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2020年06月18日 イイね!

車両価格200万の軽とは言え、コペンは立派な名車ではある、‥(^。^)y-.。o○。

歴史ある名車の今と昔、自動車ブランド最新事情、いま手に入るべきこだわりのクルマ、名作映画を彩る名車etc……。国産車から輸入車まで、軽自動車からスーパーカーまで幅広く取材を行う自動車ライター・大音安弘が、さまざまな角度から“クルマの教養”を伝授する!

小さなボディに込められた大きな夢
戦後、最も身近なクルマとして誕生した軽自動車は、日本の道路や環境、ニーズを巧みにくみ取り、独自の進化を遂げてきた。しかし、それでいて実用一辺倒でないところが、軽自動車の面白いところだ。何しろ、その厳しい枠組みの中にありながら、クルマ好きの憧れであるスポーツカーさえ作ってしまうのだから……。もちろん軽自動車にも、ユーザーの拡大とともに性能を重視したスポーティなモデルが登場してきたが、それは通常モデルをスポーティに仕立てたものに過ぎなかった。ところが、バブル期へ突入すると、一部の国産自動車メーカーが軽自動車の可能性を追求すべく、本格的なスポーツカーの開発へと乗り出す。マツダの「オートザムAZ-1」、ホンダの「ビート」、スズキの「カプチーノ」の3台が、ほぼ同時期となる1991年~'92年に世に送り出された。その一方、スズキ同様、軽自動車を主力とするダイハツは、このムーブメントには参入せずに終わる。

時は流れ、'99年秋の東京モーターショーに舞台は移る。ダイハツは、「KOPEN(コペン)」と名付けた軽スポーツカーのコンセプトを出展する。愛嬌たっぷりの丸みを帯びたボディには、高性能なターボエンジンに加え、贅沢にもハードトップの電動開閉式ルーフが備えられていた。この頃、バブル期に生まれた軽スポーツカーたちは全て絶版に。さらに排ガス規制の強化が、高性能な日本製スポーツカーたちの先行きに暗雲をもたらしていた時期とも重なった。それだけに再び軽の本格スポーツカーの提案に、クルマ好きたちは大いに反応し、その市販を期待した。その反面、高級車に多く用いられた電動開閉式ルーフの採用が盛り上げ役のコンセプトカーに過ぎないと捉える向きもあった。確かにKOPENは、モーターショーでの展示を目的に、デザイン部の提案から生まれたコンセプトカーであった。しかし、KOPENが夢物語に終わらぬよう、量産化を意識し、既存の軽自動車のプラットフォームの流用ができる前輪駆動車(FF)を想定してデザインされていた。東京モーターショーでの大きな反響を受けてダイハツは、KOPENの市販化を決意し、開発チームを組織する。そのスタイルは、量産化と普遍的なスポーツカーを意識したデザインに仕上げていたため、デザイン部のこだわりもあり、コンセプトカーのままとすることが決定。さらに開発の中心となる技術者を挙手制で募ることで、スポーツカー好きが集められた。つまり、ここからダイハツ史上初となる本格スポーツカーの開発がスタートしたのである。

COPEN誕生!
2001年の東京モーターショーで「KOPEN」は「COPEN」に名を改め、ほぼ市販化仕様の姿で、再び出品。コンセプトそのままでの登場したCOPENに、ファンの期待は最高潮に達した。翌年となる'02年6月19日に発売を開始。その際に明かされたスペックは、サイズこそ軽自動車であったが、スポーツカーに相応しい特別感に溢れるものであった。新開発ターボチャージャーを搭載した高性能エンジン、専用サスペンション、軽量高剛性を実現したボディ、そして、軽自動車初となる電動開閉式ルーフ「アクティブトップ」を標準化。さらにボディ塗装は、軽自動車では異例の5層コートを基本とし、深みのある艶やかな輝きを実現していた。特徴的な前後対象のスタイルは、軽自動車のサイズ感でも、クーペの美しいスタイルを構築し、「軽だから」という軽口を叩かせない完成度の高いスタイリングを実現。価格やサイズに捉われない魅力を最大限にアピールした。インテリアでは、スポーツシートと最適なドライビングポジションを得られるテレスコピック&チルト機構付きステアリングを備え、トランスミッションも5速MTだけでなく、4速ATもマニュアルモード付とするこだわりようであった。何よりも贅沢だったのが、その生産工程で、ダイハツの熟練の職人たちが集うCOPEN専用工場「エキスパートセンター」で、ハンドメイドよる生産手法がとられた。これは少量生産車に合わせた仕組みであると共に、高品質が求められるCOPENには、彼らの技術が不可欠だったからだ。それでありながら、149万8000円という価格は破格といえ、ダイハツの良品廉価の姿勢がモデル共通であることを知らしめるものでもあった。それだけに顧客の反応もすさまじく、月販500台に対して、発売1ヵ月で約5000台を受注。その後、3ヵ月半で1万台を超えるヒットを記録した。当時の資料によれば、AT比率が約7割、ユーザーの55%が既婚者であったことも、幅広い世代に愛されていたことをうかがわせる。

次世代へバトンを繋ぐ
COPENは、約10年のモデルライフの中で、海外進出も実現。当初は、日本仕様をベースとした右ハンドル車をイギリスやオーストラリア、ドイツなどに投入。欧州で好評を得て、1.3Lの自然吸気仕様エンジンを搭載した左ハンドル仕様も開発され、欧州各地にも投入された。日本のCOPENは、世界のCOPENへとなったのである。そんな初代も、'12年に製造を終了するが、'14年には、第2章となる現行型がデビュー。外装の着せ替えを可能とした脱着構造「Dress-Formation」を新採用することで、3タイプの異なるデザイン仕様を発売。購入後の仕様変更も可能なユニークなアイデアを提案した。また昨年10月より、トヨタとのコラボレーションによる走行性能を強化した「GRスポーツ」を投入。初代の良い部分を受け継ぎながらも、独自の発展を遂げ、誰でも手が伸びるオープンスポーツカーの楽しみを提供し続けている。伝統の開閉式ルーフは、格納型ハードトップのため重量や容積をとりスポーツカーとしては不利だが、ふとした瞬間にルーフを解き放つことで四季の移ろいを肌で感じることが出来る。やはりCOPENにとって、欠かせないアイテムといえるだろう。速く走るためのスポーツカーなら、ほかにも選択がある。その独自の価値観がCOPENの隠し味であり、日本が生んだ軽自動車の物凄さを教えてくれる。

Yasuhiro Ohto
1980年埼玉県生まれ。クルマ好きが高じて、エンジニアから自動車雑誌編集者へ。その後、フリーランスになり、現在は自動車雑誌やウェブを中心に活動中。主な活動媒体に『ベストカーWEB』『webCG』『モーターファン.jp』『マイナビニュース』『日経スタイル』『GQ』など。歴代の愛車は、国産輸入車を含め、全てMT車という大のMT好き。


軽で200万で電動開閉ルーフがついた車、それだけでも恐るべきことなんだけどコペンと言う車、走りも相当なものだった。コペンには3年半乗った。そして86GRに乗り換えた。乗り換えた理由は本来トヨタ党で旧ネッツ、現在はトヨタモビリティ神奈川だっけ、のディーラーさんと買ってあげる約束をしていたのだが、ちょっと変わった車に乗りたくてコペンに浮気してしまった。それで新店舗開店セールで「何とか1台お願いできませんか」と言われて「じゃあ、‥」と言うことになった。決してコペンが嫌になったわけではない。コペンと言う車、たった200万なのに電動開閉ルーフをつけた軽で車重もMTで850キロと軽量、FFでリアはトーションビームと言う懸架方式、ブレーキもリアはドラムだが、走りは文句なしの一級品だった。とにかく足がしっかりしていて滅多なことでは砕けないので安心感があった。そしてステアリングも非常に正確で切れがいい。制動力もしっかりしていてきっちり止まるし、パワーは、‥軽だからとバカにはできないほど出足は良かったし、140キロまで何のストレスなく滑らかに加速していった。1速ではホイールスピンをするほど出足は良かった。絶対速度では普通車にはかなわないが、タイトな山坂道でなら相当な車だろうと張り合えるんじゃないかと思う。ただ、こんな車、今の時代に作ってもそうそう数が出るわけでもないのにそれでもダイハツがこんな車を作るのは車両メーカーとしてのダイハツの意地なのかもしれない。2シーターで電動開閉ルーフを備え、思い通りに切れのいい走りをする車がたったの200万で手に入るなら、実際にはオプションや諸経費でもう少しかかるが、楽しく走りたい向きにはぜひおすすめの車ではある、‥(^。^)y-.。o○。
Posted at 2020/06/18 10:26:35 | コメント(0) | トラックバック(0) | 自動車 | 日記
2020年06月18日 イイね!

スペースジェットは明日の日本を支える産業になり得る。頑張れ、三菱重工、‥(^。^)y-.。o○。

三菱スペースジェットは、5月から新型コロナウイルス感染症による航空不況対応で、開発体制を縮小する検討を始めた。主力モデルになるはずだった「M100」の開発を休眠とした。6月15日には、型式証明取得のため、当時はライバルだったボンバルディア出身で、開発責任者に就任していたアレックス・ベラミー氏の交代が発表された。開発体制の方向性が定まらないように見え、いろいろな方向から批判されるのであろう。開発の遅れを重ねてきた上、さらにコロナ禍の影響まで受け、スペースジェットに関する報道や論調は、悲観論と批判一色である。確かに、開発遅延や開発費の肥大化など、スペースジェットにはネガティブに語ることのできるネタはいくらでもある。では、本当に暗い展望以外、描きようがないのだろうか。スペースジェットの開発遅延のみに注目すれば、確かに良い状態ではない。しかし、将来性は競合先との関係や航空機市場での位置づけによっても決まるものである。スペースジェットには、まだまだ戦える要素はいくらでもあるのだ。

■ 実はライバルもボロボロ
三菱スペースジェットがスタートした時、ライバルは事実上2社いた。カナダのボンバルディアとブラジルのエンブラエルである。細かいことを言うと、中国やロシアにも近いサイズの機種があるが、これらはスペースジェットが目指す北米市場には出てこない。ライバルだった2社のうち、ボンバルディアはリージョナルジェットの製造から撤退することになり、サービスやマーケティングなどの機能を三菱重工業に売却している。これらの組織は三菱重工傘下のMHIRJとなった。この結果、スペースジェット拡販のために三菱重工が喉から手が出るほど欲しかった経験を、組織ごと得ることができた。ライバルの1社は、三菱重工に吸収されるように消えたのだ。残るライバルはブラジルのエンブラエルとなる。こちらは、確かに年間100機前後のリージョナルジェットを販売しており、威勢が良いように見えた。しかし、近年は単独でリージョナルジェットの製造・販売を継続することが苦しく、ボーイングとの資本提携交渉を始めていた。ところが、最量販機であるボーイング「737」の度重なる事故や新型コロナの影響で、ボーイングが資金的に苦しくなり、この提携交渉は破談になった。これに不満なエンブラエルは仲裁を申し立て、法的紛争になってしまっている。しかし、資本提携を復活させることは現状では厳しいと考えられている。もちろんエンブラエルもコロナによる航空機需要激減の影響を受けている。期待していたボーイングとの資本提携も流れ、決して、元気な状況ではない。これまで、ボンバルディアだけでなく、コンベア、ロッキード、サーブなど、旅客機製造を断念した企業は多い。エンブラエルでさえ、リージョナルジェット製造をギブアップ宣言する可能性は決してゼロではないのだ。

■ M100が完成すれば優位性も
リージョナルジェットと呼ばれる旅客機の主要市場は米国なので、三菱重工もエンブラエルも主戦場は米国である。この米国には、航空会社の労使協定にスコープクローズというものがあり、リージョナルジェットは最大離陸重量39トン以下、座席数76席以下に制限されている。これが緩和されるとの見通しの下、三菱重工はスペースジェットの現行機種M90の開発を進めた。しかし、スコープクローズは現時点では緩和されておらず、M90は完成しても主要市場で売れないという状況になっている。この見通しを誤ったことでも、三菱は非難されている。しかし、実はエンブラエルもスコープクローズ緩和について、予想を外しているのだ。エンブラエルは既存の「E-JET」を改造し、ギアードファンエンジンを載せた「E-JET E2」という新型機を開発した。このギアードファンエンジンは燃費が良く、三菱スペースジェットがエンブラエルに先駆けて採用し、三菱の売りになっていたものだ。E2もスペースジェットと同じ「売り」を手に入れてしまったのだ。結局、スペースジェットの開発遅れにより、E2が先に就航してしまったため、これも、先行したことによる優位性を失ったという非難のネタになっている。ところが、このE2の機体サイズもスコープクローズの制限に入っていないのだ。E2には3種類あるが、最小の「E175-E2」でも最大離陸重量44.6トンである。エンブラエルもスコープクローズ緩和を前提にE2を開発していたからだ。米国市場においては、スペースジェットM90だけでなくE2も販売できない。エンブラエルは旧型のE-JETを販売するしかないのだ。三菱はコロナ禍の前、スコープクローズ対応のM100の開発をM90と並行して進めていた。このM100はただ貨物室を縮小しただけではなく、構造的な改良を含んでいると言われている。北米には76席で売るが、M90と同じ座席幅であれば84席まで積むことができ、88席のM90とそれほど客室のキャパシティには差がない。それでいて最大離陸重量は39トンを下回り、スコープクローズの制限に入るのだ。エンブラエルは前述のとおり、厳しい状況なのでせっかく開発したE2を差し置いて新型モデルの開発をするような余裕はないだろうし、E175-E2の胴体を短縮して手軽に開発するとしても中途半端になるのではないか。休眠が解除されM100が完成すれば、三菱スペースジェットは、米国市場において明らかに旧式で、燃費の劣るE-JETだけと勝負をすればいい。勝ち目があるのだ。もちろん、新型M100の価格は旧型E-JETよりも高くなるのだろう。しかし、航空会社としては三菱の方を選ぶ理由はいくつもある。まず、旧型E-JETよりM100の燃費は優れる。長期的なコストは安いという説明は可能だ。それに、航空会社としてはエンブラエルに市場を独占をさせると、エンブラエルが値引き販売をする理由がなくなるので、長期的には望ましくない。また、機種を同系列に限定すると、ボーイング「787」のバッテリー問題のような不具合で飛行不能になると、保有する機体が全滅するリスクを抱えることになる。三菱は、アフターサポートで不安視されていたが、ボンバルディアのサービス部門を丸ごと取得した。アフターサポートの不安もこれでかなり克服されている。三菱はライバルのエンブラエルに対し、有利に戦いを進められるカードを持っているのである。

■ あとは三菱が我慢できるか
もちろん、スペースジェットは厳しい状況にあることは確かだ。縮小したとは言え年間600億円という開発費は、小さい金額ではないし支出は苦しい。しかし、三菱重工を倒産させるような金額ではないだろう。三菱スペースジェットを守りきることは、絶対に不可能といったものでは決してない。航空業界は、新規開発や市場の動きで苦境に追い込まれることが多い業界である。逆に、その苦境を乗り越えると、大きな利益が得られる業界でもある。例えば、ボーイングはジャンボジェットの開発時に潰れかかったが、後にジャンボジェットはボーイングのドル箱になった。また、三菱重工でも1980年代以前は航空部門は利益がなかなか出ない部門とされていたが、ボーイング製旅客機の部品製造が軌道に乗った90年代以降は、全社を支えるほどの利益を出している。三菱重工は、かつて「MU-300」というビジネスジェットの製造権を、苦しい時に売り渡してしまった。後から売れ出した時の利益を逃し、赤字だけが残ったという苦い経験もある。世間からも、社内からもスペースジェットには厳しい声も多いのだろう。しかし、ここであきらめると、損失だけが残ることになる。税金500億円がスペースジェットに投入されていることも、三菱批判のネタになっているが、スペースジェットをやめてしまうと、この税金もすべてムダになる。スペースジェットが終われば、損失確定となるだけでなく、YS-11やMU-300の断念による技術の伝承の断絶と同じことを繰り返すことになる。スペースジェット開発で進めてきた旅客機開発体制の構築はやり直しになるが、やり直しの難易度は先になればなるほど上がる。スペースジェットをあきらめれば、もう、復活できなくなるだろう。日本は完全に航空産業を失うのだ。もうだめだとか、やめるべきだとかいうご意見もあるが、これらは続けることによって得られるかもしれない利益は考慮していない。スペースジェットにはまだ勝算がある。雰囲気に負け、三菱だけでなく日本の損失にもなる決定がなされてはならない。(渡邊 光太郎)


ものづくりは技術だけではなく経験がものを言う。三菱重工はいい飛行機や良い船を作る技術は十分に持っている。しかし、ユーザーにとっていい旅客機、いい客船を作った経験に乏しくそこで失敗をしている。クルーズ船建造で巨額の損失を出したのもそう、今回のスペースジェットも50年の空白と言う経験不足によって足踏みしている。MU300もいいビジネス機を作る技術はあったが、売り方を知らなかった。それが敗因だった。新型コロナ肺炎感染の影響はすべての産業に出ている。特に航空会社は人の移動が制限されているので客が減って火の車だろう。でもここでも言うように今やめたら残るのは損失だけで技術も経験も雲散霧消してしまい、もう二度と日本で旅客機を作ることはできなくなってしまうだろう。特別定額給付金10万円はまあありがたいが、そのために12兆円も使うのはどうなんだろう。そのうちの1千億でも2千億でもこうした技術開発に投入してやる方が長い目で見れば国民のためになりそうな気がする。とにかくここは我慢で頑張れ、三菱重工、止めたら損失だけしか残らない。自分が苦しい時は相手も苦しい。資金がなければクラウドでも何でも募集したらいい。このプロジェクトには明日の日本の産業構造がかかっている。この先日本が何で食っていくのか。それは先端技術しかないだろう、‥(^。^)y-.。o○。


Posted at 2020/06/18 10:22:42 | コメント(0) | トラックバック(0) | 経済 | 日記

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ntkd29です。CB1300スーパーボルドールに乗って11年、スーパーボルドールも2代目になりました。CB1300スーパーボルドール、切っても切れない相棒にな...
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