星型エンジンは複列化、多気筒化、大出力エンジンの開発競争の時代へ
日本はもとより世界の陸・海・空を駆けめぐる、さまざまな乗り物のスゴいメカニズムを紹介してきた「モンスターマシンに昂ぶる」。復刻版の第12回は、第二次大戦末期に星型エンジン「火星」と、その搭載機を紹介しよう。(今回の記事は、2016年12月当時の内容です)
今連載の第2回で、黎明期の航空機エンジンとしてエンジン本体がプロペラと一緒に回転する初期の星型エンジン=ロータリーエンジンを紹介した。今回は第二次世界大戦で全盛期を迎え、大型/大出力化の頂点を迎えた国産星型エンジンの話をしよう。ドイツやイギリスで主流となっていた液冷V型8~12気筒エンジンを、日本は1930年代後半になっても作ることはできなかった。当時の日本軍用機における主流は、小型軽量で構造も製造も簡単な空冷式星型エンジンだった。その代表が、海軍の零式艦上戦闘機(いわゆる「ゼロ戦」)や、陸軍の一式戦闘機
空冷星型複列14気筒27.86Lの980馬力という最高出力は、当時としては平均的なものだった。しかし、新型機を次々と投入してくる米英戦闘機の前にして、出力向上が課題とされていた。さらに戦局の悪化や、米軍大型爆撃機による高高度からの日本本土への侵入がはじまると、主力戦闘機のパワー不足、速度と上昇力の低さが明白になっていった。
そこで陸軍は、ドイツ空軍からダイムラー・ベンツDB601液冷エ倒立V型12気筒エンジンを入手して国産化、三式戦「飛燕」に搭載した。しかし、複雑な構造と長大なクランクシャフトの強度と精度に難儀し、結局海軍も併せて液冷式の高性能エンジンを完全に量産運用することはできなかった。他方、栄エンジンのボア×ストロークはそのままに18気筒化し、35.8L/1860馬力までチューンしたのが「誉(ほまれ)」エンジンだ。大戦後半に有名な紫電(紫電改)、疾風、銀河、彩雲などに搭載された。正常に動けば小型高出力で、新鋭米軍機にも対抗できる誉だったが、繊細で製造・整備性が悪い上、100オクタン燃料と高品質潤滑油の使用を前提としていた。そのため、当時の劣悪な燃料や潤滑油、不良品による故障率の高さで、本来の性能が活かせないままだった。新型エンジンが期待どおりに稼働しない現状を打破するため、爆撃機に搭載されていた三菱の「金星」や「火星」エンジンを戦闘機に流用する案が陸海軍で注目されることになる。
国産史上最大だった星型エンジン「火星」
火星エンジンは、一式陸上攻撃機や二式大型飛行艇といった、大型機用の大直径(134cm。誉は約118cm)・大排気量が特徴で、42.1L/1820馬力は結果的に後継機がなく、日本航空機史上最大の星型エンジンとなってしまった。大型爆撃機用として、すでに相当数生産され、多大な運用実績と高い信頼性を得ていた火星エンジン。だが、その問題点は大きすぎる直径だった。下の写真のとおり、零戦と同じ堀越技師が設計したと思えないほど、次作の局地戦闘機「雷電」の胴体は極太になった。隼の小山技師も同型エンジンで、重戦闘機「鍾馗」を開発している。
特に雷電は、すでに海軍戦闘機に長大な航続距離は不要であること、米軍戦闘機との格闘戦を無視しても、ボーイングB-29爆撃機の迎撃を最優先し、高高度までの上昇力と速度重視に特化した迎撃戦闘機となった。同じエンジンを搭載した鍾馗と比べると、堀越技師の空力的こだわりが紡錘型の機体デザインに見られる。大径のエンジンを覆うカウルは、機首で小さく絞り込まれている。そのため、プロペラシャフト=クランクシャフトの延長と、空冷効率の悪化を補う強制冷却ファンを同軸に装備する必要があり、延長部分がエンジンの振動を誘発した(この欠点はプロペラ設計の見直しと、減速比を変えることで解消)。
雷電用の火星23型は、ドイツから来た新技術だった燃焼噴射装置や水メタノールブーストなども装備した結果、1850馬力を得て、量産モデルとして配備された。およそ日本機らしからぬマッシブな雷電は、信頼性あるエンジンと20mm機関砲4門という重武装で、B-29の大群に挑み続け、本土防空の主力として活躍した。同じ時期、アメリカにも雷電=サンダーボルトが登場した。リパブリックP-47サンダーボルトは、ボーイングB-17爆撃機によるドイツ本土爆撃を護衛するのが目的で、のちにB-29の護衛機として日本上空にも侵入してくるから、皮肉な巡り合わせだ。サンダーボルトはズングリした米軍機の中でもさらに極太なスタイルで、エンジンはP&W(プラット&ホイットニー)R-2800という当時の標準的なものだが、高高度用に大容量のターボスーパーチャージャーと、そのダクトやインタークーラーを胴体下部に押し込んだため、このような姿となった。日米どちらの雷電(サンダーボルト)も、そしてB-29も星型エンジン終末期の進化型。以降の戦闘機はジェットエンジンが主流になり、大型プロペラ機はターボプロップエンジンに代わっていく。(文 & Photo CG:MazKen/取材協力・資料提供:三菱重工業株式会社)
■三菱・火星23型甲(ハ32) エンジン諸元
・型式:空冷星型 複列14気筒/2バルブOHV
・排気量:約42.1L
・燃料供給方式:燃料噴射式
遠心式スーパーチャージャー1段2速+水メタノール噴射装置
・出力:1820hp/2600rpm(離昇時)
※航空機のデータは条件・資料により大きく異なる。用語は航空機の仕様から。
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太平洋戦争当時の日本の航空機用エンジンは三菱の金星と火星が実用上もっとも大出力エンジンだった。金星は空冷二重星型14気筒で1500馬力までパワーを出したし、火星は直径が大きかったものの1850馬力の出力だった。栄を18気筒にした発展型の誉は小型高性能を狙い過ぎたために当時の日本では無理な工作精度や材料、燃料などが要求され、戦争末期の粗製乱造もあって故障続発で設計性能が出せず、金星の発展型のハ43も2200馬力という触れ込みだったが、これも試作の域を出ていない。要するに太平洋戦争当時の日本の実用高出力航空機用エンジンは金星と火星と言うことになる。金星は100式司偵、5式戦や零戦64型などに搭載されてそれなりの性能を見せている。火星は艦上攻撃機、陸上爆撃機などの大型機に使用されたが、雷電には他に適当な大出力エンジンが見当たらないことから採用された。空気抵抗を気にしてプロペラ延長軸を使用して機首を絞って空気抵抗を減らそうとするなどしたが、あまり効果はなく却って延長軸に起因する振動が発生するなど開発遅延の原因になった。あまり余計な小細工はしないで大出力で機体を引っ張るような設計をした方がよかったのかもしれないが、日本人はどうもその辺の割り切り方が下手なようだ。しかし、負けが込んでくると一発逆転を狙って実力以上の高性能を狙うが、それよりも実用上問題の少ない金星や火星を使用して安定した性能の機体を設計した方がよかったのかもしれない。もっとも何をどうしても勝てるような戦争ではなかったことは明らかだが、もう少しまともな戦い方ができたかもしれない。大排気量でトルクの大きい欧米のエンジンを積んだ向こうの機体は加速もよくダッシュが効いたが、回転数で馬力を稼ぐ設計の日本のエンジンはトルクが小さくプロペラの工作技術が低いのと相まって日本の戦闘機は加速でも劣っていたそうだ。ところで米国のP47は今でいう戦闘爆撃機で日本の雷電とは性格の違う機体ではある。またエンジンも雷電の火星よりもさらに大型で馬力も2100から最終的には2800馬力まで増強している。米海軍はF6F、F4U、そしてF8Fなど、陸軍はP38、P47、そして最強戦闘機のP51など次々繰り出して日本を圧倒した。技術力も生産力も日本のはるか先を行くような国にケンカを売ってはいけない、‥(^。^)y-.。o○。
Posted at 2020/05/17 00:31:10 | |
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