2017年03月13日
あり得ないことが、(133)
女土方はそんな僕とクレヨンを見て笑っていたが、やはりどことなく何時もの落ち着いた女土方とは雰囲気が異なっていた。そのせいか酒のピッチも早かった。早いペースで飲むのを止めようかと思ったが、人間たまには飲みたい時もあるだろうと思ってそのままにしておいた。
僕自身は酒をあまり好まない。何か問題がある時に酒を飲んでも酒が問題を解決してくれるわけではないし、飲み過ぎると頭や胃が痛くなるばかりでなく懐にも打撃を与えることになる。だから酒を飲んでも無駄だと思っているし、飲んだからと言って良い気分にもなれない。
でも酒でストレスが軽減するという人もいるのだろうし、そういう人にはほどほどの飲酒は利益があるのかも知れない。しかし、これもあくまでも程々と言う限定条件付の話だ。
そんな僕の趣向とは裏腹に女土方はろくにものも食べずに極めて早いペースで飲み続け、あっという間に呂律が回らなくなっていた。女土方とは鉄のように強靭で冷たい女という意味でつけられたあだ名のようだし、実際に相当強靭な性格の持ち主なんだけど本物の土方歳三でも悩んだり苦しんだりしたのだろうから、ただあだ名を奉られただけの女が弱みを見せて酔い潰れたからと言って誰がそれを責められるだろう。
僕はカウンターに突っ伏してしまった女土方を見てからママに「もう連れて帰るわ。これじゃあだめでしょう。」と言った。
「お願いね。」
ママは酔い潰れた女土方の髪をそっと撫でた。
「うん、これから良く話をしてみるわ。多分大丈夫と思うけど。また報告にくるから聞いてね。」
僕は支払を済ませるとクレヨンに女土方の荷物を持たせてから酔い潰れた女土方を背負った。男だった時なら抱き上げることも出来たんだろうけど、いくらウエイトで鍛えていると言っても女の力では大柄な女土方を抱き上げて運ぶわけにもいかなかった。
ママが呼んでくれたタクシーに乗り込む時に女土方がうなり声を上げるように「気持ちが悪い」と言い出した。いくら何でもあの勢いで飲めば誰でも気持ちが悪くなるだろう。僕はタクシーの運転手にいくらかの金を渡すと「すみません」と謝って帰ってもらった。
そして店に戻ると女土方を洗面所に連れて行って水を飲ませて吐きたいだけ吐かせてしまった。そして女土方が落ち着くまでしばらく休ませてもらった。
「彼女が私の行動が原因でそんなに苦しんでいるなんて考えもしなかったわ。私は彼女と一緒にいればそれでいいと思っていた。私自身彼女から離れようなんて思いもしないのだからそれで気持ちが伝わると思っていた。でも違うのよね、放っておくと宝石でも貴金属でも曇ってしまうように人の関係も手入れしないといけないのよね。かわいそうなことをしたわ、彼女に。」
「そうね、相手に分かってもらう努力って大切なのかも知れないわね。特にこの世界のような特別の関係はね。でも大丈夫よ、あなたたちならきっときちんとお互いに折り目を付けて付き合っていけると思うわ。私、それを見るのを楽しみにしているからお願いね。」
僕はママに黙って頷いた。ママも僕に答えて頷いた。その時女土方はもう深い夢の中だった。もう一度タクシーを呼んでもらって女土方をクレヨンのところに連れて帰った。考えてみればこいつの世話で女土方との間が疎遠になったんだ。
それでも面倒を見てやったのに余計なことばかり言いやがって本当に首をへし折ってやろうか。でもこいつの首をへし折っても刑務所に入れられるだけで良いことはないから止めておこう。
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Posted at
2017/03/13 21:48:03
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