2017年03月27日
あり得ないことが、(135)
「あなたは姿かたちだけは女だけど、本質は女じゃないと思うわ。私にはあなたが一体何者なのか分からないけど、でもそんなことどうでもいいの。私はあなたの優しさが好き。どうしようもないくらい好きなの。」
何だか分からないのはこっちの方だ。一体僕にどうしろと言うんだ。
「ねえ、私にどうして欲しいの。こうして抱いててあげればいいの。」
それで良い訳がないだろうが、突然のことに僕も他に言うことを思いつかなかった。
「そんなのいや。あなたを私だけのものにしたい。誰にも渡したくない。」
クレヨンはもっと強く僕に抱きついて来た。この際だからこいつと一緒になって日本の金融界を牛耳ってやろうか。でも自分の愛娘が女とくっついてしまったら、あの金融翁も血液が逆流してしまうだろう。それに僕自身も為替や金融関係には全く疎いのでいくら日本一の銀行でもあっという間に食い潰してしまうかも知れない。もっとも巨大銀行を食い潰せるくらいならそれはそれで相当な才能かも知れないが。
もう一つの手はここで、ここじゃなくてもいいんだけど、皆で仲良く暮らすことだが、これは男の感覚では成立しても女の感覚では絶対に成立しないだろう。男の場合、同時に複数の女を好きになり、ちょっと気の利いた男ならその複数の女と等距離でうまく付き合っていくことも可能だし、それも全く自然にあり得ることだが、女の場合はそんなことは絶対にあり得ない。そんなことはあり得べからざるものなのだ。
そんなことを考えながら適当にクレヨンを慰撫していたところ、いきなり伸び上がったクレヨンに思い切り唇を奪われてしまった。もうここまで来たら何が起こっても驚いたりはしないし、キスくらいしたければ幾らでもしてやるが、こいつ等も一体どうなっているんだ。でもクレヨンも大分酒臭かったのできっと相応には飲んでいるんだろう。明日の朝になって酔いが覚めればこの淫靡な抱擁もきれいに忘れて平常に戻るかも知れない。
そんなことを思いながらクレヨンのしたい放題身を任せていたが、いい加減口の周りがだるくなった頃、長い長い抱擁が終わってクレヨンは僕から体を離した。そしてもう一度しっかりと僕を抱き締めて
「もう誰にも渡さない。そこで寝ている人にも、絶対に。」と物騒なことを呟くと何時の間にか穏やかな寝息を響かせて寝入ってしまった。
こいつそんなに酔っていたのか。そんなクレヨンを抱き上げてベッドに運んで寝かせてやった。物騒なことを言って僕の心胆を寒からしめた張本人は意外に平和な顔をしてその心を夢の世界へと漂わせているようだった。
僕はソファに戻ってビーフジャーキーの欠片を口に放り込むとビールを一口飲み込んだ。せっかく女土方との関係改善に光明が見えて来たと思ったら、今度はクレヨンの爆弾発言で僕を巡る人間関係はまた混沌とした様相を呈して来た。
これをどう乗り切るかちょっと思いを巡らせては見たものの自分の決心だけではどうにもならないことなのですぐに考えるのを止めてしまった。僕は今ではクレヨンのことは決して嫌いではないが、だからと言ってクレヨンとこの先の人生を共にしようとは思わない。彼女にはそれなりの人生があるのだろうし、またそれなりの社会的な責任もある。
僕はただ請われてここに同居をしているだけなので「さよなら」と一言そう言ってここを出てしまえばそれで終わってしまう。クレヨンがもしも本気だったとしたら暫らくは淋しい思いをするんだろうが、それもちょっと甘酸っぱい人生の試練のようなものだろう。そんなことを思いながらまだクレヨンの唇の感触が残っている口にビールを流し込んだ。
僕は今夜こそ誰が何と言っても女土方を抱いて眠るつもりだった。誰が何と言っても彼女の温もりを感じながら穏やかな気持ちになってまどろむつもりだった。でもこれじゃあ女土方にもクレヨンにも張りつけないじゃないか。
何だかご馳走を目の前にしてお預けを喰らっている犬のような気分だった。そんなことを考えながらクレヨンが持って来た缶ビールを飲み終わっては潰し、飲み終わっては潰して結局皆飲んでしまった。そしてそのままソファに仰向けになると複雑な思いを抱えたまま夢の中へと落ち込んで行った。
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2017/03/27 23:06:03
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