「次は何が起こるのか」。長野県飯田市と静岡県浜松市を結ぶ「三遠南信道」工事で、最難関とされた両市境の「青崩(あおくずれ)峠トンネル(仮称)」(4998メートル)の掘削現場は常に緊張に包まれていた。もろい地質に苦しめられ、トンネル工事の専門家が「最近の道路トンネルの中では極めて厳しいものの一つ」と指摘する難工事に。特に静岡県側(2144メートル)は苦労の連続だった。約4年の年月を経て、5月26日の貫通にこぎ着けた現場の担当者たち。どのようにして困難を乗り越えたのか。
破断して飛ぶ金属ボルト 戦いが始まる
静岡県側から本坑の掘削が始まったのは2019年7月、そこから掘ること約800メートル。全体にもろい地質が続く中でも、掘削作業は比較的順調に進んでいた。1年余が過ぎた20年9月、ここから掘削パターンがDからEへと切り替えられた。先行して掘られた調査坑で分かっていた「F21」断層に差しかかる場面だった。「トンネル工事の発注段階でEパターンが盛り込まれている事例は全国的にも非常に少ないのです」。静岡県側の本坑工事の現場代理人・湯本健寛さん(45)=長野市出身=はこう話す。トンネル掘削の先端「切り羽」は、半円形のH鋼を据えた後、コンクリートを吹き付けて固める。さらに、トンネルの内側から周囲の岩盤に向けて、放射状に長さ4メートルの金属棒「ロックボルト」をモルタルとともに打ち込む。標準的なEパターンの強度は、Dパターンに比べてロックボルトで1・6倍、H鋼は1・8倍、吹き付けコンクリートでは2倍になる。Eパターンに替えて数十メートル進んだ時、掘削現場に緊張が走った。「(ロックボルトを締め上げてある)金属ボルトが破断して飛んできます」。その数は約10個に上った。トンネルを押しつぶそうとする力がじわじわと強まっていることを物語っていた。Eパターンについて湯本さんは当初、「『過大ではないだろうか』。そんなイメージも持っていました」。それが、あっけなく壊れる現実に直面。「ショックでしたね。自分たちで対策を考えなければならない。そうでないと、ここから先は掘れないかもしれない」。湯本さんらの青崩峠トンネルとの本当の戦いが、この時から始まる。
複雑な地質 「掘ってみなければ分からない」
青崩峠トンネルの東約500メートルには国内最大級の断層「中央構造線」が南北に走る。その影響もあり、地盤全体が複雑にもまれた状態になっている。本坑のすぐ西側に掘られた調査坑とは中心線で30メートル離れているだけ。それなのに掘削面に現れる岩は調査坑とは大きく異なっている。技術検討委員会の専門家からも「こんなに違うのか」と驚きの声が上がったという。まさに「掘ってみなければ分からない」状態での作業が続いていく。
飯田市美術博物館の客員研究員で、飯田下伊那地方の地質に詳しい坂本正夫さん(75)=飯田市=は青崩峠一帯についても長年、地質調査をしてきた経験がある。「九州から中部地方にかけて東西方向に延びる中央構造線は、青崩峠付近では南北方向になっている。そこには大きな構造的な変化が加わっている」と指摘。さらにトンネル上の厚い岩盤も重なり、厳しい掘削状況にあったとみる。入り口からの距離が1200メートルを超えた21年2月、掘削面に向かって左側の壁にひびが走った。ロックボルト先端の金属ボルトの下に敷いた一辺15センチ、厚さ9ミリの鉄製プレートが反り返るようにゆがんでいく。耐えきれずに破断して飛ぶ金属ボルトも。幅が約100メートルもある「F19」断層に差しかかっていた。どう対処すべきなのか―。トンネルの強度を増すためには、半円形のH鋼の形状を変えるのも一法となる。ただ、新たなH鋼が出来上がるまで約2カ月かかる。「その間、工事が止まってしまう」。現場の作業を止めない方策として吹き付けコンクリートの厚さを増すことに。25センチを35センチ、さらにF19断層を越えた後は45センチに。ロックボルトの数も増やして周囲の岩盤を安定させた。
求められる「次の一手」 超高強度吹き付けコンクリートを開発
20年夏からは最後の500メートルの掘削方法の検討が始まる。ここはトンネル上部の岩盤の厚さが増していく部分。最終的な厚さは600メートルを超える。技術検討委員会では三つの方法が検討された。(1)中心部を先に掘った後に全体を掘る(2)トンネルの断面をまん丸にする(3)「H鋼+吹き付けコンクリート」を二重にする―。(1)は新たな機器の導入が必要になり、工期や費用がかさむ。(2)は掘削断面が大きくなり、メリットを得にくい。こうした検討を踏まえて採用されたのが(3)の工法だった。残り370メートル地点。ここから(3)による掘削が始まる。二重となる吹き付けコンクリートの厚さは外側が35センチ、内側は25センチ。二重になる分、掘削断面はこれまでより一回り大きくなった。
この対策によって掘削作業は順調に進んでいった。それでも、湯本さんらは安心することができなかった。「吹き付けコンクリートの厚さを外側45センチ、内側45センチにする策も考えました。しかし、この場合、H鋼の形状を変える必要があります。導入にはやはり2カ月かかってしまう」何としても、次の一手を用意しておく必要があった。そのためにはどうすればいいのか。着目したのは吹き付けコンクリート。コンクリートそのものの強度を増す方法を検討することになる。コンクリートの強度はセメントと骨材(砂・砂利)、水の配合割合によって決まる。さらに、吹き付けコンクリートには固まるのを早めるために「急結剤」が使われる。これを多く配合するほど早く固まるものの、その分、強度は落ちてしまう。そこで、本社のトンネルグループと急結剤メーカーを交えて検討。こうして超高強度吹き付けコンクリートを完成させたのだった。その強度は外側35センチ、内側25センチの厚さで54N(ニュートン)/平方ミリメートル。Dパターンの3倍、当初のEパターンの1・5倍の強度となった。23年1月、最後の難関となる「F16」断層が近づいていた。残りの長さは146メートル。「満を持して、最後のカードを切ることになりました」。トンネルの南方約500メートルの場所にある専用のコンクリートプラントで作られた超高強度吹き付けコンクリートが掘削面に投入された。国内で初めての使用だったという。このまま掘削は順調に進み、5月26日午前10時ごろ、本坑は貫通する。
困難の克服 欠かせない連携
湯本さんは建設会社に入社してから、ずっとトンネル畑を歩んできた。青崩峠トンネルは5本目。初めての単身赴任となった。調査坑の掘削も踏まえて地質のもろさが指摘されており、本坑でも難工事の連続に。入り口から1200メートルを超えた辺りからは20メートルごとに掘削方法の検討を迫られた。それでも、「次に何が起こるんだろうと、わくわくしているところもあったのです」。最後の超高強度吹き付けコンクリートのカードを切った時には、これで貫通までいけるとの確信があったという。5月26日の貫通の瞬間は安堵(あんど)の思いで見守った。「これだけ考えることができるトンネルはなかなかありません。工事を進めるために、当初の設計も変えながら対策を練りました。橋などの建設では設計を変えることはまずありません。青崩峠トンネルでは、それほどまでに現場の判断が大きかったのです」これだけの難工事でも、静岡県側の掘削作業が止まることはほとんどなかったという。困難の中でも工事を着実に進めることができた背景には何があるのか。「現場のスタッフ、発注元の国交省、技術検討委員会、長野県側を掘った建設会社、それに自社のトンネルグループ。こうした中での連携が良かったのだと思います」技術検討委員会の委員長を務める東京都立大学の砂金伸治(いさご・のぶはる)教授(トンネル工学)は言う。「実際に掘ってみないと分からない部分もあり、1カ月に1回以上のペースでトンネルの現状データを基に検討を重ねました。その中で地山(地盤)の性状を把握するためにサンプル採取を追加で求めたこともあります。大きなトラブルが起こってからの相談ではなく、常に次の対策を練っていくことができたのが大きいです」(文・編集委員 藤森秀彦、写真・編集委員 宮坂雅紀)
三遠南信道とは
長野県飯田市の中央道・飯田山本インターと静岡県浜松市の新東名高速道・浜松いなさジャンクションを結ぶ高規格道路。矢筈トンネル(飯田市―下伊那郡喬木村境)や青崩峠トンネル(仮称、長野―静岡県境)、愛知県を経る延長約100キロ。三遠南信地域(東三河、遠州、南信州)のネットワークの形成を目指す。
記事が長いのだけどこの道路、現在のトンネル掘削技術では掘削不可能とか言われた青崩峠トンネルが開通した。ネットなどでは100年経っても開通不能とか点線酷道とかいろいろ言われていたが、よくぞ開通させたよなあ。三遠南信道浜松引佐から鳳来狭間はよく走ったけどほとんど山の中のトンネルばかりであまり楽しくない道路だった。青崩峠はフォッサマグナが通っていて地層がぐしゃぐしゃに崩れていてトンネルを掘るどころではないとか言っていたが、何とか対策を考え出して工事を進めてしまうのは日本らしい。今は新東名の新秦野ICの先のトンネル工事で苦労しているらしいが、この調子では何とかなるだろう。ただ三遠南信道全線開通の見込みは未だ立っていないというが、青崩峠トンネルが開通したことで全線開通に弾みがつくだろう。しかし今後の維持管理も大変だろう。最近は東西に走ってこれまでの幹線高速道路をつなぐ対面通行の簡易型高速道路の建設が盛んだが、通過する場所が深山奥山なので建設も大変だろう。山も掘ってみないと何が起こるか分からないからねえ、・・(◎_◎;)。
ブログ一覧 |
その他 | 日記
Posted at
2023/07/23 00:06:29