2017年08月21日
あり得ないことが、(146)
翌日僕は朝食を済ますと勇んでクレヨン宅を出た。クレヨンは「夕方までには必ず帰って来て」と耳にタコが出来そうなくらい繰り返していたので戻って来るならばこの家の車を借りて行くことにした。
女土方の家には駐車場がないのでどこか近くのコインパーキングを利用することになるが、一日でも二千円前後なのでこの際細かいことは抜きにしておこう。今日はとにかく早く女土方のところに行くことが大事なんだから。
お買い物用高級車を乗り出すと女土方の家にまっしぐらに向かった。高性能エンジンを積んだこの車はアクセルを踏めば踏むだけ速度が出るだろうが、交通取締りに絡め取られては話にもならないのでその辺はうまく調整しながら快調に都内を走り抜けた。
女土方の家の近くの鉄道の駅の方に回ってコインパーキングを探した。そして適当なところに車を停めてそこからは歩いて女土方の家に向かった。
早く会いたくて気が急くような気持ちもあれば女土方がどんな出方をするのか少しばかり気になって足が鈍るようなところもあった。しかしそれは内面の問題で足は何時もと変わらずに目的地に向かって動いていた。
いよいよ女土方の家の前に立ったが、考えてみれば鍵を持っているのだからと思い、そのまま鍵を開けて中に入った。
「ただいま、帰ったわ。」
玄関を入って声をかけるとすぐに女土方が出て来た。
「ずい分久しぶりだけど無事に帰って来たわ。」
玄関に出て来た女土方に向かってそう言うと女土方は黙って肯いた。そして僕に手を差し出すと玄関から上にそっと引き上げ、「ごめんなさい」と小さい声で呟くように言った。
「いいのよ、そんなこと。私も悪かったんだから。」
僕は手を取った女土方を自分の方に引き寄せるとしっかりと抱き締めた。懐かしい女土方の感覚が僕を包み込んだ。男と言う生き物は嫌いでなければ基本的には誰でも受け入れられるのでクレヨンを抱いても悪くはないが、やはり情感というものが違うとこれほども受ける側の心に訴えかけるものが違うのだろうか。
僕たちはそのまま寄り添いながら階段を上がってあの真紅のベッドへと倒れ込んだ。そう言えば最初にここに来た時この真紅に興奮して女土方とことに及んだんだっけ。そして僕たちはそこに昼過ぎまで一緒にいた。
「私、どうしてあんなに意地を張ってあなたにひどいことをしてしまったんだろうってずっと後悔していたわ。でもどうしても素直になれなくてあなたに当り散らしては後でどうしようもないくらい落ち込んでいたわ。
何度もあなたを叩いたりして本当にごめんなさい。私ってどうしてあんなことしてしまったのかしら。」
「もう良いわ。あなたにも譲れない一線ってあったんでしょう。終わったことだから忘れましょう。あなたとはこの先ずっと仲良く暮らして行きたいわ。それでいいわよね。」
女土方は僕の言うことに黙って肯いた。僕は女土方に笑顔で肯き返してベッドから立ち上がった。そして脱いで投げてあった衣類を拾い集めると手早く身に着けた。
「喉が渇いた。それにお腹も減ったわ。もう昼だから何か食べよう。」
女土方はまだシーツを体に巻きつけてベッドに横になっていた。
「何も買っていないの。ほとんど外食か出来合いの持込だったから。」
「そう、じゃあ何か買ってくるわ。ちょっと待っていてね。」
僕は女だけれど女のように外に出るのに一々念入りに顔を作ったりはしない。髪をばさっと揃えて絡み合いで落ちてしまったファンデーションと口紅を軽く塗り直してそれで外出してしまうつもりだった。どうせ男にもてたって困るだけだからきれいになる必要なんか欠片もないと思っていた。
女土方が何とも言わないうちに外に出ると駅前に行ってパンやらハム、ソーセージやら果物を買い込んで戻って来た。その時は女土方ももう着替えを済ませてリビングにいた。
ブログ一覧 |
小説 | 日記
Posted at
2017/08/21 22:14:42
今、あなたにおすすめ