2017年02月08日
あり得ないことが、(129)
こうして遂に決行の日は来た。午後三時過ぎ、女土方はテキストエディターのお姉さんを連れて出かけて行った。テキストエディターのお姉さんは僕にウィンクしてから部屋を出て行った。女土方の動静は逐一連絡が入ることになっていた。僕は銀行屋との次回の打ち合わせのためのプレゼンを作っていた。しばらくするとテキストエディターのお姉さんからメールが入った。
『副長は、佐山との関係は多分このまま終わるだろうと申し立てている。でも多くを語りたがらない。』
うーん、状況は決して楽観を許さない。でもこれだけ頑なになっているんだから聞かれればこのくらいのことは言うだろう。こんなことで怯んでなるものか。ここは新生佐山芳恵一生の正念場なんだ。僕が男と生きていくなんてことは金輪際出来ないのは明々白々な事実だし、まだまだこの先何十年もある人生を1人で生きていくには淋しいし、俄か女にはこの先まだまだ未知のことも多くて心細い。せっかく女土方のようなすてきな女性が見つかったのだから出来ることならこの先も是非人生を共にして生きてゆきたい。
午後七時ころ、会議が終わったとテキストエディターのお姉さんから連絡が入った。予想通り女土方は会社に戻るとのことだった。僕はクレヨンに先に帰るように言おうと思ったが、言ってもこいつが帰るはずがないので、例のビアンバーに先に行ってママにこれから女土方を連れて行くからと伝えろと指示をした。こういう時はこのバカ女は本当に嬉しそうに「がってん、承知。」とか訳の分からないことを喚いて駆け出して行った。
まだ女土方が帰るまでには小一時間あるので、僕はちょっと喫煙所まで行ってタバコに火をつけた。佐山芳恵になってからいろいろな難問に遭遇しては何とかそれを乗り越えて来たが、今回ほど緊張したことはなかった。
自動販売機の缶コーヒーを飲みながらタバコを二本吸って部屋に戻ると歯磨きをした。何だかこれからデートでもする中年男と言う感じだったが、中身はまさしくそのとおりなので仕方がないのかも知れない。僕は部屋に戻って自分の荷物を片づけて準備万端整えた。
後は女土方を捕捉するだけだ。彼女は帰る前に必ず更衣ロッカーに立ち寄る。だからあの一番最初の時とは逆にそこで捕捉すればいいんだ。もしも捕まらなかったらそれはもう女土方とは縁がないと言うことだろう。
僕は受付の警備員に電話をして女土方が戻ったら本人には分からないようにそっと電話をくれるように頼んだ。受付の警備員は何が何やら分からなかっただろうが、訝りながらも納得していたようだった。後は女土方が帰るのを待つだけだ。そしてそれから三十分ほどして電話が鳴った。
「今上に上がられましたよ。」
警備員がそう言った。僕は「ありがとうございます。」と礼を言うと荷物をかき集めて部屋を飛び出した。そして更衣室の向かいにあるトイレに駆け込んだ。ここにいれば間違いなく女土方を捕捉することが出来る。社内にはもうほとんど人の気配はしなかった。
もう午後も八時を過ぎているんだから当然だろう。暫らくトイレで待っていると廊下に足音が響いて近づいて来た。そっと出入り口に近づいて様子を見るとちょうど女土方が更衣室のドアを開けて中に入って行くところだった。
『我、敵を捕捉し、天佑神助を確信してこれを撃滅せんとす。』
胸がどきどきして何だかこれから決戦に臨む司令官のような心境だった。
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Posted at
2017/02/08 22:04:48
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