昨年12月の就任から1年たった26日、安倍首相が初めて靖国神社に姿を現した。第1次政権時の参拝見送りを「痛恨の極み」という言葉で、悔やむ気持ちを表していた首相。外交問題に発展することを気にしながら参拝の機会をうかがってきたが、中国や韓国の批判は必至で、経済界では関係悪化への懸念が広がった。年の瀬の突然の参拝に「なぜこの時期に」「非常に意味のある参拝」と賛否の声が上がった。
◆本殿前
安倍首相は午前11時30分頃、黒塗りの乗用車で靖国神社に到着。年の瀬の平日とあって境内は人影もまばらだったが、国内外の報道陣ら100人以上が詰めかけ、一転して物々しい雰囲気に包まれた。
出迎えた日本遺族会の幹部らに一礼した後、本殿に昇った安倍首相。約25分後、参拝を終えて再び姿を見せると、「安倍さん、よくやった」と声が飛んだ。
遺族として参拝に訪れていた千葉市の会社員男性(66)は、「国のために戦った人に首相が哀悼の意をささげるのは当然。靖国参拝に反対する国もあるが、外交で解決してほしい」と語った。
一方で、靖国神社近くに職場があり、騒ぎを知って駆けつけた会社員男性(57)は、「東アジアの緊張が高まっている中、国民は将来に不安を抱えている。(近隣諸国に)刺激を与えてほしくない」と求めた。
◆戦没者遺族ら
2010年の戦没者追悼式で遺族代表を務めた鳥取県倉吉市の政門(まさかど)初恵さん(70)は、「(ビルマ=現ミャンマーで戦死した)父親に会えるような気がして、靖国神社に年1回は必ずお参りに行っている。もう少し早く参拝してほしかったと思うが、遺族としてはありがたいし、うれしく思う」と話した。
首相の靖国参拝に反対の立場をとる「平和遺族会全国連絡会」の西川重則代表(86)は、「アジアとの関係があまり良くないこの時期になぜという思い」とあぜんとしながら、「一国の責任者の参拝は閣僚とはわけが違う。追悼の意を表す方法は他にもあるはずだ」と批判した。
参拝の時期について、外交・安全保障問題に詳しい杏林大の田久保忠衛名誉教授は、「本来なら春の例大祭や終戦記念日に行くべきだが、この時期を選んだのは諸外国の批判をかわすためではないか」と推測した。
中国は強烈な抗議、韓国は参拝を強く批判、これは当然予想されたことだろう。米国はこの時期に参拝したことに不快感、これは中韓と摩擦を起こしたことに加えて極東軍事裁判の否定にもつながりかねないことが影響しているのだろう。
日中戦争とそれに続く太平洋戦争は同じ視点で見るべきではない。中国に対しては確かに侵略行為があっただろう。この点は日本としても反省すべきだろう。朝鮮半島についてはそれ以前に併合していたのだが、当時は植民地主義は当然のこととして行われており現在の視点で見るべきではないだろう。ただ、これらについてはすでに補償済みであり、何時までも問題視すべきではない。
その後の太平洋戦争は、当時アジアに権益を持っていた英・蘭などとアジアに権益を確保したい米国に対し、日本がその地域に権益を拡大して行ったことで発生した西太平洋とアジア圏の覇権を賭けた覇権戦争だった。その過程でアジア諸国に被害を与えたことは事実だが、それが日本だけの責任とは言い切れない部分がある。
当時としてはアジア第一の大国だった日本は中華民国と争うべきではなかったと思う。中華民国に軍事・経済支援をして中国の共産化を食い止めてやれば今の中華人民共和国はなかったかもしれない。そして比較的日本に友好的だった英国を介して米国との摩擦を調停してもらえば良かったのだろう。「ナチスと組むなど強盗山賊と手を組むようなものだ」と言った海軍高官がいたと言うが確かにその通りだっただろう。
戦没者に対し、当時の政府を継承する正統な政府である現政府の総理が弔意を表することは何ら不自然なことではなく、他国にとやかく言われることでもない。A級戦犯とはいっても彼らは一般の犯罪者ではないし、また、彼らだけが開戦の責任を負うべきものでもない。
ただ靖国神社は国内でも国外でも高度に政治問題化され過ぎた。現在では一宗教法人である靖国神社に一国の総理が公式参拝すると言うのは批判勢力に付け入るすきを与え過ぎる行為であるように思える。国家として太平洋戦争の戦没者を含め、国家に殉じた人たちを公式に慰霊する施設を作ってそこで国としての慰霊行為を行えばいい。靖国神社に思い入れのある方たちは個人として参拝すればいい。しかし、これにも反対する勢力があるのでこうしたことが言われながら先に進まないのだろうが、・・・。
Posted at 2013/12/26 22:04:14 | |
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