菅直人内閣の相次ぐ失政に、小沢一郎元代表をめぐる党内抗争と、ゴタゴタの尽きない民主党に愛想を尽かし、4月の統一地方選で「民主党」の看板を返上する動きが相次いでいる。「嫌気がさした」。街頭でそう叫ぶ候補も出てきた。共同通信の世論調査では、菅内閣の支持率は危険水域の1割台に突入しており、「求心力」ならぬ「遠心力」ばかりが強まる。
■政権交代で目的終わる
民主党を離党しました-。千葉県浦安市議の堤昌也氏(35)は最近までこう記したチラシを市内の駅頭で配っていた。堤氏は平成19年に民主党公認で初当選。統一選で再選を目指しているが、国政選挙で市議をこき使う「ハイパー・トップダウン政党」(堤氏)ぶりに嫌気がさして離党した。
「政権交代で民主党の目的は終わった。解党すべきだった。チラシですか? 民主の看板を掲げていたのだから、市民に離党を報告するのは当たり前」
宮城県議選に出馬する同県七ケ浜町議の遠藤久和氏(51)は、推薦を返上した一人だ。「一括交付金の自由度は高まらず、一番期待していた地域主権が中途半端。結局、民主党は政権交代だけを目的とする政党だった」と断じる。
■首相のおひざ元で
衆院選の「中選挙区制」時代に菅直人首相のおひざ元だった東京都国立市でも同様の動きが出た。
「菅さんは自分のポストにしがみついているだけ。有権者は政権交代に期待したのに与謝野(馨経済財政担当相)さんを起用し、人のふんどしで相撲を取っている」
国立市の生方裕一市議(50)は次の市議選では、みんなの党から立候補する。平成10年の新民主党結党以来のメンバーで伸子首相夫人が応援に入ったこともあるが、衆院選マニフェスト(政権公約)をないがしろにする党の姿勢に我慢がならなかった。「やりますと言ったことができないのなら説明すべきだ」と生方氏は言う。
■逃げる候補者
統一選での候補者の民主党離れは深刻だ。同党は44道府県議選で約1300人の擁立目標を掲げたが、党本部が何度督促しても公認、推薦は増えず、現在、計750人にとどまる。表面化しただけで10人以上が公認、推薦を返上。「尻込みして出馬要請に応じない人や、ポスターから民主党の文字を外した人もおり、100人規模で民主党から逃げている」(民主党関係者)という。民主党の生方幸夫選対委員長代理は「既成政党への不信が全国的に広がっているのは確か。早く来年度予算案を成立させ流れを変えたい」と語るが、きっかけがつかめない状態だ。
政権交代直後、勝ち誇った民主党は、「自民党はメルトダウン状態だ」と言い切った。確かのあのころの自民党は、次から次へと離党者が続出し、崩壊の危機に瀕していた。国民の期待は民主党の政策に集まっていたのだからすべてを完璧にとは言わないまでも、6,7割がたでもしっかりと手を付けていればそれなりに支持は固まっただろう。
しかし、後先考えずに自民党時代の政策をひっくり返しては手痛いしっぺ返しを受け、また、財政状況を無視した政策は次から次へと破綻していった。中でも日米関係と普天間問題、尖閣諸島問題は政権に深い傷を負わせた。そして、ねじれ国会で、とうとう予算編成で行き詰りそうな雰囲気だ。
財政の問題など素人が考えてもどうにもならないことくらい気がつきそうだし、旧政権の政策にしても固まっているもの、良いものはそのまま引き継げばいい。滑稽なのは防衛大綱で、「基盤的防衛力」をひっくり返して「動的防衛力」と名付けたが、機動力を強化するような政策は何一つ見当たらない。
何でも恰好の良い言葉でぶち上げてはその後どうにもならずに行き詰っているのはどういうことだろう。普天間しかり、八場ダムしかり、脱官僚しかり、地方主権しかり、税制問題しかり、公務員給与問題しかり、天下りしかり、そして北方領土問題もしかり、恰好だけでは政策は動かないということが分からないのだろうか。
どうにもならなくなると、お決まりの、「前政権が残した負の遺産」というが、そんなことは承知で政権を引き継いだのだろう。バ菅に「大バカ」と罵られた官僚も心の中で、「お前の方が大バカじゃん」と笑っているだろう。これでは党員の離散も止むを得ないだろうし、足元から民主党が崩壊していくのを止められないだろう。全くブーメランとはよく言ったものだ。
Posted at 2011/02/12 21:36:47 | |
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