖然とした表情を浮かべた。


「もう一度言う。上がったら貴様に一番を任せる。分かったか。」


「はい、分かりました。」


島田一飛曹はまだ理解しかねるといった怪訝な表情で答えた。


「戦争に勝つためだ。そして明日の戦いのために全員が生きて帰るためだ。」

 
昨日高瀬から言われたことをそのまま島田一飛曹に向かって言った。それでやっと納得したように笑顔で敬礼をしてから「島田一飛曹、本日護衛任務の指揮を取ります。」と大声を張り上げた。

 
滑走路には紫電四機と輸送機八機が引き出され発動機を始動して待機していた。部下を整列させると手短に申告を済ませ、時間の照合をした後に大声で「本日、空中での指揮は島田一飛曹が取る。任務を完遂して全員そろって無事に帰るぞ。かかれ。」と号令した。

 
先頭に置かれた自分の機体まで走って行って機体の回りを一周して簡単な点検を済ませた。そして操縦席に乗り込むと大きく手を振って離陸の合図をして機体を発進させた。離陸すると編隊を組むために速度を落として列機の集合を待った。全機が離陸して編隊を組み終わると翼を左右に振って島田機に合図を送り、一番機を交代して全体を見渡せるように自分は最後尾に下がった。島田機は飛行場を大きく旋回しながら輸送機の離陸集合を見守った。輸送機は武装した陸攻を先頭に三機づつの編隊を組んで北西に進路を取った。

 
我々は巡航速度の遅い輸送機の上空を蛇行しながら、あるいはその周囲を旋回しながら敵機を警戒した。時折編隊に接近すると銃座に上がって警戒している搭乗員がこちらに向かって手を振っているのが見えた。

 
島田一飛曹の輸送機搭乗員の心情まで考えた誘導は見事だった。輸送機の上空に位置し、また外周警戒のために編隊を離れることはあっても時々必ず接近しては戦闘機の姿を輸送機搭乗員に見せて安心感を与えていた。たった四機の、しかも島田一飛曹を除けばほとんどが技量未熟な搭乗員の操る戦闘機でも戦闘機がそばにいるといないではほとんど丸腰に近い輸送機に搭乗する者にとっては心理的に無限ともいえるほどの差があることを島田一飛曹はよく知っていた。

 
二時間ほどの飛行で我々は何事もなく大村基地に着いた。基地が近づくにつれて高度を下げていく輸送機とは逆に島田一飛曹は高度を取り始めた。着陸する輸送機を敵機から守るためで当然と言えば当たり前すぎるほど当然なことだったが、それを当たり前のこととして適切な方法で実行できる搭乗員は海軍にはもう数少なくなっていた。

 
輸送機が全機無事に着陸したのを見届けてから我々は編隊を解いて順に着陸した。私は列機と離れて高度を維持したままで飛行場上空を旋回し続けた。一旦着陸態勢に入りかけた島田一飛曹は単機で飛行場上空の制空を続ける私に気がついて再び高度を取ると私の横に機体を付けた。


「島田二番、着陸せよ。」


私は島田一飛曹に促した。


「了、了。」

 
島田一飛曹の声がレシーバーに響くと同時に島田機は翼を翻して離れていった。島田機が着陸したのを確かめてから私も着陸態勢に入り滑走路に滑り込んだ。機体の行き足が止まり機体から降りようとして振り返ると輸送機からはしきりに物資が下ろされトラックに積み替えられていた。先遣隊の主計士官が何事か大声で指示をしていたが何を言っているのか声までは聞こえなかった。


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Posted at 2016/12/11 20:50:30

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