2017年04月07日
あり得ないことが、(136)
翌朝、もう朝とは言えない時間だったが、クレヨンに「女土方がいない」と起こされた。起き上がろうとすると僕の体に昨日女土方にかけてやったケットがかかっているのに気がついた。きっと女土方がかけてくれたんだろう。ベッドには着せてやったTシャツがきれいにたたんでおいてあり、その上にシールで封をした小さなメモが置かれていた。
『迷惑をかけてごめんなさい。昨日はいろいろありがとう。あなたの気持ちは良く分かりました。明日の日曜、家で待っています。』
メモには女土方の手でそう書いてあった。これで関係修復はほぼ完了したことになるが、次の問題はクレヨンの方だった。昨日あれだけ騒いだクレヨンが今日はどう出てくるかその辺りを見極める必要があった。もっとも姿かたちは男ではないので先に手を出したとか出さないとか言う言い争いがないのは気楽には気楽だった。僕はクレヨンが昨夜のことをきれいさっぱり忘れていてくれるのではないかと淡い期待を持っていた。
『私はあなたが思っているほどバカじゃない。』
昨夜はクレヨンはそう啖呵を切っていたが、僕はクレヨンが思ったとおりバカなことを祈った。しかしそんな淡い期待はすぐに木っ端微塵に打ち砕かれた。
「ねえ、昨夜、私が言ったことを覚えているわよね。あなたの答えが聞きたいわ。昨日言ったことについて。あなたの真面目な答えが。答えてくれるわよね、私に。」
この一言で僕は木っ端微塵のバカに木っ端微塵にされてしまった。
「うーん、何があったっけ。良く思い出せないわ。」
僕は寝ぼけた振りをしてちょっと韜晦戦術に出たが、これもいきなりクレヨンのディープキッス攻撃であっさりと打ち砕かれてしまった。
「どう、これで思い出した。」
口の周りが涎だらけになるほど強烈なキッスでもうこれ以上とぼけるわけにも行かなかった。
「もう、起き抜けから涎が垂れるほど濃厚なキッスなんかしないでよ。まだ半分寝てるんだから。」
僕は一応クレヨンに文句を言っておいてから何と答えようか考えた。そして「ねえ、優しい亜矢乃さん、冷たいコーヒーを持って来て。」と言ってクレヨンにコーヒーを取りに行かせた。僕なんかコーヒーのパックはスーパーか何かで安いものを買うんだけどここのコーヒーは「●●●コーヒー」といったブランド物で内容は似たようなものなんだろうけど僕なら間違っても買わない高級品だった。
その高級品のコーヒーをグラスとパックごと持って来たのでグラスにどっぷりと注いで思い切り飲んでやった。程よい苦味とほんのりした甘味が喉に心地良かった。やっぱり高級品は違う。
「さあ、落ち着いたでしょう。答えを聞かせて。」
クレヨンは畳み掛けるように僕を問い詰めた。あの時会社で部長に引き継がれてクレヨンと出会って以来こいつにここまで追い詰められようとは思いもしなかった。
「あんたねえ、好きだとか嫌いだとか何を言ってるのよ。あんたは日本の巨大銀行の頭取の愛娘でしょう。その愛娘が、男ならいざ知らず、こともあろうにわけの分からない女とくっついてどうするのよ。それこそあんたのお父上は血液逆流させてしまうわよ。
あのね、それは私はこれまで数えきれないくらいあなたの人格を否定するようなことを言ったりやったりして来たわよ。それは否定しないわ。でもね、本当に嫌いだったらこんなに一緒に眠ったり抱き合ったり食事を共にしたり出かけたりして生活を絡み合わせたりはしないわ。
あなたのことは好きよ。でもね、あなたは私や彼女とは違う人よ。私達のように他に生き方がないわけじゃない。心の傷が癒えたらまた自分の足で立って歩き出さないといけないのよ。今度は間違えないようにね。
でも私達はいつもあなたと一緒にいてあげるわ。別に見放すわけじゃない。いいわね。あなたのことは好きよ。だから分かってね、私の言うことを。」
「あなたの言っていることは良く分かるわ。正論だと思う。でもね、それが正論かどうかなんて私には関係ないわ。あなたが女かどうかも関係ないわ。私はあなたが好きなの、それが今の私には一番大事なことなの。あなたが言うことは分かったわ、一応考慮するけど私の言うことも分かってね。」
ブログ一覧 |
小説 | 日記
Posted at
2017/04/07 18:17:02
今、あなたにおすすめ