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2016年03月08日 イイね!

あり得ないことが、(55)




会社に戻ると間もなく北の政所様が部屋に現れた。


「社長から連絡があったわ。日ごろから負担をかけているのにそれに加えてとんでもない迷惑をかけてしまって本当にごめんなさい。これは社長から言い付かったので。タクシー代ということなので受け取って。こんなものじゃああなたの苦労に報いるなんてとても足りないことは分かっているけどとにかく近いうちに社長と相談して必ずそれなりのお詫びはするから許してね。」

 
北の政所様も白い封筒を差し出しながらこれまた丁寧に頭をさげた。テキストエディターのお姉さんはほとんど凍りついたかのように身動ぎもしないでこの光景を見守っていた。しかし、テキストエディターのお姉さんでなくともこれまでの事情を知った上に北の政所様のこの態度を見れば動きが止まってしまうかも知れない。

 
もうほとんど疑う余地はない。あのクレヨンザルは社長と北の政所様の隠し子だ。こういう他人様のことには比較的冷静な僕もさすがに胸が高鳴ってしまった。きっと近親なるがゆえに劣性遺伝が強く出てあんなサルのような娘が出来てしまったのだろう。出来の悪い子ほどかわいいと言うが社長も北の政所様も人の子、人の親だななんてほとんど根拠もない遺伝理論ですっかり納得してしまった。

 
家に帰ってその日の顛末を女土方に話すと女土方もすっかりクレヨン社長の隠し子派になってしまった。しかし知人の娘なら人事の担当者を寄越すなり両親に連絡するなりさせればいいことでわざわざ社長が自分から出向くなどと言うのは隠し子理論に現実味を与えるには十分だった。しかも間髪を入れずに北の政所様がタクシー代を持って僕のところに頭をさげに来るなんて。


「そうなんだ。そこまでねえ。まさかとは思ったけどそんな話を聞かされるとそうかなって思ってしまうわね。でもずい分出来の悪い娘さんみたいで社長もお困りでしょうね。あなたも大変だったわね。」


「大体六本木あたりで引っかかる外人なんてねえ、危ないのが多いから薬でもやって捕まったのかと思ってびっくりしたわ。不法滞在だけでほっとしたわ。でもあの子も何を考えているんだか。日本で暮らせないなら向こうの国に行って暮らすなんて。どんなところか知っているのかしらね。その向こうの国というのが。」

 
この世には平和な国よりも平和ではない国の方がはるかに多いということをあのクレヨン娘は知っているんだろうか。白人の植民地支配の都合で決められた国境の中に多数の民族が複雑に入り混じって闘争を繰り返し、そのため社会制度は崩壊し、産業は育たず、教育は廃れて貧困が社会を覆い、人々は自分が生きるために巷に溢れる自動小銃などの武器を手に取って他人を蹂躙し略奪を繰り返す世界があることを。今その手に中にある武器が神であり法律であると信じて振舞う人間達のことを。

 
僕は決して自分のことを聖人君主だと思っているわけではない。どちらかと言えば悪党に近い人間だからこそこうしていきなり女の体に乗り移らされてしまってもずうずうしく生き抜いていられるのかもしれない。それでも人の命が脅かされ子供が飢えに苦しんでいるなどと言う記事を目にすると飽食の世界に住んでいる身分でも心が痛む。

 
世界が仲良く平和になんてことは思わないが、せめて理不尽に命を脅かされたり飢えに苦しんだりすることのないようにできないものかと思う。しかしこれだけ文明が進歩しても人々に幾ばくかの食物を与えることがいかに難しいことか、これには与えられる側の問題がないとは言えないようだし。

 
クレヨンもそういうことを理解した上で愛や恋を語るのならそれはそれで立派なことかも知れないが、どうもそうとは思えない節が多々見られるようだし困ったものだ。また明日からあれの面倒を見るのかと思うと頭が痛くなってきた。

 
翌日出社したが、クレヨンは出て来なかった。また遅刻かと思っていると始業時間が過ぎた頃、部長から「今日澤本君は休むそうだ。」と電話が入った。さすがに警察沙汰になって落ち込んでいるのかと思ったが、そんなに甘いクレヨンでもあるまい。また何か企んでいるんじゃないかと思っていると程なく社長から僕の携帯に電話が入った。

 
北の政所様が迎えに来るので一緒に出て来て欲しいと言うことだった。どうもいよいよことの真相が明らかになるようだ。他人事ながら不謹慎にも僕は何だかワクワクしてしまった。

 
僕は迎えに来た北の政所様と一緒に外に出るとタクシーを拾った。北の政所様はタクシーの運転手に東京の有名な高級住宅地の名前を告げた。途中何回か方向を指示しながら車を走らせて最後に車が停まったのは邸宅と呼ぶのがふさわしい家の前だった。北の政所様は料金を支払うとさっさと車を降りてお屋敷の門の前に立った。


「社長は中で待っているわ。さあ入りましょう。」

 
北の政所様に促されて門をくぐって中に入った。玄関の呼び鈴を押すとお手伝いなのか中年の女性が出て来て家の中へと案内してくれた。応接間に通されて出されたコーヒーを飲みながら部屋の中を見回した。落ち着いた洋風の内装にシンプルだが恐ろしく高そうな家具が品よく配置された応接間だった。
しばらくすると社長が入って来た。


「こんなことでまた迷惑をかけて申し訳ない。でもどうしても佐山さんに頼みたいことがあってここに来てもらったんだ。どうか話だけでも聞いて欲しい。」


「クレヨ、いえ澤本さんのことですか。」


僕が聞くと社長は黙って頷いた。


「聞いておきたいことがありますがよろしいですか。社長と澤本さんとはどんな関係なんですか。」


「うん。」


社長は一言そう言って北の政所様を見ると黙ってしまった。やはりこれはかなり怪しい。



「あなたはあの子が私達の子供だと思っているでしょう。でもそれは違うわ。あの子はこの家の正真正銘のご令嬢よ。父親は金融界ではそこそこ有名な人でうちの会社の大株主でメインバンクの頭取、もっともその額は総資産から見れば微々たるものだけどね。そして社長と私の共通の恩人。今は仕事で外国に出かけているけどね。

 
あの子の母親はあの子が中学生の時に病気で亡くなっているわ。父親は仕事で不在がちであの子の面倒はほとんど家庭教師やお手伝いさんが見ていたので彼女は彼女なりに辛いことがあったんでしょう、それからおかしな方向に外れてしまったの。

 
おとうさんは心配していろいろ手を尽くしたのだけれど結局良い方向には戻っていないみたい。周りが手を尽くせば尽くすほど彼女には逆に満たされない苛立ちみたいなものがあるのでしょうね、どうしても反発してしまうのよ。

 
昨夜父親に電話をしたらとても心配して『誰かそばで面倒を見てくれる人がいないだろうか』って。もう分かるでしょう。私達があなたにお願いしたいことが。あなたなら私達も安心だし。」

 
つまりここであのクレヨンを面倒見ろということか。そんなこと真っ平ごめんだ。第一僕は男だってことを知っているんだろうか。幾らなんでもそんな厄介なことは思い切り断ろうと思ったところに塔のご本人が入って来た。


「ねえ佐山さん、あなただったらしばらくここに置いてあげてもいいわよ。私がジョニーと一緒に出かけるまでなら。」


このサル本当にご先祖様の故郷に行く気でいやがる。


「ふざけるんじゃないわよ。誰があんなのそばになんかいるもんですか。大体人に物を頼むときはその落書きみたいな化粧を洗い流して素顔で真面目に頼むものよ。大体何がジョニーと一緒に行くなんて言ってるのよ。あなたはそのジョニーの国がどんな国か知っててものを言っているの。あなたが住んでいるこの家を一月維持するお金で何千人が生活できるような国なのよ。あなたの顔に塗りたくったその落書きみたいな化粧をするお金で一つの家族が一週間も生活していけるような国なのよ。あなたにとっては歯牙にもかけないようなわずかなお金をめぐって人が殺されているようなそんな国なのよ。あなたなんかが行ったらその日のうちに身包みはがされて強姦されて殺されてハゲタカの餌にでもされているわ。ばかも休み休み言ってなさいよ。」

 
そこまで言い終わったらクレヨンに顔を殴られた。北の政所様に比べれば大したことはなかったが、武力行使をするには丁度いい口実になった。僕はクレヨンの髪をつかむと叫びまくるのもかまわずにお手伝いに「洗面所はどこなの。」と聞くと呆気にとられているお手伝いを尻目にクレヨンを洗面台まで引き摺っていった。洗面台と言っても普通の家なら十分に一部屋として使えそうなくらい広かった。

 
そこで適当に石鹸を取り出すとクレヨンの顔に塗りたくって思い切り洗ってやった。そして頭からシャワーをかけて流してからタオルを取り出して頭を丸ごと拭いてやって客間に連れ戻して放り出した。



Posted at 2016/03/08 22:33:40 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説 | 日記
2016年03月01日 イイね!

あり得ないことが、(54)




警察には三十分ほどで着いた。電話で言われたように受付で「植木課長を」と言うと三階に行くように指示された。警察なんて楽しいところではないのは承知の上だが、それにしても何ともいえない雰囲気だった。

 
刑事第一課というプレートのかかった部屋の入り口で「失礼します。」と声をかけると若い刑事が「はい、何ですか。」と答えた。


「先ほど植木課長さんからお電話を頂いた佐山ですが。」

 
ちょっと雰囲気に気圧されて控え目に声を抑えて名乗ると「ああ、佐山さん、お待ちしていました。」と中年の男性が部屋の真ん中の机から立ち上がった。


「ちょっとお話したいことがありますのでどうぞこちらへ。」

 
その中年男は僕を招いて小部屋に案内した。どうもこれが刑事ドラマで有名な取調室らしい。その部屋の奥、つまり犯人が座るのであろう場所に座られた。向かい側に課長が座るとそこに若い刑事さんがコーヒーを運んで来た。


「先ほどもお話したように澤本さんは今朝方不法滞在の外国人と一緒にいるところをうちの警察官に声をかけられてここに連れてこられたんです。それで事情をお聞きしようとしたんですが、どうも英語しかお話にならないようでしかもずい分興奮されているようでして。

 
お帰りいただくことは問題ないのですが、場合によっては不法滞在助長罪などに問われる場合もありますので今後一緒にいた外国人の不法滞在についてお話を伺わなくてはいけないこともあります。それで一応こちらがお呼びした場合はご出頭いただくということで身柄をお渡しするという書類に書名を頂きたいのですが。いかがでしょうか。」


前半は丁寧だったが後半はやや脅しの入った声になって課長さんは僕を呼んだ用件を伝えた。


「分かりました。ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。私でよければ出来ることはいたしますが、彼女はここ数日間だけ私の職場に配置になったアルバイトのような女性ですので私も彼女の細かいことは知りません。上司に連絡をして人事に確認させますのでしばらくお待ちいただいてよろしいでしょうか。」


「そうなんですか。それはかまいません。若し必要なら私の卓上の電話をお使いください。」


僕は自分の携帯を取り出すと部長に電話を入れて事の顛末を説明した。


「事情は分かった。人事に確認してみるからしばらく待ってくれ。僕も澤本君のことは詳しくは聞いていないんだ。結論が出たら折り返し電話を入れる。」

 
部長はそう言うと電話を切った。僕は課長さんに「折り返し回答が来ますので。」と伝えてまた椅子に座った。


「澤本さんはずっと外国にいた方ですか。ずい分英語がお出来になるんですね。うちにも英語をしゃべる警察官はいるんですが、話させたら余計に興奮してしまって。日本語はだめなんですか。」

 
どうもずい分英語でわめき散らしたようだ。こんな野ザルを相手に警察も気の毒に。しかしここにいる人たちはもっと凶悪な動物のようなのを扱っているんだろうから。ところが課長さんは苦笑いしながらこんなことを言った。


「暴れたり凶暴なのは私共もなれているんですが、どうもあのような女性はねえ。」

 
しかしクレヨンなんかを扱いかねているのは別に警察の皆さんだけではない。こっちもほとほと困り果てているんだから。


「あの子、外国にもいたようですけど詳しいことは知りません。英語はしゃべりますが、ずい分偏った英語であまり高等な英語を話すわけではないようです。でも本当にご迷惑をおかけしました。お詫びします。」

 
その後あの野ザルのばかがと言おうとしたら電話が鳴った。部長からだった。電話に出ると「佐山さん、結局社長が『そっちへ行く。』と言って今こっちを出たのでよろしく頼む。僕にもあの子のことは良く分からないんだ。手間ばかり押し付けて申し訳ないが。」と言って電話は切れた。

 
社長が来るって。こんな野ザルのためにここまで気を使うなんて。それってもしかするともしかするんじゃないのか。まさか本当に北の政所様の子供なのか、このサルは。そして父親は、本当に社長なのか。


僕は取り敢えず刑事課長さんに「当社の社長が身元の引受人としてこちらに向かっていますから。」と告げて社長の到着を待つことにした。

 
社長は三十分ほどで姿を現した。僕はやや好奇心を膨らませて成り行きを見守ったが、社長は丁寧に刑事課長さんに謝罪してから説明を聞いてクレヨンの身柄を引き受けるための書類に署名した。
その後女性警察官に付き添われてクレヨンが姿を現したが、この期に及んでまだ警察を訴えるだの恐るべき無知振りを顕わにしてわめき散らしていた。

 
こんなサルにも及ばないようなのに振り回されているのかと思うとなんだか無性に腹が立ってきて髪を引っ掴んで洗面所で落書きのような化粧をたわしで洗い流してやりたくなったが、警察でそんなことをしてこっちが捕まってしまうといけないと思い、爪先立ちで思い止まった。


「もういい。静かにしなさい。」

 
社長はクレヨンの肩に手を置くと穏やかな声で言った。そして僕の方を振り返ると「佐山さん、いろいろ迷惑をかけて申し訳なかった。後は僕が始末するので会社に戻ってください。連絡しておくのでタクシー代は秘書から受け取ってください。」と言うとクレヨンの方に手をかけてそのまま抱きかかえるように階段を降りて行った。

 
僕はその姿を見送りながら立ち尽くしてしまった。まさに不出来な娘をいたわるようなその態度はいやでもこのクレヨンが社長にとって極極身近な人間であることを無言のうちに物語っているようだった。



Posted at 2016/03/01 18:38:15 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説 | 日記
2016年02月22日 イイね!

あり得ないことが、(53)




帰ると女土方はもう夕食を済ませていた。僕もパンとハムと果物で簡単に夕食を済ませてしまった。


「何だか大変らしいわね。あの子の面倒を見るのが。風のうわさに聞こえるけど。」


「そうね、決して楽じゃないわね。戦力には全くならないし。手間はかかるし。でもね、今日社長から電話があったわ。仕事は遅れてもいいからしばらく頼むと。社長の親戚なのかしら。そうだとしたらあの一族もろくでもないのばかりね。呪われた一族なのかしらね。」


女土方は声を上げて笑い出した。


「あなたもずい分な言い方をするのね。でもそうかもしれない。あれが一族なら呪われてるわ。社長一族は。」


「ねえ、まさか北の政所様の隠し子じゃないでしょうね。」

 
僕は突然思いついたことを口に出した。あり得ないことではないと思ったからだった。それでは父親は誰なんだ。まさか、まさか。


「まさか。あの人に子供なんか聞いたことがないわ。」


女土方は一応否定したが表情は『まさか、まさか』がありありと見えた。


「父親は・・・社長かも知れないわよ。」


僕はそのまさかまさかを口にした。


「ええ、そんなことあるわけないじゃない。あるわけないわ。でもそうであってもおかしくはないわね。」


女土方も首をかしげながらもその驚くべき想像を否定し切れなかった。


「でも苗字が違うじゃない。」


「苗字なんて養子に出せばどうでもなるでしょう。大体社長と森田さんの子供なら普通に籍に入れるわけはないし養子に出してもおかしくはないでしょう。」

 
自分に関係ない勝手な想像というものはこうして無責任に裾野を拡げて行く。そしてそのうちに事実なんかどうでもいいくらいまで膨らんでとんでもないところにたどり着いてしまう。勝手な想像が一度拡がり始めるとたとえそれが根も葉もないものであってもありきたりの事実なんぞは簡単に呑み込まれてしまって姿を消してしまうのだった。こうして僕たちは勝手な想像を膨張させた後でこんな結果にたどり着いた。


「まさかねえ、でも私ちょっと当たってみるわ。あの子が誰なのかを。それとなく。」


女土方も冷静な女だが相手が北の政所様となるとやや過剰反応するところがある。


「そうね、でもこんなのは根も葉もない想像だから変に噂が広がらないように気をつけようね。」


僕は最後に少し冷静になって釘を刺したつもりでそう言った。


翌日もクレヨン娘は一時間以上遅れて来た。


「時間は厳守しなさいといったはずよ。どうしても守れないなら辞めてもらうしかないわ。いいわね。」

 
クレヨンは「愛のない生活をしている女はむきになっていやよね。」と憎まれ口を利いて仕返しをしたつもりのようだった。


『愛の何たるかを理解できない愚か者が何を言うか。それに僕は女じゃなくて男だよ。』

 
僕はクレヨンに言い返してやろうかと思ったが、サルを相手にむきになっても仕方がないので止めておいた。


「今日も残業で遅いのにね。」


一言それだけを言ってやった。クレヨンは顔をしかめたが、残業については何も言わなかった。その日も一日ここ数日と同じことを繰り返して終わった。クレヨンに目立った進歩は見られなかった。思い込みが強いのか自分のやっていることは正しいと信じ込んでいるようなのでやっていることに疑問を持ったり考えたりすることもなければ他人に聞くこともなかった。

 
昔大学にいた頃ある教授が「この世の中で無知ほど強いものはない。」と言っていたのを思い出した。なるほど確かに強いかも知れないが、こと進歩という点を考えればこれほど取り残されたものもないのだろう。進歩というものは「これで良いのだろうか。」と何かに疑問を持った時から始まるものなのだろうから。

 
そうするとクレヨンはこのまま年を取り続けて老年になってもこんな女であり続けるんだろうか。そんなこともあるまいが、もしもそういうことが現実に起こったらその時はもう間違いなく最強の女になっているだろう。でもそんな女には間違っても出会いたくないものだ。

 
こんな社長公認の体たらくが数日続いた後のある日、またクレヨンが大遅刻した。この日は待てど暮らせど出勤して来なかった。


「とうとう逃げ出したのかな。」

 
テキストエディターのお姉さんは気楽にそんなことを言っていたが、クレヨンが昼近くになっても出勤しないとさすがにそわそわし出した。彼女がそわそわしてもどうなる訳でもないのに彼女のように他人を気にせざるを得ないところは持って生まれた性分なのかも知れない。

 
昼も近くなった頃、外線が入った。テキストエディターのお姉さんが電話を取ったが、明るく応対した声は急にこわばった。


「は、はい、居りますが。しばらく、お待ちください。」

 
彼女は途切れ途切れに答えながら受話器を手で塞ぐと「主任、警察、警察です。御殿山警察署の刑事課の何とかさんって。」と言って受話器を突き出した。


「警察、何で。」

 
僕もさすがに警察と言われた時にはぎくりとした。あのクレヨンどこぞで小生意気なことをして締められたか刺されたかと思ったが、話を聞かないことには埒が明かない。


「はい、佐山ですが。」


恐る恐る電話に出ると警察の割には優しい声が聞こえた。


「お忙しいところ申し訳ありません。私は御殿山警察署刑事第一課長の植木と言います。ちょっとお伺いしたいのですがそちらに澤本さんと言う方はお勤めでしょうか。」

 
植木と言う警察官の声の合間からクレヨンのヒステリックな英語の叫び声が聞こえてきた。無事だったのかと安心すると同時に警察でも騒ぎ立てているそのばかさ加減に腹が立ってきた。


「澤本と言うのは今そちらで騒いでいる壁の落書きのような顔をした馬鹿娘でしょうか。こちらの社員ではありませんが訳があってここで面倒を見ております。その野ザル、いえ澤本がどんなご迷惑をおかけしたのでしょうか。」


「実は今朝方不法滞在の外国人と一緒にいたところをうちの警察官に職務質問されまして外国人の方は逮捕したのですがそのことで事情をお聞きしようとしたところお聞きのとおり英語で怒鳴り散らして手がつけられなくてうちの署員で英語の出来る者に対応させたのですが、どうにも興奮が収まりませんで投げつけたバッグの中から免許証とそちらの名刺が出てきたものですから電話させていただいたのです。お忙しいところ恐縮ですが、こちらまでご足労いただけませんでしょうか。このままお帰りいただいても大分興奮している様子なので何かあるとこちらも困りますので。」

 
刑事第一課長と名乗った男性は大分疲れたような声で話していたがそれはそうだろう。あの野ザルと朝方からずっとつき合っていればどんな豪傑でも疲れるだろう。


「大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません。これからすぐに伺いますが、澤本はお返しいただけるんでしょうか。」


一晩か二晩くらい警察に留めてもらった方が野ザルのためかもしれない。


「ええ、お出でいただければすぐにお帰りいただいてけっこうですので。よろしくお願いします。」

 
警察はずい分低姿勢だった。それだけクレヨンを扱いかねて往生しているのかも知れない。僕はすぐに部長にこのことを報告すると外に出てタクシーを拾った。


Posted at 2016/02/22 22:12:48 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説 | 日記
2016年02月18日 イイね!

あり得ないことが、(52)




僕はテキストエディターのどうにも救いようもないといった風情に笑い出してしまった。話が一段落したところでクレヨン娘が入って来た。


「澤本さん、今日は残業よ。いいわね。」


僕は追い討ちをかけるように言いつけた。


「ええ、どうして。私は嫌です。時間になったら帰ります。私には私の生活があるもの。」


案の定クレヨン娘は反発してきた。


『この世の中ではな、権力を持つ側の方が圧倒的に強いんだぞ。よく覚えておけよ。』


僕は心の中でそう呟いてからクレヨン娘に言ってやった。


「あなた、今日は遅刻してきてその上に勤務時間中に私用で外したでしょう。その分よ。二時間の残業で許してあげるわ。これからは遅れたりしたら残業で補ってもらうから。分かったわね。」


クレヨンに残業をさせれば必然的に自分も残ることになるのは承知の上だった。そうでもしなければこの野ザルには分かるまい。


「それからその資料の翻訳は明日中には終わってね。他にも色々やってもらうことがあるから。」


クレヨンは嘲るように笑った。


「こんな資料でも翻訳がないと読めないのに語学を教えるの。」


これが彼女の反撃なのかもしれない。そんなレベルの反撃なんか先刻承知だ。


「そのくらいならわざわざ訳してもらわなくても私でも読めるわよ。でもねここには言葉を専門としない人たちもたくさんいるわ。例えば総務とか査定担当とか。そういう人たちにも分かるように翻訳をつけるのよ。それに読んでもらえばあなた自身の勉強にもなるでしょう。自分がしゃべることと人に教えることはまったく別の知識と技能が必要よ。それを分かってね。」


こうして軽くかわしておいて僕は自分の仕事に戻った。しばらくするとパソコンのキーを叩く音が聞こえてきたので様子をうかがうとクレヨンは何やら一生懸命にパソコンに向かってキーを叩いていた。僕たちは顔を見合わせて大成功とばかりに目を瞑り合った。しかしクレヨンザルはそんなに甘くはなかった。しばらくするとプリンターが動く音がしてクレヨン娘が叫んだ。


「ちょっと見て。こんな感じでいいの。」


クレヨンが突き出した紙を受け取って中身を見て僕はたまげてしまった。何とそれは全く日本語になっていなかった。良くあることだが異なる二つの言葉を相互に翻訳する場合、単に一つ一つの言葉を置き換えていっても意味をなす文章にならない場合が往々にある。


それは言語というものがそれぞれの国の文化や習慣あるいは生活と密接に結びついていて必ずしも異なる二つの言語について一つ一つの単語が対応して存在しているわけではないので単語の置き換えをしていても意味が全く分からなくなってしまう場合があるんだ。


僕が大学で勉強していた頃ある言語学の教授が「英語を本当に理解するには聖書やマザーグースなどの民間伝承をしっかりと理解しておく必要がある。」と言っていたが、それから二十年以上も経ってその言葉の意味が少しは理解できるようになった。


例えば日本語にも、

  『石の上にも三年』
  『石橋を叩いて渡る』
  『桃栗三年柿八年』

等という諺があるが、単にこれを言葉だけ英語に置き換えても全く意味をなさない。同じようなことが通常の言葉にも当てはまる。


よく言葉の真意を理解しないとなかなか意味をなす日本語にはなり難い。また言葉の持つニュアンスが微妙に異なる場合も良くあるのでこのあたりも英和辞典を使っていると分かり難い。そして何よりもまずきれいな日本語が書けないと翻訳も訳の分からないものになってしまいがちだ。クレヨンの場合はどうもすべてに当てはまるようだ。決して高等ではない人間達の言葉を身につけ自分に必要な言葉だけを使い、しかも日本語が破壊的、これでは良い翻訳など出来るわけがない。


「ねえ、澤本さん、あなたこの日本語を理解出来る。」


クレヨン娘は顔も向けずに「そこに書いてあるとおりでしょ。あなたは日本語が分からないの。」と言い放った。


「私ね、日本語は分かるけど澤本語は分からないわ。もっと英語の真意をよく理解してそれを日本語で表現するのよ。単に言葉の置き換えだけじゃあ日本語にはならないわ。もう一度自分で良く読み直して。これじゃあ落第よ。」


差し出された紙を突き返すとクレヨンは引っ手繰るようにそれを取って破って捨てた。テキストエディターのお姉さんはそれを見て処置なしというように首をすくめた。その後時折かかってくる電話以外は何の会話もなくパソコンのキーを叩く音と紙をめくる音だけが部屋に響いた。誰も必要なこと以外は口を利こうとしなかった。このような状態は人間関係にはよろしくないが職場としては正しい状態なのかもしれないが、しかし厄介なクレヨンを背負い込んだものだ。


終業時間が来たが、クレヨンもテキストエディターのお姉さんも帰ろうとはしなかった。テキストエディターのお姉さんには帰っていいと言ったのだが、彼女も仕事が滞っているからと帰ろうとはしなかった。クレヨンも辞書を片手に資料と取り組んでいた。僕はメールで女土方に二時間ほど残ると伝えてから資料の検索を続けた。


クレヨン娘は黙って資料の翻訳を続けていたが、時々放心したように外に視線かを移していた。大学の講義もろくに受けていないのだろうし、勿論まともに仕事なんかしたことはないのだから疲れるんだろう。テキストエディターのお姉さんも帰って良いと言うのに残って講座に使うテキストの確認をしていた。僕に気を使っているのかそれともかかわりたくないのなんのという割にはクレヨン娘のはちゃめちゃ振りに興味があるのかもしれない。約束どおり午後七時三十分で仕事を終えた。


「明日は九時よ。いいわね。子供じゃないのだから余計な手間を掛けさせないでね。遅れたらその分は残業してもらうから。分かったわね。」


僕は口も聞かずに帰り支度をしているクレヨン娘に声をかけた。クレヨンが何も答えずに紙切れを突き出すと外にかけ出して行った。それはクレヨンが訳した文章だったが、やはりだめなものはだめだった。まあそれは仕方ない。要は定められた時間仕事をするくせをつけることが第一だった。仕事の内容は二の次と言ってもそれは仕方ないことだし、クレヨンの能力に期待しているわけでもなかった。


Posted at 2016/02/18 17:21:31 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説 | 日記
2016年02月15日 イイね!

あり得ないことが、(51)




翌日僕が出勤してもクレヨン娘は来ていなかった。クレヨン娘は始業時間が過ぎても姿を見せなかった。そんなこともあろうかと思って連絡もしないで放って置いたが一時間が過ぎ、二時間が過ぎてもクレヨン娘は姿を見せなかった。

「あの子、どうしたんでしょうね。もうたったの一日で音を上げたんでしょうか。」

テキストエディターのお姉さんが僕を振り返った。

「音を上げるようなことは何もしていないじゃない。昨夜遊びすぎて寝坊でもしたんじゃないの。」

 
昨日の仕事なんてほとんど遊んでいるのと何ら変わりはないのだから逃げ出す理由がない。第一そんな玉じゃないという僕の予想は見事に当たった。クレヨン娘は昼近くになって姿を現した。

「ちょっと遅れちゃった。ごめんね。」

 
何の屈託もなくそう言うクレヨンに怒る気力も殺がれてしまった。それでも何も言わないでこのままにしてはこれから先手がつけられなくなってしまう。ここが肝心なところだ。テキストエディターもそっと様子を覗っていた。

「あなたねえ、始業は九時と言った筈よ。今何時だと思っているの。」

僕は少しきつい口調でクレヨンを詰問した。

「だって仕方ないでしょう。昨夜遅かったし彼が離れるのをさみしがったし。遅れた分、お給料から差し引いておいてね、それでいいでしょう。」

これには僕もちょっとカチンと来た。

「お金だけの問題じゃないでしょう。一緒に仕事をしている人たちに対する責任があるでしょう。皆お互いに責任を分担しているんだから周りの人に迷惑をかけるでしょう。」

 
このくらい言ってやれば少しは考えるかなんて思った僕が甘かった。このクレヨンはただのクレヨンではなかった。

「ああ面倒くさい。責任がどうの周りがどうのって。そんなことどうでもいいわ。私は私よ、好きにするわ。」

そう言ってぷいと横を向いたかと思うと次の瞬間急に笑顔になった。

「そうだ、彼氏とお昼するんだった。もうお昼よね、ちょっと出かけてくるわ。」

クレヨン娘はまだ昼休みには間があるのに外に飛び出して行った。

「何なの、あれ。」

 
テキストエディターのお姉さんがぽつりと呟いた。僕はと言えば呆気に取られるよりも腹が立ってきた。あのクレヨンにはどう間違ってもビアンの極致など指南する気は起きなかったので本当にたわしと亀の子石鹸で顔でも洗ってやろうかと思った。


「主任、怒ってますね。」

 
テキストエディターのお姉さんが僕を振り返って小声で言った。確かに言われるとおり腹の底からこみ上げて来るものがあった。

「どうしてくれよう、あの小娘。」

僕が呟くとテキストエディターのお姉さんは頭の横で指をくるくる回した。

「何を言っても無駄でしょう。腹を立てるだけばかばかしいですよ。私達の邪魔にならないようなことをさせておいて放っておけばいいですよ。関わるのはやめましょう、主任。」

「いえ、野生の動物でも飼い馴らすことは出来るのよ。根気良くやれば出来ないことはないわ。」

テキストエディターのお姉さんは首をすくめた。

「あの子は野生の動物ですか。でも野生動物の方がずっと始末がよかったりしてね。この間テレビで見た軽井沢の野猿の方がましな様な気がしますけど。主任、引っ掻かれたり噛み付かれたりして怪我をしないようにしてくださいね。」

 
テキストエディターのお姉さんは「バカに関わっていないでさあ仕事、仕事。」と言いながら机に向かった。

「ちょっとタバコを吸うわよ。ごめんね。」

 
僕は一言断ってから窓を開けるとタバコに火をつけた。窓に寄りかかって一本吸い終わると続けて二本目に火をつけた。

「あーあ、主任まで不良娘さんになってしまって。そんなにいらいらしてタバコなんて立て続けに吸うと体にもお肌にも悪いですよ。」

 
テキストエディターのお姉さんは机に向かったままやや投げやりな口調でそんなことを言った。でも僕にしてみればここまでコケにされて黙って見過ごすわけにはいかなかった。何よりも勤務時間をここで過ごすようにすること。それがまず社会人への第一歩だ。とにかく万難を排してもここにいさせるようにしないといけない。

「しばらくは新規の企画開発は中止するわよ。基礎資料収集と顧客対応だけにするわ。」

「ええ本気ですか、主任。部長に叱られますよ、そんなことしたら。早く次の企画を示せって言われているのに。」

僕は顔の前で握りこぶしを造って見せた。

「大丈夫よ、心配しなくても。生涯語学学習というのが今度のテーマよ。あなたもちょっと考えてみて。子供の時から熟年まである程度継続してやるのならどういう語学教育をしたら良いのか。かなり大きなテーマになると思うけど。」

「へえ、面白そうだけど範囲が広すぎて漠然として簡単には思いつきそうもありませんね。少し腰をすえて考えて見ないと。」

「あまり力まないでのんびりと長く続けることが出来る語学って感じでね。」

 
そんな構想を話し合っていると電話が鳴った。テキストエディターのお姉さんが電話を取って気楽な調子で答えたが急にかしこまった口調になった。

「おりますので代わります。お待ちください。」

テキストエディターのお姉さんは電話を突き出すと「社長です。」と小声で言った。

「はい、佐山です。」

受話器を取って答えると社長の声が返ってきた。

「佐山さん、僕です。あれはどうですか。元気にやっていますか。」

「元気過ぎて困っています。昨日はデートと言って退社時間前に消えてしまいました。今日は二時間遅れて出勤したと思ったら彼氏とデートとか言ってまた何処かに消えてしまいました。協調性も責任感もありません。言葉もどうでもいいことをしゃべりまくるくらいで特に優れた能力があるとも思えません。ただ業務の妨害になっているだけなのですが、私にあの子をどうしろとおっしゃるんですか。」

「訳は近いうちに話すけどとにかくしばらく面倒を見てやってくれないか。長い期間ではないので。その間仕事の方は多少停滞してもかまわない。」

「私はあの子の立ち居振舞にはかなり腹が立っています。森田さんの時のようになるかも知れませんけどそれでも良いのですか。」

「実態は分かっている。多少のことはかまわない。何とかよろしく頼みます。部長には話しておくから。じゃあまた。」

 
社長はどうも歯切れの悪い言葉で締めくくると電話を切った。こうなれば乗りかかった船だ。頼むと言われて逃げては男が廃る。自分でもこういうところはきっと損な性分なんだろうと思うけど持って生まれた性分でもう一生治らないので付き合って生きていくより仕方ないだろう。

 
社長は仕事が多少遅れてもかまわないと言ったが、そうだからと言って穴を開けるわけにもいかないので企画書作成に向けてまた資料の検索と整理を始めた。昼も近くのコンビニでサンドイッチを買い込んで食べながら資料に目を通した。

 
クレヨン娘は昼休みが終わっても戻らなかった。野生のサルを飼い馴らすのだって大変なんだからまして悪知恵のついた人猿となればもっと大変だろう。これは向こうが飽きてくれない限り長期戦になるかもしれないと覚悟を決めた。

 
クレヨン娘が帰って来たのは午後も二時を過ぎてからだった。これでまた三時の休憩とか言って何処かに逃げ出された日には目も当てられないのでここは一つ釘を刺しておくことにした。

「澤本さん、あなたに一つ言っておきたいことがあるの。あなたはここでお金をもらって働くことにしたんでしょう。だったら決められた時間はここにいて仕事をしなさい。勝手な行動は許しません。」

クレヨン娘はぱっと顔を赤くした。すぐに興奮するところもサルによく似ていた。

「私は私の好きなようにさせてもらうわ。働くとは言ったけど勤務時間なんて何も言われなかったわ。」

こういうところはサルよりも知恵が働く。敵もさるもの労働条件を持ち出してきた。

「そう何も言われなかったのね。じゃあ今これから言ってあげるわ。勤務時間は午前九時から午後五時三十分までよ。昼食の休憩は正午から午後一時よ。それ以外の時間はここで仕事をしなさい。分かったわね。」

クレヨン娘は持っていたバッグを叩きつけるようにテーブルに置いた。

「社長さんを呼んで。私、社長さんと話すわ。あなたとなんか話したくないわ。」

「社長はお忙しいの。それに社長からさっきあなたの面倒を見てくれって頼まれたの。私はあなたの上司よ。分かったわね。」

 
僕はクレヨンの腕をつかんで引っ張ると椅子に座らせた。その間きゃーきゃーサルのような叫び声を上げたが僕は一切かまわなかった。どうせサルの類のようなものなのだから叫ぶのも仕方ないだろう。

「ここから離れる時は私に断って許可を受けるのよ、いいわね。」

クレヨン娘はそっぽを向いて返事をしなかったが、辞めるとかその手のことは言わなかった。

「さあこれが資料よ。パソコンはこれを使って。この資料を日本語に訳してワードファイルにしてね。もしも何か分からないことがあったら聞くのよ。」

 
クレヨン娘は携帯を取り出した。またわけの分からない英語で彼氏と話をされても困るのでここでも一言釘を刺した。

「仕事中は使用の電話は慎みなさい。いいわね。」

 
クレヨン娘は僕を睨みつけると携帯をバッグに投げつけた。いくら暴れてもそんなことかまうもんか。野ザルでも繋がれれば暴れるだろう。こうなればその腐った性根を叩き直してやる。サルは、いや違った、クレヨン娘はしばらくふてくされたように窓の外を眺めていたがそのうちに資料を手に取ってめくり始めた。別に訳してもらわなくても一向に構わないものだったが、目を通してくれればこれから何をやっていこうとしているのか少しは理解できるだろう。クレヨン娘は午後三時の休憩時間になるが早いか席を立って外に出ようとした。

「何処に行くの。」

僕が呼び止めるとクレヨン娘は不機嫌そうな顔を向けた。

「トイレに行くにも一々許可を受けないといけないの。そのくらい私の自由でしょう。」

「あなたには何度も前科があるから一応ね。時間までに戻ってらっしゃい、いいわね。」

クレヨン娘は返事もしないで靴音を響かせながら部屋の外に出て行った。

「主任も物好きですね。あんなの放っておけばいいのに。動物のようなのに何を言っても無駄ですよ。」

「大丈夫、動物だって辛抱強くやればいろいろなことをするようになるし、理解し合うことも出来るわ。」

「あれじゃあ理解するだけトラブルが増えるような気がしますけどね。」

 
僕はテキストエディターのどうにも救いようもないといった風情に笑い出してしまった。話が一段落したところでクレヨン娘が入って来た。


Posted at 2016/02/15 16:15:44 | コメント(0) | トラックバック(0) | 小説 | 日記

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