2021年07月08日
佐山芳恵再び、・・(^。^)y-.。o○(93)
僕はこれまでずっと犬派で犬は何度か飼ったことがある。どんな犬が好きかというと長毛の大型の洋犬が好きで最後に飼ったのはオールドイングリッシュシープドッグの雄で体重はもっとも元気なときは60キロ以上もあった。この犬とはほとんど一緒に生活していたので犬の方も自分が人間と思っていたのかもしれない。
車が大好きで車で出かけようとすると一目散に乗り込んで車から降りなくなってしまう。仕方がないのであちこち一緒に連れて行った。仕事で出かけなければいけないのにどうしても車から降りなくて職場に連れて行ったこともあった。
この犬は大型犬の割には長生きで16年も生きて死んだ。犬が死んだときはもう二度と犬を飼うまいと思ったほど辛かった。この犬は大型犬の割にはおとなしくて他人に吠えかかるようなことはなかったが、郵便屋だけはなぜだか猛然と怒って吠えかかった。このオールドイングリッシュシープドッグはむく犬などと言われ顔に長毛がかぶってぬいぐるみのようなかわいらしい印象だが、本来は羊の群れに襲いかかる狼などと戦ってこれを撃退するための戦闘犬で顔にかかった毛をまくり上げると耳の下まで口が割れて大きな牙が生えたその口はまさしくオオカミを思わせる面構えだった。
ほかの犬と喧嘩をしたことはなかったが、一度だけ離れた中型の日本犬2頭がちょっかいを出してきたときは嚙みつくのではなく大きな体を生かして体当たりで吹っ飛ばして撃退していた。
今でも犬が好きだし、セントバーナードやグレートピレネー、ニューファウンドランドなどの大型犬を飼いたいと思うが、生き物を飼うその責任の重さを考えると二の足を踏んでしまうし、死なれた時の喪失感を思うと「やっぱりもういいかな」と思ってしまう。
そんな犬好きの犬派なのだが、最近はネズミなのかモグラなのかハリネズミなのか訳の分からない狆ころ犬が大増殖してしまい犬に幻滅してしまった。犬に服を着せてカートに乗せたりバッグに入れてお散歩って一体どういうことだ。ブルドッグやボクサーなどの短毛犬の場合は冬などに防寒のためにケットをかけたりするが、長毛犬にジャケットを着せたりするのは何の意味もない。
本来肉食獣であるはずの犬だが、その誇りを忘れ去ったような犬族の体たらくを見ているとまだネコ族の方が肉食獣のプライドを保っているようでその点に関しては好ましい。大ドラ公もゴロゴロ寝てばかりいるが、先日のグレートデンとの戦いではまるで野生の獣そのもののような闘争心をむき出しにして自分の何倍もある大型犬を撃退した。あの野生むき出しの闘争心には敬意を表したい。猫という動物はけっこう好戦的で大きな相手にも物おじしないで向かっていくようだ。
そんなわけであれ以来僕と大ドラ公は急速に接近して何だかラブラブの生活をしている。朝会社に行くときは部屋の入り口で見送ってくれる。帰るとグエグエ言いながら寄ってきてまとわりつく。食事が終わってベッドに転がると腹の上に乗ってくる。大ドラ公もネコとしては異常なほどの大型なので重くて仕方がない。抱えて放り出すといかにも恨めしそうな顔をして「グエ」と鳴く。
知的美人がすり寄ってくると「シャア」と鋭い声を出して威嚇する。知的美人は「このバカ猫、‥」とか言って団扇やはたきで戦っている。成熟した美人が団扇を手にドラ猫と戦っているのはずいぶんと滑稽な光景でもあった。知的美人とは相性は悪いようだが、クレヨンとはさほど関係は悪くはないようで時々大ドラ公、クレヨンお膝の上でくつろいだりしている。
女土方は生き物は苦手というだけあって猫を見ても手を出すこともなく敬遠している。大ドラ公もこれはダメだと分かるのだろう。お互いにほとんど相手を無視しているようだ。こうして大ドラ公が加わってもともとおかしな生活はさらにおかしな方向へと向いて行った。
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小説3 | 日記
Posted at
2021/07/08 14:28:01
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