2017年02月03日
あり得ないことが、(128)
タクシーでクレヨン宅に帰ると取り敢えずシャワーを使った。クレヨンにもシャワーを使わせようとしたが、酔いと眠気のせいか、でぐでんぐでんでどうにもならないので服だけ剥いでベッドに転がしておいた。
僕の方は徐々に酔いが覚めてくるとさすがに出会ったばかりの男とじゃれ付いていた自分が恥かしくなって来た。女の姿をしているとは言っても元を辿ればマスターと年の変わらない男なのだからそれに甘えるなんてことが少しおかしいのだろう。
それとも女の姿で女として生活しているとやることも女のようになってしまうのだろうか。いずれにしても答えの出ないことをあれこれ考えても仕方がないのだが、かつてないほど女を演じてしまった自分が不思議でならなかった。
入念に体を洗って一晩の夢のような思いをしっかりと洗い流してからバスローブに着替えてタバコに火をつけ買い置きのコーヒーを飲んだ。何だか体の中から疼くような欲求が突き上げてきてこの際クレヨンでも良いから襲ってやりたくなって来た。髪を乾かしてベッドに横になっても突き上げるような欲求は静まらないので仕方なしに完全に正体なく寝入っているクレヨンを抱きかかえて欲求を静めてからやっと眠りに着くことが出来た。
どのくらい眠ったのか僕は遠くに聞こえるシャワーの音で目を覚ました。横を見ると眠っているはずのクレヨンがいなかった。シャワーを浴びているのはクレヨンなんだろう。僕は気だるさに負けてベッドから起き上がらずにそのまま横になっていた。
「ああ、やっとさっぱりした。」
クレヨンがシャワーから裸で出て来た。そして僕の隣にトンと腰を下ろした。
「何時まで寝てるのよ、もう起きなさいよ。しかたのない人ね。」
昨日、いや今日かな、バーで中年男と身を寄せ合って寝ていたくせにやけに元気の良いことを言う奴だ。風呂も入らずに酔いつぶれて寝たくせにお前に言われたくない。
「あーあ、昨日はちょっと過ぎたわね。疲れたわ。あんた、よく起きられたわね。」
僕はベッドから半分体を起こした。まだ完全に起きようという気にはならなかった。
「あなたが『咲子』とか言って私に抱きつくから目が覚めたのよ。でも何とかしてあげないといけないわね、あなたと伊藤さんのことも。」
クレヨンは一人前のことを言ったが、余計に拗れてしまったのはお前のせいだろう。今更自分は何の関係もないようなことを言うんじゃない。それにこいつの知恵くらいで片がつくようなそんなに簡単に右から左へ動くものでもないだろう。
でも僕も女土方を話し合いの場に引っ張り出すにはある程度の強制力の行使も止むを得ないだろうと思い始めていた。あの取り付く島もないような状態では腕ずくでも引っ張っていかないと話があるから来てくれと言ってものこのことついて来ないだろう。
力は間違いなく僕の方が強いんだけど女土方も大柄な女だから簡単に抱えて連れて行くわけにも行かないだろう。クレヨンくらいの小柄な女ならば担ぎ上げて連れて行けるんだけど。まあ格闘戦にでもなるわけじゃないし、こっちの決意を示せばそれでいいだろう。
次に場所だが自宅では鍵をかけられるとどうしようもなくなるし、そんなところでああだこうだと言っていると警察でも呼ばれた日には面倒だし、そうなれば職場で身柄をかっさらう以外にない。職場で決行ということになると連れて行く場所はあのビアンバーしかないだろう。その辺の店で言い争いになったりすると見栄えが悪い。
こうして女土方拉致計画はその全貌が姿を現したとか言うと物凄いことのようだが、要はこっちもそれなりの覚悟を決めて言うべきことをきちんと伝えようということでそれ以上のことは何もなかった。何と言っても僕と女土方は切れてはいけない関係なんだ。
計画実行のX日は女土方が旅行社の担当と打合せをする日を選んだ。この日は相手の都合で夕方の打合せだが、女土方は会社の資料は必ず社に持ち帰り、現場からそのまま自宅に帰ったりはしないのでここで待っていれば間違いなく必ず捕捉出来るんだ。
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Posted at
2017/02/03 22:06:33
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