2016年も残すところわずかである。おかげさまで今年は「ITmedia ビジネスオンライン」に49本もの連載記事を執筆した。自分でもよくぞ毎週毎週書くことがあるものだとちょっと呆れるのだが、読んでくださる方がいるからこそ書き続けることができるわけで、深く御礼申し上げる次第である。
この1年、いったいどんな記事が読者の皆さんの興味をひいたのかを編集部に調べてもらった。結果、記事アクセスランキングのベスト5は以下のようになった。
1位:ついに「10速オートマ」の時代が始まる
2位:一周して最先端、オートマにはないMT車の“超”可能性
3位:クルマは本当に高くなったのか?
4位:スポーツカーにウイングは必要か?
5位:ホンダNSX 技術者の本気と経営の空回り
何と、1位、2位は具体的なクルマの話でなく、トランスミッションの話。それと、ビジネスニュースとしては今後の20年の自動車産業を占う重要な「トヨタの提携戦略」など、ビジネスパーソンの読者が気になるような記事もあったのだが、それはベスト5には入らなかった。けっこう工学的な話が読まれているのも意外な結果だった。おもしろいものである。
さて、こうした人気記事を振り返ろうとするが、どれもそれなりに複雑な話で簡単にはまとまらない。詳細は各記事のリンクで読んでいただくにしても、概要くらいはまとめ直さなくてならないだろう。
●ついに「10速オートマ」の時代が始まる
これはトランスミッションの多段化とは本質的にどんな意味があるのかという話だ。
近年、欧州で主流になっている小排気量ターボは決して万能ユニットではなく、高回転で使うとエコ性能がガタ落ちする。これを低燃費ユニットたらしめているのは低回転で過給して低速トルクを上げ、トランスミッションを駆使してそうした低回転を徹底的に使うという手法である。
だから、ドライバーがアクセルを極端に踏み込むような操作がない限り、ずっと低回転だけを使っていたい。トップギヤで低い回転数にするためにはトップギヤのギヤ比を小さくしなくてはならない。一方でローギヤが高いと発進が辛くなる。両方を解決するには、トランスミッションの一番低いギヤと高いギヤの比率を大きくとる必要がある。ローからトップまでのギヤ比差(レシオカバレッジ)が大きくなるので、ギヤの段を増やさないと一段あたりの段差が大きくなり過ぎてレシオをスムーズにつなぐことができなくなる。そのための多段化だ。
ホンダが10速オートマを出してきたのは、従来のハイブリッドだけでなく小排気量ターボもラインアップに加える戦略に変わったからで、実際、ステップワゴン用に小排気量ターボユニットを搭載し始めた。ただし、これはまだ10速オートマではない。
恐らく、欧州など巡航スピードの高い国への対応として10速オートマは採用されるはずだ。日本の制限速度100キロだと、レシオカバレッジで10倍を目指す10速オートマは少々オーバースペックだからだ。ただし、それも第二東名高速の120キロでこれから変わっていくかもしれない。最高速度の変化はクルマのエンジニアリングにも影響を与えるのである。
●一周して最先端、オートマにはないMT車の“超”可能性
マニュアルトランスミッション(MT)は消え去るかもしれないという空気が消えつつある。一昔前と違って、ここ数年MTを搭載したというクルマが少しずつではあるが増えている。やはり駆動力制御のダイレクト感や、意図していない操作は決して行われないということがMTの大きな利点である。
といった普遍的なMTの価値と違う、超可能性を唱え始めたのはマツダである。マツダは高齢化社会に対してMTがボケ防止につながるというテーマで、何と東京大学に投資して講座を設けて真剣に研究している。基本となるのは米国の心理学者、ミハイ・チクセントミハイが提唱する「フロー体験」である。ゲームを想像してもらうと分かりやすいが、簡単過ぎるゲームはすぐに飽きてしまうし、あまりに難しいゲームは戦意を喪失してしまう。ちょうど良い挑戦的な状態は人を活性化させる。日本で古来から言う「没我の境地」のようなもの。それをチクセントミハイはフロー体験と言うわけだ。
マツダは「MTをうまく運転しよう」ということは、このフロー体験になるのではないかと考えた。ただしである。自動車の運転は公共の安全を考えても、そう簡単にチャレンジングなことをしてもらっては困る。実際、高齢者の事故が大きな問題となっているご時世でもある。
そこで、マツダは自動運転の技術を使って、エラーを回避するシステムを作り上げようと考えた。あたかもシークレットサービスのようにドライバーの影に潜み、いざというとき、ドライバーに代わって危機を回避するというのである。自動運転と言うと人が何もしないことを考えがちだが、人こそが主役で、システムはそのサポートをするという考え方も成立する。そう考えると、目的は安楽ではないので、MTの自動運転という考え方も成立するのである。そういう技術がいつできるのかという質問にマツダは「10年ではかかり過ぎ」だと答えていたので、遠からず何らかの技術が出てくるだろう。
●クルマは本当に高くなったのか?
結論から言ってしまえば、クルマが高くなったのではなく、日本人の所得がどんどんダウンしているので、クルマを割高に感じるようになっているのである。1995年の名目賃金を100としたときに、2012年の米国の賃金は180.8。ユーロ圏の賃金は149.3。ところが、日本だけ87.0へと目減りしている。
1995年を基準に言えば、米国の賃金は日本の倍になっている。この間日本国内は深刻なデフレが進行しているので、ドメスティックな商品はどんどん値下がりしている。牛丼が370円などと言うのはOECD(経済協力開発機構)加盟国の中では最貧国レベルであり、明らかに不当に安い。日本人は日本人の労働を不当に低く評価することでどんどんデフレを加速させてきたのである。
良質なサービスを安い賃金で提供される状況にすっかり慣れてしまっているのだ。企業は適正な賃金を支払わず、消費者は適正な対価を支払わない。製品やサービス、労働のクオリティを正しく評価し、対価を支払える人が減ったことがその原因であることはほぼ間違いない。
そんな中でグローバル商品である自動車は否応なく世界の価格に合わせて開発されていく。だから日本のデフレ慣れの分だけ高く感じられるのである。
●スポーツカーにウイングは必要か?
これは「Yahoo! ニュース」のコメントを見てとてもがっかりした原稿だった。スポーツドライブと言えば危険運転、ウィングと言えば、猛烈な駆動力を掛けられたタイヤのグリップ最大値を上げるために路面に押し付ける役割だと思い込んでしまっている人が多すぎる。
ハンドリングというのは時速20キロで走っていても成立するし、60キロで真っ直ぐ走っていても成立する。むしろ本来はそういうときのハンドリングが大事なのだ。この記事の主題は、サスペンションの機械的ジオメトリーでのセッティングは万能ではなく、速度域別の性格を作り出すことができないこと、そしてその補正こそが空力パーツの役割であることを書いた。
つづら折りの山道には、数十メートルでほとんど180度向きを変えるような低速の急コーナーがある。こういうところをしっかり曲がるには、サスペンションは曲がりやすく仕立てるしかない。しかし良く曲がるように仕立てられたサスペンションは、高速道路を時速80キロで流しているときにも曲がりやすい。路面のうねりで進路が変わるのだ。速度域が上がると敏感なことは神経質なことに直結する。空力パーツはこれを補正する役割を持っているのだ。
この連載で繰り返し書いているように、前輪は機動性、後輪は直進安定性を担う役割がある。だから前輪を押し付けると曲がりやすくなり、後輪を押し付けると真っ直ぐ走りやすくなる。市販車のリヤウィングは、後輪を押し付けてクルマの直進安定性を高くすることを目的に装着されている。
裏返せば、リヤウィングで高速安定性を確保できるからこそ、低速で良く曲がるサスペンションセッティングができるのである。
●ホンダNSX 技術者の本気と経営の空回り
NSXはホンダの経営に何をもたらすのかよく分からないクルマだし、もっと言えば、それを長期にわたって続けていく事業継続性について何もプランがない。ホンダの経営的問題点を象徴するようなクルマである。しかし一方で、技術的には従来のクルマの常識を超える大変挑戦的な意欲作でもある。
まずは駆動装置だ。エンジンはV6 3.5リッター・ツインターボで、エンジンとトランスミッションの合わせ目にモーターが挟み込まれる。さらに、前輪にも左右独立した2つのモーターを装備。つまり動力はエンジンと3つのモーターということになる。しかも4輪それぞれに駆動力を配分し、駆動力で旋回させる。クルマの前2輪だけを取り出して見たとき、右タイヤを駆動し、左タイヤを止めれば左に曲がる。運動会の行進で内側の人は足踏みし、外側の人は大股で早歩きをするのと同じだ。内外輪の軌道長の差を駆動力で意図的に作り出してやることでクルマを曲げる。これは自動車の歴史を覆す新手法だ。
しかし、これをやるにはシャシーの強度が問題になる。一輪だけブレーキを掛けたり駆動力を掛けたりすれば、シャシーがキツくなるのは当然だ。しかもスポーツ性能を考えればシャシー重量は増やしたくない。ハイブリッドと四駆システムでただでさえ重量は増えているのだ。
NSXでは、高価なアルミ押し出し資材を大量に投入するとともに、アブレーション鋳造という特殊な手法を用いた。砂型に溶けたアルミを流し込み、アルミが冷える前に砂型をジェット水流で吹き飛ばす。急冷による素材の熱変化を利用して部材をより硬化させる特殊な鋳造法だ。これにより複雑な形状で、粘り強く、破断強度の高い部材が作れる。この部材でサスペンションマウント部鋳造して、アルミ押し出し材の間に接ぎ木のように挟むことで、フレームに直接サスペンションを組み付けることに成功した。衝突安全性とサスペンションの位置決め問題を同時に解決する素晴らしいアイディアだ。
素晴らしいエンジニアリングと、それを継続していく戦略の無策。NSXにはそれが両方存在している。
さて、今年のベスト5記事はいかがだったろうか。引き続き2017年も、自動車産業が盛り上がり、日本経済が少しでも良くなるために記事を書き続けていこうと思う。自動車ユーザーと、自動車メーカーがともに幸せになれるように、良いものは良い、ダメなものはダメ。是々非々を貫いていきたいと思う。
もう年が変わってしまっているが、10速オートマなどATの進歩は目覚ましい。過去にはATは燃費も加速もMTに及ばなかったが、いまではどちらもMTを凌駕している。MTは進歩しようがない。せいぜい2ペダルMTとか6速MTくらいでクラッチを省くか、ギアを足すくらいだろう。ただ、MTがボケ防止になると言うのはバイクでも聞いた。ヤマハが研究したらしい。確かにシフトレバーを動かし、かつクラッチの微妙なミートを足で調整するのは、バイクは左手だが、脳に刺激を与えるかもしれない。僕は四輪もバイクもMTだが、ボケ防止と言うよりはMTの方が自分で動かしている感が強いからかもしれない。前の車はATだったのは、それしかなかったからだが、それでもシフトをカチカチいじっていた。システムとしてはATの方がはるかに進歩してしまって比較にならないだろうけどMTは「俺が動かしている」感があるかもしれない。
日本のGDPは25年間ほぼ横ばいで増えていない。個人の年収は下がっていると言う。とんでもないことで米国を追い抜くと言われていたころの日本のGDPは米国の半分だったのが今は四分の一だ。誰がこんな貧乏国にしてしまったんだ。質の高い業務には正当な対価を支払え。そしてもっと金を使え。金は回さないと利益を生まない。人件費を抑えるのは良いが必要以上に抑え込むな。
昔はちょっと高性能を謳う車にはだいたい羽がついていた。それが高性能の証のようなものだった。ビスタVSツインカムにもウレタンの羽がついていた。何かの役に立つのかと思っていたが、100キロを超えると後部がすっと沈んで直進安定性が良くなった。そんなわけであの羽も伊達についているんじゃないことは知っていたが、最近はほとんど見かけなくなったのはそれだけサスが進歩したせいだろうか。
LFAやNSXのような高性能スポーツカーは10年に1回のモデルチェンジでもいいから作り続けることに意味がある。それが会社の顔であり技術の象徴だからだ。高性能スポーツカーの技術を一般車に普及させるのはコスト面で難しいそうだ。いいじゃないか、夢を売るものが一つくらいあっても、・・。そのくらいは商売抜きでやればいい。たまにぽつんと作るから浮き上がって、「何のためだよ」と言われてしまう。その点ではGT-Rを作り続けている日産はえらい。でもあの車、好きではないが、・・。