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2016年05月22日 イイね!

あり得ないことが、(79)




「さあ食べよう。七面鳥なんて珍しいじゃないか。」

 
社長はナイフとフォークを手に取ると料理を貯め始めた。北の政所様も「美味しそうね。」と言うと料理に手をつけ始めた。女土方もラズベリージャムが添えられたターキーを器用に切り分けて口に運んでいた。ここにいるのはどいちもこいつもアブノーマルばかりなんだからこのくらいのことでは驚かないのかもしれない。何だか僕だけ緊張しているのもばかみたいなので料理を楽しむことにした。


「僕たちのことを不道徳な奴等だと思うだろうけどそんなに関係を続けていたわけじゃない。その頃ちょうど冴子が仕事にもある男性との交際にも行き詰まって僕のところに転がり込んで来た。その後はお定まりなんだが、こいつ当時はちょっと荒んでいて以前の男とよりが戻りかけていたり込み入っていたんで。女性は複数の男性と関係があっても妊娠すれば誰の子供か分かるというがどうなんだろう。冴子はいくら尋ねても何も言ってはくれないし。」


「私の子供だということは間違いないわね。」


北の政所様が微笑んだ。


「その後またいろいろとあって結局子供を欲しがっていた今の家に養子という形で預けることになったの。その当時のことを詳しく話してしまうとややこしいことになるから言えないけれど、でも自分で育てなければいけなかったのよね。あの子には本当に悪かったと思っているわ。」

 
北の政所様は複雑な心境であるべきところをかなり淡々と語った。そんな訳だから実際に淡々としているのかそれとも敢えてそう振舞っているのかこの女の本当の心の内側は見えなかった。


「いろいろ訳ありなんだろうとは思っていましたがそういうことだったんですね。分かりました。でもこれからどうするんですか。あの子のことを。私達だって何時までも一緒にはいられませんけど。」


僕がそう言うと女土方が口を挟んだ。


「あの子ももう大人なんだから一緒にいてやることはないんじゃないの。何かあった時や淋しい時に相談相手になってやれば十分だと思うし、それ以上のことは出来ないと思うわ。あの子はこれまでいろいろなものを背負い過ぎていて自分を磨くなんてことにまで手が回らなかっただけで本当にお馬鹿さんじゃないでしょう。

 
今度企画室に配置になったら彼女が自分を磨くことにそれなりに手を貸してあげられるかもしれないじゃない。ねえ、あなたはあの子のことをサルだのばかだのと言うけれど本心は違うんじゃないの。あの子もあなたを慕っているし結構なついているじゃない。私も手を貸すから面倒を見てあげましょう。今ここであの子を見放したらかわいそうだわ。」

 
どうしてもこういう状況になると手を差し伸べてしまう女土方はクレヨンにとても好意的な見方をしているが僕は本当にクレヨンはただのばかだと思っている。ただ根っからの根性曲がりではないようには思う。それから確かに背負っているものが重過ぎたということはあるのかも知れないが、自分を磨けなかったということは本人の自覚や努力が足りなかったせいでクレヨンの周囲にばかり責任を押し付けるのは間違っていると思う。企画室の体制について事ここに至っては僕がいくら反対してもどうにもならないだろう。だからそれについてはもう受け入れざるを得ないのかも知れない。

 
しかし世の中というのは平和そうに見えてもいろいろと事情があるものだな。僕はクレヨンが社長と北の政所様の子供だと信じているがこんなことは世間にはけっこうありふれたことなのかも知れない。それとも僕が佐山芳恵になってから世間の異常な人間関係を招き寄せるようになってしまったんだろうか。


「彼女を非常勤で使うということは分かりました。会社の決定事項というのならそれはそれでけっこうです。でも彼女の大学はどうするんですか。彼女はまだ大学生ですよね。」


「そう、そのとおりだ。そのことは彼女の父親とも相談しなくてはいけないが、当面大学は休学させることで向こうも冴子も了解している。もう少し彼女自身が落ち着いた時点でそれから先のことを考えればいいと思っている。」


「もう一つお聞きしても良いですか。」

 
何だかややこしい状況の中へと引きずり込まれて行く僕にとっては聞きたいことや確認しておきたいことはたくさんあった。


「彼女を企画室で使うということは親子が同じ職場で勤務することになります。親は私の上司でもある人です。でも今度新しい体制になったら私は誰にも遠慮はしないで彼女を使いますがそれでよろしいのですね。」


僕は社長と北の政所様を交互に見据えてやった。


「かまわないわ。私はそういうところには私情は挟まないから。あなたの部下になるんだからあなたが思うようにしたら良いわ。」


社長も北の政所様に何度も頷いた。


「僕はそれを期待しているんだ。佐山さんのその厳しさを。もっとも佐山さんと言うよりもニュー佐山さんと言った方がふさわしいかな。」

 
僕は社長の言葉に驚いて切りかけたターキーの肉を大きく滑らせて無様な音を立ててしまった。やはり分かるんだな、僕が、あ、いや、佐山芳恵が変わったのが。もっともこれだけ派手に立ち居振舞っていればそんなこと当たり前のことか。


「ねえ、森田さんは社長さんのことを愛しているの。」

 
女土方が落ち着いた口調で静かに尋ねた。北の政所様はナイフとフォークを操る手を止めて女土方を見た。


「どうして、そんなことを聞くの。」

 
北の政所様が穏やかに応じた。どうもこいつ等が向き合うと何とも言えない迫力がある。剣豪同士が剣を構えて向き合っているようだ。


「いえ、こんなこと余計なことなんだろうけどちょっと聞いてみたかったの。あなた達を兄弟にしてしまうなんて神様も罪なことをするわね。」


「そうね。」


北の政所様はまた手を動かし始めてターキーを切り分けると口に運んだ。


「好きよ、彼のこと。好きと言うよりもきっと愛しているんだと思うわ。私ね、たくさん恋をしてきたけど結局恋と愛の違いがよく分かっていなかったのね。恋をするたびに今度こそこれが本当の愛だと思ったけれどその度に失望させられたわ。

 
そうして傷ついて戻って来ると彼がいたわ。彼は何時もそうして戻ってくる私を暖かく迎え入れてくれたわ。私も彼といると気持ちが安らいで安心出来るの。傷ついた自分が癒されていくような気がするのよ。でもそれが愛だなんて分からなかった。兄弟だからって思っていたわ、何年も年を重ねるまで。

 
それは分かっているわよ。それは世間では許されないことだって。でもそういう人がたまたま血縁関係のある人だった。それだけのことでしょう。もう私達の人生も半分以上終わったわ。もう少しがんばらないといけないけどその後は穏やかに残りの時間を過ごすことが出来れば良いなと思うけどね。

 
良いことをしているなんて思わないけどごく身近な人を除いて迷惑をかけているわけじゃないし法律に背いている訳でもないわ。しようと思ってしたことでもない。気がついたらそうなっていただけ。誹りは受けるわ。でも多かれ少なかれ他人を本当に非難できる資格のある人がこの世の中に一体何人いるのかしら。一体誰が本当に私達を非難出来るのって思いはあるわ。でもこれって開き直りかもね。でももういいのよ、開き直りでも何でも。

 
あなたは良い人が見つかってよかったわね。外見は厳しくて素っ気無さそうに見えるけどとても優しい良い人ね、佐山さんって。さっき彼がニュー佐山さんて言っていたけど本当にそうね。全く別人と言うくらいに変わったわね、彼女。

 
そうだ、どうしてそんなに変わったの。沖縄でも聞いたけどそんなに急に変わった理由が分からないわ。でもとても興味があるから是非聞きたいわね。佐山さんの変身の秘密って。」

 
北の政所様がまた変なことを言い出した。自分のことをはぐらかすために人をだしに使うんじゃない。変わった理由なんて何度も言っているじゃないか、自分達で。全く別人になったからだよ。


Posted at 2016/05/22 01:57:21 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説 | 日記
2016年05月20日 イイね!

あり得ないことが、(78)




「澤本君のことはあなた達にはきちんと説明しなくてはいけないだろうな。」

 
社長はそう言ったが一体何を説明するというんだ。あれはさる銀行頭取のばか娘ではないのか。何だかとんでもない事実でも出て来そうで重苦しい上にどきどき動悸がして来た。


「そうだ、ちょっと早いけどどこかで一緒に昼を食べないか。森田さん、例の場所を予約してくれないかな。」

 
社長が北の政所様に向かって変なことを言い出した。この重苦しい雰囲気を引きずって昼飯なんか食いたくないのに。北の政所様は黙って社長室を出て行ってしばらくして戻って来た。


「予約が取れましたがすぐに出ますか。」


「ああ、そうだな。ちょっとお二人の上司に断っておこう。」

 
社長は電話を取って総務部長と企画部長に打ち合わせがあるから僕たちの身柄をしばらく預かると電話をした。社長に自分の部下の身柄を預かると言われてだめだと言う奴はいないだろう。こうして僕たちは晴れて勤務時間内に食事に出かけることになったが、僕にしても女土方にしてもこれから起こるであろうことを予測すると心は重かった。

 
社長に連れて行かれたところは会社から車で十分ほどのホテル内にあるレストランだった。そのレストランの個室に案内されて四人で席を占めた。


「さて何を食べようか。僕はランチで良いけど皆何にするのかな。ここのランチはなかなかいけるよ。」

 
ランチといっても一人前五千円もするんだからなかなかいけるのは当たり前だろう。もっと安いものをと探したが特に見当たらず決めかねていると社長が「皆ランチで良いかな」と言うので渡りに船とばかりこれに乗ってしまった。食物なんかどうでもいいんだ、本当のことを言えば。基本的に食物に執着はないし、僕にとって心地良い味と言うのは甘い味なんだ。注文したランチにはかなり豪華なデザートがついているから楽しめそうだ。

 
料理を注文し終わるとまたしばし沈黙が続いた。けっこうおしゃべりの社長だがこの件に関しては口が重い。それがまた僕の想像を掻き立てた。もっともクレヨンがこの二人の子供だったとしてもそれはそれで今更どうにもなることでもないし、関係のない僕が倫理や道徳云々でこの二人を責めようなんてことは欠片も考えてはいなかった。

 
兄弟なんてものはもっとも近い他人なのだし、姉と弟、兄と妹なんて者同士が好き合ったとしてもそれは起こるべくして起こったことと言えなくもない。ただあまりにも近すぎて相手の粗も見え過ぎることや遺伝学的に奇形や障害児が産まれる可能性が高いことなどから倫理的に悪とされたのだろう。ところが社長と北の政所様の場合はこの距離がちょうど幼なじみ程度だったようなので愛情が生またとしてもおかしくはない。

 
だっていくら社長と秘書だからと言っても海外に二人で出かけるなんていくらなんでもおかしいじゃないか。社内でもそんな話は耳に入るのだから誰だってそう思うのだろう。それでもそれはそれでいい、個人の問題なんだから。一番問題なのはその結果だ。二人の愛の結晶がクレヨンだったとしたら作品の出来については大いに問題があるかもしれないが。

 
前菜が運ばれて来ても誰も口を開かずに四人とも黙って食べ始めた。しばらくナイフとフォークが皿に当たって立てるカチャカチャという音だけが響いていた。


「あのね、あの子、私の子供なの。ごめんね、二人にはずい分迷惑をかけて。」

 
北の政所様が手を休めずにタイのマリネを口に運びながらぽつりと言った。それがあまりにも自然な言い方だったので僕は「ああ、そうかそうか」と言う感じで聞き流してタイを口に運んでいたが、女土方が凍りついたように動きを止めたのでしばらく考えてから、今、北の政所様が口にしたことがかなりとんでもないことだと気がついた。


「あの子の父親が誰かと言うことは言えないわ。いろいろ差障りがあるから。」

 
僕と女土方はほとんど同時に社長の顔を見てしまったが社長は特に困った顔も見せずにのん気にマリネを口に運んでいた。


「社長を見ても父親のことは知らないわよ。私、誰にも話していないから。」

 
そう言われてもこの場合どうしても見たくなるものは仕方がない。沖縄では社長は北の政所様とはそういう関係ではないと言ってはいたが、自分からそうだと言う奴もいないだろう。


「さっき佐山さんに言われたが、機構改編はあくまでも今後の会社の発展と生き残りのためで個人的な理由ではない。体制については僕自身も不満があったのでいろいろ検討してもらったが、現時点では諸般の事情もあってあれ以上のことは出来ないようだ。ただし一度体制が出来上がれば今後発展の余地はあるのだし今現在は不満足であってもしばし辛抱をお願いしたいと言うのがぼくの意見だ。」


社長は北の政所様の爆弾発言にも特に困惑も見せずごく普通だった。


「それから澤本君のこと、これについては私情を交えていることは間違いない。それは認める。あなた達にも迷惑をかけていることも十分に承知している。でも彼女もあなた達になついているようだ。きっと物心がついてから初めて心を開けそうな他人に出会ったのかも知れない。だからと言って彼女を君達に何とかしてくれとは言えた義理ではないが。」


「あの子は社長のお子様ですか。」

 
これは決定的な一言だったが、僕が口にしたこの言葉で衝撃を受けたのは女土方だけで社長も北の政所様も平然と食事を続けて特に動揺は見られなかった。


「僕の子供かもしれない。違うかもしれない。冴子は知っているんだろうけど何も言わないから僕には分からないんだ。」

 
社長はあっさりと北の政所様と関係があったことを認める発言をした。もっともそれは沖縄のホテルで見せた社長の北の政所様に対する態度でも知れていたことだったが、本人が事実を認めたにはやや驚いた。僕は北の政所様の顔を見たが特に変わった様子もなく料理を口に運んでいた。社長は何かを言おうとしたがそこにウエイターが料理を入れ替えに入って来たので一旦話は中断した。

 
ターキーなんていう珍しい料理が運ばれて来たので普通なら物珍しさも手伝ってすぐに手をつけるところだが社長発言で緊張していた僕たちは料理に手をつけずに畏まっていた。



Posted at 2016/05/20 00:33:10 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説 | 日記
2016年05月19日 イイね!

あり得ないことが、(77)




翌日からしばらくは会社の廊下等で女性陣が僕の方を盗み見るように視線を送っては何やら小声で話をしているのを感じたが、今更何を言ってみても「人の口に戸を立てられない」ことから正面切って申し立てて来ない限りすべて黙殺することとした。

 
仕事については販売した商品への対応やオプションの変更などを続ける傍ら新企画の資料収集を続けていたところに社長から呼び出しを受けた。人にクレヨンなど押し付けて北の政所様と二人でシンガポール旅行を楽しんでとんでもない奴だなどと思いながら社長室に行った。

 
総務で呼び出しを受けたことを伝えるともう手配してあったらしくすぐに社長室に通された。北の政所様は秘書席には姿が見えなかったが、部屋の中に入ると北の政所様、女土方に人事担当役員が座っていた。これはどうも市場調査企画室の話のようだった。


「佐山さん、例の話、具体的に立ち上げたいんだが、ちょっとその前に了解してもらいたいことがあって来てもらった。まあ座って話そう。」


社長が僕に向かってそう言った時また何とも言えない嫌な予感がした。


「私に澤本さんを使えと言うんじゃないでしょうね。」


僕は腰を下ろす前に直感的に感じたことを口に出した。


「まあ、ゆっくり話そう。」

 
社長はもう一度僕に座るように促した。どうも図星のようだ。でもこのままでは話になりそうもないので僕は「失礼します」と言って椅子に腰を下ろした。


「結論から言うと佐山さんの言うとおりだ。澤本君をアシスタントとして使って欲しい。その理由を人事担当の方から説明させる。人事担当、頼む。」

 
人事担当は「はい」と返事をするとファイルを取り上げた。この男はまだ四十代も半ばくらいの役員としては若手に類する男だった。噂ではクレヨンの父親の銀行から引き抜いたのか押し付けられたのか知らないが、とにかくその銀行から派遣された社員だった。この銀行屋さんはファイルを手にして僕の方を向いて説明し出した。


「社長のお考えでは商品企画調査室の体制は室長、副室長格の総括担当の他に調査三名、企画三名合計八名程度を考えておられたようですが、この時期新規採用は極力控えて現在員でやり繰りせざるを得ないというのが人事担当としての意見です。

 
それを基本方針に新部門の体制を検討すると配置換えなどによる人員の捻出は室長の他に室員四、五名が限界と考えています。それ以外に必要な人員を手当てするとなると非常勤社員で充足せざるを得ません。

 
体制としては室長、副室長兼務の調査主任以下調査が二名、企画が二名で非常勤職員を両部門にそれぞれ一名づつ配置すると言うのが私の構想です。なお室長は社長室長を兼務していただいてこの部門に秘書機能も負担していただきます。その人員は現在の秘書担当をそのままここに配置換えすることになります。

 
これで室長以下調査二、企画二、秘書二で七名、これに非常勤が加わって定員で九名の部門になりますが、秘書主任は室長に兼務していただきます。ああ、後もう一名社長付の運転手が加わりますね。

 
企画室の業務については市場調査と商品企画ということですが、当然これまでの業務にも参画していただきますし、調査、企画は相補的に業務を負担していただきます。秘書については室長直轄と言うことでこれは従来の業務を担当していただきます。具体的な業務については各部門の責任者から室長を通じて社長に報告をお願いします。

 
続きまして人事につきましては室長が取締役格で森田氏、役職名は企画調査室長で参与ということになります。副室長格の調査主任は主幹待遇で伊藤氏、そして武田主任、企画主任は副主幹格で佐山氏、それに石崎主任、秘書は室長、佐伯秘書、それと高山運転手、非常勤については澤本氏が内定していますが、調査については責任者で検討していただきます。

 
室の使用する部屋につきましては現在の社長秘書が使用している部屋を仕切りまして使用する予定でございます。若干手狭かとは思いますが他に部屋が確保出来ませんし秘書機能を負担していただきますとこれ以外の選択肢がございませんので。人事担当からは以上です。」

 
何だ、この体制は。運転手以外は全部女じゃないか。確かにこの会社は仕事の性質上女性が多いことは多いが、これでは大奥じゃないか。こんな所属じゃあ新北の政所軍団とか言われてしまう。それにこの社長、愛妻家とか聞いていたが北の政所様とは抜き差しならない仲の様だし挙句の果てには自分の周りにこんなに女を集めて本当はかなりの女好きじゃないのか。男だからそれも仕方ないといえば確かにそうだが。僕にしても女になっても世間の偏見にもめげずに女土方とくっついているんだから。

 
そんなことはどうでもいいが、今回の新部門のこの人事と体制は何なんだ。企画なんて言っても僕とテキストエディターとそれにクレヨンじゃあ全く今のままで何の変わりもないじゃないか。調査にしても女土方とそれから女土方とペアで仕事をしているあまり目立たない大人しい女性でこれも変更なしだ。変わったのは北の政所様、女土方それに僕の役職で北の政所様は平社員から役員格へと二階級特進以上の昇進、女土方は課長代理、僕は係長を飛び越して課長補佐待遇と破格の昇進だった。

 
でも僕としてはこの人事には大いに不満があった。大体既成概念に囚われずに今後の市場の動向を分析しながらこれまでにない新しい企画を考えていこうというのが今回の部門新設の趣旨だったのだじゃないのか。それをこんな社長雑用係のようなものを作ってどうするんだ。しかもクレヨンを使えなんてサファリパークでもあるまいし。いっそのことサルやオウムに言葉を教える方法でも考えて売り出してみるか。女土方は一体この人事をどう考えているんだろう。何だかこの会社の先行きが不安に思えてきた。


「概ね新部門の体制は今人事担当から説明があったとおりだが、諸般の事情で必ずしも当初の思惑通りにはならないところがあるようだ。責任者、それから各部門の責任者についてはいかがだろうか。何か意見は。」


僕は真っ先にもの申してやった。


「当初の思惑通りとはいかなかったと言いますけどこれでは社長室の拡大拡充のようなもので市場調査、商品企画などには程遠いものだと思います。これなら機構改革などと大げさなことを言わなくても今のままでも十分に対応出来るでしょう。何だかポストを与えるための機構改革のようじゃないですか。

 
それから非常勤のことですけど澤本さんはお断りしたいと思います。彼女ではアシスタントどころかあの子を見るだけで仕事が進みません。それどころか私生活まで大いに影響を受けています。それでお聞きしたいのですが一体私に何をしろと言われるのですか。社の命令ならばそれがどんなことでも私に出来ることは甘んじてお受けするつもりですが、会社が私に期待していることは仕事ですか、それともあの子の養育ですか。」


一瞬座が静まり返った。そして社長が徐に口を開いた。


「機構改革と人事については特段の事情がない限り今説明のあった内容で決定事項と考えてもらいたい。体制や人事に異論はあるだろうが、僕はとにかく立ち上げることが大事だと思う。澤本君のことについては別に話したいと思う。人事担当、ありがとう。今日はこれで閉会としよう。」

 
社長に言われて人事担当は一礼すると部屋を出て行った。後には社長、北の政所様、女土方それに僕が残された。しばらくは誰も口を開かず嫌な沈黙が四人の間を支配した。その沈黙が気持ちを重苦しく圧迫し始めた時に社長が口を開いた。


Posted at 2016/05/19 00:07:59 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説 | 日記
2016年05月17日 イイね!

あり得ないことが、(76)




「ねえ、あなた、彼と総務の子が伊豆に行った時に後をつけて行ったの。」

 
女土方が僕を斜めに見ながら言った。どうしてそんなことまで知っているんだろう。僕は伊豆のホテルでの奴等の密会については誰にも話していないのに。


「あれはね、本当に偶然なのよ。たまたま通りかかったレンタカー屋さんで車を見たら何だか急に車に乗りたくなって出かけた先で鉢合わせしたのよ。天網恢恢疎にして漏らさずってああいうことを言うのかしらね。本当に偶然なのよ。後をつけたわけじゃないわ。確かそれってロッカー室事件の直前だったわね。


もしも意図的に後をつけるほど彼に未練があったらあなたとこんなことにはなっていないわ。」


「そう言われればそうよね。でも偶然にしてもそんなことってあるものなのね。」

 
女土方は何とか納得した様子だったが、それにしても女の世界というのは恐ろしいものだ。伊豆の件など僕と馬の骨氏と総務の小娘しか知らないはずなのにどうして女土方が知っているのだろう。どうせ総務の小娘辺りが漏らしたんだろうが、そんなことを口走って何の徳があるんだ。ばかはクレヨンばかりではないのだな。今度その類を一堂に集めてばか比べでもやってみるといい。想像を絶するばかが雲霞の如く押し寄せるかもしれない。


「ねえ、どうして伊豆の話なんてあなたが知っているの。私とあの二人しか知らないはずだけど。」

 
この調子では何をどこまで知っているか分かったものではない。当事者中の当事者であるはずの僕が何も知らないのに。


「女の世界の怖さはあなたも良く知っているでしょう。いろいろと聞こえてくるのよ、別に聞く気はなくてもね。」


『はい、女の世界の恐ろしさはたった今骨身に沁みて知りました。』


僕は本当に心の底からそう言ってやりたくなった。


「ねえ、後はどんなことがあなたの耳に入っているの。知っていたら教えて。」


こうなれば聞くだけ聞いてやろうという気になって女土方に誘いをかけてみた。


「私もそんなにいろいろ知っているわけではないわ。ただ馴れ初めはあなたの方がずい分積極的にアタックしていたとか、あなたのおうちの方ではいろいろもめたようだとか、都内のあちこちであなた達を見たという話とか、週末はお互いの自宅で同居しているとか、社員旅行でも二人で抜け出してどこかに行ったとか、それから後は何だっけな。」

 
もうそれだけ知っていれば十分だ。頭が痛くなった。佐山芳恵もばかな女だ。どうしてもう少し隠忍自重して事を運ばないのか。佐山芳恵もここにいればばか比べに推薦してやるんだが。


「それじゃあ私と彼のことは皆かなり具体的に知っているのね。」


「皆じゃないと思うけどうちの女性陣はね、いろいろゴシップが好きでしょう、女って。あちこちであることないこと囁きあっているからね。一時はあなたが妊娠しているなんて話もあったわ。そしてその後何もなければ中絶したんじゃないかとかね。人の口に戸は立てられないって本当よね。」

 
聞いているうちに僕は気力も何も失せてしまって頭を抱え込んでしまった。妊娠なんて本当かもしれないじゃないか。せっかく借り物の体だと思って大事にしていたのにもう今日から思い切り酷使してやるか。


「どうしたの、どうしてそんなに落ち込んでいるの。あなたがしたことなんだからあなたが一番良く知っていることでしょう。今更そんなに落ち込むことないのに。」

 
またクレヨンが余計なことを言い出したが、僕はもうクレヨンを叱り飛ばす気力もなかった。何よりも馬の骨氏がこの体を抱きまくっていたのかと思うと全身に鳥肌が立つどころか鳥そのものになってしまいそうなくらい気色が悪かった。


「あのね、前にも話したと思うけど」


頭を抱えている僕に女土方が話しかけた。


「あの人と付き合っていた頃のあなたって可愛いって感じのする女性で、男の人から見れば何となく放っておけない雰囲気があったんじゃないのかな。あなた自身もあの人に寄りかかってそれが幸せって言う風情で生きていたように思う。今のように独りで北の政所軍団を向こうに回して啖呵を切ったりするような女性ではなかったわ。そんなことよりあなた自身が北の政所軍団の構成員だったんだからあの時は向こうもさぞかし驚いたでしょうね。

 
私から見れば女の弱さやかわいらしさを前面に出して生きているあなたのことはそういう生き方もあるのかなという感じで見ていたし、そういう生き方もそれはそれで良いのかなって言う程度にしか関心はなかったわ。

 
それがある日突然外見もそうだけどそれまでの生き方も百八十度どころか七百二十度くらい方向転換してしまってあなたの得意な言葉で言えば『自存自衛』の道を行き始めたから皆びっくりしたわよ。あんなに寄り添っていた彼をいとも簡単に放り出してしまうし、あなたが担当していた企画の査定会議の時も上司を差し置いて大胆に自分の意見を開陳するし、わが社最大派閥の北の政所軍団もおしり叩きの一撃であっさりと退けてしまうし、一体あなたに何が起こったのって感じだったわ。

 
あなたは女の世界の噂話には全く無頓着で注意を払おうともしないけど、一時期うちの会社ではあなたの話で持ち切りだったのよ。でもあなたは自分の生き方を持っていて決してそれを変えようとはしなかったわ。私もあなたの変わり方にはずい分驚いていろいろ話を聞いたりあれこれ考えてみたけど結局あなたに何が起こったのか分からないし、結果として私にとって好ましい人に変わったんだからそれでいいんじゃないかっていうのが私の結論よ。それ以上のことはもう考えないわ。」

 
女土方は僕の立場を良く理解してくれているようだし、それはそれでありがたいことなのだが、僕自身としては何とも釈然としないものがあった。以前にネットで知り合った英国の女性が自分のプロファイルに、


“God gave man a brain and a penis but not enough blood to run both at the same time.”


と書き込んでいるのを見て痛く感心してしまったことがあった。訳は敢えて書かないがこれは全くそのとおりで『けだし名言』と言わざるを得ない。理性などというものは欲望の前にはほとんど無力なのかもしれない。

 
しかし、もう一つ後段を書き加える必要がある。それは、


“And also gave woman a brain and a womb but definitely not enough blood to run both at the
same time.”


という一文である。確かに男は欲望に弱いが女も感情に流され易い。流され易いと言うよりも自ら好んで流れているように見える。

 
ちょっとまた下品な話になってしまうので詳細は避けようと思うが、あの時の女というのは、それをさせているのは男の方なのかもしれないが、それにしても良く出来るなと思うことを平気でやってのける。それはもしも僕があんなことをされてそれを受け入れたと仮定すると、きっと僕は一生その男の奴隷になってしあうかもしれないようなことなのだが、そんなことでさえも感情に身を任せてやってのけたうえに、さらに驚いたことに終わってしまえば今までのことは何処吹く風で堂々と反発してくる。

 
女に言わせればそんなこと関係ないそうだし、男も同じことをしているじゃないかと言うが、絶対に同じことじゃないと思う。男だった時は女に生まれなくて良かったと思っていたが、まさか今の僕は天罰なのか神が与えた試練なのか。 

 
馬の骨氏と佐山芳恵のことがそれだけ噂になっているとしたら、現在佐山芳恵を引き継いでいる僕がそういう連中の好奇の視線に耐えながら生きていかなくてはいけないのかと思うと気分が暗くなってくる。大体馬の骨氏の腕に抱かれて歓喜に咽んでいたなんて思われること自体僕にとっては耐え難い大屈辱なんだ。


「でも人は見かけによらないわね。佐山さんがそんな情熱的な大恋愛をしたなんて。すてきだわ、私もしたいな、そんな情熱的な恋愛を。」

 
小癪なことを言うクレヨンだ。僕はベッドに座ってはしゃいでいるクレヨンめがけて枕を投げつけてやった。枕は見事に顔の真中に命中してクレヨンは反動でベッドにひっくり返った。


「痛い。もう、野蛮人、あんたなんか好きになった男の顔が見てみたいわ。」

 
クレヨンは起き上がると半泣きの体で文句を言ったが、もう一つ残った枕をつかんで睨みつけるときゃっと声をあげて女土方の後ろに隠れた。


「こらこら、喧嘩しないのよ。」


女土方が笑いながらたしなめた。


「でもどうしてそんなに好きだった人を振っちゃったのよ。相手に別の彼女が出来たから。若い人だって言うから勝てそうもないんで振られる前に振っちゃったの。」

 
クレヨンは女土方がいるのに力を得たのか言いたい放題だった。このくそ女はむかつく女だ。懲らしめてやろうと一計を思いついた。僕はクレヨンが女ひじ方の後ろに隠れて身構えているのをちょっと伏目がちに窺っていた。そして「大丈夫よ」と女土方に促されてベッドに戻るのを待ち構えていた。

 
クレヨンがベッドに戻ると同時にクレヨンに飛び掛るとベッドに仰向けに押し倒し、両足首をつかんで広げると僕の足をあの部分に押し付けて揺さぶってやった。子供の頃電気あんまとか言って遊んだあれだった。


「きゃー、やめてぇ。ごめんなさい。」


クレヨンがわめき散らすのもかまわずに僕は思い切り揺さぶってやった。


「あんたねえ、人のことだと思って勝手なこと言いまくって。もう二度とそんなことが言えないようにしてやるわよ。」

 
僕はクレヨンが叫びまくるのもかまわずに揺さぶりつづけたが終いには女土方に頭を叩かれてしまった。


「こら、子供じゃあるまいしいい加減にしなさい。」

 
僕が手を離すとクレヨンはベッドを這いずって行って反対側に降りるとぜいぜいと肩で息をしながら「そんな野蛮人だから男に捨てられるのよ。」とまだ懲りずに憎まれ口を聴いた。このサル今度は乳首責めにでもしてやるか。


「全くあなた達は仲が良いんだか悪いんだか。」

 
女土方がため息をついた。そんなこんなで何だか僕の鬱積した気持ちもうやむやになってしまった。そしてその晩もクレヨンに邪魔をされて女土方には接触することも出来ずに翌朝を迎えた。



Posted at 2016/05/17 18:38:51 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説 | 日記
2016年05月16日 イイね!

あり得ないことが、(75)




僕は黙ってサンドイッチを頬張りながら考えた。夫婦なんてものは出来ることなら一生仲良く生活出来るに超したことはないと思う。当然時間の経過と共に愛情の質は変わっていくのだろうが、その間に信頼関係が生まれれば夫婦も最後まで続くんじゃないのかと思う。

 
そうかと言って途中で好きな相手が出来てしまってどうしてもそっちが良くなってしまったらそれはそれで仕方がないんじゃないかとも思う。当然今の社会制度や道徳観に照らせば良くないことなのだろうからそれなりの制裁を受ける覚悟が必要だろうが、それも生き方なんじゃないかといい加減にそんなことを思う。ただし注意を要するのは恋愛感情が芽生える時は常に突然で急激であり、しかもそれにのめり込み易いが、信頼関係はそれなりに時間もかかればお互いの努力も必要で信頼関係が生まれていることには案外気がつき難いということだ。

 
どんなに好きな相手だからと言っても一緒に暮らしてうまく行くものでもないし、それほど強い恋愛感情がなくても一緒に暮らしてみれば結構うまく行ってしまうなんて場合もある。この年になると恋愛と生活は別物じゃないかと思うようになった。だから男は恋愛や外出する時の妻、家事や子育てをしてくれる妻、そして夜の娼婦のような妻と妻が三人くらいいれば良いなどと勝手なことを考えてしまう。男なんていうのはどうしようもなく節操のない生き物かもしれない。

 
それでは女がまともな生き物かというとそうとも言えない。男の場合は節操がない割にはそれなりに周囲の状況を見ながら物事を進めようとする。平たく言えば他人様を意識しているということだ。ところが女の場合はある限界を超えると自分以外は何も見えなくなってしまう。

 
痴話喧嘩で外に飛び出して叫び出すのもその類なんだろう。男にはあの真似は出来ない。どんなに追いつめられても男には恥という概念がある。ところが女は突然それが消滅してしまうことがある。こうなると何を言っても無駄で手のつけようがない。当のご本人には周囲の状況は全く見えていない。自分の感情に任せて行動しているだけで理性も何もない。多分そういう状態で佐山芳恵も夫を振り切って馬の骨氏に走ったんだろう。

 
こういう傾向は進む時ばかりではなく引く時も同様だ。女は突然自分の内側だけで物事に見切りをつけて身を翻して去って行く。男はなまじ周囲が見えるばかりにだめと分かっていても何とか繋ぎは取っておこうとずるずると関係を引きずることを考える。この辺は男のずるいところでもありばかなところかも知れない。そうしてお互いに相手の心が読めなくなるこの時期が男女の間に決定的な破局が生じる時なのかも知れない。

 
そんなこんなと考えてみたが佐山芳恵が馬の骨氏に走ったと言う事実を知ったことで僕はどうも落ち着かなかった。しばらくは気を紛らわせようと資料の検索をしていたがとうとう我慢が出来なくなって女土方に電話をかけた。


「ねえ、今日はこっちに来れない。それとも私があなたのところに帰ろうか。ちょっと聞きたいことがあるのよ。」


「うん、私がそっちに行けばいいのね。ねえ、話って彼のこと。今日お昼に会ったそうね。何かあったの。」


女土方は情報も速いしなかなか鋭い。


「ちょっとね。だからあなたに聞きたいことがあるの。時間を取ってくれないかな。お願い。」


「いいわよ、私がそっちに行けばいいのね。それともこっちに戻る。」


「こっちに来てくれた方が私には都合がいいかも。いいかな。」

 
女土方はすぐに承知してくれた。それで少し落ち着いた僕は何とか午後の仕事をこなすと定時きっかりに職場を出て真っ直ぐに澤本家に戻って女土方を待った。クレヨンは思い切り機嫌の悪い僕に恐れをなして自分の部屋に入ったまま出て来なかった。

 
女土方は午後八時近くになってやって来た。手にはバッグを持っていて僕の顔を見るなり「今日は泊まって話を聞いてあげるから大丈夫よ。」と言って僕を安心させた。


「彼女は。」


女土方はクレヨンの姿が見えないことに気を使っていた。


「私が機嫌悪いから逃げ出したわ。自分の部屋にいるんじゃないの。」


女土方は怪訝な顔をした。


「どうしたの。そんなに動揺して。何か言われたの。まさか彼に気持ちがあったなんてことはないわよね。」

 
馬の骨氏に気持ちなんてあるわけないだろう。僕はゲイじゃない。だから女のお前にくっついているんだろう。


「あのね、あなたに聞きたいのは私がしたことをどう思うかってことなの。ねえ、どう思う。」


女土方はちょっと首を傾げた。僕の言うことが理解できなかったのかも知れない。


「つまりね、彼とのことよ。どう思う。」


「彼とのことって何を答えればいいの。急にそう言われても何と答えて良いのか分からないわ。どうしたの、何時も冷静なあなたがそんなに動揺して。彼があの子を選んだのがショックだったの。」

 
そんなものショックも何もあるものか。誰でも勝手に好きなのを選べば良い。僕が聞きたいのはどうして佐山芳恵が夫を捨てて馬の骨氏に走ったのかその辺のことだったが、いくら何でもそんなことは聞けないだろう。僕自身は佐山芳恵が離婚してから馬の骨氏とくっついたのだろうと思っていたので夫を捨ててと言うのは衝撃だった。


「あなた知ってるでしょう。私と彼のこと。私がしたこと、どう思う。」


「え、どうってもう終わったことでしょう。どうしてそんなことを聞くの。」


「彼女に言われたのよ。私が夫を捨ててまで寄り添った男の人をそんなに簡単に諦められるはずがないって。何だかその言葉が気になって。私自身はもう決着をつけたことだと思っていたんだけど。」


「未練があるの。」


女土方の目が僕を射抜くように見た。


「今更誰を選ぼうが彼に未練なんかないのよ。もう終わってるんだから。でもね、夫を捨てて彼を取ったことをあなたがどう思っているのか聞きたいの。」


女土方は『ああ、そういうことなの』とでも言いたそうに何度も軽く頷いた。


「どう思うかって言われてもねえ、あなたがそれで良いと思ってしたことなんでしょうから私にはそのことを何とも言えないわ。一般的に言えば良いことじゃないんでしょうけど。でもだんな様の方にもいろいろあったんでしょう、詳しいことは分からないけど。

 
あのね、私はあなたとあの人ってお似合いだと思っていたわ。あなたは少し甘えん坊さんだったけど、あの人は細々とよく気がつく人で優しそうだったし、他人に何くれとなく面倒を見てやることが好きな人だったからちょうどいいのかなって。だから周囲ではいろいろと言う人たちもいたけど私はそれでいいのかなって思っていたわ。世間なんて何をしてもあれこれ言うものだしねえ。

 
それからしばらくしてあなたがあの人を簡単に振ってしまったらしいと聞いた時は正直驚いたわ。きっと皆驚いたんでしょうし、一番驚いたのは彼なのかもしれない。でもあんなに似合っていたのに何でだろうって。

 
そんな興味から注意してあなたを見ていたら『ねえ、本当にあなたってあの芳恵なの』って言うくらい急に人が変わったじゃない。本当にあなたが言ったように人が入れ替わってしまったんじゃないかって言うくらいに。そう考えるのが一番妥当かなって思うくらいの変わり様だったものね。人が入れ替わるなんて実際にはそんなことあり得ないけどね。

 
結果的に私にはその方が都合が良かったんだけどあなたやあの人にはどうだったのかしらね。でも外見的な結果としては夫を捨てたあなたが恋人を総務の彼女に取られて罰を受けたってことになるんだからこれで一件落着ということでいいんじゃないの。今少しは周りがあれこれ言うかも知れないけど彼もいなくなってしまうしすぐに静かになると思うわ。気にしない方がいいわよ。」


その時ドアが開いてクレヨンがドアに半分身を隠しながら様子を窺いに来た。


「あら、どうしたの。入っていらっしゃいな。」

 
女土方が声をかけるとクレヨンはそっと部屋に入って来て僕から離れたところに場所を占めたが、何も言わずに黙っていた。。



Posted at 2016/05/16 22:26:54 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説 | 日記

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